さて、お礼はこのくらいにして……そろそろ八幡君がSAOに囚われている間の現実世界を書いた方がいいんでしょうかね? まったく自信ねぇ……。まぁ、駄文承知の上でのリクエストが多くあったら書きたい……です。自信ねぇ……。大事なことなので二回言いました。
現在の最前線である六十九層のテーマは浮遊都市。浮遊城のなかに更に浮遊都市があるのは若干の疑問があるが……まぁ、単にテーマとしてそうなってるだけだから気にする必要はないだろう。
――《第一回ラフィンコフィン対策会議》、か。
当然いつかはあるだろうと思っていたが、少なからず攻略組もラフコフによって殺されている今の状況は流石に看過できないらしい。
情報収集役としてグリーンとして圏内に潜伏しているラフコフメンバーもいるため、会議をすること自体機密にしなくてはならない。つまり、会議の存在を教えられなかった俺はラフコフメンバーと疑われていることになる。
「胸糞悪ィな……」
大方俺を気に入らない大手ギルドがそんな噂を流したのだろう。それもあからさまではなく、匂わせる程度に。人は噂が大好きであり、尾ヒレ背ビレ胸ビレがついて誇張されるのなんかザラ……どころか必ずされる。
別に悪意や害意に晒されるのはどうでもいいが、このハッキリしない感情を向けられるのは、嫌というより気持ち悪い。
最前線だからいるのは攻略組が大多数を占める=噂を知っているやつが多い=視線が突き刺さる。
「はぁ……」
人の噂も七十五日とは言うが、この噂はラフコフを淘汰しなければ消えないんだろうなぁ……と陰鬱な気持ちを抑えず、最近の寝床である宿屋を目指した。
「――それじゃ、第一回ラフィンコフィン対策会議を始めたいと思う」
分厚い鎧に身を包む大男――シュミットが司会を勤める会議は、今正に始まろうとしていた。――が、進行は二人の剣士にさっそく遮られた。
「「(ち、)ちょっといいですか?」」
一人はハキハキと、もう一人はどもりながら今この時だけは立場が上な大男に訊ねた。
「なぜハチく……エイト君がいないんですか? 彼のレベルはトップクラスだし、実力も申し分ありません。呼ばないのは不利益しか生まないはずですが」
八幡本人は否定しているが、ヒースクリフ、アスナ、キリト、エイトは攻略組の中でも隔絶した実力を持っている。それはすなわち、アインクラッド最強の一角を担っているのだ。故に戦いになるかもしれないのに特記戦力となる八幡がこの場にいないのはおかしい。そう思っての発言だった。
シュミットは大きく頷き、アスナだけでなくこの場にいる三十名近く全員に聞こえる声で答えた。
「あぁ、ちょうどその事を話そうと思っていた。――今この場で、彼について知らない人はいないか?」
質問の意図が解らない、と、まずアスナは思った。ただシュミットのニュアンスは八幡という人がいるのを知っているかという意味合いではなく、もっと他のことを訊いているとアスナは悟る。
手を挙げている人は疎らながら確かにいる。先程と同じように力強く頷き、できるだけ真面目な雰囲気を出そうとしたのか低い声で話し始めた。
「端的に言うと、エイトはラフコフメンバーの疑いがある可能性がある」
ざわっ、と空気が揺れる。ひそひそと話す声は明らかに非難の色が込められ、話を拡大しているのが明らかだった。
「……ちなみに、根拠は?」
爆発しそうな怒りを押さえ、できうる限り平坦な口調でアスナは訊ねた。キリトも右手を剣の柄とズボンのポケットの間をさ迷わせている。
「今から話す。……今年の三月、あるプレイヤーからエイトがあるダンジョンでラフコフのスリートップと密会してたとの報告があった」
数十秒前より大きなざわめきが室内を覆う。実際には戦闘がすぐ始まってもおかしくないくらい一触即発な空気の中での挑発のし合いだったのだが、会話が聞こえなかったあるプレイヤーはそんなことに気づかなかったらしい。
