光纏え、閃光の騎士   作:犬吉

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いよいよテイルイエローの出番ですね。

どうでもいいことですが、三巻の円盤ケースが壊れましたw もしかしたらブルーの呪いかもしれません。




 慧理那にツインテイルズの正体を知られ、そして彼女が新たなメンバー〈テイルイエロー〉となったその翌日。

「………」

 いつもの通学路。いつもの登校風景――その筈であったが、一部の空気が非常に重かった。

 その空気の発生源である津辺愛香の後では、男二人が揃って肩を寄せあっていた。

「おい総二。どうしてあんなに機嫌悪いんだ、愛香は?」

「知らないよ。昨日、会長達が帰った後からあんななんだ。……鏡也、愛香が触手苦手だって知ってたか?」

「ああ。触手というか、ヌルヌルとしたものが苦手なんだ。ミミズなんかもダメだな。昔、小学校の生物の授業でじゃがいもの栽培なんてやってただろ?」

「そんなのもやってたな」

「作業中、畑の土を掘り返してた愛香の手にな……ミミズが乗ってったんだ。その瞬間、声を上げられないまま、気絶してた。それぐらい苦手なんだよ」

「ミミズで気絶って……そこまでかよ」

「うるさいわよ、そこ!」

 男子二人の話に愛香が割り込む。自分の恥ずかしい話をされて、たまらなくなったようだ。

「鏡也も、一々要らないこと喋らないでよ!?」

 眉間にしわを寄せて、愛香は口をとがらせる。

「それはすまんな。で、こんな事を怒っているわけじゃないんだろう?」

「………別に。ただ、寝不足なだけよ。あの触手が夢にまで出て……あぁ、むかつく」

 ぷい。と、顔を背けていってしまう愛香。その背中を見やりながら、鏡也は総二に尋ねた。

「夢ねぇ。……総二。昨日、愛香に何か言わなかったか?」

「そんな事言われても……会長が仲間になってくれて嬉しいとか、そんな感じの事しか言ってないぞ?」

「お前というやつは」

 真面目な顔でそう答える総二に、鏡也は肩を落とした。そして前をずんずんと行く愛香の背中に声をかける。

「愛香~。どんまい~」

「うっさい!」

 振り返りもせずそう吐き捨てて、愛香は行ってしまった。

 

 なお、この場にいないトゥアールは愛香を弄った結果、軽く彼岸まで逝ってしまっていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 昼休み。鏡也は売店で購入したサンドイッチと共に中庭にいた。値段、ボリュームから一番人気のコロッケサンドを購入できたのは、幸運であった。

「おお、御雅神。ここで昼食か? 今日は天気が良いから外での食事は当然の選択か?」

「こんにちは、オーク先輩。先輩も外で昼飯ですか?」

「大久だ。いや、これから生徒会の方に顔を出さないといけなくてな。それで、お前に聞きたいことがあったのだが……神堂は何かあったのか?」

「……何かとは?」

「うむ。真面目なアイツが今日の授業中、居眠りをな。本来なら起こさなければならないのだが、何分あれの寝顔に教師も随分とほっこりとしていて……こう、全員で見ているだけで授業が潰れてしまって……いや、それはどうでもいいな」

 何やら不穏な言葉が聞こえた気がしたが、そこは重要ではないらしいし、深く掘り下げたくもないのでスルーする。

「姉さんが居眠り、ですか?」

「何か心当たることはないか? 親類なんだろう?」

 慧理那がそんな事をするだなどと、にわかには信じられない。だが、もしもその可能性があるのなら間違いなく、昨日の出来事だろう。

「……さあ。でも、姉さんにも色々とあるんじゃないですかね?」

 だが、そんな事を言う訳にも行かず、誤魔化すしか無い鏡也だった。

 

 昼食を終えた鏡也が教室に戻ろうとすると、メールが届いた。

『鏡也へ。帰りに注文していた本を書店まで取りに行ってくれる? 本当はお母さんが行きたかったんだけど、急な用事で行けなくなってしまったの。お願いできるかしら?』

 母である天音からのメールだ。件の書店はおそらく、天音行きつけの所だろう。自宅からは近いが、学園からは少し遠い。部活動(という名のツインテイルズの活動)の後ではいささか遅くなってしまう。少し悩んだ末、教室に戻った鏡也は総二に告げた。

