光纏え、閃光の騎士   作:犬吉

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覚えておる方はお久しぶりです。
待っていてくださった方は、申し訳ありませんでした。

四月中はなかなか大変で、執筆も滞りがちでした。
ゆっくりのんびり、やっていきたいと思います。


三つ編み絡めな乙女心


 時は止まらず移ろい続けるもの。陽月学園もまた、衣替えの週に入る。上着を着るには微妙に暑く、かと言って半袖にはまだ肌寒い。そんな微妙な時期にあって、その日はハッキリとした暖かさ――初夏の陽気を孕んでいた。

「鏡也。今日は早く帰ってくる?」

「何事もなければ」

 半袖に着替えた鏡也が登校すべく、玄関で靴を履いていた時だ。唐突に天音が言ってきた。何故、そんな事を聞いてくるのかいまいち理解できず眉をひそめた。どうにも妙な感じがした。

「あのさ、何でそんな事を?」

「ううん。鏡也が帰ってきたらちょっと出かけるから、寄り道せず帰ってきてね」

「………? 分かった」

 何やら含んだ物言いに不安を覚えるも、聞いたところで言わないであろう事は、15年来の親子付き合いともなれば分かり切っていた。

 また碌でもない事でも企画しているのだろうと、鏡也はとっとと諦めて学校へ向かうことにした。

「それにしても、今日はいい天気だな」

 通学の道程、鏡也は太陽を見上げた。顔に差さる陽光は温かい。この平和な時間が続けばどれだけ良いか。

 顔を下ろせば、犬を散歩させるお年寄りがいる。急ぎ足で会社に向かうサラリーマンがいる。ランドセルを揺らして走る小学生の集団が向こうにある。そしてエレメリアンが運転する幼稚園バスが通り過ぎる。

「………ん?」

 思わず振り返った。我が目を疑ったが、確かにバスの運転席に白黒のエレメリアンが確かにいた。バスは何事もないかのように曲がり角を曲がっていった。

 一体、何がどうなっているのか分からなかったが、やる事だけは明白だった。

 

 

「はーい。つきましたよー。気を付けて降りてくださいねー」

 幼稚園バスのドアが開き、幼稚園児達が元気よく降りていく。最初は怯えていた子供たちだったが、あっさりと順応しこの状態である。ただ、父兄や先生はそんなこともなく、ただただ困惑と怯えをいだいていたが。

 そんな光景に目を細めながら、エレメリアンはふと呟く。

「やはり、いいものだ。幼稚園児の元気な声こそ、この世で最高の福音よな」

「世迷い言を呟くな」

「ぐほあ!?」

 突如としてエレメリアンを蹴り飛ばす者があった。真横から、ヒールで頬骨のあたりをえぐるように、かつ真にダメージが通るように打たれた一撃は、エレメリアンを幼稚園の門に容赦なく叩きつけた。

「な、何者だ!?」

 いきり立つエレメリアン。だが、その表情が見る間に強張った。

「き、キサマはナイトグラスターか!?」

 正義の眼鏡を煌めかせ、白銀の騎士がマントを翻す。

「こんな朝早くからこそこそと。先日のオウルギルディといい、ダークグラスパーは姑息な手段が好みのようだな?」

「何を! 不意打ちで蹴り飛ばしておいて、何という言い草だ! このパンダギルディが、ダークグラスパー様に代わってその眼鏡を砕いてくれる!」

 エレメリアン――パンダギルディがその巨体を大きくのけぞらせ、威嚇する。

「眼鏡を砕くだと? この眼鏡、たとえダイアモンドでも砕けないと知るが良い!」

 ナイトグラスターも、フォトンフルーレを抜き放ち、その切っ先をパンダギルディへと向けた。

「行くぞ――!」

 

 prrrrr――。

 

「む、待て。電話だ」

 今、正に戦いが始まろうとしたところに水入り。制されたパンダギルディは踏み切りかけた足を止め、ヨロヨロとよろめく。

 

 

 

「総二様。エレメリアン反応です!」

 学校へ向かう途中、トゥアルフォンがけたたましく音を鳴らした。

「そーじ。鏡也がエレメリアンを見つけたって!」

 鏡也が送ったメッセージを受け取った愛香が、総二に言う。

 

「………………」

 

