光纏え、閃光の騎士   作:犬吉

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そう言えば昨日はツインテールの日でしたね。




 触手のうねるクラーケギルディ。泣きじゃくるテイルブルー。悲鳴さえ上げられないナイトグラスター。

 今まで散々、混沌とした戦場を経験してきたテイルレッドでさえ、ここまでひどい状況を見たことがなかった。

「いいかげんにしろクラーケギルディ! さっさと引き上げるぞ!」

「ぐぬぬぅうううう! 姫、ひめぇえええええ!」

 リヴァイアギルディに引き摺られ、然し頑なに抵抗するクラーケギルディ。

「なんか、苦労しているな?」

「……分かるか?」

「……あぁ」

 思わず同情してしまうレッド。

「今日のところは退こう。だが、次に(まみ)える時はこうは行かぬぞ? ……ええい、いつまで恥を晒すつもりだクラーケギルディ!?」

「ぐぬぅううう! ようやく我が理想と出逢えたのだ! それをみすみす……!」

 尚も抵抗するクラーケギルディ。レッドもいい加減に止めなければと、ブルーの腕を掴んだ。

「ブルーも、そろそろ離してやれ! ナイトグラスターの顔色が土気色に変わってるから!」

「うえぇえええん! アンタのせいよ! アンタが何もしないから―――!」

 ブルーが更に泣き叫び、更に腕に力が篭もる。そして更にナイトグラスターのダメージが増大する悪循環。

「ぐぉあああ……! ヤメろレッド……逆効果だ……!」

「姫、姫ぇええええ! ぬぅうううう! 届け、届くのだ我が愛ぃいいいいいい!」

 クラーケギルディが最後の足掻きと、触手の一本を目一杯伸ばした。そして――。

 

 ぴと。

 

「ヒッ」

 その先端が、ブルーの手に触れた。ヌルっともヌメッとも言える感触がブルーの全身を虫のように這いずりまわる。

 ブルーの体がビクッと震えた瞬間、彼女は崩れ落ちるように倒れた。その時、ブルーの体を光が包んだ。それは変身解除の時のものだ。

「っ――まずい! オーラピラー!」

 即座に気付いたレッドが、自分達を包み込むようにオーラピラーを展開した。

「レッド、これを!」

 ナイトグラスターはマントを外してそれをレッドに渡した。自在に大きさを変えられるそれを広げ、ブルーの体を包み込んだ。そして一気に跳躍しギャラリーを飛び越え、ビルの間へと飛び込んでいった。その一瞬の早業にギャラリーはすっかりテイルレッドを見失っていた。

「奴らは――いない、か。私も退くとしよう」

 エレメリアンも今のゴタゴタの間に撤退したようだった。ナイトグラスターはそれを確認し、一足に跳躍してその場を離れた。

「二人の現在地は……あそこか」

 摩天楼を見下ろす高さから場所を確認すると、そこに向かって降りる。やはりブルーの変身は解除されており、レッドの機転がなければその正体を晒していたところだった。

「愛香は大丈夫なのか?」

「気絶しているだけだ。それより、そっちはどうなんだ?」

 レッドが愛香の体を支えながらナイトグラスターの心配をする。

「多分、骨はいっていないと思うが……地味に痛いな」

「ご愁傷様」

 そう言って苦笑すると、レッドもつられて笑う。

『前にもありましたが、力を使い果たしたりした時の強制解除……危険ですね。今度のメンテナンスの時に対策を講じてみます』

 トゥアールが神妙な声で言う。

 ドラグギルディ、フマギルディとの戦いの直後。レッド、ブルー、共に強制的に変身が解除されてしまった事態があった。その時は人気のない場所であったから良かったが、今後こういうことがあると思うと、対策は必至だった。

「頼むよトゥアール。今日は流石に肝が冷えた」

 深い息を吐きながら、レッドが変身を解こうとした。

「――! 待て、テイルレッド!」

「え――っ」

 光に包まれてテイルレッドから観束総二へと戻るその中で、総二の眉間に電流が走る。それは幾度も覚えた感覚。

 強烈なツインテールの気配。無意識にその方へと視線が流れる。

 

