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「ええい! いつまで不毛な争いを続けていれば気が済むのだ!」
アルティメギル基地内に、リヴァイアギルディの怒号が響く。
「埒が明かぬ。一体何日、こうして無駄に話し合いを続けねばならない。まして昨日などはゲームのキャラまで出して、しかもそれが男の娘。巨乳貧乳以前の問題ではないか!」
基地では、対ツインテイルズの為に部隊統一を図る会議が連日、行われていた。
クラーケギルディ隊のクラブギルディ。リヴァイアギルディ隊のバッファローギルディ。両部隊の実力者が容易く撃破されたことで、危機感を強めた彼等が結束のために部隊統一に向かうのは自然な流れであった。
「昨日も、タイガギルディ隊所属の者が出撃し、返り討ちにあったそうだな。どうなのだ、スパロウギルディ?」
「それは私が許可を出したものです。タイガギルディ隊長の仇をこの手で。と、直訴してきたのです」
「結果が結果では目も当てられん」
クラーケギルディは首を振った。
「これ以上続けても良い結論はでんだろう。一度、部隊統一の話は白紙に戻し、個々での制圧を行うしかあるまい」
「それしかあるまい」
リヴァイアギルディはそう結論づけた。それは将としての苦渋の決断であった。その結論をクラーケギルディも認めた。
「お待ち下さい! ツインテイルズ、そしてナイトグラスターは脅威! 故に力を結集せねば! 時間が掛かろうとも話し合いを」
「そうして続けても何も変わらぬ」
クラーケギルディが部下の言葉を遮った。
「俺の腹心たるバッファローギルディが容易く倒されたことで、ツインテイルズがどれ程か承知している。もっとも、バッファローギルディが腑抜けてあったことにも失望しているがな!」
死者を厳しく断じ、リヴァイアギルディが席を立つ。足音も荒く、会議室を後にしようとするその背に、然し誰も憤りを覚えない。
自身を強く縛り付ける触手が、彼の本音を雄弁に語っていたからだ。
「た、大変です!」
その時、一人のエレメリアンが会議室に飛び込んできた。そのただならない様子に、会議室が騒然となる。
「静まれ! 一体何事だ!」
クラーケギルディの一括が、場を静まらせる。その威圧に飛び込んできたエレメリアンも、息を呑んだ。だが、それでも緊急の報告をしなければと、何とか言葉を吐き出す。
「た、ただいま……こ、こちらにダークグラスパー様が視察に来るとの連絡が!」
「何だと!?」
それに真っ先に反応したのはリヴァイアギルディだった。ザワザワと、会議場が動揺に染まっていく。
「それで、何時頃のご到着なのだ?」
「それはまだ……明日かもしれませんし、遙か先の話かも。何分、飛び込みの情報なもので」
「そうか。ご苦労。下がって良い」
「はっ。失礼します」
一礼し下がるエレメリアン。会議室は未だ動揺の中であった。
「やはり見咎められたか……? 噂には聞いたことのある、闇の処刑人。部隊を持たず、単身世界を渡る戦士。その使命は反逆者の処罰と聞く」
「かつてフマギルディ殿が務めていた任務を、何時からか引き継いだ猛者。その漆黒の姿からいつしか、〈闇の処刑人 ダークグラスパー〉と呼ばれ、恐れられるようになったと」
リヴァイアギルディ、クラーケギルディはその存在を語った。だがクラーケギルディはその存在を信じているわけではない。そういった存在を示唆することで部隊の引き締めを行っている。噂は尾ひれの付いたものだと思っていた。
フマギルディのその強さを知るがゆえに。あれを超える者が早々在る筈がない。
どちらにせよ、噂であるに越したことはない。しかし、この状況が首領によく思われてないという事実でもある。猶予は余り残されていない。
「どうするリヴァイアギルディ? こうなれば我らが出て、直接手の内を見るというのは?」
「小手調べか、面白い。良いだろう」
