犠牲を出しながらもブルギルディを倒したツインテイルズと鏡也。流石に本どころではないので、総二達と共に部室に帰還する。
初陣をどうにか飾った慧理那であったが、その顔が優れない。部室でも慧理那の表情は暗く、すぐに帰ってしまった。
色々と後味の悪い中、何となくその日は解散となった。
三人と別れた鏡也は、改めて頼まれていた本を取りに行った。だが、その道中で考えていたのは慧理那の事だった。今日の出来事が、彼女の心にどう残ったか。そればかりが気にかかる。
鏡也は自分の手をじっと見た。あの時、慧理那を叱咤するためについ打ってしまった。あの時はああする以外に方法は無いという確信があった。理屈ではなく、鏡也の属性力がそれを訴えていたのだ。
だが、それと関係なく慧理那に要らぬ恥を晒させたのではという不安が残る。
『――本日、某中学校にアルティメギルが現れました。が、駆けつけたテイルレッドによって撃退されました』
自宅に帰れば、リビングのテレビで天音がテレビのニュース番組を見ていた。早速、今日の出来事が報道されているらしい。報道クルーは間に合っていないから、映像は生徒提供のもののようだ。
「お帰りなさい鏡也。ちょっと、こっちに来なさい」
天音の、いつもより少しだけ低い声。嫌な予感を覚える。
「……で、何?」
「まずはこれを見なさい」
天音がリモコンの再生ボタンを押した。テレビに内蔵されたHDDから、録画されたものがい再生される。流れてきたのは、別局のニュースだった。
『――中学校を襲った怪人を撃破したツインテイルズ。なお、新メンバーが加わった模様です。しかし、装備の不調か。中々思うようには行かなかったようですね』
『そこはまぁ、新しいメンバーということは新しい装備ということでしょうし、予期せぬエラーもありますからね。問題はこちらの方ですね』
画面が切り替わり、イエローの尻を叩く鏡也の映像になった。どこから撮ったのか、中々にエグい角度だ。
『叩いているのは……時折、ツインテイルズと一緒にいる少年……ですね?』
『公衆の面前で、うら若き女性の臀部をあのような……常識を疑いますね』
「………」
テレビを消し、天音は鏡也に向き直る。いつもの甘々な天音ではない。一人の息子を持つ母親の顔だ。
「さて、鏡也。お母さんは貴方をとても大事に育ててきました。でも、年頃の女の子のお尻を、公衆の面前で叩くような子には育てた覚えはありません」
「………はい、その通りです」
「いいかしら。嫁入り前の女性にとって、こういう羞恥はマイナスにしかならないの。貴方は、慧理那ちゃんにちゃんと責任を取れるの?」
淡々と天音のお説教が続く。が、そこで聞き捨てならない部分に気付いた。
「ちょっと待って。何であれが慧理那姉さんだって分かるの!?」
「何でって……慧夢さんに、あんなそっくりなんだもの。気付くでしょう、普通?」
天音は小首を傾げながら、そう言った。
確かに、テイルイエローとなった慧理那は母親である神堂慧夢によく似ていた。だが、普通ならばそれを認識できる筈がないのだ。
「………いや、気付いちゃダメなんだけど」
天音は完全に、
だが、天音がイエローを見たのはこれが初だ。つまり、認識阻害そのもの天音にが完全に効かなくなっている。
これは危険な状況だった。もし、どこかでポロッと口に出されたら………。
「母さん。慧理那姉さんのことも含めて、絶対に口外しないで欲しいんだ。特に俺の……ナイトグラスターの事は」
「あら、どうして?」
「―――俺がナイトグラスターだっていうのは姉さんは勿論、総二達にも秘密にしているから」
「そうなの?」
真意を確かめるかのように、天音はじっと鏡也の瞳を見る。鏡也は内心の動揺を必死に隠し、その瞳を見つめ返す。
数秒ほどして、天音が不意に視線を外した。
「分かったわ。それより、慧理那ちゃんの事をどうするか。ちゃんと考えておきなさいね?」
「分かってるよ」
これ以上薮を突かぬように、鏡也はさっさと自室に避難するのだった。
「……まったくもう。嘘を吐くのが下手なんだから」
