その日の夜。ツインテイルズ秘密基地内ではテイルグラス及びハーモナイズフレームのチェックが行われていた。
テイルブレスとは違い、異なる技術のハイブリッドデバイスであるテイルグラスにどのような変化が起こったのか、チェックする必要がった。
ちなみに時刻は九時を過ぎている。神堂慧理那はお眠なので既に帰宅してる。基地にはナイトグラスターの正体を知る者しか残っていない。
「――さて、これが分析の結果です」
モニターにはいくつもの数字とグラフが映し出されている。それがどういう意味なのか鏡也らにはさっぱり分からない。トゥアールもそれが分かっているので、早速説明に入った。
「テイルレッドのプログレスバレッタと違って、このハーモナイズフレームという強化アイテムは、その名の通り”調和”させる機能を持ったアイテムのようです」
「具体的には?」
「元々、テイルグラスの原型である”星の眼鏡”には、私の物とは異なる異世界の技術が使われていました。それがテイルギアのシステムと上手く噛み合わず、出力が十全に発揮できなかった訳です。
ですが、このハーモナイズフレームを装着することで、星の眼鏡のシステムと、テイルギアのシステムを相互的に問題なく運用できる仕様へとする、ある種の変換アダプタのような役割を果たしている訳ですね」
更に、とトゥアールが続ける。
「こちらがある意味本命の話なのですが……ハーモナイズフレーム装着時に使えるようになる
もともと星の眼鏡には、眼鏡属性をベースにして、他属性の変身……今回のケースではフラグメントチェインですね。それを最初から想定したシステムが組まれていたという事です。そしてトリニティチェインのように、複数の属性力をまとめて使用する事も。ただ、それを出力する方法がなかったところに、テイルギアのシステムが出力デバイスとして選ばれた。つまり、根本にあるのは、星の眼鏡側のシステムなんです」
トゥアールですら、想像し得なかった異なる属性力による変身。それは鏡也の実親と、眼鏡属性そのものの謎を深めるには十分だった。
「これを創った鏡也さんの実のご両親……どちらだけかも知れませんが、とにかく、未だにブラックボックスが存在すること。何故、イースナではなく鏡也さんにこれを託したのか。どういう意図で、このようなシステムを組み込んだのか。そして、眼鏡属性とは何なのか。正直、分からないことが増えてしまって。ただ、吉報もあります」
「なんだ?」
「今回、ハーモナイズフレームを装着したことで、星の眼鏡側のブラックボックスが一部解除されました。これによってテイルギアの機能不全は完全に解消されたと言っていいでしょう」
「じゃあ、これからはもっと戦い易くなるのか?」
「ええ。とはいえ、ナイトグラスターのギアはスピード特化の仕様ですから、攻撃力も防御力も他のギアに比べて低めなのは変わりませんが」
「いや、それでも十分ありがたい。正直、今の状態では頭打ちだったからな」
まだ向こうには最強戦力である四頂軍、その上の首領もいる。今後の戦いが厳しくなることは容易に想像出来る。その中にあって戦闘力の増強はありがたいことだ。
「………で、お前らはいつまで黙りこくってるんだ?」
いい加減、面倒くさくなってきた鏡也は離れたところに突っ立ったままの二人に声を掛けた。
総二と愛香の両名は顔を見合わせ、歯切れ悪そうにしてる。
「いや、だって……なあ?」
「うん。あんな話知っちゃったら……ね」
どうやら、鏡也の出自を知って、色々と思うところがあるらしい。
「一応言っとくが、余計な気遣いは無用だからな。別に俺は気にしちゃいないし、今までやこれからが変わるわけでもないしな」
「いや、そうは言うけど……なあ、おじさんやおばさんは知ってるのか、鏡也が……その、全部知ってるってさ」
「ああ、知ってるよ。俺がナイトグラスターになる、その前にな。正直、俺にしてみればとっくに終わってる話だ。だから、お前らがそんな顔するのは逆に迷惑だ。わかったか?」
「――ああ、わかった」
鏡也がそこまで言うと、総二も思うところがありながらも、納得したようだった。
「それにしても、生き別れた実の妹が敵幹部として現れる――なんて、特撮モノの王道を行くようなシチュエーションね」
「毎度ながら、普通にいますね未春おばさん」
いつもの悪役幹部コスチュームに身を包み――店の片付けは良いのだろうか――未春がいつの間にやら定位置と化したシートに腰掛けていた。
「ところで、鏡也君の変身アイテムの眼鏡には最初から眼鏡属性を使って他の属性力の変身をするシステムが組み込まれていたのよね? でも、それっておかしくないかしら?」
未春がモニターを見ながら、疑問を口にした。
「どういうことです、お義母様?」
「だって、こんなのを用意してたってことは、最初から『眼鏡属性には他の属性力を使える』って知ってなきゃおかしいでしょ? なのに、鏡也君にはそれを用意していて、イースナちゃんにはなんで用意してなかったのかしら?
