メディアさん奮闘記   作:メイベル

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幕間 セイバー 中編

「ハァァァァア!」

 

 頭上から迫る斧剣に向けて剣を振り上げる。斧剣を吹き飛ばすつもりで振った剣だったが、武器が交差した瞬間に互いに弾け、私とバーサーカー共に後方に数歩下がってしまう。そして体勢を崩したバーサーカーへとアーチャーの矢が飛来した。しかし結果は。

 

「無傷ですか」

 

 アーチャーの矢が着弾したのも構わずに、ゆっくりと息を吐いて斧剣を構え直すバーサーカー。その隙に後ろに下がりアーチャーの横に立ち私も呼吸を整える。

 

「ただの肉体が宝具級とは、厄介だな」

 

 内容とは裏腹に厄介そうな響が無いアーチャーの言葉。その理由は昨夜に比べ、バーサーカーの発する鬼気が弱いからだろう。相手が本気ではないから戸惑い本気になれずにいるようだ。

 

 アーチャーとは別の理由で私の方も全力が出せなかった。昨日『約束された勝利の剣』を使った影響で魔力が万全とは言い難く全力の戦闘が難しい。それでも手を抜いているとは言えバーサーカー相手に互角以上に戦えているのは、今朝方よりシロウから供給される魔力量が増えて安定したからだ。

 

 それらの事情以上にバーサーカーを含め私達が全力の戦闘を行わないのは、もう一つの戦いの結果を待っているからでしょうが。

 

 油断せず剣を構えつつも、チラリとバーサーカーから視線を外しマスター達を見た。私達の今後を決めるであろう戦いを。

 

 

 

 

 

「まったく、お嬢様が帰れと言うのですから、すぐにお引取り願いたいのですけどね」

 

 修道女のような白い装束――アインツベルンの侍女服――を着た女性が言葉と同時に炎を生み出す。魔術で生み出された複数の炎の塊は四方からシロウへと襲い掛かった、が。

 

「来る必要があるから来たのに、帰れと言われて帰る訳がないでしょう!」

 

 リンが同種の魔術で迎撃し、シロウに届く前に全てが相殺された。

 

「ふぅ、こちらが強硬手段に出る前にお帰りになった方が身の為かと思いますが」

 

 先ほど魔術を放った服の胸元が青い侍女の女性が言うと、魔術の激突跡の煙を鉄塊が引き裂いた。

 

「もう強硬手段に出てる気がするんだけどなっ」

 

 リンを守るように前に出たシロウが煙を引き裂き現れた、見るからに超重量のハルバートを振るう侍女の前に立ちふさがる。そして両手に持った複製したアーチャーの双剣を使い、振るわれるハルバートをいなした。

 

 昨夜のキャスターとの戦闘。それがシロウの技量を大きく上げたようだ。たった一度の戦いとは言え相手は英霊で、アーチャーの宝具の双剣を複製すると言う望外の奇跡まで開眼した。元々鍛えていた下地はあったのでしょうが、出会った頃に比べたら別人の如き剣裁きです。

 

「ご冗談を。お帰りになられる手間が省けるように、炎で火葬か粉々にして森の肥料にしてさしあげようとしているだけです」

 

 魔術師であろう侍女が、ハルバートを振るう侍女を援護する為かシロウに向け魔術を放った。先の再現のようにそれをリンが迎撃する。

 

「客人への持て成しのつもりかしら? そんな冗談しか言えないなんて、アインツベルンはメイドの教育がなってないわね」

 

 リンと魔術師の侍女が睨み合う。

 二人の中間でシロウともう一人の侍女が攻防を繰り返していた。縦横無尽に振るわれるハルバート。技巧は見られない攻撃ではあったが、尋常ではない膂力での攻撃にシロウの双剣は何度か折られ砕かれ、その度に剣を複製してなんとか耐えている。

 

 イリヤスフィールに会う為にアインツベルンの森に入った私達。結界を解除しながら森の中を進んで少しすると、バーサーカーを連れた二人の侍女達に出会った。彼女達にイリヤスフィールに会いに来たと伝えたのだが、お嬢様は会う気が無いと返答され戦闘になって今に至る。

 

 マスター達がイリヤスフィールに会うのを諦めなかったので、私とアーチャーがバーサーカーを引き付け時間を稼いでいるのだが……。

 

