Century of the raising arms 作:濁酒三十六
星の見えない曇り空の夜に何発もの銃声が遠くで聴こえた。アンジュとタスクは直ぐに携帯していた拳銃を手に取り、イオナは見回りにあたっている蓮太郎~竜也組とヴィヴィアン~延樹組に連絡を取った。先ずは蓮太郎との連絡が繋がる。
「サブリーダー、今の銃声はそちらですか?」
『違う、延樹達の方だ!現在俺達は延樹達の方へ向かってる、お前達は動かずに周囲を警戒しろ!』
イオナの無表情も少し険しいものへと変わり、蓮太郎に“りょーかい”と返し通信を切った。アンジュは今のやり取りを聴いて直ぐに友奈と美森をヴィルキスの傍へと呼んだ。
「二人共、ヴィヴィアンと延樹がアンノウンと遭遇して戦闘に入ったわ!
応援には蓮太郎と竜也が向かってる、わたし達は此処で敵の襲撃があるかも知れないから警戒待機するわよ!」
「そんな、わたし達も助けに行きましょう!」
友奈が二人の救助へ向かう事を進言するがアンジュは即答で却下した。
「駄目よ、敵はこの世界の野生動物かも知れないけどそうじゃない可能性もある。
“ヴィヴィアンが発砲している以上、相手はドラゴンではない事は確か”、ヴィルキスに何かあったらわたし達帰れなくなるわよ!」
確かにヴィルキスが破壊されたりしたら一大事ではあったが、美森は何故ヴィヴィアンが銃を発砲したら相手がドラゴンではないのか…、アンジュの言葉が気になり尋ねた。
「どうして、ヴィヴィアンさんだと相手がドラゴンではないと言えるんですか?」
「だってあの娘も“ドラゴン”だからよ。」
いきなりの真実か、まさかあのオチャラケ元気娘のヴィヴィアンが人間ではないとは、友奈と美森は驚くしかなかった。
其処へまた何発もの銃声…そして轟音が聴こえ、アンジュとタスクはヴィルキスから降りて拳銃を構え左右を警戒、友奈と美森も携帯端末を手に取ってヴィルキスの前後に立ち即座に変身出来る様身構えた。
ヴィヴィアンが謎の怪物に三発の銃弾を浴びせるが、口だけの怪物は物ともせずにホバークラフトの様に宙に浮いて突進。しかしヴィヴィアンの前に立ち塞がった延樹の回し蹴りを左側に受けて飛ばされ、ビルの瓦礫に叩きつけられた。ヴィヴィアンは延樹の小さな背中を見ながらその小さな体より発せられた人間では考えられない威圧感にたじろぐ。
「えん…じゅ…?」
振り返った延樹の目は赤い灯火を帯びており、彼女は笑顔でヴィヴィアンに言った。
「大丈夫じゃヴィヴィアン、直ぐにあんな怪物やっつけるからな。」
そして振り向き様、延樹はキッと眉をつり上げて背後に迫っていた怪物を後ろ回し蹴りで迎撃、また此を地面へと叩き落とした。延樹はすかさず追い討ちに移りジャンプ、躯を仰け反らせた口のみの怪物へと急降下して両足で踏みつける。彼女の赤い目が更に明るく灯ると怪物の頭部と思われる場所を何度も連続で踏みつけて圧し潰した。怪物は弱々しく唸るが、延樹はトドメとして踏み潰した怪物から二度ジャンプ、空中で一回転をして渾身の踵落としで怪物を地面へとめり込ませ、それと同時に怪物の躯は膨れ上がり爆ぜて消滅した。
ヴィヴィアンは舞い散る砂塵で見えなくなった延樹の姿を探すが、暗い砂塵の中で二つの小さな赤い光を見つけると円満な笑顔で走り出して赤い光…、赤い目のままの延樹を抱き締めた。
「むぎゅい、ヴィヴィアン!?」
「延樹スッゲー、スッゲーッ!!
