光纏え、閃光の騎士   作:犬吉

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色々オリジナルなところを加えての、まだ日常回。




「おはよう鏡也。夏休みだっていうのに早いわねぇ。もうちょっと、ゆっくりしてても良いのよ?」

 リビングに降りれば、朝食の用意をしている最中だった。天音がスクランブルエッグをテーブルに置きながら言う。

「一応、ツインテイルズの強化合宿の話し合いがあるからね。それにだらけるのはきりが無いし。父さんは?」

「5時過ぎに出ていったわ。会社に寄った後、大阪の方に急ぎで行かないといけなくなったんですって」

「ここ最近忙しそうだけど、大丈夫なの?」

「大丈夫よ。移動は新幹線だし、その間は休めるもの」

「なら、良いけどさ」

 鏡也は四つ折りにされた新聞を手に取るとソファーに座り、それを開く。一面には大きく【アルティメギル侵略一時停止宣言 目的は戦力増強か】と書かれていた。

「……何だこれ?」

 記事に拠れば、昨夜ちょうど日付が変わった頃に電波ジャックがされ、以下の内容の宣言が出されたらしい。

 

 一つ、日本時間八月八日の正午まで侵略行為の一切を行わない。

 一つ、それはアルティメギルの戦力強化のためである。

 一つ、予告した時刻以降、一切の容赦はない。

 

 一面に大々的に映っているのは、この宣言を出したカブトムシのような昆虫型エレメリアンであった。

「虫型……美の四心(ビー・テイフル・ハート)の隊長格か?」

 このような大々的宣言を一般兵は行う筈もない。そして副隊長は先日撃破した。つまりこの甲虫型エレメリアンこそが美の四心(ビー・テイフル・ハート)の隊長。察するにビートルギルディといったところであろうか。

「その記事ですか。今朝は何処もこのニュースばかりですよ。どうぞ」

「あ、ありがとう。どれどれ」

 専属ハウスキーパーである有藤香住が、コーヒーを差し出す。例を言ってそれを受け取りながら、テレビを付けてみる。

 ちょうど、ジャックされた時の様子が流れていた。内容は記事のそれと大差なく、最後に自身の誇りに賭けて。と締めていた。

 

『この宣言により”テイルレッドたんの活躍が見られない!”と、500人規模のデモが発生し、機動隊が出動する事態に――』

 

 見るものは終わったのでテレビの電源を切る。

「アルティメギルの宣言、信用できるのでしょうか?」

「どうかな。だけど、自分の誇りをかける。とまで言ってる以上、信用はできるかも」

 彼らエレメリアンにとって、誇りとはすなわち魂の有り様である。それがどれだけ変態的なものであっても、それを自ら穢し、貶めることだけはしない。それを賭けるとまで言った以上、宣言自体には問題ないだろう。

「問題は……何故こんな事をしてきたか、だな」

 その疑問の答えが出る前に、ポケットの中でトゥアルフォンがけたたましく鳴った。

「総二からか…………う~ん」

 何となく、夢のせいで出づらい。しばし鳴り続けるトゥアルフォンを見つめ、仕方なく出ることにした。

「もしもし……」

『鏡也! ニュースは見たか!?』

「ああ。アルティメギルが夏休み宣言とはな」

『鏡也はどう思った?』

「宣言そのものは問題ないと思う。だが、いちいち宣言をしてきた意味が分からん。八月八日の正午……そこに何かあるのかもな」

『とりあえず詳しい話は部室で』

「分かった……。………」

 と、何故か電話の向こうに奇妙な沈黙が流れた。

「……なんだ?」

『あのさ、本当変なこと聞いてるって思うんだけどさ』

「うん?」

『……いや、やっぱいいわ』

 そう言って、誤魔化すようにして通話が切れた。一体何を聞こうとしたのか、鏡也は首を傾げた。

「ま、後で聞けばいいか」

 そう思い直し、朝食がすっかり用意されたテーブルに着くのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 部室に集まった一同。長テーブルには尊の入れたお茶が並んで湯気を立てている。改めて、宣言の映像を確認する。