「さっきから聞いてれば偉そうに。メイドだったらメイドらしく、紅茶でもいれてなさいよ!」

「お茶の支度をするだけがメイドの仕事と思われては心外ですね。下賤な輩が主に近づかないようにするのも十分メイドの仕事の範疇です」

 

 イリヤスフィールに会える様に説得しようとしていたマスター達の会話が……と言うかリンと魔術師の侍女の会話が口喧嘩のようになっていった。

 

「誰が下賤ですって!」

「おや、自覚がおありのようで」

「ふんっ、その下賤な相手を追い返せないメイドを使ってる辺り、ご自慢の主の実力も知れてるわね」

 

 リンの言葉に魔術師の侍女の表情がピキリと固まる。リンは当初は説得していたはずなのですが、今は完全に売り言葉に買い言葉を言っていますね。短い付き合いですが、やられたらやり返す性格だとは知っていますが……。

 

 侍女の方もリンに負けず劣らず、魔術の行使をそっちのけで会話に応じ始めた。

 

「他のサーヴァントに勝てないから、お嬢様に助力を求めに来た方がよくも言いますね。どうせ同盟をしてほしいと縋りつきに来たのでしょう?」

「はっ、お生憎様、同盟なんて欠片も考えてないわよ! キャスターの情報を持ってそうだから、冬木のセカンドオーナーとして聞きに来ただけよ。抵抗するなら力尽くで吐かせてやるわ!」

 

 キャスターに関する話を聞きに来たのは事実ですが、それだけではなく場合によっては同盟を組むのも視野に入れていたはずです。なのにリンは自ら同盟なんてありえないと宣言しました。

 

 もはや説得ではなく、完全なる口喧嘩の様相を呈していたリンと侍女の会話に話し合いでの戦闘の停止は不可能と判断しかけたのですが、ここで変化が訪れました。

 

「馬脚を現しましたね。話を聞きに来ただのと嘯き、お嬢様を害そうとは。さぁリーゼリット、もはや容赦は必要ありません。すぐにそのゴミを片付けてしまいなさい」

 

 魔術師の侍女がそう言って指示を出すが、それに反してハルバートを持った侍女の動きが止まる。同時にバーサーカーの動きも止まり、場に怪訝な空気が流れた。

 

「リーゼリット、何をしているのですか。早くお嬢様の敵を叩き潰しなさい」

「ん、待って、セラ」

 

 リーゼリットと呼ばれた侍女は、剣を構え警戒しているシロウを無視してリンに話しかけた。

 

「セカンドオーナーとして、話をしに来た?」

「そうよ。街中に危険な魔術刻印を張り巡らせているキャスターに関して、この地の管理者として対処しなきゃいけない。だから情報がほしいだけよ」

 

 リンの返事を聞いてリーゼリットは特に何をするでもなく、じっと見つめるだけの対応をした。暫くどちらにも動きが無い時間が過ぎる。そうして時間が過ぎていくと、唐突にリーゼリットがハルバートの石突を地面につけた。

 

「わかった。イリヤの所まで案内する」

「リーゼリットッ!」

 

 セラと呼ばれた魔術師の侍女が、敵意が無い姿勢を示したリーゼリットを叱責した。しかし振り向いたリーゼリットは意に介さず、平坦な口調で反論を口にする。

 

「話を聞きに来ただけなら会ってもいい。イリヤがそう言ってる」

「お嬢様が……?」

 

 おそらくイリヤスフィールからの指示なのだろう。それを伝えられるとセラの方は顔を顰めた。リーゼリットの言葉の直後に、私とアーチャーに相対していたバーサーカーが霊体化し消え真実だと確信したはずだが、彼女の表情は変わらなかった。

 

「たとえお嬢様がそう仰っても、その男にお会いになるのには賛成しかねます。リーゼリット、その男は『衛宮』なのですよ」

「大丈夫。シロウは良い子」

「何を根拠に」

「自分が死にそうだったのに、私を傷つけないように戦ってた。だからイリヤも傷つけない」

 

 リーゼリットの言った内容は実にシロウらしいと思いました。話を聞きに来たのだから相手を傷つけない。危うさも感じますが、自らの信念を曲げぬシロウを好ましく思います。

 

 話の中心となっている当のシロウですが、何故『衛宮』だと会うのに反対されるのか疑問を持った様子。私達に都合の良い流れを断ち切って、聞こうか聞くまいか迷っているようでした。