「生徒会長―――?」

「観束……君?」

 

 互いの視線が交差し、ほぼ同時に呟いていた。何か言わなければとする総二だったが、思考が完全に止まってしまっていた。

「そんな………観束君が、テイルレッド……」

 ぐらり。慧理那の体が倒れかかる。

「くっ!」

 弾かれるように駆け出したナイトグラスターが、その体を抱きとめる。

『総二様! 今の内に彼女を裸にひん剥いて写真を! 変身を見られたのと裸を撮られたので五分五分です!』

「全然、五分じゃねぇええええええ!?」

 我を忘れたかのように稀代の外道発言をかますトゥアールに、総二のツッコミが走った。

「――トゥアール。今の内に身を清めておけ。………消えないほど、穢れることになるだろうからな」

『何をする気ですか!? 本気っぽいんですけど!?』

 ナイトグラスターの氷のような声に、トゥアールに戦慄が走った。

「とにかく、俺は愛香を運ぶから、会長は」

「お嬢さまは、私が運ぼう」

「さ、桜川先生……!」

 姿を現した尊に総二が驚く。だが、慧理那がいるのだ。当然、彼女のお付である尊も居る。考えれば当然のことだった。

「ナイトグラスター様、お嬢様をこちらへ」

「……えぇ、分かりました」

 横抱きに慧理那の体を持ち上げ、尊の伸ばした腕にそっと渡す。その時、少しばかり尊の顔が緩みを見せた。

「……?」

 訝しんだナイトグラスターの視線に気付き、尊は誤魔化すように笑う。

「あぁ……いえ。このやり取りがまるで夫婦のようだなと。おかしいですね、私達はまだ結婚もしていないというのに」

「「………」」

『何ですか、この色々とこじらせた感は……』

 結婚どころか付き合ってさえいないだろうに。などと突っ込みたかったが、それ以上の戦慄が男性陣を襲い、言葉を吐けなかった。

「ですが、いずれはそう………おや?」

 パッと顔を上げた尊の前に、ナイトグラスターの姿はなかった。

「観束君、ナイトグラスター様はどちらに?」

「あー。まだエレメアンがいるかもって、跳んできました」

 そう言って上を見上げる。音もなく逃げ出したナイトグラスター。騎士からニンジャに名前を変えても似合うかもしれないな等と、総二は思った。

「そうか。流石はナイトグラスター様だ。では、観束君。色々と聞かせてもらえるか? 君達の……今までの事を。世間の騒ぎを鑑みれば隠しておきたい気持ちは分かる。だが、お嬢さまは何度も狙われている。これ以上、傍観者のままではいられないのだ」

 尊はまるで懇願するかのように訴えた。その響きには、何処までも慧理那への慈しみに満ちていた。メイドと主――それだけではない何か強い絆を、総二はツインテールから感じた。

「……わかりました。でも、秘密にするって約束をして下さい」

「約束しよう。この、私の名を記した婚姻届に懸けて」

「あ、それは良いですから」

 丁重にお断りを入れ、総二はトゥアールの判断をあおった。そして総二達はアドレシェンツァ――ツインテイルズ地下基地〈アイノス〉へと向かうのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「おのれテイルブルー! ナイトグラスター様にあのような……!」

 ギリギリという尊の歯ぎしりが聞こえます。このままではあの場に飛び込みそうなので、私は諌めようとします。

「きゃ――っ」

 でも、その前に炎のような壁が現れ、私は驚きと共にそれを見上げていました。

 それに気付いたのは本当に偶然で。壁の上から凄い速度で飛び出した赤い人影――テイルレッド。彼女はあっという間に跳んでいってしまいました。

「っ――!」

 その方向に向かって、私の足は動いていました。何かがあったのだ。そう思うと、自分に何が出来るかということよりも先に駆け出していたのです。

 大体、この辺だろうかとビルの間――路地裏を進んでいると、人の声が聞こえました。

「テイルレッド……?」

 私は声の方に進みました。そして―――それを見てしまった。

 

 光に包まれるテイルレッド。慌てた声を上げるナイトグラスター。それにテイルレッドが顔を向けて………。

 

「生徒会長―――?」

 

 あの時と同じように、私を”生徒会長”と呼んだ。でも、あの時と違うのは――そこにいたのはテイルレッドではなくて、観束君だったこと。

 

 観束君が、テイルレッド……?