「総二。すまないが、今日は部室には行けない。野暮用が出来た」

「そうか? 俺達も出撃がなければ、会長と昨日の続きの話するぐらいだし。別にいいぞ」

「何かあったら連絡をくれ。ま、昨日の今日で早々、問題は怒らないだろうがな」

「………。なんだろうな、凄い嫌な予感しかしないんだけど」

「言うな。いい加減、分かってきているんだから」

 男二人。顔を見合わせ、ガックリと肩を落とした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 足元を照らす照明だけの薄暗い通路を、二つの影が進んでいる。ドラグギルディ隊、現隊長代行のスパロウギルディと、フェンリルギルディだ。

「――ここより先はお前一人だ。ダークグラスパー様に無礼の無いよう、心せよ」

「はい」

 フェンリルギルディがダークグラスパーの元を訪れたのは、先方からの呼び出しがあったからだ。

 それを自分への期待と思ったフェンリルギルディは意気揚々とダークグラスパーの部屋の前へと進んでいく。そんな心中を察するスパロウギルディは、哀れみの瞳でそれを見送る。

「過ぎたる野心は身を滅ぼす……哀れなことだ」

 若きゆえに身の程を知らず。それ故に身の丈を超える野心がその身を焼き尽くすのだと、スパロウギルディは静かにその場を去るのだった。

 

 ドアをくぐれば、そこは更に薄暗い部屋だった。一瞬感じた違和感に、フェンリルギルディは今のが空間転送の一種であると感じ取った。

 室内をよく見れば向こうにぼんやりと明かりが見える。あれが噂のダークグラスパーかと、フェンリルギルディが背を正した。

「ダークグラスパー様。フェンリルギルディ、お呼びにより参上致しました」

「来たか」

 ダークグラスパーが言うや、照明が点く。僅かにくらみ顔をしかめるも、フェンリギルディはすぐに直った。そして驚きに目を見開いた。

(人間だと……!?)

 人間の心――属性力を狩る立場にありながら、人間に擦り寄られるとは。これはいよいよ、今までの方針が誤りであったと確信する。フェンリルギルディは表に出さず、内の火を強くする。

「しばし待て」

「はっ」

 人間とはいえ、首領直属。今の自分の上位に立つ相手だ。ここは従うしかないと、フェンリルギルディは直立したまま待つ。

「うっ……」

 チラリと横を見た瞬間、ゾワッと身の毛がよだった。妙に色彩豊かな壁かと思うも、それが思い違いであるとすぐに気付いた。

 エロゲーだ。エロゲーが天井近くまで積み上げられ、それが四方を壁のように囲んでいるのだ。

 更に、上蓋がモザイクアートとしてツインテールを描いている。その異様、まるでツインテールに見下されているかのような圧迫感だ。自然、固唾を呑んでいた。

 

『ひゃうぅううん! ダメだよ、そんなところ……きたないよぅ』

 

「ぐっ……!?」

 まさか、そんなバカな。信じられないと思いたかった。だが、尚も続くボイス、SEがそれを否定させない。

 エロゲーだ。エロゲーをしている。人前で。堂々と。イヤホンなどせず。どれ程の豪胆さがあれば、このような事が可能だというのか。しかも、人を呼びつけておいて「しばし待て」と言い放ち、エロゲーをしている。緩みに緩みきった顔を隠しもせずに、だ。

 これ程の事をやれる者が、果たしてアルティメギルにどれだけ在ろうか。

『これからも、ずっと一緒……だよ?』

 どれだけ待っただろう。まさか、スタッフロール完走。エンディング後のエピローグまでやり切るとは。

 しかも、テキストも飛ばさず全てに目を通している。幸いというか、最後の方だったおかげでイベントは一つだったが、これがもしももっと早くであったならば。

 そう思った瞬間、ブルッと震えが来た。

「――さて、待たせたの」

「っ……」

 エロゲーを落とし、椅子を立つダークグラスパー。その瞳がフェンリルギルディを捉える。楕円形のアンダーリムの眼鏡に映る自分の顔を見て、改めて気を引き締める。

 ダークグラスパーは、フェンリルギルディの心中など意にも介さないとばかりに、ディスクドライブからゲームディスクを取り出した。

「昨今、ディスクレスやダウンロードなど、円盤を必要としない物も多い。だが、こうしてディスクを入れ、ゲームを起動させる。わらわはそこに風情を覚える。まるで戦場に赴く為に、兜の緒を締める……そんなノスタルジーをな」

