「――さて、このぐらいで良いか」
「このぐらいで良いか。じゃないわよ! どんだけ撮れば気が済むのよ!? 十分以上やってんじゃないの!」
溜まりに溜まったフラストレーションをぶつけるように突っ込むテイルブルー。それを意に介さず、アラクネギルディは満足気に写真の具合を確かめると、パンパンと手を叩いた。
「アルティロイド、これに」
「モケー!」
「これを持って基地に戻り、そして弟子たちに渡すのだ」
そう言って、スマホを渡す。アルティロイドはモケッ!と敬礼して、そそくさと行ってしまった。
「ちょっと、良いのアレ? 一生の恥を残すことになるわよ?」
と、ブルーがレディ・グラスター……もとい、ナイトグラスターの肩をつつく。
「まあ、長い人生そういうこともあろう」
「変な達観するなぁああああ! そのままだったらどうするのよ!?」
「……恐らくだが、そう大きな問題はないだろう。それよりも、だ――」
ナイトグラスターはフルーレを構える。視線の先には再び大太刀を抜き放ったアラクネギルディ。ブルーも慌ててランスを構える。イエローとレッドも、戦闘態勢を取った。
「最早、後顧の憂いなし。後はお主らを屠り、そのツインテールを首領様に捧げるのみ」
此処から先は、一切のお巫山戯は無しとばかりに、今までにない凄みを携えたアラクネギルディも構える。元より大きい身の丈が、更に一段と大きく見えた。
「上等じゃない。今度こそ決着をつけるわよ!」
先陣を切ってブルーが走る。同時に両サイドにイエローとナイトグラスターが動く。レッドもブルーに続いて走った。
「包囲から仕掛けるか――ならば!」
アラクネギルディが素早く、下段から中段へと斬り上げる。それをジャンプして躱すブルー。ランスを振り上げ、全力で振り下ろす。だが、その先端を一閃される。
「な――きゃああっ!」
ランスごと腕を弾き上げられたブルーを、アラクネギルディの足が打ち抜いた。副飛ばされるブルー。入れ替わるように、レッドが跳んだ。
「どりゃああ!」
「ぬるい!」
一撃はアラクネギルディにあっさりと弾かれ、逆に蹴り足を喰らってふっ飛ばされた。更に左右からナイトグラスターとテイルイエローが仕掛ける。
「ナイトグラスター、射線に入ってますわ!」
「構うな、撃て!」
「っ――!」
一瞬の躊躇の後、イエローがトリガーを引いた。弾雨のスコールが飛んでくる中で、剣戟が鳴り響く。側面からの射撃を背の足で受けるアラクネギルディに対し、ナイトグラスターの体を幾らかの弾丸が掠める。
「被弾覚悟で仕掛けるか。愛らしい見た目と異なって豪気だな、レディ・グラスターよ」
「女は度胸という言葉もあるからな。この程度、二の足を踏むような鍛え方はしていない!」
女性化した影響か、前よりも更に速度を増した剣閃がアラクネギルディに襲いかかる。長物を武器にするアラクネギルディは間合いの不利を悟って、一足飛びに離れようとする。
「そこですわ!」
そのタイミングを狙い澄まして、テイルイエローの全武装が一斉に放たれた。圧倒制圧力を誇る高火力がアラクネギルディを襲った。
「ぬう……!」
「そこだ!
