光纏え、閃光の騎士   作:犬吉

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覚えている方は、果たして残っているのでしょうか……?




「いや~、遊んだ遊んだ」

「まさか午前中だけでフロアの半分近くを踏破させられるとは思わなかった…」

 施設内のオープンスペースに設けられあフードコートの一角に、鏡也とソーラは腰を落ち着けていた。

 時間的にちょうど昼時ということもあり、人も多い。

 体力に自信のある鏡也だったが、さすがにソーラに振り回されるのは疲れるようで、少しばかり溜息がこぼれた。

「さて、時間的にも飯時だけど……何か食べるか?」

 見回せばファストフードからラーメンなど、色んなお店がある。さて、どうしようかと鏡也が思案していると、ソーラがおもむろにバッグをあさり出した。

「……? どうした?」

「えっと……ね。実は……これ」

 出したのはランチボックスだった。蓋を開ければサンドイッチが敷き詰められていた。

「これ、どうしたんだ?」

「いやぁ、母さ……じゃなくて未春さんに『デートって言うならやっぱり手作りのお弁当じゃないかしら?』って言われて。でも、時間もなかったから……せめてサンドイッチぐらいならって」

 使われている具材を見れば、たしかに喫茶店で使われているもののようだ。

「そうか。じゃあ、せっかくだし戴こうかな。飲み物を買ってこよう」

 

 

「大丈夫ですか、総二様?」

「見てただけなのに、何だか疲れたな」

 後を付いてきていた総二達も何となく疲れている。

「デートで手作りのお弁当とか、なんで無駄に女子力高いことしてるのよ、そーじ!」

「俺がやったわけじゃないだろ!?」

 愛香に思わぬ濡れ衣を着せられ、総二は抗議の声を上げる。

「ともあれ、今のところは順調そうですね。私達もお昼にしましょうか」

「そうですね。じゃあ、なにか軽く食べましょうか。みんなは何がいい?」

 慧理那の提案に愛香が賛同し、希望を聞く。

「俺はミックスサンドイッチのセットでいいや。飲み物も任せる」

「私達もそれで。飲み物は紅茶をお願いします。尊は?」

「私も同じものを。コーヒーで」

「私は総二様の童貞を」

「オッケー。じゃあ行ってくるね」

 愛香は売り場へと向かった。

 

 

 

「……トゥアール。のどが渇いたにしてもサーバーのタンクに体ごとはやり過ぎだぞ?」

 飲み物を買って戻ってきた鏡也が果たして見たのは、ウォーターサーバーのタンクに上半身を突っ込んだトゥアールの姿だった。とてもジタバタしている。

「がぼぼぼぼ! がぼっ! がーぼぼぼ!! がぼぼーぼぼーぼぼ!!」

「………ふむ。邪魔をしては悪いか」

「ぼぼぼ!?」

 まるで『まじでスルーする気ですか!?』と言わんばかりの驚きの表情を浮かべるトゥアールを尻目に、鏡也は席へと戻るのであった。

 

 

 

「あ、おかえり」

「待たせた。じゃあ、食べようか」

 ソーラにオレンジジュースを渡し、早速ランチボックスからサンドイッチを取り出す。適当に取ったそれは、レタスとチーズを挟んだものだ。

「レタスサンドか。どれどれ」

 一口かじると、レタスの程良いシャッキリ感に続いて、チーズの濃厚さが口内に広がる。パンもレタスの水分に湿気ることなく、塩加減もちょうど良い塩梅にだ。

「時間がないからお店にあったのを使わせてもらったの。できたらもっと手の混んだバケットを作れたら良かったんだけど……どうかな?」

「いや、十分行けるぞ。手を抜かず、パンの下処理もやってるだろ。レタスサンドはバターを塗れないからパンの水気をある程度飛ばしておくと良いと聞いたことがある。こっちのたまごサンドも潰しすぎずちょうど歯ごたえを感じられる大きさだし……うん、美味い」