「そ、総二様?」

「そ、そーじ?」

 だが、究極のツインテールにして地球を守る要であり、ツインテイルズのリーダーである観束総二は、心ここにあらずであった。

 いや、魂が抜け落ちたという方が正確かもしれない。

 一体、どうしたのかと視線の先を追いかける。

「あ、神堂会長………ん?」

 違和感があった。何か明確に違っているのだ。具体的には後ろ姿だけなのだが、若干大人っぽい感じだ。

 

「会長が………慧理那が…………ツインテールじゃなくなってる―――!!」

 

 総二の慟哭。それは血を吐く様であり、声を絞り出すようであった。膝から崩れ落ち、総二はただ地を叩く。

「俺は……おれは………!」

 どうしてツインテールを止めてしまったのか。簡単に想像できた。普段から狙われているのだから解いていれば、安全だろう。ましてや一度はツインテールを奪われてもいる。そう考えても不思議ではない。

 だがそれでも、そんな脅しのような状況に屈さないと――そう信じていたのだ。

 

「おれは……大切な髪型()を………マモレナカッタ」

 

「そーじ落ち着いて。ほら、立ちなさいって!」

 愛香が何とか立たせようとするが、総二はぐったりとしたまま動かない。

「ダメですね。慧理那さんのツインテールが解かれてたのが相当ショックだったようですね。言うなれば……”ツインテールクライシス”!」

「名称なんてどうでも良いわよ! そーじはこのままに出来ないし、でもエレメリアンも出てるし……」

 

 

 

『なんかそーじが『俺はもうダメだ』とか言い出してさ、すぐにそっちに行けないんだけど大丈夫?』 

「それは大丈夫だが……何があった?」

『なんかねー。生徒会長がツインテール解いたのよ。そーじったらそれでショック喰らっちゃったみたいで』

「……なんだと?」

 愛香の言葉にナイトグラスターは耳を疑った。ツインテールを家訓とする神堂家において、それがどれだけの意味を持つのか。

「詳しい話は後で聞こう。とにかく、叩いてでも気を入れ直しておいてくれ。すぐに揉め事が起きる筈だからな」

『え……? わ、わかったわ』

「頼んだ」

 電話を切り、仕舞う。そして一度、深い溜め息を吐いた。

「やれやれ。私のいない間に何があったというのだ? これは急いだ方が良いかもしれないな」

「――話は終わったか?」

 そう言うや、ナイトグラスターの眼前をパンダギルディの爪がかすめた。

「ああ、待たせてしまったな。では、始めようか」

 仕切り直しと、パンダギルディがゆるゆるとその両腕を泳がせる。さならが風に揺れる柳だ。乱れぬ軸。隙のない構え。相当の功夫を積んでいると見えた。

「我が名はパンダギルディ。純粋無垢なる天使の心を愛する〈幼稚園児属性(キンダカートナー)〉の戦士!」

「幼稚園児属性………すでにギリギリだな。色々と」

「我がパンダ真拳の冴えは、伝説の惑星パンダラの戦士にも劣らぬ! さあ、かかってこい!」

「それは良いが………乗られてるぞ?」

 大きく啖呵を切るも、パンダギルディの頭やら背中やらに幼稚園児がワシワシとよじ登っていく。

「ぬう! 我が容姿故に致し方なし!! アルティロイドよ来い!」

 パンダギルディの号令に、黒いモケモケことアルティロイドがずざっと現れた。

「子供たちを丁重に扱え。怪我などさせるなよ!」

「モケー!」

「「キャーキャー!」」

 ペリペリと剥がされていく子供たち。そして丁寧に降ろされていく。時折、やんちゃな子がアルティロイドを蹴ったりもしている。ともあれ、今度こそ始められそうだった。

「行くぞ……ほわたぁ!」

「むっ」

 太い腕が鋭く突き出される。それを紙一重で躱し、ナイトグラスターは刃を繰り出す。

「ひゅう!」

 その切っ先を捌いて、パンダギルディが華麗に跳躍する。回転の勢いから繰り出される浴びせ蹴りが鋭く園庭を打った。大きく飛び退き、ナイトグラスターは距離をとった。

「むう。なかなかやるな」

「無垢なる天使達の声がある限り、この身に敗北はない! さあ、我が奥義を受けろ!」

 パンダギルディが半身を引き、腰を落とす。全身の毛が逆立ち、凄まじい力が集まっていく。ナイトグラスターも、繰り出されるであろう攻撃に対して、フォトンフルーレを正眼に構えた。

