おっかしいなぁ、シリアスにしようとした筈なのに・・・。
会場内で唯一、光り輝く場所がある。走るレーザー光線。輝くスポットライト。それを受ける資格を持つのはただ一人。黒い装束と三つ編みを翻し、キラリと眼鏡を光らせて。
アイドル善沙闇子、オンステージである。
そんな様子を鏡也達は会場を見渡せる、最上階の関係者席にいた。他に人の姿はない。
「アイドルのコンサートって初めて来ましたけど、凄いのですね」
慧理那は闇子を称えるかのように光る、津波の如きサイリウムに目を丸くしていた。
「まるで宗教ね。とんでもない熱気だわ。……それで、どうするの?」
「この状況、必ずケルベロスギルディが現れるはずだ。まずは奴を倒すことだけを考えよう」
鏡也は愛香にそう返すと、ステージを見やった。歌い、踊る善沙闇子はまさに輝いていた。動きの一つ一つに眼鏡とツインテールを強調するアクションがあり、それはまるでサブリミナルのように、人の無意識にまで浸透しているのだろう。会場にいる客はほぼ全員が眼鏡を掛けている。ツインテールはあれだが、眼鏡は比較的入手しやすいせいか、善沙闇子ファンの必須アイテムとなっている。実際、ここ一ヶ月のMIKAGAMIの売上はかなりのものだ。MIKAGAMIの売り上げ=善沙闇子の侵略の成果と考えると複雑であるが。
総二は時計で今の時間を確認した。開演は午後2時。休日の開催ということで学生の姿も多かった。
『あばばばば。あのイースナが……ああ、何であっちが本当の性格じゃないんですか? 世の中はあまりにも理不尽です』
トゥアールはカメラ越しにステージを見ながら、理不尽なことをブツブツとつぶやき続けている。
「そろそろ一時間。折り返しぐらいか。……しかし」
『めーがねーめがねー、なにもかもめがねになれー』
「っ……。聞いてると洗脳されそうになる。凄い電波ソングだ。皆、大丈夫か?」
会場を揺るがさんばかり大歓声を聞きながら、総二は愛香らに尋ねた。
「え、ああ。あたし? 耳栓してるから平気」
「私はその……よく分からなくて。特撮物の歌でしたら分かるのですが……」
「歌ってるやつは問題だが、いい歌じゃないか?」
「一人大丈夫じゃない!? 鏡也、洗脳されたか!?」
「されるか。奴の眼鏡如きにどうにかされるものか」
心外だと、鏡也は鼻息を荒くした。ステージでは合間のトークタイムの最中だ。水を飲みながら、眼鏡について語っている。鏡也はそれを聞きながらしきりに頷いており、総二は不安を増していた。
トークタイムも終わり、次の曲が始まろうとした時――ついに来た。
曲が始まろうとした時、アリーナと外をつなげる外扉が突如、弾け飛んだ。そしてなだれ込んでくるアルティロイド。
そして三つ首の魔獣――ケルベロスギルディ。その雄叫びが会場を揺るがすと、観客達に火がついたようなパニックが起きた。
世間的にお気楽状態とは言え、目の前に怪物が現れれば話は別だ。我先にと逃げ出そうとする観客達。
「ダークグラスパーは!?」
「あそこ! ステージから逃げてる!」
愛香が指差す。ステージから丁度降りて逃げ出す姿が見えた。
「行くぞ、皆――テイルオン!」
総二達は一斉に変身した。そして転移座標をセットする。と、テイルイエローが鏡也に向かって顔を突き出した。
「鏡也君はここに隠れてて下さい。ただでさえ危ないのに、アルティメギルに狙われているんですから。良いですね?」
「え……あ、ああ。分かってるよ姉さん」
軽く忘れかけていたが、イエローはナイトグラスターの正体を知らないのだった。そういえばそうだったと、レッドらは意識を改めた。
「よし、改めて……行くぞ! まずはアイツを会場から叩き出す!」
ツインテイルズはアリーナ正面――ステージから突き出た場所の真上に転移した。
「よし、俺も行くぞ。グラスオン!」
鏡也はナイトグラスターに変身すると、善沙闇子の方を見やった。ツインテイルズの登場とともにステージ袖に姿を消すのが見えた。
「トゥアール。私はイースナを追う。ケルベロスギルディの方は任せるぞ」
『一人で大丈夫ですか? 仮にもイースナ……ダークグラスパーはアルティメギルの作戦を行うほどですよ?』
