――――――――――――魔性の女と白酒乙女。
約二時間待たせた後のジャンヌは当然の如く不機嫌だった。
シャーロックが立ち去った時、「気を付けてね」と言った意味を理解した。
ジャンヌ自身、教授との話だししょうがないと一時間ぐらいまでは我慢していたのだが、二時間を過ぎて、様子を見に行こうとした時にチラリと聞こえた会話で完全にキレた。
そんなどーでも……よくないけど、重要そうでない話をしてるんだったら早く来いとこっちは二時間待ってるんだ、正直に毛染め用の薄いゴム手袋を手にはめてとシートを椅子の下にひいて待っているのだ!
まあジャンヌがキレるのは当然であったということで、現在和久は毛染めのために用意してあった椅子の真横で正座されている。
恋する乙女は無敵なようで、シャーロックも土下座させたろうかという勢いだったジャンヌは修羅としたアーレスという少年より怖かった。
「たく、私はずっと待ってたんだぞ……うぐっ…ぐすっ」
遂に泣き出してしまったジャンヌを見て、和久は雷に打たれたかのように硬直する。
ジャンヌの泣き顔というのは初めて見た和久は、これまでに感じた事のない感覚を覚えた。
「ぅ……す、すまんジャンヌ……悪かったから……泣かないでくれ」
完全に和久の中でジャンヌ・ダルクという人物自身が弱点と化している。
大昔に『武偵には気を付けなければいけないことが三つある。『弾切れ』『毒』……そして『女』だ。』なんて決め顔で言ってた自分がとても馬鹿に見えてきた。
「ふんっ……!……旅行じゃない任務中に何か奢れ」
「ああ、奢る奢るなんでも奢るって!」
「あのカードで出したら駄目だぞ、お前の金だぞ」
「え、あ、いや。俺の金
一文無しである和久にとって、金の収入源は先程シャーロックに渡された黒いカードのみ。所謂ブラックカードというやつだろう。
中にはどれくらい入っているのかは知らないが、自家用ジェットを見せれば買えるだとか……。このカードにそんな力が……魔性のカードである。
武偵で気を付けることの女をカードに変えようかと思ったが止めておく。自分が昔決めた事だ、それを変えるのは今度武藤兄にでも会った時に笑われるはず。いや、もう会う事も無いだろうが……
「しょうがない、いづれあの場所にも戻る時が来るはずだ。その時にちゃんと清算するんだぞ」
「ああ、そうしてくれ」
「あと半日で着くからな、髪染めをするぞ。そして寝ておけ、ナポリの地を踏むのは深夜になりそうだ」
現在の時刻は10時、22時頃か。
「ナポリは治安が悪い。夜は尚更だ、伊・Uが裏で管理しているホテルで一泊して先程教授から受け取った退学生徒リストの居場所通りに明日から移動する。私の仕事もあるからな、一応付き合ってもらうぞ」
「ジャンヌの仕事はなんなんだよ」
「これだ」
ジャンヌが取り出したのは長さ70cmほどの布で巻かれた何か。
布を解いていくと、照明の光に反射したのか俺の目に光が当たり眩しく感じた。
「……剣?」
「そう、デュランダルだ」
それは剣身が真っ二つに折れた大剣だった。
聖剣デュランダル。ジャンヌが
「このままじゃ使い物にならないからな。教授に相談したら完全な修復は不可能だから残りの刃を加工できる場所を紹介してもらったのだ」
「なるほどな、それで何処なんだ?」
「クレモナだ、表では楽器職人をしている鍛冶屋があるらしい。場所も聞いた」
「クレモナ……イタリアの退学生徒の拠点地はローマとフィレンツェがある。その二つを先にすませてから行こうか」
順番的にはローマ、フィレンツェ、クレモナ。の順か。
次にジャンヌの祖国フランス、ベルギー、ドイツ、オランダ、イギリス。海外旅行が初めてな俺としてはとても楽しみだ。
ロシア行ったときも依頼でだったし、あの時の俺は旅行なんてどうでもよくて金目当てだった。その分今回を存分に楽しませてもらおう。血で汚れることは承知の上だ。
「了解だ、それにしても灯央。よく都市の場所を覚えているな、音楽に通じているわけでも無いのによくクレモナの場所を知っている」
「親父がな、武偵たるもの世界地図など見ずともいいよう全て覚えておけ。とかどうの言われたからな……中東とかアフリカ大陸の方はまだ曖昧だけど、大抵は覚えてる」