遺恨はあれど、これ以上の醜態を晒すわけにも行かず。まして、部下たちの手前、ダークグラスパー降臨の前にいがみ合うわけにも行かず。
両隊長は自ら出撃する選択を選ぶ。
クラーケギルディは会議室を後にし、廊下を歩いていた。会議はまとまらず、挙句がダークグラスパー降臨だ。心労もたたり、騎士然とした風貌の奥には中間管理職特有の気疲れが見える。
「気苦労が絶えませぬな」
「……貴様か、フェンリルギルディ」
柱の陰から出てきのは狼のような容姿をしたエレメリアンであった。その鋭い瞳は隠し切れない野心に爛々としている。
クラーケギルディはこのフェンリルギルディを警戒していた。会議に参加せず自由奔放に振る舞うその姿。そもそも、ここに居ることも自分の部隊から外れての事だ。処罰を受けていないのも、部隊統合のゴタゴタ故だ。
「勇猛と名高きドラグギルディ様を倒し、魔神とさえ称されたフマギルディ様を退け、そして今またリヴァイアギルディ様、クラーケギルディ様という実力者を呼ぶ程の事態。それ程の強者であるツインテイルズ、そしてナイトグラスターに私も興味が湧くのです」
「控えろ。幹部を狙っているのは理解できるが、功を焦れば碌な結果にならぬ」
「誰にも理解出来ぬ属性力ゆえ、邁進する姿が焦りにも見えましょう」
「何……?」
そう言って取り出したのは――下着だった。
「我が属性力〈下着〉は端から爪弾きなのです。体操服や学生水着は正で、下着は否と、話し合いの土俵にさえ上がれない。巨乳も貧乳も、下着に包まれるものであるというのに……何と古い。私はアルティメギルに新しい風を吹き込みたいのです。私という、次世代のエレメリアンによって」
「確かに若いな。好きにすればいい――我らの邪魔をせぬ限りはな」
若さゆえに突き進もうとする血気に逸り、孤独故に焦るを認められぬほどクラーケギルディは狭量ではない。
「――私はツインテール属性もそろそろ不要と思っております」
「貴様――!」
だが、そんな言葉まで見過ごせるはずもない。
ツインテール属性。それはアルティメギルの根幹だ。反射的に腰の剣に手が伸びていた。
「お聞きを。今のアルティメギルはまずツインテールがあり、その上で個々の属性力。。いかにツインテールが最強でも、これでは効率が悪い。ならばもっと個々の求めるものを優先し、のびのびと戦えるほうが効率も上がるというもの」
確かに、それならば部隊の士気も上がるだろう。だが、アルティメギルのエレメリアンはツインテールもまた愛しているのだ。そんな思いさえ、野心が塗り潰してしまったのかと、クラーケギルディの胸中を言い知れない虚しさが過る。
「それが”新しい風”とやらか。存外、小さい野心であったな。……忠告する。ツインテール属性を軽んじることだけは慎め」
「忠告痛み入ります。あなたの邪魔は致しません」
フェンリルギルディは深々と一礼した。クラーケギルディの忠告をどう受け取ったのか、フェンリルギルディは背を向けて去っていく。
「む?」
気付けば自分の手に何かが握らされていた。小さめの布のようだ。
「これは……ブラジャー? しかもAカップの物だと」
クラーケギルディは指先に感じるシルクの感触とともに、フェンリルギルディの背を見やった。
「切磋琢磨する相手すらおらず……か」
断裂した部隊の中、野心に燃えて踏み出されるその足は、然し何者よりも孤独の音を響かせていた。
◇ ◇ ◇
属性力変換機構。エレメリアンから入手した属性玉を使い、様々な能力を発動させるシステム。テイルギアの特性の一つで、対アルティメギルの切り札の一つだ。
敵を倒した分、戦力を増すことが出来るこのシステムは頭数で劣る総二達には必須のシステムであるが、欠点もあった。
「属性力変換機構――! 〈巨乳〉!! エレメリーショォオオオン! キョニュゥウウウウウウ!」
バッファローギルディを倒して、基地に戻ったツインテイルズ。変身を説いた二人を尻目に、テイルブルーのままの愛香はその手にした属性玉を高々と掲げた。
