緋弾のアリア~二丁拳銃の猛犬~   作:猫預かり処@元氷狼

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Re:EpisodeⅢ‐Ⅴ

――――――――――――斗酒隻鶏に暮れる犬。

 

 

 

 

 

 

 

一匹の犬が深夜のローマを疾走する。

犬と呼ぶにはふさわしくはない巨躯だが、姿かたちは確かに犬であった。朱い毛並みの巨犬に、誰しも気付くはずなのに目にも留めない。人間には察知できないほどの速度で奔っている、それが答えであった。

息も乱れず、鋭く尖る牙をぎらつかせながら、目に光を宿すその姿は神々しく、神話に登場するような獣を想像させた。その犬が向かっていた目的の場所、ローマの中心部であるバチカンに辿り着くまでにかかる時間はそうはかからなかった。

 

「世界も変わるものよのぉ……」

 

「貴様は変わらぬぢゃな、狗っころが」

 

「カッ!言うようになったのぉ小娘が、伊・Uから退學させられたと聞いたが」

 

「煩いわ、無駄吠えは聞きとうない。妾は覇王ぞ、狗の…」

 

「黙らんかい、誰が若く今の半分ほど幼い頃のお主の面倒を見たと思うとる」

 

「……それを言われれば妾は何も言えぬのぢゃ」

 

むくれるおかっぱの少女に、巨犬は口端を釣り上げて細かく、響くように笑う。

かなり親しく、仲の良い関係だと今の会話が示していた。……そう、在ってはならない事が今、そこにあった。

 

「今は遠山の小僧と遊んどるらしいの。なんじゃ、惚れでもしたか」

 

「う、煩い言うとるぢゃろう!そんなんではないわっ!」

 

「図星か、まさかお前が恋をするとは。流石遠山じゃのぉ、返對(へんたい)の使い手は女を侍らせる運命にある。大きい方の鬼の息子はそう言う話が少のぉと聞いておったから、少し不思議に思っておったが、やはり遠山は遠山か」

 

巨躯を丸くして、極度のスピードによる体温低下を回復する犬は眠たそうに欠伸をする。

 

「これまで何処に居ったのじゃ、見るに随分と遠方から来たように思うのぢゃが」

 

「……んむ。朝鮮だったかの、北の方じゃった」

 

「納得がいったわ、通りで聞かぬわけぢゃ。ゴミ箱で暮らしておうて不備はなかったのか?」

 

「寝るだけだ。そう不自由はなかったわい。良い場所は良かったからの、昔の大きな借りをあの坊主には作っておったし、グラッセの魔女連隊にも何かと世話になったからのぉ……」

 

遂に目を閉じ、寝ようとする犬を見て慌てて少女は犬の背中をゆする。ガッシリとした獣の肉体、朱い毛に包まれた鋼鉄の身体。彼女にとって相当久方ぶりの事で、つい呆けてしまう。

 

「寝るな、それでも妾の父か」

 

「儂も年を取ったのだ、昔の様にはいかんよ……まあ、そうも言ってられなくなったがの」

 

「分かっておるのなら目を開けるのぢゃ!妾が呪いをここ等に掛けてると言っても無限ではないのぢゃ、貴様が起きるまで妾はこんな場所にいとうないぞ!」

 

「ふぅ……全く、我儘は変わらぬの」

 

「どっちがぢゃ!」

 

息を荒立たせながらムキーと小さな犬歯を剥く。

 

「兎にも角にもこの場所に居続けるのはちと辛い、現在(いま)は此処も術師がおるようになったのぢゃ。壊されなくとも感付かれるかもしれぬのぢゃ!」

 

「お主にしては頭のよい判断じゃ。よかろう、お前には苦労を掛けさせておるからの、我儘を聞いてやらんことも無い」

 

「ゆえに我儘はどちらぢゃぁああ!!」

 