「問題ない。奴がどれ程であろうと……こちらも眼鏡で劣るものではない。最強の眼鏡属性を信じろ」
『分かりました。気を付けて下さいね』
「ああ」
通信を切ると、ナイトグラスターはすぐに善沙闇子の
誘い出されているとすぐにわかった。この場にいるケルベロスギルディはツインテイルズが相手するのは最初から決まっていた。ならば、誘いに乗ることに迷いはない。
ナイトグラスターはマントを翻し、その場から人知れず離れた。
◇ ◇ ◇
会場から大きく離れた林の中。黒いステージ衣装を纏った善沙闇子が立っていた。だが、そこに居たのは今までに見ていた善沙闇子とはまるで違う存在だった。
ナイトグラスターはその背に投げかけた。
「それが、お前の本当の姿か。イースナよ」
「ええ。今は変身を解いているから……必ず、追いかけてくると思っていました」
そう言いながら振り返るイースナ。黒く淀んだ瞳がナイトグラスターを捉えていた。
「ケルベロスギルディはツインテイルズが倒す。お前の企みもここまでだ」
「企み? ここまで? 何を言っているんです?」
「奴が居なくなれば、その三つ編みも結えまい。ツインテールが席巻するこの世界で、眼鏡属性を広めることは出来まい。後は貴様を倒すだけだ」
「……………ふふっ」
イースナが不意に笑った。哀れみと嘲りとが混じり合った笑いだ。
「私を……倒す? そんな事が出来るなんて……本当に思ってるんですか? だとしたら、とんだ身の程知らずですね……!」
イースナの指が、眼鏡のブリッジに触れた。
「グラス・オン!」
赤でも青でも黄色でない――それはナイトグラスターの”白”と真逆。”黒”い光だった。
「闇の力か。とことん真逆だな」
「不倶戴天の敵とはよう言うたものよ。わらわ達の為にあるような言葉じゃ」
黒き眼鏡の鎧――眼鏡装甲グラスギアを纏い、闇の支配者は降臨した。ダークグラスパーは背のマントを翻し、眼鏡の奥の剣呑な瞳にナイトグラスターを映す。
「さあ、我がダークネスグレイブの錆にしてくれよう!」
「抜剣、フォトンフルーレ!」
抜き放った光剣が死神の大鎌を受け流す。火花が散り、空気が切り裂かれた。
「ちっ!」
更に振り上げられた大鎌にナイトグラスターは大きく飛び退く。直後、地面が大きくえぐり取られた。
地を蹴ってナイトグラスターが間合いを詰める。長柄ならば、取り回しが不得手であるからだ。大きく飛んで、一気に迫る。ダークグラスパーはそこに沿うように鎌を走らせてきた。狙い通りと、ナイトグラスターは身をひねって躱し、背後へと回り込んだ。
「っ――!」
だが、そこに狙いすましたようにダークグラスパーの一撃が叩き込まれる。思わず飛び退くと、更に一撃が見舞われ、その体が大きく弾き飛ばされた。四つん這いのような状態で地面を滑っていく。
「ちっ……」
チェストアーマーにまざまざと刻まれた傷跡を、無意識に指でなぞる。ダークグラスパーがダークネスグレイブを担ぎ、その瞳を細めた。
「やはりな。今ので確信したぞ、ナイトグラスターよ」
「……何をだ?」
「貴様では、わらわには勝てぬ! 天地がひっくり返ろうとも、絶対にじゃ!」
そう断言するダークグラスパーに、ナイトグラスターは眉をひそめる。
「どういう意味だ、まだ始まったばかりだろう?」
「我が言葉の意味、分からぬ筈もあるまい。貴様の眼鏡が曇っておらぬならばな」
「………」
ナイトグラスターは言葉を返さず、ただ立ち上がって剣を構えた。
「敵わぬと分かって尚、立ち向かうか。いいだろう。ならば――」
ドォオオオオオオオン―――。
突如、彼方に昇る光の柱。赤と青と黄色の三色が、まるで三つ編みのように絡み合っていた。その豪音が二人の動きを止めた。
「あれは……オーラピラーか」
「どうやら、決着のようだな。分裂と回復は脅威の能力だが、分かっていれば対処のしようはある。さて、こちらも本番と行こうか」
「っ……!?」
一瞬の踏み込みからの刺突。とっさに防ぐダークグラスパーだったが、その表情は乱れていた。
「どうした? 随分と驚いているな?
