ソロアート・オフライン   作:I love ?

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前回の感想を見て思ったこと。
――皆、キリトちゃん好きすぎじゃね?


比企谷八幡にとっての恐怖対象は鬼であり、その本拠地は完全なるアウェイである。

「はぁ、S級食材の調理ねぇ……」

 

「うん、そうだけど……反応薄すぎない?」

 

「いや、自分が食べられないなら関係ないし……」

 

自分が持っておらず、他人が持っているものを羨望してもしょうがない。本当に手に入れたいならそれ相応の努力は必要だし、それでもできないことは多い。……雪ノ下雪乃のように。

完璧超人すらも上回る人外を姉に持ち、比較され続けてきたのだろう。俺も小町と比較されることは多々あるが、それとは意味合いが違うはずだ。

まぁお家のことは他人がどうこう口出しできるものではない。たとえ、その家がひどく歪んでいようとも。

 

「あぁ、自分じゃ調理できないから売ろうとしてエギルのところに行こうとしてたんだな」

「うっ……現実世界(あっち)だったらできるもん……現実世界(あっち)だったら……」

 

料理できないというのは女の尊厳に関わるのか、どこぞのネトゲの嫁(ヤンデレ)みたいにぶつぶつと同じことをリピートしている。……そういえばここもネトゲの中の上に結婚システムもあったわ……。

それにしても、『もん』か……。これを天然でやるとは、キリト、恐ろしい子……! なんとなくぼっちになった理由が判る気がする。

男子には高嶺の花。女子には疎ましい存在。もしくは女子も近寄りがたい存在だったか。

壁を作っている訳ではないが、そばにいると自分が劣っていると本能で察しているのだろう。一般的に見たらキリトは見た目よし、性格よし、本当に稀に暴力を振るってくること以外おおよそよしだ。俺が判断を下すのは別として。

そしてそれに気づかないでぼっちでいたであろうキリト、やっぱり恐ろしい子……。大事なことなので二回言いました。

 

「いや、それは解ったから。それよりS級食材は調理できますか、シェフ?」

 

「ん、できると思うわ。むしろ望むところよ、S級食材なんて滅多に見られないからね……」

 

お嬢様(予想)は総じて負けず嫌いなのか、やる気スイッチがONになる瞬間を見た気がした。うん、関係ないし帰るか。

ぶっちゃけ一緒に居たいわけでもなし。目的がないなら帰るに越したことはない。

様々な人の流れが氾濫する通りで有名な三人(俺だけ悪い意味)がいたらそらぁ目立つ。さっきぶつかったやつが俺を知らなかったのは幸運だ。どれくらい幸運かと言うと、命中率七割のかみなりが連続十回で当たるくらい。つまり十分の七の十乗だから……解らん。そもそも計算式これで合ってんの? はちまんすうじはきらい!

盗んだチャリで走り出す……ことはしなかったが、自慢の足で歩き出した。

 

「ちょっと……」

 

「待って」

 

台詞も行動も完璧なコンビネーション、猪鹿蝶も感服するぜぇ……。俺は虫嫌いだから猪鹿まででいいと思います。馬鹿はダメだよ!

 

「……お前らなんなの? 最近俺の足止めんのがブームなの? むしろ俺がお前らの足引っ張っちゃうよ?」

 

なんなら底無し沼に引きずり込むよ? 今受けてる肩の痛みの分だけ沼に沈めていくよ?

