メディアさん奮闘記   作:メイベル

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閑話 冬の日 逢瀬 後編

 宗一郎様からの命を受けてすぐさま自室へと戻った私は、重大な選択を迫られていた。

 

「これがいいかしら? いえ、もっと慎重に選ぶべきね」

 

 大切な選択に悩んでいると、背後からライダーの疑問の声が聞こえた。

 

「キャスター、何をしているのですか?」

 

 私は背後のライダーへと向き直り、胸を張って答えた。

 

「宗一郎様の供をする為に、着て行く服を選んでいるのよ!」

「……なるほど。頑張ってください」

 

 持っていた本に目を落とし読書を再開したライダーに、再び背を向け服を選ぶ。

 

「落ちついた感じがいいけど、周りからおばさんとか思われたくないわね。だからと言って派手で狙いすぎた服も宗一郎様と釣り合わないし。あぁ、悩ましい」

「…………ハァ」

 

 マスターに恥をかかさぬように最善の洋服を選ばなくては。

 

 服選びに集中していた私には、ライダーのため息は全く聞こえていなかった。

 

 

 

 

 

「宗一郎様、どこへ参りますか?」

 

 バスで新都へとやって来た宗一郎様と私は、駅前ターミナルに立っていた。柳洞寺周辺とは違い、この辺りは人が大勢歩いていた。家族連れがちらほら見受けられるのは日曜日だからだろうか。

 

「まずは店を何個か回ってみるとしよう」

「はい、わかりました」

 

 懐から取り出した手帳を見て行き先を決めた宗一郎様のやや後ろから、遅れないように付いていく。でしゃばらず、前に出ず、けれどしっかり宗一郎様がわかるように供をする。

 

 そうして少し進むと宗一郎様が振り返った。

 

「聞くのを忘れていた。どこかお前が行きたい店があればそこへ行こうと思うが」

「気遣いは嬉しく思いますが、マスターのご予定を優先してください。主の予定に割り込んでまで行きたい場所などございません」

「そうか」

「はい」

 

 問答を終えると再びスーツ姿の宗一郎様と一緒に街を歩く。

 

 日曜日の日中、騒がしい街の気配に溶け込むように二人で歩いていると、後ろから宗一郎様を見ていて疑問が湧いた。

 

 冬だと言うのにコートを着ない宗一郎様は寒くないのだろうか。私は白いコートを着ているので寒さを感じないが、宗一郎様のお姿は寒そうに見える。

 

 有名な格言で、心頭滅却すれば火もまた涼しいとはある。宗一郎様ならその心境に達していそうな気はする。

 

 でもこう、精神は大丈夫でも肉体が耐えられない事もあるのでは? お仕事で疲れた時に、いつもより少しだけ寒さに負けたりする事もあるかもしれない。

 

 そう考えるとコートを買うのを薦めるべきかしら? けど必要なかったら大きなお世話だし、出すぎた真似はしたくない。だけど曲がり間違って風邪でも引いてしまったら、勧めなかった私の責任よね。う~~。

 

「どうした? 何かあるなら遠慮せず言うと良い」

「あ、はい、宗一郎様のコートを買うべきかなって、あ」

 

 心の中でどうしようかと悩んでいたら、振り返った宗一郎様の言葉に対して反射的に内容を口に出してしまった。言ってから失態だと反省し、どうフォローするべきか考えていたら。

 

「わかった。ではコートが売っている店に行くとしよう」

 

 そう言ってくださった宗一郎様は、言葉とは裏腹に私を見たまま動かなかった。何故私を見たままなのか、すぐにはわからなかった。

 

 だけどふと先程のお言葉を思い出して、何を言うべきかを悟った。私はちょっとだけ嬉しくなった内心を言葉に出した。

 

「宗一郎様に似合うコートを探したいので、紳士服のお店を回ってもよろしいですか?」

「うむ」

 

 頷いた宗一郎様は私の前を歩き始める。

 

 宗一郎様を知らない人から見たら、行き先を無理矢理私に言わせたように見えたかもしれない。或いはマスターとサーヴァントと言う上下関係を示す会話だったと取られるかもしれない。

 

 しかし実際は私の事を優先して気遣ってくれたのだ。言葉も少ないし分かり難い態度だったけれど。

 

 マスターの不器用な優しさに、私はクスリと笑って後に続いた。

 

 

 

 

 

 何軒かの紳士服のお店を回りコートを購入すると、今度は宗一郎様が手帳を見ながらお店を案内してくださった。

 

 化粧品や女性服のお店。可愛い小物が置いてあるファンシーショップやぬいぐるみの専門店。バッティングセンターでは宗一郎様は150キロの速球を見事に打ち返してらした。私はサーヴァントだと言うのに100キロを空振りして赤面してしまった。

 

 それから最近話題らしい恋愛映画を見て、日も暮れ夜になるとホテルの上階にあるレストランで食事をした。料理に合わせたワインを断る時の宗一郎様とソムリエのやり取りは少し面白かった。お酒を断られても、料理に合ったノンアルコール飲料を勧めるのはさすがだなとも思った。

 

 そうやって一通り二人で街を回ってご飯を食べて、星が見える夜の時間になり私達は海岸へ来ていた。

 