「貴様……! 調子に乗るでないわ!」
翻る刃が再びの火花を散らす。だが、その力は先程のような一方的なものではなかった。ダークグラスパーが一撃を振るえば、ナイトグラスターは三撃を見舞う。威力に劣り手数に勝るナイトグラスターと、威力に勝り手数に劣るダークグラスパー。戦局はこのまま拮抗するかと思われた。
「――ヴォルティックブラスター!」
天空から雷光が降り注ぐ。そして三つの影が降り立った。
「そこまでですわ、ダークグラスパー!」
「善沙闇子……いや、イースナ! あんたの企みもここまでよ! ケルベロスギルディは倒したんだからね!」
「来たか……テイルレッドよ」
息巻くテイルイエローとテイルブルーに見向きもせず、ダークグラスパーはテイルレッドだけを視線に捉える。
(む……なんだ?)
だが、その瞳に違和感があった。以前の遭遇の際に見えた昏い慕情の色はなく、逆に敵意の色が浮かんでいた。
「よくぞ来たな、テイルレッド。ケルベロスギルディは倒されたか。前線で戦わせるために引っ張り出した訳ではないというに……だが、あやつもまた戦士。この散り際も、望むべくということであろうか」
そう言ってから、ダークグラスパーは今度こそ強い敵意をテイルレッドに向けた。その視線に、レッドが僅かに肩を震わせた。
「テイルレッド……よくもわらわを謀ってくれたな」
「何……?」
「貴様はトゥアールではない! そうであろう!?」
ダークグラスパーは大鎌を突きつけ、そう叫んだ。
「わらわは、トゥアールの写真を持っている。彼女が元の世界で戦っていた頃のものじゃ。当然、ツインテールである……はずじゃった。じゃが、そうではなかった。あのツインテールが見る影もなくなっていた。それはつまり、トゥアールがツインテールを失ったという確かな証。つまりもう、変身は出来ぬ。じゃが、わらわはこの世界に、トゥアールの気配を辿ってやって来た。そしてあの日、貴様と出逢うた。それらが示す結論は唯一つ。テイルレッド、貴様がトゥアールのツインテールを奪ったということじゃ!」
「ち、違う!」
ダークグラスパーの言葉に、テイルレッドは思わず叫んでいた。それはすなわち、ダークグラスパーの言葉――テイルレッドがトゥアールではないと肯定することになるが、それは今更だと、テイルレッドは一息吐いて話を続けた。
「これはトゥアールから託されたものだ。この世界のツインテールを守るために、自分の世界を守れなかった償いとして……この世界で最も強いツインテール属性を持つ俺に、テイルギアとして託してくれたものだ!」
「………あくまでも奪ったのではない。託されたものだというのじゃな?」
「ダークグラスパー。お前が眼鏡属性を守ろうとしているのは知っている。だが、どうして奴らに与するんだ!? トゥアールが戦っているのを見ていたはずだろう!?」
「見ていたからこそ、アルティメギルから眼鏡属性を守ろうというのじゃ。どれだけ奪いつくされようとも、眼鏡属性だけは侵略された世界に残されておる。わらわが守りたいのは眼鏡属性のみ。それ以外の属性力なぞ、知ったことではないわ!」
