光纏え、閃光の騎士   作:犬吉

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すっかり遅くなってしまい、申し訳ありません。




 それは言うなれば、運命の出逢いであったのだろう。

 意気消沈した一体のエレメリアンが通路を歩いていた。自身の属性力は非常にマイナーであり、それ故に属性力を広めようと努力するが、なんの成果も上げられないまま、今日に至った。

 梟に似たその顔はうっすらと皺を刻んていた。重ねた歲月故ではない、生きるということに対する諦めからだ。

 戦いを放棄し、前線を退いた。それでもまた戻ってきた。強引な招集によるものだ。

 しかし、やはり来るべきではなかったのだ。滅び行く属性……それはもう、避けられない未来なのだ。

 そう――全てを諦めていた。

 

 基地の廊下に、半ば無造作に置かれていたノートの束。それより立ち昇る凄まじい輝き。文学属性のエレメリアンであり、聡明な女性を愛するオウルギルディはその一冊を手に取って、開いた。

 

「お……おおおおおおおお!」

 

 立ち昇る文字の羅列。その一文字一文字が血になる、肉になる。命になる。

 目の前の楽園が広がる。

 色とりどりの鼻の咲き誇る庭園に、柔らかな陽光が差す。その向こうに建つ、温かみのある小さな家。そのテラスにて、静かにペンを滑らせる少女。

 小鳥のさえずりに優しく微笑み、頬を撫でる風に瞳を細めて。彼女はその想いを綴る。

 それは福音だった。消え行く者に向けられた、優しい救済であった。

「身体中に力が漲る……! これこそ、この詩こそが文学だ! これ程の詩を生み出す世界なれば、文学属性もきっと大いに育っているに違いない!」

 オウルギルディはノートを抱きしめ、立ち上がった。

 

 

 

「ぬわぁあああああああああ!? ない! ノートがないぃいいいい!?」

「なんやねん。大きな声出して」

「メガ・ネ! ノートはどうした!? ここにあった筈じゃ!」

 大慌てで尋ねるダークグラスパーに、メガ・ネはうーん、と首を傾げた。

「こないだ掃除した時、色々投げたからそこん紛れ取ったかも知れんなぁ。整理整頓しないイースナちゃんが悪いんやで?」

「オカンかあああああああああああぁ!」

「あーもう。すーぐそうやって乱暴な口きくー。変身しとるとホンマに悪い子やなー」

 甲高い声の割に老成した喋りのメガ・ネはいつもの事とダークグラスパーの朝食を用意し始めた。

 ちなみのこの時点で、ブランチにすら遅い時間である。

「まずい。まずいぞ……完全に棄てられているならば良い。じゃが、万が一にでもあれが誰かの手に渡ってしまったら……」

 完全にカリスマブレイクしたダークグラスパーは頭を抱えた。

「しまったら?」

「あれは、わらわの純情が転じた淫心をすべからく綴ったものじゃ。ここの者など、見た瞬間に果ててしまうぞ!」

「いや、それはないわ。絶対、ない」

 

 

 オウルギルディは終ぞ知らない。

 彼を奮い立たせたそれが、聡明と真逆の、身の毛もよだつ情念の結晶であり、理知どころか理恥な存在に依って生み出されたものであることを。

 そしてそんな物に、文学を感じてしまったという救い難い事実を。

 

 もし知っていたら―――その場で腹でも切っていたかもしれない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アルティメギルの出ない日々。今日も今日とて部室ではまったりとした空気が流れていた。

 トゥアールはずっとパソコンで何か作業をしている。慧理那は今日、生徒会の仕事もないので部室にやって来ている。逆に尊は職員会議で欠席だ。

「アルティメギル、出ませんわね」

「いいことじゃない」

「それはそうなのですが……」

 慧理那は窓際でぼんやりとつぶやくと、愛香がそう返した。アルティメギルが出なければ、ツインテイルズの活躍はない。つまりテイルイエローの汚名返上もないのだ。せっかくヒーローを目指しているのに、これではどうにもならない。