ナイトグラスターの姿が掻き消える。爆煙を貫き、剣撃が閃く。
「その技はすでに見切った!」
アラクネギルディは足下に転がっていた鞘を蹴り上げて逆手に掴むと、コマのように回転しながら、その身を伏せる。同時に
「がは――っ!」
「ぬうん!」
目にも映らない速度のナイトグラスターの腹部に、メキメキとめり込む鞘。そこに向かって切っ先を突き出すアラクネギルディ。鞘の中を逆走り、鯉口が鳴ると同時に、衝撃が更にナイトグラスターを貫いた。弾き飛ばされるナイトグラスター。アラクネギルディの背後に
「完全解放、ヴォルティックジャッジメント―――!!」
「ぬぅうううう!」
アラクネギルディが背中の足を全て出し、真正面から受け止めた。だが、イエロー必殺のキックはその勢いのまま、アラクネギルディを押し続ける。ガリガリとコンクリートを削りながらアラクネギルディが押し込まれているのだが、それでも防御を突破できない。
「ぐう……ぅうっ!」
「おぉおおおおおお!」
「っ……!? きゃああああ!」
ついに均衡が崩され、イエローが弾かれる。無防備となったイエローに向かって抜刀からの一撃が叩き込まれた。
「イエロー! くそ!」
ブルーの側に落ちるイエロー。レッドはよろめきながら、落としたブレイザーブレイドを拾って立ち上がった。周囲を見回せば、自分を除く全員が倒れ伏している。
今まで、窮地という状況は多々在った。だが、今回はその中で一番最悪な状況だ。
――強過ぎる。
レッドの心に、絶望に似た感情が生まれる。この圧倒的脅威に対して、余りにも無力に過ぎる自分自身に。
――俺がツインテールを裏切らなければ。
「テイルレッド。残すはお主だけだ」
――だからツインテールは、俺を見限ったのか?
「うぉおおおおお!」
――俺がもっと……。
「何だ、その攻撃は?」
――ツインテールを……
アラクネギルディの振るった一撃が、テイルレッドの装甲を掠める。それだけで、頑強であった筈のそれがまるで菓子細工のように砕け散る。
『エネルギーレベルが最低ラインまで! 行けません、今のレッドはもう、強化なしで変身しているだけの状態です!』
「どうやら、ここまでのようだな。あっけない結末であるが……致し方ない」
アラクネギルディがゆっくりと、その刃を掲げる。かつてのドラグギルディとの戦いでも、同じものを見た。
(俺は………ここまでなのか?)
ツインテール属性を持ち、自身もまたツインテールへと至った漢。その生き様は苛烈で、鮮烈だった。あれ程であったなら、自分もツインテールに見放されなかったのだろうか。
そんな事を、ぼんやりと思いながら、振り下ろされる一刀を眺め――
「いつまで寝ぼけてるつもりだ――!!」
「っ――!?」
怒号とともに視界が激しく流れ、体に強い圧力がかかった。気が付けば、アラクネギルディは遠くになっていた。驚きと共に見上げた視界には銀色の煌めきがあった。
「ナイトグラスター?」
「全く……世話の掛かる」
抱きしめるように抱えられていた体が降ろされる。いや、そうではなかった。ナイトグラスターが膝から崩れたのだ。
「お、おい。大丈夫か?」
「少し無理をしただけだ、問題ない。私のことよりお前の方が問題だ」
「そんなの――あたっ!? 何すんだよ!?」
いきなり、その鼻先を指で弾かれたテイルレッドが、赤くなった鼻を擦りながら文句を言えば、今度はその顔を両手で挟まれた。
「いいか。眼鏡を愛する者が皆、眼鏡を掛けているわけではない。眼鏡を掛けているものが皆、眼鏡を愛している訳ではないのだ」
「何言ってるんだよ!?」
「お前のツインテールは上っ面のものか? それとも内より来る躍動か? 愛に決まった形など無い。疑うな。疑えば、自分が人間であることすら信じられなくなるぞ」
「俺の……ツインテール………俺のツインテールは」
「向き合うべきは何だ? 真に見るべきものは何だ? お前は――何を求めている?」
「俺の、ツインテールは……!」
「何をコソコソと! 今度こそ、この一撃にて幕引きとせん!!」