属性玉〈巨乳〉。それを使って巨乳になろうという目論見だった。だが、どれだけ使おうとしてもうんともすんともない。愛香の慟哭だけが基地に響き続ける。
トゥアール曰く、属性力には純度があり、元々備わっていた物に後から別の属性が加わると、元の属性の純度を弱めてしまうらしい。その結果、属性力を発動出来ないらしい。
また、使用者との相性にもよって使えないものもある。レッドはそもそも使用していないので不明だが、ブルーは事務制服、ハイレグβが使用できない。
さめざめと泣く愛香に、総二が声を掛けた。
「愛香。いい加減に諦めろよ。大体、属性力変換機構使って、兎耳属性で兎耳生えたか? 名前通りの効果なんて出ないって」
「それでも! それでも……諦められないのよぉ!!」
「哀れすぎる」
ガックリと崩れ落ち、慟哭する愛香。巨乳という名の幻想に取り憑かれ惑わされた哀れな姿を、鏡也はもう見ていられないと自宅に帰るのだった。
そんな愛香がトゥアールの新型ギアの話に飛びついたのも仕方ない話である。
そして、時は今に戻ってツインテイルズ地下秘密基地。
「これが……新型テイルギア!」
「はい。ドラグギルディから入手したツインテール属性と、バッファローギルディの巨乳属性を掛け合わせたハイブリッドギアです。理論上、これならば純度が低くても、身体的変化ぐらいなら十分に可能な筈です」
そう言ってトゥアールが差し出したボックスを開ける愛香。そこには真新しい黄色のリングが収められていた。
首を伸ばして鏡也が覗き込む。デザインは総二達の物と同じ。色以外に相違は見受けられない。
「これが新型なのか? 見た感じ、総二達のと違わなそうだが?」
「待機状態には違いはありませんよ。そもそも、認識阻害をかけるのにデザインを変える必要もないですから」
「それもそうだな」
「それじゃ、早速……」
愛香はブルーのリングを外し、黄色のリングを装着した。ドキドキとする胸を押さえ、大きく深呼吸。
「愛香さん、押さえる程胸ないんですからさっさとして下さい」
「そうね。そうするわ」
さっさとトゥアールの胸を力尽くで押さえ付け、愛香はテイルギアをかざして力いっぱい叫んだ。
「――テイルオン!!」
オン……オン………オン……………。
愛香の叫びは虚しく辺りに響き渡った。何度も、何度もテイルオンと叫ぶ愛香。だが、新型ギアは沈黙し続けた。
「なんで……どうして……!?」
ガックリと崩れ落ちる愛香。その光景は正に悲惨そのものだった。
「ちょっと、どういうことよトゥアール!? 全然動かないじゃない!」
「そんな筈ありません! 変身だけは、絶対に出来る筈です!! ……あ」
「変身”だけは”……? それ、どういう意味かしらトゥアール? 詳しいところ、聞かせてくれるかしら?」
「ひゃああああああああ!?」
脇固めからチョークスリーパー、フェイスロック、アキレス腱固め、バックブリーカー、腕ひしぎ逆十字、止めにスピニング・トーホールド。
王者の技のメドレーリレーという肉体言語による話し合いは一方通行で終わった。
「もしかして、最初に使ったギアじゃないと変身できない、何てことはないのか?」
総二が思いついたことを尋ねた。だが、それを鏡也が否定した。
「それはないだろう。仮にギア側にそういうのがあるとして、ならトゥアール以外に青のギアは使えないだろう? 大体、装着者が負傷jなどでギアを使えない状態になったらどうするんだ? 一々、最初から作り直すなんて馬鹿らしいだろう?」
「まぁ、そうだけど……」
「……た、確かにテイルギアにはセキュリティを掛けてありますが、そもそも、テイルギア自体が最高の属性力がなければ使えないんです。なのでそういった類のシステムは搭載されていません」
流石に復活まで時間がかかったトゥアールが説明を入れる。だが、床を這いずってる辺り、ダメージの根は深い。流石は
