Century of the raising arms 作:濁酒三十六
暗き次元の狭間にて蛆虫の如く蠢く意思無き群れはひたすら忙しく飛び回り、互いに融合を遂げて幾つもの巨大な魔を造り続けていた。只ひたすらにこの暗く狭い次元の牢獄より出でたりしその日の為に幾つもの破壊神を造り出していく。
そしてその光景を暗き空間に漂いながら見つめるモノがいた。その破壊神よりも巨大な体型は人の其れではなく、全身を金色に輝かせ、甲殻類の様な胴体より伸びる蛞蝓に似た首。しかもその首より生えた頭は子供の様な輪郭に毛はなく、両側頭部より長い角を伸ばしていた。顔は長く細い線の様なつり上がった目に小さな鼻立ち、口は溶接されたかの様に全くない。…いや、口は上顎となる伸びた蛞蝓の様な首より生えた刀剣の様に並んだ牙が突き出ていて下顎は胴体で突き出た牙と合わさっては開き、その度に頭は上下に動き瘴気の息を好き放題に吐き出していた。
〈この蛆共が破滅の権化…バーテックスか。
なかなか活きが良いではないか、後はこの蛆をこの狭間より出してやるだけだ。〉
金色に輝くソイツは背中より生えた触腕の様な翼を広げ、各四本…鎧骨格の鋏の腕を持ち上げて嗤った。
荒廃した…誰もいない現代風の街の光景。崩れてしまった建造物を草木が茂って彩り、只風の音や何処かで瓦礫でも崩れたかの様な音が聴こえていた。
友奈と美森はマイクロバスの窓越しに外を見て絶句し、同じく蓮太郎と延樹も言葉が出ずにいた。
其処にヴィルキスのアンジュから通信が入った。
《此方アンジュ、みんな無事?
体に変調のある人とかいるかしら?》
彼女からの通信に平静となった蓮太郎は席を立ち、運転席の竜也よりインカムを貰い応答した。
「此方里見蓮太郎だ、マイクロバス内は…」
蓮太郎は車内を見渡し、皆無事を確認して答える。
「皆無事の様だ。其方はどうだ?」
《此方タスク、俺も機体も無傷だ。》
《ヴィヴィアンだよ~、コッチも全然大丈夫~。》
全員の状況が確認され、全員外に出て
改めて周りの様子に見入ってしまう。友奈は不安を露わにしてアンジュに尋ねた。
「あの…、この町には誰もいないんですか…?」
「そうね、人類と云われた存在は絶滅したそうよ。
この町の大型シェルターに行くと数え切れない“ミイラ”が転がってるけど…、見に行く?」
アンジュは冗談と意地悪のつもりで言ったのだが、予想外な返事が返って来てしまった。
「はい、行きます!」
その目は興味本位のものではなく、現実を見定めようとする者の目であった。
「そっ、そう…、分かったわ。なら今の内に行きましょうか?」
そう言うとアンジュは友奈をヴィルキスに乗せる。タスクはあまりに落ち着かない動きなので彼女達を止めた。
「ちょっと待ってアンジュ、サラマンディーネさん達に連絡を取らないと!?」
「直ぐ戻るわ!
みんなは其れまで待機、イオナ、何かあったら連絡ちょうだい!?」
「りょーかい。」
イオナの返事を聞いたアンジュはヴィルキスを起動し、友奈を後ろに乗せて飛んで行ってしまった。タスクと蓮太郎は呆れ、美森は置いて行かれて少しムッとする。
竜也も呆れながらも蓮太郎の肩を叩き言った。
「今日は此処で野宿だな。」
「その様だ。みんな、夕食の支度をするぞ?」
それを聞いた延樹とヴィヴィアンは飛び跳ねて喜んだ。
「ご飯だごはああんっ!!」
「お肉食べるぞ肉うう、ステーキイイ!!」
ヴィヴィアンと延樹は一緒になってハシャぐが、蓮太郎は過度な期待をしている二人に眉を寄せた。
「ステーキなんかある訳ねえだろ!」
ヴィルキスは大きなドームの形をしたシェルターの前に降り、アンジュと友奈はシェルターの出入り口に立っていた。
「本当にいいの、ハッキリ言って吐いて当たり前の状況よ?」
「…意味はないかも知れないけど、其処に眠る人達があるなら、手を合わせて行きたいと思います…。」
アンジュは友奈の言う手を合わせると云う意味が解らなかったが、彼女の覚悟は理解してシェルターの中へと案内した。
シェルターの中へと入ると直ぐに広いエントランスの様な広場になり、其処で友奈は絶望感が満ち満ちた絶景を見せつけられた。