「カカカ、昔と変わらんよーで安心した。これなら至って普通にあれ(・・)が行えるものよ」

 

「これほど心が疲れたのは久しぶりぢゃ……」

 

心底疲労したのか、犬の背中に跨りどーぅ、どーぅと力無く呟く少女。

姿形は違えど、其処には父と娘。という存在がちゃんとあった。実父、実娘ではないのだが。

 

奧璃大御神(あうりおおがみ)の再来まで残り少ない。それまでは尽くしてもらうぞ」

 

「分かっておるのぢゃ、何のための灯籠の火集め(皆殺し)か」

 

親にくどく説教をされている様な顔で答える少女。

 

「嫌な役を任せたのぉ」

 

「何を今更。あ、あ、茜は嫌いだったのぢゃ。所詮下賤な者……」

 

「無理をするでない、お主も覇王(ふぁらお)と言うても人じゃ。魔の(すべ)も自身の心までは欺けぬ。いや、欺けば終わりじゃ」

 

巨躯の体躯にふさわしい大きな尻尾で背中に跨る少女を優しく撫でる。

 

「のぉ」

 

「なんぢゃ」

 

「重い」

 

「黙れ狗が」

 

一匹と一人の邂逅は、何かが起きる。そう告げる様にローマの夜空に語りかけていた。

二か月後の日本で、その邂逅がどう影響するか。それは誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、任務一つ目達成を祝って~~~!!」

 

『かんぱーい!』

 

ガラスのグラス、アルミ缶の当たりあう音がホテルの一室へと響き渡る。

決して伊・Uの潜水艦の一室の様に豪華な物とは言い難いが、それなりの広さがある一室で男三人、女二人の青年少女等はイタリアといえばのイタリア料理、ピッツァ、パスタを酒を交えて口に運んでいた。

ナポリでの最初の仕事、を終えた彼等五人は初めての任務遂行成功の祝いを楽しんでいた。数時間前まで血飛沫を浴びていたとは思えないほどのテンションなのだが……

 

「いやぁあ美味しいねぇ~!さーすが本場のピザ、生地が違うね、生地が!」

 

「おいもう酔ったのかアル!?……ってコレウィスキーじゃねぇか、なんでしょっぱなからこんな物……軽いカクテルにしておいた方がいいっていつも……」

 

「おいデイヴィス!服を脱げ!」

 

「ぁ!?なんだいきなり……ってお前もかよアイラ!お前は酒に耐性全くないくせに何飲んでんだよ……ぁ、お前まさかアップルジュースと俺のビールを間違えたのか!?しくった、最近酒を飲む機会がなかったからアイラの近くにビールを置いちゃいけねぇって事忘れてたぜ……」

 

「うぇ、気持ち悪い。デイヴィ……おぇえええええええええ!!!!」

 

「吐いたああああああ!?糞がァッ!うぇ、くっさ、おぇええええ」

 

アイラの吐瀉物を浴びながら悪態を吐くデイヴィス。

既にAIDの三人は壊滅状態であった。

酒が好きなのに真面に飲めもしないでいるデイヴィスの目は死んでいる。普段の苦労人はアーレスだが、デイヴィスもまあ真面な人格はしているっちゃあしているのだ。

アイラがまともな人間だという立場の場合の時もあるが、それはまた違う話。

吐瀉物のにおいにあてられた和久、ジャンヌの二人は祝会開始十数分で既にベランダで、飲み会の終わりの方の雰囲気、と化していた。

サラリーマンであれば酔いにあてられ、部下にまたは上司と世間の狭さや社会に愚痴をこぼしているような物だ。

 

「全く、祝会の雰囲気も糞もねぇな」

 

世界三大夜景を望みながら、ジャンヌと和久は雑談を交わしていた。

 

「伊・Uの中だとマシな方だ。殺し合いが始まる様な会合もあるのだ」

 

「そ、それは体験したくないな……」

 