 

 その事実に行き着いた時、私の足元が崩れたように感じました。霞む視界。自由を失くし、力を失った体が重力に引かれて落ちて行く。

 そんな私を、強い腕が抱きとめて………私は、意識を手放したのです。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……ここは?」

 慧理那が目を覚ますとそこは見知らぬ空間だった。だが、どこか既視感もある。なんだろうかと少しぼんやりする頭で思考すると、そこがまるで特撮物の秘密基地のようだと気付いた。

「ここは……?」

「あ、気が付きましたか?」

 声の方に視線を向ければ、この異様な空間に総二、愛香、トゥアール、尊という見慣れた顔が並んでいた。一人だけ、何故か悪の女幹部みたいな人がいたが、知らない顔なのでスルーした。

 それらを見て、慧理那は気を失う前の出来事を思い出した。

「あれは、やはり夢ではなかったんですのね」

「……えっと、こうなった以上はちゃんと説明します。色々と思うところはあると思うんですけど、取り敢えずは聞いて下さい」

 総二がまっすぐに慧理那を見つめる。その真摯な態度に、慧理那も襟を正した。

 そうして彼の口から語られる事実は、少なからず慧理那を驚かせるものだった。

 異世界からの侵略者エレメリアン。彼等の組織アルティメギルを追って現れた、異世界の科学者。彼女がもたらした、唯一の希望テイルギア。その装着者として選ばれた総二と愛香。マクシーム宙果以来、ずっと戦い続けてきたことを。

 出来るだけ簡潔に。言葉を選びながら総二が説明するのを、慧理那は静かに聞いた。

「……しかし、学園きっての問題女子二人が、揃ってツインテイルズの関係者だったとはな。しかもトゥアール君は異世界から来たなどと……何も知らずに聞いていたら信じられない話だな」