 だが、平和を守るために乱れろ平和。という訳にも行かない以上、慧理那に出来ることはない。

「あ、またこの子。最近良く出てるわね」

 生まれ変わったテレビに映るのは善沙闇子。ここ最近、歌番組にバラエティーにとテレビに出ない日がない程の人気ぶりだ。

「この子、ツインテールから三つ編みに変えたんだな。ツインテールもすごかったけど、この三つ編みも、相当だぞ? 均等に、かつ全く乱れがない。一朝一夕で結んだようなものじゃない」

「何よ、そーじ。ツインテールじゃないのに分かるの?」

「逆だよ。すごいツインテールだったからこそ、あの三つ編みの凄さが分かるんだ」

「……そうよね。あんたがツインテール以外に興味抱く訳ないもんね」

 愛香は深い溜め息を吐いた。もうある種、悟りの領域に入っていそうだ。

「鏡也はどうなんだ? 彼女は眼鏡かけてるし、気になるんじゃないのか?」

「――ん? ああ、そうだな……」

 声を掛けられ、鏡也は我に返った。その目はテレビの向こう――善沙闇子に釘付けだった。その様子に総二は少しばかりにやけている。

「こうして見る分には、中々だと思っていたが……実際に会うとなるほど、芸能人独特の気配というか、そういうのはあったな」

 そこに感じたものが果たして、本物であったかどうか。という点はあえて黙る。

 なにせ、あれだけ愛でに愛でていたトゥアールでさえ、善沙闇子とイースナを繋げられないのだ。認識阻害だけではない、別の何かがそこに加味されていると考えられる。その正体も朧気ながら、鏡也には見えていた。

 眼鏡属性独自の、性格改変である。鏡也がナイトグラスターになる時、自然と口調や身振り手振りが芝居がかる。そうするのが自然であり、鏡也自身もそこに違和感を覚えない。

 それをイースナは意識的に行っているのであろう。すなわち、イースナから善沙闇子=ダークグラスパーにである。

 イースナ=善沙闇子にならないのは、トゥアールの語る彼女の性格から容易に推測できる。

 つまり、あそこで出会ったのはイースナというよりも彼女が変身したダークグラスパーであるということだ。

 変身後、それを手すがらに外せるのは以前、総二がやったことがある。その際、旗起(フラグメント)が余計な仕事をしたせいで、鏡也は愛香の黄金の右を喰らう羽目になったのは記憶に新しい。

「……ん? ちょっと待って。その言い方だとまるで善沙闇子本人と会ったみたいじゃない?」

「つい先日な。善沙闇子をうちの商品のイメージキャラクターにするって話だったから、無理を承知で頼んでみた」

「うわあ、知ってたらサインとか頼んだのに~」

「なんですか愛香さん。気持ち悪いミーハーぶりなんて発揮しちゃって。そんなことしたって人気回復なんてしないですからね」

「鏡也。もし次に会えそうな時はダメ元でいいからサイン頼んでくれない?」

 ゼーハーと息も絶え絶えになったまま回復できないトゥアールを踏みつけながら、愛香はにこやかにサインをねだった。

「まあ、頼めるようだったらな」

「それにしてもこの子、どうして三つ編みにしたんだろうな? やっぱりプロデューサーとかの意向なのかな?」

 総二は善沙闇子の路線変更に首を傾げた。

 実際、ツインテールから三つ編みに変わってから人気がうなぎ登りだ。新人アイドルとしては異例の大ブレイクである。

 歌の振付も三つ編みの動きをイメージしたものに仕上がっている。そこに辣腕を振るうプロデューサーの影が見えた。

「そーじはさ、今までツインテールだったのが止めちゃったら……やっぱり、嫌?」

 愛香が恐る恐る尋ねると、総二は少し考えて答えた。

「格好つけずに言えば、似合う子にはツインテールでいて欲しいけどさ。でも、嫌々するんじゃ違うだろ?」

「あ、あたしは嫌じゃないからね!」

「え……ああ、うん」

 二人の間に、微妙な空気が流れる。それを察した鏡也はわざわざ身を乗り出した。

「良かったな総二。愛香は一生、お前のためにツインテールでいてくれるとさ」

「ちょ!? 一生なんて言ってないでしょ!? それにそーじのためって何よ!?」

「じゃあ、いつまで続けるんだ? 愛香さん的にはぁ?」

「そ、それは………分かんないわよ!」

 羞恥で真っ赤になって叫ぶ愛香を見て鏡也はつい、ニヤニヤとしてしまう。

 

