そして主人公は、意地が悪い。
放課後。混沌とした一日がようやく終りを迎える。総二も鏡也も互いに疲れ果てた顔をしていた。
総二は事あるごとにテイルレッドを
特に鏡也はテイルレッドと実際に会話し、親しげな雰囲気を見せていたこともあって、テイルレッドの話を知りがる者どもに、同時に嫉妬の炎をぶつけられ続けたのだ。
思わず「テイルレッドたんを賭けて、オレと勝負だ!」などとのたまった先輩に対して鳩尾一撃で沈めてしまったのも、仕方の無い事だ。
「二人は今日、掃除当番か」
「ああ。鏡也はどうする? 先に帰ってるか?」
「いいや。神堂会長に呼ばれてる。……正直、無視して帰りたんだがなぁ。ムリだろうなぁ」
生徒会長直々の呼び出しを無視する訳にも行かない。仮に無視しても、次は家に押しかけてくる可能性がある。
用件は分かっているのだ。ならば、さっさと終わらせてしまうに限る。
「失礼する。御雅神鏡也はいるか?」
ドアが開いて、メイド服にツインテールという出で立ちの女性が入ってきた。慧理那付メイド兼護衛役の桜川尊だ。
「ここにいますよ、桜川さん」
「おお、いたか。迎えに来たぞ」
「わざわざご苦労さまです。……じゃ、行ってくる」
これも予想済みだったのだろう、鏡也はカバンを持って席を立った。足取りが些か重いのは気のせいではないだろう。
「あ、そうだ。一つ聞きたいんだけど?」
「なんだ?」
愛香はずっと聞こうとしてて忘れていたことを思い出し、鏡也に尋ねた。
「鏡也って、生徒会長と知り合いなの?」
「……親戚だよ。待ってなくていいから、先に帰っててくれ」
プラプラと手を振って、鏡也は尊と共に教室を後にした。
そして残された総二と愛香は顔を見合わせ、呟いた。
「「マジで……?」」
◇ ◇ ◇
尊に案内されて廊下を歩いていると、通り過ぎた生徒たちの視線が痛いほどに突き刺さる。
「お嬢様のせいで、申し訳ない」
「会長より、俺の方がまたテイルレッドに会うかもしれない。だから俺の顔を学校中に覚えさせたんでしょう? 顔が知れれば、動向を掴みやすくなるから」
現状、テイルレッドに一番近い一般人は鏡也だ。実際には愛香もいるが、世間的にすれば彼だけなのだ。だからもし、鏡也とテイルレッドが接触するとした時、その動きを調べるのが簡単になる。少なくとも学内では手に取るように出来るだろう。
品行方正を地で行く彼女らしからぬ行動だが、それだけ思いが強いといえた。
「……本当に申し訳ない。せめてもの詫びに……これを受け取って欲しい」
尊は心底すまなそうに謝った。そしてそっと、一枚の紙を差し出してきた。
「……お気持ちだけで」
そっと押し返す。
「遠慮はしないで欲しい。私の気持ちを汲んでくれ」
「だからといって、婚姻届を受け取れるわけがないでしょう。良いから、そういうのは大事にして下さい」
「……大事にし過ぎて、こうなのだがなぁ」
尊は渋々、婚姻届をしまった。そんなやりとりをしている間に生徒会室前に到着する。尊がドアをノックすると中から「どうぞ!」と、妙に張り切った声が返ってきた。
「失礼します。お嬢様、鏡也さんをお連れしました」
「ありがとう。さ、鏡也くん。どうぞ掛けてください」
尊が声を掛けると、生徒会の仕事をしていただろう慧理那が顔を上げてパッと立ち上がった。生徒会室には慧理那以外の役員はいない。どうやら今日は会議などはないらしい。
「仕事中なら遠慮しますが?」
出来れば、このままずっと遠慮したい。そんな想いを篭めて言ったのだが、慧理那は大きく首を振った。
「いいえ、ぜんぜん大丈夫です。急ぎの仕事ではありませんから。さ、そこに座って下さい。今、お茶を入れますね」