「本当に? はぁ、良かったぁ」

 心配だったのだろう、ソーラはほっと胸を撫で下ろした。杞憂と分かりソーラも笑顔でサンドイッチをつまんだ。

 その姿は、本当に、どこにでもいる少女のそれであった。

「さて、午後からはどうするか……残る半分を制覇してみるか?」

「それも面白そうだけど……外の方を回ってみたいかな。色々あるみたいだし」

「うーん……じゃあ、散歩がてら見て回るとするか。午前はなかなかハードな強行軍だったからな」

 そうと決まれば、後はサンドイッチを平らげるのみ。動き回ったせいか、減りも早い。あっという間にボックスの中はカラになった。

「ごちそうさまでした」

「はい。お粗末さまでした。ふふっ」

 完食されたことが嬉しいのか、ソーラは笑みをこぼす。

「もう少し休んだら、行こうか」

「うん」

 ゴミを捨て、後片付けをして席に戻ってくるとなにやら賑やかな声がしてきた。大勢がやってきたようだ。フードコートは二階にあり、ちょうど入り口を見下ろせる構造になっている。

 鏡也は何気なしに下を覗き込んだ。

 

「ここか!? ソーラたんがいるのは!?」

「間違いない! 最新の目撃情報にも出てる!」

「くそぉ! 御雅神のやつめ!! 虫も殺さぬ顔で(?)抜け駆けをしやがって!!」

「絶テェに許さねえ!!」

 

「っ………何だ、あれは」

 そこにいたのは、見慣れた制服に身を包んだ、一部見慣れた顔ぶれだった。陽月学園の男子生徒達だ。見慣れた顔はクラスメート。それ以外にもソーラ神輿に参加した顔もある。

「どうかしたの?」

 ヒョイと隣からソーラも顔を覗かせた。まずい。そう思う間もなく――。

 

 

「「「ソーラたんいたぁあああああああああああああああああああ!!!」」」

 

 

「やばいな、逃げるぞ!」

「え? ええ?」

 何が何やらわからないソーラの腕を掴み、走り出した。もう片方の手で、ソーラのバッグを掴み取る。

「あ、ランチボックスが!」

「後で回収する! 今は走れ!」

 足元から「ドドドドド」という地鳴りのような音が聞こえる。この先のエスカレーターは危険と、その奥の階段へと向かう。

 踊り場に辿り着いた途端、中間踊り場の向こうから既に男子生徒が顔を覗かせていた。

「見つけたぞ!!」

「クソッ!」

 切り替えして階段を駆け上がる。

「ちょっと! なんでこんな事になってる訳!? いや、記憶にあるから分かるけど!!」

「なら走れ! 捕まったらまた神輿だぞ!!」

「それはイヤぁ!!」

 以前に学園で起こったパニックは当事者でなくてもソーラの記憶に新しい。とにかく逃げなければと、二人は必死に足を動かした。

 

 

 

「……なんだかエライことになったわね。大丈夫、そーじ?」

「頭痛が痛い」

「とにかく今は二人を追いかけませんと! 尊はソーラさんが置いていった荷物の回収をお願いします!」

「分かりました」

「がボボボボボ……」

「あんたいつまで遊んでるのよ!? ほら、行くわよ!!」

「ブハッ! 誰のせいだと思ってるんですか!? マッチポンプ過ぎですよ!?」

 引っこ抜かれたトゥアールの珍しく正統なツッコミを、愛香は見事にスルーした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ソーラと鏡也は階段を駆け上がる。背後から、何人もの声が聞こえる。今は何とかなっているが、このままでは見つかるのは時間の問題だった。目の前のドアを開け放つ。

「ここは……屋上の駐車場か! なら、車の乗り入れるルートがあるな」

「待って! こっちに!」

 早速探そうとした鏡也の腕をソーラが引っ張リ、車の陰へと引き込む。思わず互いの体が密着してしまう。

「っ……。いきなりどうした?」

 腕の中の柔らかさをできるだけ意識しないようにしながら、ソーラに尋ねる。すると、ソーラは言葉に出さず、視線だけを向こうに送った。見れば、車道を上がってくる連中がいる。

「くっ、まずい!」

 戻ろうとするが、屋内からも生徒たちが流れ込んできたせいで、屋上で挟まれてしまう。

「見つけたぞ、御雅神!」

「もう逃げられんぞ。さあ、ソーラたんを渡せ……!」

 およそ正気を失いつつある瞳が一斉に向けられ、怖気が走る。

 ソーラもとい、究極のツインテールに魅了された者達の恐ろしさに戦慄を覚えながら、遁走する。だが、すぐに屋上の縁にまで追い詰められてしまった。

 進退窮まり、ジリジリと距離が詰められていく。如何にすべきか。鏡也は悩み――決断をする。

「ソーラ。俺を信じるか?」

 いきなりの言葉に、ソーラは少し驚いたように目を見開いた。だがすぐに微笑みを返す。

「もちろん」

「じゃあ……行くぞ!」

「きゃあ!?」

 言うが早いか、鏡也はソーラを横抱きにして、身を翻した。縁に足を掛け、そのまま勢いよく屋上から飛び降りた。直後、眩しい光が放たれた。

「なんだと!?」

「ソーラたん!?」

「縁寿!?」

 いきなりの行動に一瞬呆気にとられる一同だったが、すぐに大慌てで駆け出した。

 