 尊は軽い溜め息を吐きながら、そう呟いた。慧理那は総二と愛香を見やって、静かに口を開いた。

「実は……前々から、あなた方がツインテイルズと関係があるのではと思い行ったのです」

「なんだって!?」

 総二が思わず声を上げた。

「今まで何度か助けてもらって、その度に何か……違和感のようなものを感じていたんです。まるで見知った誰かのような感覚が。でも、そんな筈ないのにと何度も思い直して」

 天井を仰いで、慧理那は続ける。

「鏡也君の話もありました。でも、そんな疑問が更に強くなったのは、あのカニのようなエレメリアン――クラブギルディの時です」

「え……?」

「あの時、テイルレッドが私を”会長”と呼んだのです。私をそう呼ぶのは学園の生徒だけですから。それと部室で見た……今も着けているそのブレスレット」

 慧理那は総二の右腕を指差す。

「やっぱり、見えているんですね。認識撹乱が通じなかったのは、会長が正体に気付きかけてたからだったんだな」

 総二は色々と得心が行ったと、笑った。そして改めて慧理那を真っ直ぐに見た。

「それで、改めてお願いします。どうか、俺達の事を秘密にして欲しいんです。正体がバレたらたたかえなくなってしまうから」

「勿論です。ヒーローなんですから、正体を秘密にするのは当然です。これ以上、迷惑をかけられませんもの」

 慧理那は首を振った。恩を仇で返す――テイルレッドの正体を口にするなどと、考えることも出来ない。

「ありがとう、生徒会長。流石にあんな姿になるなんて世間に知られたら、生きていけないから」

「まぁ、そんな」

 何やら良い雰囲気を醸し出す二人。残されたものはといえば――。

「何ですかあれ。ああいう甘酸っぱい雰囲気を醸し出す奴は信用ならないですが」

「そうね、色情狂のほうがマシだわ。眼の奥が痒くて……殴れないし掻けないじゃない」

「何でそこで殴ることが同列なんですか!?」

 二人は何やら揉めているようだが、何に揉めてるのか慧理那には分からなかった。

 と、通路の向こうのドアが開いた。

「――総二!」

「鏡也、やっと来たか」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 適当に時間を潰しながら、鏡也はテイルギアから聞こえる通信に耳を傾けていた。場所はアドレシェンツァ。つまり基地の真上だ。総二に頼んでテイルギアの通信をオンにしてもらっていたのだ。

 エレベーターで基地に向かい、到着すれば全員の視線が突き刺さる。

「待たせた。で、何処まで話したんだ?」

 鏡也は総二に尋ねた。勿論把握しているから、これはポーズだ。総二から話した内容を確認し、鏡也は慧理那に向き直った。

「姉さん、大丈夫か?」

「えぇ、大丈夫です。さっきまでは色々と混乱していましたが、もう平気ですわ」

「そうか。……ごめん、色々と」

「鏡也君はやはり、最初から全部知っていたんですのね? でなければ、こうしてここには来ないですものね」

「まぁ、そうだね。………もしかして、怒ってる?」

 鏡也は何処か拗ねたような物言いをする慧理那に、恐る恐る尋ねた。

「そうですね。怒っていますよ。弟のように思っていた鏡也君が、お姉ちゃんに嘘を吐いたんですから」

 プイ。と、顔を背ける慧理那。言わないが、ふてくされた子供のようだ。鏡也はもう一度、頭を下げた。

「ごめん。本当の事を言えば巻き込んでしまうと思ったんだ。だけど、あの後……こんなに巻き込まれるとは思いもしなかったし」

「……ふふ。嘘です。怒ってませんわ」

 慧理那はクスクスと笑った。こちらもまた、ポーズだったようだ。

「――なぁ、一つ提案があるんだが?」

 総二は鏡也に、そしてトゥアールに視線を送った。それを察し、鏡也は壁際にある格納棚に向かった。

 そこには一つのボックスがあった。それを手に取り、総二に見せる。

「これだろ?」

 総二が頷いて返す。

「トゥアール。このテイルブレスを会長に託して良いか?」

「総二様、それは詰まるところ、慧理那さんを新しいメンバーにするという事ですか?」

 意思を確認するトゥアールに、総二が強く頷く。

「会長は奴らに狙われるぐらいのツインテールだ。なら、きっとテイルギアを使える筈だ。だからって積極的に参加して欲しいわけじゃない。これからも奴らに狙われるなら、自衛手段ぐらい無いと不味いだろ?」

「待ってそーじ。だからって一般人にテイルギアを渡すのは危険なんじゃない?」

「会長なら、悪用なんてしないさ。ツインテールを見ればわかる」

「そもそも、愛香さん以上に持ってて危険な人はいないでしょう?」

 吐かれた言葉の通り、命の危険に晒されたトゥアールを尻目に、鏡也はボックスを開けた。

「これが……テイルギア」

 黄色い、真新しいブレスに慧理那が目を輝かせる。

「鏡也君、私に嵌めて下さいますか?」

 

「うはーーーーー! 何ですかっ! そのギャップ発言!? 一ヶ月前の私もそれを言えば良かったぁああああ!」

 

