「海へ行きましょう」
トゥアールがそう提案したのは、昼休みの事であった。
昨日のような大騒ぎにはさせまいと「MORE DEBAN」ならぬ「NO MORE MIKOSHI」を合言葉に愛香にトゥアール、尊と慧理那も加わりソーラの壁となる。
しかし、狂化のかかった生徒達相手では、さしもの鉄壁(主成分タンパク質)をもってしても防ぐのが精一杯だ。
「ソーラ、今の内に」
「何で昨日より静かなのに、怖さは逆に増しているんだよ!?」
パンデミックかバイオハザードを起こした施設から脱出するかのように、鏡也はソーラの手を引っ張って、教室から脱出した。
「あー! 何どさくさ紛れに手を繋いでるんですかー!?」
などと、トゥアールが叫んできたので、「バカかお前は!」と返しながら、廊下をひた走る。
動く死体もかくやと言わんばかりの生徒を躱し、どうにか撒くことに成功する。
「ここなら大丈夫だろう」
「はぁ……これ、あと何日続くだろ?」
「そう思うなら、さっさと元にもどれ」
「無茶言うなよ。どうしてこうなった、原因も不明なままなんだから」
屋上のドアを閉じ、二人揃って深い深いため息を吐く。早く何とかしないと、体が持たない。自然、鉄柵に寄りかかってしまう。
「……そういえば、そのバレッタはどうしたんだ?」
鏡也はソーラのツインテールを束ねている物のことを聞いた。見慣れない物なので今朝の時点で気付いていたが、聞きそびれていたのだった。
菱形をした珍しいバレッタだ。ボリュームのあるツインテールに対して主張するようなデザインだが、不思議とマッチしている。だが、愛香の趣味とは違うし、未春もそういうのは持っていなさそうだ。慧理や尊も然り。ということは――。
「もしかして、トゥアールのか?」
「よく分かったな。今朝、貰ったんだ。もう自分は付けられないからって」
「そうか。なら、大事にしないとな」
「ああ」
今はもう付けられない――それの意味するところを察し、自然と二人揃って空を見上げてしまう。雲一つない夏の青空は、かつて存在した青い戦士を彷彿とさせた。
「さて、そろそろ部室に行くか。人の気配が近づいてきているからな」
「んじゃ、転移座標を……よし、行くぞ」
転送ペンの座標をツインテール部の部室に合わせ、二人は屋上から逃走した。
部室に転移を完了すると、既に他の面子は揃っていた。
「お待たせ。流石に部室に来ると安心だな」
ソーラは安堵の溜め息と共に椅子に腰を下ろした。肉体的&精神的な疲労につい、背もたれに寄り掛かりながら、だらりと足を投げ出してしまっている。
「だが、それもいつまでだろうな。いずれは此処のセキュリティも突破されそうな気がするぞ?」
「お言葉ですが鏡也さん。この部室は秘密基地程ではないとはいえ、この私がオーバーテクノロジーをつぎ込んで作ったアジトなんですよ? それを突破するだなんてとても……」
「そのテクノロジーを、物理で突破する奴がいるだろう、すぐ傍に」
鏡也がチラリと視線を送ると、トゥアールも即座に理解し、天を仰いだ。
「………そういえばそうでしたね。愛香さんみたいな破壊神が他にいるなんて思いたくないですが、それでも警戒は必要ですね。セキュリティレベルを見直しましょう」
「誰が破壊神よ!」
テクノロジーの壁を物理で超えてくる姿は破壊神と呼ぶに相応しいものだが、それが不服と愛香は声を荒げた。
「それはそれとして………姉さん?」
チラリと
「え、なんですか?」
「さっきからモジモジとしているけど……脱がないのかい?」
「脱ぎませんわよ!?」
「慧理那さん! あなた、脱ぎたいのか!?」
「トゥアールさんの口調がおかしいですわ!?」
乱心気味なトゥアールはさておき、慧理那はキッとソーラを睨むように見た。その強い眼差しに、ソーラは無意識に気圧された。
(なんだ? 何か強い意志をツインテールから感じる……?)
