――――――――――――星伽巫女に
叔父と『ジョン・ドゥ』で会った後、俺と笹宮姉弟は向かいのマンションへと移動し、情報を少しでもつかもうと念入りに捜索をしたが、半日経っても結局俺が来る前に見つかった『香水』以外の手掛かりは見つからなかった。やはり正体がブラックボックスの様な魔剣は甘くはない。
香水が見つかっただけで相当な成果だ。
その日は男子寮には戻らず六本木のビジネスホテルに泊まり、一夜を明かした。
そして今日、朝の8時に俺はスマホから鳴るメールの着信音によって目を覚ます。
見てみると梗からのメールが25件、叔父からのメールが56件と確認した瞬間鳥肌が立った。
昨日寝た時刻は午後9時、梗からのメールは午後10時から今まで30分おきほどで送られてきていた。
叔父からのメールは後に回し、俺は一先ず梗のメールを確認し、返信する。
梗から来たメールは本当に些細な事、これまで俺と会っていなかった時の事や俺が返信してこないことへの不安感が書かれていたりしていて驚いた。
返信内容は『すまない、寝てた。明日出かけるから今日は寝とけ』そう打って、寝ていないだろう梗へ送った。その返信は僅か12秒で帰ってきて、着替えていた俺はびくっと体を震わせる。
「……早いな」
返信内容は『わかった!今日は寝る‼明日何処に行けばいいんだ?時間はどうする?』そう書かれていた。
ふむ、良く考えれば行く場所を考えていなかったな。
電化製品と言えば秋葉原だが……今日も一応捜索活動はするつもりだし休めるところがいい。
時間はともかく場所はな……
悩んでもいい場所が考えられない俺は返信に『場所は梗の好きな場所でいい、時間も同じだ』そう打ち、着替えを再開する。そして7秒後、ジーパンに巻くベルトに手をかけた瞬間に返信が来る。
その反応速度に俺は息をのむしかない。
内容は『だったら渋谷とか……どうだ?時間は1時ごろに……』だそうだ。
俺的にはあまり渋谷は好きじゃない、理由は簡単スカウトマンがウザい。それだけだ。
ホストとか別にしたくないっての。俺は別にそういう事で金稼ぐような性質じゃないんだ。
だが梗がせっかく言ってくれた場所だしこちらの我儘は酷という物だろう。
俺はそうして納得し、次は時間を考える。
俺としては一日暇になるだろうから午前からでもいいのだが……ちょうど明日は土曜だし一般高校も休みだろう。昼飯もどうせなら一緒に食ってもいいんじゃないか?
俺は返信に『渋谷はいいが、時間を11時ごろにして昼食を一緒に食べに行かないか?』……送信。
「っと、飯と言えば朝食はバイキングだったな……」
返信が来る前に上着を羽織ってコルト二丁を装着したホルスターに入れて、上着で隠す。
流石に一般人が大勢いるところで銃をもろみせるというのは非常識だろうしな。
……ん?そう考えると明日どうするか……
「まあいいか、明日はCQCだけでガバは置いて行こう」
準備も終わり、チェーン付きの財布を尻ポケットに入れる。
部屋のカード型の鍵をテレビ前の綺麗な灰皿の上から取り出して代わりに煙草に火をつける。
そして返信が来る『わかった、それじゃあ渋谷のハチ公前に11時でいいか?』ハチ公か、まぁ分かりやすいな。俺はそれに『了解』とだけ入力し、少し一服した後バイキングへと向かった。
30分ほどで朝食は終了し、俺はビジネスホテルをチェックアウトした。
周りはサラリーマンやOLなどが忙しそうに走っていたりと学園島の朝とはまるで違う。
「さてと」
今日は何をするか。明日は置いといて今日は……っと。そう言えば義武叔父さんのメール見てないな。
なになに?『昨日の香水を作ってる会社を笹宮姉が特定した。場所は新宿三丁目のマルイ周辺だ』……結構重要だったな。まあ、いい。今から行くか。こちらにも『了解』とだけ返信して俺は六本木駅に入り、新宿に向かった。10分ほどで新宿駅に着き、マルイに向かう。
「マルイ周辺つってもなー……周辺ってどれくらいだよ」
さっちゃんに聞きたくなったが、さっちゃんに電話するとこっちに来るかもしれない。
一人行動を基本としたい俺としてはちょっとめんどくさい。
「ま、聞き込みでもやってけばいいか。あの馬鹿叔父も店名教えてくれればもっと早いのに」
今はだいぶ通勤ラッシュも収まり、人通りも穏やかになっているので煙草を開けて一本取り出す。
火をつけようとした瞬間……
「やあ」
後ろから声をかけられる。
顔を後ろに向けてみると……
「不知火?お前なんでこんなとこに」
不知火だった。強襲科の優等生が無断欠席か?