「は、はっ……」

 ディスクをケースに入れ、箱に戻す。一瞬でよく分からなかったが、開封特有の歪みなどが見えなかった。まるで見えぬ力に保護されているかのようだ。

 ダークグラスパーがしっかりと箱を戻すと、それは自動的に、まるであるべき所に戻るかのように、左側奥の一角にするりと収まった。

「だが、頭の数が増えれば、緒の緩む者も現れる。……そうは思わぬか?」

 一瞬、細められた鋭い瞳。眼鏡のレンズがカミソリのように冷酷な光を放った。

 その威圧感に、フェンリルギルディは息を呑んだ。

「ふっ。テキスト設定を最速にして、更には未読スキップ可にするようなヒヨッコが、幹部などとはおこがましいのう」

「な、何を……?」

 唐突に口にされた言葉に、狼狽えるフェンリルギルディ。何故、それを知っているのか。動揺するフェンリルギルディに更なる冷笑を向けるダークグラスパー。

「わからぬか? 小僧は小僧らしく、大人しゅうしておれ。そう言ったのじゃ」

「っ! い、言わせておけば……その立場も、何もかもアルティメギルあればこその分際で!」

 年端もいかぬ人間の小娘に小僧、ヒヨッコ呼ばわりされたフェンリルギルディは己を抑えきれずにしっぽに隠された長刀を抜き放った。

「乱心か……構わぬぞ? その醜態、この場を切り抜けたならば見逃してやろう。……いや、どうせならばわらわから幹部に推薦してやっても良いぞ?」

「その言葉、偽りではないだろうな……!」

 最早、言葉にさえ気を向けられない程、フェンリルギルディの意識は敵意に支配されていた。

 相手が首領直属となれるだけの力を有している可能性など、欠片も考慮せずに。

「ヌゥおおおおおお!」

 咆哮。横一閃に振り抜かれる刃。室内で刃の機動が躱す空間すら埋め尽くす。――が、そこには既にダークグラスパーの姿はなかった。

「消えた? 一体何処に―――っ!?」

 首に、冷たい感触。まるで薄っぺらい首輪でも掛けられたかのようだった。

「わらわの眼鏡は全てを見通す。貴様の謀反など、部屋に足を踏み入れた時から分かっておったわ」

「ぐ……っ」

 つい、と首から感触が消える。フェンリルギルディは弾かれたように飛び退いた。そして、見た。

 身の丈を超える死神の鎌(デスサイズ)。柄を肩に掛け、氷よりも冷たい光を放つ眼鏡を指先で持ち上げる――闇の処刑人の姿を。

「あ……あぁ……!」

「貴様は許されぬ事をした。何の事か、言わずとも分かろう?」

 ダークグラスパーの宣告に、クラーケギルディの言葉がリフレインする。

 

『忠告する。ツインテール属性を軽んじることだけは慎め』

 

「貴様。ツインテールは無用と申したな?」

「ああ………ぁあああああああああ!」

 最早、正気など無かった。全力で、全てを尽くして、目の前の死神を屠る。それ以外に道はない。生き延びるために、自分の未来の為に。

 

 ――キン。 

 

 済んだ音が響いた。それは連続していく。何の音だとフェンリルギルディが思う間もなく、手にした刃が切っ先から粉々にされていく。

 斬られたのだ。今の瞬きの間に。

「野心も許そう。道化も認めよう。傾くも自由じゃ。だが、ツインテールを軽んじることだけは許されぬ」

 キラキラと飛び散る刃だったもの。それは同時にフェンリルギルディの野心もまた、粉々に砕いていた。

「貴様が処刑されるのは、首領様への反逆故じゃ。神に唾棄したその罪……永遠の闇の中で懺悔し、後悔し続けるが良い」

 ダークグラスパーの眼鏡が激しく光る。そしてそれは室内を埋め尽くした。

「我が眼鏡属性の真髄……属性力の深淵に沈め。眼鏡よりの無限混沌(カオシック・インフィニット)!」

「う、うぁああああああ―――!?」

 呑み込まれる。世界が、自分の体を深い深い闇の底へと引きずり込んでいく。

 気が付けば、そこは地獄だった。ビキニ一丁、褌一丁の、身長190センチ、茶髪、筋骨モリモリマッチョメンの変態が地平線の彼方まで埋め尽くし、汗が天に昇って雲となり雨となる。そして虹が生まれ、マッチョが踊る。

