ソロアート・オフライン   作:I love ?

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人を信じることとは、比企谷八幡にとってなによりも困難なことである。

天高く馬肥ゆる秋。

これは空が高く感じられるほどに澄みわたり,馬も肥えるような収穫の秋。秋の季節のすばらしさを言う言葉だ。

なるほど、確かに天は残り二十六層も残しているだけあって高く、時間が経つにつれ希望の芽も摘まれてしまっている。

日本では秋の名物といったら真っ赤に萌える紅葉や銀杏と答える人が大半だろう。だがそれは違う。

就職氷河期という言葉があるように、寒いとろくなことがない。つまり冬はろくでもない。そんな季節に向かっている途中、つまり人生街道を転げ落ちる途中の道筋が秋なのだ。

つまり秋とは……うん、なんだろう、自分の理論ながらよく解んなくなってきた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日も来たじめじめといった雰囲気の迷宮区までの道は昨日とは違い、これも血盟騎士団副団長の威光のなせる技なのか光が射していた。違うか? 違うな。

 

「……よし、まず隊列を決める。キリト前衛、アスナ後衛、俺は見物だ。いいな?」

 

「異議あり!」

 

「却下」

 

キリトが逆転裁判ばりにビシッと手をあげたので、二文字四音で異議を却下する。キリト前衛、アスナ後衛、俺は見物、これは揺らがせねぇ、絶対にだ!

 

「なんで自信満々なの……?」

 

拳を額に当て、考える人みたいなポージングを決めているアスナはさておき、俺はキリトを諭す。

 

「……いいか、キリト。まず統計学的に考えよう。アスナとお前がデュエルした戦績は一戦一勝、俺とお前がデュエルした戦績は同じく一戦一勝、勝率で言えば100パーセントだ。つまりお前が一番強いのは自明の理。ならお前が前衛をやるのも必然だろ?」

 

「む……騙されないからね? めんどくさいからでしょ?」

 

「うんそうだな、解ってんなら話は早い、めんどくさいからキリト前衛な」

 

「ひ、ひどいよ……」

 

前衛命令を出された剣士は下手な泣き真似を始めて、長髪も相俟って顔が見えなくなる。

ふっ、そんな熟練していない泣き真似なんて――

 

「よし解った、俺が前衛をやろう」

 

――逆に引っ掛かるに決まっているだろ?

いや、本当に似ている泣き真似をするということは騙そうとしていることであり、逆説的にわざとらしくやるということは真実を言っているのではないのだろうか。あれ? 何かよく解らんくなってきた。

 

「……こういうの、なんだっけ、チョロイン? って言うんだよね?」

 

「おいバカやめろ。男のヒロインとか誰得? 俺、ルルル文庫は対象外なんだけど。少女漫画は読んでたけど」

 

小気味のいい足音が三つ重なる中、ふとアスナが問うてくる。

「ハチ君って、アニメとか漫画とかゲームとかラノベとかで好きな作品とかあるの?」

 

「あー……作品で、って言われると難しいが、俺はあれだな、バーダックが好きだ。死に様とかも本編で出てきてないのに印象に残るくらいカッケーからな」

 

「バー、ダック? ……ゴボウ?」

 

「ドラゴンボールの主人公の父親だよ」

 

ドラゴンボールは国民的漫画だが、箱入り娘のお嬢様(予想)が知らなくても当然なのかもしれない。おもしれぇぞ? ドラゴンボール。おらわくわくすっぞ!