リビングで一人、天音はクスリと笑った。何かを隠そうとする時、鏡也は無意識に眉間に皺が寄るのだ。その癖が出る時は何が何でも隠したいことがある時だと、天音は知っていた。
「それにしても……何で総二君達にまで隠しているなんて、嘘を吐いたのかしら? 恥ずかしがり屋さんなのかしら?」
だが、嘘の原因が飢婚者に狙われているからだとは、さしもの天音の目を持ってしても見抜けなかった。
◇ ◇ ◇
翌日。部室にやって来た慧理那が神妙な面持ちで腕のテイルブレスを外し、机の上に置いた。
「このブレス、お返しします」
「ちょっと待って! それって、ツインテイルズを辞めるってことか!?」
慧理那がそう言うと、総二が慌てて声を上げた。ただならぬ様子から何かあるとは思っていたが、開口一番でこうするとは思わなかったようだ。
「痛感したんです。私には、皆さんと一緒に戦う資格がありません……」
「それは……」
理由を聞こうとして、総二は止めた。
昨日の戦い。新たなメンバーの華々しいデビューとなる筈だったが、蓋を開けてみれば、醜態を晒したの一言。
攻撃はどれも不発。更には力を暴走させて大暴れ。校庭は無残な状態になってしまった。
ニュースでもその辺り、色々と言われてる。その酷評を慧理那が目にしていない訳がない。
「……あぁ、そうでしたわね。これは、津辺さんにお譲りするという話でしたわね」
「え? いやいや! この流れでそれはちょっと受け取れないんですけど!?」
流石の愛香も今の意気消沈している慧理那からブレスを受け取る様な真似はできず、慌てて首を振った。
「愛香は昔からずっと。俺だって小さい頃、同じ道場で武術をやってたんだ。鏡也もフェンシングの達人だし……会長はまだ緊張とかで、力をうまく使えないだけだって」
「総二。これはそういうレベルの話じゃない。……そうだろう、姉さん?」
「……鏡也君には、やっぱり隠せませんわね」
慧理那は少し困ったように微笑むと、静かに語りだした。
「テイルギアは、ツインテール属性というツインテールを愛する思いで発動する。そうでしたわね」
「テイルギアにはツインテール属性がコアとして入れられているから、ツインテールを愛する気持ちがない限り、動かない」
「……最初の変身の時、私は失敗すると思っていました」
「そんな……どうして?」
想像さえしなかった言葉に総二は動揺を隠せなかった。慧理那は少しだけ唇を噛んで、その思いを語りだした。
「私……本当はツインテールが嫌いなのです」
「――なんだって!?」
「総二、落ち着け」
予想を更に超えた一言に、総二は目を白黒させた。鏡也に腕を引かれ、自分が立ち上がっていたことに気が付き、座り直す。
「会長。気を遣ってくれなくて良い。その嘘は……俺を一番傷つける嘘だ」
「観束君は、本当にツインテールを愛しているですのね。ですが、私はこの髪型を好きでしているのではないのです」
慧理那はその瞳にうっすらと涙を浮かべて、言葉を続けた。
「神堂家の家訓……だから、そうしなければならない。そう、お母様に言われていただけなのです」
「そんな、大袈裟な……」
神堂家が名家であることは誰もが知っている。一般市民には分からないようなしきたりもあるだろう。だが、そんなバカなと、総二は自然と鏡也に向いていた。
唯一、慧理那と交流の深い幼馴染にその真偽を求めて。
「神堂家の女は、ツインテールでなければならない。代々、そう定められている。実際、慧夢おばさん……姉さんのお母さんも、今なおツインテールだからな」
「ともかく、私は子供の頃からずっとこの髪型でした。子供っぽいと言われても止められず……いつしかツインテールを嫌い、憎みさえしました。……子供だと言われても仕方ありませんね。自分の不満を、何の罪もないツインテールに背負わせて、自分は逃げていたのですから」
とても辛そうに吐露する慧理那の姿は、あまりにも痛々しかった。お付でもある尊も、お労しやと瞳を閉じていた。
そして総二もまた、慧理那の告白に強いショックを受けていた。ギュッと拳を握り固め、自責の念にかられているようだった。