「……………い、いない?」

 

 屋上から地面まで、着地できる場所はない。万が一に無事着地したとしても、身を隠せる場所もない。二人は屋上から飛び降り、そして忽然と姿を消してしまったのだった。

 

 

「一体、どうなってしまったんですか?」

 鏡也のいきなりな行動に、慧理那が驚いて軽いパニックを起こす。その横でトゥアールが、鏡也の行き先を割り出していた。

「いました。ここから一〇キロほど離れた場所――臨海公園の辺りですね。そこに転移したみたいです」

「よし。じゃあ俺たちも行こう」

「転移? どうして鏡也くんにそんなことが?」

 総二達は、慧理那の言葉にピタッと動きを止めた。そして、はたと気づく。

「ああ……そうでしたね。慧理那さん達は知らないですよね。鏡也さんの眼鏡は私が簡易転送装置を加えた改造品なんですよ」

 これと同じやつです。と、おなじみの転送ペンを見せる。

「鏡也さんって、どういう訳かよくエレメリアンに遭遇しますからねぇ。いざという時の緊急避難用に備えてあるんです」

 そう説明しながら、トゥアールは転送ペンで行き先を指定する。

「直接公園に行くのは目撃される恐れがあるので、少し離れた場所に飛びましょう」

 光に包まれ、一行は臨海公園から一キロほど離れた場所にある駐車場へと転移した。

 トゥアールの説明が、壮大なフラグ建築であったことなど、露とも知らず。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……よし、大丈夫そうだな」

 臨海公園の散歩コース脇にある森の中に転移を終えた鏡也は、しばし身を隠して様子をうかがった。転移先で目撃をされないかと警戒したが、特に異変は無いようで、ソーラを降ろして安堵の溜め息を吐いた。

「はぁ……ビックリした。いきなり飛び降りるからドキドキしたじゃない」

「いや、説明もできる時間もなかったからな」

 転移の瞬間を見られないためには、距離の保たれていたあの瞬間以外になかった。とはいえ、ソーラを抱え、座標を指定し、屋上から飛び降りると同時に転移。という流れはさすがの鏡也も精神的に堪えた。

「やれやれ、どうしてこうなるんだか」

「まあ、ここは静かみたいだし、ちょっと予定は変わっちゃったけど、ゆっくり散歩でもしましょ」

「そうだな」

 かくして公園内を散策することにした二人。園内は緑が多く、風が程よく吹いていた。木漏れ日が注ぎ、葉音がささめき、都会の喧騒を忘れさせてくれる。

 何を話すでもなく、ただ隣り合って歩く。それだけでも満たされる。そんな穏やかな時間がそこには流れていた。

「……ずっと、こんな風にいられたら良いのに」

「………」

 ポツリと零される想い。鏡也はどう答えたら良いか分からず、聞こえないふりをしてしまった。

 

「キャアアアアアアアアアアア!」

 

 その時、突然に悲鳴が響き渡った。公園の向こうから、何人もの人が逃げるように走ってくる。何が起こったのかと身構える二人の前に、お約束のようにアルティロイドが現れた。相変わらずモケモケしている。

「これは……アルティメギルの襲撃か!」

 

「くくく………かーっかっかっか!!」

 

 空から届く高笑い。見上げればそこに、つい生理的嫌悪を及ぼしてしまう姿をした細身のエレメリアンが浮かんでいた。大きさは違うが、夏によく見るアレである。

「我が名はモスキートギルディ。アルティメギル一の音楽家よ。さあ、我が身悶え属性(ライズ)が奏でる至高のメロディにて身悶えるが良い!!」

 

 キィイイイイイイイインン!!