 

「うーん、私はワンピース派かな。色んな世界を旅したりするのって楽しいよね。仮想世界の魅力のひとつだよ」

 

「そうかもね、ここの景色だって、ビルが建ったり自然が伐採されてる現代日本じゃあまり見えないものね」

 

「そうだな、迷宮区のあの閉鎖的空間も現代日本じゃなかなか味わえないもんな……」

 

「ネガティブすぎるわよ……」

 

遠回しに迷宮区に行きたくないと言ってることを悟れ。

ノリと中二とハイテンションで乗りきったけど、アイドル的存在といるのはやはり居心地が悪い。雪ノ下も高嶺の花な存在だったが、ファーストコンタクトの感想が性格最悪だからやってこれたのだ。

無双姫×2もいたら、俺の仕事なぞ本当に微々たるものだ。索敵、及び取りこぼしの掃討。俺がいる必要性が俺の存在感と並ぶくらいない。

 

「それにしても、ハチ君の隠蔽すごすぎない? 戦闘中にハイドできるって……」

 

「……まぁ、敏捷と隠蔽だけが取り柄だからな」

 

「あれやったら、反応が遅れそうだね。初見殺しだよ」

 

「いや、キリトなら避けれんじゃねぇの? 言っとくけど、お前の反応速度も逸脱してるからな?」

 

「え、そうなの?」

 

お前並みの反応速度を持つやつがほいほいいたら、攻略もずっと楽になってるだろ……。

さっきから疑問に思っていたことをふと思いだし、特に考えもせず口に出す。

 

「そういや、最強ギルドのNo.2が一介のソロプレイヤーと一緒にいていい……に決まってますよね、はい」

 

ふえぇ、やっぱりおうち帰りたいよぉ……。およそ女子の出せる睨みじゃないぞ。冷たい目ならお得意なんでしょうけどね。あれまじなんなの? 一撃必殺のぜったいれいどなの?

 

「……ねぇ、前々から思ってたけど、さ。ハチ君って、わたしと一緒にいたくない……の……? もしかして、キライ……?」

 

……こうも泣きそうな声で言われると、返答に困る。積極的に一緒にいたくはない、いいやつだとは思う。だからこそ好きではない、だが、キライでもない。本当にキライなら、俺はこいつとの関係性を如何なる手段をもって断ち切る。

 

「……ああ、何か知らんけどフラッシング・ペネトレイターを喰らわしてくるのは嫌だな。せめて理由を言え、理由を」

「……も、もぉー!」

 

大地を踏み鳴らすようにブーツで地面を叩き、ずかずか先に行ってしまう。真剣に言ったのに冗談っぽく返されたのが気にくわなかったのだろう。いいか? 涙目は目薬を注した後だと思え、だ。

 

「はぁ……」

 

空は青く高く、俺たちを吸い込むかのように果てしなく広かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無双、という言葉は俺TUEEEEE! という意味だと誤用されがちだが、本来の意味は二つとないことだ。

そういう意味では、目の前にいる狂戦士(バーサーカー)たちは無双ではない。黒白の剣士たちが怒濤の如く相手を蹂躙する様は正に剣の舞だ。

当初の作戦通り、キリト前衛、アスナは後衛、俺は見物と完璧な隊列で戦闘をしていた。

 

「ハチ君もやってよ!!」

 

迷宮に響くアスナの声が、ぐわんぐわんと脳を揺さぶる。いや、必要なかったよね? 入らせる気もなかったよね?

 

「いやー、あんだけ完璧なコンビネーションに入っていけるやつがいたら、俺はそいつをでしゃばりと言うね、うん。実際に俺必要なかったろ?」

 

「それは……」

 

「まぁ……」

 

……やだ、自分から言っておいてなんだけど、ちょっぴり傷ついちゃった。容赦無さすぎだろ、言葉は人を傷つけるんだぜ? 伝えたいことがあるなら、歌ってみるのもありなんじゃねーの? や、急に歌われても困るけど。

「……ねぇ、僕もう帰っていい?」

 

「なんで秩序恐怖症の青い山風……?」

 

あ、知ってんの? 赤と白の捜査ファイル。すまん、てっきり二次元物にしか興味ないかと思ってたわ。

 

「……よくわからないけど、行きましょ。――次はハチ君前衛だからね!」

 

「えー……」

 

「まぁまぁ、私も手伝うよ。エイトはいっつも無茶しちゃうんだから」

 

そうか? そうなのか?