「高まれ我が幼気! くらえ、パンダ剛衝波!!」

 突き出された拳とともにゴウ! と、烈風が噴く。パンダの顔をした何かが、大砲の如き速度でナイトグラスターに飛翔する。

「せいやぁ!」

 だが、ナイトグラスターはフォトンフルーレを大きく振り抜き、必殺のパンダ剛衝波を逆に弾き返した。

「な、何だ――ぐわあああああ!?」

 自分の技を自分で食らったパンダギルディが盛大に吹っ飛んだ。

「中々の技だ。だが、私を相手取るには速さが足りないな」

「ぐぬぬ……! ならば、我が最速の奥義をくらえい!」

 立ち上がったパンダギルディが、猛然と飛びかかる。再び漲らせた力から、繰り出される無數の拳。

「奥義、パンダ百烈拳!! アータタタタタタタタタタタタタタタタタタ!」

 目にも留まらぬ超高速連撃。その全てを繰り出し、息を乱すパンダギルディだったが、自分の腕を見て表情を強張らせた。

 

 ――もうすこしがんばりましょう。

 

「ば、バカな……我が奥義を見切ったとでも言うのか!?」

 ナイトグラスターは口に咥えたサインペンのキャップを、余裕ありげに閉めた。

「言っただろう? 私を相手取るには速さが足りないとな。ついでに言えば、我が眼鏡は全てを見切る。残念だったな」

「その力……その速さ……あの方と同じ、”眼鏡属性”の力……! よもやこれ程までとは!」

 うろたえるパンダギルディに、ナイトグラスターは目を鋭く細めた。あの方――ダークグラスパーの事だとすぐに推測がついた。どうやら、同じ属性故に似た力を持っているらしい。

(ダークグラスパー。その力の一端を知ることが出来ただけ、収穫か)

「悪いがこれ以上、時間は掛けられない。一気に決めさせてもらう!」

 ナイトグラスターはその左手に光を迸らせる。そして一気に突き出す。

「眼鏡剛衝波!!」

「ぐああああああ!?」

 眼鏡を模った何かが大砲の如く飛翔し、パンダギルディを派手にふっ飛ばした。

「バカな! 俺のパンダ剛衝波だと!?」

「驚いている暇はないぞ。オーラピラー!」

「ぬおぉおおおおお!?」

 オーラピラーの拘束の光がパンダギルディを縛る。ナイトグラスターは間髪入れず、必殺のブリリアントフラッシュを叩き込んだ。

「よ、幼稚園で散るならば………我が本懐よ!」

 世迷い言を叫んでパンダギルディは爆発した。アルティロイドもいつの間にか撤退し、幼稚園児は遊び相手を失くして、こちらに興味津々といった瞳を向けている。さっさと逃げるに限ると属性玉を回収し、ナイトグラスターは一足飛びに跳躍した。

 唯でさえこれから面倒事が起きるというのに、体力無限のリトルモンスターの相手は御免被りたいものだ。

 丁度、騒ぎを聞きつけたマスコミもやって来ていた。カメラが向けられるよりも早く、ナイトグラスターはその場を後にした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その頃、陽月学園でも鏡也の予想通り、大問題が発生していた。その日の一時限目は全校集会だったのだが、その場でも慧理那はツインテールを解いたまま壇上に姿を表した。また総二がダメージを受けたのだが、それはさておく。

 続けて壇上に姿を見せたのは、慧理那の母であり陽月学園理事長、神堂慧夢であった。その圧倒的ツインテールにショックさえも忘れて魂を奪われる総二。

 慧夢はツインテールを解いた慧理那に怒りを露わにし、壇上から引きずり下ろした。そしてそのまま体育館を後にした。残された生徒たちはざわつき、教師たちはそれを注意しながら全校集会は続けられた。

 集会後、総二らはすぐに尊に呼び出された。総二達も状況を知るために尊を探そうとしているところであった。

「一体、どうなってるんですか? どうして慧理那はツインテールを解いたんですか?」

「始まりは先日のエロ本の件だ。お嬢さまが色々とリサーチを掛けた履歴がパソコンに残っていたのを、話を聞きつけた奥様に見つけられてな」

「うわあ……それはキツイ」

 検索履歴など、脳内を見られているにも等しい。ましてやえろ本リサーチなど、下手をすれば家族会議ものだ。

「いや、その事自体は問題にはなっていないのだ。むしろ今まで特撮にばかり興味を示されてたお嬢さまが性に興味を抱いたと、喜ばれたぐらいだ」

「……うわあ、キツイ」

 それはそれで壮絶である。部屋を整理されて、机の上にエロ本を整理整頓されて置かれてあったぐらいキツイ。そんな事をやられた日には、一般男子高校生ならば引きこもりになること受け合いである。

