こういうのが二次創作の醍醐味だと思っています。
日曜。自室のベッドに転がって、鏡也は今日も善沙闇子の事を調べていた。だが、内容はさして変わらず。せいぜい、記事のページが増えたぐらいで大した収穫はなかった。
「やはり、スケジュールを押さえるのは難しいか」
新人とはいえ相手は芸能人。コンサートなどはまだしも、テレビ局やラジオ局の出入りなど容易に調べられる筈もない。
調べられそうなのが一人いるが、不確定な状況で借りは作りたくない。
「ふう……アルティメギルも出ないし、平和なものだが……逆に不気味だな」
トゥアルフォンをベッドに投げ、鏡也は体を起こした。あれだけざわめいていた眼鏡も、今は静かなものだ。その静けさが余計に不安を煽る。
「こういう時は気分を変えるべきだな」
鏡也は立ち上がると、ショーケースの引き出しを開けた。そこには幾つもの眼鏡が並ぶ。
だが、それらは全て新品ではない。レンズやフレームに摩耗や傷が見える。種類も遠視用、近視用、両用、果てには老眼鏡まであった。
そこにあるのは全て、様々な事情から役目を終えたものだった。
鏡也はその一つ一つを手に取り、クロスで磨き出す。指先に伝わる冷たさが、その眼鏡に刻まれた人生を感じさせる。
そうして一つ一つを丁寧に手入れし、再び仕舞う。そして今度は机の引き出しから、古い眼鏡ケースを取り出した。
「あれからもう、大分経つんだな……」
ケースを開ければ、そこには子供用の眼鏡が収められていた。レンズは割れ、フレームは歪み、本来の機能はどうしても果たせない状態だった。
それを見つめる鏡也の瞳は、望郷の念にも似ていた。
◇ ◇ ◇
新緑の色に包まれる神社。ただぼんやりと佇む一人の子供。親の姿は見えない。ちょっと目を離した隙に、一人で彼が家から出て行ってしまったのだ。
「………まよった」
この町に、彼は引っ越してきたばかりだった。当然、土地勘などない。だけど、ふらりとどこかに行ってみたくなった。結果、迷子だ。
だが、彼は泣くでもなくただぼんやりとしている。眼鏡越しの瞳はどこか、世界を達観しているようにも見えた。
ヒュ―――ベシッ!!
「ぶ―――っ!?」
唐突に、彼が吹っ飛んだ。受け身も取れずに砂利に倒れると、その脇にゴムボールが転々と跳ねていく。どうやら、飛んできたこれが顔面に命中したようだ。
「あー、ごめ~ん。だいじょーぶ?」
ボールを飛ばしてきたであろう女の子が、髪を揺らしてやってきた。
「だ……だいじょぶじゃない……!」
顔を打ってヒリヒリするやら。ジャリのせいで痛いやら。体を起こし、顔い手をやると、彼の表情がハッとなった。
「あ……ああ…………!」
眼鏡が、ひしゃげていた。子供用のために強化プラスチックレンズを使用していたのに、見事に割れていた。
「う……ぐす………ふぇええええええええん!」
彼は迷子の時も痛い時も泣かなかったが、眼鏡が壊れたと知った途端、わんわんと泣き出した。
「えー? たかが眼鏡壊れたい程度で泣かないでよー!」
「だって……だって……えぇええええええええええええん!」
「あーもう! ほら、立ちなさいよ!」
女の子は彼の手を掴むと強引に立ち上がらせる。そしてボールを片手で掴んで、腕を引いたまま神社の階段の方へと向かう。
「な、なに? 何で引っ張るのさ?」
「いいから! あーあ、お父さん、お母さん怒られるかなー? ……そうだ!」
グイグイと逆らえない力で引っ張られ、彼は女の子と共に階段を降りていく。果たして何処まで行くのだろうか、住宅街を通り、やがて見えてきたのは喫茶店。店名はアドレシェンツァとある。
「あれ、愛香? また男子泣かしたのか?」
「またって何よ、またって! たまたま神社で遊んでたら、たまたま蹴ったボールが、たまたまこの子の顔に当たっちゃって、たまたま眼鏡を壊しちゃっただけよ!」
「たまたまが多過ぎる!?」
店の入口から出てきた同い年頃の男の子が、女の子の言い分にツッコミを入れる。この若さでこの切れ味、未来への素養を感じさせる。
「……で、どうするの?」