他人から見た俺、自分で定義する自分。いつもこの二つはずれていて、合わさることはきっとない。そして、それをらしさと言うのかもしれない。

自分らしさは曖昧で、その人らしさは模糊としていて。俺たちに判ることなんて、非常に少なくて。だから、勘違いをして恥をかいて間違って傷を負って……今の俺が形成された原因は、俺の無知だ。

だから、知りたい。理解したい。

俺という人間は理解されずとも。

だから、いつか理解しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホアァァァァァッ!?」

 

なんでや! なんでリザードマンロードがこんなにいるんや!

剣と腕を休みなく振り続け、緑青色の鱗に覆われた体に傷をつけ、塵へと還す。そんな作業が延々と続く。

亜人(Mob)人間(プレイヤー)の剣戟は数の利があるリザードマンロードたちが有利だった。じわりじわりと後退していき、遂には背中には壁。百八十度見渡す限り蜥蜴男(リザードマンロード)

こういう状況に陥ったとき、取りうる手段は三つある。

一つは各個撃破して全滅させる。一つは広範囲ソードスキル……例えば刀スキルの旋車などを使って一掃する。そして一つは突進系ソードスキルで無理矢理包囲を突破する。

転移結晶で逃げる、というのも出来なくはないが、攻撃を食らえば転移は失敗するのでリスクがでかい。

さて、最初の手段は最前線の敵だと現実味がない。二番目は片手剣、細剣スキルは強い範囲攻撃を持ち合わせていないため却下。となると、消去法で三番になる。

 

「キリト、アスナ。俺がヴォーパルストライクで突撃(チャージ)して道を開くから、道の確保よろしく」

 

「えっ、ちょっ、ハチ君!?」

 

「エイト!?」

 

返事を聞かず、右肩の上に剣を置き左手を前に構える。紅いライトエフェクト。なにかに後押しされるかのように速く動く体。ジェット機のようなサウンドエフェクト。

髪をなびかせ、コートをはためかせ、一陣の風となって迷宮を駆ける。

三体ほどを串刺しにして数秒後に硬直に襲われる。とはいえ、口が動かなくならないので言葉を発することはできる。

 

「キリト! アスナ!」

 

「やあっ!」

 

「はあぁっ!」

 

各々の気合いのこもった掛け声とともにソードスキルを放ち、リザードマンロードの包囲から脱出する。

スキル硬直中に二体のリザードマンロードはポリゴン片へと姿を変え、残りの一体が湾刀を振るわんとしてきたので体術スキルで仰け反らせて、止めを差し振り返る。

 

「はっ!」

 

「うああっ!」

 

光のごとく煌めく細剣は的確に敵の弱点を突き、光を喰らわんとするような刀身の黒剣は豪快に獣人を真っ二つにする。なにあれ、チートやん……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、安全地帯(セーフティエリア)。俺氏、正座中ナウ。

 

「……ハチ君? 今、ふざけたこと考えたでしょ?」

 

「へっ、ひゃう!」

 

心を見透かされたと一瞬だけ本気で思ってしまい、変な声が出る。そろそろSAOにもプライバシーの保護を実装するべきだと思います。

 

「ハチ君、反省してないでしょ?」

 

「いや、反省すべきところが……」

 

「あるよ?」

 

言い切る前にキリトに封殺されたらぐうの音も出ない。なんかやったかな、俺……。

 

「……ねぇ」

 

ポツリ、と。湿った声が染み渡るように広がる。一石を水面に投じたように、その言葉に含まれる感情がありありと解ってしまう。

 

「ハチ君にとって、わたしは、わたしたちは、そんなに頼りないの……?」

 

「…………」

 

頼りない訳じゃない。強さは認識しているし、俺なんかよりもこいつらは遥かに強い。

でも、それでも、俺は信じることができない。

過去の俺が囁き、嘯き、唆す。【信じたら裏切られる】と。【過去にあったこと(トラウマ)をお前は忘れたのか】と。

理解したいと、思っているはずなのに。

信じたいと、願っているはずなのに。

こいつらの道を見ていたいと、確信したはずなのに。

俺は答えることができなかった。

誰もいない迷宮区の寂寞、それが俺の答えを雄弁に物語っていた。

 


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