「なるほどな、灯央の父上殿は立派な方なのだな……」
「もう死んでるけどな、まあアレ(中二病)だったことを除けばいい親父だったよ」
「アレ?とはなんだ」
「お前は知らなくていい、その存在を知ることでアレに浸食されてしまう。黒歴史になるんだ、親父はその黒歴史でさえ暗黒の歴史だとかどうの言って増々悪化していったけどな……!」
「よ、よくわからんが恐ろしいものなのだな……」
俺が肩を震わせている事にどうやら相当怯えているらしい。
面白いので少しからかってみることにする。
「あれに浸食されればそれまで……公共の場で私とこの剣に斬れぬものは無い!なんて恥ずかしい言葉を言い出すなどととてもじゃないが尋常じゃあない人間に成り果ててしまう……ああ恐ろしい……!」
「…………」
「ん?どうしたジャンヌ?」
肩をぶるぶると震わして俯いていたジャンヌはガバッと顔を上げて涙目で俺を見る。
「わ、私はあ、アレとやらに浸食されているのだろうか!?ど、どうすればいいのだ助けてくれ灯央ぉぉぉおお~~~~ッ!」
やべぇ、可愛い。
だけどこれ以上からかうと怖いので、さらりと真実を告げておく。
「冗談だ、まあアレがあるってのは本当だが自覚していなくてアレにかかっているより、自覚しているのにアレのままの奴が一番危険だ。ジャンヌはまだアレのまだマシな状態さ。力があるものが一度かかってしまう病気みたいなものだからな」
「灯央もかかったことがあるのか?」
「一度な、小さい頃に経験した。いや、もしかしたら今も……いや、そんなことはない。俺はすでにアレからは卒業している……ハズ。ああ、大丈夫だ。問題ない!」
最後は自分に言い聞かせる様な言い方だった。
思い出す、「
だが、ある日を境に特別な時。要は本気の時以外は双銃スタイルを廃止して一艇の銃で戦うようになった。理由は武藤兄の言葉だったのを覚えている。『お前、その二丁拳銃っていうのが既にな』絶句した。
「深みにはまりそうだ。もういい、早く髪を染めるぞ。底に座れ灯央」
「おう、すまんな」
「どんな感じに染める?完全に金髪にするか?それとも少し赤いメッシュを残した方がいいか?」
「やめてくれ、紅いメッシュなんて目立つだろう。金に染めてくれていいさ」
「そうだな、私もその方がいいと思っていた」
肩に髪染め用のビニールを掛けられ、俺の髪はジャンヌの細く美しい手によって金に染まっていく。考え方が変態的なのはどうか許してほしい。だが流石先祖が聖女、なんて言われるだけあってその指先は例えビニール製の手袋で隠されていても可憐だった。
そんな指先で自分の髪が染められていく、自分が彼女によって塗り替えられていく。これまで誇りにも思っていた赤髪を染められることでそんな感情を抱いた。昔、母の膝の上で自分の髪を梳いてもらっていた時を思い出す。
灯央
あの元Rランク武偵である「
「あぁ……姉さんに何も言わず出ていっちまったな……まああの人の事だし俺が伊・Uに行った、位の情報は知ってそうだけど」
「イリーナさんか、安心しろ灯央。私から伝えてある」
「は、ハァ!?大丈夫だったか?あの人妙に過保護だから……」
「灯央が、わ、わ、私に好意を寄せている、という事は知っていたらしくてな。
「ジャンヌには?」
「う、うむ。リュパンがな……ッ……!」
息を飲むジャンヌ。どうやら理子が標的になったらしく、この様子じゃあ結構衝撃的な事があったんだな……
「大丈夫か?」
「…………流石至獄の金狼だった……あの猛禽類のような先の宿った眼は見ているだけで殺されるかと思った……修羅場を潜り抜けてきたRランクの武偵なだけあって私じゃあ足元にすら及ばない力量差を思い知らされた……あの左眼に傷がある男……ヴァン・R・ギリック。あの男も……」
おっさんもいたのか、そりゃ災難だったな。
怒りに駆られる元Rランクの姉さんと、現在Rランクに一番近いと言われているオッサンを目の前にすれば生きて帰る事すら奇跡だって聞いてるのに……やっぱり伊・U生徒の中でも最弱とか言ってたけど、ジャンヌも相当な実力者だってことは変わらない。
「近いうち、二人が会いに行くと、言っていた。「久しぶりに殺し愛しようね、和久ちゃん」だそうだ」