人は噂というものが大好きで、一人に言ったら百に広がる。おまけに誰が噂を流したのかを聞いても、誰もが『噂で聞いて……』としか答えないとは八幡の言葉だ。聞いたときはあまりピンと来なかったが、今この状況を見ると納得するしかない、とアスナは思っていた。
「そ、その情報の信用性は?」
キリトは震える声でシュミットに訊ねる。人と話すのが以前に比べ得意になったとはいえ、あくまで以前に比べて、だ。未だそのコミュニケーション能力は人並み以下なのだ。
「ない。……が、その情報が本当か嘘かのメリットデメリットを考えると、エイトを呼ばないのは当然だろ?」
あなたも四ヶ月前にラフコフから助けられたくせに、よくいけしゃあしゃあと。つい口を利きそうになったがグッと堪えた。
八幡の英才教育? のお陰で、こちらにも何の証拠もないのに何を言っても無駄だと理解しているのだ。
忸怩たる思いで強く唇を噛み締め、少し俯きがちに後ろに下がった。
「よし、それじゃあ――」
しかし、司会進行役のシュミットの声はまたも遮られる。室内の誰かが声を発したわけでも、無論暴れたりしたわけでも――アスナとキリト、クラインはその一歩手前だったが――ない。
ならば何が遮ったのか……何てことはない、ただの扉の開閉音。ならばなぜ、歴戦の猛者たる攻略組が驚いているのか? 理由は二つある。
一つ、攻略組は会議の存在自体を隠蔽するため、信用できる攻略組にのみ会議場所を教えた上でこの宿屋を貸切状態にしたのだ。なのに、ここに入ってきたものがいるのが一つ。ちなみに貸切状態とはいえ、貸し切る前に宿屋の部屋を取っていたら普通に入れることを誰も知らなかったのが原因だろう。
二つ、そして今宿屋に入ってきた人が、先程話題沸騰? していた比企谷八幡その人だったからだ。
俺にとってSAO内で唯一心安らぐ場所である宿屋。そんな場所に攻略組が全体の半数以上がいたら意識が一時停止してもおかしくはないだろう。
ようやく俺のそこそこハイスペックな脳が再起動をしたとき、敵意ある視線で睨み付けられる。
血盟騎士団、聖竜連合がボス攻略以外で同じ空間にいるのは珍しい光景だ。最強ギルドと最大ギルド、お世辞にも仲が良いとは言えないからな……。
まぁアスナが緩衝材になってなんとか衝突せずに済んでいる二大ギルドはさておき、今俺が考えるべきはこの状況だ。
どれくらいの確率か、どうやら俺が部屋を借りている宿屋とラフコフ対策会議の会場が被ったらしい。そして、そこにラフコフメンバー容疑者エイトが突撃してしまった、と……。
あ、いっけね、なんか会議中の場に入っちゃったアハハ〜では済まされないことくらい解る。敵だと疑っているやつが敵の対策を話し合ってる場に入って、笑って済ませるなら警察はいらない。アインクラッドに警察いないけど。強いて言うならば軍か。……じゃなくて。
逃げればラフコフと確定され、真実を話しても恐らく……いや確実に信じてもらえない。かといって何もせずにいたら噂は広がり、真実如何に関わらず、事実上俺はラフコフということにされる。
この会の代表者なのか、四ヶ月前とボス攻略以外で話したことのないシュミットが近づき、俺の前まで立つと一つ問うた。
「……なぜ、お前がここにいる?」
「……別に、お前らを害そうとか考えてねぇよ。単純にここの部屋を借りているからだ。ほら、部屋の鍵」
さすがに物的証拠――システム的証拠かもしれないが――を出したらひとまず納得したのか、目に見えて睨むのはやめた。あくまで目に見えて、だが。
「……ちょうどいい。もう一つ訊きたいことがあったんだ。――単刀直入に訊こう。エイト、お前はラフコフなのか?」
本当に単刀直入だな。もう少しオブラートに言えないの?