「ふざけんな! だから積極的に、トゥアールとお前の世界を滅ぼした作戦を実行したっていうのか!?」
「何を言うか、貴様とてそれを行っていたであろう?」
「そいつはドラグギルディを倒して終わった事だ!」
「終わった? 違うのう、テイルレッドよ。貴様は何も分かっておらぬ。わらわの支配が何故か思うように広まらなんだ。……何故だと思う?」
ダークグラスパーが首を傾げて問いかける。その仕草は実にわざとらしく見えた。
「そんなの、知るわけ無いだろ」
「であろうな。そうでなければ先程のような事、口が裂けても言えぬものな」
「どういう意味だ?」
「わらわは今まで、同じ方法を取って幾多の世界を支配してきた。じゃが、この世界ではそうは行かなかった。その理由はただ一つ――すでに、別の支配がこの世界を埋め尽くしていおるからじゃ。そう、テイルレッド。貴様という支配者を受け入れているからだ!」
「な……俺が、支配者だと?」
「そうじゃ。貴様もわらわも変わらぬ。属性力を強制的に芽吹かせ、それで人の心を縛る。奪うか押し付けるか、その違いだけじゃ」
「違う! 俺はツインテールを守りたいだけだ! 奪いも押し付けもしない!」
「……ほう、揺るがぬか。神となる覚悟はあるということか」
「何でそうなるんだよ……大袈裟すぎるぞ? 俺は、ツインテールが好きなだけだ」
「……レッド。そいつのレンズは歪んでいる。それ以上、言葉を交わすのは無駄だ」
「そうよ。どうせぶっ飛ばすんだから、話は後でいいでしょ?」
「エレメリアン以外の幹部との戦い……燃えてきましたわ!」
ナイトグラスターの言葉に続いてテイルブルー、テイルイエローが戦闘態勢を取る。4対1の状況になっても尚、ダークグラスパーが動揺の一つも見せない。
「ふむ。問答はここまでか。同感じゃな」
そう言うや、ダークグラスパーの眼鏡が怪しい光を帯びた。ハッとしてナイトグラスターが叫ぶ。
「まずい、逃げろ!」
「まとめて葬ってくれよう。
眼鏡より放たれた闇色の光が一瞬にしてツインテイルズを包み込む。その軌跡は∞を描く。
「な、何だこれ!?」
「体が……動かない!?」
「きゃああああ!」
「せめて幸福なる悪夢にて果てるが良い。さあ、属性力の闇の淵へと堕ちよ!」
噴き上がる闇が、三人を呑む。そこにはたゆたう闇の玉だけが残されたていた。
「どうじゃ。これこそ、眼鏡属性を持つわらわの真の力よ」
「何という事を……眼鏡をそんな事のために……!」
ギリ、と怒りの余り歯ぎしりするナイトグラスターの耳ににトゥアールの通信が聞こえた。
『なんですかアレは! 凄まじい属性力ですよ!』
「眼鏡属性の力で異空間を作り出したんだ。人の心を反映し、無限に終わらぬ螺旋の中へと貶す……おぞましい力だ」
「トゥアールよ、見ているのであろう? 今すぐここに現れよ。さすれば三人は解放してやる――!」
空に向かって声を張り上げるダークグラスパー。
「さもなくば、貴様の希望は永劫果てぬ我が闇が滅ぼすであろう――!」
その言葉に偽りなく。紛れもない真意。ここでトゥアールが来なければ本当に、そうするのだと。