「なんでしたら、総二様が使ってみますか? もしかしたら幼女にならないかもしれませんよ?」
「俺が……?」
総二は言われ、無意識に自分の手首を見た。そして、少しだけ頷いて顔を上げる。
「俺は良い。俺は、これが良いんだ。トゥアールの
「総二様……」
「きっと、愛香が変身できなかったのもそういう事じゃないかな? 愛香自身、無意識にトゥアールのギアじゃないとダメだって思ってるんだよ。だから変身できないんだ。試さなくても、俺にもそのギアは使えないよ」
総二の瞳には口先のごまかしの色など無かった。心からそう思っている。
属性力の根幹は心。それ故に、今のギアに心――思い入れがあるから、安易にギアの使い回しが出来ない。
トゥアールが自分の想いを糧にしたテイルギアと、孤独に戦い続けた記憶のテイルギア。自分自身がかけた絶対のセキュリティのようなものだ。
「……そうね。気軽に着替えられるようなものじゃないのよね。これを着ける時の覚悟も、そんな軽いものじゃないんだから」
愛香は青のギアをその手にして、深く息を吐いた。その顔は憑き物が落ちたように爽やかだった。
「確かに幼女にならないってのは魅力的とは思うけど、それじゃやっぱり見合わないよ。新しいギアは、何かの時のためにとっておいてくれ」
「わかりました。では、このギアは仕舞っておくことにしましょう」
愛香の手からギアを受け取り、総二はトゥアールに返した。それをボックスに戻したトゥアールは静かに語った。
「正直に言います。本当は身体変化なんて机上の空論だったんです。ただ、日頃の仕返しに変身しても貧乳のままの愛香さんを「異世界の超科学を持ってしても愛香さんの貧乳は治らなんですよゲハハハ」とか笑ってやろうと思っていただけなんです」
「それならあたしだって。目的のものを貰ったら速攻でボッコボコにして、今までこき使われてバカにされてきた分、心臓が鼓動しているかどうかの瀬戸際を反復横跳びさせてやるつもりだったし、お互い様よ」
「愛香さん……」
「トゥアール……」
互いに見つめ合い、その心の奥底を暴露する二人。何やらいい感じに纏まったようだ。
「なぁ、鏡也?」
「何だ?」
「人生、何があるか分からんもんだな」
「そうだな。一歩間違えばこの基地は、暗黒のトーテムポールも真っ青な惨劇の舞台と化していた訳だ」
「バタフライ・エフェクトの更新が入ったかもな」
惨劇は回避されたが、お互いの今度の付き合い方に決定的な溝ができた瞬間であった事は見ないことにする二人であった。
その時、エレメリアンセンサーがけたたましく反応した。
「これは……ドラグギルディ級の反応が二つ!? どうやら敵方の部隊長が現れたようです!」
ドラグギルディ級。総二の脳裏に嘗ての死闘が蘇る。それは絶望的な状況だった。
「場所は……都市部。ここには確か、大型のプラザホールがあったな」
「そんな処に……急ごう、皆!」
「よぉし いまなたどんな奴にも勝てる気がするわ!」
だが、そんな状況にも悲壮感はない。受け継いだ想い。その重さを改めて知った今ならば。
期待の新型ギアは役立たずに終わってしまったが、それでも問題など無かった。
「「テイルオン――!」」
「グラスオン――!」
変身を遂げ、強敵の待ち受ける地へ。
「皆さんどうか気を付けて」
「行ってらっしゃい、総二~愛香ちゃん~鏡也くん~」
転送装置に乗り込む三人。戦場に向かう直前、鏡也はずっと思っていたことを口にした。
「なぁ、今更だが……”あれ”は何だ?」
「言うな!」
視線の先には、何故か悪の女幹部のコスプレをした未春の姿があった。製作期間一ヶ月の力作らしい。
息子の前でコスプレする母親という心をへし折りそうな光景に総二は耐えながら、光の奔流に呑み込まれるのだった。
◇ ◇ ◇
光が弾け、風景が還る。
「この摩天楼を闊歩する巨乳のツインテールはおらぬか!」
「違う! 正しき貧乳ツインテールを求めるのだ!!」
ズザ―――――ッ!!
