「ここに居たのか、セイバー」
一人静かに黙想をしていると声が聞こえた。その声に応える為、ゆっくり目を開き声のした方向へ顔を向ける。眼を向けた先には、道場の入り口に立ちジッと私を見つめるシロウがいた。
「どうしました? シロウ」
「え? 綺麗だなって、あ」
「シロウ?」
「ち、違うぞ、セイバー! 姿勢とか佇まいが綺麗だって事で、でもだからってセイバーが綺麗じゃないって意味じゃなくて、つまり、なんて言うか」
立ち上がり、慌て始めたシロウへと歩み寄る。近くまで来た所でそっとシロウの手を握り、目を見ながら諭すように言葉をつむぐ。
「落ち付いてください、シロウ。貴方が私の容姿を貶したいのではないのは、ちゃんと伝わっています」
「そ、そうか」
「それよりも何か用事があったのではありませんか?」
「あ、あ~、そうだった。朝飯ができたから探してたんだ」
朝食ができたので私を呼びにきてくれたのですか。わざわざ母屋から離れた場所にあるここまで探しに来させてしまうとは、いらぬ手間をとらせてしまいましたね。
「食事を用意した上に、余計な手間をかけさせてしまったようで申し訳ありません」
「いや、そのくらい気にしないでくれ」
シロウの作る食事は楽しみだったので、作り立てを食べられるように探してくれたのには本当に感謝したい。その想いを示す為に目礼をすると顔を逸らされた。
「え、えっと、セイバーは道場で何をしてたんだ?」
「昨夜の戦いについて思い返していました」
「そ、そうか……」
答えるとシロウは顔を逸らしたまま固まる。このままでは折角の食事が冷えてしまうのではと心配になり、さてどうしたものかと悩み始めると控えめな声が聞こえてきた。
「あの、セイバー……さん。そろそろ手を離してくれませんか」
食卓に着き用意された品々を眺めると、今日も美味しそうな物が並んでいた。湯気立つスープを目にし、温かい内にすぐにでも味わいたかったのだが。
「遠坂のやつ遅いな。すぐに戻るって言ってたんだけど」
リンが未だに現れず食べ始める事ができなかった。シロウの家では食事は全員が揃ってからが習いのようなので、仕方なく我慢する。
「リンはどこかへ出かけたのですか?」
「ああ、本格的に拠点をうちに移すらしくってさ、必要な物を取りに自宅へ行ってる」
「なるほど」
待つ間の慰めにと疑問を口にしたが、意識を他へ向けようとすると余計に目の前の食べ物が気になってしまう。会話をしつつも視線はあの赤くて美味しそうな粒々した食べ物に。
くっ、シロウを見もせず会話をするなど失礼にもほどがある。そう思い精神を律し、しっかりとシロウを見ました。が、視線をずらす時に見えた焼いた卵の見事さが気になり、チラチラと見てしまう。
「いつ戻るかわからないし、先に食べてても良いと思うぞ」
「いえ、全員揃って食べ始めるのが決まりなのでしょう? ならば私だけ先に食べるわけにはいきません。それよりもシロウ、今日はタイガは来ないのですか?」
「藤ねえは何か急用があるとかで、準備とかあって朝は来れないって連絡があった」
「それは残念ですね」
「遠坂が居るのを説明したくないから助かったって気分だけどな。まぁ遠坂が居座り続けたら、結局はそのうちバレるんだろうけど」
リンの話を始めると玄関から何者かが入ってきた音がした。その人物は慣れ親しんだかのように自然な気配のまま家内を進み、明るい声と共に居間の戸を開ける。
「おっまたせ~、衛宮君、セイバー。どこかの誰かさんが我侭言うから遅くなっちゃったわ」
居間へと笑顔で入ってきたのはリンだった。その後ろには実体化したアーチャーが険しい顔で続く。
「誰が我侭を言った。君が無駄な事をしようとするからだろう」
「ふ~ん、まだそんなこと言うの。さっさと令呪を使ったほうがいいのかしらね。朝食をちゃんと食べなさいって」
「…………」
道中にアーチャーも朝食に参加するように説得でもして遅くなったのだろうか。本来は食事を必要としないサーヴァントを、何故リンは朝食に参加させたいのだろう。
「チームワークなんて柄じゃないんだけどね。そういうのも必要かなって、昨日の戦いの後思ったのよ。だからまずは朝食を皆で食べましょうって訳よ」
