いや、やるかどうかはまだ分かりませんが。
翌日。鏡也が観束家に着くと、既に愛香がいた。そして部屋着のまま、しかしツインテールはしっかりと結んでいるソーラ・ミートゥカこと観束総二の姿もあった。
「おはよう愛香、未春おばさん。総二は……ソーラちゃんのままか」
「お前、ちゃん付けはやめろよ」
「そういう事は着替えてから言え。そのくせ、しっかりとツインテールにしてからに」
「当たり前だろ。ツインテールを真っ先に結ばなくてどうするんだよ? 鏡也だって、起きたらまず眼鏡を掛けるだろ?」
「眼鏡を掛けなきゃよく見えんだろうが」
至極真っ当なツッコミを返しつつ、鏡也はキョロキョロと見回した。室内には他にいない。
「姉さんはまだか?」
「もうすぐ来るって」
愛香がそう答えたので「そうか」と鏡也は返す。少しすると玄関のチャイムが鳴った。まるで図ったようなかのようなタイミングだ。
「おはようございます。早速ですが、制服を持ってきましたので、確認して下さい」
朝一番にも関わらず晴天の如き笑顔を向ける慧理那の指示で、控えていた尊がささっと一式を並べた。
「それとこれが下着だ。付け方は分かるか?」
「それは……分かりません」
「だろうな。では仕方ない、私が――」
総二の答えを予測していたかのように、尊は下着を掴んだ。が、その上から押さえ込む手があった。
「……何のつもりだ、トゥアール君?」
「何のつもりとはこちらの台詞です。何であなたが総二様にランジェリーの付け方を教える流れになってるんですか?」
「人生でブラジャーを付けた回数はそこの未春さんを除けば誰よりも多い。つまり私が適任ということだ」
「何を言ってるんですかこの年増! こういうのはフレッシュな私が教えるのが適任なんです」
「年増がどうした! フレッシュというなら津辺の方が適任になるではないか!」
「あの人は付けても付けなくても同じなんですから論外です! ていうか、ただの大胸筋矯正サポーターですから、むしろ付ける分だけ環境に悪いので付けない方がマシなんです!! 」
「だったらあんたが土に還れぇえええええええええええ!」
「ぎゃあああああ! 土葬にされるぅううううううう!?」
愛香に対する余計な一言のせいで、余命幾ばくもない状態にされていくトゥアール。それは即ち、桜川尊の勝利ということだ。
「――では、観束。私が教えてやろう」
こうなっては、第三者による介入が必須と、総二は鏡也に助けを求めた。愛香では武力介入によって一方の勢力が潰されてしまうからだ。
「鏡也。何とかならないか?」
「では一人、助っ人を呼ぼう」
「うぉい、ちょっと待て!」
これまでの流れを一切、見向きをせずにぶった切られては流石の尊もうろたえる。しかし、鏡也は転移であっという間に消えてしまった。
「いったい誰を呼ぶつもりだ? だが、誰が来たとしても――」
「――ただいま。連れてきたぞ」
敵ではない。そう続けようとした尊の言葉は、しかし最後まで発せられることはなかった。
「お久しぶりです、観束さん」
果たして現れたのは、左右の側頭部に大々的に主張するかのような、かつて総二に〈ドリルツインテール〉と言わしめた奇抜な髪型の女性だった。
「えっと……」
戸惑う総二に、女性はすっと頭を下げた。
「事情は存じております。噂のテイルレッドとして戦い続けた結果、ツインテール好きを拗らせてついに女性になってしまったとか」
「全然、事情を存じていないんですけど!?」
「……誰ですか、あの人?」
「有藤香住さん。鏡也の家のお手伝いさんよ」
愛香の言葉を聞いて、トゥアールが首を傾げる。
「鏡也さんのおうちって、確かに大きいですけど、そこまでしたっけ? いえ、この国の平均的居住空間を考えれば確かに大きい方ですけど」