 ザァと鳴る波の音が聞こえる海岸で、他にはさくさくと私が歩いて砂を踏む音だけが聞こえる静かな夜。少し離れて私を見ていた宗一郎様に、演技をしていない素の自分で声を掛けた。

 

「今日、街へ来たのは私の為だったのですね」

「アサシンにお前が気疲れしていると今朝聞いた。マスターなら気晴らしをさせに街にでも連れて行ったらどうだとも言われたのでな」

「そうですか。では今日回ったお店は」

「女性を何処に連れて行けば気晴らしになるのかわからなかったからな。同僚の教師の方に伺った」

 

 宗一郎様の同僚で女性と言うと思いつくのは藤村大河。聞いて納得する。だからデートコースの中にバッティングセンターが入っていたのか。普通の女性なら選ぶ場所ではないが、彼女なら喜び勇んで金属バットを持つことだろう。

 

 しかしアサシンも余計な気遣いをしてくれる。セイバー達との戦いで、私がそんなに疲弊してたように見えたのかしら。……見えたのでしょうね。

 

「お気遣いありがとうございます。マスター」

「気にするな。最初に約束しただろう。助けると」

 

 宗一郎様の返答に足を止め苦笑してしまう。聖杯戦争について何一つ知らなかった時の、約束とも言えない一番最初に交わした言葉を律儀に守ってくださっている。それはとても嬉しくて、そして望んでいない事だった。

 

「宗一郎様、おそらく貴方は、私が敗れ居なくなったとしても聖杯戦争を戦ってしまうのでしょうね」

「……」

 

 無言で応えない宗一郎様へ向かい砂の上を歩いていく。

 

「私が心の中で望んでいる『幸せだった故郷へ帰りたい』という想いを叶える為に」

 

 私の言葉に、微かだが宗一郎様が表情を変えた。

 

 マスターとサーヴァントは魔力回線で繋がっており、記憶や深層意識が夢と言う形で相手に流れることがある。私と宗一郎様は現界する為の楔としての繋がりしかないが、それでもパスは通っている。

 

 だから私の無意識の望みを宗一郎様は知っているのかもしれない。そう考えていた。そして先程の宗一郎様の態度で私の望みを夢に見たのだと確信する。

 

 でもそれは無意識の望み。私が本当に望む物ではない。

 

「宗一郎様、それはダメなのです。聖杯の力なら、幸せだったあの頃の故郷に私は帰れるでしょう。同時に過去を変えて別の道筋を歩む事もできるのでしょう。ですが」

 

 真っ直ぐ私を見る宗一郎様の頬を両手で包み込む。

 

「奇跡に縋り過去を変えては、私はまた奇跡を求めてしまいます。不幸な出来事がある度に、こんなのは嫌だと、不幸な過去など要らないと、一度は叶った奇跡に救いを求めて。もし奇跡に届かなかったとしたら、今度は悲嘆にくれて過ごすでしょう」

 

 宗一郎様の頬から手を離し、波打つ海辺へと進んで行く。

 

「奇跡で過去を変えた。それを成してしまえば人は無限に過去を変え、未来へと進めなくなります。どんなに過去を変えても不条理な出来事は起こります。悲しい思いもするでしょう。私達が居るこの世界は、非情で理不尽なのですから」

 

 ザァァと一際大きな波が起こり足元まで届いた。それを無視して、私は風に吹かれ乱れた髪を押さえながら振り返る。

 

「私は過去の改変を聖杯に望んでいません。聖杯の力を使い故郷へ帰ろうとも思っていません。私の願いは、私が自分で聖杯を使い叶えなくては意味が無いものです」

 

 髪を押さえるのをやめ、真っ直ぐ宗一郎様を見つめて言う。

 

「だから約束してください。私が居なくなったら、貴方は日常に帰ると」

 

 返事はなかった。宗一郎様は真っ直ぐ私を見たままだし、私もその目を見続けた。この場には波の音のみが聞こえ、時間だけが経っていく。

 

 そうして暫くした後、短い言葉を宗一郎様より受けとった。

 

 

 

 

 

 柳洞寺の自室に戻った私はライダーに声を掛けた。

 

 聖杯を諦める気はないが、道半ばで破れる事もあるだろう。今日一日の宗一郎様との逢瀬で思い知った。後悔は出来る限り残して逝きたくないと。

 

「目覚めた間桐桜に会えなくなるかも知れないけど、協力して欲しいの」

 

 ライダーは声かけた私から横たわる間桐桜へと眼を向けた。彼女が今一番優先したいのは、間桐桜がちゃんと意識を取り戻すかの確認だろう。間桐桜が意識を取り戻し、問題がない事がわかって初めて私との協力関係になると言ってもいい。

 

 つまりそれまでは本当ならライダーが私の頼みで命を賭ける義理はないのだが。

 

「わかりました。それで敵は誰に?」

 

 ライダーは立ち上がると眼帯をしたサーヴァントの姿へと変わった。そういう反応をしてくれると思っていたが、やる気に溢れた彼女の態度に嬉しくなる。感謝の印にライダーに笑顔を向ける。

 

 それから一旦深呼吸をして笑顔を消し気持ちを引き締めた。自分の内に覚悟があるか問い掛け、強い気持ちがあるのを確認し、決意をこめて言葉にする。

 

「敵はランサーとそのマスター。それと最強のサーヴァント、英雄王ギルガメッシュよ」


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