「どらっしゃあああああああああああああ!!」

 

 突如として割り込んできたトゥアールが、まるで水揚げされたマグロのように長テーブルの上を滑っていった。

「何なのよアンタは――――――!」

「そっちこそ何なんですか! 頬染めて乙女台詞吐くなんてゴジラが花で恋占いするぐらいの奇行ですよ! 自覚して下さい!!」

「だったらアンタを今からムートーにしてやるわよ!!」

「ハリウッドオオオオオオオオ!?」

 部室を怪獣決戦のジオラマにして、怒号と悲鳴が木霊する。そんな中、慧理那は不意に立ち上がった。その行動に、思わず皆が注目する。トゥアールは絞められたままだが。

 

「津辺さんって胸が小さいですね――――!」

 

 ねー。ねー。ねー。木霊する慧理那の声。総二は呆気にとられ、トゥアールはトラウマからガタガタと震え出し、鏡也は顔を青ざめさせている。

 そして愛香は………ただただ、慧理那を見ていた。

「えっと…………え?」

「で、ですから津辺さんって胸が小さいですね!!」

「………え……何?」

 更に繰り返す暴言。その意味が分からないが、これ以上は危険だと総二と鏡也が止めにかかる。

「やめろ愛香! それだけはしちゃダメだ!」 

「それ以上動くな! これは犯罪だぞ!!」

「アンタ達、あたしをなんだと思ってるのよ!? 大体……ねえ」

 チラリと視線を慧理那の胸に落とし、愛香は少しだけ笑った。

「なんて浅ましい自尊心……!」

「それで……どうして。いきなりそんな事を言い出したの?」

 水揚げしたマグロ(トゥアール)を床に滑らせ、愛香は慧理那に尋ねた。

「……怒らないんですの?」

「いや、怒らないわよ?」

「私、津辺さんに叩いて欲しいんです!」

「え……!? だって会長殴ったりしたら、下手したら首から上が危機一髪よ!?」

「お前、どんだけのパワーで殴ってんだよ!?」

「私、どれだけのパワーで殴られてるんですか!?」

 思わぬ事実に非難の声が上がる。慧理那は頑として聞かない。

「大丈夫です! ヒーローは変身前でも怪人の攻撃を喰らっても、耐えられます! でしたら、私だって耐えられるはずですわ! さあ!」

 ずい、と顔を出して迫る慧理那。手の速さと鋭さに定評のある愛香も、これには手を出せない。

「いや、ごめん。これはちょっと……。トゥアールなら躊躇なく行けるんだけど」

「いや、行かないで下さいよ!?」

「それより、姉さん。何だっていきなりそんなこと言い出したんだ?」

 鏡也は慧理那に尋ねる。いきなり過ぎる流れで、誰もそこまで気付けなかったが、流石にこの慧理那の様子はおかしかった。

「だって、観束君と津辺さんは幼馴染で、鏡也君もそうじゃないですか。トゥアールさんともあんな気安いやり取りをして……私ももっと、仲良くなりたいんです!」

「気安くないですから! むしろ気よりも命の方が安くなってるぐらいですから!」

「だからって 愛香に叩かれても仲良くはならないと思うけど」

「それに、幼馴染っていうなら鏡也がいるじゃないですか」

「おい待て、総二」

「……わかりました。では、鏡也君に叩いてもらいます!」

「こっちも待て。叩けるわけ無いだろう!?」

「今まで何度も叩いているじゃないですか! しかもお尻を! でしたら、顔の一つや二つ構わないではないですか!」

「それもそうか」

 

 パシーン。

 