「なるほど、同じ釜の飯を食うを実践するって事か」
私と同じ様に疑問が顔に出ていたシロウにリンが説明している最中もアーチャーは不機嫌だった。令呪を使うと言うのは冗談でしょうし、シロウの作る食事はサーヴァントであっても味わうだけの価値があると思うので、不機嫌にならずとも良いでしょうに。
「話も纏まったようですし、そろそろ食べ始めましょう。折角のシロウが作ってくれた料理が冷えてしまいます」
「纏まってないのだが……」
私が睨むとアーチャーは言葉途中で黙り口を閉ざした。そんなに驚いた顔をしなくても何もしませんよ、アーチャー。ただ少しだけ、そろそろ我慢の限界できつく睨んでしまっただけです。
「じゃあすぐに遠坂とアーチャーの分も用意するから座っててくれ」
シロウがキッチンへ向かうとリンとアーチャーも席に着いた。
「……ちょっとアーチャー。セイバーが怖いんだけど、あんた何かしたの?」
「……竜の逆鱗に触れてしまったかもしれん」
小声で話し合っている二人を無視して目の前の料理を凝視する。あぁ今日のご飯もとても美味しそうです。
「さて、それじゃあそろそろ始めましょうか」
食後にのんびり座っているとおもむろにリンが話し始めた。突然話し始めたので、片づけを終えたばかりのシロウがきょとんとしている。
「遠坂、始めるって何をだ?」
「決まってるでしょ。昨日の反省と今後についての話し合いよ」
リンの言葉を聞いて部屋に緊張が走る。昨夜のキャスター達との戦い。あれはよく言っても引き分けだった。いや、宝具を使っても誰一人倒せなかった事を考えれば、明らかな敗戦。
「セイバー……」
悔しさで歯噛みしているとシロウに名を呼ばれた。彼の声を聞いて思わず顔を俯かせてしまう。宝具を使用したというのに、何も結果を残せなかった情けなさから。
「そんなに落ち込まなくてもいいんじゃない、セイバー。次勝てばいいのよ」
「しかし、いえ、そうですね」
「で、昨日の反省はこれで終わり」
「……良いのか? それで」
「良いのよ。終わった事を悩むより、未来へ向けて悩んだほうが建設的でしょ?」
「そうかもしれないけど」
「それよりも、貴方達に聞きたい事があるのよ」
リンがシロウ、アーチャー、私とそれぞれに視線を飛ばし、コホンと咳払いを一つして軽い調子で質問を口にした。
「ねぇ、アーチャー。イリヤスフィールが貴方の事を言っていた時の反応がおかしかったと思うのよね。自分がアーチャーを侮る訳がないって。あれについて思い当たる事はある?」
「いや、特にないな。単に見知らぬサーヴァントに対して警戒していただけだろう」
「ふ~ん、そう」
「凛、その含みがあると言わんばかり返事は何かね?」
「別に何でもないわよ。それとも私の返事が気になるような何か隠し事でもあるのかしら?」
「……そんなものはない」
笑顔でアーチャーを切り伏せ、リンは次に私を見てきた。
「セイバー、貴女の真名ってアーサー王で合ってる?」
「はい。本当の名はアルトリア・ペンドラゴンと言いますが、ブリテン国の王、アーサー王と言うほうがわかりやすいでしょうか」
「はぁ、あのアーサー王がまさか女性だったなんて驚きね」
昨夜エクスカリバーを見て私がアーサー王だと確信していたようですが、本人の口から明かされ改めて驚いているようですね。リンは軽くでしたが、シロウは目を見開いて私を見てきます。アーチャーも私を見ていましたが、目を合わせたら逸らされました。
「それともうひとつ、前回の聖杯戦争でアインツベルンのサーヴァントだったって言うのは?」
「事実です。私はアインツベルンの代表として参加した魔術師に召喚されました」
「同じサーヴァントが二度も聖杯戦争に呼び出される、か。そんな偶然もあるのね」
今回の聖杯戦争で敵であるアインツベルンの側に前回居た私に、詰問があるのではないかと思っていたのですが。
「リン、それだけですか?」
「ん? ええ、そうだけど?」
特にそれ以上何かを聞かれる事はなく、私への話は終わりとばかりに今度はシロウへと顔を向けるリン。その表情はアーチャーや私の時と違い、笑顔なのに言い知れぬ圧力があった。