「なんでそんな事知ってるのよ?」
「いえ、何か弱みでも握れないかなと………いえ、そんなことはどうでも良いんです」
「良くないわ」
ちゃっかり聞いていた鏡也が、うっかり口を滑らせたトゥアールをまたしても土に還す。そうこうしている間に、何故か香住と尊が睨み合う形になっていた。
「まさか、こちらに居らしていたとは……存じませんでした」
「神堂家と御雅神家。親戚筋とはいえ家は別。会うこともなかなか無いですからね。最後に会ったのは確か……」
「先代メイド長の結婚式だったかと」
「そうそう。姉さんがまだ18歳の子に後を継がせると聞いた時は、とても驚いたものだわ。でも、心配は要らなかったようね」
「は……いえ。恐縮です」
不動明王でさえ焼き尽くせない、婚活という名の欲望に身を焼き続ける尊が、香住を前にして萎縮している。
「あ、あの二人……どういう関係なんですか……?」
バイオ分解される前に戻ってきたトゥアールが、鏡也に尋ねる。流石に二度も土に還されると復帰まで遠いようで、床を這いずっている。
「神堂家の先代メイド長の妹さんで、御雅神本家の先代メイド長。ちなみに―――既婚者」
「「ごはっ」」
尊とトゥアールが同時に
「ちなみに、いつ頃結婚したんでしたっけ?」
「私が齢十八の頃でございます、鏡也様」
「「げぶぁぼ!?」」」
「では観束さん。部屋に行きましょう」
「あ、はい」
香住は総二を伴ってリビングから出ていく。完全に叩きのめされた二人の敗者と、まるっきり無関心な二人と、どうしたらいいのか分からない一人と――
「うーん。もうちょっと面白いことになるかと思ったんだけど……」
「「カメラ回してる!?」」
期待外れだとばかりにカメラを仕舞う家主を残して。
◇ ◇ ◇
さて、玄関で総二の来るのを待つ面々。道路には神堂家のリムジンが止まっている。
「お待たせしました」
香住が着替えを終えた総二を連れて出てきた。尊の見立ては見事なもので、香住の手管も相まって、観束総二改めソーラ・ミートゥカは見事に仕立て上がっていた。
「これはまた……よく似合うな、ソーラ」
「悔しいけど似合ってるわね、ソーラ」
「よくお似合いですわ、ソーラさん」
「素晴らしいです、ソーラ様!」
「ソーラソーラ連発するな―――!」
朝から元気なソーラを先頭にリムジンへと乗り込んで、学校に向かって発車する。見送る香住に手を振り、座り直したところで慧理那が口を開いた。
「それで今日ですが、学校に着いたら観束君は私と一緒に来てください」
「え、なんで?」
「色々とやらなければなりませんから」
「あ……うん?」
ふんす。と鼻息荒く気合を入れる慧理那に、総二はそう返すので精一杯だった。
「………なんでかしら? 嫌な予感するんだけど?」
「……昔からなんだが、ああやって張り切る時は」
「時は?」
「大体やらかす」
経験則からそう断言する鏡也の言葉が現実となるまで一時間を切っていた。
◇ ◇ ◇
人は何故、同じ過ちを犯すのだろう。過去は果たして、現在に対する警鐘足り得るのだろうか。そんな哲学的なことを考えながら、鏡也は目の前の惨状を如何にすべきか考えた。
「わーっしょい! わーっしょい!」
比較的広い筈の廊下を埋め尽くす人の波。その上に、まるで荒海に流される小舟のような神輿の上で揺れるツインテール。後ろ頭しか見えないが、表情はさぞ疲れ切ったものになっているだろう。人並みの向こうに居るであろう、愛香と慧理那、トゥアールには顔が見えているだろうか。
「どうですか! これが日本の伝統”MIKOSHI”です!!」
などとHUNDOSHI集団に説明されているのが聞こえるが、MIKOSHIと神輿は何処が違うのだろう。神輿は神の乗り物だが、乗ってるのがツインテールだからMIKOSHIなのか。神と髪――さしずめ
