この人ら、どうしてこうも個性が強いんでしょうね?w
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そこは異様なる空間であった。大地はなく、空はなく、海はなく。ただ、空間という言葉でしか言い表せられない、世の理から外れた領域にそれは在った。
アルティメギル秘密基地。異世界航行をも可能とする時空戦艦の機能も有する、地球侵攻の前線基地である。
「リザドギルディがやられただと!?」
「まさか、ヤツほどの武人が……油断などという言葉では済まんぞ!」
鈍色の大ホールに揃いし異形共はアルティメギルに属する戦士たち。彼らは動揺していた。
地球侵攻の栄えある第一陣を務めたリザドギルディが、現地の人間に敗北を喫したというのだ。
この地は理想的な条件だった。文明レベルの低さに比べ、高レベルの属性力反応。狩場として最適という結論に達したからこその侵攻であった。
だが、蓋を開けてみればリザドギルディは敗れ、アルティロイドも殆ど倒されてしまった。
ザワザワ! と、さざ波のような動揺が大波に変わって、ホール全体を揺さぶり始めた。
「――静まれい!」
覇気に満ちた一喝が、全ての波を凪へと変じさせた。
「ど、ドラグギルディ隊長……」
ホールの中心――円卓に座する者。ただそこに在るというだけで、身の震えが止まらない程の闘気を纏う、ドラグギルディと呼ばれた戦士。
明らかに他とは次元の違うその存在が、優に百は越えようかというエレメリアン全員を呑んでいた。
「リザドギルディの強さは師である我がよく知っている。油断で遅れを取るなど在り得ぬ事。ならば、あやつを倒せる程の戦士が、密かに存在していたということだ。これを見よ」
ドラグギルディが手を持ち上げると、ホールの照明が落ちた。同時に天井よりモニターが降りてくる。
「これはアルティロイドが記録した映像だ」
そうして再生されるのは、テイルレッド――総二の姿だった。
赤いツインテールを翻し、炎の剣を振るう少女の姿に、感嘆の吐息と共にエレメリアン達の目が釘付けとなる。
「これは……なんという麗しさ。リザドギルディを倒したのも頷ける」
「これがあの世界の守護者……!」
「名はテイルレッド。これは、神の生み出した偶然とでも言うしかあるまい。事前の調査などたかが知れている。以前も、文明レベルを超えた超越者との戦いは在ったであろう」
「ですが今までは我等の手で――おぉおおおおお!?」
ガタガタとそこら中で席を立つ音が聞こえた。モニターには様々な角度アングルから映しだされたテイルレッドが映っていた。
もう、リザドギルディの事とか、殆ど残っていない状況だった。
「この幼子、未知の凄みと共に宿命めいた因縁が同居しておる。ただ美しい、ただツインテールという訳ではない……実に面白い」
ドラグギルディがその名の如き、竜の鋭さを持った瞳を細める。獲物を求める本能と、強者を求める本能が相乗し、口元が歓喜に歪む。
「諸君。どうする? このまま尻尾を巻いて他の世界に行くか? 我はそれでも構わぬが……どうだ?」
ドラグギルディがゆっくりとホールを見回す。だが、その表情は皆一様に戦士のそれへとなっていた。
「何を仰るか。あれ程のツインテールを前にして、他の世界に行くなど……戦士の恥!」
「どうやら、我が生命を捨てるべき場所が見つかったようです。次の出撃は是非、このタトルギルディに!」
「いいや。ここはこのスワンギルディが!」
一人が名乗れば三人が。誰もが次こそは我が。我こそがテイルレッドをと声が上がる。その強き闘志にドラグギルディは高らかに叫んだ。
「ならば、次に出撃するものをうぬらで決めよ!」