「さて、この宣言だけど……俺は信用しても良いと思うんだ。だけどその内容――アルティメギルの戦力増強が目的っていうのは本当なのかな?」

「俺も同意見だな。だが日にちの指定は気になるところだな」

 総二がまず見解を述べ、鏡也が同意する。

「八月八日というと夏の即売会じゃないですか? 印刷所の入稿の最大割増料金がそのぐらいだった筈ですよ」

 と、トゥアール。

「即売会? て、あれか。去年とかニュースでやってた同人イベントだったか。……いや、あれって申し込み期限があるんじゃなかったか?」

「鏡也さん。妙なところ詳しいですね。その辺の事情は知りませんけど意外とテイルブルーの本でも作ってるんじゃないですか?」

「はあ? あいつらがあたし(テイルブルー)なんて描くわけないじゃない」

「わかりませんよ~? トラウマ克服の特訓とか言ってやってるかも知れないじゃないですか」

「ありえないありえない、絶対にない」

「じゃあ、あのエレメリアンと戦う時があったらきいてみましょう。でもってもし描いてたら、愛香さん、罰として皆がいる部室で一日中素っ裸で過ごしてもらいますからね!」

「はいはい。いいですよー」

 愛香はヒラヒラと手を振ってあしらうように返した。その瞬間、鏡也の眼鏡が凄いフラグの成立を感じ取った。

「でも、そもそも前提が間違ってるのはない? 当の連中が卑怯なことを嫌っててもダークグラスパーが命令したらやるんじゃない? ツインテイルズを騙せとか」

「愛香さん、それこそありえませんよ。イースナにそんな度胸はないですし、そもそもそんな命令を出してみなさい。エレメリアンにテイルレッドに総スカン喰らってもっと引きこもりますよ。変身して偉ぶろうが、本性は根暗のストーカーなんですから」

 そう言って、トゥアールが笑い飛ばす。

「そうだぞ津辺。幾ら敵とはいえ、ナイトグラスター様の妹なのだ。そんな卑怯な真似はしないだろう」

「あ、はい」

 ずい、と尊が割り込みをかける。その圧に愛香もつい引いていまう。慧理那はずっと考え込んでいたようで、なにか確信めいたものを持って意見を述べた

「これはやはり、向こうなりのフェアプレー精神なのではないでしょうか。こちらも鍛えて強くなる。だからツインテイルズももっと強くなっておけ。と」

「なるほど……。確かにしっくりと来るな」

 総二の中でストンと落ちたようで、納得の表情を浮かべている。元々、良くも悪くも表裏がない連中だから、変に裏を読むこともないのだろう。

「なら、例の合宿の話も余裕が持てそうだな。いつ出動しないといけない状況じゃないのはいい事だろう。なにせ折角の夏休みだしな」

「そうだな。俺たちが夏休みを満喫できるチャンスでもあるんだよな」

「鏡也くんも、エレメリアンに襲われなさそうで良かったですわね」

「え……ああ、そうだね。忘れてた」

 慧理那の指摘に、鏡也は一瞬呆け、そしてハッとした。エレメリアンの襲撃が来ない事は表向き、自分の身の安全ということでもあったのだ。

(危ない危ない……気を付けないと正体がバレるからな)

 気を引き締め直す鏡也。ふと見ると、愛香の様子が少し違うように見えた。

「愛香。なんだか疲れていないか?」

「そういえば。大丈夫か、愛香?」

「え。……うん。ちょっと夢見が悪くてね。何だか知らないけど、ずっとむさい男の笑い声が聞こえててさ……起きたら無性にエレメリアンをブチのめしたくなったわ……」

「そんなの通常営業(いつものこと)じゃないですか」

 通常営業で余計なことを口走ったトゥアールが悪夢のような目に遭わされるのを見て、男性陣は「思ったけど言わなくてよかった」と、内心で安堵した。鏡也は悪夢を尻目に茶をすする。

「……夢? あ、そうだ。トゥアール、ちょっといいか。合宿の予定だけどさ……異世界ってどうかな?」

「異世界、ですか?」

「実は不思議な夢を見てさ。でも、只の夢じゃないみたいで、ツインテールの女の子が出てきたんだ。なんかその子と繋がったって」

「ツインテールの女の子ぉ!?」

「ブホッ」

 愛香が素っ頓狂な声を上げ、鏡也が茶でむせた。

「み、観束君!? 何でそんな夢を!?」

「健全な年頃男子ならそういう夢を見ていーんです! さあ、詳しい話を聞きましょう!!」

 今までに見たこともないぐらい気合の入った眼差しを総二に向けるトゥアール。

「その子……ロロリーっていうんだけどさ、彼女は別の世界のツインテールの戦士なんだって。ロロリーの世界もどうやら侵略を受けてたみたいなんだけど、やっと戦いが終わったそうなんだ。で、他の世界で同じような境遇の人に会ってみたいって、思念を飛ばして、俺に当たったらしい」