乗せられて揺られている御神体を何とかしてやりたいが、鏡也はさてどうしたものかと目前に視線を落とした。
「カバディカバディカバディカバディ――!」
「セーットハッ! ハッ!!」
「ディーフェンス! ディーフェンス!!」
「どすこーい! どすこーい!!」
人の壁――というには色々と言いたい異様な多国籍感である。
カバディ部、アメフト部、バスケ部、相撲部の面々が鏡也の前に立ちはだかっていた。しかも何故かどいつもこいつもふんどし姿だ。せめて相撲部はまわしを付けろ。
「お前ら、邪魔だからさっさと退け」
「黙れ! テイルレッドたんだけでは飽き足らず、ソーラちゃんにまで手を出そうって気だな!? そうはいかんぞ!」
「そうだそうだ! この女の……いや、陽月学園の敵め!」
ばきっ。
「殴り飛ばすぞこの野郎」
「殴ってから言うな!?」
「はあ……やれやれ」
鏡也はこの乱痴気騒ぎが何故起きてしまったのか。その原因を振り返った。
◇ ◇ ◇
一時限目を潰しての全校集会。一年に何度もないであろうそれが、すっかり恒例行事になりつつ在るという異常事態に目を瞑りつつ、鏡也は体育館にて整列していた。
壇上には慧理那ともう一人、今回の主役が登っている。
「……ああ、なんだかデジャブだわ」
「だろう?」
ポツリと零す愛香と鏡也。今年の四月に似たような流れがあったのが脳裏を過ぎる。
「――という事で、編入生のソーラ・ミートゥカさんをよろしくお願い致しますわ」
慧理那に促され、ソーラがマイクの前に立つ。遠目に見ても緊張しているのが分かる。大勢の視線にさらされるのはテイルレッドで慣れているだろうが、しかしこれは、それとは異質なものだ。
「そ……ソーラ・ミートゥカです。よろしくお願いします」
息を呑み、意を決して名乗るソーラ。途端、体育館は静寂に包まれた。水を打ったよう、とは正にこの事だろう。
刺さる視線に耐えかね、壇上から逃げるように降りようとした時、それは起こった。
「か、可愛い!」
「彼氏いますかー!」
「髪の毛超キレー!」
「今日デートして下さいー!」
一転しての、窓ガラスが割れんばかりの大歓声。降りかかったソーラに殺到する人の群れ。まるでホラー映画の生者に群がるアグレッシブなゾンビ達のようだ。
「まずい。行くぞ愛香」
「え……あ。そ、そうね」
あまりの光景に唖然としていた愛香も、鏡也に促されて正気に返った。人をかき分け、ソーラの元へと向かう。
「何なんですかここの生徒は! 私の時は誰も質問しなかったのに―――!」
「貴様ら、あれ程言っても質問しなかったというのに! この甲斐性無し共が―――!」
などと、若干二名程が叫んでいるが、それどころではない。発生してしまった大混乱――ツインテール・クライシスをなんとしても終息させなければならない。
「それにしても、何でこんな混乱が?」
「うちの生徒、大抵がテイルレッドのファンだからな。もしかしたら潜在的に何かを感じているのかも……」
「それ、正体バレするかもってこと?」
「どうだろうな。どっちにしろ、このままはマズイだろう」
二人がえっちらおっちらと掻き分けながら進んでいく中、壇上ではクラス担任である樽井先生が紙を取り出してマイクに向かって言葉を発していた。
「え~と、彼女と交換で観束総二君は………ツインテルエンザの療養で海外に行くことになりました~」
「聞いたか、観束の奴とうとう……」
「重症だと思ってはいたが……そこまで」
「もうちょっと、優しくしてあげれば良かったかしら?」
元情報に新情報が更新されて豪い話になってしまった。不服なのか、ソーラがバタバタと暴れている。その心理は計り知れない。