――だから、彼女は現れた。
その顔を仮面で隠し、知恵を象徴するかのような白衣を翻して。
「――イースナ」
「……そうか。あの時テイルレッドの後ろにおったのがそうであったか。今度こそ、じゃのう、トゥアール」
再会を喜ぶように声を弾ませるダークグラスパーに、トゥアールの顔色は悪い。この事態を誰よりも恐れていたのはトゥアールだからだ。
「さあ、ツインテイルズを解放して下さい」
「そうは行かぬ。解放してほしくば……これを掛けよ」
そう言ってダークグラスパーは何かを取り出した。
「それは……眼鏡?」
「ただの眼鏡ではない。掛ければ最後、二度と外すこと叶わぬようにわらわが念を込めた逸品よ。さあ、これを掛けるのじゃトゥアール!」
ずい、と差し出されたのは赤い丸縁眼鏡だった。トゥアールがチラリとナイトグラスターの方に視線を送る。助けてください。同じ眼鏡属性なんですから、なんとかして止めて下さい。そう訴えかけていた。
「…………や、止めておけ。トゥアール」
「何でそんなに歯切れが悪いんですか!? 今ちょっと、『眼鏡、良いかもしれない』なんて思ったでしょう!?」
「な、何を馬鹿な事を! わ、私がそのような……アレなわけ、ないだろう?」
「動揺してるじゃないですか! 余りふざけてると飢婚者をけしかけますからね!」
「ないと言っているだろう!? これ以上言いがかりをつけるならば、全力で縛り踏むことも已む無しだぞ?」
「ひ、卑怯ですよ! 人の一番嫌がるところを平然と!」
「ええい! こっちを無視して何を楽しそうにしておるか―――! あと、縛り踏むって何じゃ!? そ、そんなマニアックなプレイをしておるのか!?」
緊張感の続かない現場である。
「とにかく、トゥアール。それを掛ける必要はない。掛けたところで、どうせそいつにはどうにも出来んからな」
「えっ?」
「ははは! 見抜いておったか。
「だ、騙そうとしたんですね……!」
「お互い様じゃ。そうであろう?」
怒るトゥアールにダークグラスパーは肩を竦める。
「それにしても………あの中では一体何が?」
トゥアールはチラリと暗黒球体に目をやった。ナイトグラスターは静かに首を振った。
「聞かないほうが良いぞ? ……ブルー、それはいささかマニアックだろう。イエローは………まあ、いつも通りだな。多少こじらせてるが」
「本当に一体何が起こってるんですか!? ていうか見えているんですか!?」
顔を伏せるナイトグラスターに、トゥアールは言わずにはいられなかった。ブルーのマニアックって何? イエローがこじらせるって何処を? そしてレッドは?
「レッドは………ああ、あいつは大丈夫だ」
「え……?」
「ダークグラスパー。お前に一つ、良いことを教えてやろう」
「なんじゃと?」
「テイルレッドをあの世界に閉じ込めたのは、失策だったな」
にやりと笑うナイトグラスターに、ダークグラスパーはハッとして振り向いた。暗黒球の奥に、チラリと炎が生まれていた。
「なんと……! あの中はいわばもう一つの世界。それを……焼き尽くそうというのか!?」
――うぉおおおおおおおおおおおおお!!