「なるほど。世界を超えて心を飛ばす……属性力にはまだまだ未知の要素が多いですね」

「あ、そうだ。その夢の中で鏡也にも会ったな」

 

「「――は?」」

 

 トゥアールと愛香が、揃って鏡也の方に座った目を向ける。それに気付かないふりをしながら、ずずー。と茶をすする。

「鏡也。ちょっとこっち向きなさい。怒らないから」

「鏡也さーん。聞こえてるんでしょーう。ほらー。人と話す時はちゃんと目を見てくださ―い?」

 凄い圧だ。吐息が掛かるほどまで迫られ、眼鏡も曇る。この圧はガマの油の鏡のようだ。

「………ああ。えっと、その話はアレだ。この件とは一切関係ないし」

「じ~っ」

「じ~っ」

「………ええい、鬱陶しい!」

 二人の顔を強引に押し返す。総二は何か考えてるのか、眉をひそめている。

「……あれ? もしかして、鏡也」

「総二。それ以上は言うな」

「夢の中に出てきたのって……お前?」

「だから言うなつってんだろうが!!」

 聞かれたくない言葉を言い放たれ、つい怒鳴ってしまう。それがもたらす厄介事がすぐ目前にあるのというのに、総二が要らないことを言ってしまったせいだ。

「で、どういう事なのかしら? ちゃーんと話しなさい?」

「……別に大した話じゃない。その”繋がった夢”ってのに巻き込まれただけだ」

「本当に?」

「ああ。本当だ」

「………」

「………」

「…………………」

「…………………」

「後から嘘だったら、トゥアールよりも酷い事になるからね?」

「人を殺す気か!?」

「被害基準に私を使うの止めてくれません!?」

 愛香の遠回しかつストレートな殺害予告という恐ろしい宣言に、背筋も凍る。

 ともかく、このままでは話が進まないとトゥアールが仕切り直す。

「こほん。時に総二様。そのロロリーという異世界の戦士、年齢や外見はどのような感じでしたか?」

「え? そうだな……テイルレッドより同じぐらいだったかな? なあ、鏡也?」

「確かに、そのぐらいだったかな」

 そう答えると、トゥアールの目がギラリと光った

「行きましょう。せっかくのご招待を受けたんですから絶対に行くべきです!!」

 トゥアール史上1、2を争うレベルのハイテンションであった。さすがは幼女好きである。その瞳の奥に隠しきれない情欲を溢れさせている。

 これで本人に会ったらどうなるか。想像するに恐ろしい。最悪、異世界から即時逃走ぐらいありえそうだ。

「ところで、異世界移動ってそんなに簡単に出来るものなの?」

 そもそもの疑問として、愛香が尋ねる。異世界移動。言葉にすれば容易いが、現行の科学力では移動どころか観測すら出来ない。遙か先の領域だ。

「そうですね。確かに世界難を移動するのは容易いことではありません。それはやはり世界を隔てる”壁”の存在が一番の問題ですね」

「壁?」

「ああ、壁と言っても愛香さんの胸のことではありませんよ?」

 変わってトゥアールが壁にされしまった。部室の損壊率は7割を記録している。

「異世界移動の技術とはつまり”時間的齟齬”をどれだけ無くすか。そこに限ります」

「時間的齟齬って?」

「世界の観測そのものはそれほど難しくはありません。しかし、いざ行こうとする時、二つの世界の座標を繋げることはとても時間が掛かって難しいんです。というより、出来ないことの方が多いんです。何故なら世界同士の座標を正しく観測して繋げられないと、先程も言った時間的齟齬が発生してしまうんです。世界間の壁とはつまりは時空間の壁ですから」

