加減を考えずに放った魔力の光は一直線にセイバーへと向かう――――が、光は彼女に当たる寸前に見えない壁に弾かれ、破壊の意志を示さずに露と消えてしまった。
今の攻撃で怯んだ様子しか見せないセイバーに思わず歯噛みする。
セイバークラスのサーヴァントは高い対魔力を誇り、並みの攻性魔術ではダメージを与えるどころか届きさえしない。大魔術級ではない咄嗟に放った魔術だったとは言え、目の当たりにすると知識以上の脅威を感じる。
しかし効果が無かった攻撃ではあったが、その光景を見て多少頭が冷えたので無駄ではなかった。魔術が利き難いセイバーと戦うと言うのに、激昂したままでは勝負にもならない。
冷えた頭で対策を考え実行する。
先程よりも格段に弱い魔術を複数同時展開。そして威力よりも数と速度を優先した魔術群を、直線的にではなくセイバーを避けるように曲げて彼女の背後へと狙い撃つ。するとセイバーは剣と体を盾に全ての攻撃を迎撃し始めた。
セイバーにとっては無視しても良い威力の攻性魔術だが、背後に居る衛宮士郎はそうもいかない。強化と投影しか出来ない彼では防ぐことが出来ず、怪我を負っている今の状態では避けることも難しいはず。
私の意図通りにセイバーは自分のマスターを守る為に迎撃に徹する事になる。とは言え、これは彼女の行動を防御に専念させるだけの言わば牽制だ。倒す事は出来ない。けれど私の目的は別にあるので問題はない。セイバーが守りに徹している間にマスターへと近づき撤退するのが目的なのだ。
牽制を行いながらゆっくり後退してマスターへ近づく。本当は牽制などせずに一息で近寄りたいが、セイバーが攻撃へ転じられる隙を作れば、それこそマスターか私が一息で斬られてしまう。今以上に下がる方へと意識が向けば、セイバーは『風王結界』を利用した加速で距離を詰めてくるだろう。
「待ってください、キャスター! そこに倒れている男性が貴女のマスターだと言うなら、私に戦闘の意志はありません!」
「戯言を!」
現にセイバーは私の魔術を防ぎながらも話す余裕がある。対して私はセイバーが襲ってこないか警戒して一言発するのが限界だ。
それにしてもセイバーの言葉に腹が立つ。マスターが怪我を負い気を失っている状況で戦闘の意思がないなどと。反射的に黒い気持ちが湧き上がり、本気でセイバーを討とうかと考えてしまう。1対1なら私が勝つのが難しくとも、お互いのマスターが傍にいる2対2の状況なら話は違う。セイバーを現状のように抑えつつ、魔術的に隙だらけの衛宮士郎に致死性の呪いでもかければ……。
黒い渇望を抱いていると、その対象である衛宮士郎が痛みに顔を歪ませながら立ち上がった。血が滴る右腕は激痛だろうに、そんな状態で何をするのかと警戒していると。
「キャスター、葛木先生をやったのは俺達じゃない。それにセイバーが言うように戦うつもりが無いのも本当だ」
真っ直ぐ私を見てはっきりと敵対の意志がないと口にした。彼の言葉を聞いて私は戸惑ってしまう。状況を考えればマスターを傷つけたのは彼らだと思うが、それ以上に『あの衛宮士郎』が虚言を弄するはずがないと思ってしまった。そのせいで魔術の攻撃が途切れ致命的な隙が出来たのだけれど――――セイバーは襲い掛かってくる事無く、敵意が無いのを示す為か腕を下げ鎧すらも消し去った。
それでも油断しないようにしていたが、衛宮士郎はあろう事かセイバーを一歩下がらせ前に出た。色々と腑に落ちないが、その姿を見てさすがに私も警戒心を緩める。
「そう、貴方達に戦闘の意思がないのはわかりました。でも貴方達がマスターを傷つけたのではないとしたら、マスターは何故怪我を負っているのかしら?」
聖杯戦争に積極的なセイバーが、葛木宗一郎がマスターであると知って勝手に戦闘でもしたのかしらね? と、いくつかの可能性を考えていたら衛宮士郎は予想外の答えを返してきた。
「葛木先生は俺を助けてくれたんだ」
「……は?」
思ってもいなかった事を言われ間の抜けた声を出してしまう。にも関わらず、私を見る二人の眼はどこまでも真剣だった。
何故マスターが怪我をしていたか。衛宮士郎は余す所なく語ってくれた。
まず転移先の現在地だけれど、どうやらここは穂群原学園の裏の雑木林らしい。マスターは仕事なのでわかるが、何故衛宮士郎が休日なのに学校に居たかと言うと。
「あ~、藤ねえ……って言ってもわからないか。とにかく知り合いに頼まれて弁当を届けに来たんだ」