「とりあえず、おばさんに言って怪我診てもらう。でもって、この子の家に………て、そういえば、名前なんだっけ?」
「俺、観束総二!」
「あたしは津辺愛香」
「……御雅神鏡也」
「さ、中で手当しよ」
「愛香はまず謝ろうよ」
女の子に連れられて、彼はお店の中へと入っていった。
これが御雅神鏡也が観束総二、津辺愛香の二人と初めて出会った日の出来事であった。
◇ ◇ ◇
「――本当、あの時は酷い目にあったな」
強化プラスチックレンズをぶち割る威力のボールやら、それ喰らわせておいて結局最後まで謝らなかった愛香に、それに終始ツッコむ総二。
余り変わってない気が、しなくもない。
鏡也は眼鏡をそっとケースに戻し、ほかの眼鏡もしっかりと仕舞う。ゆっくりと眼鏡に触れたことで、今後の行動に関して少し冷静になれた。
善沙闇子がダークグラスパーであるならば、その目的は属性力に他ならない。アイドル活動を通して何をしようとしているのか。
アルティメギルならばツインテールだろうか。だが、ツインテール属性は刈り取られるまでに拡がっている。となれば、やはり――。
「眼鏡、か」
あれほどの眼鏡力を持つのだ。眼鏡が関わっていない訳がない。となれば、相手の目的は眼鏡を拡めること……?
「善沙闇子の活動を知れないなら、アルティメギル側の動きから探るしかないか」
今後は更に敵の動きに注意を払うことを意識し、鏡也は明日の準備をしようと――。
メーガネメガネ。きちーくめがーね。俺の下であがけと言っているー。
「………総二か、どうした?」
設定した覚えのない聞き覚えのある着信音に、後でとある科学者を文字通り締め上げる事を己が魂に誓約し、鏡也は電話に出た。
『アルティメギルが出た! 場所は――ハワイだ』
◇ ◇ ◇
サンサンと照る太陽。美しい砂浜と白波寄せる海。常夏の島にふさわしい水着の男女が、常夏の島に相応しくない黒い者どもに追い掛け回されていた。
だがその悲鳴はどちらかと言うと絶叫マシンのような感じだ。アトラクション感覚なのだろう。
「こんな事でなければ、南国情緒も堪能したいところなのだがな」
「お、来たか」
先に来ていたツインテイルズと合流し、ナイトグラスターは辺りを見回す。だが、肝心のエレメリアンの姿が見えない。
一体何処かと更に探っていると、唐突に上から声がかかった。
「あー、あなた方がツインテイルズと、ナイトグラスターさんですかぁ」
ハッとして見上げると、そこには蝶の姿をしたエレメリアンが、その口調通りな緩やかに羽ばたきながら浮いていた。それはゆっくりと砂浜まで降りてくると、地に足が付く手前でピタリと動きを止めた。
「昆虫型……今までにいなかったタイプだな」
今までと一線を画する相手に、レッドは自然と警戒レベルを上げた。その中、蝶形エレメリアンは恭しく頭を垂れた。
「どーも、はじめまして。私はパピヨンギルディ。ダークグラスパー様直轄部隊にしてアルティメギル四頂軍が一角、
バカ丁寧な物言いながら、聞き捨てならない情報が幾つも含まれていた。
「アルティメギル四頂軍、パピヨンギルディ――。いよいよ、敵も侵略に本腰を入れてきたということですわね!」
何故かイエローが活き活きとしだした。情報量過多に頭を悩ませたレッドも、彼女の理解力の高さに舌を巻いた。
そしてもう一人、別の意味で意気の上がる者がいた。
「パピヨンギルディ。貴様がダークグラスパーの部下ならば、その目的も知っていよう。洗い浚い話してもらうぞ?」
「おお、これは怖い。ですが、聞かれて答えるほど、私もお人好しではありませんので……申し訳ありませんねぇ」
「そうだろうな。ならば、力尽くで行くだけだ」
フォトンフルーレを抜き放ち、その切っ先を向ける。
「あーっと。その前に宜しいですか………テイルレッドさん」
「……なんだよ?」
いきなり話を振られたレッドが戸惑いながら答える。
「私、あなたのですね~、唇が欲しいのですが~」
瞬間、砂地が爆ぜた。ブルーが一瞬で踏み込んでパピヨンギルディの顔面に鉄拳を叩き込んだのだ。握力×速度×腕力の見事な融合によって生み出された破壊力に、ブロディアもびっくりだ。