「”ツインテールを愛する限り”」
「っ……!」
「テイルレッドにそう言われる度、私はとても不安でした。自分を偽り、その後姿を追いかけ続けて……いつか、自分の嘘が暴かれてしまう。言葉ばかりの偽りを見抜かれてしまうと」
しんと静まる部室内。空気同然な愛香もトゥアールも、文句を言えない。言える訳がない。
「………」
鏡也は慧理那の言葉を、反芻していた。
慧理那がツインテールに抱いている思いは理解できる。だが、テイルギアを使えた事実もある。その矛盾に総二が気付いていないとも思えない。
「会長。俺は会長がツインテールを嫌いだというなら、それでも良いんだ。本当はツインテールを好きな筈だ。何て事を言うつもりもない。だけど、会長はテイルギアを使えた‥…ツインテイルズになる資格があったんだ。それはもしかして……『嫌いと思っている事が、嘘』なんじゃないかな?」
「嘘なんかじゃありませんわ!」
「そんな事ないさ。会長のツインテールを見れば分かる」
総二は迷いなく言い切った。その瞳にさっきまでの動揺はない。
「どうして……。観束君はどうしてそこまでツインテールを好きなんですの?」
「逆に聞くよ。会長はどうして、ヒーローが好きなんだ? 鏡也にも聞いたけど、子供の頃からずっと憧れてて、今も大好きで、俺達にもそ言うのを見たんだろう?」
「それは……ヒーローは人々のために戦い、平和を愛し、どんな背景が在ろうとも、最後まで諦めずに信念を貫き通す。そんな尊い志を私は愛しているのです! 観束君もそうなのでしょう?」
「俺にはそんな志なんて無いよ」
慧理那の言葉をやんわりと、しかしハッキリと総二は否定した。
「知らない人が聞けば、信じられないと思うよ。ツインテールを守るために、その為だけに戦うなんて……常識疑っちゃうよ」
「そ、それは建前なのでしょう? 本当は世界のために……ツインテールはそのついでで!」
「いいや。俺にとっては世界のほうがついでだ。むしろツインテールを守る結果として付いてくる、オマケみたいなものだ!」
強く言い放つ総二の迫力に、慧理那が気圧される。それ程に、総二のツインテールに対する想いは熱い。
慧理那は戸惑いながら愛香やトゥアールを見る。二人はただ苦笑するのみだ。鏡也の方にも向く。鏡也はただ静かに首を振った。
「俺はツインテールが好きで、会長はヒーローが好きで……でも、それを誰にも理解して貰えないかもしれない。他人から見れば取るに足らない気持ちなのかもしれない。でも、だからこそ俺達は戦うんだ。ツインテールを、何かを好きだっていう気持ちを守るために。それが、ツインテイルズなんだ」
「っ――!」
総二の隠す事のない真っ直ぐな言葉は、慧理那を激しく揺さぶった。
「――むしろ、そーじからツインテールを取ったら何が残るのか分からないわよね?」
「世界からツインテールが無くなったら、真っ先に滅びそうだよな、お前?」
「おい、俺が良い事言ったのが台無しじゃないか!?」
ヒソヒソと言う幼馴染に、総二も言い返す。だが、否定出来ないのも事実だった。
「……観束君は、やっぱりヒーローですわ。でも、だからこそ余計に一緒には戦えない! 衆人環視の中、あんなみっともない姿を晒しておいて……観束君達まで後ろ指を指されてしまいます!」
「何だよそれ!? 恥ってなんだ!? 俺だって幼女になるし、愛香だって蛮族とか青い悪魔とか散々な言われようだし、鏡也だってロリコンの変質者扱いだし、昨日の一件でまた変質者扱いだ! それでも一緒に戦ってくれているんだぞ!?」
慧理那の言葉に怒った総二の頭が左右からサンドイッチにされる。久しぶりの一撃は総二をダウンさせるには十分な威力だった。
机に突っ伏してしまった部長に代わり、鏡也が言葉を続ける。
「俺は姉さんがツインテールをどう思っているか、本当のところは分からない。だけど、きっと……姉さんが言ったことは正しいけど、間違ってもいると思う」
「それはどういう……?」
正しいとは間違ってない事ではないのか。言葉の意味が分からず、慧理那は聞き返した。