嬉しい誤算だと、ドラグギルディは内心で笑った。予期せぬ強者の出現は彼らの魂に火をつけたのだ。これでこそ、武人揃いの我が部隊だと。
ドラグギルディは喧々囂々と鳴り響くホールを後にした。
「それにしても……」
ドラグギルディの手には小型の端末。それを操作し映像を出した。それは見易いようにと編集された先の映像とは違う、オリジナルだ。
そこにはテイルレッドの前――リザドギルディに戦いを挑んだ騎士の姿が映っていた。
無謀とも言える戦い、だが、その剣閃はドラグギルディの目を持ってしても、見事の一言であった。
「人の身であれ程の属性力を発揮し、アルティロイドを一撃で倒せるとはな。しかしこの人間、あの御方に似ている……か?」
ドラグギルディの脳裏に浮かぶのは、黒き衣に身を包んだ『アルティメギルの死神』、『闇の処刑人』と呼ばれる者の姿。その力はかの異名に相応しく、もしも戦ったとすれば、アルティメギルにその人ありと謳われる武人、ドラグギルディであろうとも結果がどうなるか見えない。
「……いや、同じ
ドラグギルディは頭を振った。アルティロイドを倒した力は認めるが、かの死神とは天地の隔たりがある。
だが、それがずっとそのままであるとは思えない。いずれ、自分達の前に立ちはだかる新たな守護者となるやも知れない。
「フフフ……実に面白い! 面白い世界よ!」
未知なる強者の気配に、ドラグギルディは内なる高揚を抑えられなかった。
――と、これがおよそ三時間前である。
隊長ともなれば雑務も多い。高笑い片手に片付けて、そろそろ結論も出ていようとホールに戻ってきたドラグギルディは「ぬぅ……」と唸った。
ある部下はテイルレッドのスクリーンショットにリボンの加工を施し、これこそが至上と叫ぶ。ある者は、いいや、ナース服を着せるべきだと、僅かな時間で作ったテイルレッドの試作フィギュアを見せた。
そうすると、メイド服だ、濡れTだ、縛りだ、ランドセルだ、靴下だブルマだスパッツだホットパンツだドレスだハイレグだ……次々と己の属性に付随する欲望を空高く叫ぶ。
「静まれい――ッ!!」
心なしか、数時間前より怒りの度合いが増している一喝が再び、ホールの大波を凪へと変えた。
「それらの主張はテイルレッドに直接伝えよ。……我は、次に出撃するものを決めるようにと言っておいた筈だが……結論は出たのか?」
そう静かに問うと、誰もが視線を外した。まるで、すっかり忘れていたかのように。
己の愛するものに対する想いの強さ。それはエレメリアンである以上仕方ないことであり、自身の部下として誇らしいと思う。だが、本筋を外れてしまっては意味が無いのだ。
「――して、どのような理由で会議の道が逸れたのか……スワンギルディ」
「はっ! 隊長が座を離れられた後、リザドギルディの二の鉄を踏まぬために敵を知るべしと、テイルレッドを研究する事になリまして、映像を見始めたのですが……」
「結果、皆一様にこのツインテールに魅せられた、か。気持ちは理解できる。お前たちの想い、いずれも甲乙付け難い。ならば仕方ない……次に出撃するものは戦いで決めよ!」
戦い。その言葉に戦士達の目の色が変わる。エレメリアンにとって戦いとは神聖なものだ。故に手心なく、慈悲もなく、されど誠意と敬意を払いて挑むものだ。
「……あぁ、そうでした。一つだけ、会議で結論が出ていました」
と、一人のエレメリアンが思い出したようにモニターを操作した。映るのは一人の男。テイルレッドをパンで取ったタイミングに被っている。
「――この人間。凄く邪魔です」
「それに、テイルレッドと随分と親しくしていて、何とも忌々しい……!」
「全くだ。それにテイルレッドに押し倒されるなど……ド許せぬ!」
「あの様子では、きっと日常的に親しい間柄。まさか、一緒にお風呂など入っているのではあるまいな!?」