「ははは。いやぁ~、これは手厳しい」
派手に吹っ飛んだパピヨンギルディだったがしかし、何事もないかのように佇んでいた。
「ブルーの殺人パンチが効いていない……!?」
「流石は四頂軍。部隊員一人取っても並ではないか」
「誰がアンタなんかにあげるってのよ、ふざけんじゃないわよ! どーりで外国なわけね。海外じゃ、そういうの挨拶代わりだものね!」
「いや、海外でも唇は挨拶じゃないぞ?」
荒ぶるブルーにナイトがツッコむ。
『まるで自分の物のように言ってるのが気になりますが、それはそれとして……レッドの唇を奪おうだなんて絶対に許せません! 私だってまだだっていうのに!!』
「女性の唇を何だと思っていますの!?」
トゥアールにイエローも荒ぶっている。だが、それを受けてもパピヨンギルディは飄々として、動揺の一切もない。その翼を大きく羽ばたかせて、銅色の鱗粉を撒き散らし始める。それが上空に上がっていき、凝結していく。
「な、何だ?」
それらはノートサイズの銅板となった。パピヨンギルディはひょいと指を動かす。
「さ~。行ってください~」
「危ないですわ!」
レッドに向かって突然飛んできた銅板。イエローがレッドの前に飛び出し、胸部ミサイルを発射して迎撃する。
ミサイルが銅板を粉砕し、その役目を終えた胸部装甲がパージされる。
「はいアウト―――!」
解放された巨乳が揺れた瞬間、ブルーが全く揺れない駄目出しを入れた。
「え? え??」
「何で真っ先にそこなのよ!? そこは最後の最後、どうしようもない時にだけ、断腸の思いで飛ばすところでしょ!?」
「で、ですが防御はフォトンアブソーバーがありますから、装甲がなくても問題はないと……」
オロオロしながら反論するイエローに、ブルーはなおも駄目出しする。
「大問題だから言ってるのよ! ヒーローになりたいんだったら、無闇矢鱈と露出しちゃダメ! 特にその布切れみたいなのは! また後でど凹みするわよ!?」
「わ、分かりましたわ……」
「いや、でも良いツインテールだったぜ、イエロー!」
「あ、ありがとございますレッド……はぁああ……!」
意気消沈というか、軽く凹んだイエローに レッドがフォローを入れる。が、途端イエローが甘い吐息を零し、顔を紅潮させる。
「しまった……なにかミスった気がする」
「気のせいではなく、確実にやらかしたな」
要らん事をしたとレッドは軽く後悔し、ナイトは容赦なくツッコむ。
「いや~、凄い破壊力ですね~。なかなかやりますね~。脱ぐツインテイルズさん」
「イエローを飲むヨーグルトみたいな呼び方するな!」
「あの銅板は迎撃しなくても大丈夫ですよ~。近くに寄ればスキャニングして、こんな風に写しますから~」
「うげ……」
空中に浮かぶ無数の銅板には幾つもの唇の跡があった。その光景にレッドならずともドン引きである。
「生態的に体に触れてきたりはしないだろうとは思っていたが、変態に天井が存在しないとは……」
「上位部隊になると、変態度も上位になるのか……難儀な組織だな」
唇が空を占めるある種のホラーな光景に、パピヨンギルディは満足そうに指を這わせた。
「やっぱり少女の唇は良いと思うのです。小さくて、実に可憐です」
「よし、殺そう」
「――ごめんなさい。先に謝ります」
「い、イエロー?」
何故かイエローが息を荒げだした。顔の紅潮は更に大きくなり、瞳が潤んでいる。
「もう……さっきレッドに褒めてもらってから………我慢の限界ですわぁあああああ!」
「ちょ待て――うわぁあああああああ!?」
イエローが雄叫びを上げて全砲門を展開した。砂地故にアンカーロックできない状況でそんな事をすれば――」。
「ちょっと! そこら中にばらまいて――――!」
「もうダメですわ! 脱ぎたい衝動が魂を震わせてしまって、止められないですわ―――!」
射撃の反動でそこら中をねずみ花火のように転げ回りながら、イエローが恍惚に高笑いしながら、脱いでいく。口元からよだれを垂らしながら、脱いでいく。唇に負けない程の恐怖だ。
「ブルー! 何かイエローを止める様なアドバイスを――」