「属性力っていうのは一見シンプルに見えるけど、そうじゃない。ツインテール属性だって『純粋にツインテールを愛している』から生まれたものもあれば、『恋愛感情を象徴するのものがツインテール』だったから生まれたものだってある」
どちらにしても、属性力はポジティブな感情の派生から生み出されるもの。そう示した上で、鏡也は続けた。
「テイルギアを使えるということは、それだけ強い属性力がある。だけど武装を使えなかった。でも俺が……姉さんの尻を叩いた時、それが解消されたよね? つまり、姉さんの中に『テイルギアを正しく動かせない』原因があるんじゃないかと思う。そしてそれはきっと、総二の言っていた『ツインテールが嫌いというのが嘘』に繋がるんじゃないかって気がするんだ」
「分かりませんわ。そんな事……分かるわけないじゃありませんの!?」
「逃げるな、神堂慧理那!」
「っ――!?」
復活した総二が叫んだ。
「どんなに逃げたって、自分からは逃げられないんだ! 好きだって気持ちに蓋をしたって、消えたりしない! 分からないなら、とことんぶつかるしかないだろ!? ぶつかって、ぶつかって……その先に本当に自分が見えてくるんじゃないのか!?」
声は更に荒ぶり、感情も高ぶっていく。総二はいつの間にか慧理那の肩を掴んでいた。
「仲間がいれば、どんなに苦しくても辛くない。俺達は慧理那の言葉に救われたんだ! だったら今度は俺達が、慧理那を支える! だから逃げるな!」
「み……つか……くん」
「あ……ごめん。呼び捨てにした」
「いや、謝るのはそこじゃないでしょ」
思いの丈を吐き出せば冷静にもなる。だが、どうにもピントのずれた総二の謝罪に愛香のツッコミが入った。
しかし、冷静になった総二と異なり、慧理那はその顔を紅潮させていく。
「ハァ……はぁ……」
「会長、どうし……あ」
見れば、総二の手は慧理那のツインテールを握っていた。その手触りを堪能するかのように、親指が髪の上を滑る。その時、異変に気付いた。
「今、会長のツインテールが光った……?」
「お前、何言ってるんだ? いよいよツインテール病も末期か?」
「やめてよ。そこまで行くと力尽くで止めるしかないじゃない」
「お前ら揃って人をおかしい扱いするな!? それと愛香、力尽くでやられたら俺の命が先に止まるからな!? トゥアールと違って復活できないんだぞ俺は!?」
「総二様。私も不死身の生命体という訳ではありませんよ?」
「あーもう! とにかく会長! 俺を、テイルレッドをまだ格好良いと思ってくれているなら付き合ってくれ!」
「突き合う!? でしたらまずは私から!!」
シュバッと手を上げたトゥアールが早速、愛香の一方的な突き合いに晒された。正中線五段突きが見事に叩きこまれている。
「総二。やはりやるんだな?」
「ああ」
戸惑う慧理那に総二は力強く宣言する。
「――特訓だ!!」
◇ ◇ ◇
ヒーローといえば特訓。特訓といえば――。
「あるもんだな……採石場」
だだっ広い砂利の大地。パノラマ状に切り立ったがけが囲むその中心は直径数キロはあろうか。
「ああ……ここで、ハイパー戦隊シリーズや仮装ライダーシリーズが撮影されていたんですのね」
爆薬上等なその場所は筋金入の特撮マニアの慧理那にとって、何よりもときめく世界だった。
特撮といえば爆発。今ではCGがメインだが、昔の特撮ではリアルに火薬で撮影がされていた。撮影可能場所が限定されてしまう。なので周囲に建物がなく有事にも被害が及ばない採石場が使われていた。生の爆発は現代のCG技術でさえ未だに追いつけない迫力がある。だが、今ではコストや安全の関係上、余程のことがない限りは使われることのない場所だ。
そんな古き特撮のメッカに今、新たなヒーローが降り立った。今をときめくツインテイルズだ。
「しかし、よくこんな場所を知ってたな」
「前に母さんから聞いたんだ。それっぽいシチェーションで特訓するのにうってつけだって」
「時々思うが、あの人未来予知とか出来るんじゃないか?」
ともあれ今は慧理那のことだ。既に変身している総二――テイルレッドがブレイザーブレイドを抜き放つ。