「衛宮君、確か魔術は強化しか使えないって言ってたわよね」
「あぁ、その強化も中途半端な半人前だけどな」
アーチャーと私の時とは別物となっている笑顔に気づかないシロウは平然と答えた。鈍感と言うか人が良いと言うか、リンの刺さるような気配に気づかないとは。
予想通り、この後リンの笑顔は剥がれ落ちシロウは苦難を迎えます。
「ふっざけるんじゃないわよ! 誰が強化しか使えないですって? あんたが昨日使ってた剣はアーチャーの宝具よね! あれは一体どういうことよ!」
「へ? 待て遠坂! なんでそんなに怒ってるんだ!?」
「はぁ? なんで怒ってるかですって? あぁぁぁあ、もう! こんの天然! 百歩譲って強化以外の魔術が使えたのは良いとして、英霊の宝具を使ったって意味がわかってないようね!」
そこからはリンのお説教が始まった。シロウは理解していなかったようですが、現場を見ていない話を聞いただけの私ですら、シロウがアーチャーの宝具を使ったのには驚いた。それを目の前で見たリンからすれば、説明がなければ納得は出来ないのでしょう。
英霊が持つ宝具はただの武具ではない。武具としての特殊性や内包する神秘についてだけではなく、それぞれの英雄の生き様や人生を共に歩いた半身と言える存在なのだから。それを一介の魔術師が使ったと言うなら、下手をすれば使われた英雄から不興を買い殺されかねない。
私個人としては、マスターが自衛の手段を持っていたので良しとしています。ですがシロウがもし私の聖剣を使ったとしたら、リンのように問い詰めずには居られなかったでしょう。
「非常識にもほどがあるわよ! 投影で宝具が作れるわけがないでしょ!」
「いや、でも実際できた訳で」
わいわいと騒ぐ二人を横目にアーチャーの様子を窺いました。自身の宝具を使われた彼が、どういう反応をするか心配になったから。しかし私の心配は杞憂だったようです。
アーチャーはとても優しく微笑んで二人を見ていました。少しだけ寂しさを感じさせる微笑でしたが、それでもいつも険しい表情の彼らしくない表情。予想外の反応に思わず彼を見続けてしまいました。
ふと、私が見ているのに気づいたアーチャーが笑顔を消してそっぽ向いてしまいました。微笑んでいたのを見られしまったと思ったのか苦々しくしています。私はそんな彼を見て、初めて素の感情を見せてくれたようで嬉しく思いました。いつも私に対して壁を作っていたように感じていたので尚更に。
一時的な同盟とは言え、共に戦うのだから少しは気を許して欲しい。そんな思いが私の中にあったのかもしれません。ジッと見たままの私に気づいたアーチャーが、余計に顔を顰めたのを見てクスリとしてしまいました。意外と感情が顔に出るのですね。
「まぁいいわ。まだまだ言い足りないけど、それが衛宮家の魔術の秘奥だって言うなら内緒にしてたのも仕方ないわよね。むしろ尊敬するわよ」
私がアーチャーの意外な反応を見ている間にリンが納得しシロウへの詰問が終わった。と思ったのですが。
「秘奥って訳じゃないな。魔術を教えてくれた爺さん――親父からは投影じゃ使い物にならないから、強化を鍛えたほうが良いって言われて強化の訓練ばかりしてたし」
「……じゃあ何? 宝具の投影は衛宮家の秘術でもなんでもなくて、突発的に思いついてやってみたら出来ました。とでも言うの?」
「あぁ、キャスターが自分の使った魔術は投影の一種だって言うのを聞いて投影魔術の事を思い出して、咄嗟にやってみたんだ」
朗らかに説明するシロウに対し、顔を下に向けふるふると震えるリンを見て、立ち上がりシロウの横からアーチャーの側へとこっそり移動しました。シロウが行ったアーチャーの宝具の複製が、魔術師であるリンの心をどれほど抉っているかは想像に難くありません。
宝具を複製する等と言う魔術は、あの稀代の魔術師であったマーリンでさえ行えなかった奇跡。かの御仁に可能ならば、私に複製した鞘を授けてくれていたはずです。一流と言って差し支えないマーリンすら超える魔術。それが昨夜のシロウが起こした奇跡。それをやってみたらできましたと言われては。
私がアーチャーの横に腰を下ろした丁度その時、リンが顔を上げシロウに襲い掛かりました。
