光纏え、閃光の騎士   作:犬吉

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いよいよ、4巻も終盤です。
変態ばっかりのリゾートビーチが血で染まり、筋肉に染まる。

はたして、我らが主人公に活躍はあるのか!!(割りと切実)




 混沌の坩堝と化した戦場。そこに現れたのは深海生物のようなエレメリアンであった。その正体は? その目的は? 謎が謎を呼ぶ展開に、誰もが次の一歩を待った。

「爺はシーラカンスギルディと申します。いやはや、割腹筋属性(シックスパック)は希少ゆえ、属性力が足りなくなってこのザマ……」

 謎、氷解。

「……して、何故このような場所に居る? 出撃を許可した覚えはないぞ?」

「はあ……えっと、どちら様で?」

「たわけ! 我を知らぬとは貴様、何処の部隊じゃ!? よもや単独行動ではなかろうな!」

「プッ」

「眼鏡!」

 瞬間、噴き出したナイトグラスターの居た場所が爆発した。が、既にそこに人影はなく、代わりに砂浜が音を鳴らした。

「はあ……。所属はリヴァイアギルディ隊ですが……」

「リヴァイアギルディ? 其奴はもう一月以上前に倒されておるわ! 今は増援部隊がやってきて戦闘続行中じゃ!」

「なんと……! 爺が海で流されている間に………何ということじゃ」

「ちなみに聞くが、出撃したのはいつじゃ?」

「そうですな………ブルギルディ殿が倒された辺り………でしたかな?」

「めちゃめちゃ最初じゃねーか!!」

 もう我慢ならないと、レッドはツッコんでしまった。

「あの、シックスパックと言うのは………何なのですか?」

 イエローが申し訳なさそうに、ナイトグラスターに尋ねた。

「シックスパックとは鍛えられた腹筋のことだ。腹筋がまるで六つに分かれているかのように見える事から、そう呼ばれているんだが……ふむ」

 ナイトグラスターはイエローの質問に答えつつ、レンズの奥で目を細めた。その先には宿敵の姿。

「逃げるか、ダークグラスパー?」

「たわけ。人の話を聞いておらなんだか。お前達の相手は部下が務める。わらわが出るのはその後じゃ」

 不敵に笑い、ダークグラスパーがゲートを開く。入れ替わるようにして、アルティロイドがワラワラと出現した。その数は数十は下らない。

「此度は見逃してやろう。じゃが、覚えておくが良い、ナイトグラスター。貴様の眼鏡に、死相が浮かんでおるという事をな」

 不吉な予言を言い残し、ダークグラスパーが去っていく。残されたのはアルティロイドとシーラカンスギルディだけとなった。とはいえ、エレメリアンは問題なさそうであり、となれば早急に片付けてしまおうとツインテイルズが構える。そんな中、シーラカンスギルディは何故かまじまじとブルーを見つめ「…………はぁ」と、盛大な溜め息を吐いた。

「腹筋の気配を感じたのですが……残念ですじゃ。どうして胸筋をそこまで鍛えながら、腹筋を鍛えなんだか………これでは冥土の土産にはなりませぬ」

「………あ゛?」

 地の底から(はらわた)をえぐる悪鬼のような声が響いた。そして声だけでなく物理でも行動を起こしていた。

「誰が胸筋鍛えてるってのよコラァあああああああああああああ!」

「ふぉほほ。何を照れておりますやら。どう見ても鍛えた胸筋しか――」

「だらっしゃぁあああああ!」

 痛烈なボディへのアッパーストレートでふっ飛ばしからの、落ちてくるところに走り込んでのダイビングボレー隼ブルーシュートでゴールを獰猛に狙った。だが、虚しくもコーナーポストに阻まれてしまった。ポストって何処だよというツッコミは受け付けていない。