アスナはともかく筋力値が馬鹿高いキリトは振りほどけない。ちなみにアスナは熊蜂(理由はレイピアで刺すから)で俺は虎馬(トラウマ)な。

 

「……はぁ、ナニカヨウデスカ?」

 

俺は早く帰りたいんだよさっさと離せオーラを全開にするも、二人の怒りオーラに圧殺される。……バカな、俺の威圧が消えた、だと……。

 

「……な、なんですかすいませんごめんなさい僕がなにかしましたでしょうか」

 

これもDNAに刻まれた悲しい性なのか、社畜スキルの内の一つ、平謝りが勝手に発動してしまう。世界で一番ついて欲しくないスキルだ……。

 

「ううん、逆だよ。なにかしたんじゃなくてなにもしなかったから怒ってるの」

 

なにもしなかったから怒ってる? こいつらに俺がすべきことはないはずだよ? なにせソロプレイヤーだからそんな義務責任とは無関係だからな……。

 

「ん、あぁ、えぇ……? なにをしてなかったっけ……。挨拶、はしたし、会話、もしたし、あ、無視はしてないな。もしかして他人のふりして無視した方がよかっ……」

 

ビュオンッ! という音を耳が捉えたときには、アインクラッドでも有数の名剣……《ランベントライト》が平塚先生の拳以上のスピードで俺の顔の真横を通り過ぎる。

おもわず俺は(恐怖で)笑顔になる。アスナも(恐い)笑顔。キリトも(引き攣った)笑顔。周りも(何故か)笑顔。皆(種類は別々の)笑顔。

数十秒後にはゴキブリ並みにいた人々は通りから消え、そして(俺たち以外)誰もいなくなった……。

 

「……取り敢えず、調理器具とか色々あるわたしの(ホーム)に行きましょうか」

 

普段なら絶対にお断りするお誘い。この現状がアドベンチャーゲームだったら、選択肢は一つしか出ないだろう。

 

「は……、はい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつものことながら、アスナが怒るツボが俺にはよく解らん。

そんなことを考えながら、黒白(こくびゃく)の剣士の三歩後ろを歩く。機嫌はすっかり直っているようで、今は二人で仲良さげに話していた。

六十一層主街区《セルムブルグ》。

観光名所の湖上都市にして、ホームがちょっとお高い街は俺にとっては嬉しい街だ。

なにが嬉しいかって、アスナやキリトがいても注目を集めないことが嬉しいのだ。つまり俺が注目されない。ぼっち最高!

 

「ハチ君、隣歩いたら?」

 

「……いや、ちょっとそれは……」

 

さすがに隣を歩いたら注目を浴びる。それは避けたい。

アインクラッドにいる六千人強のプレイヤーのホープにしてアイドル。悟空とベジータがポタラで合体したベジットのような存在。それがこいつらだ。ちなみにゴジータでも可。

そこにピラフ並みのモブキャラが混じったら、藍染さんに普通の人間が近づくがごとき命知らずとなる。俺の作戦方針は変わらず『いのちだいじに』だ。

 

「あっ、ちょ、やめ」

 

キリトにぐいぐいと腕を引っ張られ、強制的にサンドイッチにされる。わー、りょうてにはな、いや、はなたばだ〜。うれしいな〜。

二人が会話しているところに俺がたまに口を挟み会話をしていく、なんてことないありふれた日常。

この世界に入り込むまでに感じていた心地よさ。それと同じような感覚が、俺のなかを満たしていた。

……ただ、日溜まりにいるような感覚に陥るからこそ、自分が黒く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最強ギルド《血盟騎士団》No.2《閃光》アスナのホームはめっさオサレだった。

リビング兼ダイニングは広く、隣接するキッチンは明色の木製家具がしつらえられており、モスグリーンのクロス類は色が統一されて見映えは文句なしだ。

俺は集合住宅暮らしじゃないからよく解らないが、同じ造りの部屋でも住人によって部屋は千差万別になるんだそうだ(リアルで盗み聞きして知った)。

俺が買ったホームもそれなりに景観はいいと思うのだが、いかんせん俺は装飾のセンスがないから内装はそのままだ。

俺がポケーッと内装を見ていたときに着替えたのか、白い短衣(チュニック)と膝上丈のスカートをアスナは着ていた。

俺は足フェチではないが、美脚とも言える素足に視線が吸い寄せられる。

くっ、卑怯な! なにが卑怯って、スカートが短くていくら素足が見えても更にその先……少年たちの夢が見えないんだよ! なんでだ! 倫理的に見せちゃダメだからか!?