「鏡也、強引に行くわよ」
「仕方ないか」
二人は意を決して、動いた。
「ちょっとごめんね!」
「肩を借りるぞ」
「「うげっ!?」」
前の人間の方に手を掛けて上へと飛ぶ。そのまま人を踏みながら壇上まで上がった。
「ソーラ、こっちだ」
「鏡也!」
鏡也は纏わりつかれるソーラの手を掴んで強引に引き寄せると、そのまま愛香にパスする。そして尚も興奮と混乱の坩堝である体育館に向かって大々的に叫んだ。
「お前ら、これ以上は彼女に迷惑だ! 留学早々、トラウマ植え付けて不登校にする気か!? それで良いのか!?」
真っ当な言い分では止められないと、鏡也はソーラを盾にした。これで止まらなければ、強引に撤収するしかない。
「うっ……それは」
「確かに……良くない」
「……そうだな。せっかく留学してきたのに、それはあまりにもひどい話だ」
「分かってくれたか」
鏡也は内心、胸を撫で下ろした。これで事態は落ち着くだろう。
「そうだ! ならば早速、日本の文化を体験してもらおうじゃないか!」
「おお、それはナイスアイデアだ!」
訂正。よく考えればこの”よく訓練された連中”が、この程度で引く筈もない。
「日本の文化……ならば、あれを持てい!」
誰かの掛け声がした。体育館のドアが開き、何かがやって来た。まるで事前に仕込んであったかのような流れだ。
「日本の文化といえばこれだ! ジャパニーズMIKOSHIだ!!」
「さあ、ソーラたん! この上に!」
「ソーラ祭りじゃー!」
「きゃあああああ!」
「愛香ぁああああ!?」
「よせやめろ来るなぁああああ!」
『イ゛ェア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!』
この学園は、呪われているのかもしれない。
◇ ◇ ◇
「さて、そろそろ何とかしないと。授業にも差し支えるしな」
とは言え、どうすればいいかと頭を抱えそうになる。すると、何やら前方の方が騒がしい。ついでに緑色の紙が舞っている。それだけで誰が暴れているのかが丸分かりだ。
これぞ好機と、鏡也はスルッと人垣を抜けた。
「ちくしょー! 何で歩いているのにものすごい速いんだよ!?」
「だが、ここで捕まる訳にはいかない! ソーラたんが俺たちの未来そのものなんだ!」
「ふはははは! 何処に行こうというのだ?」
MIKOSHIを有するMATURI参加者達が迫りくる
「くそう! ソーラちゃん、我慢してく―――れ?」
MIKOSHIの上を見やった生徒が、その目を点にした。そこには「ソーラ」という名札をぶら下げた信楽焼のタヌキが乗っていた。
「「何故、信楽焼のタヌキ―――!?「」」」
残酷な真実に直面し、MIKOSHIは無残にも瓦解したのだった。
「ソーラちゃんがいないぞ!」
「何処だ!? 何処に消えた!?」
ドタドタと走る生徒達。その脇を抜けていく鏡也達。迷うことなく自然に、廊下を進んでいく。その横をチラリと見やりながらも、生徒達は走っていく。
「……凄い。何でバレないんだ?」
「古来より、眼鏡を掛けるとうことは最上の変装というからな」
「聞いたことねえよ」
鏡也達に囲まれながら、コソッと顔を上げたソーラが驚いたように言う。その顔には今までつけていなかった、ライトレッドのフレームの眼鏡が装着されている。
「太陽の光の中では、ライトの輝きは目立たない。それと同じように俺の眼鏡が、眼鏡を付与されたお前のツインテールを隠したんだ」
「……理論は分かるが納得ができねぇ」
実際に何人もの生徒がソーラをスルーしている。この乱痴気騒ぎを回避できる以上、文句をつける事はできない。それでも、言いたくなるのは人情というものだ。
「でもさ、これ……あたし達も付ける必要あるの?」
