お気に入り百件突破のお祝いの番外編の要望がある人は、感想に書いてください。
十二月四日、日曜日、午前十時。
あと、三時間で《ソードアート・オンライン》正式サービス開始から丁度四週間だ。
あのときの自分はこんなことになるなんて、思ってもいなかったなぁとか、小町どうしているかなぁとか、小町に彼氏でもできてたらゾンビのように起き上がって、ソイツぶん殴ろうとか、少し感傷的になっていた。
……さて、そろそろ現実逃避をやめよう。
「あ、あの」
「……何?」
「い、いえ!何でもありましぇん!」
というのがさっきからの光景だ。
……昨日のことを謝ろうとするのだが、昨日のことを思い出したら腐った牛乳一樽分飲ませるという脅し+フェンサーの怖さから、謝れずにいる。
キリトは後ろで苦笑い……何とかしてぇ、キリえも〜ん!
こんなことで今日のボス戦大丈夫か……と思っていたとき、決して友好的とは言えない声が聞こえた。
「ええか、今日はずっと後ろに引っ込んだれよ。ジブンらは、わいのパーティーのサポ役なんやからな」
「…………」
……昨日、人の武器を買い取ろうとした奴のセリフとは思えねーな、と思っていた。
「大人しく、わいらが狩り漏らした雑魚コボルドの相手だけしとれや」
はあ…メンドクサイな……コイツ……
「わかった、わかった。俺たちの仕事がある『前提』で話しているようなので、せいぜい頑張らせていただきますよ」
俺の言葉にモヤットボールは一瞬怒った顔を見せたが、唾を吐き捨てて戻っていった。
「あはは……エイトって結構酷いよね…」
「まあな、命が懸かったこのゲームで、敵を『雑魚』なんて言う奴を認める気にならん」
そう言いながら、俺はモヤットボールの背中を見る。
「……ん?」
……装備が変わってない?
あの男がキリトのアニールブレードを買おうとしたのはボス戦で使うためだろう。そのために四万コルなんて馬鹿げた金額を提示した。
――なら、その金はどこに消えた?
俺は会議のときのアイツの装備と今の装備を比べるが-----変わってない。
何でだ?
時間がなかった?――いや、丸一日以上あった筈だ。
目標の装備に金額が足りなかった?――いや、一層最強のアニールブレードが買えるんだ…そんな訳ない。
なら――人の金だった?
もしそうなら、買い取ろうと思った奴は別にいることになる。
……駄目だ、今の情報じゃこれくらいしか分からん。
…装備で思い出したが、フェンサーの装備は《アイアン・レイピア》から、俺が偶然ドロップしていた《ウインドフルーレ+4》になっていた。
片手剣使いの俺には無用の長物だったのでやった。
俺の思考はこのレイドのリーダーの声によって止められる。
「みんな、いきなりだけど――ありがとう!たった今、全パーティー四十四人が、一人も欠けず集まった!」
おおっと歓声が上がるが……俺は?
「今だから言うけど、オレ、実は一人でも欠けたら今日は作戦を中止しようって思ってた!でも……そんな心配、みんなへの侮辱だったな!オレ、すげー嬉しいよ……こんな、最高のレイドが組めて……。まあ、人数は上限にちょっと足りないけどさ!」
そうですね、一人減らしちゃいますしね。
……まあ、いいんだけどさ、慣れてるし。
しかし、いささか盛り上げ過ぎじゃないだろうか。
タンク役のB隊リーダーである、エギルさん?だっけ、も険しい顔をしている。
ディアベルが最後の〆に入るように右手で剣の柄を握って、
「みんな……もう、オレから言うことはたった一つだ!」
剣を抜いて、空に向け、
「………勝とうぜ!」
短く言い放った。
……俺にはその時のプレイヤー逹の雄叫びが、どうしても一ヶ月前の悲鳴にしか聞こえなかった………
トールバーナから迷宮区までの道程は、気が緩みすぎじゃないか?というくらい緊張感がなかった。
「リア充どもの旅行かよ……」
思わず悪態をついてしまう。
「……ねえ、こういうMMOゲーム?って他のもこんな感じなの?」
フェンサーが聞いてくる。
俺逹のパーティーは一番後ろにいる。
「……わからん、俺は他のMMOゲームでもボッチプレイヤーだったからな!」
ドヤ顔をしてそういうと二人から少し引かれたため言い直す。
「……というか、そういうのはキリトの方が詳しいんじゃないか?」
「え、私?私は……やっぱりVRゲームじゃないから、キーボードやらマウスやら動かしてて、チャットなんかできなかったよ?」
「ほら、結局チャットできないんだから、ボッチプレイと変わらねーじゃねーか」
「「それは違うと思う」」
……二人から否定された。
「……本物はどうなのかしら」
唐突にそんなことを聞いてくるフェンサー。
「本物って?」
キリトが聞くと
「だから……こういうファンタジー世界がほんとにあったとして……そこを冒険する剣士とか魔法使いとかの一団が、恐ろしい怪物の親玉を倒しに行くとして。道中彼らは、どんな話をするのか……それとも押し黙って歩くのか。そういう話」
「なんだ、簡単じゃねえか」
フェンサーは驚いたのかゆっくりとこちらを向く。
「…え?」
「答えは待てばいい、だ」
「……どういうこと?」
まあ、今の説明だけじゃ分からないだろう。
「この一層を攻略して、これから先も攻略していけばこんな非日常が日常になるってことだ」
更に俺は続ける。
「そもそも会話なんて無理してする物じゃないんだよ。無理してすると失敗するからな。ソースは俺」
「ふふ、ふ」
フェンサーは何故か笑っている。キリトも同様だ。
「最後のがなければカッコよかったのに……」
キリトがそう言い、フェンサーは
「…………強いのね。わたしには、とても無理だわ。この世界で何年も生き続けるのは……今日の戦闘で死ぬことよりずっと怖く思えるから」
……なーに言ってんだか。コイツは。
「バッカ、お前。俺が強いのなんて負けることに関してだけだぞ」
キリトも続ける。
「上の層には、もっといいお風呂があるって言っても?」
「…………ほ、ほんとに?」
俺はその言葉で昨日の光景を思い出してしまい、飲んでいた水を吹き出してしまう。
するとフェンサーが冷たい声音で
「昨日のこと……思い出したわね。腐った牛乳一樽、ホントに飲ませるからね」
え、ちょ、マジっすか?
キリトヘルプ!助けて!元々お前のせいだろぉぉぉぉ!
午前十一時、迷宮区到達。
午後十二時半、迷宮区最上階踏破。
ここまで来るのに死人がいなかったことにそっと胸を撫で下ろす。
三回程ヒヤッとしたが、ディアベルの指揮でなんとか事なきをえた。
「……よし、改めて俺逹の担当の《ルインコボルド・センチネル》のおさらいをしておくぞ」
「弱点は喉元一点だから、フェンサーの【リニアー】で倒す。キリトと俺は、基本パリング、そしてフォローだ」
言うと二人は頷いた。
丁度その時にディアベルは剣を掲げて、左手を扉の中央に当てて――
「――――行くぞ!」
短く叫んで、思い切り開けた。
――俺逹のボス戦が始まる――
次回、対《インファング・ザ・コボルドロード》戦です。