ソロアート・オフライン   作:I love ?

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シリアスパートですね。
受験したくないでおじゃる……。リアルもシリアスパートだぜ……。


だから、比企谷八幡は。

カヲル君曰く、「音楽は人類(リリン)が作り出した文化の極み」的なことを言っていたが、小説だって負けてはいない。ぼっちにとって、小説は大説……じゃねぇや、大切。

趣味で暇潰しを兼ね備える存在は最強。いつの間にか時間が過ぎ去っているのだ。アインシュタイン万歳。

しかしこの世界にはそんな最強の存在がない。それ以外にもボーッとしたり、寝たりと、暇潰しする方法ならいくらでもあるがこの場所が許してくれない。

いや、女の子の部屋をジーッと見たり、寝るのって節度がないよね、うん。マナー、モラル、節度、大事。

 

「どんな料理作るんだろうね?」

 

「さぁな。ラグーってくらいだから煮込むんじゃね?」

 

SAOの食材アイテムは、結構そのままの名前がつけられていることも多い。調理方法が判らない食材も多いから、せめてもの配慮……ということだろう。四千人を死に追いやったくせに、ゲームとしての配慮を忘れないのは茅場晶彦ならでは、というべきか。

名前と言えば、この世界は剣がプレイヤーを象徴する。

孤独(ソリチュード)》はまだいい。いや、むしろ俺を表すに二番目に最適な二次熟語だ。ちなみにトップは孤高な。

だが、《反逆者(トレイター)》……。俺に、魔王を倒す勇者役でもやれと? そういうのはキリトやアスナがやることだ。俺は役をもらえたらいい方、村人Aが限界だ。

考えすぎだろうが、あの天才が創り上げた世界だと全てのものに意味があるかもと深読みしてしまう。いや、それただのぼっちの性だな。

ぼっち特有のスキルともいえる思考加速をしていたら、皿が俺とキリトの前、あとアスナが座る場所であろうところ――キリトの隣――に置かれる。

湯気をモクモクと漂わせるシチューを一瞥し、アスナに顔を向ける。またシチューに視線を戻し、またアスナを見る。それを三セット。

 

「……アスナさん、これ、なんでしょうか? 毒?」

 

ブチッ、と。短い音が鳴る。

 

「ひ、ひゃぇっ……。ど、どく……独眼竜政宗が食べててもおかしくないくらい旨そうだな! 早く食おうそうしよう!?」

 

「苦しい、苦しいよエイト……」

 

そんなこと解ってる! それでも男にはやらにゃならんときがあるんだよ! ……自分の命を守るために。……俺は英雄にはなれないな。男だけど誰かのために立ち上がることすらできん。

 

「はいっ! みなさんお手手のしわとしわ、合わせてシワ合わせ、南〜無〜!」

 

「あ、アスナ! これ以上睨むのやめてあげて! 恐怖でエイトのテンションが深夜でもないのにおかしくなっちゃってるから!?」

 

「そ、そんなこと、ないゾ? わ、わいは怖がってないからナ? 勘違いしないでヨ?」

 

「ほら、なんかアルゴみたいになっちゃってるし、お願いッ!」

 

「はぁ……。解ったわ……。そんなに恐いのかなぁ……」

 

「今度はアスナが……」

 

テンションがハイな俺。テンションがローなアスナ。ノーマルのキリト。平均したら普通に……なるわけないですね、すいません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うめぇ……。くそ、専業主夫志望として負けた気分だ……」

 

「……エイトって専業主夫志望なの?」

 

「……ちなみに、将来プランはどうなってるの?」

 

俺の何気無い一言に耳聡く反応し、さらにアスナまで乗ってくる。フッ、仕方ない、話してやるか……。

 

「まぁまずはこのゲームをクリアして現実に帰るな」

 

「うん、それは当然だよね」

 

「現実に帰る、か……」

 

アスナがぽつりと呟かれた言葉は憂いを帯びていたが、取り敢えず聞こえないふりをして続けた。

 