「お前……ホントよく生きてるな……てか理子いきてんの?」
「今、アイツは東京に野暮用が合ってな……あのバーに泊まらせてもらっている。一応、灯央を人質の立場にして下手に手を出せなくして……まあ結構痛い目には合っているだろうが……」
「まあ、理子にとってはいい灸にはなるんじゃねぇの」
「灸になればいいのだが、その後の八つ当たりが鬱陶しいのだ」
「……ああ、確かに」
理子のもう一つの人格、とも言っていい凶暴な性格ははっきり言って鬱陶しい。
今回姉さんのバーで寝泊まりすることでその鬱陶しい性格を直してくれないかな、と思うほどである。世の中にはギャップ萌、という世にも奇妙なジャンルがあるらしいが、ギャップの差があればあるほど相手している方は疲れる。
傍から見ればね、いつも理子は皮を被ってリュパンの末裔としてしか見てもらえない辛さを噛み締めて、目標のために生きる。そんな彼女は美しくて魅力的に見えるだろう。俺だってあのハイジャックの時、理子のその生甲斐ともいえる姿に見惚れた。「ああ、コイツは結果を出しているんだ」と思った。両親の仇を討つと言いながらも、武藤や不知火常に装備科に転向したりと遠まわしに逃げていた、決心がつかなかった俺には、理子がまぶしく見えたのかもしれない。
「まあ、アイツも今回で振り切ってくるんだろうな」
「……そのまま遠山に惚れてくれればいいのだが」
普通ならば、あ?なにが?とか言うのが普通なのだろうが生憎和久にそのような突然耳が遠くなる属性などなく、しかも天然なために。
「安心しろ、俺はジャンヌが好きだ」
このような事もさらりと言ってのける。
そしてそれに羞恥を感じない、それを当然の事だと思っている和久はおそらく女の敵。というカテゴリに当てはまるのだろう……だが和久は違う。
所謂、無自覚でそういう言葉を言うような人間ではなく、言わばバカ正直な彼は思った事しか言わない。それに好きという恋愛感情はとても嫉妬にまみれドロドロして、多くの人間の心が交差するという部分を彼が愛読する少女漫画で知っているために、完全に理解しているわけではないが誤解を招く行動はしないように自我あるラインまでは規制している。
「……っぅ!」
「ぶっちゃけ言うと、理子は苦手だからな……いや、嫌悪とかではなくて何て言うんだ。苦手意識というか、アイツを相手するのはめんどくさい」
「め、めんどくさい、とは、どういう意味だ?」
さらりと言われた愛の告白の衝撃から立ち直りながらジャンヌは聞く。
「アイツ、ああいう性格だし苦労しそうってことだ」
「ああ、苦労する」
伊・Uで長年共に居たジャンヌは即座に肯定する。
少女趣味、と呼ばれるものに出会ったのも理子であってそれは感謝しているのだが、あの無鉄砲な正確には昔苦労させられたものである。
「まあ……死ぬなよ理子……」
「そう言うのは洒落にならないからやめるんだ灯央」
ジャンヌに髪を染められながら無事を祈る和久に真顔でツッコむジャンヌだった。
そして、時を同じくして東京、新宿にあるバー。
店主であるイリーナは、10年来の友人であり自分の親友であった灯央茜の夫の親友であった男であるヴァン・R・ギリックと話していた。
現在、彼は最近活動が活発になってきたために個人で情報収集をしている。世界の情報が集まる、と言っても過言ではないイリーナの元へ情報を聞くためにやってきたのだ。
「伊・Uねぇ……」
「ああ、というかだな……なんで伊・Uの者を匿ってるんだ、最近和久が失踪した。それは伊・Uの手による、とも聞いたぞ」
「あら、ばれちゃってたの?」
「金髪の小娘が此処から出るのを確認した、確か和久が少し前に女三人連れて此処に来た時の娘だったな」
「それがどうして伊・Uの生徒だと分かるのよ」
「御託はいい、質問に答えろ」
「もう、せっかちねぇ……そんなだから未だに独身なのよ」
ニヤニヤと笑いながらからかうイリーナにピクリと体を震わせるヴァン。完全にキれている。
引き攣った口をおもむろに動かすヴァン。
「お前だけには言われたくないぞイリーナ!というかだな、私はお前に三年前のクリスマスにプロポーズをしたつもりでいるんだが!!??何時になったら返事を聞かせてくれるんだこの魔女が!」