「属性玉〈学校水着〉!」
ブルーは速攻、砂の中に潜った。一度あれにふっ飛ばされているからか、判断に迷いがない。
「逃げるなぁあああああ! くそ、ナイトグラスター! お前だけが頼りだ!」
「ん? 満足するまで撃たせれば良いだろう? どうせ、もうすぐ全部終わるし」
「涼しい顔で全部躱せるからって好きなこと言うな! うわわわわ!!」
飛び交う弾丸を苦もなく躱し続けるナイトグラスターに、飛び交う弾丸を必死になって躱しながらレッドがツッコミを入れ、弾幕に巻き込まれたアルティロイドが次々に消し飛ばされる。
「いい感じですわ! いい感じですわ!! いい感じですわぁああああああああああああ!! オーラピラァアアアアアアアア!」
「あー、涎の垂れた唇もいいですね~。ですが痛いですね~」
ついに全部脱衣したイエローが、ユナイトウエポンを展開する。そののんびりとした性格のせいか、この無差別砲撃を躱すことなく浴び続けるパピヨンギルディをオーラピラーであっさりと拘束した。
「
「あ、そういえば戦力調査するように言われてたんでした~。はっはっは、怒られちゃいますね~」
イエローの必殺技がパピヨンギルディを容赦なく撃ち抜いた。
「しかし、キスじゃなくてキックとは~。参りましたね~」
呑気な遺言を残し、パピヨンギルディは爆発した。肩書の割にあっさりとついた決着にレッドは激戦の後のような深い溜息をついた。
「なんだか異様に疲れたぜ。結局、何しに来たんだ、あいつ?」
「威力偵察、というやつだろうな。戦力調査のために来たと言ってたようだしな」
「よく聞き取れたな」
感心するレッドを尻目に、ナイトグラスターはイエローの元に向かった。ハイテンションでエネルギー、体力を使いきったイエローが砂浜に倒れていた。
「今日は……ヒーロー出来ましたわ……これで、テイルイエローのマイナスイメージも……払拭できましたわ………」
今回の戦いで汚名返上できたと、イエローは満足そうに瞼を閉じた。その体をナイトグラスターは抱き上げた。
「あんな大暴れしたら、汚名返上もないでしょうに」
ブルーが何事もなかったかのように砂浜から戻ってくる。視線を送れば、せっかくのサンセットビーチが跡形も無い。
「しかし、イエローの脱ぐ癖は何とかならないのか? このままじゃ、理想のヒーローなんてなれないぞ?」
「だが、考えようによってはこの場所に一番相応しい格好をしているのはイエローと言えなくもないがな」
「限定的にも程が有るけどな。にしても……幸せそうに寝てるな」
レッドがイエローの顔を覗きこめば、それはもう満ち足りた寝顔であった。
「今はそっとしておこう。………どうせ、すぐに辛い現実を知るのだからな」
「うふふ………やりましたわ………これで、ひーろー……」
明日のニュースに、イエローが心を折られないかを心配しながら、一同は基地へと帰還するのだった。
ちなみに、不用意に基地に帰還したせいで尊と遭遇してしまったナイトグラスターがまず、辛い現実を知ることになってしまったのは余談である。
◇ ◇ ◇
「パピヨンギルディがやられたようじゃな」
「え? 蝶の人やられたん?」
「だが、あやつは四天王の中でも最弱……」
「え? 〈美の四心〉に四天王なんておった?」
「ええい! いちいち茶々を入れるな! 関西弁のくせにまともなツッコミもできんのか!?」
ダークグラスパーがバシバシと、手にしていた書類を机に叩きつける。そんなことを言われても、メガ・ネはロボットであり、関西人ではないのだから、西側必須スキルを期待されても困るというものだ。
「こういうのは様式美だ。黙って聞いておいてやるのが正しい対処法よ」
ダークグラスパーの執務室に3メートル近い体躯の影が現れた。獰猛な猟犬を思わせる面は三つ首。編み込まれた縄のような蛇がその首に巻き付いている。
その鋭い視線を受けて――メガ・ネは軽く手を上げた。
「おお! お久しぶりやなケルベロスギルディはん。ごめんなー。うちのイースナちゃんがわがまま言うて~」
「黙れ! オカンかキサマは!」