「それはこっちの台詞、って言いたいところだけど依頼だよ」
「強襲科の依頼に新宿を散歩せよなんてあったか?」
「半分正解」
おぉ、マジか。
風が不知火とは逆方向に吹いたのを感じて、咥えていた煙草に火と点けながら驚く。
「今、情報科の連中が少しざわついているんだ。まあ情報科に限らずだけどね」
「どういう事だ?」
「新宿の宝石店に脅迫メールが送られてきたみたいなんだ」
「また面倒な……」
「ほんとだよ、犯人の特定は無理。だから強襲科の手の空いてる人たちから新宿内を巡回捜査中なんだ」
なんでこんな時に……神崎は魔剣優先だろうから会わないか?
だがアイツは俺より
アイツは推理するというより勘で動くタイプの人間だ。
俺は推理して足りないところをしょうがなく勘で補っているのさ。
「知らないってことはカズ君は別件の用事かな?昨日来なかったし」
「そんなとこ」
「そうなんだ……んっと、それじゃあ僕はもう行かないと。また学校で」
「ああ、じゃあな」
不知火は最後にニコリと笑うと、手を振って俺が向かう方とは反対方向に去って行った。
俺は不知火と話してるうちに無くなった煙草を携帯灰皿に捨てて新しい煙草に火をつける。
「フゥー……白雪に聞いてみるか、何処の奴か」
そう考えた俺はスマホを取り出して白雪に電話を掛ける。
梗に負けず劣らずの3秒で白雪は電話に出た。
『か、カズ君どうしたの?』
「聞きたいことがあってな、いいか?」
『う、うん。大丈夫だよ』
「単刀直入に聞くが、お前が使ってる香水の社名を教えてくれ」
俺がそう言うと、電話の向こう側は無言になる。
「白雪?」
『――――はっ⁉カズ君らしくない事をカズ君に言われて固まってました‼』
「ハァ……そんな事はどうでもいいから教えてくれ」
『え、えっと。Cha、Chanel……』
流石東京武偵高生徒会長ともいうべき綺麗な発音で言った言葉は驚きの言葉だった。
マジか……Chanelってあれだろ?時計から宝石から香水などなど高級品と言えば‼のやつ。
『私が使ってるのは、ChanelのNo19か……な?』
流石星伽の長女という事か。
イギリスの上級貴族みたいなもんだからな、星伽家は。
「わかった、情報提供サンキュな」
『よく分からないけど、カズ君の役に立ったのならうれしいな』
「充分だ、じゃあな」
『うん。じゃあねカズ君』
ぷつっと電話を切る音もなぜか綺麗に聞こえるのはどうしてだろう。和を極め続けたような大和撫子は必然的に何もかもが綺麗になるのか?
まあ、シャネルであれば簡単だ。そんな高級店であれば見つけるのは楽だろう。
案の定目的の店はすぐに見つかった。俺は煙草を携帯灰皿へと捨てまた次の煙草へと手を伸ばそうとするが、高級店で喫煙は流石にマナー違反以前に人間性を問われる。煙草の箱を胸ポケットに仕舞う。
自動ドアが開き、店内の涼しい空気が俺に当たる。
「いらっしゃいませ」
店内にいたすべての従業員が俺に頭を下げて挨拶をする。
あまりに迫力に焦ってしまうのも無理はないだろう。
…………とりあえず
「東京武偵高所属、灯央和久だ。任務の協力を当店に要請する」
武偵憲章を財布から取り出してそう告げる。
「は、はい」
突然そう言われたがために俺を案内しようとした従業員が戸惑いの表情を見せる。
「協力って言っても簡単だ、コレを買った名簿とかあったら見せてくれ」
シャネルの19番を内ポケットから取り出して見せる。
そうすると、ようやく店員たちは状況を理解したようで一人は店を閉め、一人は店長を呼びに行くと俺に告げて店奥に入っていく。大抵の店はこういう風に武偵からの要請を受けると強制閉店になる。
それが武偵の存在意義だからだ。ルールは無用、社会の猟犬は目的を狩ることについては無理矢理も仕方がないのだ。というより、要請先に拒否権があれば武偵は必要なく、警察だけいればいいという風になってしまうからな。
「灯央武偵、私がここの支配人を務めさせてもらっている佐藤です」
三十代ぐらいの男が俺に話しかける。
「よろしくお願いします、……では」
「はい、これが商品のお客様の購入履歴でございます。No19の方でしたらこちらになります」
「協力感謝します」
まず俺が今一番気になっていることがある。
それは所々魔剣に関わっていくにつれて大きくなっていく、そして関わりを持ってくる存在。
『星伽白雪』だ。考えたくはない、俺も白雪とは昔からの付き合いだ。
