メディアさん奮闘記   作:メイベル

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幕間 セイバー 中編②

 晩餐の支度ができるまでと案内された客室。私達が入室し椅子に腰かけると、礼をしたリーゼリットが静かにドアを閉じる。

 それからすぐに、シロウが長めのため息を吐いた。

 

「ふぅ~、なんとか穏便に済みそうでよかった。遠坂が口喧嘩を始めた時はもうだめかと思ったけど」

「ふふ、そうですね」

 

 他の陣営のマスターの本拠地に居る緊張をほぐす為に、わざと軽口をたたいた雰囲気のシロウに合わせて微笑んで同意します。気を張りつめすぎるのも良くありませんし、実際リンが口論を始めた時はシロウと同じく私も不安でしたから。

 

 そして軽口の対象にされたリンが文句の一つも言うだろうと彼女を見ると、シロウの言葉を聞いていなかったのか一切の反応を見せず、腕を組んで何事かを考えていました。

 

「遠坂?」

「ん? 何かしら? 衛宮君」

 

 シロウが改めて話しかけると、リンは今初めて声を掛けられたかのように返事をしました。先程のシロウと私のやり取りがまったく聞こえていないほど熟考していたようです。

 

「あ~、そういえばアーチャーはよかったのか?」

 

 本気ではないリンへの批判を二度も言うつもりはなかったのか、シロウはかわりに素直にイリヤスフィールの指示に従ったアーチャーについて質問しました。

 それは私も気になっていたのでリンの返答を注視していると。

 

「仕方ないじゃない。情報の対価がアーチャーの料理だって言うんだから」

「そうかもしれないけど、自分のサーヴァントが料理をすることを勝手に対価にされて怒ったりしないのか?」

 

 シロウの言う通り主従揃って黙って従ったのには疑問を感じます。自らの生命線であるサーヴァントを、他の魔術師の本拠地で傍から離す。魔術師らしいリンとマスター第一な態度であったアーチャーにしては、あまりにもそぐわない行動です。

 

「まぁ、そう、ねぇ……。でもアーチャーがイリヤスフィールの言うことを聞くのは仕方がない? いえ、逆なのかしら?」

 

 返答というよりは独り言のように言葉を発し、軽く視線を上にあげ腕を組み再び考えに耽るリン。そんな彼女の様子にシロウと私は顔を見合わせます。

 

 疑問は残りましたが、リンの態度で話はいったん区切りを迎えました。丁度良いと思い、イリヤスフィールとの話し合いの前にシロウに話すべき事を話さねばと、姿勢を正しシロウに向き直ります。

 

「セイバー?」

 

 私の真剣な眼差しに気づいたシロウが訝し気に問いかけます。彼の問いに答える前に、冷静な気持ちを保つように自身を落ち着かせました。これから話す出来事は、私にとって苦い記憶であったから。

 

「シロウ、セラという侍女が『衛宮』を名指しで嫌っていた件についてなのですが」

「あぁ、イリヤを衛宮には会わせたくない、みたいに言ってたっけ」

「はい、おそらく、その理由は前回の聖杯戦争にあります」

 

 アイリスフィールとの誓いを守れず、友を切り捨て、目の前に顕現していた聖杯すら手に入れられずに去った前回。切嗣と私の関係を考えれば、シロウにとっても愉快な話ではないはずです。

 覚悟を決めてそんな前回の聖杯戦争の話を始めようとしたら、横から声が上がりました。

 

「あ、そっか。セイバーって前回の聖杯戦争で、アインツベルンのサーヴァントだったのよね。っと、ごめんなさい。続けてくれる?」

 

 言葉を挟んだリンが先を促します。私は黙って頷きを返します。シロウだけではなく、同盟者であるリンにも聞いてほしかったので。

 興味を示したリンだけではなく、前回の話をすると察したシロウも、こちらを見つめたまま私の話を聞く態勢になりました。

 

 私を見つめる二人に向け、ゆっくりと口を開きます。

 

「前回、私はアインツベルンのサーヴァントとして戦いました。そして、アインツベルンの代表として参加したマスターの名は、衛宮切嗣――――――」

 

 

 

 

 

 目の前に広がる見事なまでの料理の数々。シロウやリンが作る物とは毛色が違いますが、見るからに美味であろう品々。席に座り感じる香しい匂いだけでも、良質さに思わずため息が出てしまう。

 

「さて、改めまして、シロウ、リン、セイバー、私の城へようこそ」

 