「何だと!? 一緒にお風呂だと!? ぬぬぅ……戦場に姿を見せたならば、真っ先にその属性力を根こそぎ刈り取ってくれる……!!」
「手ぬるい! そのような楽な終わりなどさせてなるものか! パソコンの前に縛り付けて、心の折れるエロゲー地獄巡りに叩き落としてくれるわ!!」
怒気が、殺気が、オーラのように立ち昇る。エレメリアン達の心が一つになる。
御雅神鏡也――人間一人が、屈強な戦士達全ての標的として、彼の与り知らぬ所で認知された瞬間であった。
それが例え全くの濡れ衣であり、誤解であり、本人にとって何処までも不本意であったとしても、その誤解を解く者もいないし、きっとこれからも解けることはないだろう。
◇ ◇ ◇
「っ……!?」
早朝。朝の日もまだ昇りきらぬ時間。鏡也は言い知れぬ悪寒と共に目を覚ました。暖かなベッドの中にいた筈なのに、寒気が収まらない。
熱はないので風邪を引いた訳ではない。いつも早朝のランニングに行く為に起きる時間より早いが、とは言え二度寝するには足りない。
「――起きるか」
昨日の事で体は疲れているのだが、目がすっかり冴えてしまった。隣を見れば、天音がムニャムニャと眠りを貪っていた。その指はしっかりと鏡也のパジャマの裾を掴んでいる。
これが恋人同士であるならば、何とも甘い事であるが、残念ながら母親なのだ。
「やれやれ」
そっと指を外すと、わずかに天音の顔が歪んだ。その寝顔に心苦しさを覚えながら、母を起こさないようにそっとベッドを降り、部屋を出た。
顔を洗って身支度を軽く整え、鏡也はランニングウェアに着替えた。
外に出ると、まだ寒気を残す体をほぐす。朝の凛とした空気を胸いっぱいに吸い込んで、鏡也はフェンシングを始めた頃からの日課である、ランニングに出た。
いつもなら一時間ほど時間を掛けて走るのだが、昨日の事を鑑みて短めにすることにした。
軽いリズムから走りだすと、まだ寒さを残している風が頬を流れ、肺にも飛び込んでくる。
鏡也はこの、町が動き出そうとする時間がとても好きだ。世界よりも早く、自分が動き出している感覚。昼にも夜にも、勿論朝にも見ることの出来ない不思議な光景。レンズを通して見やる世界は、とても美しかった。
ふと、鏡也は件の秘密基地はどうなったのかと思い、走るルートを変更した。
しばらく走っていると、アドレシェンツァが見えてきた。流石にこの時間から昨日のような馬鹿騒ぎはしていな――
「アンタは朝っぱらから何しとんじゃぁああああああああ!!」
ドズン! バタン! ズドン! と、朝の静けさをも打ち抜く衝撃音が総二の部屋から聞こえた。
「………朝っぱらからテンション高いなぁ、愛香のやつ」
これは覗きに行かねばと、鏡也はひょいと雨樋に手をかける。そのままパイプを伝わり、するすると屋根の上へ。
その間にも「人並みだとう!? 人並みもないムネ!!」などという、シチュエーションも想像できない謎の言語が飛び出していた。
開けっ放しの窓から室内を覗いてみると丁度、パジャマ姿の愛香がトゥアールを簀巻きにしているところだった。
「だから言ったでしょ! ドアは溶接しときなさいって!」
「だから木製のドアをどうやって溶接すんだって! よしんば出来たとしても、俺が入れないじゃないか!!」
「そんなの気合でなんとかなるわよ」
「ならねぇよ! なんだよその気合万能説は!?」
「おい。そこの早朝夫婦漫才幼馴染共。ご近所迷惑だからもう一寸、声のボリュームを絞れ」
予想通りな二人に鏡也が声を掛けると、驚いたようにこちらを振り向いた。その様子が少し面白くて、笑いを零しながら手を振った。
「きょ、鏡也……!? どうしたの、こんな朝早くに!?」