「色んな人種、思想の者達が集まる場所が伊・Uだからな。灯央も今じゃその一人なんだぞ?」

 

微笑を浮かべながら白ワインをコクコクと飲む姿は、ギリシャ神話の女神と大差ないように、いや和久にとっては女神何ぞ話にならないような美しさに見えた。

眼鏡をかけているジャンヌも、いつもとは違う凛々しさがある。船を降りてから割と慌ただしかったからかやっとじっくりと二人の時間を過ごせている。

 

「結婚」

 

「えっ……?」

 

「結婚ってさ、どんな感じなんだろうな。俺の親は幸せそうだったが、結婚って言う一本の繋がりだけで二人の関係が決まるってのは少し恐ろしくないか?」

 

「ぅ……うむ。そうだな……わ、私は。あ、個人的な観点からの意見だぞ?――女性というのはほとんどが結婚。という物に憧れているだろうな、私も含め。恋愛メドレーという少女漫画もそうだっただろう?」

 

「ああ、そういえばそうだったな」

 

「結婚というステータスはある意味女性にとって力でもある。こんな異性と結ばれているんだ、結ぶ覚悟も経験しているんだ。といった具合だろうか」

 

真剣に話し出すジャンヌの顔には少し羞恥が混ざっていたが、こういう話。を想い人とできることに深い幸せも感じていた。

数十分、いや数時間か。長話が終わり、気付いたころにはワイン瓶は空になっていた。ベランダから部屋を見てみれば三人ともソファ、ベット、床にと横になって眠りについている。

 

「す、すまない。話し込んでしまったな」

 

「いんや、ジャンヌの事が良く知れた気がするからな、有意義だったぞ」

 

「それならば、よかった」

 

瓶を一つ一人で空けたのだ、ロースペースだったがかなりアルコールは体内に入っている。酔いが眠気に変わり、ふわぁと可愛らしい欠伸が零れる。

 

「寝るか、次はフィレンツェだ。今回は陸地の移動だがかなり時間はかかるだろうし、充分に寝ておこう」

 

「そうだな……そうしよう、だがあの三人寝床は」

 

「幸い今日は暑くも無く寒くも無い、良い夜だ。外で寝ても風邪はひかないだろう、俺はもともと風邪なんて引かないがな。()を盛られればわからないが」

 

「そ、それは……すまない。あの時は、その……なんだ」

 

「分かってる分かってる。ゴメン意地が悪かった、それでもなるべく温かく寝た方がいい毛布を持ってくる」

 

「ああ、ありがとう」

 

数分後、ナポリの星空の下で一つしかなかった毛布を(ほとんどがアイラの吐瀉物除去に使われていた)肩を寄せ合い二人で使う姿が其処に合った。

 

「金髪の灯央というのも悪くないな」

 

「……そうか?」

 

「うむ、よく似合っている」

 

二人の関係も、日に日に甘さを増していた。

 

 

 

 

 

 

 

次の日、というより寝た時とは日付は同じなのだが青天の今日。

昨日の事は何も覚えていない二人と、昨日の事を思い出し溜息をつく一人。そしてその三人に起こされて眠気眼をこする二人の姿から彼等の一日は始まった。

一日と言っても既に時計は15時を過ぎている。

 

「おはよう!今日は早速だけどフィレンツェに出発するよ。ナポリの街は特に何もないしね。ナポリ大聖堂もあるけど、フィレンツェに聖堂はいっぱいあるからそれを見て。世界三大夜景として知られる夜景は昨日の夜のここから見たと思うし。ぇ?忘れた?大丈夫、僕も全く覚えてないから、それにその内ナポリには嫌って言うほど来ると思うよ」

 

怒涛の勢いのアーレスの言葉に眠気も吹き飛ぶ。

 

「さてと、早速なんだけど一つ提案があるんだ。ジャンヌ、君の件をクレモナで直してもらうのだったよね?」

 