現着と同時に、ブルーが赤い梯子車ロボットのように着地を失敗して盛大に滑っていった。
「おい、大丈夫かブルー!?」
『うわぁ、引っかかるものがないと良く滑りますねぇ』
「……何なのよ! なんで今回の奴らはどいつもこいつも乳乳乳なのよ!」
「いや、昨日の奴は違っただろう? 姫騎士とかだったじゃないか」
「それでもよ! もう……嫌だぁ……」
さっきまでの決意が挫けそうになりながら、ブルーが起き上がった。
「落ち着け。今までだって変態ばかりだっただろう? スク水とか、ブルマとか」
「あたしは乳を力に変える全てが許せないのよぉおおおおおお!!」
ナイトグラスターの慰めも、今のブルーを救いはしない。むしろ傷口に粗塩だ。
「現れたな、ツインテイルズ! そしてナイトグラスター!」
二体のエレメリアンはレッド達に気付き、その獰猛な爪を向けんとする。
「おお! 生テイルレッドたん! がんばれー!」
「きゃー! ナイトグラスター様ー!」
「……まずいぞテイルレッド。催し物のせいで人が多い。ここで幹部級と戦うのは被害が大きくなり過ぎる」
「くそっ。エレメリアンは人に危害を加えないなんて妙な安全神話のせいかよ」
元々、エレメリアンの目的は属性力。それを奪うために人を怪我させたりしないようにするのは組織としての掟らしい。そのせいで避難どころか、そのまま見物しようとする野次馬が集まってくる始末だ。
普通のエレメリアンならまだしも、幹部級との戦いとなれば戦禍の拡がりは抑えられないだろう。
「我が名はリヴァイアギルディ。……ぬう! テイルレッド。そのツインテールの何という美しさよ! 巨乳に魂を捧げた我が心さえ、激しく揺さぶるか! 正に三千世界に轟く美貌! 惜しい……成長した姿であれば、天の川を飾る煌星の如き巨乳が彩っていたであろうに!」
「妄言を! 彼女の美しさは既に完成しているではないか! 巨乳などという無駄なもの……神の造形を汚す愚行と知れ! それにもう一人のツインテイルズは……」
「あーはいはい。テイルレッドテイルレッド。もう良いわよ……どいつもこいつも」
すっかり不貞腐れながら、ブルーはのそっと立ち上がる。相手にされないのもいつもの事だ。ならさっさと片方を――と、その時、顔に影が差した。
「ブルー!」
「え……?」
顔を上げれば、エレメリアンの一体がブルーの眼前に立っていた。完全に油断していたブルーは隙を晒していた。
「まずい! 今行く――」
「――美しい」
「「「―――は?」」」
余りにもいきなりな発言に、駆け出そうとしたナイトグラスターの足も止まる。
だが、一番驚いているのはテイルブルーだ。見間違い聞き間違い勘違いでないならば、その言葉は自分に言われているからだ。
『え、何ですかこの事態は? アルティメギルではどっきりカメラでも流行ってるんですか??』
通信越しのトゥアールの声も、動揺に震えている。それ程の恐るべき事態だった。
だが、そんなのはまだ序の口だった。何を思ったか、エレメリアンは膝をつき、ブルーの手を取った。
「美しい。テイルレッドが神の造形ならば、貴女はさながら美の女神そのもの。夢にまで恋い焦がれた人がよもや敵だったとは……なんという神の悪戯か」
「え、え、えぇ……!?」
「我が名はクラーケギルディ。我が剣を貴女に捧げたい。我が心のプリンセスよ!」
「アンタ、気は確かなの!?」
今までにない展開にブルーの思考は停止寸前だった。ちなみにトゥアールの思考は既に停止している。
「幾多の世界を巡り、然しこのような気持ちになったのは初めて! どうか、我が愛を受け取って頂きたい!」
「え、えぇえええ……」
「クラーケギルディめ。また悪癖を晒しおって。騎士道を慮るが故に、ああなったら止まらんぞ」
リヴァイアギルディは苦虫を噛み潰したように顔をしかめ。首を振った。
「――それ以上は、遠慮願おうかエレメリアン」
「きゃっ」
ブルーの肩に手が置かれ、強引に引っ張られる。そしてそのままグルリと体を回された。
「貴様! 私とプリンセスの間に割って入るとは何という無礼者よ!」
「黙れ。騎士ならば首領にでも捧げていれば良かろう。それとも騎士の剣はそれ程に尻軽か?」
「ふざけるな! 忠誠を誓う場において、首領様は
「面白い。私も騎士を名乗る者。その挑戦、受けて立とう!」