「いや、基地を一晩でこさえるとか言ってたから。どんなものかと顔出してみたんだが……この様子では、聞くことはできんな」
そう言って愛香に足蹴にされている芋虫を指差す。芋虫はくかー。と寝息を立てて爆睡している。言った言葉が本当なら、一夜を明かしての作業を行ったのだから、無理もない。
「ともかく、話は放課後だな。愛香も夜這いならぬ朝這いはいいが、遅刻だけはするなよ?」
「夜這……っ! ち、違うわよ! これはトゥアールが! って、待ちなさいよ、鏡也!!」
愛香の呼び止める声も聞かず、鏡也はひょいひょいと屋根から降りていく。愛香が窓から外を見た時には既に走り去った後だった。
「うぐぐ……あーもう!!」
やり場のないモヤモヤを、天高く吠える愛香であった。
◇ ◇ ◇
陽月学園への通学路。国道の交わる交差点前で、鏡也は途中のコンビニで買った新聞を袋から取り出して広げた。昨日の事件は新聞の一面を飾ることはなく、三面の大記事に一枚の写真とともに掲載される程度であった。
「ま、こんなもんだろうな」
物理的被害はともかく、異世界からツインテールを奪うために現れた怪物など、まともな精神の記者なら書く筈もない。記事に纏めるならこのぐらいが落とし所ということだ。
「あ、やっぱりいた」
「おはよう鏡也。何だ、お前も新聞か?」
「おう。来たか、二人とも。……どうした総二? えらく眠そうだな?」
やって来た総二と愛香に挨拶するも、総二の顔には眠気が張り付いていた。
「いや、昨日一晩トゥアールが基地作ってただろ? その音がさぁ……ふぁ」
「何だ、それでか。俺はてっきり『今朝はお楽しみでしたね?』などと言わなければならないかと思ったぞ?」
「なっ……! ななな何言ってんのよ、こら!」
「おっと、危ない。冗談だ冗談」
顔を真赤にした愛香がブンブンとカバンを振り回してくる。正直、カバンの風圧で新聞が切れるのはやり過ぎ感が否めないが、これがデフォルトな愛香を止められよう筈もない。
「取り敢えず、これでも飲んでおけ」
鏡也は袋から栄養ドリンクを取り出し、放り投げた。
「おっと、悪いな。………なぁ、これ『赤まむし』って書いてあるんだけど?
「鏡也ぁああああああああ!」
叫ぶ愛香。だが既に横断歩道の向こうへと鏡也は走っていた。
ちなみに赤まむしをしっかり飲んだ総二は、道中何故か愛香のツインテールを弄り続けたという。
◇ ◇ ◇
教室に入った三人は、その異様は空気に困惑した。具体的には男子のどいつもこいつもが、だらしない顔をしているのだ。
「……何だ、これは?」
鏡也がボソリと呟くと、男子どもの視線が一斉に鏡也に突き刺さった。その瞳は明らかに好意的なものではない。だが、同時に迷いの色が見えていた。
昨日の今日でこうなるような事をした覚えのない鏡也は、首を傾げる。
その原因は何なのか。心当たる処はないかと総二に訪ねようとした時、二人が教室正面の黒板を注視しているのに気付いた。
「おぉ、さすが漫研! そっくりだ!」
「いいよなぁ、テイルレッドたん!」
「あぁ。いいよな! 可愛いよな! テイルレッドたん!!」
カツカツとチョークを走らせる男子の周りに軽い人だかり。彼が描いていたのは――テイルレッドだった。
「……お、おい。お前ら……何でテイルレッドを知ってるんだ!?」
総二がまるで悪夢を見ているかのように尋ねた。実際、本人にしてみれば悪夢そのものなのだが。
「あぁ、これだよこれ。今日の朝、アップされててさ……可愛いよなぁ……テイルレッドたん」
そう言いながら見せたタブレットには、テイルレッドの姿。静止画だけではなく、動画も上がっているようだ。
「昨日のアレを撮られていたのか……どれ」