せめてそこは瞳から感じて欲しいものだ。そんな鏡也の心が届く事はないのである。
「あの、今度海――」
「あ、総二様。今度海に行きましょう」
「いきましょぇええええええええええ!?」
慧理那の言葉を塗りつぶすように、トゥアールの台詞が重なった。
「な、何で海に?」
「いえ、総二様の変化がどうにもストレス以外にないようなので、環境を変えるのとストレス解消に、何処か出かけてはどうかと。週末の天気は良いようですし、せっかくなら海でバカンスなどどうかと。いえ、決して総二様の水着姿を見てみたいとか、逆に私の水着姿を拝ませて情欲を誘おうとかそういう邪な考えは一切無い訳ですから愛香さんどうか私の体を卍型に固めようとしないでぇええええええええええええええええ!?」
「あ、ゴメン。邪悪な気配しかしなかったから」
「イヤァアアアアアアア! 貧乳が伝染るぅううううううう!」
「もうちょっと締めとこう」
雉も鳴かずば撃たれまいに。余計なことを口走ったせいで更に締め上げられるトゥアールであった。
「海か。てことは水着……だよな?」
下着は見えないからまだしも、水着。ソーラは自分の水着姿を想像し、眉をひそめた。流石に衆人監視の中、女物の水着は恥ずかしい。
「無理に泳がなくても良いんじゃないか? リラックスするのが目的なんだし」
「そっか。じゃあ、適当にシャツと短パンでいいな」
「それでは意味がありません! 総二様が水着姿で恥ずかしがる姿とか、ご褒美に他ならないというのに!!」
「愛香、もうちょっとギュッと行っとけ」
「了解」
「あぎゃああああああああああああ!? 背骨が今、あらぬ音をぉおおおおおお!!」
懲りるという言葉を辞書に記すことを知らないトゥアールが、更に締め上げられた。
「あ、あの……!」
と、慧理那が勇気を奮い立たせるように声を上げた。
「ん? どうしたんだ、慧理那?」
「そ、その……水着が恥ずかしいというのであれば、神堂家所有の場所があります! 其処にしませんか!?」
「それってもしかしてプライベートビーチってヤツか!? すげえ、そんなの本当にあったんだ……」
「………プライベート”ビーチ”、ね」
「何だよ鏡也。何かあるのか?」
「いや、何でもない」
慧理那の言葉に何故か苦笑する鏡也にソーラは眉をひそめるが、庶民にとって、ある種の憧れ的なプライベートビーチの前にあっさりと消えた。
「いいですね。プライベートビーチなら、トップレスでも怒られませんね!」
「怒られる前に私が仕留めるけどね」
愛香の容赦ない抹殺宣言にトゥアールがガッツポーズのまま固まる中、慧理那は深く息を吐いた。
(なんとか、お母様の助言通りにプライベートビーチへお誘いできましたけれど……)
「………はあ」
鏡也はこの小旅行が一筋縄ではいかないと、無意識に感じ取っていた。
◇ ◇ ◇
「お母様のアドバイス通り、皆で海に行くことになりましたわ」
「まずは第一段階。といったところですね」
神堂家の大広間。座して慧理那からの報告を聞いた慧夢は立ち上がった。
「バカンスという普段と違うシチュエーションはきっと、貴方達の関係性にいい影響を与えるでしょう。というか、あれからそれなりに経っているのに、未だにどちらを婿とするかを定められないとは……ここが踏ん張りどころですよ、慧理那?」
「は、はい。心得ておりますわ………何を踏ん張ればいいのか、よく意味わからないのですが」
いまいち戸惑っている慧理那を置いてけぼりにして、慧夢は着物の袖から一本の巻物を取り出した。その雰囲気から相当に古い物のようだ。
「これよりあなたに、神堂家に伝わる秘儀を教えます」
「秘儀……ですか?」
「奥義、と言い換えてもいいでしょう。本来、そのツインテールにて魅了し、溺れさせることが良いのですが、この際こだわってられません」
慧夢は勢い良く巻物――神堂家奥義を記した書を開いてみせた。
「これなるはツインテールを用いた舞踏。その舞は見る者の心を捉え、舞う者に魅了さしめるといいます。この舞を会得し、夏の勝者となるのです、慧理那!」
「は、はい!」
早速、慧理那は慧夢の指導の下、舞の修得に努めた。その意図するところをイマイチ理解しないままに。
そして慧夢も、この舞を教えるところの意味を、静かに自らへと確認した。
(この舞はツインテールを愛する者にこそ効力を発揮する。恐らくは観束総二……彼に効果がある)
最早、変態と言って差し支えないレベルのツインテール馬鹿である総二がこの舞を見れば、婿は彼になるだろう。だが――。
(惜しい………とても惜しい。作り物ではない本物のドS。あの容赦なく相手をいたぶり、踏みつけ、締め上げる様。その手際。切れ味……惜しい!)