 料理に目を奪われていたら、イリヤスフィールが宴の始まりを告げる挨拶をしました。聖杯戦争に参加する他の陣営のマスターとサーヴァントに向けるには、彼女の声音は丁寧で優しく、私達を正規の客人として迎えてくれているとわかります。

 

 料理の完成を待つ間にした私の話の後、今回の交渉の矢面に立つのはシロウと決まっていたので、イリヤスフィールの歓迎に対して返礼を行うのはシロウなのですが。

 

「えーと、話し合いに応じてくれてありがとう。イリヤ」

「どういたしまして、シロウ」

 

 動揺、と言うより戸惑いでしょうか。イリヤスフィールにどう接していいか判断しかねているようです。そのせいでイリヤスフィールににっこり微笑みかけられて照れてしまい、シロウの反対側、私の右隣りに座るリンからシロウに向けて、一瞬敵意のようなものが漏れます。

 

 リンの気配に焦ったシロウはビクッと体を震わせ、慌てて次なる言葉を発しました。

 

「歓迎してくれるイリヤには申し訳ないんだけど、こういう食事でのマナーは多少知っているだけで、実践したことはないんだ。だからマナー違反をしでかすかもしれない。先に謝っておく」

 

 出来ないことは出来ないと、素直に認めるシロウらしい発言です。ホストであるイリヤスフィールへの謝罪の中に、リンへの分も含まれている気がするのは、まめなのか情けないのか判断しかねますね。

 

 軽く頭を下げたシロウに対し、私達の対面に座るイリヤスフィールが笑顔のまま答えます。

 

「気にしなくていいわ。アーチャーが言ってたもの。リンやセイバーはまだしも、コース形式の正餐のマナーなぞ、あの小僧は知るまい。ならば最初から盛り付けた料理を大皿で出し、自宅でやっている普段通りに各自好きに取る方が面倒がない。無論、どのようにもてなすかは主催である君が決める事だがって」

 

 アーチャーの声音を真似たイリヤスフィールが胸を張って言います。彼女自身はとても可愛らしく見えましたが、後ろに赤い弓兵を幻視しそうな物言いでした。隣に座るシロウが、小声であんにゃろうと呟いています。

 

 イリヤスフィールの説明で、彼女が何故主催者が座るべき座席ではなく、私達の対面に座っているのかわかりました。シロウの家の食事の時のような、団欒をもって迎えようとしてくれたのでしょう。

 

「あ、そうそう。料理を自分で取りたくなかったり手が届かなかったら、リズに言って。彼女が代わりに取るわ」

 

 イリヤスフィールに言われ、一礼したリーゼリットが我々の後方へと場所を移しました。王族であった私に対しての気配りでしょうか。どうやらイリヤスフィールは、正規のマナーと団欒を織り交ぜ迎えてくれるようです。

 

 彼女のもてなし方は私には快く感じたのですが、それに異を唱える者が。

 

「まったく、食事のマナーすら碌に知らないとは。お嬢様に庶民の真似事をさせるなど、さすが衛宮を名乗るだけはございますね」

 

 イリヤスフィールの後方に立つセラが、呆れと蔑みを隠さずに言い放ちます。思わずムッとして反論しようとしたのですが、言われた内容がシロウ自身が認めた事の為に否定できずに黙っていると。

 

「いいのよ。セラ。食事のマナーって言うのは、元々同席者や料理人に対する気遣いだもの。それと食材への感謝かしら? だから決まったルールを守るよりも、感謝を籠めて楽しく美味しく食べるのが正しいのよ」

 

 大らかな言い方でセラを諭し、シロウを庇ったのはイリヤスフィールでした。主人に言われ出過ぎた発言だったと思ったのか、セラは礼をしてから侍女らしい佇まいに戻りました。

 

 アインツベルンの主従のやり取りが終わると、傍観者に徹していたリンが「今のどっちに言ったのかしらね」と、誰に言うでもなく不思議な事を言っています。

 

「さ、折角の料理が冷めないうちに頂きましょう」

 

 この城に来てから、どこかおかしいリンは気になります。が、ホストであるイリヤスフィールの食事の開始の号令。情報提供の交渉を有利にする為にも、ゲストとしては従わざるを得ません。リンも必要な事でしたら、自分から相談してくださるでしょうし。

 

 意識を切り替え、テーブルに並べられた料理をさっと一瞥します。

 

 衛宮家と同様に自由に食べてよいと言われはしました。ならば目につく端から食べればいいかと言えば、否です。より美味しく味わう為には、ある程度の順番を考えねばいけません。

 

 見事な肉料理に目を惹かれますが、まずはスープかサラダと思い見れば、輝くスープが目に入ります。いや、あれはスープではなく肉の入った煮込み料理?