「私、和久ちゃんがとてもかわいくて……」
「そんなことはどうでも良くないが、今はどうでもいい!とりあえずだ、とりあえず何故、此処に、伊・Uの者がいて、誰にも言ってない!」
「そんな事は推理しなさいよ不能」
「やっぱお前だけは嫌いだ、三年前の俺は何を血迷った」
眉間に指を当てながら俯くヴァン。
いつもの冷静でいて、獣のような鋭い殺気を放っているような彼からは想像できない姿だ。やはり恋愛とは恐ろしい物である。
「で、大体の事はお前の言う推理で大体分かるが、お前がそのままにしている意味が解らん。あの小娘共が和久に手を出すことは無いだろうが、お前なら金髪の娘を捕えておくぐらいできるだろう」
「私はもう武偵じゃないわ、ロンドン武偵局や武偵連盟への貸しももう無いし私がどうしようと問題ない筈よ」
「そう言う問題ではなくてだな……」
「なんにせよ、私はあの娘に和久ちゃんを人質として脅されている状況よ。和久ちゃんに手を下さない条件は三つ。此処に無期限で滞在することを許可すること、情報漏洩をしないこと、そしてあの娘を守ることの三つよ。貴方があの娘に手を上げるのであれば、私が相手になるけれど」
そっと空のワイン瓶を手に持つイリーナ。
「俺は頭がいいからな、お前を敵に回すようなことはしないさ」
震える声で言ったヴァンに「そう?ならよかった、私もあなたを殺りたくわないわ」と言ってワイン瓶を降ろすイリーナ。
イリーナが『
要するに悪魔である。
「それに和久ちゃんも和久ちゃんの目的があって動いてるのだろうし」
「おそらく灯央家の事だろうな」
「そうね、日本国家が政府の命と引き換えにでも隠したがる秘密。私でもわからないし、少し厄介なことになりそうね。私は陰で支えてあげる位しかできないし」
「馬鹿言え、お前ならまだ武偵連盟にも強く出れるだろうに。仮にも元Rランクだぞ」
「だから言ったでしょう?武偵連盟への貸しはもうないの」
イリーナの武偵連盟の大きな貸しといえば、彼女が引退する少し前に起きたハイジャック事件だ。
世間には公表されてはいないが、ハイジャックを受けた飛行機にはワシントンで行われる極秘会談のために移動中だった英国女王が搭乗していた。
本来王室が政治に関与することは表向きでは否定しているため、この事件については表立った報道は大きく規制されていた。
イリーナはRランク武偵として英国女王の警護に当たっていたが、それは女王本人の私的での任務であり、武偵連盟が関与していた女王警護の任務は、また別の武偵が請け負っていた。だが、その武偵の一人がテロリストであり、武偵が事を起こしたという前代未聞の事件が発生。任務を請け負っていたテロリストを除く三人の武偵は死亡、女王の命と引き換えにテロリストが要求した条件は金など単純な物ではなく、ニューヨークのある刑務所に現在も服役中の囚人の脱獄を見逃すこと、だった。
脱獄を要求する囚人達は一人二人ではなく、数十人。それも全員が数年前に武偵が集団逮捕したイタリア系マフィアのメンバー。後に事を起こした武偵はそのイタリア系マフィアの、唯一武偵の手から逃げのびた組織員だと判明する。
当然、アメリカ政府は軽々と容認するというのは不可だが、既に英国や武偵連盟の上層部に情報が回っているため、無視するわけにもいかない。あらゆる手段を考えたが、遂に有効手は無いと判断したアメリカ政府、武偵連盟、英国政府及び王室は囚人の脱獄を容認と判断を下そうとした時だった。
突然ハイジャック犯を逮捕した。女王陛下の安全も確認済みという無線通信が来たのだ。当然、突然事を解決した人こそイリーナであった。
その時からアメリカ政府、英国政府、王室。武偵連盟に貸しがあったイリーナだが、少し前に自分の引退で貸しを使った。実力あるRランク武偵引退させることは、本来避けたかったことだがその借りがあったために現在イリーナは武偵連盟の手も入らずに東京でバーを営む事ができるのだ。
「まだ34だろ?引退するには早すぎゃぁぁああッ!!??」
「年の話はしないでもらえるかしら、失礼よ、デリカシーが無いわね」
「わぁった、わかりましたから耳が、耳がちぎれるッ!」
