光纏え、閃光の騎士   作:犬吉

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今回は書いててとても楽しかったです。




 ワームギルディ、スネイルギルディを撃破したその足で、鏡也は帰宅の途についていた。道すがら「あまり活躍していないなぁ」などと思いながら、しかし変身しなかったらしなかったで、どんな因果か素の状態の時に遭遇してきた経験がある。それは堪らないし、また無駄な追いかけっこをする気もなさらさらなかった。

「ただいまー」

「おかえりなさい、鏡也ー!」

 いつものように玄関をくぐれば、いつものように走ってくるのは母親である天音だ。年相応の落ち着きというものと無縁な天真爛漫さ――といえば聞こえは良いが、ただの親バカである。

 飛びついてこようとする天音をひょいと躱し、靴を脱ぐ。家に上がっても鏡也の後ろをついてくる母親に、鏡也は尋ねる。

「父さんは? 今日は夕方前に一度戻るって言ってなかった?」

「それがトラブルが起きちゃって、戻れなくなったって。さっき電話があったわ」

「ふぅん。久しぶりに一緒だと思ったのに……残念」

 ここ最近、父である末次は忙しくあちらこちらを飛び回っている。仕事が好調何よりと言いたいところだが、余り無理をされてもと心配してしまう。

「それでご飯はどうする? すぐに用意できるけど」

「うん。取り敢えず着替えてから――」

 

 prrrrrr――。

 

 鏡也の言葉を遮るように、トゥアルフォンが音を鳴らす。何事かと出てみれば、愛香の大きな声がスピーカーごしに鏡也の鼓膜を「そーじが! そーじが!」と、容赦なく叩く。

「っ……。どうした、愛香?」

 顔をしかめつつ、スピーカーから耳を少し離して、愛香に尋ねる。

「愛香……一体、どうしたんだ?」

『そーじが大変なのよ!』

「どう大変なんだ?」

 

『そーじが女の子になっちゃったのよ!』

 

「………は?」

 聞こえたものの意味が理解できず、たっぷり数秒を空けてから、聞き返した。

『だからそーじが女の子なっちゃったのよ! いいから、早く基地に来て!』

 そう言って、電話を切られた。鏡也は言われた言葉を反芻し―――やはり意味が分からなかった。

 分からなかった以上、基地に行くしかない。鏡也は鞄を自室に投げ込むと、脱いだ靴を履き直した。

「あら、何処か出かけるの?」

「うん……何か愛香から電話があって」

「愛香ちゃんから?」

 

「総二が女の子になったって」

「あらまぁ」

 

 ありえない話に対して、このリアクションである。世の母親とはこれほどに寛容なのであろうか。多分違うが。

「そういうわけで今から基地の方に行ってくる。問題なさそうならすぐ帰ってくるから」

 問題があるから呼び出しが掛かったいうのに、この言い草である。

「あ、ちょっと待って」

 天音はふと何かを思い付いたのか、キッチンの方へと小走りにかけていく。少しして、何かの包みを手にして戻ってきた。

「これ、お隣に貰ったのだけど、量が多いからおすそ分けに持っていって」

「いいけど……何これ?」

「これはね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ということで、お祝いの赤飯です」

「要らない気遣いするなよ!!」

 せっかく差し出した赤飯の入ったタッパーだったが、総二にはお気に召されなかったようで、いたくご立腹だ。

「大体、なんで赤飯なんだよ! 何でお祝い事扱いなんだよ!?」

「いや、それが――」

 

 

「だって、女の子になったのならお赤飯でしょ?」

 

 

「――と、言われてはなぁ」

「ツッコミどころしかない! 間違ってない! 言葉だけなら間違ってないけど……そもそも、何で俺が女の子になったとか普通に受け入れてるんだよ!?」

「ああ、それはあれだ。うちの母さん、ツインテイルズの正体に気付いているからだろうな」

「………え? 何で?」

「認識阻害、通じなかったみたいだな」

 そう伝えると、総二は「ぬぉおおおおお! 身内以外にバレているとか心にクルぅううううううう!」と、ツインテールを振り乱した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 時間は少し遡り、鏡也が基地に駆けつけた辺り。