 

 見慣れぬ料理に目移りしている私に、ホストらしく気を使ったのかイリヤスフィールが声を掛けてきました。

 

「どうしたのセイバー?」

「……つい、見事な料理なので、どれを取ろうか迷ってしまいまして」

「ふーん? んー、別に遠慮しなくていいのよ。食べたければ全部食べてもいいし」

 

 そう言われても私だけの為の料理ではないので、一人で全部食べるのは憚られます。そう思った私に、イリヤスフィールとリンによる不意の追撃が。

 

「初めて見る美味しい料理がいっぱいあれば、セイバーは喜ぶだろう。ってアーチャーも言ってたし。って、これは内緒にしなきゃいけないんだったっけ」

「あら、それじゃあこの料理ってセイバーの為の料理なのかしら?」

「む、むー。そうね。認めたくはないけど、少なからずセイバーの為なんでしょうね」

「だそーよ。良かったわね、セイバー。衛宮君の家で食べるみたいに、遠慮なく食べなさいな」

 

 リンもイリヤスフィールも揶揄う訳ではなく、私が遠慮しているように見えて気遣ってくれたようです。それは素直に嬉しい。嬉しいのですが……。

 

 まるで私が食べ物に執着する食いしん坊が如く扱われ、羞恥で顔が火照ってしまう。それもこれも全て……。脳裏にニヒルに笑う赤い弓兵が浮かぶ。

 

「悔しいけど、凄く美味いぞ。セイバー」

 

 シロウにまで促され進退窮まり、早くこの話題を終わらせようと急いで料理を取ろうとすると、横からスッと料理が乗った皿が目の前に置かれた。

 

「……ありがとうございます」

 

 見兼ねたリーゼリットが料理を取ってくれたようだ。それも私が一番見ていた煮込んだ肉料理を。こうも周りに気遣われる恥ずかしさを表に出さぬようにして、一口大に切った肉を口に入れる。

 

「美味しい」

 

 柔らかだが歯ごたえを残した肉は歯に心地よい弾力を伝え、噛むごとに肉の旨味と野菜の旨味が溢れ出る。控えめの塩味が肉と野菜の味を引き立て、飲み込んだ後は柔らかな旨味だけが舌に残る。

 

 見た目の肉肉しさに比べあっさりと食べられる肉の塊は、気づけばなくなっていた。その時を待っていたかのようにリーゼリットが空いた皿を回収し、次なる料理が乗った皿を差し出した。

 

「ほう」

 

 新たなる料理を確認し、再びナイフで一口に切り口に入れる。今度は焼いたお肉のようですが、直接中に野菜などが入っているようです。噛みしめる度に感じる複数の食感が面白い。

 

 味はもちろん、香ばしさと歯ごたえが良い肉料理を食べ終え、肉ばかりなのもと思った矢先――――緑の葉野菜を中心に、黄色い柑橘類や白い野菜が乗った皿が置かれた。リーゼリットをちらりと見ると頷きが返ってくる。きっとこれも素晴らしい一品なのだろう。

 

 私とリーゼリットが真摯に料理と向き合っている間、シロウ達の会話も弾んでいた。

 

「あまり見たことはないけど、これってドイツ料理だよな」

「へぇー、よくわかったわね。シロウ」

「どーせドイツ料理にしたのも、アーチャーが何か言ったんでしょ」

「えぇ、本当は別の料理を頼んだのに、アインツベルンが客人を迎えるならこちらの方が相応しかろうって我がままを言われたわ」

 

 リーゼリットが選ぶ料理をもきゅもきゅと食べつつ、マスター達の会話に耳を傾ける。む、一尾丸ごと焼いた料理とは豪快ですね。うん? 焼き魚とは違った香ばしさ。焼いたのではなく揚げた物でしたか。

 

「本当は何をリクエストしたのよ」

「アーチャーが回った土地の料理よ。料理に統一性がなさすぎるとか、他にも色々理由付きでダメって言われたわ」

「なんだ、あいつってそんな複数の文化圏を跨ぐような英雄なのか」

「……衛宮君、もしかして諸外国に料理修行に行きたいの?」

「唐突だな。遠坂」

 