鏡也も早速、サイトを調べてみた。検索をかけるや、まさかの20万ヒットだ。取り敢えずトップのものを見てみることにした。
「どれどれ……?」
愛香も首を伸ばしてきたので、一緒に見る。そこには確かに、昨日のマクシーム宙果が映っていた。
「あ、これ鏡也じゃない?」
向こうではテイルレッドの兄にになるとか、巨乳派だったが目覚めたとか、唇がたまらないとか、そんな小さな子に恥ずかしくないのか。等といった声が聞こえるが、それどころではない。
クラスメイトの視線の理由がここでハッキリ見えた。ようは彼らのお気に入りのテイルレッドと一緒にいた自分が、色んな意味で気になったのだ。
恐らくテイルレッドの印象が強くて、鏡也が果たして映像の男子と同じか、分かりかねているのだ。
分かりかねているのなら、それでいい。面倒事は良くも悪くも目立つアイドルに任せてしまえば良いのだから。
『お知らせします。これより臨時の全校集会を行います。生徒は直ちに体育館に集合して下さい』
もうすぐホームルームだという時に校内放送が流れ、席に戻ろうとした生徒たちは皆、体育館へと移動し始めた。
総二はわずかの間にすっかり疲れ果てており、せっかくの赤まむしもこれ以上頑張れないようだった。
鏡也はそんな総二の肩を優しく叩いた。
「元気出せ。人気はないより、あった方が良い。よかったじゃないか、兄にが出来て。なぁ、テイルレッドたん?」
「お前、マジで殴るぞ?」
慰めの言葉も、今の総二には届かなかったようだ。
◇ ◇ ◇
生徒たちの集合した体育館は、緊張感をはらんだ静寂が支配していた。その空気に生徒たちも一様に表情を強張らせている。
これから行われるのは、昨日の事件についてだ。何を発し、何を伝えるのか。当事者である鏡也達にとっては尚更、緊張感を抱かざるをえない。
厳粛な空気を割くように、生徒会長神堂慧理那が登場する。壇の前に立つと一度、全体を静かに見回した。昨日の事態を受けての事であろう、慧理那の後ろにはSPでもある神堂家のメイドたちも控えている。
「皆さん。もうご存じの方もいらっしゃるでしょうが、昨日この街は未曾有の危機に直面しました。未知の怪物たちが暴れまわったのです」
真摯な瞳でそう語りだす慧理那。昨日の事を少しでも知る者は息を呑んだ。
「意思を持ってツインテールを狙う怪物なんて、確かに未曾有の危機だよなぁ。変態だったし」
「しっ」
ついついボヤいてしまう総二に愛香が静かにするよう指を立てた。
「実はわたくしも現場に居合わせ、狙われた一人です」
その告白に、静まっていた体育館が一気にざわめき出した。
慧理那はその見た目もあって、一種のアイドル的存在だ。それが狙われたとなれば、生徒達の怒りに火がつくのは明白だった。
「会長を狙うなんて……許せねぇ!」
「上等だバカ野郎! こうなりゃ戦争だ! 誰かタマ持ってこいやぁ!!」
色々と物騒な台詞が飛び交う。ついでに慧理那の語りにツインテールが揺れるせいで、総二のテンションも上がりだしている。
「皆さんの正しい怒り、嬉しく思います。それもわたくしの様な未熟な先導者のために。しかし、狙われたのはわたくしだけではありません。この中にも同じ目に遭った方がいらっしゃるでしょう。学外に目を向ければ、更に多くの何の罪もない女性たちが、その毒牙に晒されるところでした」
更にざわめきが大きくなるが、それを「しかし」とたしなめ、慧理那は言葉を続けた。
「わたくしは無事、ここにいます。他の人達もです。テレビなどでは情報が少ないですが、ネットなどで知った人もきっといるでしょう。あの場に颯爽と駆け付け、怪物を倒した……正義のヒーローを!」
「「「っ……!?」」」
ヒーロー。その言葉に総二らがビクッと肩を震わせた。まさか、総二の正体に気付いたか……と、鏡也が総二を見れば顔がこれでもかと強張っていた。