「もしかしてそれって、時差みたいなものか?」

「その通りです総二様。ただし、その時差は地球上のそれとは異なり数ヶ月、あるいは数十年の差異となってしまいますが」

「数十年? まるで浦島太郎じゃない」

「なので、アルティメギルや私のレベルぐらいの異世界渡航技術が無いと、まず危険が伴いますね。総二様、もしかして何かを受け取ったりしていませんか?」

「そういえばこれ、起きた時に頭の中にあったのを書き出したやつなんだけど」

 そう言って総二はポケットからノートの切れ端を取り出した。そこには複雑な数式のようなものが書かれていた。

「これは……世界座標ですね。適当で書けるものではありませんから、招待するというのは間違いないみたいですね。これなら世界移動も簡単でしょう」

 トゥアールはそれを白衣にしまう。

「じゃあ、異世界に決めて良いか? 愛香は?」

「あたしは別に。そんな夢まで見て行かなかったらそーじがモヤモヤしそうだし。珍しい虫探しに森に行くみたいで子供っぽいけど、夏休みらしいっちゃらしいし」

「私も異世界にとても興味があります。このような機会、二度と無いかも知れませんから。ここではない地球……どんな所なんでしょう」

 愛香、慧理那と賛同し、総二の目が鏡也に映る。

「鏡也はどうする? ……ほら、ロロリーに言われてたけど」

 暗に出禁宣言のことを聞かれた鏡也は、フンと鼻を鳴らした。

「もちろん行くぞ。あいつにはちゃんと訂正させないといけないからな」

「……あんまりイジメるなよ? ともかく、強化合宿ハイ世界に決定だな!」

「では基地に私が使ってた移動艇があるのでそれを引っ張り出しましょう。メンテがあるのでそうですね……3時間後に基地に集合ということで」

「え、今日行くのか?」

「いくらアルティメギルが来ないとはいえ、余裕はあった方が良いだろ。善は急げっていうしな。皆もそれでいいか?」

 総二が見回すと、全員が頷く。鏡也は天音の説得が面倒そうだなと、ちょっと憂鬱だった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ええ!? これから合宿に行っちゃうの!?」

 早速、面倒事になった。天音は満杯のバケツをひっくり返すレベルの不満をこぼす。

「いやいや、確かにいきなりだけどさ、仕方ないんだって。異世界に行くんだし、色々早い方が面倒もないから」

「でもそれにしたって……いきなり過ぎない?」

「まあ、言わんとする事も分かるけどさ。とにかく、しばらく空けるから。父さんにはよろしく言っといて」

「ああん! 鏡也ぁ!!」

 とっとと切り上げて、鏡也は部屋に戻った。大会や遠征にも使ったドラムバックに着替えなどを詰めこむ。家を出ようとすると、じーっとリビングの入口から恨みがましい視線が突き刺さる。

「あのさぁ……母さん」

「ぷーん、だ」

「いや、ぷーんって……子供じゃないんだから」

「だって鏡也って冷たいんだもの」

「ええ……。なにそれ」

 およそ大人らしからぬ態度の天音に、鏡也も困惑しか無い。

「ああ……こうやって鏡也もこの家から遠ざかっちゃうのね……クスン」

 何でこの人はいい年して泣き真似なんてしているんだろうか。ちょっとだけ、母の有り様に疑問を持った。いや、以前なら結構な頻度で持っていたのだが。

「とにかく、もう行くよ。じゃあね」

「ああ、待って!」

 これ以上相手をしていたら遅れそうだと、鏡也はさっさか出ていく。

「車に気をつけてね! お水にも気を付けてね! あと、知らない人についてちゃダメだからね!!」

「心配要素の適年齢が低いわぁ!!」

 背中に届く母の心配の叫びに、鏡也は思わず叫び返すのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 遠ざかる鏡也の背中。それを見送る天音の心中は穏やかざるものが在った。

「鏡也……」

「大丈夫ですよ奥様。聞けば向こうの世界は平和だそうですし。何より鏡也様はナイトグラスター。そして観束様達もツインテルズとして戦ってきたのですから。何か遭ったとしても、心配無用かと」

 後ろから、天音を宥めるように香住の声がかかる。だが、天音は頭を振った。

「違うの。何ていうかね……」

 

 心の中に広がる不安。それを天音は躊躇いながら口にした。

 

 

「鏡也がね……このまま二度と帰ってこないような……そんな気がするの」




今作の世界間の壁は時空の隔たりという解釈になっています。原作にも在った世界を繋げるトンネルなど、きちんと行き来できる要素がないと、時空を超えてさまよってしまいます。
そのあたりが、実はダークグラスパー着任のズレの正体だったりします。

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