あのキモイ怪物を余裕でやっつけちまったよ~っ!」
延樹は戸惑っていた。彼女はイニシエーター…、“呪われた子供”である。胎児である時、何らかの形で母体がガストレアウィルスに接触し、それを胎児が吸収…。そしてウィルスの仰制因子を生成して宿主となった者達の俗称で性別は皆女性で産まれてきた時に赤い目をしている事で発覚する。その存在はとても危うく、普通に生を松任するなら常人と変わらずに生きられるが、ガストレアウィルスの恩恵により大人など比較にならない超人的能力を発揮する事が出来る。…しかし能力を使い続ければ体内のガストレアウィルスが増殖し、最期はガストレアと化す危険性を帯びているので強い迫害を受けており、更には反対に“奪われた世代”と呼ばれるガストレア大戦を生き延び、ガストレアを深く憎み恐れる者達により命を奪われたりもしていた。
「ヴィヴィアンは…、妾が怖くないのか?」
赤い瞳のまま延樹が問うと、ヴィヴィアンは抱き締める両腕に力を込める。
「怖い訳ないじゃん、じゃあ反対に聞くけどアタシがドラゴンだって聴かされた時どう思った?」
「ヴィヴィアンのドラゴンの姿見てみたい…、と思った。」
それを聞くやヴィヴィアンは両腕を離してニンマリと延樹に笑いかけた。
「そうかそうか、じゃあ、延樹にアタシの“真の姿”を見せてやろう!」
ヴィヴィアンの身体の輪郭がぼけてメイルスーツが弾ける様に破けると、其処にいたヴィヴィアンではなく全長3~4m程の眉間に宝石を埋め込んだ薄紅色の竜が延樹を見下ろしていた。
「ヴィヴィアン…なのか?」
そう尋ねる延樹にドラゴンは頭を縦に振り、ベロンと延樹の頬を舐めた。
「くう~、ヴィヴィアンかわいいぞおっ!」
延樹はすり寄ってきたヴィヴィアンの頭に抱きつき、自分もまた頬摺りをしてみせた。…と、其処へ蓮太郎と竜也が到着してドラゴン姿のヴィヴィアンを見て驚き、拳銃を向けた。
「延樹、ソイツから離れ…っ!!」
「蓮太郎の馬鹿者!銃を下ろさんか、このドラゴンはヴィヴィアンだ!!」
蓮太郎は目の前のドラゴンがヴィヴィアンと聞いて呆気に取られて一旦銃を下ろすが、隣の竜也が呆れがちに蓮太郎を諫める。
「それ以前に、リーダーからドラゴンへの攻撃は禁止されてる筈じゃなかったか?」
「うっ…、そう…だった。」
少し疲れていた様で蓮太郎は拳銃を仕舞うと肩を落として項垂れた。
(ドラゴンがイニシエーターを襲っていたと勘違いをしたのだろうが、短い時間の付き合いでもそんな短絡的な状況判断をする男には思えなかった。
かなり藍原延樹と云うイニシエーターにいれ込んでいるのか?)
大黒竜也は多少いかがわしい意味でも二人の関係を疑うが、その件は差程重大ではないと考えて皆を連れてキャンプ場所へ戻る事とした。
キャンプ場所へ戻った早々、ドラゴン姿のヴィヴィアンを見てアンジュはこめかみに青筋を浮かび上がらせて怒声を浴びせかけた。ヴィヴィアンはその大きな身体と長い首を縮こませて両の翼で頭を隠す。
「ブァッカじゃないの、ヴィヴィアン!!
貴女無駄にメイルスーツ破った上に替えの服を一切忘れたって、何やってんのよ本当にもうっ!!
大体ね、ドラゴンになっちゃったら言葉喋れないじゃないのよ!!」
「アンジュ、怒らないでやってくれ!
妾がヴィヴィアンにドラゴンの姿が見たいと言ったのがいけないのだ!」
延樹がヴィヴィアンの前に立って彼女に許しを乞うが…、アンジュは目を細め、“パシンッ”と延樹の頬を叩いた。それを見た蓮太郎は怒り顔でアンジュに詰め寄ろうとするがタスクと竜也に止められた。
「謎の敵を一人で撃破したのは誉めてあげるわ。…でもね、ソイツが後二~三匹群れなしてたら、只じゃ済まなかったわよ!
連絡を随時取りなさい。でないとその時、迷惑を被るのは仲間であるわたし達だって事を忘れないで!!」
叩かれた頬を抑え…延樹は半ベソでアンジュに頷き、ヴィヴィアンが謝るかの様に延樹に頭を摺り寄せた。
そして肝心の謎の怪物について報告する延樹なのだが…。
「えっとのう…、おっきくて…、ピンク色…?、の…マシュマロ…?、にぃ~、デッカい口がある怪物じゃったぞ?」
藍原延樹は小学生である為、あの怪物の姿を象徴的にしか覚えていなかった。戦っている間は敵を倒す事のみに集中し、倒した後はその死骸は塵アクタとなって消えてしまったのだから詳しい説明が上手く出来なかった。アンジュは更に一緒にいたヴィヴィアンを睨みつける。
「キュウウゥ…。」
ヴィヴィアンはその円らな黒い瞳を潤ませ、アンジュから顔を翼で隠した。
…だが、結城友奈て東郷美森は血の引いた青醒めた顔で見合うと美森が携帯端末を出して“とある画像”を延樹に見せた。
「延樹ちゃん、もしかして延樹ちゃんがやっつけた怪物って…こんな感じ?」
それは大きな口にその上に突起物を生やし、目のない薄い肌色の餅かマシュマロの様な手足のない胴体の怪物であった。
「コレ、コレじゃコレ!
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…じゃが何で美森がこの怪物の画像を持っておるのだ?」
延樹だけでなくその場にいる皆が思った疑問であるが…、美森は答えず…青醒めた顔は病的なまでに土色となり、フッと気絶してしまった。咄嗟に友奈が受け止め、視線は美森が落とした端末に映った画像へ向けられて一言を呟いた。
「バー…テックス…!」
友奈は肩を震わせ、画像の怪物を睨めつけた。