そもそもがよ、鏡也君が眼鏡属性に目覚めるかどうかなんて分からないんじゃないかしら?」
「そうですね……言われてみれば確かに。鏡也さんがこの世界に来たのは生まれて間もない頃だという話ですし、流石にその頃には属性力に目覚めているとは」
属性力は心の力。それは日々を生きる流れの中で育まれていくものだ。生まれたばかりの赤子に、属性力は生まれない。
もし、何かしらの未来視のような力で知ったとして、ならばツインテールと眼鏡という2つの属性力を持つイースナには何故、星の眼鏡に相当するものが用意されていないのか。時間がなかったのか、あるいは他の理由があるのか。
「眼鏡属性……ううん、鏡也君自身に何か秘密があるのかも?」
そう言って、未春は鏡也を見やった。だが、数ヶ月前までごく普通の一般人であった鏡也に、そんな事が分かろうはずもない。
「とりあえず、今日のところはこれで解散としましょう。情報の整理もしないといけませんし、何より鏡也さんの疲労が限界でしょうから」
トゥアールはそう言って、話し合いを終わらせた。実際、鏡也の体力は気を張っているから保っているようなもので、すでに限界だった。
「それじゃ、気をつけてな」
「鏡也さん、愛香さんをしっかり連れて行ってくださいね。鎖でつないで、檻に入れるのを忘れないように、しっかりとお願いしますよ? 猛獣の管理はしっかりして下さい」
愛香の猛獣ぶりをトゥアールが全身で体感するのを知り目に、総二は鏡也に尋ねた。
「なあ、イースナの事は良かったのか? あのままアルティメギルに帰しちまって」
「かまわないさ。自分のやってきた事を正しいと信じている以上、無理に引き止めても無駄だ。それに、今生の別れでもないしな」
「そうか……うん、そうだな」
「そ……そうじさま……こちらはこんじょうのわかれがちかい……たすけて」
猛獣の前に、人の力は余りにも非力であった。
◇ ◇ ◇
「イースナちゃん。まだ寝とるん?」
「体が痛い……割と真面目に動けない」
ベッドの中から顔だけ出すイースナ。実際、顔色はすぐれない。ナイトグラスターの戦いで、決定的なダメージを受けた影響が出ているのだ。
「グラスギアの修理はどうなってる?」
「メインのシステムには異常無いから、数日で直るんやないかな?」
メガ・ネは脱ぎ散らかされた服を手際よく拾い、カゴに詰めていく。
「なにか食べたいのある?」
「………果物の缶詰?」
「せやったらモモのがあったな。それにしよか?」
「うん」
いつもよりも静かな時間。メガ・ネは大したこともない様に振る舞っているが、イースナはどうにも落ち着かないのか、もぞもぞとベッドの中で動いている。
「それにしても、仲直りできて良かったなぁ、イースナちゃん?」
「っ……! べ、別に仲直りとかしてないし。そういうんじゃないし」
「せやけど『お兄ちゃん』言うてたやん?」
「っ~~~~~!!」
「うわっ、ちょ、せっかく片付けたのに!」
途端、イースナは顔を真赤にして、辺りにある物を手当たり次第に掴んではメガ・ネに投げつける。
基地に戻ってきて落ち着いてみれば、余りにも迂闊だったと気が付いた。
あの場の空気というか、おかしなテンションとか、そういうのに流されてしまったのだ。そうに決まっている。
自分はまだ、認めてなどいない。暫定的に、そう暫定的だ。賭けに負けた結果、そうなっているだけなのだから。
だから、認めたわけでは決して無い。その筈だ。そうでなければならない。
誰に言い訳しているのか、ひたすら心の中で繰り返し、イースナはベッドに潜り込んでしまった。
その様子にやれやれと思いながら、メガ・ネは部屋を片付けるのであった。
◇ ◇ ◇
アルティメギル秘密基地の大会議場。そこには数々の部隊が合一化されたことでかなり手狭になりつつあった。なにせ、ドラグギルディ隊、タイガギルディ隊、リヴァイアギルディ隊、クラーケギルディ隊。そこに更にアルティメギル四頂軍の一角”
各部隊、どれもツインテイルズとの――主に、テイルブルーによって――殲滅された者達がいるが、減るより増えるが上では仕方ないことだ。
中央に組まれた円卓。そこには現在、混合部隊の代表ともいうべき者達が座していた。
美の四心隊長、ビートルギルディ。その補佐役スタッグギルディ。ドラグギルディ隊隊長代理スパロウギルディを含めた、各隊の隊長代理達である。もっとも、地位も実力も美の四心の両名が圧倒的であり、その不興を買わぬことに苦心するばかりであった。
「スパイダギルディ……いや、アラクネギルディすら討ち取られる、か」