アラクネギルディが、空振って突き刺さった大太刀を抜き放って猛スピードで突進してくる。八相に構えられた刃が、風を押し切って不吉の音をを告げる。
「覚悟――!」
「俺の、ツインテールは―――!!」
瞬きにも似た刹那。そして――。
「な―――んと!?」
火花が散る。必殺と思われた一撃が、赤い剣によって受け止められていた。ギシギシと刃同士が削り合うが、どちらも一歩も引かない。
「悪ぃ。迷惑かけちまったな」
「全くだ。後は任せられるか?」
「ああ――任せろ! おりゃああああ!」
テイルレッドがナイトグラスターと入れ替わるようにして、反撃に転じる。刃を受け流して体を回転させ、その勢いで思いっ切りブレイザーブレイドと叩きつけた。
足で防御するも、アラクネギルディの体が大きく飛ばされる。
「ぐう……! 今の刹那に何があった……!?」
「その刹那に、無限の如き出会いがあったのさ!」
『テイルレッドのギアに流入するツインテール属性が元の数値に……いいえ、今までよりも高くなっています! 本当に何が……!?』
アラクネギルディが、その背中から
間髪をいれず襲いかかるアラクネギルディ。その刃を真正面から受け止め、切り返す。その攻防は激しく、嵐のように斬撃が飛び交う。今まで無双を放っていたアラクネギルディに対し、テイルレッドが拮抗する。
「どうしていきなり? ナイトグラスター、何か知ってるの?」
両者の攻防を見やりながら、ブルーが尋ねる。それに対して、ナイトグラスターは微笑みを浮かべて答えた。
「大したことではない。奴が自分を取り戻しただけの事だ」
テイルレッドの剣が、蜘蛛の足を受け止める。一度、後ろに飛び退いてから再び攻め返す。一進一退の攻防が続く。
「そもそもの始まりは、奴が自分のツインテールへの愛を疑ったことから始まった。原因はダークグラスパーとのキスだ。アレのせいで、奴は性というものを意識するようになってしまった」
『なんですって!? それってつまりビッグチャンスだったんじゃないですか!! どうして教えてくれなかったんですか!? あー、その時だったら総二様と念願のクロスオーバー(一部)を果たせたっていうのにぃいいい!』
「トゥアール。あとでクロスオーバー(物理)してあげるわ」
『ひぃいいいい! グロテスク表現はNGですぅううう!』
アラクネギルディの蜘蛛足から赤い光が放たれる。それを炎で切って捨て、テイルレッドが走る。ハイレグの属性玉を使って、間合いを強化した斬撃で手数の不利を押し返す。
「そもそも、ツインテールへの愛と、人への愛は別のものだ。だが、それを混同してしまった結果、自分のツインテールへの想いを疑ってしまった。だからより強いツインテールとの絆を求めてしまった。結果、暴走したツインテール属性がテイルギアの不調を呼び、ソーラという少女をも生み出したのだ」
「属性力って、そんなことも出来るの? いや、アンタの姿見てれば、そうなのかなって思わなくもないけど」
「ギアの不調……以前の私と似て非なる状態だったのですね。あの時は鏡也君にお尻を叩かれて……ああ、そうです。公衆の面前であんな恥ずかしい目に………はあ、はぁ……!」
「ちょっと、何で思い出して興奮してるのよ!?」
「だが、今……その迷いは払われた。全ての答えは最初から自分の中にあったのだから。己を見つめ、己を省みて……己を正しく知ったのだ」
テイルレッドがついに、アラクネギルディの攻撃を喰らってしまう。勢い良く吹き飛ばされるレッドに向かって、アラクネギルディが追撃する。だが、受け身を取ったテイルレッドが逆にカウンターを仕掛け、アラクネギルディの巨体を吹っ飛ばした。
「そう――自分の中のツインテールと語らうことでな!」
「ごめん、さっぱり意味が分からないんだけど!?」
「お前らさっきから気が散るわぁあああああああああ! 後でやれよ後で! それとブルー。意味分からないってなんだよ。ツインテールの戦士なんだから分かるだろ!?」
「分からないわよ! アンタ、自分の心に何を飼ってるのよ!? それともそこまで重症だったの!?」
「戦場にて、余所見をするのは止めてもらおうか!」