と、愛香が自分の青いフレームの眼鏡を触る。
「ですが、この混乱を避けるためですから」
慧理那は掛け慣れていないからか、しきりに位置を気にしている。
「良いじゃないですか、お二人は普通で。私なんで古典的な瓶底眼鏡ですよ!?」
「予備がそれしかなかったんだ。許せ」
「絶対にウソですよね!?」
トゥアールが不服とばかりに、黒ぶちメガネを外して詰め寄った。
「嘘じゃない。俺も心苦しいんだ。―――ぶっ」
などと言いつつ、そっと眼鏡を掛ける。その瞬間、全員がフイタ。
まさかの―――トゥアール鼻眼鏡である。
そのインパクトは凄まじく、全員が肩を震わせている。
「何でネタまで仕込んでるんですか!? もう良いですよ黒ぶちメガネで!」
ブツブツ言いながら、メガネを掛け直すトゥアール。そして――もう一度全員がフイタ。
まさかの―――トゥアール鼻眼鏡リベンジ。
「何で一瞬ですり替えてるんですか!? バカなんですか!?」
鼻眼鏡を投げ捨てて、黒ぶちメガネを掛け直すトゥアール。その表情はしてやられた感に溢れていた。
「さて、さっさと行こうか。授業が始まれば多少はマシになるだろうからな」
「……あとで覚えててくださいね。絶対に仕返しするんですから!」
「はいはい」
ぶすっと眉を潜ませるトゥアールに肩をすくめつつ、鏡也は先んじて足を踏み出した。
◇ ◇ ◇
さて、時間が経てば少しは落ち着くかと思いきや、そうは問屋が卸さない。
「ソーラちゃん、お昼一緒に食べよう!」
「ソーラたん、一緒にトイレ行きましょう!」
「ソーラちゃん」「ソーラちゃん」「ソーラちゃん」
授業中はまだしも、休み時間に昼休みにと迫る迫る生徒達。どうにか今まではうやり過ごせたが、ここに至って問題が発生した。
「ソーラちゃん、一緒に帰りましょう!」
「ソーラちゃん、町のこと知らないだろ? 案内してあげるよ!」
「え……えっと」
海外からの編入生という建前上、生まれ育った町なので十分知ってます。などとは言えず、ソーラは返答に困る。
「ちょっとちょっと。ソーラが困ってるじゃない!」
「なんだよ。津辺達ばっか、ソーラちゃんと仲良くなって!」
「そうだそうだ! 同じクラスメートとして、看過出来ないぞ!」
すぐさま愛香がフォローに入るが、ここまでの鬱積が爆発し、不平不満の大合唱だ。
「愛香さん、いつものように暴力で黙らせないんですか?」
「いつもなんてしてないでしょ!? でも、これはどうしたらいいのよ?」
慧理那が入れば何とかできそうだが、それまでこれを抑え続けられるか。
「愛香、ソーラ、トゥアール。ちょっと耳を貸せ?」
ちょいちょい。と、肩を叩かれたので振り返れば、鏡也が唇を寄せる。
「……を……して。でもって………」
「なるほど」
「上手くいくんですか、それ?」
「でもやるしかないでしょ?」
「じゃ、やろう」
一堂、頷いたところで鏡也が大きく声を上げた。
「はーい。皆、注目ー!」
パンパン! と、手を打ちながら全員の注目を集める。そのままソーラ達を伴って、教室の橋にあるロッカーの前に移動する。
愛香がロッカーを開け、中身を全部外へと出す。これでロッカーの中は空っぽだ。
「さ、どうぞ」
鏡也がソーラに手を添えて中へと誘う。軽い足取りで中に入っていくソーラを全員に確認させ、そっとドアを閉じる。これでソーラは閉じ込められてしまった。
「ソーラさん、いらっしゃいますか?」
布越しにノックすると、すぐにノックが返ってきた。当然だ。唯一の出入り口は彼らの目の前に在るのだから当然だ。其処にトゥアールがどこからか出した黒い大きな布を被せると、ロッカーが完璧に覆われてしまった。
「それではカウント……3――2――1――ゼロ!」