 

「ぐううっ……! こ、これは……モスキート音……!?」

「なんか、背中がゾワゾワする……!」

 鼓膜を揺さぶる高音の波が、周囲に撒き散らされる。この状況はまずい。直ぐに変身をと、鏡也がテイルギアを纏おうとするよりも早く、モスキートギルディの視線が鏡也を捉えた。

「むむ、そこにいるのは御雅神鏡也ではないか!? かかか! このような場所で見えようとは……まさに夏の魔物の所業!!」

「意味が分からん……!」

 不快さに顔を顰めながらも、ツッコミは忘れない。そしてモスキートギルディは隣のソーラにも当然気づいた。

「ぬぬ!? そこのツインテール、なんという美しさ……本能的に吸いたくなるではないか。アルティロイド、そこなるツインテールを捕えよ!」

「「モケモケー!」」

「やらせるか。Sサーベル!」

 ソーラを守るため、鏡也はアルティロイドを切り飛ばす。

「鏡也!」

「愛香たちもこっちに向かってきている筈だ! 全力で走るぞ!」

「逃さんぞ! 追え追えい!」

 愛香たちと合流すべく、ソーラの手を掴んで走る鏡也。モスキートギルディもすぐさまそれを追いかけた。

「逃げられると思うな! 囲むのだアルティロイド!」

「「モケー!」」

 上空から指示を飛ばすモスキートギルディ。それに合わせてアルティロイドが鏡也達の行く手を塞ぐように先回り、ツインテール捕獲用の武装を一斉に構えた。

「まずい!」

 あの一斉射を喰らえば終わりだ。ソーラは総二の属性力そのもの。奪われるわけには絶対に行かない。たとえ自分が犠牲になろうとも。

「よーい、撃てい!」

 

「シュート!!」

 

 ちゅどーん。とアルティロイドがまとめて爆発する。

「な、何者だ!」

 モスキートギルディの声に応えるように、青と黄色の影が姿を現した。

「ツインテイルズ、参上ですわ!」

「まったく、懲りずによく来るわねあんたらは!」

 テイルイエロー、テイルブルーはそのまま、鏡也達を庇うように立ちはだかる。

「さあ、ここは任せて逃げてください」

「すまない、感謝する」

 二人に礼を言い、鏡也はソーラの腕を引いて再び走り出した。それを一瞥して、ブルーとイエローはモスキートギルディに向かう。

「あれって蚊、ですわよね。殺虫剤は効くのでしょうか?」

「うーん、蚊取り線香でも持ってくればよかった」

「世間話をするように殺意が高い!? なんと恐ろしい輩よ!? だが、いちいち貴様らを相手にするつもりなどないわっ! 我が力を見るが良い!!」

 いうや、モスキートギルディは両手を掲げた。すると、青空を突如として黒雲が覆い隠した。

 いや、あれは雲ではない。ならば何か?

 

 ブゥウウウウウウウウウン。

 

「ひっ!?」

「ま、まさかあれって……!?」

 それは雲ではない。文字通り、おぞましく蠢くそれは――大軍勢だ。

「「蚊ぁあああああああああああああ!?」」

「いけぇ、我が下僕ども!」

 見るも恐ろしい蚊の大津波が、二人を容赦なく呑み込んだ。

「「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」」

 逃げる鏡也たちの背中に、二人の悲鳴が届いた。

「ああ、二人が!」

「今は走るんだ! 二人の尊い犠牲を無駄にしないために……!」

「いや、勝手に犠牲にするなよ!?」

「総二!?」

 突然横から聞こえた声に足を止める。植え込みの向こうから、総二とトゥアール、尊が姿を見せた。姿を隠す装置で隠れていたようだ。

「総二。ソーラを頼む」

「鏡也は?」

「何とか変身したいが……ヤツの気配が近い。それに人がちらほら見えている。とにかく奴の注意を引く。その間に何とかブルー達が脱出してくれるのを期待するしかないな。頼んだ」

 このまま此処に留まれば、総二らも見つかってしまう。特に尊はツインテールだ。狙われる可能性はとても高い。

「じゃあ、たのんだ!」

 鏡也は一人、目立つように走り出した。それを追うようにして、モスキートギルディが飛んでいき、アルティロイドが走っていった。

「ブルー。イエロー。大丈夫ですか? テイルギアのフォトンアブオーバーなら蚊に刺されたりしませんから、何とか蚊を始末してください。聞こえてますか? 返事してください! 口開けても大丈夫ですから! 何なんですか、こんな時だけ人間ぽくしないで下さいよ!」