怒れる一撃を以て、アラクネギルディがグダりそうになった流れを両断する。再び激突する両者。
「戦いは互角……ですわね」
『確かに。互いに決定打に欠ける状態ですね』
「……そうかしら? 確かにレッドは元に戻ったみたいだけど」
「だが、それでも……」
「「テイルレッドが悪い」」
武道を嗜む二人には、その僅かな差を感じ取っていた。そして、それをレッド自身も感じ取っていた。
かつてのドラグギルディとの戦いでは、相手がツインテール属性であったから、動きを読み互角に戦えた。だが、アラクネギルディにはそれが出来ない。
決して埋められない差ではない。だが、それを埋める手立てがない。今のままでは、勝てない。
「テイルレッド。その力まさに究極と呼ぶに相応しい。ツインテール属性が最強であること、動かしがたい事実。だが、果たして他の属性がそれ程に劣るのか? 同じ頂に達した時、本当に敵わぬのか? 拙者はその可能性を試したいのだ!」
「俺はまだツインテールを究めちゃいない! 皆と比べて何もやってないに等しい、ようやく麓にたどり着いたばかりだ! だから……それが分かった今だからこそ、それをもっと守りたいと思うんだ!」
真正面から刃をぶつけ合い、鍔迫り合う両者。込めるのは互いの信念だ。
「だから俺は、屈する訳にはいかないんだぁああああ!」
心の奥底から溢れ出る、マグマのような躍動。その衝動のままにテイルレッドが全身を震わせ、アラクネギルディを押し返した。
その時、テイルレッドの胸から何かの光が飛び出した。
「これは……見覚えのある光だ」
レッドはその光に向かって手を伸ばした。光の中に浮かぶそれは、トゥアールからもらったバレッタだった。
何の変哲もないバレッタの意味するところを察し、これから起こるであろう事を悟り、レッドは迷う。
「トゥアール、俺は」
『気になさらないで下さい。どうか、そのまま真っすぐに行って下さい』
「……分かった。俺と一緒に戦ってくれトゥアール!」
その背を押され、レッドが光の中に手を差し込み、バレッタを掴んだ。
「行くぜ、俺のツインテールは―――加速する!!」
「何と――!」
レッドの手の中で、バレッタが姿を変える。同時に強烈な属性力を放つ。新生したその名を、高らかに叫ぶ。
「プログレスバレッタ――ッ!!」
レッドは迷うことなくバレッタを分離させ、自身のフォースリヴォンの上部に合体させる。瞬間、全身から属性力が迸り、上半身に新たなアーマーが生み出された。
「これが俺の新たな力――ライザーチェインだ!」
紅蓮のオーラを吹き払うように両手でフォースリヴォンに触れ、二刀のブレイザーブレイドを展開する。肩のアーマーが展開してウイングのような内部機構からエネルギーが発せられ、ブレードを包み込む。
「行くぜ、アラクネギルディ!」
「二刀流……だが、二刀ともなれば動きは鈍るが必定。刃が多ければ強いなどと、幼子の浅慮よ!」
その波動に臆することなく、アラクネギルディが襲い来る。だが、テイルレッドはそれを真っ向から受けて立った。
「初めて驕りを見せたな!!」
「ヌ―――ッ!」
超速交差。残像すら残らない速度で互いの一撃が交差する。そして、アラクネギルディの足下が、その威力に圧壊する。
「ぬぅ………莫迦な!? 我が
「俺はツインテールの戦士だ。二刀の剣は、即ち俺のツインテール」
テイルレッドが振り返り、二刀を振りかざす。その覇気、正に最強の戦士に相応しいものだ。
「二刀だから強いんじゃない。ツインテールだから強いんだ!」
『古来より、二刀流の剣士は皆ツインテールを好きであったと聞きます。過の剣豪宮本武蔵はツインテールですらあったと。ならば、レッドもそれに習うのは必然』
「あんた適当ぶっこいんてんじゃないわよ! 歴史家の人に謝りなさいよ!」
「む? 武蔵ちゃんはポニーテールではなかったか?」
「でもってアンタも何言い出してるのよ!? 武蔵ちゃんって誰!?」
「そういえば、からくりな剣豪だと佐々木小次郎がポニーテールでしたわね」