いうや、パタパタと動き出す慧理那。尊が自分が淹れるからと言うも、頑として聞かず、鼻歌交じりでちょこまかと動く。その都度、見事なロイヤルツインテール(命名:観束総二)が揺れる。稀代のツインテールマニアが見たならきっと、跪いて涙を流しただろうが、生憎と鏡也はツインテールにそこ迄の思い入れはない。
せいぜい、転んだりなんかしないように見守ってやるぐらいな気持ちしか無い。
目の前に湯気を立てるカップが置かれ、事務テーブルの真中にはお茶請けまで用意された。昼休みの内にでも買っておいたのだろう。
そうして準備を終えると、慧理那は鏡也の真向かいに座った。
「――さ、鏡也くん。話して下さい!」
慧理那の息は若干荒く、目をキラキラとさせて、頬も興奮に紅潮している。まるで遊具を自ら持ってきて「さぁ存分に遊べ」と言わんばかりに尻尾をブンブンと振るワンコのようだ。よく見れば尻尾が見えるような気がしなくもない。
「……神堂会長、何の事だか私には分かりかねますが?」
そうとぼけてみせると、慧理那の表情があからさまに変わった。眉をひそめて、不機嫌そうになる。
「もう。どうしてそんな他人行儀なんですか? 昔は慧理那お姉ちゃん、慧理那お姉ちゃんって、いつも後ろを追いかけてくれてたのに」
小さかった頃。一人っ子の慧理那にとって近くに住む親戚、自分より年下の鏡也は弟のような存在だった。実際、鏡也にはお姉ちゃんと呼ばせていたし、彼女も弟の様に思っていた。あの頃を思い出し、慧理那は寂しげに言った。
「それでもってあっという間に追い抜かれて、『待ってー! 待ってよー!』って、涙目になって追いかけてきましたねぇ」
その頃を思い出し、しみじみと返す鏡也。何故か慧理那は言葉をつまらせた。
「そ、そういえばあの頃はよく遊んであげましたよね! ヒーローごっことかいっぱい!」
「自分がヒーローばっかりやって、たまには自分がやりたいって言うと、涙目で『慧理那がヒーローなの!』って言って、頑として譲らなかったですよねぇ。だから一度もヒーローやったことがなかったですね」
「え、映画のビデオも一緒に見たりしましたよね!」
「特撮物ばかりで、朝から夕方まで日がとっぷり沈むまででしたね。途中で飽きて眠ろうものなら、容赦なくクッションで叩かれて……いや、懐かしい」
「………」
「………」
何故だろうか。昔を懐かしんでいたら、慧理那は軽く涙目になっていた。これ以上はマジ泣きしそうなので、苛めるのはここまでにしようと、鏡也は一口、お茶を飲んだ。
「――俺の話を聞きたいんでしょう? いいですよ」
途端、慧理那の顔がぱぁ! と明るくなった。曇天はあっという間に快晴だ。
期待に目をキラキラさせる慧理那に、鏡也は静かに話し始めた。
「昔々、ある所におじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ芝刈りに。おばあさんは川へ洗濯に行きました」
「ちょっと待ってください!? それ、桃太郎ですよね!? わたくしが聞きたいのは――っ?」
慧理那の言葉を鏡也は手を一つ挙げて遮った。
「まぁ、落ち着いて。最後まで聞いて下さい」
「わ、わかりましたわ」
そう言われてはと、慧理那は体を正した。
――そして10分後。
「――こうして桃太郎は鬼ヶ島から金銀財宝を持ち帰り、おじいさん、おばあさんと一緒に幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
「わぁ…! 鏡也くんはお話が上手ですねぇ」
話し終えた鏡也に、パチパチと拍手する慧理那。そして、叫んだ。
「――て、本当にただの桃太郎でしたわ!!」