 果たして、呼び出された鏡也が基地で見たものは、オペレータールームの椅子に座ったまま頭を抱えている、後ろ姿がテイルレッドそっくりな少女と、何故かトゥアールを締め上げている愛香と、どうしたら良いか分からずオロオロする慧理那と、動じることなく全員分のお茶を用意している尊と、悪の女幹部のコスプレで一際豪華そうな椅子に座っている未春であった。

 一歩踏み込んだ瞬間から、意味が分からなかった。なのでとりあえず、慧理那に声をかけてみた。

「一体何がどうしたんだ? 総二に何かがあったのか?」

「あ、鏡也君。実は基地に戻ってきて、変身を解いていたんですが……その時、観束君の様子がおかしくなって、変身が解けたらあのような状態に」

 と言って、慧理那が視線を送る。その先にはやはりというか、テイルレッドに似た少女がいた。

「アンタはどうしてそう欲望にメーターが振り切れるのよ!」

「うぐぐぐぐ……だ、だれだって本能の欲求には逆らえない………というか、い、いしきがそろそろぶらっくあうと……!」

「――で、あっちは?」

「トゥアール君が観束を調べると言ってな………まあ、どう見ても口実に弄るのが目的だったとしか思えないのだが」

 慧理那に代わって答えたのは尊だった。お茶の入ったカップを配膳しながら、軽いため息を吐く。それだけ聞けば、後の事は察しがついた。煩悩を全開にしたトゥアールに、怒気を全開にした愛香が襲いかかったのだろう。

 愛香の言葉が言葉通りであると理解した鏡也は、漸く顔を上げてこちらを向いた総二の下に向かった。

「総二 大丈夫か?」

 声をかければ、十人中十人が美少女と答えるであろう、ツインテールの女の子が振り返った。大きな瞳を涙で潤ませて見上げてくる様は、年頃の男子の心を一撃で必殺する破壊力だ。

「鏡也……俺、何でこんなことに?」

「一度、変身してみたらどうだ? 何かの不具合ならやり直せば戻れるかもしれないぞ?」

「そ、そうか。何でそんなことに気付かなかったんだ!?」

 総二は飛ぶように椅子から立ち上がった。そして目一杯の気合を込めてスタートアップワードを叫んだ。

「テイルオン――!」

 ブレスが起動し、テイルレッドへの変身が一瞬で完了した。

「……うん。いつも通りだな」

 慣れた感覚ゆえ、確認するまでもないなと、レッドは頷く。そして、うまく元の姿に戻れる事を真摯に祈りながら、変身を解除した。

 あっさりと変身を解除した総二だったが――やはり、女性体のままだ。

「ダメか」

 がっくりと肩を落とす総二。心なしかツインテールも元気がないように見えた。鏡也はまじまじとその様子を見つめ、一言。

「あ、そういえば、うちの母さんからおすそ分けにって預かってきた物があったんだ」

「この状況で無関係なこと言うか!?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして時間は現在に戻る。

 赤飯は未春によって台所へと運ばれていった。恐らくは今晩の食卓に上ることだろう。

「それで、原因に心当たりは?」

「うーん………そうか!」

 鏡也が尋ねると、しばし考えた後に総二は声を張り上げた。

「そうか、スネイルギルディだ。アイツの殻、あの粉を被ったからだ! アイツの属性力、性転換属性(トランスセクシャル)だし……その影響を受けたんじゃないか!?」

「いや、それはありえません。あの粉にどんな効果があったか知りませんが、テイルギアには常時、フォトンアブソーバーが起動しています。これを突破して影響を与えるなんて、考えられません」

 総二の言葉をトゥアールは即座に否定した。自分の作ったものに対する絶対的自信と、過去幾つもの実証データから、スネイルギルディにはそれ程強い力はないと確信しているのだ。

「それ程までに強力な属性力……果たして幹部級でも持っているかどうか」

「だけど、それぐらいしか考え――」

 

 バシンッ!