「さあ、変身だテイルイエロー! 今は生徒会長でも、名家のお嬢様でもない。素の自分を曝け出すんだ!」
「っ……! 分かりましたわ―――テイルオン!」
やけくそ気味に叫んで変身する慧理那。だが、その変身速度は以前よりも僅かながら早くなっていた
「おお、早速効果が出たのか!? よーし、行くぞイエロー!」
「は、はい!」
少し及び腰になりながら、ヴォルティックブラスターを構えるイエローに向かって、レッドが剣を地面に叩きつける。その衝撃で地面がえぐれ、大波のように岩石が飛んで行く。
「きゃあああああ!?」
驚きの余り素っ頓狂な声を上げて逃げるイエロー。レッドは容赦なく、その背に向かって沈む太陽――ではなく、岩を投げる。
「これぐらいで叫ぶな! 敵はもっと精神的にエグい攻撃ばっかりするんだぞ! 自分のツインテールを信じろ!」
「そんな事をいきなり言われても!」
「考えるんじゃない、感じるんだ! 俺はツインテールのために……鬼になる!」
ビュンビュンと岩を投げるレッド。イエローも必死にブラスターのトリガーを引くが、やはり上手く行かない。
「どうにも良くないな。これで本当に行けるのか?」
鏡也は必死に逃げるイエローと、それに向かって攻撃を続けるレッドを見やりながら呟いた。
総二いわく「あの時、極限まで追い込まれたからツインテールを発揮できたんだ。その時の感覚をしっかりと覚えさせれば!」との事だが、どうも結果芳しくない。
「そうですね。システムは動いているんですが、やはりエネルギーが全く足りていません。あれでは戦えないですよ」
「――甘いのよ、レッドは。追い込むって言うならこんぐらいしなくちゃ」
ポチポチとデータを確認する仮面ツインテール――トゥアールの横で今まで静観していたブルーが動いた。
「お、行くのか愛――かさん?」
鏡也は思わず”さん”付けしてしまった。なにせブルーが持っていたのは、今までレッドが投げていたものが小石に見えるぐらいのとんでもない大きさの岩だったからだ。そんなのを右手一本で持ち上げているのだから、恐ろしいなんてものではない。
「お前……どっから持ってきた?」
「あそこ」
指差す方を見て、鏡也は唖然とした。崖の一角が綺麗に切り取られていたからだ。
「ハイレグで切り取って、ブルマで持ち上げてるのよ。流石に素でこんなの持てないし」
「……愛香さんならやりかねないですよ。なんか、ガッツマンぽいですし」
「落とされたいの、トゥアール?」
「やめて下さい死んでしまいます!!」
慌てて逃げようとするトゥアール。流石にそれはやらないだろうと鏡也は思ったが、もしかしたらやるかもなぁという気持ちを払拭できなかった。
「と、とにかくいきなりそれは大惨事だ。もうちょっと待て」
そのやり取りにレッドとイエローも気付き、顔を青くする。
「おま……ブルー!? 何やってんだよ!? 流石にそれはヤバイだろ!?」
「大丈夫だって。ツインテールを使えれば楽勝だから」
「その前に私が死んでしまいますわ!」
「何言ってんの! 敵はもっとエグい攻撃してくるのよ!?」
「そこまでのクラスは今までいなかっただろう!? お前の中の基準はどうなってんだよ!?」
今にも投げようとするブルーと、必死にそれを止めるレッドとイエロー。それを尻目に、鏡也はどうすれば力を引き出せるかを考えた。あの時、思わず尻を叩いてしまった。
総二はあれを追い込んだ一種の要因と捉えていたが、もしかしたら違う可能性があるのかも知れない。
「鏡也さん、一つお願いが。ぜひ、言ってもらいたい台詞があるんです」
「”待たせたな”?」
「それは別の方に言って下さい。……………と」
耳元に口を寄せてとある言葉を伝えるトゥアール。変態痴女とは思えない、甘い香りが鏡也の鼻腔をくすぐる。
「……それを言うのか? 俺が?」
「恐らく、鏡也さんが言うのが一番効果が高いと」
「わかった。やってみよう。――テイルイエロー!!」
「っ!? は、はい……何ですか?」
鏡也は半信半疑で言われた通りの言葉を叫ぶ。