考えたくはないが、白雪が今被害者とは別の意味で俺の中で大きくなってきている。
「あった」
俺が一番最初に確認した日時は一週間前の午前11時23分。
星伽白雪という名前で確かにシャネルのNo19を買っていた。
次に確認したのは九日前の午後17時……なるほどね。
まずおかしい点がある。
星伽家についてだが、本来星伽の巫女は星伽神社の外に出てはならないという決まりがある。それは武偵高も含んでいる、白雪が何故その星伽家の外に出て武偵高に通っているのかというと、それはまた説明が長くなる……ってわけでもなく簡単に言えばキンジが好きだから。
遠山家と昔から友好関係を結んでいて、尚且つその長女が遠山の男に恋しているとなれば、星伽家も決まりだ決まりだ、とキンジから離すわけにはいかなかった。
だが白雪は武偵高に通う上で星伽家と約束した、それは武偵高から出てはいけない。という事。それが星伽家の最大の譲歩であり、首を縦に振るラインだった。
俺達にとっては苦痛でならないその規則は昔キンジが白雪の事を称した言葉が『かごのとり』であるように、白雪は星伽の鎖に縛られている。
そこから白雪がこの店に買いに来るということは『普通』おかしいという事。
「白雪が……魔剣」
嫌でも一つの考えとしては可能性があった。
物の可能性ではこの香水が12%、俺の部屋に安易に侵入できる46%。
そして星伽家の秘密について、32%。
まず俺の部屋に侵入できるという点についてだが、本来俺の体は食中りなどにはならない。これは断言してもいい、インフルエンザでさえも体内ですぐに浄化するほどの体なのだ。食中りするとしても、これはもう食中りではないが、毒を盛られるという事しか考えられない。となれば部屋に侵入し、冷蔵庫に入っている食材や、カップラーメンに毒を盛る事が出来るのは誰か、と推理すると限られてくる。
そして星伽家の秘密。それは遠山家にも灯央家にも知られていない物は少なくはない。もしかしたら、星伽家が元から俺達を裏切っている家であり、星伽神社が青森の校外にあるため昔から北の灯央と呼ばれた(灯央の実家は北海道の札幌)俺の実家をパトラに奇襲させて殲滅させることだって可能だ、っと嫌な方向へと推理の路線を向けてしまう。
ちなみに灯央の実家は札幌だが、俺が両親と住んでいた場所は東京だ。その時は何故か普通は集まる事のない灯央の血筋全員が集まっていた。
だが、それを星伽家が漏らしていたとなれば……くそっ‼白雪を疑いたくはない……だが‼
「…………協力ありがとうございました。其れでは失礼します」
俺は見ていた購入履歴書を支配人渡し、一礼する。
「いえ、お疲れ様です」
「今回武偵権限として強制捜査しましたが直接的なこの店への被害は今後ありませんので。安心してください」
そう言うと、ふーっと支配人は息を吐き礼をする。俺は店の外に出て、近くにあったカフェへと入る。
たぶんバイトの女子大学生ぐらいの女性が俺へ
「いらっしゃいませ、お煙草はお吸いになられますか?」
「ああ」
「それでは、こちらに」
店員に付いて行き、指定された椅子へと座って煙草に火をつける。
店員にはコーヒーと焼きそばパンに似たここのカフェのオススメらしいタコスを頼む。お昼前、と言っても今は11時前。脚は俺以外には数人しかおらず、頼んだ物もすぐに来た。そしてタコスをほおばりながら先程の思案タイムの続きに入る。
星伽家が裏切っていたという可能性、それは俺にとって最悪で、最大の可能性ともなりつつあった。
白雪がキンジへと示す好きという感情も偽り……違うか。星伽家は灯央家だけを……
「……待て俺、思い込みはいけない」
この推理を一回凍結させる。星伽家裏切り説はいったん放置だ。まず根本的な理由として魔剣は何故ここにきた?目的と言えば白雪だろう、アイツはSSR(超能力捜査研究科)でも相当な優等生だと綴から聞いたことがある。イコール白雪は超能力系統が他の奴等よりも優れているのだろう。
それを魔剣は目を付けて……伊・Uに勧誘ってところか。
この前の理子の一件でも理子は俺にも、そしてキンジにも伊・Uの勧誘を頻繁に行ってきた。
それも可能性を裏付ける一つの手掛かりとなる。そして未だに理子は捕まっていない……なるほど。
グシャリ、とタコスを包んでいた紙を握り潰して俺は納得の表情を浮かべる。それを見た店員が「ヒッ」と小さな悲鳴を上げるが気にしない。