雄叫びが響き、炎が暗黒を焼き尽くした。溢れ出した炎が渦を巻き、その中心に赤い戦士が立つ。それはまるで、レッドの怒りを体現したかのように燃え盛っていた。
「悪夢の中で……誰もがツインテールの世界の中で……トゥアールが泣いていた」
静かに、レッドは言った。
「世界を守れなかった償いに、俺達の世界を守るためにツインテールを捨てたトゥアールが、ツインテールを結ぼうとしたんだ!」
それは決して叶わぬ夢。変わらぬ過去さえ許されない、砕けた泡沫。それを目にしたレッドの怒りは想像に難くない。
「お前の闇なんて、俺が全て焼き尽くしてやる! 俺のツインテールは――
「いや、光輝は俺の眼鏡だ」
「レッドの決め台詞に何で対抗意識燃やしてるんですか!? せっかく感動してたのに!!」
「ちょっと何!? もうちょっとだったのに――!」
「あ、あら? 夕方の商店街でのお散歩は……?」
「そして何でお二人ともツヤツヤしてるんですか――!? 本気で台無しですよ!!」
「ええい! またしてもこっちを蔑ろにするでないわ!! 戦いの最中であろうが――!」
二度目の敵側からのツッコミに、ツインテイルズがダークグラスパーに向き直る。
「ツインテイルズ……いや、テイルレッドよ。貴様の力、些か見くびっておったわ。かくなる上は我が
マントを捨て、ダークグラスパーの背中の骨のようなパーツが右側へと移る。そして鎌を持つ右腕に力が集中し、武装が変形する。柄がグリップを残して縮み、刃の部分が反対側に生み出される。そして刃の先を光線が結んだ。それは――弓だ。
眼鏡が光り、指に宿ったそれを弦に掛ければそこに矢が生まれた。
「オーラピラーが来るぞ!」
「いや違う。それは――!」
身構えるレッド達にナイトグラスターが叫ぶと、ダークグラスパーがにやりと笑う。
「わらわにオーラピラーなぞ必要ない。目の前全てを的にして、全てを闇に落とすのみよ!」
闇が矢先に集中していく。その力は地面をえぐり、触れる全てを滅ぼさんほどだ。
「まずい! あれを撃たせるわけには……」
「でも、ケルベロスギルディとの戦いで力が……ヤバイかも」
「せめて三人の力を一つに出来れば………そうですわ! ケルベロスギルディの属性玉なら!」
「そうか、
イエローとブルーが属性玉を取り出す。レッドも続いて取り出す。今までツインテールの戦士であるからにはツインテールの力だけでと拘っていたレッド。ケルベロスギルディとの戦いに何かを感じたのか、属性玉をギュッと強く握りしめた。
「行くぞ、皆!」
「「「
その瞬間、イエローの武装が解除されて合体武装へと変わった。そこまでは通常だ。だが、そこから違った。
「俺とブルーの武器が!」
「イエローのと合体した!? ………で、良いのよね、これ?」
合体武装の上と下に強引に張り付いたようにしか見えないそれを、果たして合体と言って良いのか。
「合体ですわ! 三つの力を一つにした、名付けて〈フュージョニックバスター〉ですわ!」
「既に命名されてる!? と、とにかくやってみるぞ!」
「レッドはトリガーを。私達は左右から支えますわよ!」
「……よし、これで良いわね」
「駄目ですブルー! 合体武装を構える時は、支え手はこう! こうするんです!!」
「なんで片手なの!? でもってその外側に大きく開いた腕の意味は何!?」
「こうするのが絶対のお約束なんです! さあ!!」
「え……ええ……」
「ブルー、諦めろ」
「レッドまで……はあ、もう。これでいい?」
「駄目です! 腕が上がり過ぎです! あと、体も開き過ぎですわ! 腕は体と平行、角度が42度ですわ!」
「細っかいわねぇ!? これでいい!?」
「完璧ですわ。――さあ、これで準備完了ですわ、レッド!」
「お、おう……なんか、めちゃくちゃ待たせちまったけど……」
「なんじゃと!? 各々の武器が一つに!? おのれ、ケルベロスギルディの力か!」
「見た目はあれだが、すごい力だ。あれならあるいは――!」
「お前ら実は仲良いんじゃねーか!?」
準備が完了するや、まるで”そして時は動き出す”とばかりにリアクションする眼鏡二人に、レッドが叫ぶのも仕方ない。
「面白い。その大砲でわらわと勝負するか! 良いじゃろう、来るが良い!!」
「レッド、『ファイヤー!』で発射ですわよ、せーのフ」
「え?」
カチ――。
ズキュウウウウウウウン――――!