 トゥアールが何故か、意味不明な雄叫びとともにブレイクダンスしていた。

「ごめん、ちょっと待ってて」

 鏡也はトゥアールのダンスをブレイクしてから、改めてテイルブレスを慧理那の手首に嵌めた。自身の腕に収められたそれを愛おしそうに撫でる。

「これで私も変身できるんですのね?」

 鏡也は念の為、このテイルギアはまだちゃんと動くか分からない。愛香が試した時は全く反応しなかった事も、包み隠さず伝えた。

 それでも慧理那的には問題ないらしく、笑顔だった。

「では早速……ところで、変身の掛け声などはどうなっていますの?」

 試そうとする慧理那が、ふと手を止めて総二に尋ねた。

「俺達はテイルオン、で変身してるけど……なくても大丈夫らしいけど、あった方がやりやすいし」

「それは絶対必須ですわ! では、ポーズなどはどうしてますの? 観束君と津辺さんで、共通? それとも別々? それとも基本ポーズをアレンジしている感じですの?」

「いや、そういうのはないけど。そもそも、秘密にしなきゃいけないから変身してから出動だし」

「ですが、そういうのは気合の入り方が違うと思いますし、あった方が良いのではないでしょうか!?」

「そ、そうかな……そうなのかな?」

 グイグイとくる慧理那に、総二は押されっぱなしだった。その様子に鏡也は諦めに似た顔をした。目をキラキラとさせたハイテンション状態。特撮モノを見た後それについて熱く語り尽くす時の目だ。

「姉さん、それより変身しないの?」

「え? えぇ、そうでしたわ。では―――テイル、オン!」

 慧理那は数度の深呼吸の後、胸の前にリングを持ってきて、凛々しく叫ぶ。だが、何時もならばすぐに起動する筈のテイルギアが、動かない。

「あ、あれ? 動かない?」

「やっぱり失敗作? やっぱりあたしのせいじゃ」

 などと無意識に呟いたその時、ブレスから光が迸った。それはあっという間に光の繭〈フォトンコクーン〉を構成。その向こうから姿を変えた慧理那が現れる。

 

「これは……」

「まぁ……!」

「あ……あぁ!?」

「なんだか、母親似って感じが強まったな」

「これが……私?」

 慧理那はすっかり見違えた自分の体を確認する。小学生にも間違えられていた身長はすっと伸び、愛香よりも頭一つぐらい大きい。声も若干の落ち着きを響かせる。

 何より、そのスタイルだ。黄と白の重装甲に包まれたその体は、出るところはしっかりと出ていて、引っ込むべきところは引っ込んでいる、女性らしい体幹に変わっていた。

「お、大きくなってる……きょにゅうになってる……あたしよりちいさかったのに……」

 その姿を見て、愛香は愕然としていた。まるで夢遊病者のように慧理那の胸に手が伸びる。

「ほ、ほんとうにおおきい……まぼろしじゃない……幻じゃない!!」

 ガバッ! と、愛香が土下座した。そして在らん限りの力で叫んだ。

「お願いです会長! あたしのギアと交換して下さい!!」

 

「黄色の鎧――テイルギア、でしたわね。私はさしずめ、テイルイエローでしょうか?」

「武器は銃火器ばかり。まさに全身武器庫(ヘビーアームズ)だな」

「残念ながらナイフは無いけどな」

 慧理那改めテイルイエローの武装を色々調べる総二と鏡也。

 愛香は慧理那にブレスの交換を見事に断られ、トゥアールと「あんた! 机上の空論だって言ってたじゃない! どうなってんのよ!?」「知りませんよ! こっちだってビックリしているぐらいなんですから!」「うるさい! だったら今すぐアンタのその無駄なものを寄越しなさいよ!」「無駄と思うなら潔く諦めたら良いじゃないですか!」「諦められるかぁあああ!」「ぎゃあああ! ちぎれるぅううう!」などと仲良くじゃれ合ってる。

「さて、そろそろ変身を解こう。もう結構遅い時間だし。門限もあるでしょう?」

「そうですね……えっと、どうすれば?」

「変身と逆のイメージかな? 元の格好に戻る、みたいな」

「こうですか……んっ」

 慧理那の体が再び光に包まれ、元の姿に戻った。そうして自分の体を確かめるように動かしてみている。

「不思議ですわね。本当に元通りになるなんて」

「ならないと、総二は一生、幼女のままだけどね」

「おいバカ。縁起でもないこと言うなよ」

 