 

 前回の聖杯戦争でアイリスフィールから聞かされた切嗣の願い。アインツベルンとは別の目的で戦っていた裏切りがばれていたのか、或いは聖杯を手に入れられなかった落伍者に対する敵意か。切嗣の事を伝えていないシロウには『衛宮』を敵視する侍女の言葉を理解できなかったのでしょう。

 

 命を賭け聖杯を求めていた切嗣が最後に令呪で命じた内容。ありえない指示。それが原因で敵視しているのならば、私も侍女達に尋ねたかった。何故切嗣は聖杯を破壊したのかと。……ですが今はその感情を抑え、シロウの側に向かい小声で声をかけました。

 

「シロウ、衛宮とアインツベルンの関係は今は」

「セイバー……。そうだな。今はバーサーカーのマスターに会うのが先か」

 

 気持ちを切り替えたシロウは双剣を消して二人の侍女を順番に見ました。それから向けられる敵意を意識的に無視して、普段と変わらぬ声音で彼女達に語りかけ始めました。

 

「イリヤスフィールって子を傷つける気はない。ただ話を聞きたいだけなんだ。だから会わせてくれないか?」

 

 シロウの言葉を聞いてさらに渋面を作るセラ。それでも主からの命だからなのか、溜息をついてから表情を戻した。シロウに向けられた敵意は隠しきれていなかったが。

 

 かわりにリーゼリットの方はシロウに好意的な態度でした。もしかしたら彼女の後ろに居るイリヤスフィールの影響なのかもしれません。そう思ったのは彼女の次の台詞からです。

 

「イリヤでいい」

「ん? えっと、もしかして呼び方?」

「うん、イリヤって呼んで良いって」

 

 無表情だった彼女の微かな笑顔は、同性の私ですら一瞬ドキリとするほど優しげで眼を惹きました。シロウも同じだったようで見惚れた事を隠すように咳払いをして誤魔化しています。隠しきれていないシロウへ、前後から殺気が膨れ上がりましたがあえて無視したようです。

 

「わかった。じゃあ改めてお願いしたい。イリヤに会わせてくれ」

 

 シロウの願いを聞いて、リーゼリットがしっかりと頷きました。

 

 

 

 

 

 深い森の中にそびえるアインツベルンの城。前回の記憶を思い起こされる場所。

 

 壊されたはずの正門は傷一つ無く直されていて、重厚な音をたて開かれていく。門を開き進む侍女達に続き、私達もホールへと足を踏み入れた。複数のシャンデリアに灯された明かりで、夜だというのにホールの中はよく見渡せた。高価だと一目でわかる調度品が壁際に多数並び、さらに奥へと続く階段が見えた。

 

 私達がホールの中ほどに進むと、階段の中層に立つ少女が微笑みながらシロウに言葉を投げかける。

 

「いらっしゃい、シロウ。来るのはもう少し先になると思ってたけれど、こんなに早く来てくれて嬉しいわ」

 

 シロウは急に声をかけられて、どう答えてよいかわからず戸惑っていた。そんな彼を微笑ましく見ていたイリヤスフィールは次の相手へと視線を向ける。

 

「そして古き盟約の友、トオサカの末裔トオサカリン。ようこそ、私の城へ」

 

 シロウに向けるのとは違った笑みでリンを見る。対するリンは黙して語らず、歓迎の意を表すイリヤスフィールを鋭い眼つきで見ていた。リンの態度に何か言うでもなく、少々の間を置いてからイリヤスフィールは挨拶を続ける。

 

「アーチャー、歓迎するわ。だからそんなに警戒しなくても平気よ。それに警戒した所で無駄だって、貴方ならよくわかっているでしょう?」

 

 サーヴァントらしく何時でも動けるようにしていたアーチャーに、イリヤスフィールが傲慢とも取れる発言をした。けれど内容とは裏腹に籠められた声音は慈しむような響だった。言われたアーチャーはと言うと、己のマスター共々厳しい眼つきでイリヤスフィールを見たままだ。

 

 アーチャーへの奇妙な挨拶は気になったが、それよりも次に来るであろうイリヤスフィールの私への言葉に身構えてしまう。彼女はきっと私を怨んでいるだろう。彼女の母とした守れなかった約束が私の胸を締め付ける。