「……で、リハビリを終えたら大学行ってキャリアウーマンになりそうな人と付き合って卒業後結婚。別に在学中でも可。そして俺は専業主夫に……」

 

「なれないよ……」

 

「なれないでしょ……」

 

「……お前ら息ピッタリだな……」

 

人の夢を否定するなんて最低だよ! つまり大人は最低。特に教師。平塚先生に俺の夢、幾度となく潰されかけたからな……。まぁ、あの人に限ってはなんで結婚できないのか不思議なくらいいい人、だとは思う。

ただ、男の人からみると『都合のいい』、が頭についてしまうのがなんとも悲しい。誰か、本当に早くもらったげて! じゃないと俺泣いちゃうよ!

 

「……ちなみに、ハチ君って告白したり、されたりしたことあるの?」

 

「あ? ……いや、まぁある、けど……」

 

「あるの!?」

 

本気と書いてマジと読むほどに驚かれてしまった……。俺って、色恋沙汰にそんな関心ないように思われてんの? バリバリあるよ? いちご100%、ToLoveる、ニセコイとかも読んでたからな。打ち切られたのだとパジャマな彼女とか恋染紅葉とかも読んでたぜ! 全部ジャンプだけどな!

 

「あぁ、告白して振られてな……。これだけならまだいい。その翌日、あちらこちらから、『比企谷、かおりに告ったらしいよ〜』『え〜、かおりかわいそ〜』とか聞こえてきた……って、お前ら誘導尋問巧ぇな、ほんとびびるわ。思わず過去のトラウマと俺の苗字喋っちゃったじゃねーか」

 

「……何一つ誘導してないけど……ハチ君って、比企谷って言うのね……」

 

「や、やめろ……。違うから、俺の苗字は比企谷じゃなくてヒキタニだから」

 

「……そうなの? ヒキタニ、なの?」

 

うっ……。少しも疑われないで信じ込まれるのも良心が咎めてくるんですけど……。

 

「いや、やっぱり比企谷です。むしろ比企谷以外ありえません……」

 

「??」

 

キリトの頭からクエスチョンマークが出てるように見えるよ、っべー、幻覚見えるとかマジっべーわー。

 

「でも、エイトが比企谷なら私に近いね。私は桐ヶ谷だか……」

 

「ストーップ! 現実の話はタブーだからここらへんにしましょ?」

 

「まぁ、異論はない」

 

実際ネトゲではリアルの話はタブーだ。チャットとかで発言できない訳ではないが、まぁ、暗黙の了解ってやつだな。ちなみにカーストが出来上がっちゃうのも暗黙の了解がです、気を付けましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ以降は喋らず黙々とシチューを食べるだけだった。

食われる前に食え! と、第一回S級食材争奪戦が起きたのを切っ掛けに、すごい早さでシチューは減っていった(なにもしてない俺がお代わりするのは申し訳ないので、俺は不参加)。

大方女性二人であの鍋のシチューを食いつくしたのを見たときは、「君たちどこのギャル曽根?」と言いそうになった。が、ぼっちは学習能力が高い。そんなこと言ったら怒鳴られること請け合いだ。……でも、未だにアスナが怒るツボが解らんのだよなぁ……。

 

「ふー……」

 

ご満悦、といった様子で息を吐いた二人の声を聞き、メインメニューから目を離す。

 

「ああ、食い終わったのか。んじゃ俺はこの辺でお暇するわ」

 

「ねぇ、ちょっと待って」

 

テーブルに手を付き、立ち上がろうとしたが呼び止められたのでまた座り直す。……着々とアスナの言うことに逆らえなくなるように調教されてて怖い。

 

「……ハチ君は、さ。どう思ってる? 今のこの世界の状況……」

 

唐突な問いと真剣な声音に虚を突かれたが、真面目な話なのだろう。ならば、こちらも誠意を以て返答すべきだ。

 

「……俺の主観でいいなら、って前提で言うからな。

――まぁ、一言で言うなら慣れてきてる、だな」

 

「……うん、そうだね」

 