だそうだ。きっと藤村大河に昼食の配達でも頼まれたのだろう。セイバーは一人で出歩くのは危険だと言う事で共をして、届けた後に校内が安全かどうか二人で見回っていたらしい。
そうしたセイバーの学校見学中に間桐慎二に出会い、二人きりで話したい事があると言われてセイバーと別れ雑木林へと来た。そして自分がライダーのマスターである事を告白され、手を組まないかと誘われたのだそうだ。
結果的には間桐慎二の誘いは断ったらしい。理由が学校に仕掛けたライダーの『他者封印・鮮血神殿』の効果を説明され、使えば自分がどれだけ有利になるか自慢されたからと聞いて微妙な気分になる。
衛宮士郎が誘いを断ると間桐慎二は態度を一変、ライダーをけしかけてきたと言う。そのままライダーと戦闘になり、短剣で腕を貫かれ命の危機に陥った時に現れたのが宗一郎様だったと。
宗一郎様とライダーの戦いは初めこそ宗一郎様が押していたのだが、短剣と鎖で身を縛られていた衛宮士郎を庇ったせいで傷を負っていた宗一郎様は徐々に押され、蹴り飛ばされて木にぶつかり気を失っていたそうだ。
その後、二人に止めを刺そうとした所に異変を感じたセイバーが駆けつけライダーを追い払い、衛宮士郎と宗一郎様の命を救ってくれた。と言うのが事の顛末。
傷を治療し目覚めた宗一郎様に説明が正しいか確認したら、間違いないと言われたので真実なのでしょう。
全ての説明が終わり、疑問に思った事を宗一郎様に聞いてみた。何故衛宮士郎を助けたのか、と。すると実にシンプルな回答を頂いた。
「教師の職務に生徒を守る事も含まれている」
間桐慎二がライダーの仮のマスターである事は伝えている。宗一郎様はその彼がセイバーのマスターである衛宮士郎と連れ立ち歩いているのを偶然眼にしたそうだ。それで眼にした間桐慎二の様子がどこかおかしい事に気づき、二人の後をつけていたら、ライダーを使い衛宮士郎を殺そうとしたので介入したと。
衛宮士郎と宗一郎様から聞かされた事を整理し推測すると……。
私が昨日恐怖を与えた影響で間桐慎二は危機感を抱いた。だから自衛の為にライダーの強化を企み、休日に学校へ来て『他者封印・鮮血神殿』の設置か調整を行い、大量の魂食いの準備を進めた。
同時にサーヴァントを堂々と連れている衛宮士郎を見かけ、マスターであると知って保身の為に手を組もうとした。けれど断られたので、聖杯戦争の恐怖を知っている彼は敵を殺せる内に殺そうとした。
そこで宗一郎様が生徒を守ろうとした訳だけど、そんな行動をしたのは私が昨日「生徒を導き守る教師として」なんて余計な事を言ったからな気がしてならない。
つまり私のマスターが怪我を負った原因の一端は私にあり、しかも勘違いしてライダーからマスターを救ってくれたセイバーに攻撃し、あまつさえマスターが守った生徒の衛宮士郎を危険な目に遭わせた。
自分の行動を振り返り冷や汗が出てしまう。
それにしても間桐慎二がこうも動くとは。私の予想の上だか下だかを行く彼は、私が思うよりずっと強いのかもしれない。ある意味折れぬ心を持っているのではなかろうか。
説明を聞き状況を認識した私は夕日を見て思う。ブリテン式の謝罪って、どうすればいいのかしらね……。
「悪かったわね。セイバーにセイバーのマスター」
どう謝ればよいかわからず、上手く謝罪の言葉を言えなかった。けれどそれを気にするような事はなく、二人は朗らかに言葉を返してくる。
「いや、あの状況なら仕方ないさ」
「そうですね。自分のマスターの危機と思ったのなら当然の行動でしょう」
衛宮士郎の反応は彼らしいと言えるかもしれないが、セイバーまで同意するとは。脱力しながら二人を見ると衛宮士郎の腕の血が目に入る。
放っておいても『アヴァロン』の効果で治癒するのでしょうね。だから無駄な行いではあるのだけれど、罪悪感に押された私は魔術師にあるまじき無駄な行いを決行する。
「セイバーのマスター、お詫び――――になるかわからないけど治療するわ」
衛宮士郎は当然疑う事無く治療を受ける姿勢を見せる。しかしセイバーがすぐに動き衛宮士郎の傍に行きやすいように場所を空けたのは解せない。邪魔されても面倒なので困るのだが、同盟拒否をしたセイバーがこうも敵意を見せないのが不思議だ。
「セイバー、私が治療ではない事をする可能性を考えないの?」
「貴女ならばそれはない、と思いました」
不思議に思ったので治療しながら聞いてみたら迷い無く答えられた。回答を聞いてさらに疑問に思ったのが顔に出たのだろう。セイバーは少し間を置いてから続きを話した。
