Century of the raising arms 作:濁酒三十六
マイクロバスの車内で美森は目を覚ますと、隣に藍原延樹がスヤスヤと寝ており、窓の外を見るとその真横にドラゴンのままのヴィヴィアンが大きな身体を上下させて寝ていた。
美森は延樹を起こさない様に席を立ち、バスを降りる。そして未だ焚き火を焚いて寝ずにいた友奈達の元へ行く。
「東郷さん、もういいの?」
心配する友奈に笑顔で頷いて彼女の隣に座り、他のメンバー達を見渡すが、アンジュもタスクも険しい表情のまま黙りこくり…蓮太郎もまた項垂れる頭を右手で抑え口を噤む。
「全部、話したんだ。神樹の世界での…、わたし達の戦いの事を…。」
「そっか、話しちゃったんだ。」
美森は胸倉を自分で掴みギュッと強く握り締める。
“バーテックス”、友奈と美森達の“神樹の世界”と云われる世界の外を滅ぼした“生命の頂点”で、横道十二星座を模した十二の集合体となって残った“四国”を襲っていた。初めて勇者として戦った友奈達は十二体のバーテックスを切り札である“満開”を駆使して撃退したが、知らされていなかった満開のよる“散華”と云う現象で体の機能を神樹様に捧げ、精霊達に命を護られながらも命のある限りバーテックスと戦わされる運命を背負わされた。この事で最初に勇者部のリーダーである犬吠崎風が怒りに任せて反旗を翻すも夏凛…友奈…そして妹である樹に説得され我に返るも、全てに絶望した美森が独りでバーテックスを神樹の元へと誘導、友奈達と激突して敗北するも…友奈とは再び親友として結ばれ、皆と一緒にバーテックスを繊滅したのである。
しかしこの融合世界が出来てからはバーテックスは一切出現しなくなっていた。大赦でもその理由は解らず、推測的には神樹を含む多重世界の神々によって完全に滅ぼされたか…或いは封印されたかと今でも議論となっていた。
しかし皆が項垂れている理由はそのバーテックスと思しき怪物がこの世界に現れた事実である。アンジュは険しい表情で友奈と美森を睨み、質問をした。
「ねえ、此処にアンタ等の世界を滅ぼしかけたバーテックスとやらが現れたって事は……、この世界は、サラ子達の世界は滅びるって事なの!?」
二人は俯き、友奈は口隠るが…美森は躊躇いながらも今の考えを彼女に伝えた。
「まだ…、何も解りません。
私達はバーテックスがどうやって四国以外の世界を滅ぼしたのかを知らないんです。私達のいた世界は……バーテックスに外を滅ぼされてから三百年経った四国の中なのですから…。
バーテックスに関してはその生態系は何も解明されていないのです。」
バーテックスに関しては何も解っていない。里見蓮太郎と藍原延樹が戦って来た“ガストレア”もまた謎の多い敵ではあるがバーテックスとは違い捕獲…残骸の回収が可能で分析する事が出来るが、バーテックスは倒してしまうと消滅してしまい、捕獲するにも戦いは神樹の結界内で行われ、その間は通常の時間域が停止してしまうの通常の人間が入る事は出来ない。…よってほぼ勇者との戦闘データでのみの分析結果しかないのだ。
蓮太郎と竜也はバーテックスの登場で自分達が置かれた状況と立ち位置がとても不安定になったと判断していた。
「…とんだ土産話が出来てしまったな。」
竜也の他人事の様な一言に蓮太郎はキッと彼を睨みつけ、その胸倉を掴み上げた。
「土産話だあ…?
その程度の事なのか、お前にはよおっ!!?」
「止せ蓮太郎、こんな所で仲間割れしても意味はないんだぞ!!」
タスクが蓮太郎の…、竜也の胸倉を掴んだ腕を掴み、彼はタスクを一睨みすると胸倉から手を引き剥がすかの様に乱暴に離した。竜也は襟元を直し、溜め息を吐くと蓮太郎に視線を向け、その一言に対し謝罪をした。
「すまなかった、少々考えの足りない言葉だったな…。」
「…あ~そうだよ。だけど、そんな簡単に謝られたらコッチも何も言えねぇよ!」
ふてくされた蓮太郎は舌打ちをして竜也から目を反らした。タスクはホッと一息吐くと、アンジュの方を見て意見を話した。
「アンジュ、竜也の言葉じゃないけど…、サラマンディーネさん達にバーテックスの件を隠す事は出来ない。
自分達の知っている情報を全て教えた上でバーテックスへの警戒を求めるしかないんじゃないか?」
アンジュは頭を抱えた。タスクの言う事は正しいが、いざあの怪物が群を為して襲って来れば彼女達に抗う術は限られてしまう。その過程でもし彼女達“アウラの民”がバーテックスの襲来に対して加護をミスルギ皇国に捕らわれている始祖の竜…“アウラ”に求めでもすれば、自分達が此処へ来た目的は果たせず、何の準備も出来ずにミスルギ皇国と“エンブリヲ”…そしてもしかしたら彼等と組んでいるかも知れない関西エリアまで相手に戦争をしなければならなくなる。アンジュはタスクの提案に答える事は出来ず、只沈黙を守る。其れ程にこの世界のアウラへの信仰は深いのである。…と、其処へヴィルキスの元で周辺に探知レーダーを走らせていたイオナより連絡が入った。
《リーダー、南方より機影三機と生体反応三体が此方に接近中。
ヴィルキスの機体照合から先頭三機は“龍神器”…生体反応三体は“大型ドラゴン”と確認、此方を見つけてくれたみたい。》
イオナの連絡を聞いたアンジュは険しい表情を変えず、愚痴を零す。
「全くサラ子ったら、タイミングが良いんだか悪いんだか!」
彼女は苛立たしげに立ち上がり、タスクに言った。
「バーテックスの件、サラ子には話すわ。
…彼女達の意見を聞いてみましょう。」
アンジュ達はイオナが居るヴィルキスの所へ行き、未だ暗い地表をヴィルキスや非常用ライトを使い照らした。すると暗がりの空に六つの影が見え、其れ等は此方に近付いて不時着をする。戦闘機形態のパラメイルが三機、そして全長20m以上あるであろう巨大な竜が三匹も舞い降りて友奈と美森…蓮太郎と延樹はその勇壮な迫力に圧倒された。
そして不時着した三機の龍神器から人影が降り、リーダーと思しき“女性”がアンジュの前に立ち笑顔を綻ばせた。艶のある黒髪に耳上より伸びた角、かなり引き締まったボディラインをしてはいるがその背中には竜の様な羽根と腰の後ろにはトカゲの様な尻尾が生えた美女。そして続いて彼女と同じ姿の女性が彼女の両脇に立った。
「お久し振りですね、アンジュ…。」
「うん…、久しぶり、サラ子。」
アンジュに“サラ子”と呼ばれる彼女の名はサラマンディーネ。かつてはアンジュと死闘を繰り広げ、後に互いを認め合ったアウラの民を束ねる巫女姫の一人であった。