 下着属性のフェンリルギルディが最も恐れるもの――男性下着の大津波だ。

「ひぃいやああああああああ! お許しを! ダークグラスパーさま、おゆるしをぉおおおおおおおおおお!」

 狼のような体毛がマッチョメンの汗に濡れる。救いを求めて伸ばす手が、大胸筋の壁に埋もれていく。それは正に地獄の謝肉祭(マッスルカーニバル)であった。

 

「ふん、つまらん」

 ダークグラスパーは鎌を仕舞い、心の底からの溜め息を吐いた。

「なんや、もう終わったんか?」

 いつの間にか、入り口に大きな影が立っていた。ダークグラスパーの倍近く在ろうかその体躯を揺らし、ダークグラスパーの隣に立つ。

「しかし珍しいなぁ。あんな煽るようなこと言うなんて……らしくないんちゃう?」

「……どうにも、分からぬ。こちらに来てからずっと、我が眼鏡が疼いておる。不愉快な程にな」

「え、ついに厨二病発症した?」

「違うわ! もういい、さっさと部屋にもどれ! そのデカイ図体でエロゲーを傷つけられたら堪らぬからな!」

「なんやねん、もう……」

 ブツブツと言いながら、影は入り口を抜けて姿を消した。そしてダークグラスパーはPCの前に戻った。

「理由ならば分かっておる。じゃが………なんなのだ、この言葉に出来ぬ感覚は」

 モニターには侵略対象世界の資料。その写真が映し出されていた。テイルレッド、テイルブルー。そして一番大きなものが――。

 

「――ナイトグラスター。わらわと同じ眼鏡属性の者、か」

 

 予感がした。この者と自分は出遭うべくして出遭い、そして戦う運命にあるのだと。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 予感がした。これと出遭うべくして出逢い、そして戦う運命にあるのだと。

「我が名はブルギルディ。貧乳こそが正義と知るクラーケギルディ様に仕える者だ。御雅神鏡也、ここで出会うもやはり運命であるな!」

「分かってた。分かってたんだよ、くそったれめ……!」

 放課後。学園を出たその足で書店に向かった鏡也は、たまたま来ていたバスに乗って、時間短縮を図った。そして書店近くのバス停――中学校前で降りた途端、これである。

 今回のエレメリアンは、以前にブルーが倒したバッファローギルディに似た容姿をしている牛型のエレメリアンだ。角はなく、代わりに首にカウベルが付いている。身に付けているマントから、所属部隊はクラーケギルディ隊だと分かる。

 まだ校内には生徒が多数おり、また部活動中のところも多く、外にも生徒の姿が多く見受けられた。アルティロイドがカサカサと動きまわり、まだ未発達な少女達を追い掛け回している。