「ぶ、ブルー。いくら敵でもご老人にそのような無体は……」

「あたしはお爺ちゃんに『老人だからと手加減するのは、武人にとって最大の侮辱』って教わったのよ」

「その後、お前がお祖父さんより強くなっちゃったせいで、色々言い訳して取り消そうとしてたじゃねーか」

 口は災いの元。その意味がとても良くわかる教訓であった。

「ぬ……ぬぅううう!」

 盛大にふっ飛ばされたシーラカンスギルディが、砂浜をえぐり飛ばすかのような勢いで走ってきた。今までの緩慢さが嘘のように活力に溢れている。

「今の動き! 全身の躍動する筋肉! 割腹筋の要素ありと見ましたぞ!」

「じょ、冗談じゃないわよ! 筋肉つかないようにって気を付けてるんだから!」

「なんと勿体無い! どれ、爺めが超振動腹筋トレーニングマシーンのように振動マッサージをば」

「止めんかぁあああ!」

 シュルリと伸びてくる両手を払い、ブルーが飛び退く。

「今の動き……あんた、今までのはフリだったのね!」

「なに……この老骨に鞭打つ時が来たと感じたのですじゃ!」

 老練の技とも言うような、ブルーの荒々しさとはまた違う鋭さを持つシーラカンスギルディの動き。さながら海中を自在に泳ぐ魚の如きその攻撃を、ブルーは流水の如く捌きながら反撃を試みる。だが、その打ち手を容易く払われた。

「こいつ……やる!」

「ぬぅうううううう! 燃えてきましたぞ! 気力じゃ! 超力じゃ! ガッツじゃ!」

 一瞬の気の緩みすら、一部の隙さえ許されない高度な戦い。その攻防は正にヒーローの戦いだ。ただし、正義と悪の攻防の中心にあるのは腹筋である一点のみ、果てしなく残念である。

「さて、こちらも真面目にやろうか」

 フォトンフルーレを展開し、戦闘態勢を整えるナイトグラスター。が、その手を止める者が在った。

「ナイトグラスター。お願いですからどうか……服を着てくださいませ! これ以上は尊が……尊が持ちません!」

 テイルイエローのすがるような訴えに振り返れば、血の池は大河となり海へと還っていっていた。そして『我が一生に一片の悔い無し』と、辞世の句まで書かれてある。そろそろ、彼岸の向こうに行く準備を整えつつあるようだ。これ以上は危険が危ないので、訴え通りに本来の姿に再変身する。

「さて、では改めて――行くぞ」

「モケ――!」

 砂浜を蹴り、閃光の剣が唸る。一瞬で十体を空へと叩き飛ばし、華麗な空中コンボでまとめて斬り伏せる。久しぶりの活躍のせいか、若干張り切っている風である。

 雑魚をスパスパ蹴散らしていると、ブルー対シーラカンスギルディの戦局は動いていた。

「ぐっ!」

 ブルーの腕を絡め取ったシーラカンスギルディが足を払い、ブルーの背を砂浜に叩きつける。そしてマウントを取るとその腹部からスタンプのようなものが飛び出し、ブルーの腹に張り付いた。

「さあ、これで腹筋を一気に鍛え上げることが出来ますじゃ。今こそ見事な割腹筋を――!」

「止めんかぁああああ!」

 ブルーがマウントを返そうとするが、もともとの体格の差に加え、マウントが完璧に決まっていて、返せない。

「くそ、止めろ!」

 レッドがシーラカンスギルディに飛びかかる。だが、ビウともしない。逆に腕の一振りで簡単に弾き飛ばされてしまった。

「な……!?」

 愕然とするレッド。それを見て、ナイトグラスターが動く。

「テイルイエロー。雑魚は任せた」

「は、はい! 尊はそこで休んでいてくださいまし」

 アルティロイドをイエローに任せると、ナイトグラスターは真っ直ぐ、シーラカンスギルディへと向かっていく。

「ぬっ!?」

「悪いが、そういうのは本人の意志が大事だ」

 まっすぐに繰り出された一撃が、シーラカンスギルディをブルーの上から吹き飛ばした。だが、砂浜を数度転がっただけで、すぐに起き上がってきた。

「なかなかの攻撃。ですが、爺を仕留めるには力不足……相手になりませんな」

「やれやれだ。年寄りの冷や水というが、お冷やと言うより熱湯だな」

 シーラカンスギルディのたぎる闘志に、ナイトグラスターは頭を振る。フォトンフルーレの切っ先を翻し、突きつけながらブルーの間に割って入る。

「悪いが結果をコミットするなら、こちらを先に相手してもらおうか」

「男の腹筋になど、興味ないんじゃワレェええええええええ!!」

 二昔前の任侠者のようなセリフを吐いて、飛び掛かるシーラカンスギルディ。それを迎え撃つナイトグラスター。凄まじいまでの連続攻撃をそれを上回る高速攻撃で打払い、カウンターを叩き込んでいく。