「ダークネスバニッ――って貴様らここまで来たら普通は真ん中あたりで当たるように同時に放って競り合いとかするのもじゃろうがぁあああああああああああああ!?」
「フライングですわ――――!!」
コンマ数秒で49文字を言い切り、ダークグラスパーが三色の閃光に消えた。放たれた光は津波の如く渦巻き、大気を震わせ、周囲を薙ぎ払っていく。
「くっ……やったか?」
「ああ、見事な不意撃ちだった。ブルー並の外道っぷり……流石だ、テイルレッド」
「それを流石って言うな! ちょっと間違えただけだ!」
「あんた、さり気なくあたしをディスんじゃないわよ!」
爆煙を抜けて歩いてきたナイトグラスターはウンウンと頷く。発射の瞬間、ダークグラスパーの近くにいた筈なのに、被害らしい被害がない。
「だが、どうやらまだのようだ」
「何――?」
ナイトグラスターの言葉にレッドらが驚く。顎で送られた先を見ると、徐々に晴れつつある煙の向こうに立つ人影があった。
「バカな……あれでもまだ倒せないのか?」
状況はすこぶる悪かった。ケルベロスギルディとの戦いから、フュージョニックバスターと、多大なエネルギーの消耗。これ以上の戦闘は厳しい状態だった。
「ふはははは! やりおるなぁ、テイルレッド!」
三つ編み、眼鏡。その顔が見える。ダメージは有るようだが、余裕さえ覗かせている。
「満身創痍からの一撃。早出しは目を瞑ろう。じゃが――」
そう言いいながら胸を張るダークグラスパー。腕を盛大に振るい、煙を払う。そして――。
「わらわを裸に出来ても、眼鏡までは取れなんだな!」
――裸だった。
「なんで裸なんだよぉおおおおお!?」
「それは、きっとレッドの願いだからですわ」
「「…………レッド、まさか」」
「やめろよ、そんな痛々しい目でこっちを見るな!?」
「武装を解除させれば、もう戦わなくて済む。そうですわよね、レッド?」
「そのフォローもうちょっと先に言って欲しかったんだけど!?」
「いやああああああ! そんなギリギリ私のストライクゾーンから外れた貧相な体を見せるんじゃありません! 変質者! 痴女! 露出狂!!」
「でもってなんでトゥアールは自己紹介を―――いや、違うのか?」
「レッド!? 私は痴女ですがレッド限定ですよ!?」
「落ち着け! ……奴はまだ、”ダークグラスパーのまま”だ」
「えっ?」
ナイトグラスターがレッド達を諌める。よくよく見れば、未だにダークグラスパーは自身に満ち溢れた表情をしている。ただ、装備が外されただけで変身したままなのだ。
「あの状態でも、奴はそこそこに戦える。油断するな」
そう注意されれば従わざるを得ない。だが、それでもレッド達の優位は変わらない。強化装備のない状態では限界間近のレッド達にも勝てないだろう。
「もう、戦いは終わりだダークグラスパー」
「いいや、まだじゃ。わらわを無力化したければこの眼鏡を外すしかない。じゃが、眼鏡属性を持つ者にとって、眼鏡は心の臓、生命そのものよ。生半可な覚悟で外せると思うでないぞ!」
「眼鏡道不覚悟無。流石だな」
「ここに来てまた変なワード出てきた!?」
「そんなのどうでも良いわよ。とにかく、あんたを拘束させてもらうからね!」
ナイトグラスターの変態発言は二の次と、ブルーが肩を回しながらダークグラスパーに近づいていく。
「拘束する? それは無理じゃな」
「何言って――え?」
遠くから音が響いていた。それは徐々に大きくなっていく。あっという間に耳をつんざく轟音となり、上空を駆け抜けた。音源である飛行物体は陽光を浴びて銀色に光り、旋回してくる。
戦闘機だ。ただ、あまりにも航空力学を無視したデザインであり、所々が妙に尖っている。その戦闘機は翼の先からビームを放ち、ブルーとダークグラスパーの間に弾幕を張った。
「きゃっ!?」
怯んだその間に、戦闘機は上空をホバリングし、そのフォルムを変化させる。その流れはレッドもナイトグラスターも一度は、イエローに至っては概ね毎日、見たことがあるものであった。
人型への変形である。
「紹介しよう。彼女こそ、わらわの唯一の相棒――メガ・ネプチューン=Mk.Ⅱじゃ」
無機質な頭部に、双眸の光が灯った。
今回で終わりと言ったな。あれは嘘だ(エピローグ的な意味で)