「ああ、その通りだ」

 

「うん、それでジャンヌ。効率的な意味で君は先にクレモナに行ってきてもらう、という提案なんだ……けど、それは和久が許してくれそうにないだろうし和久も一緒にだ」

 

改定案に満足そうに頷く和久を見て苦笑するアーレス。

 

「そうなると、フィレンツェでの任務は僕ら三人ですることになる。けどフィレンツェの任務は三人でも済みそうだし問題はない。問題は合流地点なんだ」

 

「普通に何処かで集合じゃダメなのか?」

 

寝起きの煙草を吸いながら疑問を問う。

 

「それも考えたんだけどね、先ずイタリアの都市と言っても全てわかるわけでもないだろうしね。次の目的地のパリで集合も考えたけどパリは思ったより任務の遂行レベルが高そうなんだ。現地集合は乱れが起きる可能性がある。敵の規模もおそらく今回のナポリの4~5倍はあると想定している。――だから、行先の順番を変える事にした。次はドイツ、ドイツのフランクフルト。そこの任務を実行する」

 

「フランスは最後ってことか」

 

「そうだね、イングランドが最後でもOKだけどね。そうなると、次の集合地点はスイスのチューリッヒにしようと思うけど、いいかな?」

 

「了解だ。アイラとデイヴィスは?もう聞いているのか?」

 

「ああ、二人がお互い愛おしそうに添い寝し合っているときにもう聞いていたさ」

 

「手合せがお願いしたかったんだけど、先になりそうね」

 

デイヴィスの言葉に顔を紅くするジャンヌと、アイラの言葉に顔を青くする俺。

手合せ、って本当にしなければならないのだろうか。武偵連盟から二つ名を付けられるほどのやりてと戦いたくは正直ない。

 

「うん。それじゃあフィレンツェまでは一緒に行こう。準備をして、移動手段はもう手配してあるんだ。先ずないと思うけどナポリの事が万が一漏れてたりした場合、少しややしいことになるからね。僕等は国際警察にも裏で指名手配されている身だしね」

 

伊・Uという組織は犯罪組織だ。

その強大さ故に、ほとんどの国が見て見ぬふりをすることが多いが、神崎かなえの件もある。神崎アリアが伊・U生徒を逮捕しようと動いているというのもある。

まあ、日本の外から彼女が出ることは無いだろうがイングランド……イギリスの特にロンドンの武偵局は取り締まりがかなり厳しい。武偵の起源とも言われたあの色恋好きの名探偵の故郷であり、人生を過ごした場所なのだ、不思議と有能な人材が生まれる。

Rランク武偵が世界的に多く過ごす場所でもある。あまり長くはいたくない場所、そこがロンドンだ。

まあ、Rランク武偵は王室直轄がほとんどだからそう動くことは無いだろうが。

 

 

財布、二艇の愛銃、煙草。

灯央和久の三点セットとも言っていいそれを、革ジャンの内側に設けられたポケットとホルスターに仕舞う。生地はブラック、下には白地の柄シャツを。そして黒地のジーンズを履くという黒と白二色の服装だ。

これはアイラが用意したものだ。彼女の実家、要はジェーン家はサンフランシスコで服屋を営んでいるらしく、時々実家に帰る時にこういう服(・・・・・)を持って帰って来るらしい。

こういう服、というのは『銃を扱う仕事』をする、それに加え『それを臭わせたくない』人のために服だ。

革ジャンの内側に、銃をぴったりと、浮き上がらせずに収納でき、尚且つ素早く取り出せるように細工してある理由はそれにある。

ちなみにジーンズにも隠し機能がある。見た目は唯のジーンズだが、縫い目に防弾チョッキにも使われるアラミド繊維を内側に縫い込ませてあり、防弾チョッキほどの対弾性は無い物のハンドガン程度の威力であれば貫通しないという性能だ。