俺の忸怩たる思いと下心にまみれた視線にも気づかず、ソファーに座るように進めてくるため俺とキリトは所在なさげに並んで座る。

――おぉ、このソファーモッフモフだ。人をダメにするな……。

座る前に剣とコートは外しておいたため、ソファーに座るのに邪魔なものはなにもない。座り心地も最高。だが、やはりなんか場違い感がすごい。帰りてぇ……。

自分のホーム以外で考えることNo.1を獲得している思考はキリトが上質そうな――実際上質なのだろう――肉をオブジェクト化したことによって中断する。

さきほど聞いた話によると、これは《ラグー・ラビットの肉》。歴としたS級食材であり、端的に言えば超旨いらしい。

男子として旨い肉は食ってみたいが、獲ってきたのはキリトだし、調理するのはアスナだ。俺が分け前をもらえる理由がない。

俺も自分で作ったハンバーガー擬きを実体化し、一口咀嚼をした……ところでハンバーガー擬きはアスナに取り上げられる。

 

「えっ、ちょ、それ俺の俺の」

 

掌を上に向け返却を求めるが、怒っているほどじゃないが険しい表情で言葉を返される。

 

「……これからご飯なのに、なんで食べてるの?」

 

「は? いや、俺の晩飯それだけど……つーかお前は俺のかーちゃんかよ……」

 

「あ、それは解るな。なんかアスナって、たまにお母さんみたいだよね」

 

キリトの賛同は受けられたのだが、俺の晩飯(ハンバーガー擬き)を返すようにアスナに意見してくれと眼で訴えるも逸らされた。

仕方なく二個目のハンバーガー擬きをオブジェクト化し、また一口食べたところで取り上げられる。

 

「だ・か・ら! これからご飯だってば!」

 

「え、いやだからそれが俺の飯だから……」

 

どうも俺たちが互いに言っていることが食い違っているように感じてならない。俺はS級食材が食べられる様子を見ながらハンバーガー擬きを食おうと思っているだけなのだが。

 

(……エイト、アスナは多分一緒に食べようって言ってるんだと思うよ)

 

(いや、だからこうしてここで飯食ってんだろ?)

 

お互いに首を傾げ合う混沌とした状況が出来上がる。

一緒にご飯を食べるってあれだろ? 同じ場所で各々の飯を食うやつ……。

 

「いいから、座って!」

 

手を引かれては逃げることもできん。大人しくこれまた高そうな椅子に座って、所在なさげに視線をさ迷わせる。

 

「……よし、これでオッケー。……キリトちゃん、なにか料理で要望ある?」

 

「……し、シェフのおまかせコースで」

 

献立を全部シェフにぶん投げたキリトだが致し方ないだろう。料理ができる、という言葉を信じても、あくまで一般的な家庭料理の話。高級食材の上、現実じゃ口にする機会なんてないだろう兎の料理なんて知らなくて当然だ。

兎、か……。戸塚が好きな動物を目の前で食べられるのは抵抗があるな……。見た目的には兎か鶏か牛か豚か孔雀か北京ダックか……正直悩むくらいだ。ルフィが持ってる肉みたいな。あ、やっぱ北京ダックはないな。つーか鳥類はない。

(自主規制)は天井のシミを数えていると、知らぬ間に終わっているというが、あれ相対性理論だろ。楽しい時間はすぐ終わる、みたいな……。……一瞬下ネタという概念が存在しない世界の電波を受信したぜ……おぅふ。

まぁ、辛い時間は長く感じるものである。

なにがそんなに楽しいのか、エプロン姿になって鼻歌混じりにラグー・ラビットを調理するアスナを、机に頬杖突いてキリトと眺めるのだった。

 


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