 

 せめてもの償いに彼女の憎悪を受け止めよう。そう思い真っ直ぐ彼女を見ていたのですが。

 

「大丈夫よ、セイバー。私は怨んでいないし、イリヤもわかってくれたわ。貴女が本当に私を守ろうとしてくれた事を。私の方こそごめんなさい。貴女の献身に応えてあげられなくて」

 

 聞こえくる澄んだ声音と落ちついた口調はイリヤスフィールのものではなかった。喋っていたのはイリヤスフィールだが、聞こえてきた声はまるで。

 

「アイリス……フィール?」

「私達は繋がっているの。過去に産まれた同胞達。死した後も受け継がれていく。お母様は確かに居なくなってしまったけれど、私の中にちゃんと居るわ」

 

 私の呟きにイリヤスフィールが応える。声音も口調も彼女自身のものに戻り、言った内容を正確には理解できなかった。けれど彼女の伝えたかった想いは伝わってきた。

 

 正式なマスターではなかったが、共に戦場に向かったアイリスフィール。夫と娘の為に懸命だった彼女を思い出していると、イリヤスフィールが侍女達に指示を始めた。

 

「丁度良い時間だし、話をするのは晩餐の後がいいわね。セラ、リズ、シロウ達を部屋に案内してから準備をしなさい」

 

 侍女達が指示を受けて黙って礼をする。それを見届けイリヤスフィールが背を向け階上へと脚を向けたのだが、一歩進みピタリと止まるとすぐに振り返った。振り返った彼女は私達をじっと見て、客人を迎える城主の表情から悪戯を思いついたようなやや人の悪い笑顔へと変わる。

 

「あぁいけない。思わぬ来客で大切な事を確認し忘れてしまったわ。ねぇリン、あなた達はキャスターの情報を聞く為に来たのだったかしら?」

「そうよ」

「ふふふ、だったら話してあげる分の対価を貰う必要があるわよね」

 

 イリヤスフィールの言葉で場に緊張が走る。価値があればあるほどに払うべき対価も増えるのが道理。ライダーとアサシンを従えている現状最大勢力であり、最も聖杯に近いと思われるキャスターに関する情報が安いはずがない。

 

 どのような要求をされるかわからず、私は緩みかけていた気持ちを引き締めしようとしたのですが、またもイリヤスフィールからは予想外の言葉が出てきた。

 

「対価は晩餐の料理をシロウ……いえ、アーチャーが作る事。セラ、アーチャーのサポートをしてあげなさい」

 

 そう言い切ると背を向け、今度は振り返らずに奥へと去って行った。その間、私達は黙ったまま見送り、侍女達は礼をしたまま動かなかった。

 

 イリヤスフィールが影に消えると、私はアーチャーとリンへと視線を移した。きっと今の私の視線は訝しげなものだろう。

 

 マスターでもない相手に料理を作れと言われたアーチャー。道理を弁えている彼なら対価を払えと言う魔術師らしいイリヤスフィールの言葉に従うかもしれない。

 

 しかし自身のマスターを第一に考えるサーヴァントらしい態度を貫いていた彼が、何も言わずに別のマスターの言葉にただ従うだろうか? 従うにしてもリンに裁可を問うのではなかろうか? 無言を通せばイリヤスフィールの言葉に是と答えたのと同じだと理解しているでしょうに。

 

 マスターであるリンの態度もおかしかった。彼女の性質なら対価の要求に納得はしても、自分のサーヴァントが対価の対象にされれば、何かしら言わずに居られないはずだ。

 

 ですがリンもアーチャーも不満どころか一言も発する事なく、侍女達の案内に従い歩き始める。シロウも二人に続き、私も遅れぬように先の疑問を心に留め足を進めた。

 

 見知った城内を歩き進む内に少しだけ胸の鼓動が早くなった気がする。予感がした。イリヤスフィールの不思議な対応。リンとアーチャーのらしくない態度。きっとこの後にキャスターの情報を聞くだけでは終わらない。彼女等が関係するのか、吉事か凶事か何が起こるのかはわからないが、何かがあるのだと。

 

 ふとアイリスフィールの顔が浮かぶ。この後に何があろうとシロウを守ろう。我が身命に賭けて必ず。

 

 足音だけが響く城内で静かに誓う。果たせなかった誓いを今度こそ果たす為に。


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