思い返しただけで、背筋にゾワリとするものが上がってくる。相手の心を蹂躙する手際は、天然ものであるが故か。
総二と鏡也。どちらを婿に迎えるか。どちらが相応しいか。しかし選ばれなかった一人もまた手放すには惜しい。
何故、天は英傑を二人も同じ時代に降ろし給うたのか。
そのジレンマは、どれだけ悩んでみても消えることはなかった。
◇ ◇ ◇
「というわけで、これが次のライブの衣装じゃ」
「何でスクール水着やねん!」
アルティメギル秘密基地の通路にて、ドヤ顔のダークグラスパーにメガ・ネプチューン=MkⅡのツッコミが光る。
「何で今時スク水!? あざといにも程があるやろ!? えっちいゲームばっかりやってるからそういう発想しか出てこないんや!」
「何を言うか。アイドルがあざとさを求めて何が悪い。それを恐れて頂点になど立てぬわ!」
「あかん。この子、あかんわ……」
メガ・ネがロボットゆえに起こらない筈の頭痛が痛いと、頭を抱えた。
「……そんな格好するって、次のライブは海ででもするんか?」
「よう分かったのう。せっかくなので無人島で行おうと思っておる」
「せっかくって……普通にやったらええやろうに」
「さて、手頃な無人島を見繕うとしようかのう」
いそいそ、うきうきと地図を広げるダークグラスパーに、メガ・ネの呟きは聞こえなかった。
◇ ◇ ◇
ざざーん。と、波の音が聞こえる。人の気配はない。背後には砂浜から続く道と繋がる立派なホテルがある。砂浜には実の家など俗な建物もない。間違いなく、プライベートビーチだ。プライベートビーチなのだが。
「鏡也……お前が何を言おうとしたのか、よくわかったよ」
「そうか」
「まさか……島まるごと保有しているとか想像できないわよ」
「そうか?」
「す、すみません。ですがプライベートビーチというのは日本では持ちにくくて……」
日本では制限の厳しさから、本当の意味でプライベートビーチを持つことは難しい。とはいえ、島ごととは。庶民が金持ちの力を思い知らされた感がある。
「さて、まずは荷物を置いて着替えよう。………総二、愛香、行くぞ~?」
大荷物を抱えたまま、ホテルへと向かう尊と慧理那。そして鏡也は呆然とする二人に声を掛ける。
「さあ、総二様。ここに居たら無駄に汗を掻くだけですから行きましょう」
「あ、ああ……」
まだ心ここにあらずな総二達もホテルへと向かうのだった。
ホテルの敷地内には十階建てはありそうな本棟の他、コテージが数棟程並んでいる。その中で、案内されたのは正面に海を一望できる、一番豪華なコテージだった。
中に入ると、その内装の豪華さにまた総二達は圧倒された。
「さ、総二様。一緒に着替えましょう!」
といって、トゥアールがそうじに迫る。が、あっさりと愛香によって阻まれた。
「荷物を置いた途端それかい!」
「いや、女物の水着くらい一人で着けられるから」
「総二。言わんとせんことは分かるがお前、男としてその台詞はどうなんだ?」
そろそろジェンダーの壁とかヤバそうだなと思いつつ、鏡也は着替えるために自分の部屋へと向かった。
ドア越しにまだ聞こえる喧騒を尻目に、鏡也は服の手を掛けた。窓から見える青空と裏腹に、その心中は薄曇りのような不安感があった。
ここ最近、総二はソーラであることに慣れてきている。それに合わせてか、もう一つの異変が起こっている。総二自身も感じ取っているだろうこの問題は、早めに解決しないと取り返しがつかなくなりそうだ。
さっさと着替え終え、上にパーカーを羽織って部屋を出る。
「はっはっは。警護役とはいえ海に来るのを楽しみにしていてな。メイド服の下に水着を着てきてしまったぞ」
「どんだけ浮かれてるですか! 年増がやっていいシチェーションじゃないでしょうがぁあああああ!」
ぐわっと大胆にメイド服を脱いだ尊に噛み付くトゥアールという、時は正に世紀末なシーンが飛び込んできた。鏡也はやれやれと首を振るのだった。
◇ ◇ ◇
何故か、ビーチに鏡也とソーラの二人は並ばされていた。その前には女性陣が並んでいる。
「鏡也、俺達は何でこんなことになってるんだ?」
「こういう時のお約束をやらせたいんだろうよ」
「何だそりゃ」
「水着の感想を言えってことだよ」