 

「絶っっっっっっっっっっっ対に、ありません!」

「うわっ」

 今まで見たことがない程に、トゥアールが激しく否定した。目一杯の力でテーブルを叩いての、徹底的な否定だ。その瞳はまるで獰猛な肉食獣から追いかけられている最中であるかのように必死だった。

「ど、どうしたんだよ。そんなに必死になって……」

「総二」

「鏡也?」

 気付けば鏡也も背後に立っていた。その肩をバシッと叩かれる。

「それは勘違いだ。原因は他にある。良いな?」

「え? 何だよ鏡也まで……?」 

 何が何だか分からない総二は、ただ二人の迫力に戸惑うばかりだった。

 

「粉と言えば、ナイトグラスターも浴びていましたわね。もし、観束君の話が正しいとしたら、もしかして今頃ナイトグラスターも女性に……?」

 

「「っ――!!」

「え? ……あっ!」

 慧理那が思わず口した言葉に、鏡也とトゥアールが顔を引きつらせた。そして総二もまた、自分の言葉の意味するところをやっと察した。粉を浴びたのは二人だということに。

 そして自分の異常が粉のせいだと主張するならば、それは必然的にもう一人へと話が流れるということだ。

 その流れた先に存在するのは――。

 

「それは本当ですか、お嬢様?」

 

 飢婚者が、反応した。

「ええ。たしかにあの時、浴びていましたわ」

「そうですか。では、今すぐ無事かどうか確認しなければなりませんね」

 鼻息荒く、桜川尊が言う。その瞳は獰猛な肉食獣のそれだ。

「トゥアール君。緊急事態につき、今すぐに連絡を! いや、連絡先を教えてくれ。私がしよう!!」

「ちょ、ちょっと待って下さい。落ち着いて」

「これが落ち着いていられるか!」

 

 ボゴン――!! 

 