 どうやらブルー達の脱出にはまだ掛かりそうだ。いくら大丈夫だと言われても、全身を呑み込むほどの蚊の大軍勢の中で目口を開けるなど、生理的に難易度が高過ぎた。

「鏡也……」

「くそ。俺が変身さえできれば……!」

 総二は無力な自身に、言いようのない悔しさを覚える。そしてその姿を見たソーラはしばらく瞑目し、そして覚悟を決めたように開いた。

「総二。お願いがあるの」

「……? なんだ?」

 ソーラは総二の手を掴み、言った。

「私に、テイルブレスを貸して」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 いまだかつて、これ程に生理的嫌悪を覚えたことがあっただろうか。ブルーは自分史上トップと思っていたクラーケギルディの触手攻撃を思い出し、それすら超えるかもしれない地獄を思った。

 テイルギアの防御を、ただの蚊は貫けない。そんな事は分かっている。だが、肌に感じる感触が、耳を揺さぶる羽音が、目の前を覆い隠している光景が、最凶最悪と名高いテイルブルーを封じ込めていた。何度も手を振るうが、するりと抜けていく感覚しかない。

 どうする。このままでは戦うこともできない。苛立ちと焦燥とストレスばかりが募り、焦りに思考が鈍化する。

 それはイエローも同じだった。さすがのドMも、こればかりは許容範囲にないらしく、苦悶の表情を浮かべていた。

 何とかしないと。イエローは乱される集中の中で、必死に思い出そうとしていた。

 数多の特撮ヒーローを見てきた自分。その中にきっと、この状況を覆す一手がある筈だ、と。 

(っ……! そうですわ。あれなら!)

 思い出したのはとある特撮ヒーローの必殺技だった。巨大なエネルギーをダイナマイトのように爆発させる自爆のような技だ。

 そして、映像記録で見た、テイルレッドがドラグギルディを倒したときに使った技。

 イエローは全身の武装を切り離し、合身武装を上空に飛ばす。そして意を決して叫んだ。

「オーラピラー!! ――うぅっ!」

 合身武装から放たれた雷光が、イエローに降り注ぐと、その衝撃波で周囲の蚊が吹きとばされる。

(そうか。その手があった……!)

 ブルーもすぐにその動きに気付き、自身に向かってオーラピラーを放った。渦巻く水竜巻が周囲の蚊をまとめて呑み込んで洗い流した。

「くはぁ……! 色んな意味でヤバかった……」

「行きましょう、ブルー。早くエレメリアンを倒さないと!」

 二人は頷き合い、モスキートギルディを追った。

 臨海公園の端、海を一望にできるストリートに果たして鏡也と、モスキートギルディの姿はあった。

「……え?」

 しかしもう一人、見慣れたようで見慣れない姿があった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 赤――というよりも朱色のアーマーを身にまとい、赤よりも紅い、炎のようなツインテールをたなびかせた、左手に見慣れないブレスを付けた謎の戦士。

「貴様は一体何者だ……!」

 モスキートギルディの問いに、紅い戦士は天に輝く太陽を指差し、叫ぶ。

 

「私は太陽のツインテールを持つ戦士! テイルソーラー!!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「待ってくれ。幾らなんでもそれは……」

 テイルブレスを貸してほしいというソーラの言葉に、総二は戸惑った。総二にとってテイルブレスは只の変身アイテムではない。そこにはトゥアールの想い(ツインテール)が籠められている。ソーラが自分の属性力とはいえ、貸与するなど考えられなかった。そんな心情を察したソーラは頭を振った。

「大丈夫。そのまま、機能だけを借りるだけよ。今の私じゃ、補助なしじゃ出来ないから」

「なんの事だ?」

「いつか……分かる時がきっと来るよ」

 そう言って、ソーラは総二の右手を握り、自身の左手を胸の辺りに持っていく。そして、意識を集中させた。

「私のツインテール……お願い」

 総二のテイルブレスが展開し、光を放つ。それはソーラを包み込み、そしてソーラの左手にまるでツインテールを思わせるような、ブレス状の物体を構成した。

 

「テイル、オン――!」

 

 謎のブレスが展開し、同時に総二のテイルブレスが輝く。フォトンコクーンが構成され、その中で新たなる戦士が誕生した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 海岸沿いのストリートにて、鏡也は包囲を受けていた。アルティロイドだけならまだしも、上空からモスキートギルディが狙いすました攻撃を仕掛けてきており、それが徐々に鏡也を追い詰めていったのだ。

「先程のツインテールを逃がすために囮となったか。あちらも惜しいが仕方あるまい。御雅神鏡也を捕らえたとあれば、隊長への面目も立とう」

「どうしてそうも人のことを……厄介な」

 変身できない状態で、エメレリアンと戦うには限界がある。何とかブルー達が来るまで持たせたいところだが、限界が近い。いよいよ覚悟を決めなければ行けないかと心に過ぎったその時、街灯の上に舞い降りる影があった。