「お前何やってんだよぉおおおおおおおおおおおお!?」

「落ち着け総二。俺がただ、姉さんを叩いたと思うか? ちゃんと考えている。見損なうな」

 躊躇なく叩いた鏡也に詰め寄る総二を諌める。

「腕の振りと手首のスナップを最大限に活かし、かつインパクトがしっかりと伝わるように中指と薬指をぶつけた。我ながら完璧な一発だ」

「そこじゃねぇよ考えるのは!! 会長、大丈夫か!?」

 総二は慧理那に駆け寄った。慧理那は鏡也に頬を打たれ、そのショックからか床にへたり込んでいる。

「私……鏡也君に……弟のように思ってる子に叩かれ……」

「会長……」

「叩かれ……叩かれて…………うへ」

「か、会長………?」

 某嵐を呼ぶ幼稚園児のように笑った慧理那に、総二は軽くひいてしまった。

「お嬢さまぁあああああああああ!」

 突如としてドアが開き、尊が飛び込んできた。その表情は怒りに満ちている。

「いくら鏡也さんでも、お嬢さまにこのような……婚姻届にサインして貰わねばなりませんよ!!」

「ほら総二。してやれ」

「こっちに回すな!」

 突き出された尊の署名入り婚姻届を(鏡也)から(総二)にパスする。

「姉さん。姉さんは俺とじゃなくて、ツインテイルズとして総二達ともっと交友を深めたいんじゃないのか?」

「ハッ! そ、そうでしたわ!」

 目的と手段を見失っていたと気付き、慧理那は立ち上がった。若干、足が生まれたての子鹿のように震えているのは何故であろうか。

 総二はこのままでは元の木阿弥だと、視線を回す。すると、いつの間にか復活したトゥアールがパソコンをいじっていた。破壊される度にバージョンをひきあげた、今や像が踏んでも弾き返す強度になったノートだ。引き上げの方向が明らかにおかしい気もするが、気にしてはいけない。 

「ほら、トゥアールがなにか設計しているぞ! きっとツインテイルズの新装備だぞ!」

「え、本当ですか!?」

 コロッと唆された慧理那がトゥアールに寄る。

「トゥアールさん、何を設計されていますの?」

「エロゲーですよ?」

「何で部室でエロゲー作ってんのよ!? バカじゃないの!?」

 唆した先がまさかの泥船であったことに総二は軽い後悔を抱き、愛香はその内容を確認に奔る。

「えろげ……えろ食? そのような食べ物があるのですか?」

 慧理那は意味が分からずきょとんとしている。そしてモニターを覗き込み―――赤面した。

「こ、これ……はだ……裸……」

「あんた何作ってんのよマジで! これ、あんたじゃないのよ!」

「そうですが何か? おや愛香さん、どうしてそんなに顔を真赤にしてらっしゃるのですか? これはただのゲームですよ?」

「何処にただの要素があるんじゃああああああ!」

 愛香のただでは済まない一撃が、トゥアールを吹っ飛ばす。

「ほう。なかなか上手いじゃないか。しかし、配色がいささか少ないようだが?」

「あー、それはわざとですね。細やかな配色も良いんですが、エロさを追求するなら、多少のレトロさも想像を掻き立てるエッセンスになりますから」

「なるほど」

「いや、なるほどじゃないでしょう。て言うか、無駄に上手いのが腹立つ」

「シナリオ、絵コンテ、原画、グラフィック、彩色、その他諸々全部私ですから! まあ、私くらいの女子力がれば造作も無いことですけど」

「そんな女子力いらんわー!」

 愛香がいちいちつっこむ中、鏡也はふと気になったことを尋ねた。

「エロゲーというと、あれか? 一周目ヒロインが二周目のヒロインと主人公を撲殺して、セーブデータとか勝手に改変するやつか?」

「そんなトラウマ必至なゲームじゃないですよ!? これは総二様のためのゲームなんですから!」

「…………え? 俺のためのゲーム?」

 聞き捨てならない言葉に、総二は眉をひそめた。

「いいですか、総二様は変身の度に女性になるのです。それはとても精神的負担をかけること。ですから、エロゲーなのです! 女性の体に慣れることでそれを軽減する! 戦っても女体。帰っても女体なのです!」

「そ、それでもこのような……神聖な学び舎で、女性の裸など……!」

「それが行けないのです! 異性に興味を持つなど、極普通のこと。それをまるで悪しきであるかのように語ること、それ自体が罪であると何故分からないのですか! だいたい、イエローだってすぐ脱ぐじゃないですか! 裸を見るのが罪なら、裸になるのはどれだけの罪だというのですか!」