 

「――さて、お嬢様への話も終わったところで、本題に入ろうではないか」

「は?」

 尊が突然、そんなことを言い出した。すでに話は終わっているので、その意味が理解できず、誰ともなくそんな反応だった。

「何をとぼけている? 当然、ナイトグラスター様の事に決まっているではないか」

 凄い爆弾が落とされた。

「君達ツインテイルズと共に戦うナイトグラスター様の事を、まさか何も知らない筈がないだろう?」

「え、えっと……」

 総二は言葉を詰まらせた。これは予想外の展開だ。このまま慧理那の事だけで終わると思っていただけに不意打ちに近く、頭がうまく回せない。

「あー、ナイトグラスターの事ですかぁ? 知ってますよ色々とぉ」

「本当か、トゥアール君!?」

 トゥアールがいきなりそんなことを言い出し、尊が食いつく。トゥアールの口元がいやらしい笑みに歪んでいるのを鏡也は見逃さなかった。

「ごめん、尊さん。トゥアール、ちょっと来い」

 鏡也は尊を制して、トゥアールの襟首を掴んで隅っこまで引きずっていく。

 

「で、何ですか?」

 全てを分かっていながら、ニヤニヤしながら訊いて来るトゥアール。鏡也はただ一言告げる。

「余計なことを言うな」

「余計なこと? ……あぁ、ナイトグラスターの正体とか正体とか正体の事ですか? でも、人の恋路を邪魔するような悪趣味はありませんし、ああいった一途な想いは好感が持てますよね~。決して『このままくっつけられれば、総二様を狙う邪魔者を排除できる』などとは思っていませんよ?」

 真摯な瞳で本音をダダ漏れさせるトゥアール。彼女の排水処理関係は欠陥構造らしい。

「もう一度言う。余計なことを教えるな」

「おやおや、そんな態度を取ってよろしいんですか? あなたの運命は、正に私の舌先三寸なんですよ。愛香さん程ではないとはいえ、鏡也さんにも散々やられてきましたからねぇ」

 圧倒的優位を語るトゥアール。愛香ならばここで暴力の一つや二つや三つや四つでも振るって黙らせたであろうが。鏡也はそんな事はしなかった。

「トゥアール。もしも彼女に正体を知られたら、その時は――」

「何ですか? どんな理不尽にも私は確固たる態度で――」

 

 

 

「お前を一生、愛香なしでは生きられない体にしてやる」

 

 

 

「…………………ふっ。なんですか、それは。もしかして、それで脅しているつもりですか?」

 トゥアールがゆっくりと動く。

「私が、そんな脅しに屈するなどと……本気でお思いですか? 舐められたものですね」

 鏡也の顔を見ながら、左膝をつく。次いで右膝。背を正して正座の姿勢になる。

 

「調子に乗ってマジサーセンしたぁああああああああああああああああああああ!!」

 

 盛大に土下座した。軟素材の床に額をゴリゴリと擦り付け、そのまま思考を停止して床と一体化しそうな勢いだ。

「一体どうしたんだ、トゥアール君? ナイトグラスター様のことを早く教えてくれ!」

 いきなりの土下座に驚きながら駆け寄った尊は、それはそれとしてナイトグラスターの事を改めて尋ねる。

 こうなって困るのはトゥアールだ。後から鏡也の素敵な視線を突き刺さり、冷や汗が止まらない。

 だが今更、尊を止めることも出来ない。なので、トゥアールは苦肉の策を取った。

 

 