場違いにそう思ってしまうほど遠慮も何もない問いだった。まぁ、体育会系らしいと言えばらしいが……。
「『違う。俺はラフコフメンバーじゃない』。……俺はこう答えるが、それでお前らは俺の言葉を信じるのか? 信じないだろ? だから訊くだけ無駄なんだよ、こういうのは」
静まり返る室内。噂をいくら否定しようとも、そんな信憑性のないことを信じやしない。なぜなら、その方が面白いから。
噂なんてものは、人が誰かを貶めるか人が誰かで楽しむかから始まる。だから、本人の話なんか聞きやしない、信じない、受け入れやしない、なぜなら、その方が面白いから。
そして誰が噂を流したのか聞いても、誰もが『知らない』、『皆が言ってたから』、『噂が流れてるから』と答える。
そのくせ信憑性も根拠もないという点では同じなのに、本人が言うことは信じない。
諸悪の根元を突き止めることすら叶わず、自分がいくら否定しようとも、誰も信じない。噂を流された側は、ただ黙して人が自分のことを嘲り罵り謗るのを聞きながら噂が消えていくのを待つしかない。
「別に俺がラフコフだと何処の誰が言ったのか興味ねぇし、特に知りたいとも思ってないけどな、噂を流す……いや、他人の噂で楽しんでいいのは自分の噂で楽しまれる覚悟があるやつだけだ。覚悟しとけよ? お前らの弱味とその証拠を掴んで、流して、俺みたいにしてやるからな……」
今までのイライラを全て出すように凄みを利かせて睨み、獰猛な笑みを浮かべる。特に目の前にいるシュミットなんかは黄金林檎のことを知られているだけに青い顔をしている。
「オイオイ、エイトよォ。んな言い方したんじゃお前がさらに疑われるだけだぜ?」
諭すように言ってくるクラインに、睨みと笑みを浮かべるのをやめ、普段のやる気なさげな顔(多分)で返答した。
「あ? 別にもう疑われてんだろ? ここに来るまでスゲェ多く視線を感じたからな、ありゃ多分アインクラッド全体に広がってるよ。ったく、根拠もないだろうに……」
「こ、根拠ならあるぞ!」
装備から察するに、恐らく聖竜連合のメンバーが声高に叫ぶ。正直耳障りだ。
「お、お、お前、三月に、ラフコフトップスリーと密会してたらしいな!? ならお前はラフコフなんだろ!?」
三月。三月にラフコフと会ったのは一回のみ。フィリアとの初会合……からの隠しダンジョン探索もとい宝探しの時だ。どうやらあれが曲解されて密会ということになっているらしい。
ラフコフと意図していないとはいえ、会ったのは事実。まぁまだ抜剣してないときに見られたならそういうこともあるのかもしれない。なぜ今更噂が広まったのかは謎だが……。
顔を片手で覆い、明らかに呆れた溜め息を吐く。あの雰囲気を見てそんなことを本気で思ったなら、そいつは相当天然だぞ……。
「……別に答えなくてもいいが、ソースは?」
「あ、あぁ……アイツだ」
おい、訊いておいてなんだけど、ソース言っちゃダメでしょう。俺が本当にラフコフメンバーだったら、アイツPKされちゃうよ? ……目付き俺並みに悪くてそんな気すら起きないけど……。
血盟騎士団の制服に身を包み、痩せ細っている。それだけなら覇気がないように見えるが、目付きは鋭い三白眼。獲物は両手剣。ちなみに俺を超睨んでらっしゃる。
なんだっけ? アイツのプレイヤーネーム。ニューディールみたいな名前の……多分アスナの側近だった気がするんだが……。まぁどうでもいいか。両手剣を腰に差している長髪のやつはさておき、俺はそろそろ休みたいのだ。
「んじゃ、俺はこれで。ラフコフ対策を練るんだっけか? 俺に聞かれたくないなら別の場所でやってくれ」
背中に視線を受けながら、今日は無性に長く見える階段を一段一段上る。部屋に着いてベッドにダイブした数十秒後。大勢の前で話したから精神的疲労からか、俺の意識はすぐに闇に落ちていった。