「俺が知ってる話なんて、桃太郎か金太郎かクラゲの骨なしぐらいしか」
「メジャーな中に微妙にマイナータイトルが入ってますわ!? 何でそこに浦島太郎ではないんですの!?」
いや、つっこむところは其処ではないと、慧理那はブンブンと首を振った。
「わたくしが聞きたいのはそういう話ではなく! 昨日、テイルレッドさんと、どんな経緯で一緒にいたのか。どこで知り合いになったのかを聞きたいんです!!」
「あぁ、その事を聞きたかったんですか」
「……分かってて言ってますわよね?」
「さて、何のことやら。まぁ、別に話すのは良いですけど……そんなに大した話じゃないですよ?」
「それでも構いませんわ。是非、教えてください!」
今度こそはと、慧理那はグイグイと食いついてくる。それを手で制し、鏡也は視線を一寸だけドアの方へと向けた。
「っ……」
察した尊はドアを開け、廊下を確認する。だが、廊下に人影はなく、しっかりとそれを確認した尊はドアを閉め、しっかりと鍵を閉めた。
「外には誰も居ない。大丈夫だ」
「……分かりました。それじゃ、話しましょう」
鏡也は昨日の出来事を振り返るように、遠くを見つめた。
◇ ◇ ◇
同刻――生徒会室前廊下。
「「「「「――ふぅ。危なかった」」」」」
天井から、窓の外から、掃除用具入れから、果ては置かれてあったお茶の缶の中から、ぞろぞろと生徒達が出てくる。
「お前、こんな狭いもんにどうやって入ったんだ?」
お茶の缶は本当に何の変哲もないお茶の缶だ。
「こんな事もあろうかと特訓していたんだ。修行の成果さ」
「そ、そうか……」
よくよく考えれば、窓の外も相当なものだ。指を引っ掛ける場所さえ無いのに、どうやって隠れたのか。
「修行の成果だ。そんなことより、ここからが本番だ。皆、気を抜くな!」
「おう!!」
小声で気合を入れ直し、全員がドアに張り付き聞き耳を立て、集音マイクをセッティングした。マイクチェックもバッチリだ。
そうして彼らが準備を数秒で完了し終えると同時に、鏡也の話が始まった。
◇ ◇ ◇
――あれは、昨日の事だった。放課後、友人の実家の喫茶店で昼食を取って、その後ものんびりと過ごす予定だった。だけど、俺はフェンシングの消耗品を切らしていたことを思い出し、友人と別れて一人、マクシーム宙果ヘ向かった。
「確か、あそこのショッピングモールにスポーツショップがありましたわね?」
「あそこでしか買えない物だったし、すぐ要る物だったから」
なんとか物を手に入れて、たまたま通りかかったパン屋で昼食にとパンとお茶を買って、さて帰ろうかと外へ出た。だが、焼きたてのパンの魔力は空腹の俺には耐えられる筈もない。
ベンチに腰掛けて袋を開けると、何とも言えない香りが漂ってきた。さて、どれから食べようかと袋をあさっていると、ベンチの後ろ――生け垣の方から「くぅ」という音が聞こえた。
いったい何だと振り返るが、そこには何もない。聞き間違いかと思って、パンを取り出すとまた「くぅ」と音がした。今度は聞き間違いではないと、俺は生け垣の奥を覗きこんだ。
何かいる。もっとよく見ようと更に奥へと踏み込むと、そこには年端もいかない少女が倒れていた。
「まぁ! それがもしや……?」
「流石に見なかったことも出来ないから、まずは意識があるかと声を掛けてみたんだ」
大丈夫か。しっかりしろ。そう声をかけると、少女は小さく唸った。意識自体はあるようだったが、どうにも顔色が悪い。まさか何かの病気かと、救急車を予防と携帯を取り出した時、またあの音が聞こえた。
「くぅうううううう………」と、今までで一番大きな音が、その少女の腹から聞こえてきた。