 野菜を食べ終えると、ポテトを使った料理が置かれ身構えてしまう。とある親類が得意としていた、砕いたポテトを連想する。出されたポテトは丸のまま使っていて、砕かれた様子はないが。

 

 選んだリーゼリットを信じつつも、おそるおそる切り分ける。知っている切り応えと違う違和感に、尚のこと慎重に口に運ぶ。すると予想外のクニュリとした歯ごたえと、ツルッとした舌ざわりに驚いた。ポテトの風味や味は感じるのに、上品で柔らかな味わいだ。

 

 噛めばモニュモニュと独特の反発があり、味は控えめだが濃い味の品を食べる合間の口直しに良いかもしれません。これ自体雑に作られた物ではなく、とても美味しいので食べ過ぎてしまいそうです。

 

「イリヤ、確認したい事があるんだ」

 

 皆が食事を楽しむ温和な雰囲気の中、微かに緊張を含んだシロウの声が聞こえた。何か大事な話をする気配を察して、食べる速度を落とし耳を傾ける。

 

「イリヤは切嗣の娘、なんだよな?」

 

 私の話を聞いて、シロウとしては確認せずにはいられなかったのでしょう。実の娘と養子のシロウ。聖杯戦争とは別の重大事。血の繋がらぬ相手に対して、イリヤスフィールはなんと返すのか。

 

「そうよ。だから切嗣の養子であるシロウとは、家族なのかしらね」

 

 心配で見守っていましたが、イリヤスフィールの自然な返しに杞憂だったとわかります。彼女は楽し気な態度を崩さぬまま笑顔で応えました。

 

 ホッと息を吐いたシロウも緊張を解いて笑顔になり、場の空気が再び緩みます。

 

「そうか、家族……か」

「……もしかしてシロウは私と家族になるのは嫌?」

「そんなことないぞ。むしろこんなに可愛い妹ができて嬉しいくらい……で……」

「妹?」

 

 イリヤスフィールに嫌? と言われわかりやすく動揺するシロウ。そんな彼を怒りを籠めてセラが睨んでいて、気づいたシロウが笑顔のまま固まる。

 

 自らの従者とシロウとのやり取りに気づいたイリヤスフィールが、笑ってはいたが愁いを帯びた寂しげな表情に変わる。

 

「本当はね、冬木に来るまではシロウのことを殺しちゃおうって思ってたの」

 

 内容とは裏腹に敵意が乗っていない言葉。

 

「私を迎えに来ないで、他所の人間を子供にして家族ごっこをしている。そんな切嗣が憎かった。でも切嗣は死んじゃった。だから代わりに、切嗣の子供になった男の子を苦しめて殺そう。そう思っていたわ」

 

 静かに語られる心の内の告白。

 

「そう、憎んでた。その筈だったのに、冬木に来てお母様や切嗣……ううん、前回の聖杯戦争に参加した魔術師やサーヴァント達が何を思ってどう戦ったのか。巻き込まれた人々が今をどう生きているか。それらを知ってわからなくなった」

 

 視線を下方に向け俯き気味だったイリヤスフィールが、ふと顔を上げ儚げな笑顔を見せる。

 

「辛いのは自分だけじゃない。それが当たり前のことだって知って、わからなくなったの……」

 

 悲しそうな印象を受ける彼女に引きずられるように、室内の空気が重くなる。

 

「知らなかったことを知って、何をしたいのかわからなくなって考えたわ。そして――――するべきことを見つけた」

 

 するべきことが何かを語らず、静寂が部屋を満たし時が過ぎる。言う気がないのか、或いは言えないのか、どちらかわからない沈黙が続く。

 

 家族故に気安く声を出せないシロウに代わり、沈黙を破ったのは私と同じ傍観者のリンだった。

 

「で、家族である衛宮君を助けるのがするべき事ってわけ?」

「違うわ。それは私がやりたい事だもの」

「じゃあなんなのよ」

「バカね、リン。言わないんだから教える気がないってわからないの?」

 

 澄まし顔で応えるイリヤスフィール。先程の印象から一転して、余裕をもって人の悪い笑みを浮かべリンを見下している。

 

「肝心な部分を誤魔化してよく言うわね」

「まあ、人の秘密を聞きたがるなんて、リンって節操なしなのね」

 

 言われたリンも真面目な表情から笑顔へと変わります。笑ってはいますが朗らかと言うにはほど遠く、明らかに怒っていますが。

 

「俺を助けるのがやりたいこと、か。そうだよな。家族だもんな。イリヤが辛かった分、兄貴として俺もイリヤを助けたいと思う」

 