「ぬぅうううううう! 漸く我が魂を燃やす時が来たというのに邪魔立てを!」

「そのまま燃え尽きてしまえ」

 激しい戦いを余所に、テイルレッドはまだ立ち直れないでいた。動揺しているレッドの耳にトゥアールの声が届く。

『レッド。これ以上長引かせるとせっかくのビーチが台無しです! ここは一気にフュージョニックバスターで仕留めましょう!』

「あ……ああ。――よし! ブルー、イエロー行くぞ!」

「ええ!」

「了解しましたわ!」

 立ち上がったブルー。アルティロイドを片付けたイエローが並ぶ。そして同時に属性玉をセットした。

「属性力変換機構――〈三つ編み属性(トライブライド)〉!」

 強敵ケルベロスギルディの属性力によって、ツインテイルズ三人の武装が一つとなる。見た目は8割ビック○スとばかりの|合身巨大砲〈ユナイトウエポン〉だが、その威力は本物だ。

「行くぞ、フュージョニックバスター!」

「ターゲットロック、ですわ!」

「…………よし、ファイアー!」

 一瞬、何処で? と突っ込みかけたレッドが、トリガーを引く。が、その圧力に足が踏ん張りきれず、崩れそうになる。

「くっ……砂浜のせいでアンカーが刺さらないですわ……!」

 イエローも、砂のせいでツインテールがアンカーの役割を果たせず、両足を必死に踏ん張らせている。

「ぐぬぬ……! うがぁあああああ!」

 そしてブルーは、たった一人でその圧力を押さえつけていた。

 かくして三つの力を一つに合わせた一撃が、濁流となってシーラカンスギルディ目掛けて発射された。

「おっと!」

 ナイトグラスターがギリギリで躱す。彼以下の速度では、もう回避は間に合わない。

「おお………なんという。爺には見えますじゃ。テイルブルーの腹筋が見事に割れ、至極の輝きを放つ……その未来が!」

「その未来ごと消し飛びなさい!!」

 シーラカンスギルディを呑み込み、光の奔流が砂浜を、海を真っ二つに切り裂いていった。彼方にて、戦いの終演を告げる鐘が鳴り響いた。

「終わったな」

 こうして老兵、シーラカンスギルディは海へと再び還っていった。静寂を取り戻したビーチで、ブルーは独りごちる。

「絶対に……ぜーったいにムキムキになんてならなんだから……!」

「だが、ブルーよ。今ハリウッドで制作されている映画では――」

「言うんじゃないわよ! せっかく記憶に鍵かけて封印してたのに――!」

 雉も鳴かずば何とやら。もしかしたらわざと言ったのだろうか。ドッタンバッタンと大騒ぎを巻き起こす二人を尻目に、レッドは変身を解くのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 日も暮れ、リゾート地が夜の風に染まる。流石にあの騒ぎの後で泊まる訳にもという話にもなったが、尊のダメージが深刻であったが故、一泊することになった。

 夕食も尊が用意する予定だったのだが、いい笑顔で顔を真っ白にしている彼女に作らせるという選択肢は当然なく、慧理那が連絡してホテルのレストランでの夕食となった。

 

 そして、今は――日付も変わるその手前。

 

 ソーラは一人、砂浜を散歩していた。部屋を出る際、リビングの天井からボロボロにされて宙吊りになったままのトゥアールがいたが、そういう寝相なのだと解釈し、そっとしておく事にした。

 誰もいない夜の浜辺は穏やかな潮風と波音だけが響く。人工的な明かりがないので星空を遮るものはなく、見上げる一面全てが瞬いていた。

「はあ……凄いな。都心じゃ見れないぞ、こんなの」

 満天の星空を見上げながら、感嘆の声を上げるソーラは星々を指でなぞり、ツインテール座を生み出す。

 その出来に満足しつつ、砂浜に腰を下ろした。寄せては返す漣に、ソーラはただ耳を澄ませる。

 切なささえ感じるような静寂に思うのは、今日の戦いのことだ。

 意識していなかった訳ではない。異変は感じていた。スパイダギルディと戦ったあの時から、力が弱まりつつあったと。

 だが、今日はもう普通の人と変わらない程度しかなかった。加速度的に弱体化している。今日はまだ、三つ編み属性の力のおかげで倒せたが、今後も同じ様に出来るとは限らない。

 女性化した事と弱体化した事が無関係とは思えない。一刻も早く、元に戻らなければならない。そう思っても、手段も何も分からない。そもそも原因自体が分からないままだ。時間だけが無為に過ぎていく。