「イエローまで何言い出してるの!? レッドさっさと終わらせてよ! ツッコミが追いつかないんだから――!」
数度の激突で、更に押し込まれるアラクネギルディが大きく飛び退く。そのまま視線を座り込んだままのブルーとイエローに向けた。
「こうなれば先に、あの二人のツインテールを奪取する!」
銀色のリングを呼び出し、二人に向かって投げる。瞬く間にリングは巨大化して二人の目前に迫った。
逃げようにも、ダメージが大きく身じろぐこともままならない。
「アイツ――!」
ナイトグラスターもアラクネギルディの糸に気付いた瞬間に動いたが、痛みに膝が崩れ、明らかに遅れた。それでも走るナイトグラスターだったが、わずか――僅かに間に合わない。
最早、二人のツインテールは風前の灯か。その時、赤い閃光がナイトグラスターの眼前を駆け抜け、リングを粉砕した。閃光は天へと上昇し、三人の前に降り立った。
赤い閃光――テイルレッドはさっきまでとは違う姿をしていた。ツインテールが下結びに代わり、上半身のアーマーが消えて、今度は下半身にアーマーが出現していた。
「また、テイルレッドの姿が変わってますわ」
「これがフォーラーチェインだ」
ツインテールが尾羽根のように風にたなびく。
「なるほど。攻撃特化のライザーと、速度特化のフォーラーか。ダメージがあってベストではなかったとはいえ、私よりも速いとはな。ダメージがあったとしても、その速さは大したものだ。ああ、ダメージがあったとは言えな!」
「変なところで敵対意識持ってんじゃないわよ! いや、スピード自慢だったから分かるけどね!?」
『解析が完了しました。ライザーチェイン、フォーラーチェイン共にエネルギーバランスが一方に集中するため、安定性に欠けるようです。なので22秒以上継続しての使用は危険です。それ以上はテイルギアがオーバーロードして爆発してしまいます。
「分かった――その間でケリをつける!」
トゥアールの分析をしっかりと頭に入れ、
「行くぞ、アラクネギルディ!」
地を蹴り、アラクネギルディに向かうテイルレッド。アラクネギルディのは夏赤い光を、一瞬で切り替えたフォーラーチェインで躱し、懐に飛び込むと同時にライザーチェインへと切り替え、攻める。その苛烈な攻撃がアラクネギルディを追い詰めていく。
「研鑽において並ぶ者無きと自負していたが、戦場で進化するお主こそ武神! だが、危うい。そのまま征けば人間の枠を超え、ツインテールそのものになってしまうぞ!」
「望むところだ――――!!」
「「望むなぁああああああああああああああああああああああああ!!」」
売り言葉に買い言葉とはいえ、それは看過できぬと幼馴染二人が最後の力を振り絞ってツッコむ。
「いや、そこまで言うか!? 信用ないのか!?」
「ツインテールに関して言えば、信用ならないのよ!」
「ひでぇ……」
こればかりは、普段の言動が物を言うので同情の余地もない。やりきれない思いを抱えながら、レッドはアラクネギルディと刃をぶつける。
「男の娘とは死ぬことと見つけたり――我が最終闘体をもって幕を引かせてもらう! ぬぉおおおおおお!」
背の足が動いて、アラクネギルディの下半身が完全な蜘蛛の形に変わる。幹部クラスが持つ変身能力だ。正眼に構えられた刃が、ギラリと光った。
「この姿、愛するワームギルディに捧げるものでござる! いざ、往くぞ!」
「お前今、とんでもないこと言わなかったか!? くっ、お前にどんな思いがあったとしても、それでも俺は特別扱いなんてしない!」
エレメリアンにも色んな者がいる。尊敬、友情、そういったものを持っていることを知っている。だからこそ、気後れすることなど無い。それはこの上ない侮辱だからだ。
「……感謝する。我が弱さ故についぞ 告白することはなかったが……それをも受け止め全力を持って戦うその心に、我が最後の剣を以て敬意を示さん!」
八つの足から全力で踏み込む。人では決して到達できない領域から繰り出される一撃。
「ちぇえええええええええええい!!」
全てを寸断する、必斬の一撃。目にも留まらぬそれが、ビルの一部をまるまる斬り捨てる。だが、そこにテイルレッドは居ない。