「先程の貴女との攻防ですが、私の行動を制限する為に貴女は私のマスター、シロウを狙っていましたが、あの時貴女はシロウを傷つけないように威力を抑え、且つ私が迎撃できる数であるように気を使っていたでしょう?」
「何を根拠に」
「攻撃を無視して前に出て貴女を斬ってもシロウは無事だろう。そう自然に思いましたので。翻せばそれは、貴女にシロウを害する気が無いと言う事かと」
セイバーの言い分に驚愕する。実際にセイバーが迎撃出来る数に抑え、万が一衛宮士郎に直撃した場合には致命傷にならないようにしていた。戦闘中にそこまで見抜かれていたとは。直感スキルの恩恵か、それとも騎士王としての戦闘経験の賜物か。どちらにせよ見抜かれていた訳ね。
「だったらどうして私を倒さなかったのかしら?」
「自分のマスターを助けてくれた男性が貴女のマスターだとわかり、その直後に恩を仇で返すような真似は出来ません」
「……甘いわね」
「そうですね」
あっさり甘いと認めた事と、チラリと衛宮士郎を見た事から騎士道精神と言うだけではなく、自分のマスターとの人間関係も考慮した結果なのだろうと推察する。不本意だが倒しやすいであろう私を見逃し、今後を取った行動と言う事か。さすが円卓を統べた王。
「さて、治療が終わったけれど違和感はない? セイバーのマスター」
「ん、凄いな。違和感なんてさっぱりない」
手をグーパーして感触を確かめている。治療した者の責任として衛宮士郎の手の動きを見ていると、セイバーが不意打ちを仕掛けてきた。
「同盟の交渉で真名を明かし、今と同じように当然の如くシロウの服まで直した貴女は、私が知るどの魔術師よりも人格者です」
裏切りの魔女と伝わる私に絶賛とも言える評価を言ってくる。聖杯を個人的欲望で求める事を差し引いても、彼女の中では人格者だと言うのか。
彼女が知る魔術師、私と比べたであろう相手をパッと思い浮かべる。彼女の後見人である悪戯好きのマーリン。第4次のキャスター、狂人ジル・ド・レェ。そしてマスターであった魔術師殺し衛宮切嗣。私が人格者なのではなく、セイバーの知る特殊過ぎる魔術師達が問題な気が……。
「キャスター、そしてマスターの葛木宗一郎。剣にかけて誓いましょう。貴女方とはいずれ正々堂々と決着をつけると」
騎士王に相応しい清廉な誓い。殺し合いは認めない衛宮士郎も感じ入るものがあったのか、真っ直ぐなセイバーの誓いに口を挟む事はなかった。
私の勘違いで始まった戦闘での戦果は、誉れ高き騎士王から誇り高き騎士ディルムッド・オディナのような評価を賜る事となった。
……正々堂々と戦うと、私は勝てない訳なのだけれど。
日が完全に沈まぬうちにセイバー達と別れ、マスターと一緒に柳洞寺へと戻った私は、自室で一人静かに精神を集中していた。今夜予定していた行動を起こす為に。
夕方の出来事を考えても、やはり間桐は放置できない。ならば行う事は一つ。
ゆっくり部屋を出て外の空気に触れ月を見上げる。魔術の師である女神ヘカテーは月を表す女神でもあった。月が出ている夜は心強く、昼よりも強い意志を持てる気がする。
敵は悪意ある化け物。人の形をした人在らざる者。私は聖者でもなく栄誉ある騎士でもない。正邪を問わず自分の道を求める魔術師だ。相手が邪悪であるなら、同じく悪をもって誅ずるのみ。
マスターの守りをアサシンに任せ、夜の闇を纏い街を進む。遠くもない場所なのですぐに目的の場所――間桐邸へと辿り着く。
人払いの魔術を使い何があっても人が来ないようしてから、招かれざる客人を拒む結界を一つ一つ解除し全てを剥ぎ取り敷地の中へと侵入した。すると誰も居なかった場所に影が生まれ、それが小柄な老人の姿へと変貌する。
「ほう、無作法にも侵入したのが何者かと興味を抱き来て見れば、キャスターのサーヴァントか」
英霊たるサーヴァントの前に姿を現すのは、侮っているのか実力に自信があるのか。冬木の聖杯のシステム構築にも携わった事で自惚れているのかもしれない。サーヴァントなど恐るるに足りずと。
「何用かと問うまでもないか。何やら昨日、不肖の孫と因縁が出来たそうだが、狙いはライダーか。となれば慎二めの命も風前の灯と云うところか」
愉悦を含む声音で他人事のように言う。間桐慎二の醜態でも想像したのだろう。自分の血縁者の苦しみすら享楽の対象にする事に虫唾が走る。
「確かにライダーにも用があるけど、でも本命は違うわ。間桐、いえ、マキリ・ゾォルケン」
聖杯戦争の裏で暗躍し人を苦しめ喰らう、500年を生きる虫の化け物に告げる。
「目障りな害虫を仕留めに来たのよ」