「進化の泉の試練を超えたエレメリアンは、とてつもない力を得る。でも、テイルレッドはそれをも上回って見せた。さすがとしか言いようがないね、兄さん」
副隊長であったアラクネギルディを倒されたという事実は、その実力を知る者達にとって余りにも重かった。彼の教え子たちは、死の無念に拳を握りしめ、そしてその魂の安らかを願い皆、化粧を整えていた。会議場の一角が、どうにも白い。
ビートルギルディは、アルティロイドに託したというアラクネギルディの遺品をテーブルの上に置いた。
「これを託し、あやつは逝った。今日はこれの中身を確認する。アラクネギルディが遺したもの。ツインテイルズ打倒に繋がる何かであるかも知れないからだ」
ビートルギルディの言葉に、場内がざわめく。特にアラクネギルディの門下らの反応は顕著だった。キワモノ度が目に見えて高まっている。
スタッグギルディが手際よく、端末をモニターへの出力装置につなげる。本来は手下の者にやらせるような事だったが、スタッグギルディは文句一つも言わずにこなした。
「兄さん、準備できたよ」
「よし。ではやってくれ」
場内の照明が落ち、中央の大スクリーンに、アラクネギルディ最後のメッセージが映し出された。
「こ、これは……!!」
当然、そこにはアラクネギルディが撮影したもの――つまり、ナイトグラスターの写真が写っていた。
だが、ただのナイトグラスターではない。スネイルギルディとアラクネギルディの属性力によって、ありえない奇跡を起こし、レディグラスターとして、
「馬鹿な……ナイトグラスターではないのか?」
「いや、しかし……どう見ても女……まさか、男の娘か?」
「何を世迷い言を! それならばテイルブルーであろう!」
「じゃあ、あれをどう説明する!」
「者共静まれぃ!!」
ビートルギルディの怒声が、会議場を揺らした。一転してざわめきが消え、沈黙が支配する。
「これを届けたアルティロイドによれば、これは間違いなくナイトグラスターだそうだよ。男の娘を超えて、ほんとに女性体になってしまったんだとか」
ざわめいている間に、アルティロイドに事情を聞いたスタッグギルディが説明する。
「奴の門下に、性転換属性の者がいたな。なるほど」
「死して、初めて理想の叶えるを知る……か。因果だね。ありえないと知っていたから、男の娘属性に救いを求めたというのに」
「うむ」
エレメリアンにとって、属性とは魂だ。魂の旅路の果て、死してようやく願い求めたものが叶うとは何という皮肉か。
「しかし……むう、ポニーテールか」
「ポニーテール、だね」
何やらポニーテールに含むところがあるのか、歯切れの悪いビートルギルディとスタッグギルディ。他のエレメリアンの中にも微妙な顔の者がいる。
「スタッグギルディ」
しばし考えたような素振りを見せたビートルギルディが、スタッグギルディに何かを指示しようとする。が、それよりも早く、スタッグギルディは動いていた。
「はい、兄さん」
「うむ」
スタッグギルディが取り出したのは、液タブだった。ただの液タブではない。ビートルギルディの高度な技能を活かすために、スタッグギルディがソフトウェアからハードウェアまで全て作り上げた、至高の逸品である。液晶には既にレディグラスターの写真が一枚、読み込まれている。ビートルギルディは素早くペンを液晶の上を滑らせていく。
その流水のような無駄のない動きは超一流のアイススケーターを
彷彿とさせる。そしてそれに完璧に対応するスタッグギルディの道具は超一流のためのアイスリンク、そしてシューズのようであった。
「――出来た」
そうしてペンを置いたビートルギルディは、自身の仕事に満足の息を吐いた。
大スクリーンに映ったのは、ツインテールへと仕立て直されたレディグラスターだった。
その凛とし佇まいに、会議場中から感嘆のため息が溢れた。
「ナイトグラスター、よもやこれ程のポテンシャルを秘めていたとはな。恐るべきはテイルレッドだけではなかったか」
ジェンダーという絶対的な壁を公にて超えたナイトグラスターの存在はある種、アルティメギルに衝撃を与えた。
性別は、超えられる壁なのだ。と。
この一件により、ナイトグラスター改めレディグラスターはテイルレッドに次ぐ人気を博してしまうことになる。
それはつまり、アルティメギルの変態度が更に深まったという事であった。
TS属性を認められた変態・・・もとい主人公。その受難はまだまだ増えそうです。
次回はオリジナルの話をやる予定なのですが、もしかしたらやらないかも知れません(どっちやねん)
やらなかった場合、そのまま5巻・・・つまり、問題児がまた増えるわけですねw