「相変わらずのようだな、メガ・メプチューン=Mk.Ⅱよ。息災で何よりだ」
ケルベロスギルディと呼ばれたエレメリアンは慣れたものと、ソファに腰を下ろした。目の前のテーブルに、メガ・ネがさっとお茶を出す。当然、お茶うけも忘れない。行き届いた心遣いだ。
「そんでここに来たっちゅーことは、またプロデュースやってくれるん?」
「うむ。もう最後と決めていたのだが……インスピレーションが来てな。今度こそ、今回が最後だ」
「………それ、もう七回目やろ? いっそ、現役復帰したら良えやない?」
「現役復帰してもどうにもならない。だから、引退したのだ」
「でも、こうしてまたイースナちゃんに呼ばれて来とる訳やし」
「これが最後だ。今度こそ、本当にな」
「あ。せやせや。前に教えてもらったセーターの編み方やねんけどな。ちょい分からんところが……」
「む。それはここをこうして……こうだな」
「ええい! こっちを無視して和やかに話を進めるでないわ!!」
バシバシと机を叩き、必死にアピールするダークグラスパー。危うくFOしそうになった危うさに冷や汗が垂れている。
「今はセーターなどどうでも良いわ! それよりもわらわのプロデュースの話だ!」
ダークグラスパーは手にしていた紙の束をケルベロスギルディに投げた。それを受け取ると内容に目を通した。
「これは……スポンサー契約の書類か」
「スポンサーが付けば、活動の幅も大きくなろう。だが制約も増える分、自由が効き辛くもなる」
「個人的には様子見をするべきだな。活動の自由さが阻害されるのは痛い」
「うむ。しかし、個人的には接触を嘗みたいところではあるがな」
「……? どういう意味か?」
「ん~? ――あ、イースナちゃん。これって」
メガ・ネがひょいと書類を覗き込む。そこに幾つもの契約事項と、最後に企業名が書かれてあった。
「株式会社MIKAGAMI……あの、御雅神鏡也の実家じゃ」
◇ ◇ ◇
どうにかこうにか婚活戦士ゼクシイ尊の襲撃を逃れた鏡也は、自宅にて魂が抜かれたようにベッドに伏していた。
そこに聞こえてきたのは父である末次が帰ってきた音であった。母である天音が出迎えたのだ。
文字にするのも憚られるぐらい、新婚ムードの抜けない夫婦の会話に鏡也は軽い頭痛を覚え、キッチンに水を飲みに向かった。
「スポンサー契約? 善沙闇子と?」
そこで、聞き流せない話を耳にした。
「ああ。最近、人気も上がっている注目アイドルだし、それに感じるんだが……あの子の眼鏡に対する愛情というか、執着というか……こだわりが、アイドルのキャラ付けのようなものではないと感じたんだよ。ちょっと前にも眼鏡を売りにしているタレントがいたけど、ああいう偽物ではない、本物の気配というやつがね」
「………」
本物の気配。確かにそうだろう。確証こそないが、善沙闇子はダークグラスパーだ。時を重ねるごとに確信を強めていた鏡也にとって、末次の言葉は納得出来るものだった。
そして同時に、これほど好都合な状況はない、と。
「……父さん。俺も実物の善沙闇子に会ってみたいんだけど?」
「なんだ? もしかしてアイドルに興味が出たのか?」
「……まあ、少しは。ダメかな?」
できるだけ平静を装いながら、鏡也は末次に懇願した。
「ううむ。……仕事の邪魔をしないなら、話を通しておこう」
「っ……ありがとう、父さん!」
鏡也はグッと拳を握り締め、末次に感謝した。
「末次さん。どうしてあんな約束をしたんです?」
鏡也のいなくなったリビングで、末次のグラスにビールを注ぎながら、天音が尋ねた。
「いや……公私混同というのは分かっているんだけどね。でも、あの子がわがままを言うっていうのが……嬉しくてね」
「最後に言ったのは……フェンシングを習いたいって言った時だったかしら?」
ずっと昔のことを思い出し、天音は懐かしい気持ちに駆られた。
「しかし、芸能人に興味があるとは……」
末次は末次で、息子の意外な一面につい、笑いが溢れてしまった。
こうして、鏡也は善沙闇子と接触するチャンスを得たのであった。
さり気なく、酷い目に遭っている主人公ぇ……。