帰りに電車の中でキスをする男女を見つけた二人の少女が
その後盛り上がった拍子に……という簡単な話です。

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とある二人の少女

「はい、今日はここまで。委員長、号令をお願い……」

 どこかけだるげな空気を纏いながら担任教師が告げ、それに続くように発せられたクラス委員長の号令をもって、ようやくホームルームから解放された私たちは、三三五五に解散していく。

 ある生徒は部活に精を出すために部室へ。ある生徒は仲のいい友達同士と寄り道するために教室の外へ。ある生徒は何もせずその場に残り、ただ友達とおしゃべりを楽しむ。。

 そして私は、生真面目に机にノートを広げる、烏の濡れ羽のようなしっとりとした黒い髪を、まっすぐに背中にたらした少女のもとへと歩み寄ると、彼女に声をかける。

「帰ろ、流子(りゅうこ)

 そう声をかけてみたものの、彼女――流子の反応はない。

 はて? と首をかしげてもう一度、「流子?」と声をかけてみるけど、やっぱり反応がない。

 さすがにおかしいと思ってよくよく彼女を観察してみれば、目は閉じており、胸は定期的に上下していて穏やかな呼吸を繰り返している状態だった。

 端的に言えば、彼女は寝ていた。それもこれ以上ないくらいに気持ちよさそうにすやすやと。

 何で姿勢がまっすぐのまま寝れるんだろうとか、いつの間に寝たんだろうとか、そういうツッコミはひとまず置いておいて、私は彼女の前に回り込むと、大きく息を吸い込んだ。そして、

「おきろ~~~~~~~~~!!」

「うにゃぁ~~~~~~~~~!?」

 私が大声で叫んだ瞬間、流子はまるで猫のような叫び声をあげながら椅子から立ち上がった。そして、そのままきょろきょろとあたりを見回して私の顔に視線を合わせた後、へにゃりと椅子に座りこんで机に突っ伏した。

「なんだぁ……りょうちゃんかぁ……、びっくりしたぁ……」

 りょうちゃんとは、流子が私を呼ぶ時のあだ名。本当は「良子」とかいて「よしこ」と読むのだけど、私がその名前をあまり気に入っていないことを知った流子が「じゃあ、私はりょうちゃんって呼んであげる」と笑顔でのたまったのだ。それ以来、彼女は私を「りょうちゃん」と言うようになった。

 そんなことはさておいて、今の私の、ほんのちょっとの回想の間に再び安らかに寝息を立て始めた流子を揺さぶる。

「ほら! 寝ないで! か~え~る~よ~!」

「ふにゃ~~~……」

 寝ぼけ眼の流子を引っ張りながら、私たちは学校を後にした。

 そうして学校の最寄駅から電車に乗ってしばらくした時のことだった。

 私たちの家の最寄駅から学校近くの駅まではそれなりに離れているため、手持ち無沙汰な私が本を読んでいると、いつの間に目を覚ましたのか、流子が私の肩をつついてきた。

「ねぇねぇ、りょうちゃんりょうちゃん」

「ん? 何よ? ……というか、あんたいつの間に起きたわけ?」

「そんなことよりも! ほら! みてみて!」

 声を潜めながら、流子はある方向を指さす。好奇に目を輝かせる彼女につられて視線を移すと、そこには一組の男女がいた。どこかの学校の制服を着ているところを見ると、年はほぼ私たちと一緒だろう。

 そんな彼らが、なんと……あろうことか……人目も憚らずにいちゃいちゃし始めたのだ。具体的には……その……キスをしていたのだ。電車の中で……人目があるのにそれを気にせず……、熱烈なキスを……。

「…………っ!?」

 思わず言葉を失う私とは対照的に、隣の流子は興奮したような顔をしながら私の肩をばしばしとたたく。

「うわぁ! 見てみてりょうちゃん! 電車の中でちゅーしてるよ! ちゅー! うわぁ!」

 言われなくてもわかってる。というか、あまりの事態に動揺して目を離すことさえできない。

 あと流子。地味に痛いから肩をたたくのをやめて!

 そんな私の講義もむなしく、流子は彼らが電車を降りるまで、ずっと興奮しっぱなしだった。

 

 しばらくして、流子の家で宿題を片付けることになった私たちは、小さなテーブルに向かい会って宿題をやりながら、帰り際に見た光景について話していた。

「それにしてもラブラブだったねぇ……さっきのカップル……」

「確かにラブラブだったけど……。もっと場所を考えるべきよ……。あんな電車の中で堂々なんて……」

 言いながらさっきの光景が頭にリフレインした私は、頬が赤くなるのを感じる。それをごまかす意味も含めてそっぽを向く。

「さっきは動揺して言葉も出なかったけれど、今度見つけたら注意してやらなくちゃ……」

 そんな私を、正面の流子がにやにやと笑う。

「うふふ……。照れて強がるりょうちゃんかわいい……」

「っ!? うっさい! かわいいとか言わない! ほら! いいからさっさと宿題片づけるよ!」

 は~い、と子供っぽい返事をしたものの、流子はシャーペンを動かそうとはしなかった。どころか、「それにしても」とさらに話題を振ってくる。

「ねぇねぇ、りょうちゃん……」

「何よ……。答えなら見せないわよ?」

「そうじゃなくて……。りょうちゃんはちゅーしたことある?」

「……? あるわけないじゃない……」

 そう、あるわけがないのだ……、いや、あってはいけない。

 なぜなら私は……、目の前の少女が――流子が好きなのだから。

 友達としてではない。一人の女として……彼女に恋してるのだ。

 だから私は、彼女に最初のキスを捧げると決めている。

 そんな私の思いを知ってか知らずか、流子は身を乗り出した。

「ちゅーってどんな感じなんだろうね……? いつか私にも素敵な人が現れたら、やってみたいなぁ……」

 途端、私の心臓が跳ね上がる。

 流子の唇が、どこの馬の骨ともしれないやつにとられる?

 そんなの嫌だ! ほかの誰にも、流子を取られたくない!

 だったら……今、奪ってやれ!

 内心の衝動に心をゆだねて、私は哂う。

「だったら……」

「……? りょうちゃん?」

「だったら……してみる? 今……」

「……へっ?」

 きょとんとする流子の不意を衝いて、私は身を乗り出して良子に唇を押し付ける。

 その瞬間、目を見開いて困惑するような顔をした流子だったけど、すぐに体の力を抜いて私を受け入れた。

 そうしてしばらくして、ゆっくりと顔を話した流子はどこか照れくさそうに笑った。

「もう……びっくりしたよ、りょうちゃん……」

 ごめん、と謝る私に、彼女は「だ~め!」と首を振った後、いきなり私に唇を重ねてきた。

 そしてすぐに離れた彼女は、悪戯っぽく笑って見せた。



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