「それで、性に興味を抱いたのならば、婚約の話を進めると言い出されてな」

「なっ……婚約? 見合いじゃなくてですか?」

「相手は誰なんですか?」

 総二らの問いに尊は首を振った。

「残念だが分からないのだ。奥様が突然決められてな。見合いばかり警戒していて、ここまで急な動きをされるとは予想していなかった」

「それに反発して、会長はツインテールを解いた…………って、そこでツインテールを解くことに繋がる意味が分からないけど。やっぱり家訓だからかしら?」

 愛香が眉を潜める。だが、総二は神妙な面持ちになる。

「慧理那がツインテールを解くなんて、相当だ。慧理那と理事長は今何処に?」

「二人は理事長室だろう」

「今すぐ行きましょう!」

 総二は言うや、理事長室に向かって走りだした。

 

 授業の時間である今、廊下に人の気配はない。その先には一見して豪華な扉がある。そこが理事長室だ。今まで縁のない場所であったため近寄ることもなかった場所だ。四人は中を伺うべく、扉に耳をつけた。

 中からは、慧理那と慧夢の激しい言い合いが聞こえる。やはり相当もめているようだ。

「―――っ! 皆、ここで待っていてくれ」

「ちょっと、そーじ?」

 そしてその中で、ある言葉を聞いた総二が憤りと強い決意を込めた瞳で理事長室の扉を睨んだ。

 

 ――未熟なツインテール――

 

「歯向かうのは、俺一人でいい!」

 そう言うと、扉を勢い良く開いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……人気はないな」

 パンダギルディを倒した鏡也は学校の裏手に転移した。そういえば「ひとけ」と「にんき」は同じ漢字で、ルビを振らないと人によっては凄い痛々しいなぁ。などと思いながら校舎に入る。

 時間も時間であり廊下に人の気配はない。鏡也は教室に向かわず、理事長室へと足を向けた。今日の一限目は全校集会だ。当然、理事長も顔を出すし、生徒会長である慧理那も壇上に上がる。その時、慧理那はツインテールを結んでいるだろうか? 答えは否だ。そんなごまかしをするなら最初から解いたりしない筈だ。何故ならそれは恐らく、慧夢に対する当て付けだからだ。

 その結果、どうなるか。火を見るより明らかだった。

「あれは……愛香とトゥアール、尊さん?」

「鏡也!」

 理事長室の前には愛香達がいた。鏡也は一人いないことにすぐに気付いた。

「総二は?」

「それが今、理事長室に入っていったの。会長が婚約させられて、それでその抗議にに来たんだけど……いきなり」

「アイツの事だ。どうせツインテール云々だろう? この場に眼鏡があれば詳細を知れたんだが……」

「ごめん。あたしにも理解できるように言ってくれないかな?」

「しかし、姉さんが婚約? 何でそんな事に? ――仕方ない。お前達はここで待っていてくれ」

「ちょっと、鏡也!?」

 愛香が止める間もなく、鏡也は理事長室のドアを開けた。

 

「理事長、あなたは慧理那のツインテールのことを何一つ理解しちゃいない!」

 

 そして、軽く閉じた。開けた瞬間、世界最強のツインテールバカの雄叫びを聞いた日には、致し方ない事だ。

「悪い。軽く挫けた」

「いいのよ。あたしだって時々、挫けそうになるもの。頑張って」

「――よし、行くぞ」

 暖かな応援を受けてのリテイクである。

 

「失礼します」

 開かれた先には三つの人影がある。総二と慧理那、慧夢だ。鏡也は軽く一礼し、高級感あふれる室内へと足を踏み入れた。

「鏡也くん……!」

「理事長。姉さんの婚約についてお話があります」

 不安気だった慧理那の表情がほころぶのを尻目に、鏡也は総二の横に並ぶ。

「無茶するな、総二」

「無茶じゃないさ。慧理那の……仲間とツインテールの為だったらな」

 ちらりと視線を交わし合う二人。すぐに慧夢へと意識を戻す。この局面、切り抜けられなければ、慧理那は最悪、ツインテイルズから外れることになるだろう。そんなことは絶対にさせる訳には行かない。