「今後についての話し合いは、暫く出来そうにありませんね」
「そのようだが……。止めなくて良いのかね?」
「英霊の宝具の複製。その意味をシロウはしっかりと自覚する必要がありますから。それよりもアーチャー、宝具を複製された貴方は、シロウに何か思うところがあるのでは?」
「ふん、あのような出来損ないの紛い物に何を思えと」
アーチャーの言うように紛い物で質が高くなかったのかもしれませんが、それでも彼の度量に感心しました。私が彼の立場なら、もっと心乱されていた気がしたので。
「大人しくしなさい! キャスターに何かされてないか調べるだけだから!」
「それは昨日寝る前にしただろ!? 特に問題なしって、遠坂が自分で言ってたぞ!」
リンに組み敷かれながらも抵抗をするシロウ。顔が赤く上気しているので必死だとわかります。それにも関わらずシロウを組み伏せたままのリンは、相当修練を積んでいるようですね。
そんな風に二人を見ていると隣からため息が。その後アーチャーはキッチンへと向かい、少ししてから戻ってきました。
「食後のお茶を用意した。マスター達のじゃれ合いをただ見ているよりも、茶でも飲んでいたほうが有意義だろうさ」
「ありがとうございます。アーチャー」
リンの気が済みシロウが自覚するまで、アーチャーの用意したお茶を美味しく頂きました。
「ま、待たせたわね」
息を整え衣服を直しながらリンが居住まいを正しています。顔に爪痕が残るシロウも、言葉はありませんでしたが疲れた様子で姿勢を正しました。
シロウは単純に疲労したと言う訳ではなく、事の重大さを知ったのでしょう。リンに色々と言われ自分の使った魔術の意味を自覚したようで何よりです。
「ふぅ、それで今後についてなんだけど……。今世の破壊を望む、なんて言うキャスターを放っておく事は出来ないと思うのよね」
「遠坂、その事なんだけど」
「ん、何かしら? 衛宮君」
リンの話にシロウが割って入ります。顔は真剣で真面目なのはわかるのですが、リンがつけた爪痕が少し残念な印象です。
「昨日戦ってみて、やっぱりキャスターが悪人だなんて思えない。ちゃんと話し合えば何とかなるんじゃないか?」
「……そう思う根拠は何かしら?」
「……なんとなく、だな」
特に根拠を示さなかったシロウを黙って見続けるリン。彼女の気性から考えて、一考の価値がないと思ったのならそのような態度はとらないでしょう。ならばシロウの援護と言う訳でもありませんが、私も今朝方思い返し感じていた事を話しましょう。
「リン、あくまでも私のキャスターに対する印象なのですが、本当に世界の破滅を願っているとは思えません」
「ふむ……。続けて」
「悪逆非道な宣言をしたにもかかわらず、キャスター達は実質1対1の決闘に応じました。彼女達の能力を考えれば、本気で私達を倒す気ならもっと搦め手もあったはずです」
私とアーチャーを押さえ、その間にマスター達を討ち取る。そうも取れる状況だったが、それにしては詰めが甘い。その場合は如何に素早くシロウとリンを倒すかが肝になるはずが、シロウ達と会話をしたらしいのが解せない。単なる余裕だったのかもしれませんが。
それに山林で見たキャスターの魔術の腕前から考えれば、私とアーチャーにマスター達を守らせ、そこにライダーとアサシンを切り込ませれば良い。二人とも片手間に戦える相手ではなく、そうなれば私達は簡単に追い詰められたはずです。
他にも結界内にマスター達だけを取り込み討ち取る方法もあったでしょう。シロウとリンがサーヴァント3人を相手に出来る訳がなく、私とアーチャーが外から結界を破壊する間に決着がついていたでしょう。それを避ける為には令呪を使う事になり、戦いの場を整えるだけで確実な消耗を強いられる事になったでしょうね。
宣言通りに世の破滅を願っているなら、手段など選ばずに私達を殺しにくるのではないのでしょうか。だと言うのにわざわざリンが声に出した作戦通りに、此方の意図に付き合った。彼女が語った願いと実際の行動がチグハグな印象を受ける。