「逃げまわるな! 豚みたいに、またケツを叩かれたいか――――っ!?」
「っ………!?」
採石場に、響き渡ったその声が、カラスの鳴き声に混じって消えていく。
「………………お前、何言ってんの?」
「俺だって知らん。文句はトゥアールに言え!」
「大丈夫です! さあ、レッド! 特訓を続けて下さい!!」
グッと自信満々に拳を握るトゥアール。訝しみながらもレッドは剣を構え直し――。
「そおい!」
「お前は何投げてんだよぉおおおおおおお!?」
ブルーが移山召喚されたかのような大岩をぶん投げた。大きく山なりで飛んだそれは、迷いなくイエローとレッドの上に落ちてくる。
「あんなの落ちてきたら大怪我だ。
迫る脅威を破壊するべく、レッドが必殺技を構える。同時に鏡也の罵声が更に響いた。
「イエロー! こののろまが! お前の全部をさらけ出せ! 踏まれたいのか!!」
「っ―――ぁあああああああ!」
イエローのアーマーに雷光が奔った。背中にマウントされた大砲から、連続して砲撃が放たれる。轟音を響かせ、大岩の表面に爆発が起きる。
「すげえ……! そうだイエロー、もっとだ! もっと自分を解き放つんだ! 本当の自分を見せるんだ!!」
レッドが在らん限りの声で叫んだ。爆発音にも負けない程、ビリビリと響くそれがイエローの体を震わせる。
「っ――! はい、分かりましたわ――」
イエローに奔る電光が更に強まった。全身の火器を展開し、今なお襲い来る大岩に向かってその照準を合わせる。
「ご主人様ぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
スコールのように放たれる全弾発射。それは大岩を端から削リ落とすように砕いていく。半分以上を破壊し、それでも未だに残る質量を、ミサイルの嵐が破壊する。
その粉塵を穿ち、車ほどの大きさの岩がイエローの眼前に迫る。
「はぁあああああああああああああ!!」
射撃が間に合わないと即断したイエローが力一杯握り締めた拳を、迷いなく岩に叩き込んだ。一瞬、世界が停止したかのような静寂。そして――。
バカァアアアアアン―――!
岩は粉々に砕け散った。バラバラと降り注ぐ残骸の中、イエローが紅潮する顔をレッドに向けた。
「わたくし………やっと、わかりましたわ………ずっと、こうなりたかったんですわ……」
「そうか。ツインテールを……自分を解き放てたんだな。……なんか、よく分からない叫びが聞こえた気がしたけど」
「もっと……もっと見て下さいまし。私を……もっと!」
「ああ、見てやるさ。だから遠慮なく来い!」
「はい! もっと見て下さい! 慧理那の全部を!!」
熱血の入ったレッドの声に、イエローが歓喜する。レッドに向かって胸部のミサイルをぶっ放し、その装甲をパージする。奥に隠された豊かなものがブルンと震え、ブルーの肩がブルンと震えた。何故かトゥアールの体が横に飛んだ。
「まだまだ! そんなものじゃないだろ!?」
ミサイルを切り払い、レッドが走る。それを追うようにイエローの肩部バルカンが火を噴く。
「もっと、もっと………! 邪魔ですわ、鎧が邪魔ですわ!!」
役目は終わったと、肩部アーマーを切り離すイエロー。今度は両腕部のバルカンとビーム砲、両脚部の徹甲弾が連続して火を噴いた。
「……やっぱり。どうやら私はイエローの中の獣……パンドラの箱を開けてしまったようですね」
「中身分かってて、人に開けさせるな」
鏡也は容赦なく、ドヤ顔のトゥアールの頭を鷲掴みにした。
「で、でもそうしないと慧理那さんはずっとテイルギアを使えないままだったんですよ……!」
ギリギリと頭蓋骨を締め上げられながら、トゥアールは必死に説明する。
「どういう意味だ?」
「慧理那さんがテイルギアを使えなかったのは、偏に本能を理性が雁字搦めにしていたからです。属性力はどちらかと言えば本能の欲求ですから。だからこそ、獣を解き放たなければならなかったんです。彼女の本性――
「引き出した結果、今まさにこっちにミサイルが来ているんだが!?」
チュドォオオオオオオオオオオン!!