「待ちなさい!!」

「何――?」

 思わず見上げるその先にいたのは、朱い戦士。テイルレッドをそのまま大きくしたような――というかソーラが変身した姿そのものだった。

 テイルレッドよりも全身のアーマーが多く、しかしライザーチェインよりも軽量化したような姿だ。

「貴様は一体何者だ……!」

 モスキートギルディがそう問うと、ソーラは天をちらりと見上げ、そして指差した。

「私は太陽のツインテールを持つ戦士! テイルソーラー!!」

「……まんまだな」

「はあっ!」

 ソーラ――もといテイルソーラーは跳躍すると、鏡也の前へと着地。同時に炎を撒き散らして、アルティロイドを一掃した。

「ぬう、何という眩さ。まさに太陽の輝きと呼ぶに相応しい! テイルソーラー、まさかテイルレッド以外にもこれほどのツインテールがいようとは! アルティロイドよ、全戦力をもって、これを捕縛せよ!!」

 モスキートギルディの歓喜に満ちた声に、アルティロイドがさらに増えて、テイルソーラーへと襲いかかる。

 だが、テイルソーラーは不敵に笑う。

「燃え上がれ、火輪双結髪(プロミネンステイル)!」

 ゴウ、と燃え上がったツインテール。それをクルリと回転させれば炎が渦を巻き、アルティロイドを一掃した。

「おのれ! ならば喰らえ、我が一撃! 身悶えし口唇針(ライズスティンガー)!!」

 モスキートギルディの口の針が凄まじい勢いで伸び、テイルソーラーに襲いかかる。それを寸前で躱すテイルソーラー。しかし、モスキートギルディの攻撃はまるでマシンガンのように連続して放たれた。

「ちょっと……しつこい!」

 テイルソーラーは鏡也を抱えて大きく飛び退く。そして鏡也を下ろすと、両腕で未だ燃えるツインテールを抱きしめるようにして撫で下ろした。すると、炎がツインテールから両腕へと延焼した。

火輪炎熱拳(プロミネンスナックル)!! はぁっ!」

 激しい炎をまとわせた拳を構え、モスキートギルディに突撃する。それを迎え撃つように放たれる、モスキートギルディの鋭い連続攻撃。

「はっ!」

 名うてのボクサーのように、それを拳で叩き落とすテイルソーラー。ぶつかり合い、火花が幾重にも散る。鋭く繰り出された拳が空気ごと、モスキートギルディを焼き尽くさんと波打つ。

「ぬう、熱っ!? これでは夏の虫ではないか! ――ぐはぁ!?」

 一撃の威力の差が事態を決し、燃える拳がついにモスキートギルディに叩き込まれた。と同時に爆発が起こって、細身のモスキートギルディは派手に吹っ飛んでいく。

 テイルソーラーはチャンスと、フォースリボンに触れた。

火輪豪炎剣(プロミネンスセイバー)!!」

 テイルソーラーの手の中に、炎の剣が顕現する。テイルレッドのブレイザーブレイドよりも幅広く長い両刃の大剣だ。

 それを地面に突き立て、テイルソーラーは左手のブレスを上空に向ける。

「オーラピラー!」

 放たれる閃光。それはやはり上空へと飛んでいき、消えた。

「一体、どこに向かって撃っているの――だぁあ!?」

 その直後、モスキートギルディの真上から閃光が降り注いだ。朱い光の柱がモスキートギルディを呑み込みその動きの一切を封じ込めた。

完全解放(ブレイクレリーズ)!!」

 プロミネンスセイバーを抜き放つと同時に、炎が燃え上がり、刃を白く染め上げる。

 プロミネンステイルが一気に炎を噴き上げ、炎の翼となってテイルソーラーを空高く飛翔させた。

火輪豪断(プロミネンスバスター)!!」

「ぐわぁああああああああああああ!!」

 放たれた必殺の一撃は、モスキートギルディを地面ごと両断せしめた。その衝撃に地面すら揺れる。

「おお……やはり火に入るのは……逃れられない運命……蚊」

 爆散する夏の魔性。その姿を残すのは、地面に転がった属性玉のみであった。

「ふう……なんとか間に合ったかな?」

 戦いが終わり、テイルソーラーは深く息を吐いた。

「ソーラ、お前……」

 背後から鏡也の不安げな声が届く。テイルソーラー ――ソーラは振り返り、ニコリと笑ってみせた。

「大丈夫。まだ平気だから。それより、早くここから離れよう」

 ぐるりと見回せば、野次馬が増えていた。その中にすっかり出番を失ったツインテール戦士がいたが、構っている余裕もない。なにせ時間は有限なのだから。

「それじゃ、行こう!」

「ちょっと待て!? 俺を抱えるな!?」

 ソーラはリボンの属性玉を使って大空へと飛び上がった。そして追いかけようとする野次馬を振り切って、姿を消したのだった。

 