 もしも、ずっとこのままだったら……。自分はテイルレッドとしてまた元のように戦えるのか。自分がもし戦えなくなってしまったら、この世界のツインテールは。

 のしかかる不安感が、ソーラの背を丸め込ませる。

「――ひゃ!?」

 いきなり、ソーラの首筋に氷のように冷たいものが押し当てられ、素っ頓狂な悲鳴を上げる。後ろを振り返れば、そこには見慣れた顔の男子が、缶ジュースをこれ見よがしに振っていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 せっかくのリゾート地と、鏡也は夜の浜辺へと出てきた。余りこういった光景は見る機会もないので、飲み物片手に散歩でもと思ったのだ。

 サクサクと砂地を踏みしめながら進んでいく。心地よい海風をあびながら、男一人でいるのがちょっと虚しくなったりもした。そんなセンチメンタルをごまかすように、砂浜の向こうを見やれば、何やら見慣れたツインテールがあった。

 何が悲しくて、このタイミングで……。そんな理不尽極まりない憤りが、ソーラの背後にこっそり近づくという行為へと繋がった。

 ゆっくり近づき、よく冷えた缶を首筋に当ててやれば、予想通りのリアクションが発生したので、鏡也は溜飲を下げた。

「鏡也か……びっくりした」

「どうしたんだ、こんな時間に。センチメンタルな顔して海を見ているだなんて……熱でもあるのか?」

「どういう意味だよ!?」

「そのままの意味だよ」

 鏡也は缶ジュースを差し出しながら、隣に腰掛ける。受け取ったジュースがサイダーだったので、ソーラはゆっくりとプルタブを開ける。ブシュ! という音とともに泡が外へと溢れたので、すぐに口を付けてそれをすすった。

「……それで、どうしたんだ? そんな湿気た顔をして夜の散歩というわけでもあるまい?」

 鏡也も、もう一本のジュースを開ける。缶の色からオレンジジュースらしい。

 ソーラは問いには答えず、鏡也は更に問いかけず。しばらくの間、言葉をかわさないままに缶を傾けるだけの時間が過ぎていく。やがて、その沈黙をソーラが破った。

「鏡也、俺……力を無くしちまったみたいだ」

「うん、知ってる」

「軽っ! 俺の深刻さに対して軽過ぎだろ!? 何でそんなに軽いんだよ!?」

「だって知ってたし」

「んなっ」

 本気でショックだったのか、ソーラがこれでもかと目を見開いた。その顔が実に滑稽で、鏡也はつい笑いを零した。

「本気でバレてないと思ったのか? 俺の属性は眼鏡。他の者はいざ知らず、俺の眼鏡はごまかせないさ」

「そこはせめて、目にしようぜ?」

 あくまでも眼鏡押しの鏡也にソーラは呆れてしまう。かくいう彼女もツインテール押しなのでどっこいどっこいなのだが。

「――俺の異変はスパイダギルディと戦った時から、段々と大きくなってるみたいでさ……もう、変身する前と後に、ほとんど差がないっていうか」

「そうだな。精々、女子中学生と女子高校生程度の差しかないな。……女子高校生と言っても、愛香じゃないからな」

「言われるまでもないって」

 本人がいない所で言いたい放題である。

「でも、お前の異変はその前からだったろう?」

「えっ?」

「ダークグラスパーにキスされただろう。あの辺りからずっと、おかしかったぞお前。ツインテールより、唇に目が行ってたろう?」

「っ……。いや、あの時はその……ちょっと動揺してただけだ。もう、全然気にならないぞ」

「――そうか」

 頑なに否定するソーラに、それ以上の追求はすまいと鏡也は話を打ち切った。代わりに、ソーラから質問がきた。

「鏡也はさ……眼鏡を裏切ったことはあるか?」

「………すまん。もう一度言ってくれるか?」

 一瞬、自分の聞き間違いかと思ってしまったので、鏡也は聞き返した。

「だから、眼鏡を裏切ったことはあるかって」

「ねーよ。何処のパワーワードだ、それは」

「俺は真剣に聞いているんだよ!?」

「俺も真剣に頭を痛めたわ!!」

 ぐぬぬ。と睨み合い、やがて埒が明かないとソーラが話を継ぐ。

「夢でさ、テイルレッドが……ツインテールを解いたんだ。すっげえ悲しそうにさ。それだけじゃない。テイルレッドが……ツインテールが俺の前から消えようとするんだ。何度も、何度も」

「……あくまでも、夢の話だろう?」

「俺だってそう思ったさ。だけど、あんな夢を見たのも、こんな風に力が弱くなってるのも、俺がツインテールを裏切っちまったからなんじゃないかって……そう思えてならないんだ」