「で、何なんだ。出会う運命だのというのは……?」

「走って揺れる乳などという醜いものに存在価値など無い。貧乳こそ正義なのだ。お前もそうなのだろう? さぁ、心の中を吐露せよ!」

「吐露も赤身もない! 何が言いたんだ貴様は!?」

 全く意味を理解できない鏡也に、ブルギルディは呆れ気味に頭を振った。

「この期に及んでまだそのような事を……ならば我から叫ぼうではないか。中学生こそ至高であると! ――さぁ!!」

「さぁ! じゃないわよ!」

「ぐほぁ!?」

 上空から叩きこまれたキックがブルギルディを盛大に引っ飛ばした。スタッと着地したテイルブルーに対して悲鳴が響いた。

「きゃー! テイルブルーよ!」

「逃げろ! 殴られるぞ!」

「校舎に入れ! 急げ!!」

 アルティメギルに対してもここまでしなかったというのに、ブルー到着の瞬間、蜘蛛の子が散る様に一斉に逃走する生徒達。

「……ねぇ。校舎に槍飛んでいっても事故で済むわよね?」

「済まねぇよ!? 絶対にやるなよ!?」

 少し遅れてやってきたテイルレッドが即効で制止する。本気で言ってはいないだろうが、止めないと本当にやりそうな気配である。

「来たか、ツインテイルズ」

「……やっぱりこうなったな、鏡也」

「言うな」

 黄金の爪も付けていないのにこのエンカウント率。そろそろお祓いでもするべきかもしれないと、鏡也は本気で思った。

「むぅ。現れたなツインテイルズ。我が名はブルギルディ。首領様、そしてクラーケギルディ隊長の名誉のため、この身の全てを懸けて戦おう!」

「そのクラーケギルディが子供の乳はダメだって言ってたぞ? 何で中学校を狙った!?」

「それは勿論、私がこの年代の少女が好きだからだ!」

「統率ぐらいちゃんと取っとけよ!」

 上司も上司で大概だったが、部下も輪をかけて駄目だと、レッドは頭を抱えた。

「まだ未発達の体。熟す前の青い果実の芳香……そのロマン、貴様ならば分かるであろう、御雅神鏡也!!」

「こっちに話を振るな。貴様と同類にするな。理解できる言語で喋れ」

 心底イヤそうにする鏡也に、それでもブルギルディは続ける。

「今までの貴様の言動、全てを見た。そして確信した。お前もまた、青い果実を愛でる者であると!」

 ブルギルディがずい、と数枚の写真を取り出した。それには鏡也とテイルレッドが写っていた。よく見ればリザドギルディの時からのものだ。押し倒されているものだったり、お姫様抱っこのものだったりだ。

「もう、いい加減にしてくれ………頭痛が痛い」

 アルティメギルの鏡也に対する評価がいよいよ、言語中枢にまで悪影響を与え始めた。

 

「そこまでですわ! 個人の名誉を貶め、未成熟な女生徒を追いかけ回す所業、見過ごす訳には行きませんわ!!」

 

「何!? 何処に居る!?」

 突如として響いた声に、ブルギルディがその主を探す。校庭を見回し、それをついに見つけた。

 校庭の隅――用具倉庫の屋根の上に、すっくと立つ人影。

「貴様、一体何者だ!」

 ブルギルディがまるで悪役怪人のようにその名を問う。するとその人影はこれでもかと胸を張って、声高らかに叫んだ。

「私の名はテイルイエロー! ツインテイルズ、第三の戦士ですわ!」

『違います! 三番目は仮面ツインテールですから! 慧理那さんは第四の戦士ですから!』

 トゥアールのツッコミも、今の慧理那――テイルイエローには届かない。今のシチュエーションは正しく、慧理那の憧れるヒーローそのものだった。

 もしかして、わざわざあそこに登ったのか。そんな疑問もさておいて、テイルイエローが盛大にジャンプ。クルリと華麗な回転を決めて、着地した。

「行きますわよ! 武装展開、ヴォルティックブラスター!」

 彼女のは丁度、うなじの辺りから分けるように結ばれたツインテールであり、フォースリヴォンに触れる様はその髪を掻き上げるようだ。陽光に煌めく金色の髪にテイルレッドが思わず見惚れ、ブルーの八つ当たりが鏡也を襲う。理不尽だ。

 イエローの手に雷が走り、山吹色の自動拳銃(オートマチック)が生み出される。その銃口が真っ直ぐ、アルティロイドに向けられた。

「さぁ、今までの罪を償っていただきますわ!」

 個人的に恨み辛みもあるだろう、その言葉には妙に生々しさがある。鋭い瞳と共にトリガーが引かれる。

「モ、モケ?」

 雷光の如き弾丸が発射される――かと思いきや、縁日の射的みたいな音を出して、ゆるい弾が飛んで行く。それがポコンと当たって、消えた。

 しん。と場が静まる。ペチペチと、撃たれたアルティロイドが自分の体を叩いているが、やはり異常はない。

「い、一撃で倒れないとはやりますわね。ならば、これで!」

 イエローが左腕を突き出す。アーマーが展開し、砲身が突き出される。

「私のアーマーには様々な武装が格納されていますのよ! レーザー発射!」

 気合と共に銃口から光が走る。

 