 果たして残された野次馬達は、その唐突に現れ、そして消えた謎の戦士に対する思い思いの――あるいは身勝手な妄想を繰り広げた。

「あれってもしかして、テイルレッドのお姉さんとか!?」

「ありえる。同じ赤だし、武器だって同じだったもの」

「そういえばテイルレッドたんって、一人異世界からやってきたって話があったよな」

「じゃあ、テイルソーラーは別世界で戦っていた戦士?」

「マジかよ。じゃあ、姉妹揃い踏みってことか!?」

 興奮冷めやらぬまま、ある者達は妄想を繰り広げ、ある者達はそれぞれが撮った写真を交換しあい、ある者達は動画や写真をネットにアップロードした。

 近くにいるブルーとイエローに気付きもせずに。

 

「……………なんなのよ、あれ」

「とりあえず、引き上げましょうか」

 

 あれだけ精神的苦痛受けたというのに特段良いところもなく、二人は帰還するしかなったのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ビックリしたな。まさか本当に変身するだなんて」

 総二は目の前で起こった出来事を振り返り、頭を振った。

「それに凄いツインテールだった。あんなに凄いツインテールが俺の属性力から生まれただなんて……ちょっと嬉しい」

 この期に及んでもブレないツインテールバカの面目躍如と言ったところだろうか。しかし、トゥアールの表情は厳しいものだった。

「………やっぱり」

「どうした、トゥアール?」

「総二様。総二様のツインテール属性がさっきよりも大きく戻ってきています」

「本当か? 良かった。無くなったままだったらどうしようかと思ったぜ」

「トゥアールくん。それはつまり……ソーラの方の属性力が大きく減少したということではないか?」

 尊が少し考える素振りを見せ、トゥアールに聞く。総二は一瞬その意味がわからず、目を瞬かせた。

「ええ。今朝には一日は掛かると思われていましたが、この分だと陽が沈む辺りには……ソーラは消えるでしょう。この急激な変化はおそらく、テイルギアをまとった……いいえ、あのテイルブレスに似た腕輪の構築をしたことが原因でしょう」

「なっ……!」

 トゥアールの分析に総二が唖然とする。あの変身がそれ程のものであったなどと、総二は気付くことが出来なかった。

「鏡也はその事に?」

「多分、気付いてるでしょうね。鏡也さんの目は色々と良く見えるようですから」

 二人の姿は臨海公園内にある、遊園施設にあった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「うわぁ、きれいな夕日」

 二人はあの後、遊園施設を回って時間を過ごした。そして最後にソーラたっての希望で観覧車に乗った。

 ゆっくりとした時間が流れる中、鏡也は口を開く。

「ソーラ。今日はどうだった? 満足できたか?」

「そうねぁ。途中で邪魔さえなければねえ。あ、でも変身して戦ったのは楽しかったわよ?」

 ソーラは戯けるように肩をすくめた。観覧車がゆっくりと頂点へと進んでいく。

 しばしの沈黙の後、ソーラはそれを破った。

「あなたにはもう見抜かれているかも知れないけれど……私は、観束総二のツインテール属性から生まれたエレメリアン……ではないんです」

「だろうな。何となくそんな気はしていた」

「でも、半分は正しいんです。この体は実際、彼のツインテール属性から生まれたのだから。本当の私は……っ」

 ソーラはしばし逡巡し、そして続けた。

 

「女神ソーラによって生み出された、究極のツインテール対するセーフティプログラムなんです」

「誰やねん!?」

 