鏡也が一気に布を取った。そして愛香がすぐさまロッカーを開け放つ。
「「じゃーん!」」
「「「おおぉおおおおおおおおおお!?」」」
なんと、そこには誰もない。ものの数秒で、ソーラ・ミートゥカが姿を消してしまったではないか。何処を見てもいない。隠れるスペースも当然ない。驚くクラスメートを尻目に、鏡也達は大きく一礼し静かに舞台袖に退場していった。
その鮮やかな手並みにオーディエンスは大喝采―――――
「…………あれ、ソーラちゃん消えたまんま?」
――気付いた。どんな方法かは不明だが、体よく騙されてソーラが逃されたと。
「津辺! 御雅神! トゥアールさん! ソーラちゃんは―――ってこっちもいねぇ!?」
「逃げやがったなクソッタレめ!」
この日、鏡也の通り名に眼鏡のロリコン、ツインテールの敵に続く第三の名”詐欺的マジシャン”が加わることになった。
◇ ◇ ◇
観束家に転送によって到着した鏡也たちは早速、総二の部屋に上がった。
「総二、無事についたか?」
「あ、ちょっと待っ――」
ガチャリ。ドアノブが回ってドアが開く。
「「………」」
よりにもよって着替え途中であった。付け慣れないブラジャーを外し、ノーブラの上にシャツを着ようとしているという、王道すぎるシチュエーションだった。
そっとドアを閉じる鏡也の後ろには、微妙な顔をする愛香と何故か親指の爪を噛むトゥアール。しばらくして、中からドアが開いた。
「悪い、こんなに早くとは思ってなくて」
「もう良いのか?」
「ああ」
中に入ればいつものラフな格好に着替えたソーラが、床に落ちている制服とランジェリーを拾い上げている。鏡也も足元にあったスカートを拾ってソーラに投げ渡す。
「しかし、転送ペンを使って逃げるとは考えたなぁ。上履きのまま、部屋に上がることになったけど」
「だが、同じ手は使えないぞ? 明日からはどうするか……頭の痛いところだが、幸いにして明後日は休みだ。明日さえなんとか乗り切れれば――」
二人が今日の反省会と今後の対策を話し合う中、トゥアールはまだ爪を噛んでいた。
「ガジガジガジ……」
「ちょっとトゥアール。さっきからどうしたのよ?」
「いえ、ちょっと悩み事がですね……」
「へー。あんたにも、そんなのあったのね」
「私は愛香さんと違って胸があるので、悩みも在るんです」
愛香によって速攻で悩まなくて良い状態にされそうになったトゥアール。ドアがぶっ壊れたので代わりにソーラに悩みが生まれた。
「で、何を悩んでるのよ?」
「……ちょっとこっちに来て下さい」
トゥアールはおもむろに廊下に愛香を引っ張っていった。端っこまで来て、トゥアールはえらく深刻そうな顔をして口を開いた。
「この状況、早々に解決しないとマズイと思います」
「それはそうでしょ。いつまでも、そーじにあのままでいられたら」
「そうじゃないんです! いや、そうでもあるんですけど……違うんです!」
「じゃあ、何なのよ?」
「鏡也さんです! あの人はやっぱり危険です!」
「………寝ぼけてる?」
「愛香さんこそボケてるんですか!? 鏡也さんの属性力が何なのか忘れたんですか?」
「属性力って……”
「そう、その”
トゥアールは熱弁するが、愛香にはいまいちピンとこない。なにせ
最初こそ警戒したが、重い直せば属性力は最初からあるのだから、それまでにだって起きていても不思議ではないのに、自分は一切そういった事に見舞われたことはない。
一度、押し倒されたことはあるが、あの時は属性力が亡くなりかけていた上、暴走していたからであり、偶然でそうなったわけではない。
結論からして、”大したことはない”。愛香はそう思っていた。
「愛香さんの事ですから、今までそういったことに見舞われていないから、大したことがない。なんて馬鹿な事を思っているでしょう?」