「わ、私は裸ではありませんわ! 服は着ています!」

 虚無の思考時間(シークタイム・ゼロ)によって、着地地点が確実におかしい方向へと流れていく。

「総二。ほら見ろ。中々にエグいぞ」

「こっちに向けるな! て言うか、普通に何で見てるんだよ!?」

 鏡也がいそいそとPCを総二の前に持ってくると、総二はクルリと背を向ける。

「なんだ、最初の頃はトゥアールの巨乳に目を奪われてたこともあったが、ここ最近はアピールに飽きたせいで、すっかり枯れ果てたと思っていたのに」

「枯れ果てたとか言うな。見慣れたに関しては………ノーコメントで」

「だがな総二。正直なところ、男としてどうかと思うぞ? 性欲の対象までツインテールというのは」

「だからどうしてストレートなんだよ!? それと、ツインテールをそんなふうに言うな!」

「そうは言うが、風呂場で変身して自分のツインテールイジってにやけてたら言い訳できんぞ?」

「っ……うるさいな」

「このまま行ったら、女になったまま戻れなくなったりしてな?」

「やめろよ。冗談でも嫌だぞ、それ」

 などと男子二人がバカ話をしている間に、事態は予想の真下に直撃していた。

 

「わたくし、”えろほん”なる物を買いに行きますわ――!!」

 

「「一体何があった――――!?」」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 あの慧理那のエロ本宣言から、数日。陽月学園は混乱の渦に叩き落とされた。主に男子生徒が。

 遠因というべきか、原因というべきか――騒動の中心たる観束総二と、最初の犠牲者である御雅神鏡也はコソコソとその身を電柱と工事看板の影に隠していた。

「しかし、こういう時こそ護衛メイドの出番だろうに何で総二に護衛を頼んだんだ、尊さんは?」

「さ、さあな。それより、慧理那が向こうに行ったぞ。追いかけよう」

 本来ならば尊の仕事である護衛を、何故か総二がしていた。その理由を総二は当然知っているが、鏡也には知らせていない。だが、何かあった時には変身すれば良いわけで、転送ペンなどもあるし、問題はそこまでない。と、鏡也は総二に付き合うことにした――のだが。

「何で愛香まで、尊さんに連れてかれたんだ?」

「さ………さあ? おっと、目的の書店かな」

 曲がった先に、個人経営の書店がある。慧理那が自らリサーチを掛けた結果(全校男子生徒の尊い犠牲の下)、判明した『陽月学園男子が推薦する、最もエロ本の充実している書店』である。

 慧理那は少しだけ入り口から中を覗き込み、ゆっくりと中へと入っていった。

「……おい、総二。あれを見ろ」

「……何だ、あれ?」

 書店の少し先、道を挟んだ反対側でゆるキャラのようなフクロウの着ぐるみが、手持ち籠に入った何かを配っている。

 

「詩集だよ~。とっても素敵な詩集だよ~。現代人の聖典だよ~」

 