「理子ねぇ……魔剣は白雪に化けていたか」
俺がそう呟いた瞬間ジーパンのポケットに入れていたスマホが振動する。
電話だ、義武叔父さんか。
「もしもし?」
咥えていた煙草を灰皿に擦りつけて電話に集中する。
『ちょっとした目撃情報だ』
ナイスタイミングだな。
「目撃情報って?」
『昨日星伽の嬢ちゃんも狙われている、って言ってたから部下に嬢ちゃんの写真も持たせたんだ。そしたらよォ、六本木内でうろうろしてる嬢ちゃんを部下が見つけたぜ』
「おかしいな」
『ああ、おかしい。星伽のかごのとりがそう簡単に出られる訳ねぇ……』
義武叔父さんも元は鬼頭の跡継ぎだ。
星伽の内情も知っているのだろう。
「で?」
『今は笹宮弟を尾行させてる、どうする?』
…………踏み込むか、様子を見るか。
なにも思い切った行動はしなくてもいい、だがチャンスと言えばチャンスになる。けれど凛さんにも危険はある、ヤクザの幹部とあれども一般人ではある。
前俺が言った武偵は狼。一般人は犬。学生は子犬に当てはめるならば義武叔父さん達は狩猟犬だ。それに魔剣は国家規模の犯罪組織、凶暴な竜とも成り得るのだ。
「…………義武叔父さんはどう思う?」
『そうだな……どちらとも言えんな、だがこれだけは言っておく。俺等を嘗めるなよカズ』
「馬鹿野郎!そう楽に相手取れるような柔な奴じゃないんだ、情報も少ない‼」
『バ、馬鹿……お、お前年長者になんて言う口のきき方だ‼』
「世間知らずめ、相手は国家規模の犯罪者だぞ‼」
俺が声を荒げたことで、カフェ内の店員や増えてきた客がざわめく。
はっと周りを見ると、煙草を吸うサラリーマンたちが迷惑そうに俺を睨んでいる。
「あ゛?」
イラついていた俺は只でさえ眼つきが悪めの目をさらに吊り目にして周りを睨む。すると、またさっきの店員の様に「ヒッ」っと声を揃えて悲鳴を上げて睨んでいた奴らが顔を逸らす。情けないことをしているとは承知の上だが、イラつきが抑えきれない。
『それでも俺は鬼頭義武だ、狙った獲物は逃がさねぇぜ』
「気色悪い言い方すんな馬鹿叔父が‼」
『結構気に入ってた台詞なのに……』
とにかく、今は待機だ。
六本木で白雪?が確認されただけでも考えられる幅は狭くなった。
唯、よく分からない。『星伽が裏切っているのか』『魔剣が何らかの方法で白雪に俺の思考を持っていこうと企てているのか』前者の場合、どうしても確率的にも、今の情報量でも後者よりは推理としても裏付けがあって信用性がある。だが、後者は矛盾が多い。
何故白雪を狙っている魔剣が、俺にそこまで目を付けるのかという事。
明らかに俺を嵌め様としているということは確かで、撹乱させようともしている。
俺を伊・Uに入れたいのか?……違う、そうなのであればこんな遠まわしな事をする筈が無い。逆に俺を殺したいのか?……違う、そうなのであれば殺す隙などいくらでもあったはずだ。
目的が……分からない。
『おいカズ、どうするんだ』
「あ、ああ」
今は、様子を見よう。
「凛さんには尾行を止めてもらってくれ」
『……分かった』
「俺は一回武偵校に戻る。そっちも捜査は終わってくれ」
『いいんだな?』
「ああ、ありがとう親父殿」
『任せろってんだ‼いつでも遊びに来いよ、というか週に一回は会いに来い。お小遣い上げるから』
「結局金かよ‼」
途中からまた義武叔父さんの馬鹿モードが発動して通話を切ろうとしていたのだが、最後の言葉は最低だった。お小遣いとか俺小学生か⁉
『金はいくらでもあるんだもん』
それ一応俺の保護者となってる人の言葉じゃないよなー……だもんとか50過ぎたおっさんの言葉じゃないよなー。
『金はカズのためにある様なものだ、遠慮なく言えよ?』
「嫌だよ‼俺に渡すぐらいならどっかの孤児院にでも寄付しろ」
俺みたいに両親がいなくて孤児院で過ごすような子供たちに寄付した方が得だ。
俺は別に金が欲しいってわけじゃ……あ、煙草と酒は欲しいわ。
「じゃあ切るぞ、またな馬鹿叔父」
『あ。か、金は―――――』
通話終了ボタンに触れて通話を切る。
そして煙草に火をつけて、一服した後店を出た。
「わかってんぞ魔剣、今日一日俺を見ていたことぐらい」
ボソッと呟き、俺は煙草をくわえている口を歪める。
その瞬間店内に在った寒気がするような冷たい何かが消失する。
俺はその存在を走って追いかけた。