しかし、それはトゥアールにあっさり見抜かれていた。
「確かに私然り慧理那さん然り、愛香さん………はまあ、一応は遺伝子上の女性ということで然り」
余計な言葉がついたので、しっかりと一撃入れられるトゥアール。話の続きもあるので、沈みはしなかったが、ちょっとダメージで体が揺れている。
「れ、例外的に一人だけ……鏡也さんとそういう事になってる人がいるんです!」
「誰よ、それ?」
「テイルレッド―――すなわち、総二様です!」
「………はあ? なんでそーじなのよ?」
言わずもがな、観束総二はれっきとした男子だ。起旗の対象になどなるはずがない。
「本当に分からないんですか? 初めて総二さまがテイルレッドになった時……二人はどうなりましたか?」
「バッ、馬鹿さっさと降りろ! と言うか動くな!!」
「ちょっと待てって! ――バカ、シャツが切れるだろ!」
「っ……そんなのはいいから! 早く退け! 動くな!!」
「………」
思い出した。力を制御できないテイルレッドが鏡也に突っ込んでいって、押し倒す形になっていた。
「その後、鏡也さんのところの会社で、エレメリアンに遭遇した時はどうですた?」
「うわあああああ! どいてどいて――!!」
「なんだとぉおおおおおおお!?」
「あなた達は何をしているんですか?」
「「何もしてない!!」」
あの時は転移で空中から落ちてきたテイルレッドが、鏡也とぶつかって、どういうわけかお姫様抱っこになるという、一部始終を見ていたのに意味が分からなかったと、愛香は思い出した。
「あれ以降、ちょっとした事はありましたが……今日、確信しました。鏡也さんの
「んなバカなことがあるかぁあああああああ!」
「だってさっきだってドアを開けたら着替え中ですよ!? あんなベタベタな展開、有り得ますか!? もしこのまま行って、鏡也×総二様なんて事になったら感想欄が大荒れですよ!?」
「感想欄って何!? ……ったく、バカな事言ってないでそーじが元に戻る方法、見つけなさいよね」
愛香は呆れ気味に言うと、部屋へと戻った。
「………え?」
機能を完全に失ったドアの向こう、その光景に愛香は凍りついた。
ソーラが、鏡也によって、押し倒されていたのだ。しかも、ご丁寧にシャツを半分までまくり上げて。おかげで南半球が丸見えだ。
「な……な………っ!」
「ちょっと待て愛香。色々と待て。冷静に待て」
「そ、そうだぞ。取り敢えずその拳を解け、愛香!」
わなわなと震える愛香を、ソーラと鏡也の二人が何とか落ち着かせようつするが、もう言葉は届いていなかった。
「この……ラッキースケベ男ぉおおおおおおおおおお!」
「理不尽だぁあああああああああああああ!?」
ご近所に響き渡る程の派手な音を立てて、ドアに続いて窓ガラスもその機能を失うことになった。
「……どうです? 私の言ったこと、信じてもらえました?」
「――正直、信じたくなかったわ」
ドヤ顔のトゥアールに、愛香は頭を抱えてそう答えた。
「………」
青空を見上げながら、鏡也は何故、こうなったかを振り返った。
愛香らが部屋を出た後、ドアの残骸を脇に片付けていた。
「あ、そうだ」
鏡也は学校に置いたままになっていたソーラの靴を持ってきていたことを思い出し、鞄から取り出した。
「総二、お前の靴――」
と、差し出そうとしたところで、”何故か床に落ちたままになっていたドアノブ”を踏んでしまった。
「うわっ!」
「えっ?」
気付いた時には躱しようがなかった。どたーん。と倒れて、体を起こそうとしたところに、愛香が入ってきた。
「………理不尽だ」
どう振り返ってみても、殴られた事に納得がいかない鏡也だった。
フラグメントがアップを始めたようです。