「丁度良かった。鏡也さん、貴方を呼ぼうと思っていたところです」

「え?」

 慧夢の言葉は意外だった。この状況に何故、自分を呼ぼうとしていたのか。その意図が見えなかった。

「慧理那。貴方が憤るのも尤もです。廃れて久しい、そう思っていた大和男子がこんな近くにいようとは……彼は、男性として最も大切なもの――ツインテールを愛する心を持っているのですね」

 恵夢は今までとは打って変わり、優しい瞳を慧理那に向けた。そして総二にも。

「良かった……分かってもらえたんだ」

 安堵する総二だったが、その隣の鏡也は全く逆の面持ちだった。喩えるなら、『刻一刻と時を刻み続ける、解体不能の時限爆弾を目の当たりにしている』様な不安感だ。

「これ程のツインテール愛。歴代の神堂家の婿にも一人とていなかったでしょう。これを知らず、雑多な見合いを仕掛けた上、婚約など……母は愚かでした」

 頭を振る慧夢。それはまるで爆弾がラスト10秒のカウントダウンをしているようだった。

 そして――カウントがゼロになった。

 

「鏡也さん。貴方と慧理那の婚約の件、無かった事にして下さい」

 

「「――え?」」

 

「それと慧理那。必ずや、彼と添い遂げなさい。いいですね?」

 

「「え? え……?」」

 

 

「「「えぇええええええええええええええええええええ!?」」」

 爆弾はそれは大層に爆発した。

「ど、どどどどういう事ですか、お母様!? 私と鏡也君が……婚約!?」

「待って下さい! 何でそんな事になってるんですか!?」

 慧理那と鏡也は揃って声を上げた。

「あら? 言ってませんでしたか?」

「「初耳です!!」」

 二人のツッコミに、慧夢は背を向けて、そして語りだした。まるで言うのを忘れていたのを誤魔化すためではない。

「私とて人の親。娘の幸せを願うのは当たり前です。ですが、見合いの相手は難あり。メイド達は見合いを潰す。さて、どうしたものかと考えていた時、貴方と慧理那の姿を見かけました。昔から姉弟のように仲の良かった貴方達ですから、問題はない。ですが家訓はどうするか……その悩みも、先日の鏡也さんの言葉で解けました」

「え……俺の言葉、ですか?」

 最近で慧夢と言葉を交わしたのは、あの放課後の一度だけだ。そこで言った言葉の何処に、このややこしい事態を招く引き金があったのか。

「森の中で、あえて木を見る。貴方はそう言いましたね」

「え……はい」

「ツインテールを愛する者こそ、神堂家の婿に求められるもの。ならば、貴方が慧理那を想う故に、ツインテールをもまた愛する事ができる。そう考えたのです」

 爆弾がまた爆発した。慧理那が驚きに目を見開いた。そして鏡也も、別の意味で驚き、目を見開いていた。

「…………え? あの、ちょっと待って」

「彼にも資質があると思えました。ですが、これ程のツインテール愛を前にしては、それもまた色褪せてしまう。彼以外には認めません」

「そんな……性急過ぎですわ! 第一、こちらから申し込んでおいて勝手に反故にするなど」

 

 

「ちょっと待ったぁあああああああああああああ!」

 

 

 雄叫びと共に、ドアが弾け飛ぶように開かれた。制服を着た異世界の痴女が理事長室にズカズカと踏み込んでくる。

「な、何で来るんだよ! ここはこらえろ!」

「お言葉ですが総二様。ここでこらえたら強制的に慧理那さんエンドで制服腹ボテCGの一枚絵確定ですよ!」

「意味が分からない!」

「誰ですか? うちの生徒のようですが……?」

「私は観束トゥアール。総二様の婚約者にして、すでに同棲していて、大切な物も捧げていて、そして身体に細いロープが絡みついてぇえええええええええええええ―――へぶっ!?」

 ズカズカと踏み込んできたトゥアールが、盛大にすっ転んだ。ただ転んだだけではない。身体にはロープが絡みつき、倒れたトゥアールは何故か、両手を合わせて座禅を組んだような姿だった。受け身も取れず顔から落ち、必死にもがいている。

「ちょ……何ですかこれ!? か、体を動かそうとすると、それだけで他がギリギリと締め付けられる……!?」

 ――ガスッ!

