さて、いよいよプログレッシブ一巻が終わりそうです。
それでは第三十三話、どうぞ!
あ、あと活用したかったので、新しいアンケートがあります。
これは後で聞いた話だが、真のボスである《アステリオス・ザ・トーラスキング》の情報は、二層迷宮区近くの密林に開始イベントが設定されている、とある連続お使いクエストをクリアしたらちゃんと入手できたらしい。
ボスの攻撃パターンや弱点……つまり《額の王冠に投擲武器を当てればディレイする》ことも。
どうやってそんな情報を入手したのかは知らない(《鼠》の恐るべき情報網が明らかになりそうで聞きたくない)が、さしもの《鼠》といえども、情報を入手するにはかなり時間がかかり、クエストをクリアしたのは攻略部隊が既に迷宮区に入った後だった。ソロで行くには《鼠》のビルド(AGI全振り)では不安が残る。かと言って、迷宮区に入っているプレイヤーにはメッセージが届かない。そんなときにやはりソロで迷宮区前をウロウロしていたネズハと合流、できるだけ戦闘を避けてボス部屋まで来たらしい。
「いつまでへたり込んでんダ。麻痺、もう回復してるゾ」
《鼠》が言った言葉につられて二人の方を見る。キリトがアスナを所謂床ドンしている状態なので……凄く、百合百合しいです。
リアル(仮想空間だけど)で初めて見た床ドンが女子同士ってなかなかないなー、と思考放棄しつつ、二人の武器を拾いに行く。……ネズハの時にも思ったが、キリトのアニールブレードがすごい重い。
「ほれ、武器落としてたぞ」
二人にそれぞれの武器を差し出していると、《鼠》がリンドと……緑隊のリーダーの方へ歩いていく。
《鼠》は『ビーター』と呼ばれている俺に並ぶベータテスターの代表格だ。
そんな奴が近くに来たら当然反ベータテスターの二人はいい顔をしない……が、緑隊のリーダーは苦い顔だ。一層の時にキリトのアニールブレードを買い取り工作を行ったというリーダーとしてはあまりよろしくない経歴があるからだろう。
「よう、トンガリ頭。久しぶりだナ」
嫌な顔のリンドをスルーして、トンガリ頭に声をかけられる《鼠》さんまじリスペクトっす。
ここが俺が《鼠》を苦手な理由その二だ。弱味を握られたらすぐに流出できる立場にいるところが苦手だ。……まあ、噂などはちゃんと確証を持ってから流すのだが……
「撤退するなら、早くするんだナ。だがこのまま戦うなら、ボスの情報を売るゾ。代金は……特別にタダにしといてヤル」
……うわぁお。こうして《鼠》は貸しをつくっておくんだなぁ……
《鼠》のタダの(本当の意味でタダなのかは疑わしいが、ソースは《体術》スキル)情報を聞き、リンドと緑隊リーダーはすぐに戦闘続行の指示を出す。
……意外だ。あいつらが一番ボスの近くで麻痺して死を実感しただろうに。まあボスが出てきた直後とは状況が違うしな。
「よし……攻撃、始めるぞ!A隊D隊、前進!」
リンドの指示で、重装甲なタンク部隊が体当たりにも似た近距離攻撃を繰り出し、ようやくネズハからタゲが外れる。
その途端に、ネズハが足の力が抜けたようにしりもちをつく。俺達三人が駆け寄ると、ネズハは右手の俺が渡した武器――チャクラムを掲げるようにして、笑みを浮かべる。
チャクラムと言っても、古代インドに実際にあったとされるチャクラムとは違い、……なんて言うんだろうか、タンバリン?みたいな輪に刃と革の持ち手がついており、投げたりナックルとして使うことも可能。
それ故に《投剣》スキルだけでは扱えず、《体術》スキルも必要なのだが、特徴はなんと言っても、さっきみたいに俺の投げナイフとは違いブーメランのように手許に戻ってくることだ。
だがら装填数無限の投擲武器として扱え、FNC判定で距離感が上手く掴めないネズハでも戦えるのだ。(さすがにソロでは無理だろうが)
ちなみに、二層でチャクラムが入手できるのは、迷宮区にいる《トーラス輪投げ男(リングハーラー)》からだけらしい。
そんなチャクラムをふらつきかけた両足を踏ん張り、投げようとする。するとそれがソードスキルのモーションだったのか、チャクラムの円形の刃が黄色く光る。
「やあっ!」
という気合いの入った掛け声と共に投げられるチャクラム。
漢字で円月輪と書くように、丸い黄色い光を発するチャクラムはまるで満月だ(月は太陽の光を反射して輝いて見えるのだが)。
名は体を表すって本当だな……雪ノ下は冷たいし、百合ヶ浜は百合百合しいし。……それなら俺、八幡だから八幡大菩薩みたいに弓の名手じゃん!さすが八幡!弓はないから投剣の名手になれるね!
