そんな第四十八話、どうぞ!
エイトside
「うおわあぁぁぁぁっ!!」
只今落下中♪じゃねえぇぇぇ!
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。
落とし穴から落ちてから数秒。周りは石でできている壁のみで、松明すらない。
幅は三メートルほどで、上から見たら正方形の形をしているだろう。
ともあれ、このままじゃ勢いよく地面に激突し、死亡は免れないだろう。
俺は落ちながらで操作しにくいが、ウインドウから二本目の剣を取り出す。
左右の両手に剣を持ち、体全体で十字架みたいになるように両手を広げ、剣を壁に当て減速しようと試みる。
当然ダンジョンの壁などは、破壊不能なオブジェクトのため、剣が突き刺さったりしないが、弾かれもしなかった。
「グッ……」
途端に腕に負荷がかかり、ギャリギャリと剣と壁が擦れる嫌な音をたて、摩擦熱からの火花が散って、辺りを照らす。きっと両手の剣は物凄い勢いで耐久値が減っていってるだろう。
それでも徐々に徐々に減速していき、おっ、止まるか?と思った時に、減速させるために必要な壁がなくなった。
剣は空を切り、仮想の重力に従い落下していく。自分が落ちてきた正方形の穴が遠ざかっていく。
「うおわあああっ!」
本日二度目の絶叫。背中から打ち付けられ、アルゲードの建物から飛び降りた時とは比べ物にならない衝撃が俺を襲い、HPも六割程持ってかれたが、生きている。
本当に死ぬかと思った……などとぼやきつつ、ポーションを口に運ぶ。
口の中に甘酸っぱい味が広がり、みるみるHPが回復していく。
ボロボロの剣を見て、ため息を吐きつつ、部屋の中を見る。
俺が落ちる前にいた部屋みたいな造りで、奥に扉がある。トラップで落とされた部屋だからモンスターはいないのか?と思うと、奥に人影。
プレイヤーか?と目を凝らそうとすると、左右の壁にある松明の火が、俺のいる方から人影がある方へと点いていく。
ボッ、ボッと点いていく松明の灯りによって、どんどん露になっていく人影の姿は――――
「……俺………?」
間違いない。ピョンと立ってるアホ毛に、ちょいちょい跳ねてる髪の毛。死んだ魚の様な特徴的な腐った目。灰色で幾つかの黒いラインがあるコートに、同色同デザインのズボンにブーツ、紺色のインナーを着ているのは見間違うことなき俺だ。違うところと言えば、腐った目に加えて虚ろになっていることくらいだ。視線を凝らし、カーソルとHPを見る。カーソルは、赤……
「は……?」
この偽エイト(仮名)は、プレイヤーではなく、モンスターのようだ。
更に目を凝らすと二本のHPバーと名前――《ホロウ・アバター》というらしい――が判明した。多分あれが虚ろなる者だろう。
「……なんにせよ、モンスターなら倒すしかないか……」
自分の姿だけに気が乗らない。あれはゾンビあれはゾンビあれはゾンビ……って、おい、誰がゾンビだ。
おふざけ思考を切り替え、敏捷力を活かしたダッシュ。しかし相手は難なく振るわれた剣を受け止めた。
見た目では平静を保っているが、内心驚きが隠せない。初撃を止められたのは、エギルの店の開店記念パーティーの催し物でやったデュエル大会以来だ。
鍔迫り合いからバックステップして体勢を立て直そうとするが、直ぐに距離を詰められる。
「う……おっ!」
後ろに下がるのをやめ、《ヴォーパルストライク》で迎え撃つ。
すると相手もヴォーパルストライクを使ってきて、深紅のライトエフェクトを纏った同じ剣が激突、辺りに衝撃波が広がる。
その瞬間お互いにノックバック、必然的に距離ができる。
「ハァ……」
今の攻撃の応酬で、解ったことが二つある。
一つ目は装備とステータス……少なくとも、筋力と敏捷力が同じということ。
二つ目は戦い方も全く同じこと。後ろに下がった敵を追うところ然り、剣技の出すタイミング然り。
こうなってくると分が悪いのは――俺だ。技も力も全く同じだが、一つ違うものがある。それは装備の残耐久値だ。
このままソードスキルを撃ち合えば、最初に耐久値がなくなるのは当然俺だ。装備がなくなれば隙ができて不利になり、新しく武器を取り出せても今装備している武器が現状俺の最強装備だ。
《武器破壊》をしようにもステータスが同じだから、それも難しい。
ならばとポーションでステータスを一時的に上げようとしても、あの速さでは厳しい。
そもそも、だ。ステータスは兎も角、何で戦い方まで同じなんだ?