「なるほど。それで妙なことを聞いてきたのか」

 本人なりに深刻な悩みのようで、鏡也は茶化す訳にも行かず、真面目な表情でソーラを見やる。

 そして同時に、この”異常な状況”がどうして引き起こされたのか。その原因にも漸く心当たった。

 だが、それを解決するにあたって、”他人の言葉は意味がない”。あくまでも、自分で気づかなければならない。

 だが幼馴染に、10年来の親友に、伝えなければならない言葉がある。

「……俺に言えることはたった一つだ。観束総二という男がツインテールを裏切るなんて事は絶対にない。たとえツインテールが、お前を裏切ったとしてもな」

 せめてこれだけは、言っておかなければいけない。そうでなければ世界最強のツインテールなどとなれる筈がない。

「鏡也……」

 その言葉の意味がどれだけ伝わったのか、鏡也には分からない。だけど、ソーラは少しだけ目を瞬かせ、そして――。

「――ありがとうな」

 と言って、笑った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 音もなく、風もなく、水面はただ一切の揺れを起こさず、鑑のようにあった。そこは人の世の場所ではない。

 現世と幽世の間――転生の泉。その泉に身を沈めれば、新たなる姿と力を得られるという。

 ただし、生半可な者が泉に触れれば、忽ちの内に溶かされてしまう。また、泉に身を沈められたとしても、強き心なき者もまた、泉の一滴となる運命という。

 そんな危険な場へ、かつて一人の武士(もののふ)がその身を沈めた。

 男の娘属性の求道者。アルティメギル切手の武人。その名をスパイダギルディと言った。

 己が身の未熟を恥じ、更なる力を求めて泉に投じたのはどれほど前か。水面は静けさをたたえ、その底に斯様なる者など居ないかのようであった。

 

 ――――。

 

 僅かに、水面が波立つ。それはまるで止まっていた時間が動き出したとでもいうかのようにさざ波となり、黒き巨影を映し出した。

 ザザン。と、水柱が立ち、巨躯が這い上がる。滴る水を拭うことなく、スパイダギルディはまるで幽鬼のように揺らめきながら一歩、二歩と進めていく。

「ぬ……ぬぅ……! うぅううううおおおおおおおお!」

 咆哮が響くや、スパイダギルディの体が異変を起こす。背が破れ、まるで脱皮するかのように新たな姿が現れた。

 黒い、大きな体躯は白い細めのものとなり、全体的に小柄になった印象だ。陣羽織の代わりにもろ肌を脱いだかのような出で立ち。その威容、修羅より夜叉へと変じたかのような迫力。

「これが転生……。素晴らしい。内側から滾々と力が湧き出てくるかのようだ」

 生まれ変わったスパイダギルディは、その変容に心を踊らせた。

「――お、おお! 師範!」

「むっ。お前達、何故ここに?」

 入り口から数名のエレメリアンが駆け込んできた。それはスパイダギルディ門下の者であった。

「はっ。師範がいつお目覚めになられても良いようにと、一門入れ替わりでお待ちしておりました」

「そうか……ご苦労。それで、状況はどうなってる? 泉の中では外界のことが何一つ伝わらぬのでな」

 そう問いかけるスパイダギルディに、門下の者は表情を暗くした。その変化にスパイダギルディも直ぐに気付く。それは凶報であると。

「……どうした?」

「申し上げます。一門より、ワームギルディ、スネイルギルディの両名が……ツインテイルズと戦い、破れました!!」

「その戦いぶり、一門の名に恥じぬもの! なれど、ツインテイルズは更にその上を……!」

「―――。そう、であったか」

 愛弟子の死。それはスパイダギルディの心に小さからざる波紋を起こした。ただ一度だけ、深く息を吐き、一歩、強く地を踏みしめる。

「これより基地へと戻る。戻り次第、道場に皆をあつめよ」

「ハッ!」

「それともう一つ。これより、拙者をスパイダギルディと呼んではならぬ。拙者は、名を改める」

「………では、何と?」

「今、此の時より――我が名は、アラクネギルディである!」

 

 スパイダギルディ改めアラクネギルディ。アルティメギル最強の武人と謳われた剣豪が更なる脅威となって再び、ツインテイルズの前に立ちはだかる。

 




ついにアラクネギルディとなりました。最終決戦目前です。


いかん。門下生の変態ぶりを書いていないじゃないかww

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