「ひいい!? この世界の技術力では生み出せない異世界技術製のテーブルに見事なクレーターが!?」

 愛香の打撃にも耐えるテーブルに、尊コメットによるクレーターが刻まれた。

「いいか。私は冗談で言ってるのではない。もしもエレメリアンの粉によって女性化してしまっていたら……!」

 ベキベキと、クレーターに亀裂が入っていく。異世界の技術も、人類史で最も古い闘法――即ち暴力の前には形無しである。

 暴力の化身はぐわっ! と目を見開き、叫んだ。

「私は誰と結婚すれば良いのだ! 女同士は嫌だぞ!?」

「この人、ナチュラルに何言っているですか!?」

「大事なことだろうが! ナイトグラスター様が女性に………いや、それはそれでと……いやしかし、やはり私は男性の腕に抱かれたいのだ!」

「本当に何言ってるんですか!? 妄想こじらせ過ぎでしょう!」

 異世界の痴女も真っ青な飢婚者の妄想劇。しかし、ツッコミでは止まらない。止められない。ガシッ! とトゥアールの両肩を掴んで顔を突きつける。

「私 は 本 気 だ」

「ある意味で本気すぎるでしょう!?」

「トゥアールさん。ナイトグラスターも、何かあったら連絡をくれるようにと言っていましたし。何事もなければそれでいいと思うんです」

「それとも何か、連絡できない理由でもあるのか?」

 事情を知らない慧理那まで加わってしまい、「これはダメだ」と、トゥアールの視線が鏡也にチラッと向けられた。

「鏡也……?」

「トイレに行ってくる。ちょっと痛い………胃が」

 総二らに見送られるようにして若干、顔色の悪い鏡也がトイレに消えた。それを見届けたトゥアールが深々と息を吐いた。

「………分かりました。連絡をしましょう」

「そうか! なら早速!」

 途端、表情をコロッと変えて、トゥアールを通信装置の前まで押して――いや、持ち上げて運んで、ドカッとシートに落とすように座らせた。

「さあ、さあ!」

「わ、分かりましたから! ……まったく」

 背後からバシバシと突き刺さる視線に耐えながら、トゥアールは通信機を起動させた。当然、通信コードを凝視しているのも分かった。

 呼び出しのコールが続き、やがて繋がった。

『こちらナイトグラスター。どうした? 何かあったか?』

「ああ! ナイトグラスター様! 私です、貴方の尊です!」

 トゥアールを押し退けて、尊がマイクに叫ぶ。猫まっしぐらもビックリな食いつきぶりである。

『あ、ああ……尊、さん。一体、何が……?』

「ああ……なんて素敵な御声なのですか」

 声からも分かる、引き気味なナイトグラスターの様子。事情を知る者は心中を察し、苦笑している。

「ちょっと、私が話しますから……どいて下さい」

 強引に尊をどかして、トゥアールが改めて事情を伝えた。

『……そうか。テイルレッド――観束総二君が、そのような状態に。だが、こちらではそのような異変はないな』

「そうですか。そうでしょうね……では」

『ああ。それと事前の通り、このコールナンバーは以降使用しない。では』

「了解で~す。それでは~」

 トゥアールがそれはにこやかに通信を切った。その背後で「チッ!」という尊の舌打ちが聞こえた。

「さて、これでスネイルギルディのせいではないと分かったわけですが……」

「結局、原因不明ってことになるのかしら」

「そうなりますわね……残念ながら」

 ひとまずの着地点を得て、愛香は眉をひそめた。慧理那も何か他にないかと考えている。

「どうだろうな。これほどの異常、原因もすぐには分からないだろう」

 トイレから鏡也が戻ってきた。どうしてか額に汗を滲ませている。疲労の色も濃い。

 この異常事態が起こってから一時間も経っていないが、まるで数日をこなしたかのような濃密さがあったのだから仕方ないがない。

「はあ……なんだってこんなことに」

 総二は深いため息とともにがっくりと肩を落とした。と、愛香がぎょっとした。

「ちょっ……そーじ、見えてる!」

「え? 何が?」

「だから、胸! 襟口から見えてるから!」

「………だから?」

「だから体起こせって言ってるのよ! それと、鏡也はあっち向きなさい!」

「痛い!?」

 愛香は総二を強引に起こし、鏡也の顔を左に60度捻じ曲げた。

 女になってしまっても、着ていた服は前のまま。一回り小さくなった体にはぶかぶかだった。今までは女性化の事ばかり気に取られていたが、この格好もなかなか危険であった。

 ついでに言えば、総二の胸はDはありそうだった。鏡也が来る前にそのあたりでも一悶着あった。そのせいで、つい力が入り過ぎてしまった為に鏡也の首が「ごきゅっ」と、いい音を鳴らしていた。

「いてて……それで、女になった以外に何か不具合はあるか?」

「いや、特に………っ!?」

 ない。と答えかけて、総二は表情を強張らせた。今そこにある危機が、ついに姿を表したのだ。

「どうした、総二?」

 異変に気付いた鏡也が声をかける。総二は顔を青くして、そっと呟いた。

 

「トイレ……行きたい」

 

「行けよ」

「仕方がわからないんだよ! 察しろよ! っ~~~~! 大きい声を出したから、腹に響く……!」

 意識してしまえば、もう忘れることも出来ない。観束ダムは満水までのカウントダウンを開始していた。

「一応確認するが……Big or Small?」

「す、すもーる……」

「ビッグなら分かったんだがな……スモールは何となくしか言えんな」

「ビッグは俺でも分かるから! 頼む。教えてくれ……!」

「え、あたし!?」

 総二にすがりつかれた愛香は狼狽した。体が女性とは言え、中身男に女性の方法を教えるなど、恥ずかしいからだ。

「きょうやぁ……」

 総二は鏡也にもすがった。この危機を乗り越えるために、今の総二からは恥も外聞もなくなっていた。

「俺もちゃんとは知らんぞ?」

「それでも良いから……頼む」

 女性ならざる身としては、おおよその事しか言えないが、こうまで頼られてはと、鏡也は自分の持てる知識を総動員した。

「いいだろう。よく聞くがいい。まずはトイレに行く」

「おう」

 