まさか……。そう思いつつも俺はメロンパンをその顔に近付けてみた。
少女の鼻がピクピクと動いた。次の瞬間――バクッ! と、でかい口を開けて少女は俺のメロンパンを一口で半分食らいきていた。
「まさか、今どき行き倒れがいるとは思いもしなかった」
「そんなにお腹が空いていたんですねぇ」
俺のやったメロンパンをもしゃもしゃと咀嚼し、意識がはっきりしたのか、そいつは俺の顔をじっと見てこう言った。
「誰? 変質者?」
「人のパンを齧っといてその言い草は何だ」
「別に俺がくれって言ったわけじゃないし。そっちが勝手に人の顔に向けてきただけなんだからな!」
「……ほぉう。それじゃ、もうこれは要らないな」
俺はメロンパンを持ったまま、立ち去ろうとした。するとガクンと腕が強く引っ張られた。少女が俺の腕を掴んでいた。
「人の食べ掛け持って何処に行く気? 見知らぬ所でそれを食べる気なんでしょ! この変態!」
「安心しろ。雀の餌にでもしてやる。じゃあな」
今度こそと行こうとするが、そいつの俺の腕を更に強い力で引っ張ってきた。そして同時にまた、腹の虫が鳴る。少女は顔を真赤にして眉をひそめる。俺は勝ち誇った笑みを浮かべて、一言。
「……食べるか?」
「…………食べる」
勝敗の決まった瞬間だった。
「鏡也くん。女の子に意地悪はいけません!」
「いや。いきなり人を変態呼ばわりする奴に、情けはいらないだろう? それでもパンをやったんだから、俺は十分に優しい」
ベンチに腰掛け、少女はパクパクとメロンパンを齧っていた。俺はその様子を見ながら、一緒に差し出してやったお茶を飲む彼女の姿を改めて見た。
最初、ポンチョコートでも着ているのかと思ったが、よく見るとそれは少しぼろくなったマントのようだった。まるでずっと何処かを彷徨ってきたみたいに薄汚れていた。
覗く手足もおかしかった。手も足も見慣れない金属――まるで鎧のような物を付けていたからだ。
赤い髪をツインテールにまとめて、顔の感じから歳は10歳か、それ以下か。
何故、こんな奇妙な格好をした少女が、あんな所で行き倒れていたのか……俺は難事件に挑む名探偵のように推理を働かせた。
他に手がかりはないかと周囲を見回すと、俺の目に『ヒーローショー』の文字が見えた。なるほど、この子はあれの出演者か何かか。そう考えるとこのSFチックな格好にも説明がつく。
「ついでに、どっかの生徒会長が整理券片手に見に来てそうな気もしたが」
「うぅ……いいじゃないですか。好きなんですから!」
メロンパンをしっかりと食い尽くした少女は、ジッと俺の持つ袋を見つめていた。
「食うか?」
「食べる!」
言うが早いか、俺の手から袋ごとパンを奪い取ると早速、コロッケサンドを取り出し、躊躇なくパクリといった。モシャモシャと食べる姿はまるでリスのようで、なんとも愛玩動物な印象だった。
メロンパンにコロッケサンド、カツサンド、チョコレートワッフルと、俺が買ったパンを全部食べつくし、お茶まで全部飲み切ってようやく落ち着いたのか、少女は深い溜息を吐いた。
「はぁ。美味しかったぁ……お腹いっぱい!」
幸せそうにお腹を擦る少女。俺は空腹の上にとても不運だった。とはいえ、役者というのは食えないと聞くし、子役というのもなかなか大変なもののようだ。俺の飯は途中で買えばいい。
「満足そうで何よりだ。じゃあ、俺は行くからな」
「あ、待って!」
帰ろうとする俺を、少女が呼び止めた。
「もう、パンもお茶もないぞ? それに時間はいいのか?」
「時間はある。パンもお茶ももう要らない。それより聞きたいことがあるんだ」
少女はさっきまでとは違う、真剣な眼差しで俺を見ていた。立ちかけた俺はもう一度、ベンチに腰掛けた。