「
全装甲を展開したフォーラーチェインからの、超速での突撃。テイルレッドがアラクネギルディの周囲を駆け抜け、天高く舞い上がると、その輝線が焔へと変わり、アラクネギルディをホールドする。
「ぬぉおおおおおお!?」
上空にてライザーチェインに切り替えたテイルレッド。二本のブレイザーブレイド――ブレイザーブレイドツインにプログレスバレッタが装着し、凄まじい力を放つ。
背中のバックパックから、ファイナルブーストを受け、新たなる必殺の刃が唸りを上げた。
「ライジング――ブレイザァアアアアアアアアアッ!!」
十字に走る刃が、男の娘の棒ごとアラクネギルディを斬り裂いた。
「………見事。その力、さすが究極のツインテールといったところか」
「それは違うぜ。お前は言ったな、”男の娘とは死ぬことと見つけたり”って。俺は違う。俺はいつだって、未来を見ている。俺のツインテールは大勢の人たちに支えられているんだ。明日のツインテールのために今日、ツインテールを綺麗に結ぶんだ」
ノーマルチェンに戻ったテイルレッドが、この数日を振り返る。何も知らなかった自分を知り、なお一層、ツインテールを愛した。一人では決して答えなどでなかった。隣りにいて、支えてくれた誰かが居たから、テイルレッドは復活した。
「俺のツインテールは―――絆だ」
「なるほど………絆、であったか。であれば………拙者が届かぬも道理」
炎の中で、崩れていくアラクネギルディの体。
「これより先、更なる強敵がお主の前に現れるだろう。だが、その歩み決して止めるな。そして必ずや辿り着け―――ツインテールの頂へ!」
その叫びと共に、アラクネギルディが消滅する。その爆発によって生じた属性力の光が天を貫き、分厚い曇天をかき消していく。
「……終わったか。はぁ~、疲れた」
がっくりと尻もちをついたテイルレッドは、キラキラと粒子の降り注ぐ空を見上げた。
「見て下さい。町中に溢れていた男の娘が、元に戻っていきますわ」
「字面だけ見るととんでもない言葉ね。でも良かったわ。……正直、悪夢のような光景だったし」
イエローとブルーが街の様子に安堵している中、テイルレッドの横に気配が現れた。
「どうやら、迷いは晴れたようだな」
聞き慣れた低めの声に顔を向ければ、やはり元の姿に戻ったナイトグラスターがあった。
「元に戻れたんだな」
「ああなったのはアラクネギルディの影響だからな。奴さえ倒せば元通りと予想はついていた」
『良かったぁああああああああああ! 良かったですナイトグラスターさまぁああああ! 尊は、尊は……危うくウエディングドレスを二着用意しなければならないところでしたぁああああ!』
「…………だってさ」
「…………戻らない方が良かったかな?」
通信を聞かなかったことにして、ナイトグラスターは「さてと」と踵を返した。
「私は先に引き上げさせてもらおう。では、さらばだ」
「ああ」
テイルレッドはその背を見送る。その時、風が吹いてナイトグラスターのマントがたなびいた。
「っ……」
マントの下、背中にまざまざと刻まれた刃の痕。出血こそ無いが、スーツを切り裂いて地肌に届いている。
その傷の意味を、レッドはすぐに悟った。
(アレはあの時……俺を庇ってついたのか?)
自分が諦めかけた時、その身を盾にして守ってくれたのだと。それを誇示することもなく、ただ一人去ろうというその背中。
ずっと自分の身を案じ、密かに自分の問題を解決の方へと導こうとしていた。
(”私”のために……)
「なっ……?」
突然に走った思考と胸を僅かに締め付ける感覚に、レッドはハッとした。まるで、自分以外の何かが奥底に芽生えたかのような違和感。
「何だったんだ今の……?」
すでに消え去ったそれに、首を傾げる。そしてそんな様子を見ていた二人が、この世のものとは思えない表情をしていた。
「『いいいいいぃいいいやあああああああああああああああああああああああああ!?』」
死闘の最後は、悲鳴のデュエットで締められたのだった。
やっとタグが回収される時が来たか・・・(意味深)