「便座を下ろす。

 ↓

 用を足す。

 ↓

 ズボンを下ろす。

 ↓

 パンツを下ろす。

 ↓

 便座に腰掛ける。

 ↓

 拭く。

 

 ――以上だ」

 

「なるほど!」

「なるほどじゃないわよ、そーじ! それじゃ思いっきり漏らしてるじゃないの! 鏡也もいい加減なこと言わないで!」

「……はっ!」

 愛香のツッコミに総二が正気に返った。

「今のに疑問を持たないとは、相当に余裕が無いな」

「無いって言ってるだろ!?」

「だが、順番はともかくやることはそんなものだろう? どうなんだ、愛香? 何処か間違っているなら指摘してくれ」

「え……いや、あってると思うけど」

 鏡也に聞かれて、言い辛そうに答える

「そうか。それじゃ、後は愛香が教えてくやってくれ」

「え? え? そこまで言ってるなら鏡也が教えればいいじゃない」

 やはり戸惑いがあるのか、愛香が尚も食い下がる。そこで鏡也は愛香に一つの現実を教えることにした。

「良いか愛香。よく考えろ。俺と総二のビジュアルで一緒にトイレへ行ってみろ。どう見える? しかもやり方を教えるとか……どうだ?」

「それは……」

 

『ほら、総二。下をおろせ』

『待ってくれ……力が入らない。頼む、下ろしてくれ』

『まったく。しょうがないな』

『ああ……恥ずかしい』

『動くなよ、動いたら……承知しないぞ』

『分かってる、だから早く……して……くれ』

 

「ゴメン。あたしが悪かったわ」

「分かってくれればそれで良い。気のせいか、俺の想像より酷かったような気がしたが」

 そのビジュアルを想像して、愛香は思い直した。確かにアレはダメだ。特殊プレイとか呼ばれても否定できない。マニアックすぎる。

 そして手をこまねいている状況は、一人の痴女を台頭させるには充分であった。

「ちょっと待って下さい。この状況、私的にグッと来ました。尿意を必死に我慢する総二様、とても宜しいです!」

「ほら。愛香がモタモタしているから要らんやる気を出し始めたぞ」

「あーっと。こんなところに特製のドリンクが! こんな事もあろうか(愛香さんに一服盛ろう)と用意していた物が役に立ちましたー!」

 とか言って、何故か胸の谷間から取り出したのは、ドラッグストアやコンビニで売られている50ml程度のドリンク瓶であった。

「トゥアール特製、超即効利尿剤です! さあ、総二様これをグイッといって、更に悶えて下さい! 大丈夫、最悪変身すれば問題ありませんから! エクセリオンショウツがついに本領を発揮する時が来ましたね、うへへへへ……」