「お兄さん。名前は?」
「人に尋ねるときはまず自分から……いや、いい。御雅神鏡也だ」
「みかがみきょうや……うん、それじゃ鏡也。聞きたいんだけど」
「歳上を呼び捨てにするな」
「もう、細かいなぁ。そんなんじゃモテないぞ、鏡也?」
「大きなお世話だ。それで何を聞きたいんだ?」
「……うん。鏡也の知り合いにさ、ツインテールがすっごく似合ってる人とか、いる?」
いきなり何を聞いてくるんだと思った。馬鹿らしい。そう言って一蹴しようとしたが、少女の目がどこまでも真剣で、真っ直ぐで、俺はその言葉を出すことが出来なかった。
「……二人、いる」
「その人達って、何処にいるの?」
「そんなことを聞いてどうする……?」
「その人達……狙われるから」
唐突に言われた言葉の意味を理解し切れず、俺は聞き返していた。
「狙われる? 一体誰が、何のために? 何で、ツインテールが?」
一人は狙われる理由がある。名家のお嬢様だからだ。悪心持つ者が狙うには十分だ。だが、もう一人は普通の女の子だ。二人の共通点――ツインテール馬鹿が垂涎する程に見事なツインテールが狙われる理由? 意味が分からない。
「それは――っ!?」
少女が理由を語ろうとするより早く、轟音と喧騒が俺たちの耳に聞こえた。そして遠くに、狙われると言われた一人――神堂会長の姿があった。
「あれは……! ついにこの世界に!」
少女は怒り共に立ち上がった。だがそれよりも早く、俺は走っていた。
その後は、アルティロイドをふっ飛ばし、神堂会長を逃がそうとして失敗。と、会長も知っている話につながる。
「……つまり、私が怪物に捕まった時、鏡也くんはテイルレッドさんと一緒だったんですね?」
「正直、ふわふわ浮いて連れて行かれた会長の姿を見た時は、ついにショーを見るためにそんな技を身につけたかと思ったが」
「どういう意味ですか!?」
謎の少女――テイルレッドがリザドギルディを倒した後、俺はテイルレッドを探した。流石にもういないかと思って諦めかけた時、声がかけられた。
「鏡也!」
「っ――!? テイルレッド……良かった、まだいたか」
「一体どうしたの?」
「礼を言ってなかったからな。ありがとう、助かった」
「先に助けられたのはこっちだし。いいよ、気にしないで」
「……それで、あいつらは何者なんだ? 君は知っているんだろう?」
「知ってる。俺はあいつらを追って、この世界に来たんだ」
テイルレッドが語った事実は衝撃的だった。
人の心――嗜好から生み出される心の輝きを奪う侵略者。それと戦い、この世界を守るためにやって来たのが彼女――テイルレッド。
たった一人で、数多の世界を滅ぼしてきた怪物共と戦う。と、迷い無く言った彼女に、俺は尋ねた。
「どこか行く宛はあるのか?」
「大丈夫。心配しないで。それより、鏡也こそ、今日みたいな無茶はしないでよ?」
そう言い残し、彼女は風のようにその場を走り去った。
そして、それ以来……彼女には逢っていない。
鏡也がひと通り話し終えると、慧理那はバン! とテーブルを叩いた。
「鏡也くん!」
「な、何……?」
「どうして一人で行かせてしまったんですか!? テイルレッドさんはお腹をすかせて倒れてしまってたんですよ? それはつまり、こちらでは頼れる人も、拠点も何もない状態ということではないですか!」
「まぁ、そうかな?」
「でしたら! そんな少女を一人で行かせるなんて言語道断! 騎士として失格ですわ!!」
「………」
そう熱り立たれても、鏡也も困る。何故なら今のは全部、作り話なのだから。