「鏡也ぁあああああああああああ!」
流れ弾であった。走っていたレッドと、イエローの腰部の小型ミサイルの軌道がたまたま二人の方に合わさったが故に起こった悲劇であった。
「げほ……大丈夫だ。なんとかな」
もうもうと上がる煙の向こうから影が見えた。無事であったと安堵するレッド。
「傍に盾があってよかった」
「がは……っ」
「トゥアアアアアアアアアアアアアアアアアル!?」
無事ではなかったトゥアールの姿に、レッドの悲鳴が木霊した。
「ちょっと……何で人を迷うことなく………盾にしてるんですか?」
「そうだな。一言で言うなら……近くにいたお前が悪い」
「おう……じゃ」
ガクリと崩れ落ちたトゥアール。復活には時間がかかりそうだ。ボトリとトゥアールを下ろし、鏡也はイエローに向かって、それは良い笑顔を向けた。いわゆる、オリジナルスマイルというやつだ。
「イエロー………こい」
「は…………はい」
指先一本で、来るように促す鏡也。イエローはさっきまでの興奮が嘘のように小さくなっていた。ちなみに、既にアーマーというアーマーが切り離されており、裸同然の姿である。
おずおずと目の前にやって来たイエローに、鏡也は静かに言った。
「お前は何をはしゃいでいるんだ? ん? 誰に許可をもらって、あんな大暴れをしたんだ? 言ってみろ」
「い、いえ……誰にも許可されておりません」
ビクビクとするイエロー。それは悪さを怒られる小学生のようだ。
「ほお。なのに大暴れした挙句、こっちにミサイル飛ばしたわけか。随分と楽しそうだなぁ?」
「い、いえ……そのようなことは」
「誰が口答えしていいと言った?」
伏せた顔を、顎を掴んで強引に上げさせ、鏡也は鼻先まで顔を近づける。互いの吐息さえ届く距離で、静かに宣告する。
「言われてもないことを勝手にするような意識の低い、躾のなってない犬には……お仕置きが必要だな?」
「っ……! お、おしおき………?」
イエローの体がブルリと震えた。その瞳が途端に潤む。
「お、おい鏡也。それ以上は」
「駄目です、総二様。止めてはいけません!」
止めようとしたレッドをトゥアールが止めた。復活は存外早かった。
「あれはいわゆる姉弟のコミュニケーションです。止めてはいけません」
「あれ絶対に違うだろ!? お仕置きとか言ってるぞ!?」
「総二様!」
尚も止めようとするレッドに、トゥアールの声も強くなった。
「な、何だよ……?」
「ドSとドMが交差する時、物語は始まるんですよ?」
「意味わかんねぇよ!?」
凄くいい声で言われても、説得はされない。される訳にはいかない。
「ねぇ。あれって……テレビじゃない?」
「は?」
ブルーに言われて採石場の入り口を見れば、取材クルーの一団が来ていた。あれだけ大暴れすれば、気付かれもするだろう。
「まずい。慧理……イエロー! さっさと引き上げるぞ!」
「きゃうん! ひぃいん!」
「何だ、尻を叩かれて喜んでいるのか? 反省させるためにしているのに、自分を顧みないのか? 卑しいなぁ」
「ああ、ごめんなさい! お許し下さい! はぁああん!」
「何やってんだよぉおおおおおおおおお!?」
レッドは慟哭とともに二人を掴んでその場から転移した。ブルーとトゥアールも退避したが、残念ながらイエローの痴態はしっかりカメラに収められていたのだった。
その日の夜。ニュースでネットで散々な事になったのは言うまでもない。
だから大惨事になるって言ったじゃないですかやだー(棒)