「なんだろう。今、初めてトゥアールを殴り飛ばす愛香の気持ちが分かった気がした……」

「さあ、総二様♪」

「『さあ、総二様♪』じゃない! あんた一人で悶えてろぉおおおおおお!」

 にこやかに迫るトゥアールに、愛香のソバットが悶絶必死の鳩尾に叩き込まれた。

「………ふっ。今、何かしましたか?」

「なん……ですって?」

 しかし、トゥアールはまるでそよ風に吹かれているかのように平然としていた。

「今まさにダムが決壊しそうな状況に悶続ける総二様を前にして、このトゥアールがその程度の稚拙な打撃にやられるとでも!?」

「だったら、本気でぶっ飛ばす!!」

 愛香もムキになって、激しく暴れる。その余波は当人達以外にも影響を及ぼした。

「うぅううううう! し、しんどうがぁあ……!」

「は、はい! なんですか観束君!?」

 ここまでの展開に入り込めなかった慧理那がここぞとばかりに寄ってきた。

「ち、ちが……」

 悲しいまでの『しんどう』違いだ。だが、もう否定する事もできない。脂汗さえかいている総二の姿を見て、慧理那が意を決した。

「あっ」

 慧理那は愛香の打撃を受け続けるトゥアールの手から瓶を奪い取ると、それのキャップを勢い良く外した。

「ちょ、会長何を……!?」

「今の私に、観束君の苦しみを和らげてあげることは出来ません。ですが……分かち合うことは出来ます」

「あ」

 止める間もなく、慧理那がドリンクを呷った。即座に鏡也が手を止めさせたが、半分以上が飲まれてしまっていた。

「っ………ひっ!」

 ビクン。と慧理那が身体を震わせた。それは下腹部に走る、強い衝撃だった。

「そんな、もう……!? こんな………すごいなんて」

 身悶える慧理那。トゥアールは無意識に録画をしていた。

 絶え間なく襲い来る、津波のような欲求。その波濤に悶えながら、慧理那は恍惚の表情を浮かべる。

「ああ……でも、これで観束君と一緒に――」

 

「愛香。さっさと連れてけ」

「ほら、行くわよそーじ」

「待って……強く引っ張るな」

 

「………」

 愛香に手を引かれて、総二はトイレに消えていった。それを呆然と見送る慧理那の表情は夢から覚めて現実を突きつけられたかのように、鏡也の方へと向いた。

 

 た す け て。

 

 涙目でそう訴えてきている。流石にそれを見て、無視する訳にも行かず、鏡也は助け舟を出すことにした。

「姉さん、変身するんだ」

「へ、へんしん……?」

 息も絶え絶えに、聞き返す慧理那に鏡也は頷く。

「て、テイルオン……!」

 藁にも縋るようにテイルイエローへと変身する慧理那。その瞬間、慧理那の表情に変化が生まれた。

「あ……少し楽になりましたわ」

 女性の体は男性と違い、内蔵構造のせいで膀胱が小さいと言われている。小柄な慧理那ともなれば尚更だ。だが、変身すれば身体が大きくなる。つまり、それだけ余裕が生まれるということだ。

「ひっ。ま……また!」

 とはいえ、所詮は焼け石に水であるが。

「お嬢様! くっ、ここでは神堂家移動トイレ車両も呼べない!」

 尊が絶望する。だが、もっと絶望しているのは慧理那――テイルイエローだった。

 まさか変身状態でお漏らしなど、ヒーローに在るまじき失態。二度と立ち直れなく鳴るか、新しい扉を開けるかの二択しか無い。

「ああ、もう……ダメですわ」

「いや、大丈夫だ」

「え……? あっ」

 鏡也がやおら、イエローを横抱きにする。突然の事に決壊寸前の状況も忘れ、イエローはただ身を固くする。

「――転送!」

 光が二人を包み、基地から消える。光が収まればそこは基地上部――観束家のトイレ前だった。

 変身して出来た余裕の間に転送レンズの座標をセットしたのだ。後は一瞬で移動できるので、急場をしのぐ事ができた。

「ほら、急いで」

「え……え、あ。え、ええ……ありがとう」

 しどろもどろになりながら、慧理那がノロノロと鏡也の腕から降りてドアの向こうへと消えた。

 「――あら、鏡也君。どうしたの?」

 これで安心思ったところで、仏間のある部屋から出てきた未春と出会った。

「あ、すいません。緊急だったもので土足で。すぐに掃除しますから」

「ううん。それは良いんだけど」

「あの、一つ聞いても良いですか?」

「なんですか、そのでっかいの……パネル?」

「特注よ」

 背負うようにして持っているものを、振り向いて見せてくれた。それは総二の父親の遺影だった。見ると豪華そうな額に入れられてる。

「それ、どうするんですか?」

「飾るのよ、基地に」

「あ、そうですか……」

 また、総二が胃を痛くしそうだなぁ。などと思いながら、止める気もサラサラ無い鏡也であった。

 