「それとライダーとアサシンの態度です。キャスターの考えに賛同してるにしても、キャスターが危機に陥った時の二人の必死さは破滅を願う者達には思えなかった」
「キャスターの命を最優先って、令呪で命令されてたのかもしれないわよ」
「私は令呪で命令された以上の必死さを彼等に感じました。アーチャー、貴方はどうですか?」
「……確かにな。例え令呪を使われたとしても、望まぬ命令ならばあのように必死にはならないだろう」
「それは経験談かしら? アーチャー」
リンの問い掛けに肩を竦めるだけで応じるアーチャー。リンの消えた令呪の一画は望まぬ事に使われたのでしょうか。アーチャーの態度を見るに望まぬ命令をされたようには見えませんが。
と、逸れた思考を戻し再びキャスターについて発言した。
「キャスターが本当に世界の破滅を願っていたとして、それを叶えるか迷っているのではないでしょうか」
三人が此方を見つめる。自分が感じる違和感を伝える為に、焦らずゆっくりと言葉を重ねた。最もキャスターに対して違和感を覚えた出来事を思い返しながら。
「私が宝具を使おうとした時、キャスターは『私を試してみなさい』と言いました。他者を省みず破滅を望む者が、自分を試せ等と言うとは思えません」
「なるほどねぇ。確かに普通ならセイバーの宝具に正面から挑む理由がないわよね。正体がアーサー王だとわかってて正面から宝具の攻撃を受けるなんて、狂人じゃなければ自殺志願者か断罪を望む罪人くらいか」
リンの言葉にズキリと胸が痛んだ。前回の聖杯戦争で相対した我が友。過ちを犯した己を許せず、私からの断罪がなかったばかりに闇に落ちた騎士の中の騎士。彼を手にかけた感触は今も残っている。前回の聖杯戦争は十年前の出来事だが、私にとってはつい先日の事なのだから。
「それにさ、俺が無事なのがキャスターが悪人じゃない証明になるんじゃないか? 昨日キャスターに魔術で何かされたのに無事なんだからな。自慢じゃないが、魔術師の英霊がその気なら何かされて無事で居られる自信はない」
「それ、本当に自慢になってないわよ」
真面目に情けない事を言うシロウに、私とリンは思わずクスリと笑ってしまう。断罪と言う言葉から思い出して落ち込んだ気持ちが軽くなった。
明るくなった場に沿う様にリンが気軽な調子で結論を語る。
「ん~、衛宮君とセイバーの言いたい事はわかったわ。キャスターが破滅を望むただの悪人じゃないかもってのは。でも街中の魔術刻印に間桐にした事を考えると放置は出来ないのよね」
「……ん、そうだな」
「衛宮君、今桜の事を考えたでしょ。大丈夫よ。たぶん生きてるから。キャスターは『間桐桜を攫った』って言ったのを覚えてる? 殺したり魔力炉にでもしたなら、あんな言い方をしないと思うのよね」
一瞬暗い表情を浮かべたシロウですが、リンの言葉を聞いてすぐに顔を明るくしました。
「とは言え、じゃあなんで攫ったんだって話なんだけど」
「キャスターに聞けばいいんじゃないか?」
「無理よ。あっちに話す気があるなら、昨夜敵対なんてしなかったでしょうね。話し合いに行っても今度は門前払いがオチよ」
腕を組み考えに耽るリン。シロウも真剣な表情でリンの考えが纏まるのを待っていた。少しして腕を解いたリンは、アーチャーが用意していたお茶を自分で注ぎ一口飲み、ことりと茶碗を置いてから話し始めた。
「何よりもキャスターの行動がちぐはぐで、何をしたいのかわからない。問題はそこよね。本気で敵対するにしろ、和解するにしろ、情報が足りない。でもキャスター本人とは話し合えそうにない。放置も出来ないけれど行っても昨夜の二の舞になりかねない」
リンは一旦言葉を区切り、私達を見渡してから結論を口にした。
「じゃあ知っていそうで敵対していない相手に聞くしかないわよね」
「つまりどうするんだ? 遠坂」
「居るでしょう? キャスターの事を知っていそうで私達、って言うか衛宮君の味方になりそうな人物が」
リンがどうするつもりかシロウも気づいたようでハッとします。私は少しだけ複雑な思いでリンの言葉を聞いていました。
「バーサーカーのマスター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに会いに行くわよ」