「……あれ、エレメリアンだぞ」

「なっ……マジか?」

 様子を見ていると、人通りが切れたところで着ぐるみがその頭を外した。その下からフクロウの顔が出てきた。

「マトリョーシカかよ」

 フクロウ頭のエレメリアンはフラフラと、書店の前に進んでいく。そしてガラスに張り付くようにして、中を覗き込んでいた。

「おお、なんという……! 見るからに才女なツインテール少女が書店で本を探している!」

「テイルブレスの効果で狙われなくはなっただろうに、こうして遭遇してしまうなんて……」

「俺に言わせればエンカウント率は低いほうだと思うぞ?」

「お前と比べるなよ。行くぞ。おりゃあ!」

「ぐはぁ!?」

 物陰で変身するや、総二――テイルレッドが容赦なく飛び蹴りをかました。籠から小冊子が飛び散る。

 外の異変に慧理那が振り返るも、それより早く、テイルレッドがエレメリアンを路地裏に引き摺り込んだ。

「貴様は……テイルレッド!? 何故ここに!? 私は極限まで気配を殺し、秘密裏に行動していたというのに!」

 路地裏の空き地に放り投げられたエレメリアンが、よろよろと立ち上がる。

「お前に、慧理那のエロ本を買うのを邪魔させない!!」

 聞く者がいればツッコミどころしかない決め台詞だったが、幸か不幸かエレメリアンはフラフラで聞いていなかったようだ。

「我が名はオウルギルディ。滅び行く属性力――文学属性のため、我が命尽きるまで戦うと決めた老兵よ!」

「滅び行く……だけど、俺だって守るものはある! 非日常に巻き込まれたことにも気付かず、平和な日々を過ごして欲しい。そんな皆の心を守りたいんだ!」

「ならば思いの強さが勝敗を分とう! 喰らえ!」

 ブレイザーブレイドを抜いたテイルレッドに向かって、着ぐるみを脱いだオウルギルディが肩の大砲を発射した。とっさに弾丸を切り払うも、その中身が飛び出して、テイルレッドの右手を壁に縫い付けた。

「くそ、トリモチかよ! おりゃあ!」

 テイルレッドは縫い付けられた右手をブロック塀ごと引き剥がす。

「いつにも増して強引だな、テイルレッドよ」

「ナイトグラスター!? ……慧理那の護衛はどうしたんだよ?」

「問題ない。しっかりと監視を置いてきた」

「監視……?」

 

 

「ママー。郵便ポストの上にメガネが置いてあるよー?」

「あら本当。誰かの忘れ物かしら?」

 

 

「むう……ナイトグラスターか。貴様ならば分かるだろう? 本来、文学とは文字の羅列が生み出す世界に思いを馳せ、無限の宇宙を養う母であった筈だ! だが、今や並ぶのは肌色の絵がついた物ばかり! こんな物が文学と言えるのか? いいや、言えるわけがない! 文学の生み出す世界と一つとなり、想像の翼と共に世界を渡る……それこそが文学! それを愛する者こそが美しいのだ! その美しさに寄り添う……眼鏡の属性を持つ貴様にならば分かる筈だ! 文学とは……その美しさとは、先ほどの少女のような存在なのだということが!」

 声高らかに熱弁を振るうオウルギルディ。その表情からは、消え行く火を繋げようとする必死さが見えた。

「何が本当の文学だ! それを決めるのはお前じゃない! 勝手なイメージを押し付けるな! それに、慧理那が買おうとしてたのはエロ本だ!」

「なっ………なんだと? え、エロ本……? あんな、可憐な少女が………下劣なエロ本を……………………そ、そんな……バカなぁあああああああ!?」

 テイルレッドの残酷な一撃に、オウルギルディの慟哭が木霊した。膝から崩れ落ちた。その憐憫の情さえ湧く姿に、流石にテイルレッドも罪悪感を覚えた。

「まあ、ショックを受けるのは理解できる。……押し付けとか、そういうの無しにしてな」

 フォトンフルーレを振るって、レッドの手に残ったトリモチを斬り散らす。

「お前、エレメリアンに味方するのか?」

「いや、普通に考えて未成年の女子がエロ本を買うという状況がおかしいだろう。押し付け以前の問題だ」

 ちなみに、諸悪の根源(トゥアール)はきっちり吊り上げた。

「それに、相手を否定するならば奴の主張する”文学”とやらを見てからでも遅くはなかろう」

 そう言って、ナイトグラスターはレッドの前に何かを差し出した。

「これって、さっき配ってたやつか?」

「奴の言う文学……どれほどのものか。読んでみろ」

 促され、レッドは小冊子を開く。

 

 

 

 ふわふわ さらさら ぱつんぱつん。

 

 ツインテールってふしぎ。

 

 こちょこちょして、くすぐったい。

 

 へんなきもちになってきちゃう。

 

 おっぱいがふたつあることと、かんけいがあるのかな?

 

 めがねのレンズも、たまにおっぱいにみえちゃう。

 

 

 