建造物内はヒビ一つなく、その機能もまた破損もなく起動しているのに、辺りには風化しかけたミイラが所構わず転がっていた。エントランスの受付デバイスが二人を生存者と判断して快く案内してくれるのがとても寂しく、友奈の目尻には涙が溜まっていた。
「この人達は…どうして、死ななければならなかったのですか?」
「…大きな世界大戦があって、各国が殺し合い…其処へエンブリヲがラグナメイルを投入して各国の軍隊を纖滅した。
そのせいで極限なまでの大気汚染が起こってこの世界は人類の住める世界ではなくなり、残された人達は遺伝子操作を自身に施してドラゴンになり…“アウラの民”を名乗る様になったそうよ。」
エンブリヲ…。確かタスクからその名前を聞いていたと友奈は思った。
「アンジュさんは…そのエンブリヲって人に会った事があるんですか?」
友奈の質問にアンジュは眉をひそめ答えた。
「えぇ、一度だけ会ったわ。わたし達の拠点だったアルゼナルがミスルギの軍隊に襲撃された時、わたしはその軍隊を指揮していた実の兄ジュリオと対峙していたわ。…わたしを公衆の面前でノーマだと暴露し、貶め、母を死なせ…父を処刑した敵…。
その時エンブリヲはわたし達の前に現れて目の前で兄を殺した。
…そしてこの世界に来た時にノーマとドラゴンが戦わされていた元凶だとサラ子が教えてくれたのよ。」
友奈は隣のアンジュを見つめる。…彼女がどれだけ厳しい茨の道を歩いて来たのかは解らないが、その横顔はとても凛々しく同性の自分も魅取れてしまう程であった。そしてまた目の前に広がる剥き出しの墓場を見、友奈は両掌を合わせ、目を瞑った。その様子をアンジュは見て手を合わせる意味を考え、友奈が死者に礼節を持って接しているのだと理解した。
(不思議な娘ね…、年齢不相応の高い誠実さを感じる。…わたしなんかとは正反対だわ。)
友奈のジルの反乱の際に見せた行動力、そしてこの死屍累々の墓場に自ら足を向ける決断力と死者に対する礼儀を重んじる誠実さにアンジュは彼女に対し好感を持たずにはいられなかった。
凡そ一時間半は経っただろうか、夕飯の支度を整えていた蓮太郎達はヴィルキスの戻る音を聞いて取り敢えず二人の無事に安堵した。
ヴィルキスが不時着し、機体から降りた所にイオナと延樹が出迎えて蓮太郎、竜也、タスク…そして美森は夕食の用意に勤しむ。
「お帰りなさい、二人共。」
「夕飯はもう直ぐ出来るぞ。」
イオナとは正反対の延樹の無邪気さにアンジュは苦笑する。
「そう、わたし達がいない間変わった事はなかった?」
「あったぞ、東郷が友奈の事怒ってたぞ。」
「えっ、わたしを…!?」
…そして飯盒のお米が炊けて平行世界での一日目の夕飯になり、温めたレトルトカレーをかけていただいた。
「…だって友奈ちゃん、わたしに声もかけずにアンジュさんと行っちゃうから…。」
美森は膨れっ面でカレーライスを頬張り、膨れた頬を更に膨らませる。
「ごめんね、東郷さん。本当にごめん~。」
友奈は友奈で親友に機嫌を直してもらおうと手に持つカレーライスに手を付けずに謝った。
流石に見ていて友奈が居たたまれないと感じた蓮太郎はむくれる美森を窘めた。
「其処等へんで許してやれよ、東郷。結城に悪気はねえのは分かってんだろ?」
そう言われた美森は頬張った頬をモムモムと動かしながら小さくして俯いた。友奈が悪い訳ではない事くらい理解していたからである。其処へアンジュは美森に意地悪をして少しいじめてみる。
「な~によ、結局はヤキモチじゃない。
そんな事やってたら近い内に友奈に“捨てられる”わよ?」
「…アンジュ、その表現はどうかと思う。」
タスクが呆れがちに突っ込みを入れたが、アンジュの言葉を聞いた美森はアンジュの顔を凝視してホロホロと涙を落として泣き出してしまった。
「とっ、東郷さん!?」
予想だにしなかった出来事に友奈はカレー皿を落としそうになり、アンジュ達は思わず引いてしまった。
「いっ、いやだ…、友奈ちゃんに捨てられたくない…!」
「だ大丈夫だよ、わたしが東郷さんを捨てるなんて有り得ないから…っ、て、本当にこの表現どうかと思うよアンジュさん!?」