「…………と、いうわけで私達と一緒に戦ってくれているんです」

 トゥアールは以前、鏡也がした説明をアレンジして伝えることにした。

 ナイトグラスターは自分と同じように異世界からやって来た。故郷の世界をアルティメギルに滅ぼされ、それ以来たった一人で戦ってきた。

 ある偶然から、彼にテイルギアを作った。そしてこの世界で偶然出会い、アルティメギルの侵略に、共に立ち向かうことになった。

 この世界の何処に居るのかは、自分も把握していない。ボロが出ないように簡潔にそう伝えた。

「…………」

 話し終えると、尊は俯いたままだった。ただひたすら沈黙していた。怪訝そうに見やる全員の視線を受けてか、尊が肩を震わせた。

「っ……! 何ということだ。あの方に……そんな悲しい過去があっただなんて。そう言えばあの優しい眼差しの奥に、隠し切れない悲しみの色が見えたような……還るべき故郷も、家族も喪い、それでも戦い続ける……あぁ、今すぐにあの方の悲しみを癒やしてさし上げたい!!」

 むせび泣き、己をギュッと抱きしめる尊。ここは既に彼女の一人舞台だ。その際、尊の胸がグニュッと歪んだのを、愛香がチベットスナギツネのような瞳で見ているのが印象深い。

「ふぁ……」

 と、慧理那が大きなあくびをした。我に返った尊が時間を確認する。

「む、もう八時か。お嬢様は九時には眠たくなられるのだ。そろそろお暇しましょう、お嬢様」

「えぇ……そうですわね………」

 慧理那は口では何とかしっかりしようとしているが、既にうつらうつらと船を漕ぎ始めている。このままパタッと行く前に、尊が慧理那を抱き上げた。

「今日は色々とすまなかった。後日、改めて……そうだな、部室ではどうだろうか?」

「わかりました」

 これ以上、まだ何かあるのかという恐怖があったが、この場をさっさと済ませたいので誰もツッコまない。

「皆さん、ごめんなさ…い………くぅ」

 慧理那の頭がとうとう、カクンと落ちた。

 

 尊は慧理那を連れて帰ったので、今日はこれで解散となった。

 ただ、鏡也は一言。しっかりと残すのを忘れなかった。

「俺がナイトグラスターと言うのは、トップシークレットだからな。ばらした場合、お前達の大切にしている”アレ”をバラすからな」

「何だよそれ」

「あたしにはバラされて困るものなんて」

「ほう? ならば……」

 鏡也は二人に耳打つ。二人の顔が見る間に青ざめた。

「「何でそれを知ってる――――!?」」

「さぁ、何でかな?」

 不敵に眼鏡を光らせる鏡也に、戦慄を禁じ得ない二人であった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 基地に帰還したリヴァイアギルディとクラーケギルディ。両者は早速、睨み合いを繰り広げていた。

「貴様というやつは……何だあのザマは! 誇りあるアルティメギルの恥を晒しおって! 貧乳は思考まで薄っぺらいのか!」

「何だと!? 巨乳のような軟派な者には我が騎士道が理解できるものか!」

 ビリビリとぶつかり合う覇気が、周囲の壁を激しく叩く。その中に割って入る様に、エレメリアンが駆け込んできた。

「クラーケギルディ隊長殿! リヴァイアギルディ隊長殿!」

「何だ、今大事な話を――」

「たった今、ダークグラスパー様が、ご到着なされました!」

「何だと――!?」

 昨日の今日での到着。リヴァイアギルディ達は急いでデッキに向かった。既に船は到着しており、基地との連結を終了していた。

 カツン。と、床を打つ足音。集まっていたエレメリアンたちの視線が集中する。巨大な圧を掛けられたかのような強烈な属性力。

「あ、あれが……ダークグラスパー様?」

「馬鹿な……あれは」

 フード付きのマントで小柄な体躯を覆い隠しているが、それでも隠せない。

「人間、だと……!?」

 僅かに覗く黒い鎧。それを纏う者――ダークグラスパー。それは間違いなく、人間の少女であった。

 

 

 

 

 

 

 

「っ……!? なんだ、今の感覚は……?」

 夜空を見上げながら帰路についていた鏡也に、不意に奔った感覚。それはまるで目も眩むような闇に襲われた様だった。




最近、尊さんを書いていると楽しくなってきた感。

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