白柄のシャツも同様、Silver(シルバー)Sweethearts(スウィートハーツ)と如何にもな刺繍をさせれているのに防弾対策は抜群である。

 

「アイラの祖母さんだっけかぁ?これ作ってんの」

 

「ウチのお婆様とお母様よ、特注で作ってもらったんだから」

 

「何時の間に作ったんだ……」

 

「んー、三か月前ぐらいに教授(プロフェシオン)が銀の恋人と朱の恋人。って刺繍した白地のシャツが何れ必要になるからお婆様に頼めるかな?って言われたから作っておいてもらったの。その時は意味が解らなかったけれど、そういうことなのね。お熱い事、見ていてイライラしてくるわね……!」

 

唾をいい終わりに吐いたアイラ。

 

「おい、テメェ唾かかったじゃねぇか汚ねぇな!」

 

「……うぅ」

 

その唾をもろに喰らったデイヴィスの怒りをよそに、ジャンヌは顔を赤くさせる。

ジャンヌが着ている茶色のカーディガンに、ほぼ予備武器と化しているCz100を和久の革ジャンの様に携帯している。

そしてその下のシャツは、和久と相反するように黒地に白い文字でVermilion(ヴァーミリオン) Sweethearts(スウィートハーツ)と刺繍された物であった。

少女漫画を見てきて夢でもあった、お揃い物(ペアルック)に嬉しさのあまりデレて呻いているという事だ。

ジャンヌ・ダルクの子孫はピュアガールであった。

 

「よし、準備ができたね!行こうか!」

 

既に指揮官と言ってもいいリーダー格のアーレスの、明るい声と共に五人はフィレンツェへと足を向けた。

移動手段はバラバラであった。主に非常事態の場合同じ場所に一纏まりでいれば、すぐに制圧されるからというなんとも用心深いアーレスが用意したと納得できる理由だった。

アーレス、アイラの二人、デイヴィス一人、そしてお決まりのジャンヌと和久。の3つのグループに分かれる。三人すべてが当然乗用車である。

 

「すまないな、運転任せて」

 

「気にしなくていいぞ、今度お前のバイクの後ろに乗らせてくれればお相子って事でどうだ?」

 

「お安い御用だ」

 

俺は車の運転免許は持っていない。

まあ、犯罪組織に所属しているのだから免許も糞も無いのだが、運転の仕方を理解していないのだから運転しようがない、という事だ。

開いた車窓から入ってくる風に靡く白銀の髪を、窓枠に肘をついていた右手で抑えながら運転する姿はまた違った美しさがあった。何をしても美しい、それがジャンヌだ。

 

「少し眩しいな……灯央、私のバッグからサングラスをとってくれないか?」

 

「ん……これか?」

 

傍から見れば、その二人の姿は既に立派な恋人同士だ。慣れない手つきで恋人のバッグを手に取る様が新婚夫婦のようだ。と至って平常そうに変わらず運転している。

嬉しさ、辛さ、それを押し込みポーカーフェイスを決め込むダルクの秘技『氷の微笑』と言われた物を使用しているのだ。

まさかこんな所で秘技を使うとは。と心の中までは凍らせられないその嬉しさを笑みで浮かべる。

 

「…………」

 

「おい。ジャンヌ?」

 

「……ん、あ、ああ!それだ。た、助かる」

 

運転が乱れ、車が大きく揺れた。

ジャンヌの恋心も、同様に大きく揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、イタリアから9800km離れた日本。東京武偵高では。

 

「灯央ォオオオオオオオオオオ!!!!灯央は何処に居るんやあああああ!!!!」

 

主に雌豹が荒れていた。

蘭豹、灯央和久、綴梅子の三人が酒を交わしていた尋問科(ダギュラ)の担当教師室も荒れていた。理由は当然、蘭豹という大酒飲みの相手ができる人間がいなくなったことへの苛立ち、ストレス。そして異性的に好みであった男にほぼ逃げられたように感じている事ゆえの、まあ、これは日常的なストレスが原因だった。