 意を決して飛んできたのが余りにも頓痴気な存在で、鏡也は思わず関西弁でツッコんでしまった。

「そうですか? 鏡也さんはご存知の筈だと思うんですけど?」

「え……いや、そんな面白い存在……いや、ん……?」

 そうハッキリ言われると、鏡也も何となく知っているようなそうでないような。そんな気がしてきた。

「そもそも”究極のツインテール”と呼ばれるものは全ての者にツインテールを与える存在。それがどれほど危険なことか……貴方にはわかる筈です」

 確かに、この世界にの異常なツインテール愛……というか、テイルレッド信仰はおかしい。まるでパンデミックだ。

「究極のツインテールは制御を失えば、無尽蔵にツインテールを広め続けてしまう……ツインテール・クライシスとも言うべき状況を引き起こしてしまうのです。私はそうならないよう、安全装置として生み出されました。本来ならこうして体を得ることも、自我を持つことさえなかった……他ならない貴方がいなければ」

 ソーラがその手を伸ばす。夕日がその体を透過して、影をうっすらとだけ残している。もう、時間はなかった。

 その手をそっと握りしめる。触れている感触すらこの世界に残らなかった。

「ツインテール属性は彼の中に還るけど、役割から外れた私は……このまま消えてなくなってしまう。だから、最後にこの世界に……少しだけ、残したかった。自分という存在が、確かにいた事を」

 微笑みが、朱い世界に輝いて映える。その瞬間、少女は間違いなく世界で最も美しい存在だった。

「ありがとう、鏡也」

 ソーラの唇が、鏡也のそれと一瞬だけ重なった。

 

 ―私に最初で最後の恋をくれて―

 

 瞬く間もなく、身につけていたものだけが、布音を立てて落ちる。もう、そこにソーラという名の少女はいなかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 日がすっかり暮れ、陽光に変わってネオンが世界を彩っている。鏡也は一人、手すりに寄り掛かるようにして佇んでいる。

 何となく、この公園から帰ることが躊躇われた。まだ、今日という非日常の中に浸っていたかったのかも知れない。

 我ながら女々しいものだと、内心で自笑しつつ、鏡也は夜の海風を浴びていた。

「――鏡也」

 そんな鏡也の隣に、総二がやって来ていた。鏡也は声を掛けられるまでまったく気付かなかったが、驚くでもなくチラリと一瞥した。

「総二か。どうだ、属性力は戻ったか?」

「ああ。元通りだって、トゥアールのお墨付きだよ」

「そうか。それは良かったな」

「ああ、良かった」

 会話は続かず、沈黙が流れる。さざ波の音だけが響き続ける。総二は何か言おうとしているが、何を言えば良いのか分からず、口を開いたり閉じたりしていた。

「……さて、そろそろ帰るか」

 そんな幼馴染の姿に、鏡也は苦笑しつつ体を起こした。

「ほら、行くぞ総二?」

「お、おお」

 歩き出した鏡也を、総二は慌てて追いかける。

「もうすぐ夏休みだな。今年は色々と面倒事が起きそうだ」

「そうだな。いつも通りって訳には行かなそうだ」

「いっそ、アルティメギルも夏休みを取ればいいんだがなぁ」

「いやいや。仮にも侵略組織だぞ? あり得ないだろう?」

「分からないぞ。アイツラ妙なところがきっちりしているからなぁ」

 少しづつ、日常の色が還る。

「あ、そういえば今日の戦闘、ネットに上がってたぞ」

「マジか。また俺が狙われる要素が増えてないだろうな」

 確かに、ソーラという少女の存在は消えた。しかし、存在した過去が消える訳ではない。その証は、重ね合った掌と、今、ポケットに入ったままの鏡也の手の中にも確かに在った。

 

 ひし形をした、蒼色のオーブ。刻まれたシンボルは――『純愛(ピュアラブ)』。

 

 奇跡のように生まれ、そして消えていった少女の残した、ひと夏の証。

 

 

 

 陽月学園は、もうすぐ夏休みを迎える。




これにてオリジナルは終了。次回からは五巻。つまりあれです。



テイルソーラー解説

▷謎のブレスと赤のテイルブレスの力によって、ソーラギルディが変身した姿。名前は手抜きではなく、炎のテイルレッドに合わせたから。あと、夏の日差しが眩しかったから。
 アーマーが比較的多いギアになっている。最大の特徴は火輪双結髪(プロミネンステイル)と呼ばれる、炎を発するツインテール。
 直接戦闘に使うほか、必殺技の際にブーストとなり、また各種武装へ炎を譲渡して戦う事ができる。
 主兵装は火輪豪炎剣(プロミネンスセイバー)。必殺技は火輪豪断(プロミネンスバスター)。

 いちいち漢字なのは、ソーラの個人的嗜好。(なお火輪とは太陽の事である)

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