「――と、失礼。ヒロイン、でした」
照れ笑いとともに訂正する慧理那に、今度は安堵の吐息が零れた。
テイルレッドにも認識阻害の装備がされており、テイルレッド=総二と分からない筈なのだ。
だが、慧理那の背後でスルスルと降りてきたスクリーンに、また嫌な予感がする。
「わたくしは、あの少女――テイルレッドさんに心奪われました!!」
その言葉とともに写ったのは――やはりテイルレッド。その瞬間、総二が噴き出した。
「うぉおおおおおおお! これが、これがこの世の正義だというのかのぁあああああ!」
「あぁ……時代は今、オレに追いついたんだ。ちっちゃい子にハァハァするオレは……ただ、時代の先駆者というだけだったんだ」
「ちっちゃい会長が、ちっちゃなヒロインに憧れる。そうか、これが真理だったんだ!!」
「まさに、我が世の春が来たぁああああああああああああああああ!」
興奮、狂喜、あらゆるパッションが坩堝となって体育館を埋め尽くした。
「神堂家はこの方を全力で支援すると決めました。皆さん、新時代の救世主を応援しましょう!!」
慧理那が宣言するや、興奮はピークを迎えた。総二は映像のツインテール――つまりは自分に、そして見られているという事実に一瞬、危ない方への扉を開けかけ、愛香によって引き戻されていた。
盛大なツインテールコール。まるで旧時代の議会か、はたまたアイドルコンサートの会場か。狂乱の熱気はいつ冷めるとも知れず、響き続けた。
「――さて、今回はもうひとつ。この事件に関して大事な事をお伝えしなければなりません」
興奮が少し治まったタイミングを見計らい、慧理那が言を発する。するとざわめきを残しながらも、皆が慧理那の言葉に耳を傾けた。
そして一瞬。慧理那の視線が一年の列――鏡也のいる方へと向き、視線がわずかに重なった。すぐに鏡也は身を屈め、そこから逃げようとする。
「愛香、わるい。俺は早退する。後はよろしく頼んだ」
「ちょっと! 待ちなさいって!」
こそこそと抜けだそうとする鏡也の制服を、愛香が掴む。その細腕に合わない腕力はどれだけ引いてもビクともしない。
「行かせてくれ。今逃げないと絶対に厄介事になる……!」
「意味がわからないわよ!」
そうこうしている内に、慧理那が決定的な言葉を発してしまう。
「怪物たちに襲撃された現場で、我が校の生徒が一人、女性たちを守るためにテイルレッドさんと共に戦ったのです!」
「っ――!」
嫌な予感は現実となって、真後ろに立っていた。
「一年――御雅神鏡也さん。どうぞ壇上へ!!」
視線が、テイルレッドに向けられていたのと同じ数の視線が、鏡也一人に突き刺さる。最早、逃げ場はなかった。
愛香は気まずそうに手を離した。だが、もう遅い。覚悟か諦めか、鏡也は壇上を向いた。慧理那はニコリと微笑んでいる。
壇上へと向かう短い道中、刺さる視線の数々。さっきまでの狂乱の熱がまだ残っている。階段を上がり、慧理那と向き合うと、鏡也は小さく舌打ちする。
「やってくれたな、神堂会長」
「さぁ、何のことですか?」
小首を傾げてとぼける慧理那。
「あなたの勇気ある行動は陽月学園の誇りです。被害に合われた女性たちに代わって、お礼申し上げます。皆さん、彼に盛大な拍手を!」
津波のような拍手が一斉に響く。これで御雅神鏡也の名前と顔は全生徒に知れ渡った。つまりは彼の動向を掴むのが容易になったということだ。
そんな事をする目的は一つしか無い。
「今日の放課後、生徒会室に来て下さい。お話がありますから」
やはりこうなるかと、鏡也は頭が痛くなった。
慧理那さんは腹黒じゃないですよ? ただ、ちょっとテイルレッドが好きなだけなんです。
腹が黒いのは、むしろ鏡也のほう……w