「ひう!?」

 情けなく持ち上げられた格好となったトゥアールの尻を、容赦なく踏みつける足があった。言うまでもない。ドS眼鏡男子だ。

「唯でさえややこしい事態を、更にややこしくする真似をするな」

「やめて下さい! 引っ張られる度に私のデリケートゾーンが容赦なく擦り上げられるぅうううううう!?」

「黙れ。嬉しそうな悲鳴を上げるな。恥ずかしい奴め」

 何処までも蔑んだ瞳を向けてグリグリと尻を嬲りながら、何とか逃げようとするトゥアールを押さえつける。

 突如、何の脈絡もなく始まったSMショーもどきに、誰もが言葉を失い呆然とした。

 

 ――ガターン!

 

 いきなり派手な音を立てて、慧夢が転んだ。一堂がビックリして我に返ると、慧夢は恥ずかしさからか顔を赤らめていた。若干、汗ばんでいるようにも見えた。

「お、奥様。大丈夫ですか?」

「え、ええ。ごめんなさい。……少し、驚いてしまっただけです」

 尊の手を取って立ち上がった慧夢は襟を正し、深く息を吐いた。

「才能のある子だとは思っていましたが、まさかこれ程までとは」

「は……?」

 何かを呟いた慧夢だったが、尊の怪訝そうな声に、何でもないと首を振った。

「……慧理那。確かに貴女の言うとおりですね。思いもよらぬ出逢いに冷静さを欠いていました。こちらから申し入れておきながら、身勝手極まりないことでした」

 そう言って、慧夢は慧理那にこう言った。

 

「彼ら二人、どちらを選ぶかは貴女に任せます。それまでは婚約の話も留め置きましょう」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 まだ、授業中の時間でもあるにもかかわらず、総二達は部室にてサボっていた。正確には授業に出る気力がなかったのだ。

「……疲れた」

「何だってこう面倒事ばかり……姉さん、どうして黙っていた?」

「ごめんなさい。でも、家のことに巻き込む訳には行きませんでしたの」

 慧理那はシュンと肩を落としていた。

「まあいいさ。これでお家騒動も一段落だろう。それより、慧夢おばさんの言葉が気になったな」

 鏡也は総二を見やりながら、その言葉を思い出した。

 

 

『あなた……観束総二というのですか? 観束……いえ、まさかそんな事。あの人なら命天夫や有帝滅人といった厳かな名を付けると常々、口にしていたのですから。あなたは優しい名前ですものね』

 

 

「……なにか、嫌な因縁が繋がりそうだったな?」

「母さんには絶対に会わせられないな」

 総二は深い溜め息を吐いた。

 

 

 

 

「――奥様。どうして鏡也さんとの婚約も留め置かれたのですか?」

 神堂家の家訓ならば、総二という逸材がいる以上、婚約を残す必要はない。一方的かつ身勝手とはいえ、御雅神家も神堂家も、一人しか子がいない。跡取りというところに関してならば、落とし所も多い筈だ。

 彼女の疑問に、慧夢はそっと口を開いた。

「――菩薩掌曼珠沙華縛(ぼさつしょうまんじゅしゃげしばり)

「………は?」

「伝説の縄打師〈江洲能川永武右衛門(えすのがわえむえもん)〉が考案した、伝説の縛りです。その姿は合掌する菩薩の姿を模し、かの石田三成や近藤勇を縛するときにも用いられたとか。今では僅かな文献にのみ存在が残されているだけ……その筈でした。まさか、生きて目にする日が来ようとは……!」

 慧夢はブルッと身体を震わせた。なにか、非情にやましい雰囲気を醸し出しているような気もするが、尊は気のせいだと思うことにした。

「それにあの、虫けらのように相手を見下す冷徹な目。一切の躊躇いもなく、相手を足蹴にする大胆さ。見る者にさえ虐するオーラ。あれ程に才気溢れるとは想像さえしていませんでした」

 慧夢は何故か、自分の体を強く抱いた。何か、自分の欲望が駄々漏れになっているような気もしたが、尊は気のせいだと思った。

「ともかく、尊。慧理那のことは頼みましたよ」

「はい。畏まりました、奥様」

 

 事態は一見、解決したかのように見えたがその実、別の問題が起きかけていただけだっりした。




今回の話は落としどころは決まっていたのですが、そこへの道筋がなかなか難しかったです。
原作まんまなんて書けませんしねぇ。

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