 ある意味空気を読まずに発言したシロウに虚を突かれたのか、リンとイリヤスフィールがぽかんとした顔でシロウを見つめる。

 

 そしていつの間にやらシロウの背後に移動していたリーゼリットが、頭を抱くように背中から抱きしめ撫でた。

 

「いいこいいこ」

 

 後頭部をリーゼリットの豊満な胸部に埋める形で抱きしめられているシロウを、リンとセラが冷たい視線で射貫く。

 

 リーゼリットに抱きしめられて嬉しいのか顔を赤くさせつつ、リン達から軽蔑の視線を受けて怯え竦む。シロウも若い男性なので、異性にいちいち反応するのはわかりますが、もう少し上手い対応ができないものでしょうか。

 

 若すぎるマスターを憂いて、残りのポテトをはむっと口に含む。美味しい。

 

「ぷっ、ふふ、そうね。シロウがそう思ってくれるのは嬉しいわ。でも――――」

 

 シロウの醜態を見て噴き出したイリヤスフィールが、意図的に言葉を切って間を置いた。続く言葉は何か、全員で注視していると。

 

「私、シロウより年上だから姉なんだけど、妹の方がいい? おに~ちゃん?」

 

 にっこり微笑み、甘えるような猫なで声での問いかけ。そのように問いかけられれば、当然シロウの反応は予測できる。

 

「へ? あ、姉? イリヤが姉さん!?」

「えぇ、そうよ。おにぃちゃん」

 

 甘い声でおにぃちゃんと呼ばれ、混乱の真っただ中に陥るシロウ。妹だと思っていた相手に姉だと言われ、さらには姉なのに妹として可愛らしく振舞われた。混乱するのも理解できます。

 

 シロウの年齢を知らなかったので、私も二人の関係については具体的に触れずに話したのも、混乱の一端を担っていそうです。すいません、シロウ。と心の中で謝罪をし、気に入ったポテト料理を追加で取ります。

 

 シロウを家族と認めたイリヤスフィールはもちろん、熱烈な抱擁で歓迎をしているリーゼリット。二人の様子を見て、無事シロウがアインツベルンに受け入れられたようで一安心です。これで料理に集中できる。そう思ったのは早計でした。

 

 和やかな姉と弟の交流を裂いて、悲鳴のような震えた声が室内に轟きます。

 

「血の繋がらぬ義理の姉を妹扱いし、あまつさえおに~ちゃん呼びを強要するとは!」

 

 端的にシロウとイリヤスフィールの状況を表したセラの叫び。彼女の言葉を聞くと、シロウが倒錯的なことをしているように聞こえますね。あむあむ。やはりこのポテト料理は美味しい。

 

「お嬢様! 衛宮云々ではなく、この男自体が危険です! 今すぐにこの世からの排除を進言いたします!」

「は、排除って」

「望み通り、お嬢様に兄扱いされたのです。悔いなく果てなさい」

「イリヤ、セイバー、遠坂、なんとかしてくれっ!」

 

 魔術を発動させようとするセラに、危機感を抱いたシロウが助けを求めます、が。

 

「申し訳ありません。シロウ。今は少々手が空きそうにありません。あの香ばしいチーズと野菜が乗った料理が気になりますので」

「あ、それピザっぽくて気になってたのよね。セイバー、私の分も取ってくれる?」

「了解です。リン」

 

 にこにこと笑顔で見守るだけのイリヤスフィール。料理を食べるのを優先した私とリン。助けを求めても無駄と悟ったシロウがセラに向き直り、助命を求め始めます。それを横目に私達はのんびり料理を楽しみます。

 

 シロウは混乱したままで気づいていないようですが……。

 

 未だにリーゼリットが背後からシロウを抱きしめているので、セラも本気で魔術を放たないでしょう。それがなくともセラとて、自らの主が認めたシロウを、主の目の前で害するはずがありません。

 

「さぁお覚悟なさい。リーゼリットが離れた時があなたの最期です」

「なら、ずっとシロウにくっついておく?」

「え? ……それだと助かる……のか?」

「おのれ、お嬢様のみならずリーゼリットまで誑かしましたか!」

 

 戯れるシロウと侍女達を横目に、美味しく料理を頂く。時折、イリヤスフィールが料理の説明をし、リンと共に感想を返す温和な時間が過ぎていった。

 

 こうしてアインツベルン城でのイリヤスフィールとの晩餐は、シロウのおかげで十分に打ち解けられるものとなりました。


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