 

「蘭ちゃん、それより遠山と神崎がまたなんかやってるらしいよォ」

 

「そんなんほっとけ」

 

「あ、そう」

 

「伊・Uに何があるん言うんや、ボケナスが。此処にゃあ肉も、酒も女もおるっちゅうのに!」

 

「肉とゆーよりつまみだけどー、って女ってアタシも入んの」

 

「あー……梅ちゃんは遠慮しとくやんな、せやせや、ウチだけ……………………やっぱ梅ちゃんも?」

 

「……はいはい、アタシもアタシも」

 

最近、男がどうの、合コンがどうの、とそう言う愚痴が少なくなっているはいるのだが、逆にこういう話が多くなって戸惑っている綴は「灯央は罪を作り過ぎな男だな、帰ってきたら締める」と心に誓う。

 

「騒がしくなってきたなァ……」

 

吸っていた巻き煙草の火が消えたので灰皿に捨てて、新しく作ろうとするが……

 

「……無い。おい灯央たば…こ…………チッ」

 

綴も少なからず灯央和久と言う人間に対し大きな影響を受けていた。金は持っている、見かけもいい、趣味が合う、異性としては良物件過ぎる。

まあ、綴はこれまで金、見かけ、煙草好きの異性なんぞ数百人尋問してきた中で見てきたのでそこまで特別感は無い物の、対等な立場に立つ異性なのだ。特別な見方は自然と生まれるという物だ。

 

「「ああ、なんかイライラするなァ……!」」

 

二人の怪物のストレス値は刻々と限界値に近づいていく。

 

 

 

 

同じ東京。

元武偵高に教師でもありドラキュラ公無限罪のブラドを倒して数週間が経った。

和久が彼等、武偵高の生徒達の元から姿を消してからは既に一か月以上が経っている。

 

――――そして、遠山キンジの心は既に脆く、簡単に崩れ去ってしまいそうだった。

彼の兄であるカナ、いや遠山金一に『アリアを殺しましょう』と告げられ、唯一無二の親友である和久は去り、アリアという少女とはあの日。蘭豹と綴に呼ばれ、失言してしまったときからアリアとの関係はぎくしゃくしていた。

ブラドとの激突の時は、ほぼヒステリアモードのあの偽りの真実でアリアを操った。そういえばアリアは怒るだろう。だが……ブラドと戦い終わってから、アリアとは上手くいっていない。一時的な処置、まさにそれだ。

 

寮に帰っても、誰もいない。

一人だ。

孤独だ。

 

兄さんがいなくなった時は和久がいてくれた。

いつも親友が傍にいた。

 

親友がいなくなったというだけで、此処まで心や繋がりに穴が開く物なのか。

自分は弱かった、常に和久に助けてもらっていたのだ。

 

「くそぉおおおおおおお!!!!」

 

――――だが、寮でモグラの様に蹲っているわけにはいかない。

            こんな所をカズに見られたらどう言われる?

 

そう自分に言い聞かせる。

間違いない。あの馬鹿ならいつもどうり煙草の煙を吐きながら俺の手を取り、外に放りだしてくれやがるだろうよ。

おそらくアイツも今俺の事を心配しているに違いない。突然何故伊・Uに行ってしまったのかは分からないが、アイツはいい奴なんだ。

 

「帰ってきたら奢れよカズ」

 

ちょうどそのカズは、自分が絶賛悩み中の異性関係を嘲笑うかのように、想い人とヨーロッパ旅行を満喫していたというのは知る由もなかった。

 

 




次回!ヨーロッパハネムーン編で急展開!
和久とジャンヌに立ちはだかる闇の陰謀!
どうなる!?新婚夫婦!
どうなる!?怪物教師!

お楽しみに!

(嘘予告です)

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