 ピチュン。

 

 まるでドット時代のSTGのような音を立てて、水鉄砲のようなレーザーが飛んだ。光の筈なのに、どういう原理なのか。

「………な、なら! これなら、これならどうです!!」

 イエローが両肩からバルカン、腰のアーマーから三門ミサイル、両足から五連徹甲弾をまとめて発射する。しかし、バルカンは豆鉄砲。ミサイルは命中前に落ち、徹甲弾に至っては飛びもせずに地面を転がった。

「~~~~! ~~~!」

 声にならない声を上げて、イエローが最後の大技を繰り出す。胸部装甲にしまわれた、ホーミングミサイルだ。

 だが、ジェット風船のほうが遥かに強力そうい見えるそれは、ヒョロヒョロと飛び、コツンとアルティロイドにぶつかった。当たったアルティロイドがちょっと頭を押さえていたので、唯一のダメージだ。

「胸……胸からヒョロヒョロ~って……! 偽乳! 偽乳……! フヘヘヘヘヘヘ!」

 敵も味方もギャラリーも、どうしたら良いのか分からない空気。だが、そんな空気を気にもせず一人、爆笑しながら地面を転がるテイルブルー。

『ちょ、ダメですよ……プクク……笑っちゃ……クク……』

「だって、だって………ダメだ、腹筋が死ぬ……!」

 ビクンッビクンッと震えるブルー。この戦場において一番ダメージを喰らっているのは彼女かもしれない。流石のレッドもこれにはドン引きだ。

「そんな……どうして……?」

 ガックリと膝から崩れ落ち、地に手を付くイエロー。その痛々しい姿にレッドも戸惑いを隠せない。

「イエロー。一体どうしたってんだ?」

「まさか……分からないのか、レッド?」

「どういう事だ、鏡也?」

 レッドは鏡也の言葉に、もう一度イエローを見た。だが、彼女のツインテールに異変はない。そうとしか見えない。

「武装が全部空っ穴だ。あれじゃ、戦えるわけがない」

 鏡也の眼鏡属性のスキルが、その異変をしっかりと捉えていた。先日は武装を使わなかったので気付かなかったが、エネルギーが全く足りていない。つまり、テイルギアが正しく機能してないという事だ。

 変身出来る=正常であった今までのせいで、異変に気付けなかったのだ。だが、原因の考察は後回しだ。

「レッド、イエローは俺に任せてくれ」

 鏡也は敵をレッドに任せ、イエローの下に走った。

 

 ヒーローに憧れていた。やっと、その夢が叶った。その筈だった。なのに、現実は何処までも非情だった。

 せっかく変身しても、結局は自分は無力でしか無い。自分が情けなくて、とても悔しくて。

「どうして……どうして……」

 答えの出ない問いかけだけが、心の奥から溢れていくる。

「――いいかげんにしろ!!」

 

 バチィイイイイイン!

 

「きゃうんっ!?」

 いきなりお尻に走った衝撃に、イエローは素っ頓狂な悲鳴を上げてしまった。驚きと恥ずかしさとともに振り返れば、そこにいたのは見知った男子だった。

「きょ、鏡也君……?」

 いつもどこか格好つけていて、感情を強く出さない彼が、激しい感情を宿した瞳で自分を見下ろしていた。その迫力に、ビクリと体が震えた。

「いつまでそんな情けない姿を晒しているつもりだ!」

「きゃいん!?」

 大きく振り上げられた手が鞭のようにしなって、イエローの臀部目掛けてもう一度振り下ろされた。フォトンアブソーバーで守られている筈のイエローの体に、しかしハッキリとした痛みが襲った。

『ちょ、素手で防御抜くとかどういう理屈ですか!?』

 通信越しにトゥアールが驚きの声を上げている。

「ヒーローになりたいと、そう言ってたくせに、この程度の事で諦めるのか!? お前はヒーローの何を見てきた!? 上っ面のカッコ良さだけか!?」

「きゃうん!? ひぃん!?」

 三度、四度と叩き込まれる平手打ち。それは尻よりも、イエローの奥底にあった何かを強く揺さぶった。

 鏡也はイエローの体を強引に起こすと、その両肩を強く握った。

「武器が使えないなら、その拳を使え! 拳がダメなら、その体全部でぶち当たれよ! ヒーローが戦うってのはそういう事だろう!?」

 鏡也の激しい叱咤がビリビリと響く。まるで体の奥底に火が灯されたかのように、それは徐々に激しく、熱くなっていく。

 