鏡也が総説明すれば、ソーラはそういうものなのかと改めて女性陣の姿を見やった。
愛香はストライプの水色ビキニ。下がボトムスカートになっている。その脚線美はさすがという他なく、光沢さえ放ちそうな瑞々しい肌は若さという輝きに満ちている。
「………なあ」
「ダメだ」
それなのに、二人は言葉を詰まらせた。それはたった一つ。絶対的ムジュン。油断をすれば「異議あり!」と唱えてしまいそうになる程のムジュン。そこを突けばとんでもない展開を引き出してしまうであろう。
具体的に言えば、胸部の違和感。不自然。異様。今はただ、時間が欲しい。
「……………愛香、よく似合うな」
「あ、ありがと……」
はにかんだ笑顔で視線をそらす愛香。そして男子二人は別の意味で視線をそらした。自然と胸が痛んだ。
その痛みからもそらすように、二人は慧理那に視線を向けた。慧理那の水着はセパレートされたワンピースにも似た、ベアトップだ。オレンジを基調とした水玉模様は本人の愛らしさを引き立てている。
「かわいいな」
「ああ、よく似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
ありきたりな感想ながら、心からそう思える。さっきの心の痛みが安らぐほどに。
ソーラは、これがコーディネートというものかと心から感心した。ツインテールが主役でありながら脇役でもある。そのバランスを見極める事は容易ではないだろう。それを成せる慧理那に、ソーラはただただ頷くばかりであった。
そしてその隣で、なんて事を考えているだろうなぁ。と、鏡也は呆れていた。幼馴染の以心伝心。ただし一方通行であるが。
そしてその隣で不敵に笑う桜川尊は、メインを何処に置いているか一目瞭然であった。
「桜川先生は大人っぽいですね」
「うむ。それが強みだからな」
十代では出せない色気。成熟した女性の魅力を引き出す、黒のワンピース。ウエストラインやバストラインに大きくカットが入れられており、ともすればVフロントにも見える。
婚姻届をばらまく姿ばかり目につくが、実際にはそのスタイルはモデル顔負け。肌もきめ細かく、百人が振り返る美人なのだ。
ソーラはそのツインテールのふわりとした感じが、ギャップとしてその色気を引き立てていると分析した。ツインテールの奥深さを改めて感じながら、視線はトゥアールへと移る。
トゥアールは布面積が少なめな、黒で縁取られた白いビキニ。シンプルながら、それゆえに着こなすには相当な自信が必要だろう。
「流石に似合うな」
「何で総二様より先にあなたに褒められなきゃならないんですか」
せっかく褒めたのにディスられた。不本意極まりないと、鏡也はついつい、トゥアールを四つん這いにさせて踏みつけてしまった。何処をどうしてとかいう細かい描写も無しにだ。
「ほら、総二も言ってやれ」
「え、この状況で? ………うん、綺麗だと思う」
「この状況で言われると色々誤解しそうな感じですが……ありがとうございます、総二様」
これで一通り勤めを果たしたと、ソーラは安堵の息を吐いた。
「それで総二様。……そろそろ、介錯して差し上げるべきかと」
トゥアールの視線が、背を向けている愛香に突き刺さった。
「やらなきゃダメか?」
「切腹した相手を介錯するのは優しさだぞ、総二」
「誰が切腹してるってのよ!?」
ツインテールを振り乱し、愛香が振り返った。その時、砂浜にポトリと音を立てて何かが落ちた。
波の音さえ静まった。
「愛香さん。天然巨乳がダイヤモンドなら、水着にパットなんて洗面台のピンクの汚れ以下の価値しかありませんよ。ある意味、貧乳の方が需要が大きいぐらいです」
「…………」
「だいたい、パッドなんて裸さらしてない人が”お、着痩せするんだな”とか思わせるためのものであって、テイルブルーになって大平原の小さな胸を晒している愛香さんには何の効果も発揮しないでしょうに」
持つ者から、持たざる者への余りにも容赦なく、情け無用な正論であった。その凶器を受けて愛香は――。
「ちっくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 地球の全部の海なんて干上がっちゃえばいいのよぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