 無事、ダムの放水を完了させたイエロー(なぜか変身を解かない)、未春と共に鏡也は基地へと戻ってきた。

 

「ああああ……後生ですから、足を、足を解いてください……!」

「ダメよ。くだらない物作って悪巧みしてたんだから反省しなさい!」

 

 足をふん縛られて、基地の床を這いずりながらトイレへと向かうトゥアールの近くには空になった瓶が転がっていた。

 それだけで何があったか想像できるのが、悲しいところだ。

 

「ちょっと、何だよそれ!?」

「ほらー、お父さん。総二の晴れ姿よ~!」

「止めろぉおおおおお!」

 と、観束家の方も、こちらもこちらで予想通りの反応であった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……で、明日から学校はどうするんだ? 順当なのは病欠ってことにする手だが?」

 ここまで時間を掛けて、まだ肝心な話が終わっていないという事実に気付けば、相談し合わなければならなかった。

「そうだな。この姿じゃ学校には行けないし」

「ダメですわ。それでは授業を受けられず、成績に響きます!」

 鏡也の案に総二が同意すると、慧理那が即座に異を唱えた。確かに、いつまでこのままか分からない以上、元に戻った後の影響は抑えておきたいところだ。

「じゃあ、何か良いアイデアがあるの、会長?」

「まず、観束君は病欠と言うのは良いと思います。病名は、そうですね……〈ツインテルエンザ〉という、ツインテールが大好きな人がかかる病気ということにしましょう」

「ごめん。その時点で俺の復帰後の状況がヤバイ気がするんだけど」

 下手打ったら社会復帰そのものが危うくなりそうな病名に、総二は突っ込まねばならなかった。

「で、それからどうするの?」

「それだけだと、学校に通えないと問題が解決しないな」

「あれ、問題視しているの俺だけ!?」

 幼馴染二人が華麗にスルー。思わぬ展開に驚く総二を尻目に慧理那の話は続く。

「それで、観束君は〈ソーラ・ミートゥカ〉さんという海外の姉妹校からの体験編入生として、お二人のクラスに転入出来るように手配しますわ。これで、授業の遅れはありませんわね」

「なるほど」

「制服の方もこちらで用意いたします。身長的に私の予備で充分でしょう」

「シャツと下着に関しては私の方で用意する。明日の朝一番に届けるので心配しないでくれ」

 と尊が言う。すると、トゥアールが立ち上がった。ビシっと尊に指を突きつける。

「待って下さい。下着というものは下手なものを付ければ型崩れは勿論、肩こり腰痛神経痛頭痛にめまい吐き気さえ、もよおすもの。きちんと測って、体に合わせないと行けないんですよ。もしサイズが合わなかったら――」

「問題ない。私程になれば目視でわかる」

「なんですって……!?」

「身長146。体重は目方で40キロか。上から83・54・78。バストトップが83、アンダー65だからD65のブラジャーを用意しよう。下はSを中心に何枚か揃えればいいだろう」

「くっ……まさか、触りもせずに言い当てるだなんて!」

「この程度、メイド長の必須技能だからな」

「甘く見ていました……恐るべし、メイド長!」

 ぐぬぬ。と臍を噛むトゥアールを、重ねた年月の重みが違うのだと、尊は遥か高みから見下ろす。僅かな攻防に見え隠れする、女子力の歴然たる差。だが、トゥアールは諦めない。その心に不屈の(痴女)魂がある限り。

 

「これ、何のやり取りなのよ……」

 もう指摘するのも面倒くさいと、愛香は小さく吐き捨てるのだった。

 




なんてひどい話だったんだ(棒その二)

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