「――――ごふっ」

 レッドが血反吐を吐いた。精神に深いダメージを負ってしまい、これ以上は読めなかった。もしかしたら、ドラグギルディ以来の大ダメージかもしれない。

「な、何だよこの、歩いたらダメージ受ける床の上でブレイクダンスするみたいな勢いで、人の精神をゴリゴリと削り取っていく呪いの言葉は……!」 

 ペラっとめくった一ページで、レッドには限界だった。

「……なるほどな。魂のままに躍動する文字。一文一文から凄まじい力を感じる」

 全部を読み終えたナイトグラスターが冊子を閉じた。

「おま、それ全部読んだのかよ!?」

「そう! それこそが文学なのだ! これこそが美しき乙女の福音なのだ!」

 立ち上がり、高らかに叫ぶオウルギルディ。慧理那のエロ本の件からは立ち直れたようだ。

「だが、これが美しき乙女の福音とは……笑わせてくれる」

「なんだと? これは木漏れ日の中、心美しき乙女の著した麗しき詩だ! それ以外に何がある!」

「真逆だ。これはもっとおぞましい、浅ましい欲望を書き綴ったものだ。そんな事も見抜けないとは……文学属性、どうやら大したものではないようだな?」

 ナイトグラスターはフォトンフルーレを構える。レンズの向こうの瞳が鋭く細まった。

「だが、こんな物を広めさせる訳にはいかない。覚悟してもらう!」

「猪口才な! 返り討ちにしてくれる!」

 オウルギルディが肩の砲を放つ。それを紙一重で躱したナイトグラスターは反撃を見舞う。

「フラッシュ・ストライク! オーラピラー!」

「うぐぁああああああああ!?」

「完全解放、ブリリアント・フラッシュ!」

 目にも留まらぬ光速連撃がオウルギルディを切り裂いた。

「うぐぐ……私が死ぬのではない! 今、文学が死んだのだ―――!」

「消えるのは文学じゃない。お前だけだ」

 爆散するオウルギルディ。その断末魔轟く中、ナイトグラスターは静かにそう言った。

「しかし、敵も手を変え品を変え、よくやるものだ。偶然阻止できたから良かったものの、これがもし広められていたらどうなっていたか」

 小冊子(呪いの書)を改めて見て、ナイトグラスターは深い溜め息を吐いた。

「そうだな。最悪、再起不能者も出たんじゃないか?」

 レッドは未だにふらつく足に何とか活を入れて立ち上がる。そして小冊子を見て、ブルッと身を震わせた。

「ああ。ダークグラスパーの巡らせる策謀、恐ろしいな」

「……これ、ダークグラスパーの策謀なのか?」

「間違いない。これを書いたのがダークグラスパー本人である以上、疑いようがない」

 ナイトグラスターはキッパリと言い切った。

「ダークグラスパー。奴の狙いは何だ?」

 アイドル活動が眼鏡属性普及のためであるのは分かっている。だが、この欲望まみれの詩集を配らせた意図は何か。そこが見えない。

 思考に埋没しそうになったナイトグラスターを、レッドの声が引き上げる。

「まあ、その辺は後で考えよう。それよりも慧理那の方に戻らないと」

「……そうだな」

 二人は変身を解き、慧理那のところへと戻るのだった。

 

 

 

「……えろ本、買えませんでしたわ。一八歳以上でなければ買えないと……知りませんでしたわ」

「まあ、そうだろうね」

 偶然を装って慧理那と合流すれば、そんな当たり前なオチが付いたのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 十数畳という畳の敷き詰められた和室。上品な座卓の前に座し、慧理那の母、神堂慧夢は静かに嘆息した。

 卓の上には幾つもの見合い写真。そして相手の経歴の書類。個々最近進めている慧理那の見合い話は尽く上手く行かない。

 

 神堂家の女子たる者、ツインテールを愛するものと結ばれるべし。

 

 代々受け継がれてきた家訓を疎かにすることは出来ない。だが、娘の将来を慮る事も、疎かに出来ない。

 どの相手も家訓という点では問題ない。だが、それ以外に問題がありすぎる。特に幼女に性的嗜好を抱くような輩は問題外だ。

 

 

『俺に、ツインテールの機微は分かりません。それでも、姉さんがやろうとしていることは、きっと正しいと信じています』

 

『なら、俺は森の中であえて木を見ましょう。誰もが森を見なきゃいけないなんて、決められてませんから』

 

 

「………」

 ふと、言葉が蘇った。そしてしばらく考えた恵夢は、やおら立ち上がった。

「誰か」

「はい、奥様」

 外に控えていたメイドが返事を返す。

「出ます。車の用意を」

 




次回、観束総二の慟哭が響き渡るあの話です。
果たしてどんなオチがつくのか。楽しみですね(考えるのはお前だ)

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