神妙な趣で頷いたキリト。なんとなくだが、この世界に流れている空気を感じ取っているのだろう。

――古来より、常に強大な敵と対峙してきた、鋭い爪も、強靭な牙も持たない人類が生き残れたのは何故か。

とあるゲームの台詞である。

それに対しての解はこれだった。

――何かを成し遂げようとする意志、それこそが人類が生き残れた要因であり、人類最大の武器である。

間違ってないとは思う。

何かを成し遂げようとするにはそれ相応の努力や犠牲は必要だ。しかしながら努力とは辛く苦しく、常に辛苦が付きまとう。それでも成し遂げたいという思い……意志という原動力があるから人は辛い努力にも耐えられる。栄光ある未来を信じ。

人はそれを成長と呼ぶのだろう。

成長は今の自分を肯定出来ない者の逃げ。

俺はそう断じてきたし、今もそう思ってる。

――なら、不変とは?

不変とは停滞であり、停滞とは現状への慣れだ。そして、現状への慣れとは現状への諦念だ。

人は早々変われやしない。そんな簡単に変われるのなら、そいつは自分なんてものを持っていない。

だが、好きで今の自分でいる訳じゃないやつ……されど変わろうとしないやつは諦めているのだ。どうせ自分は変われやしない、ここが限界だと。

別に悪いことではない。

限界なんて他人が決めるものじゃない。勝手に理解した気になって、勝手に自分を知った気になられて、自分は他人の決めた型の中に収められ、はみ出たなら疎外される。

だから人は皆自分に嘘を吐く。自分はこんなものだ、これでいいじゃないかと、妥協し甘んじ諦める。

SAO開始から二年経った今、俺たちSAOの虜囚の社会復帰は絶望的だ。その時点で俺たちはもう社会という枠組みから外れている。

なら、苦い現実より甘い嘘を。この世界の停滞を。

現実に戻りたいと思う反面、戻りたくないと叫んでいる。二律背反。

俺も感じたことがある。

お互いにお互いの気持ちを否定し、認めず、憎む。

感情の坩堝というのは如何ともし難い。俺だって今目の前にいる二人へと向ける感情は複雑だ。

昔の俺に似ているこいつらが一体どうなるのか、俺にも違う選択肢があったんじゃないかと見てはみたい。だが、だからこそ汚れきっている俺と澄みきっているこいつらは近くにいてはいけない。

だから俺は戻らなくてはならない。この黒い感情に決着を付けるためにも、こいつらの行く末を見るためにも、そして……あの部屋で俺はなにを求め欲していたのかも。

 

「なぁ……、お前らは、その……今でも現実に帰りたいとか思ってるか?」

 

なんとなく気恥ずかしいため、途切れ途切れとなってしまったがなんとか言葉を捻り出す。

 

「――正直、私は判らないな。現実も大事だったけど、今は辛いことも、悲しいことも、苦しいことも、い〜っぱいあったこの世界も大事だと思ってるから、ね……」

 

「そうね……。確かに、なかったことにするにはあまりに密度が濃かったし、忘れたくないこと、忘れられないこともいっぱいあった」

 

「そうか……」

 

こいつらも現実が薄れていってることになんとも言えない感覚に襲われたが、まだ続きがあった。

 

「――でも、わたしは帰りたい。あっちでやり残したこと、いっぱいあるもの」

 

「うん……。うん、そうだね。私も帰りたくないとは思ってない。この世界もあっちの世界も大事だけど、なんか、今の言葉はすごく共感できるよ」

 

「そうか……」

 

さっきと同じ言葉。だけど、そこに込められた思いは全く違うものだと自分でも理解できる。

 

「……んじゃ、本当に帰るわ。じゃあな」

 

「ん、バイバイ」

 

「そうね、さよなら」

 

椅子を立ち上がり、玄関へと続く扉の前に立つ。そのままドアを開けようとしたが、まぁ、その、なんとなくだけど、言っておこうと思った。

 

「また明日、な」

 

「うん! また明日!」

 

「また明日、ね」

 

二人の言葉を背に受け、今度こそ俺は扉を開けた。


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