それに対する俺の仮説は、意見が飛躍し過ぎているかもしれないが、こうだ。
SAO開始時点から、俺達は意思があるシステムによって監視、観察されており、戦闘データを分析されていて、そのデータが目の前のMobに反映された、というものだ。
もしこの仮説が合っているなら、今までの戦い方は通用しない。詰まるところ、この戦いは、俺のプレイヤースキル対意思があるシステムの学習能力だ。
「こりゃあホントにヤバいかもな……」
回復ポーションすら飲む暇を与えられず、ステータスと戦い方は俺と同じだが、武器の残耐久値とHPでは俺が劣る。圧倒的に俺が不利だ。
……いや、相手が使えないかもしれない、発動に手間がかからない物が一つだけある。約五ヶ月前に突然現れた、奇妙な『奥の手』が。
「使うか……?奥の手」
切り札は最後までとっておく物だと思っているが、奥の手は戦闘中でも隠し通すものだと思っているが、命の危険があるならしょうがない。
俺は奥の手を使うことを決意して、偽物の俺――ホロウ・アバターの方へと走り出した。
「…………!」
断末魔すら出さずに、ホロウ・アバターの体は硝子片に変わり、空気に溶けるように消えた。
奥の手を使ってからの展開は一方的だった。相手は攻撃を回避できず、人型Mobのため、首やら胸やら頭やらを刺していたらクリティカルヒットし、あっという間にHPバーが0になった。
「ふう……」
今までの疲れを出すように息を吐く。早くフィリアと合流しなければ。何か嫌な予感がする。
武器を俺が見るのは初めての、選択式ラストアタック・ボーナスで選んだ――どうやらこれが六十層クラスの装備だったらしい――の片手剣《ホロウ・ファントム・ワンハンドソード》を装備し、出口用に設置されていたのであろう扉を出ると、螺旋階段があった。
落とし穴を落ちてきた時間を考えると、百メートルはあるだろう。
その高さにゲンナリしつつも、俺は数段飛ばしで螺旋階段を駆けていった。
一気に螺旋階段をかけ上がり、昇りきって直ぐに目の前に現れた扉を迷わず押す。
そうして写った景色は――フィリアが黒ポンチョの男に首を掴まれ、鉈のような剣――あれは、友切包丁……?
「う、おおおっ!」
ダガーを構え、《ミーティア・シュート》を発動させ、今まさに降り下ろされようとしていた友切包丁を黒ポンチョの男――PoHの手からファンブルさせる。
突然の乱入者に、PoHと恐らくラフィン・コフィンの幹部であろう三人と、フィリアが目を向けてくる。
「エイト……!」
こちらに目を向けたフィリアが涙を流す。落とし穴に落としてしまったところを見て、死んだと思っていたのだろう。実際俺も死ぬかと思った。
「Oh……まさか生きていたとは驚きだぜ、エイト」
「俺だって、まだお前がそんな趣味悪いポンチョを着ていることに驚きだぜ、PoH」
軽口を叩きながらもお互いに気は抜かない。PoHは武器を持っていないが、フィリアが人質にとられている上、配下の二人もいる。
「クク、しかし、ここに戻ってきたのは、愚かと言わざるを、えないな、《灰の剣士》」
「別に俺は好き好んで灰色の装備をしているわけじゃねえよ」
しゅうしゅうと息を吐き言ってくる赤眼の髑髏マスクを被っている男。
「それにしても、大人しく逃げてれば死ぬこともなかったのにねー」
「生憎ここで死ぬ気は毛頭ねーよ。頭陀袋被っている変な奴」
「ああ……?」
子供のような無邪気な声と口調で言ってくる頭陀袋を被っている男。俺の言葉が頭にきたのか、怒ったような声を出す。
「てめえ、状況解って言ってんのか?……すいませーんヘッドォ、コイツ、俺に殺らせてくれませーん?」
「ほう……じゃあこうやって遊ぼうじゃないか。エイト、お前がジョニーに勝ったら女を返してやる。存分に殺しあえ……イッツ・ショウ・タイム」
PoHが決め台詞を言うと、頭陀袋の男――どうやらジョニーというらしい――は、細身のナイフを構える。
「ダメ……エイト……」
フィリアの静止を無視し、対する俺もついさっき手に入れた、黒いのに透けている片手剣を構える。
……どうやら偽物の俺の相手の次は、
次回!『レッドプレイヤーとの戦い』です!