脱線した思考はハンマーを振りかぶったアステリオス王の王冠にチャクラムが命中した金属音で中止される。アステリオス王は大きな体を仰け反らせ、攻撃を中止する。その足許で「ナイス!」と言っていたのは緑隊メンバーだろう。
戻ってきたチャクラムを危なげなく掴んで(ソードスキルはここまで続いているのだろうが)、泣き笑いのような顔をつくった。
「夢、みたいです。僕が……僕が、ボス戦で、こんな……」
「……夢じゃないぞ」
俺達の本体は頭にナーヴギアを被って、恐らく病院のベッドで寝ているようなものなのだから、夢みたいなものだが……
「はい!……僕は大丈夫です!皆さんも、戦線に加わってください!」
「わかった、ブレス阻止を優先にディレイを狙ってね!」
キリトのアドバイスに頷いたネズハを見てからボスに視線を移す。
「さて、俺達も……行かなきゃ駄目なんだろうなぁ……」
「当然でしょ?」
「ほら、ボス戦くらいめんどくさがらずにやろうよ」
いや、だってアステリオス王に繰り出されるあの無数のライトエフェクト見たら、行かなくていいんじゃね?って思っちゃうでしょ。
「わかったよ……H隊全員、アステリオス王に攻撃するぞ!」
おうっ!という返事を背に受け、最前線まで身を投じる。
一度こそ未知のボスというインパクトと、一撃パラライズ有りの雷ブレスで全レイドメンバーを恐慌させたが、《鼠》の攻略情報で着実にHPを減らしていっている。
ここで目につくのがG隊……つまりレジェンド・ブレイブスだ。
王も将軍と同じく《ナミング・デトネーション》を操るのだが――あれ?そういえば俺にナミングどころかハンマーの攻撃すらなかったけど、遂にモンスターまでに下に見られちゃったの?……ではなく、ブレイブスは全身をガッチリ強化していて、阻害抵抗値(デバフレジスト)が高いため、近くでナミングを喰らってもスタンしないのだ。……もちろんその強化した金はネズハに《強化詐欺》をさせて得た莫大なコルというのがひっかかるが、ネズハが強化詐欺をやめた今、ブレイブスの奴らを糾弾する機会はもうない。
「…………なんだか複雑ね」
「そうだね……でも、少なくとも今後は二度とできないはずだしね……」
「……まあ、ゲームクリアにも貢献してるわけだし、いいんじゃないか?」
名前も顔も知らない人に申し訳なく思う必要もないしな、と心の中で付け足す。
「そう……ね」
なおも浮かない声に耐えかねてか、キリトがある提案をしてくる。
「でもこのままMVPを取られるのも癪だから、少し抵抗してみない?タイミングが合えば、だけど」
アスナに耳打ちをしているキリト。アスナは呆れた後にコクリと頷く。キリトは俺に手招きをしている――え?俺も?
十センチくらい差があるキリトに合わせようと膝を少し曲げる。こしょこしょとした声がこそばゆい。
「……いいんじゃないか?」
ビーターの俺にぴったり過ぎる提案だ。
「あのな、エイト」
不意に後ろから野太い声が聞こえた……というかエギルだった。
「お前ら、トリオ組んでないって言ったよな?」
「組ん「組んでないわ」……」
何?H隊では俺の言葉を遮るのが流行りなの?
行きどころのない開いた口をどうしようか考えているときにリンドの指示が飛ぶ。
「E隊、後退準備!H隊、前進準備!」
さすがに全く役割を与えないのはまずいと思ったのか、ここで俺達に役割を与える。
「よし、じゃあ行くよ……ゴー!」
キリトの掛け声で一斉に走り出す俺達。
俺が一番AGI寄りなので少し距離が空くが《シングルシュート》を発動し僅かな硬直に襲われる。その硬直時間で二人が追い越し、それぞれ右足、左足にソードスキルを叩き込む。怒りの声とともに繰り出された薙ぎ払い攻撃を硬直が解けた俺含めバックステップすると、すかさずエギル達三人がガードする。
体の巨大さは確かに厄介だが、一度に攻撃できるパーティー数が増えるという利点もある。ナト大佐は一パーティー、バラン将軍は二パーティー、そしてアステリオス王は三パーティーが適正だ。
右にG隊のブレイブス、正面に青カラーのB隊、左に俺達H隊だ。俺達の前の三パーティーに攻撃されてアステリオスのゲージは最後の一本のレッドゾーンで暴走(バーサーク)中だ。恐らくこの三パーティーで削りきれるだろう。
「ヴォロロルルヴァラアアアーーーーッ!!」
調子に乗るなと言わんばかりの大声量を発し、大きく息を吸い込む。間違いなくブレスのモーションだ。口許に雷を迸らせるが、すかさず飛来したチャクラムが王冠に当たり、雷は鼻面で暴発する。
ドラゴンボ○ルのリクームみたいだが、幸いそれとは違いブレスは発射されない。
アステリオス王のゲージを見るともはやなくなる直前だが、ますます怒り狂ったアステリオス王は、ストンプ三連続の後にナミングのモーションに入るのを見て、悔しげにB隊が退避、しかしG隊は構わず突撃する。
装備は万全で、莫大なコルを持っているブレイブスがラストアタックを取れば、一躍攻略部隊のトップに躍り出るだろうがそうは問屋が卸さない。
「キリト!アスナ!行くぞ!」
俺達は再び跳ぶ。その直後――
「ヴォラーーーーーーッ!」
これが俺達とは違う意味のラストアタックのつもりなのか、デバフレジストがあるブレイブスの二人でさえスタンに陥る。が、俺達も僅かに飛距離が足りない――
直後――。背中に固い感触を四つ感じる。感触が消えた直後に仮想の重力だけではない力が加わり、下に落ちる。
――あいつら、俺を踏み台にしやがったあぁぁぁぁっ!
せめてもの足掻きとして、ありったけの投げナイフをボスに向かってぶん投げる。
ガンッ!!という音に、ボスが爆散する音、またしてもレッドゾーンに染まったゲージ。そして、システムも俺を不憫だと思ったのか、本日三回目の【You got the Last Attack!!】という紫のシステムメッセージが、俺の視界の端に写った。
次回!『攻略部隊の非難』です!