逃げた。世界中の海に対する呪詛を吐き捨てて。その逃げ足で、爆発が起きたかのように砂浜が爆ぜまくった。
水の戦士が水を呪うこの矛盾。もしも世界から海が消えた時は、素直に許しを請おうと。鏡也は思った。
「―――ひぎぃいいいいいいいいい!?」
瞬間、トゥアールが消えた。正確には愛香がいつの間にか括り付けたロープに引っ張られ、砂浜をトビウオのように強制的に跳ねさせられていった。
「………トゥアール、死んだかな」
「いや、殺すなよ」
遥か彼方に消えた愛香らを、思わず合掌で見送ってしまう二人。
「それにしても、だ」
「何だ?」
鏡也はチラリと隣に視線を向けた。
「総二。お前がナンバーワンだ」
「何を言い出してんのお前!?」
親指をグッと立てる鏡也に、夏の日差しのように熱いソーラのツッコミが唸る。
「いや、その意見は正しい。何故、貴様が一番可愛いのだ観束!」
「いやいや、意味わからないんですけど!?」
「お前がこの中で一番バランスが取れている! 総合力で一位だ!」
「尚更分からない!!」
「そ、そうですわね。観束君……素敵ですわ」
「良かったな、総二。ミス・プライベートビーチはお前のものだ」
パチパチパチ――。
満場一致の割れんばかりの拍手だ。その感動に思わずソーラも涙を――。
「流すか――――!!」
「なんだと―――!?」
「何で本気で驚かれてるの!? わかったよ――ツインテールを解くよ」
「何を分かったんだお前は!?」
バシッとツッコむ愛香が不在というだけで、ボケとツッコミの飛車角落ち状態である。
「観束。お前位は心臓の代わりにツインテールでも入ってるのか? 何でもかんでもツインテールに結びつけるな。ツインテールだけに」
「―――上手い」
尊の言い回しに思わずそう返したソーラは、このワードをいつか使わせてもらおうと心の奥で誓う。
「む。今、婚姻届を書きたくなったか?」
「いいえ。まったく」
にべもなく斬り捨てる。
「全くしようのない奴だ。そら、バレッタを貸せ。結んでやる」
すると尊はやおらソーラの背後に立つと、解けたソーラのツインテールを結び直した。その手際は今のソーラでは足下にも及ばぬほど見事なものだった。
「……あれ、なんか違う?」
「いつもより上で結んであるな」
「せっかくだからな。私と同じ、上で結んでみた。どうだ、いつもと違う髪型は?」
「なかなか新鮮ですね。そうか、こんな感じなのか」
ソーラは頭が釣り上げられそうな感覚に目を輝かせながら、しきりにツインテールに触れた。鏡也から見ても、印象がガラッと変わる様は面白いものだった。
「でしたら私と同じようにしてもみませんか?」
「え、慧理那と同じ?」
「少し失礼しますわ」
慧理那はひょいと背伸びして、バレッタを取る。そして慣れた手つきでソーラの髪を自分と同じように下結びにした。尊ほどではないが、手際の良さは流石だった。
「これはどうですか?」
「おお、何というかこれは逆に地に足がつくような……あれ?」
「髪が長くて下についてるな。」
「す、すみません。私たら、自分の感覚で……観束君は私よりもっと長いというのに」
とんだ失態を演じてしまったと、慧理那はしきりに頭を下げた。その度に揺れるツインテールに、ソーラの心も揺れた。
「いや、大丈夫。でも、こういうのも考慮しないといけないんだな」
再び元の髪型に戻ったソーラは、二人に改めて礼を言った。
「ありがとう。今はまだ普通ので精一杯だけど……上結びも下結びも、出来るようにがんばるから」
「いや、頑張って覚えるなよ。男に戻るんだから。まさかこのまま、女のままでいる気なのか?」
「そんな訳あるか」
「だろうな。でなかったら帰ってきた愛香にこっぴどく叱られるところだったぞ」
「そーじっ!」
ズザーッ! と帰ってきた愛香がソーラに詰め寄る。鏡也は視線を下に落とした。
「おかえり」
「ぜ、全身を紅葉おろしにされるかと思いました……ぐふっ」
「安らかに眠れ」
砂浜に倒れ伏すトゥアール。その冥福を、鏡也は祈るばかりであった。
次回、きっとカオス。