「ホント女性の扱いが下手よね貴方、未だにチェリーボーイとか言わないでしょうね。少し前に和久ちゃんにカッコつけてたくせに」
「…………」
「……え、まさかホントに童貞……」
「いや、なんかほんとにすまんから止めてくれイリーナ……俺そんなに恨まれることしたか?してないよな……」
蔑むようで、哀れむ目線に遂に泣き出すヴァン。
完全に同僚たちの間でもクールなダンディー武偵。頼れる先輩、上司というイメージがここでは壊れている。
「帰る」
「帰る家があるのかしらね」
「…………」
完全に生気が抜けたヴァンの目からは傷痕による厳つさも失せている。今なら子犬でも彼を倒せそうである。フラフラと足をふらつかせながら店を出ていく。
これで完全にわかっただろう。イリーナはドSである。そして彼女の人生の中で一番その被害を受けているのはまごうことなくヴァン・R・ギリックだ。理由は単純にイリーナのお気に入りの人間でありからかいやすく、十年来の親友であり、そんな自分にでも好意を持ってくれるという少ない人間だからである。
完全に自分の首を自分で絞めているヴァンだが、不思議と彼女を嫌うことは無い。一種のカリスマだろうか。
「少し……からかい過ぎたかしら。まあいいわ、今度キスでもしてあげれば立ち直れるでしょう」
やはり、イリーナ・カリヌ・ウルファ・クライアナという女は魔性の女である。
そして戻って和久とジャンヌはというと、和久は髪が見事に金に染まっており眼鏡をかけインテリ風に、ジャンヌはその煌びやかに輝く銀髪をサイドテールにして、和久と同じく眼鏡をかけたりと外見を着々と変えていった。
所謂変装、である。
「……ん?」
その中で、チラリとジャンヌが傍目にあるものを写した。
「これは……」
綺麗に畳まれた純白の何か。ご丁寧にTo dear friend Jeanneと書いてある手紙まである。
とりあえず、広げてみると……
「…………っ!!!???」
ドレスだった、純白の、結婚式に使うウェディングドレスだ。
咄嗟に手紙の封を人差し指で切り、中身を見るとメッセージカードが一枚入っている。おもむろにそれを取出し内容を確認する。
『ジャンヌ君へ
僕だジャンヌ君、ホームズだ。
今この手紙を見ているという事は、君はそろそろ灯央君と外に出ることだろう。
その前に、とは言ってはなんだがプレゼントだ。昔女王陛下に謁見をした時に何故か頂いたドレスを加工して作られたウェディングドレスだ。
本来は、灯央君の両親の結婚式に送る予定だったものだが、事情があって無理だったから君に渡すことにした。灯央君はどうやら君に恋愛感情を抱いているみたいだし、僕の推理では君も灯央君の事を想っていることだろうと思う。まあ、あくまで老いぼれの予想に過ぎないから、君の判断でこのドレスを放棄するもよし、君の元に置いておくもよし、だ。
今では相当価値のある物だろうけれど、売ろうにも僕達の立場でそのようなものを所持していれば簡単に詰まってしまう事は明白だ。
ならば、誰かに渡した方が得策ではないかという浅はかな考えだが良ければ貰ってほしい。
そして、灯央君をよろしく頼む。あの子は冷静だが、時々道を踏み違える事がある筈だ。人間は完璧ではないからね、君はそんな灯央君の不完全を埋めれる女性になってほしい。
祖国がフランスである君には少し皮肉に聞こえるかもしれないが、英国女王の様に気高く、そして華々しく青春を謳歌したまえ。
君達の未来に、幸運を
シャーロック・ホームズ.』
赤面である。リンゴも真っ青の見事な赤面である。
手紙とウェディングドレスを交互にみながら、顔を羞恥に染める。
「ウェ、ウェ、ウェディングドレス……」
女性なら誰しも一度は憧れるだろう魔法のドレスだ。当然、ジャンヌも例外ではないわけで、というより常人より反応が過剰すぎるくらいだ。
少女漫画の読み過ぎか、妄想癖に多少なっている。
「け、結婚……!」
頬に熱を持ちすぎて、気絶するジャンヌだった。
数時間後、無事に二人はイタリア、ナポリの地に足を踏み入れる。
ジャンヌの旅行バッグの中には純白の衣がきちんと入っていたことは言うまでもない。
ヴァンさんとイリーナさんはそう言う関係だった、という話。