「――御雅神鏡也。まさかそのおぞましい乳に、思うものがあるとでも言うのか?」

 影が差した。鏡也の背後にブルギルディが立っていた。その瞳は、巨乳に対する嫌悪に満ちている。

「うるさい黙れ。お前の相手をしている暇はないんだ」

「ならば、そのおぞましき巨乳のツインテールから奪おう!」

 振り返ることもなく言い放つ鏡也に、ブルギルディの魔手が迫る。

 

 ――あつい。

 

「え?」

「ぬ?」

 ガキン。と、背後に背負われていたユニットが前方に向けられる。それは大型の砲身であった。それが鏡也の顔の真横からブルギルディのど真ん前に突き出されていた。

 

 

 ―――ズドンッ!!

 

「ひゃっ!?」

「ぎゃあ!?」

 稲妻の如く轟く豪音を耳元で、無防備に弾丸をそれぞれ喰らった鏡也とブルギルディが同時に悲鳴を上げる。その威力は、今までとは桁違いで、ブルギルディの巨体を軽々ふっ飛ばしていた。

「っ……ハァ……!」

 イエローの唇から、湿っぽい吐息が零れる。ジワリと汗が表面に上がっていく。僅かに覗く瞳は潤み、熱に浮かされているかのようだ。

「い、イエロー?」

「あつい……熱い………!」

 顔を伏せたまま、ゆらりと立ち上がるテイルイエロー。バチバチと装甲にスパークが奔る。嫌な予感がビシビシと伝わり、鏡也は叫んだ。

「避けろレッドぉおおおおおお!」

 叫ぶや、鏡也は地面にダイブした。耳を塞ぎ可能なかぎり身を低くして。

「体が……燃えるように……! 熱いですわぁああああああ!!」

「うわぁああああ!?」

 レッドもすぐに身を伏せたのと、イエローが武装を再展開したのはほぼ同時だった。さっきまで豆鉄砲同然だった射撃が、まるで雷撃の如く、アルティロイドを襲う。完全に油断していたアルティロイドと、ついでに笑い転げていたテイルブルーを十把一絡げにふっ飛ばした。

「はぁ……はぁ………」

 ガックリと膝をつくテイルイエロー。今の攻撃で力を使い果たしてしまったようだ。

 鏡也はえぐれ、焼け、散々な有様の校庭を見て、顔を青ざめさせた。重装甲改め、重武装型の恐ろしさを再認識する。

「くぅ……バカな! 巨乳にここまでの力が在ろうとは!」

 大砲にふっ飛ばされて巻き添えにならなかったブルギルディがのそりと立ち上がる。だが、すぐに赤い炎がブルギルディを襲った。

「オーラピラー!」

「ぐぉおおおおお!?」

 土煙の向こう、エクセリオンブーストから噴き上がるバーニア。天に舞い上がるテイルレッド。繰り出されるのは必殺の一撃。

「グランドブレイザ―――!」

 降下と同時に振り下ろされる一撃が、袈裟懸けにブルギルディを斬り捨てる。

 断末魔の代わりに、ブルギルディが鏡也にその指を伸ばす。

「ぐがが……! み、御雅神鏡也……! 最後に、貴様の本心を……! 小学生は最高だぜ、と……」

「死ね、ロリペド野郎」

 

 ドコォオオオオン!

 

 それをバッサリと斬り捨てられ、ブルギルディが爆発四散した。

 

「………」

「……イエロー」

 色々と犠牲と被害を出してしまったが、取り返しがつかないわけではない。それでもイエローの初陣は苦いものになってしまった。

 肩を落とし、息を乱れさせる少女に掛ける言葉を、二人は持っていなかった。

 

「ちょっと………あたしは無視か……?」 

 

 すっかり土まみれになったブルーが、クレーターの中から這い出てくるのに、誰も気付けなかった。




スパンキングマスター鏡也、爆誕。

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