そのテイルレッドは昨日も今日も、ちゃんとご飯を食っているだろうし、実家もちゃんとあるのだから心配する要素は無いのだ。
本当に異世界からやって来た痴女は、今も元気に総二の部屋で簀巻きになっているだろう。
本当のことを言うことが出来ない以上、それっぽい話で納得してもらうのが一番手っ取り早い。
「こうなれば早速、神堂家の力を使う時ですわ! テイルレッドさんを探して、我が家にご招待しなければ! うちでしたら、土地もありますし、拠点としても十分に使えますわ!!」
これは絶対に面倒くさい事になる。そう確信した鏡也は今、正に思い出したという風に手を叩いた。
「あぁ、そういえばもうすぐ仲間も来るから大丈夫とか言ってたか。さすがに拠点も無く、こっちに居るわけ無いって」
「そ、そうですか? それなら良いのですけど……」
どこか残念そうに慧理那は溜息を吐いた。ヒーロー好きの彼女のことだ。きっと自分の家がヒーローの秘密基地になるかも知れないという事に期待を抱いていたのだろう。
ここまで行くと、総二のツインテール好きとタメを張れそうだなぁ。などと思いながら、鏡也はお茶を飲み干した。
「……俺が知ってる話はこれで全部。友達と約束あるから、もう帰るけど……もういい?」
「え、えぇ。わざわざありがとう。とても参考になりましたわ」
一体、今の出鱈目話の何をどう参考に出来たのだろうか。鏡也には怖くて聞けなかった。
尊がドアを開けてくれた。鏡也は一礼して生徒会室を出ようと足を向けた。
『この世界に住まう全ての人類に告ぐ! 我らは異世界より参った、選ばれし神の使徒〈アルティメギル〉!!』
唐突に響いた声。反射的に窓を開け、空を見上げた。
果たしてそこには、竜のような外殻をした異形が、玉座に座して居る映像が浮かんでいた。
『我らは諸君らに危害を加えるつもりはない。ただ、各々の持つ心の輝きを欲しているだけである! 一切の抵抗は無駄である! 抵抗しなければ命は保証しよう!』
天より見降ろすその姿は、傲慢そのもの。そして同時に、それをするだけの力を持っているのだと、知らしめている。
「アルティメギル……!」
鏡也の胸を何かが渦巻く。気が付けばギリ、と歯ぎしりしていた。
『だが、どうやら我らに弓引く者達がいるようだ。もう一度言う、抵抗は無駄である! それでもなお抗うというのならば受けて立とう! 存分に相手をしてくれる!!』
「ふざけた事を……!」
「鏡也くん……?」
ただならない様子に、同じように空を見ていた慧理那が戸惑う。今まで一度も、これほどに敵意に満ちた瞳を見た事はなかった。
天空だけではない。ありとあらゆるネットワークが掌握され、今の映像が流されていた。学園中から戸惑いのざわめきが聞こえていた。
「くそっ!」
鏡也は走った。慧理那が呼び止めるも、カバンをひったくって、廊下に飛び出す。階段を一足で飛び降り、駆け抜ける。
足を止める生徒達を縫うように躱しながら、鏡也は携帯を取り出した。
空が見えない以上、まだ続いているであろう敵の演説を聞くにはこれしか無かった。映ったのはさっきの竜モドキとは違う、亀のようなエレメリアンだった。
『我が名はタトルギルディ! ドラグギルディ様の仰るとおりである! 一切の抵抗は無駄である!』
鏡也は苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。既に次の敵が現れたのだ。また、昨日のようなことが何処かで起こるのか。そう思うと、気持ちが先走りそうになる。
『今より、綺羅星の如く輝く――
そして、鏡也は盛大にすっ転んだ。
主人公は嘘つきではありません。
ただ、本当のことを一切言ってないだけです。
(それを嘘吐きというのだ)