「うん、そうね…、何か、ゴメン…。」
夕食はあれやこれやと騒ぎはしゃぎながら食べ終わり、友奈と美森は仲直りして夕食後の片付けをし、竜也と蓮太郎に延樹とヴィヴィアンの四人で周囲の見張りを行う。そしてアンジュ、タスク、イオナはヴィルキスの通信機を使いアウラの民が住まう彼等の都に向けて信号を放った。イオナはその信号を増幅…広範囲に拡散させる。
「向こうの補足範囲は分からないけど、前回のデータと重ねて此方も半径十数キロ圏内で広げているから補足してもらえる可能性は高い筈。」
ヴィルキスより前回…つまりアンジュ達がこの世界に来てアウラの民に見つけられた日数データを比べてより早く此方を見つけてもらい、二度案内をお願いするのである。
言ってしまえばアポイトメントを取っているのだ。アウラの民の都の場所は分かっているのだが、今回は初顔が多数いるので警戒されやすくなっている。…だからサラマンディーネ達を呼び寄せ、先ず彼女達の理解を得てから赴こうと云うのだ。
しかしもう陽は既に暮れていてイオナに通信機を任せっぱなしは心苦しく、アンジュはまた明日にしようと言う。
「大丈夫、メンタルモデルは睡眠状態でも通信機器の簡単な操作は可能。」
「便利ね、メンタルモデルって…。」
アンジュはちょっと本気で一家にお一人欲しいと思った。
ヴィヴィアンと延樹はキャンプをしている場所から北から東側を懐中電灯で足下を照らしながら巡回していた。延樹は鼻歌を歌いながらヴィヴィアンの前を行進する。
「フンフンフン♪フンフンフン♪
フンフンフンフン…♪♪」
「延樹、その歌はな~に?」
「天誅ガールズの歌だぞ。ヴィヴィアンも歌うか?」
ヴィヴィアンは嬉しげに頷いて延樹に教えてもらい、二人で鼻歌で歌いながら横に並び歩く。
「さて、此処で延樹に問題です。」
「おお、唐突じゃのう?」
本当にいきなりなヴィヴィアンのクイズに延樹は興味を引く。
「あたしの正体は人間ではありません、では一体何でしょ~か?」
「何じゃ、そんな事か。“ドラゴン”じゃろ。」
“ガーーンッ!?”と、延樹の即答に大きなリアクションと共に驚愕するヴィヴィアン。
「なっ、何故に知っておるのだ!?」
「ん、此処に来る前にモモカとか言うメイドに聞いたのだ。」
モモカはアンジュ付きの侍女で彼女が失墜した後もノーマの基地であるアルゼナルまで追いかけて来て付き慕っている少女である。
「うわ~、モモカ口軽~。」
「その後アンジュにも聞いたがあっさりと即答したぞ。」
「アンジュも口軽~い!」
「妾は思いついた様に自分の正体をクイズにしてしまうヴィヴィアンも軽いと思うぞ。」
「アイタタタタッ♪」
延樹にヴィヴィアンは痛い所を突かれてオデコを“ペシン”と叩いて舌を出して誤魔化し、その仕草に延樹はケラケラと笑った。
…と、延樹は向かい先でゴソゴソと動く何かを見つけた。距離的に近くはないが自分達よりも大きい丸みを帯びた躯で此方に後ろを向けてモゾモゾゴソゴソと蠢いており、延樹はその動きに蛆虫を連想してしまい気分を悪くする。
「どした、延樹?」
「向こうに…、大きな“何か”がおる…。ティナ程ではないが妾は夜目が利くのだ、向こうの瓦礫の隅に“大きな何か”が蠢いておる!」
延樹がこの先にいる何かに怯えていると判断したヴィヴィアンはおちゃらけていた笑顔から真顔に変え、拳銃を取り出し延樹を自分の後ろに隠して懐中電灯で向こう先を照らした。瓦礫の隅まで灯りを伸ばして見ると、延樹の言う通りに其処に丸みを帯びた大きな何かが蠢いてゴソリと躯を反転させていた。ヴィヴィアンは背筋に悪寒が走り、状況が悪くなったのを悟る。
(ヤバい、気付かれた!)
“ソイツ”には手足所か目も鼻もなく丸い蛆の様な胴体に大きな…歯を剥き出しにした口だけがグパ~ッと開き二人を威嚇…攻撃態勢を見せた。
“ゴアアアアアア…!”
地の底から響く様な唸り声を上げたかと思った次の瞬間、バンッと躯を弾ませて此方に向かって来た。ヴィヴィアンは直ぐ様拳銃の引き金を引いて銃弾を何発も撃ち込むがソイツ意にも介さず素早い動きでヴィヴィアンの眼前で大きな口を開いて唾を撒き散らした。