クラーケギルディが腰に下げた剣の柄を握る。ナイトグラスターも、フォトンフルーレを抜き放つ。ビリビリとした気配がぶつかり合う。
「え、ちょっと……あたしを巡って争わないでって!」
「ブルー。微妙に嬉しそうだな」
『総二様。あれが女の顔というものです。口では何とでも言えますが、ちょっといい顔されるとすぐに図に乗るんですよ。ああいうのを本物のビッチというんです。さ、一緒に幻滅しましょう』
「いや、幻滅も何も……なぁ」
いつもの二人を見ているから、女性に対しての幻滅なんてレッドには今更な話だった。
そうこうしてる間にも、ブルーを巡る(?)騎士の対立はクライマックスだ。
「クラーケギルディ。我が騎士の剣にかけて、お前を斬り捨てる! ブルーは下がってるんだ」
「ナイトグラスター。我が騎士の剣に懸けて、貴様を排除する! しばしお待ち下さい――」
「いや、だから――」
「最高の貧乳を持つ、我がプリンセスよ!!」
「…………は?」
ブルーがまるでモダンアートみたいな顔になった。ナイトグラスターは手で顔を覆い、浅い溜め息を吐いていた。どうやら、こうなるであろう事を予想していたようだ。
「貴女と出会い、私は確信した。最高のツインテールを持つ貴女が、天上の星の如き輝きを放つ至高の貧乳を宿している……この奇跡、正に貧乳こそ、ツインテールに相応しいのだと!」
クラーケギルディは尚も愛を叫ぶ。憎しみで人は殺せないが、愛は人を殺せるのかもしれない。ギャラリーの、ブルーを憐れむような瞳は正に凶器だ。
『もしかしたらさっき変身できなかったのは、巨乳属性のせいだったのかもしれませんね。エレメリアンにあそこまで賞賛されるほどですから、きっと愛香さんには貧乳属性が生まれつつあるんです、きっと――ブフ! ブククク………!』
通信越しに、トゥアールの噴き出す声が聞こえる。数分前の結束は何だったのかと問いかければ、きっと幻だったのだと言われそうだ。
「ウソよ。あたしは巨乳になるのを否定なんて……」
『いやいや、無意識のうちにはって事ですよ。やっぱり科学がどれだけ優れても、人の心は分かりませんねぇ。でも良かったじゃないですか。初ファンですよ。しかも猛烈なラブコール付きで。貧乳を受け入れてくれる相手が、愛香さんにはお似合いだと思うんですよ!』
ゲラゲラと笑うトゥアールに、然し愛香は逆に冷静になっているように見えた。レッドはきっとこれがトゥアールの狙いなのだと思った。思いたかった。
「トゥアール。今の内にシャワー浴びておきなさい。――せめて、綺麗な体で逝きたいでしょう?」
『ちょ、総二様それは敵です! アルティメギル以上の脅威です! 総二様、早くぅうううう!』
「すまん。今は目の前のやつだけで手一杯だ」
『なら鏡也さん! 鏡也さん!!』
「お使いの通信は電波の届かないところにあるので、お繋ぎできません」
『ノォオオオオオオ!』
一人の痴女の最後が確定した所で、ブルーが空を仰いだ。
「あーあ。エレメリアンなんてこんなものよね。ねぇ、この辺り更地にしちゃても……保険とかで何とか成るわよね」
「国を破綻させたいなら良いんじゃないか?」
「良くねぇよ! それじゃ本末転倒だ!」
傾国の美女と言うのは聞くが、人類史上物理的に傾国させた人間はいない。もしかしたら地球史に悪名が残るかも知れない事態を、レッドは必死に止めた。
「テイルレッド、がんばってくださいまし――!」
幼い少女の応援の声が届いた。この殺伐とした戦場――主に味方によるものだが――で、それはとても救いだった。レッドがその声の方を向くと――。
「また会長が居るんですけど――!?」
ちびっ子に混じって、何の違和感もなく神堂慧理那が手を振っていた。勿論ん桜川尊もセットだ。
「まずいな。あっちに気付かれると色々と厄介だ。どうする?」
「どうするも何も、守るだけだ!」
色々、に随分と多分な意図が含まれていそうな感じだったが、レッドは聞き流す。
「む、あちらにもなかなかのツインテール。だが巨乳ではないか。ままならぬものよ」
クラーケギルディが慧理那に気づく。しまった、と思うもすぐに興味なしと視線を外した。
「どういう事だ? お前は貧乳属性なんだろう?」
「幼子が貧乳なのは道理であろう。それはつまり貧乳ではない! 貧乳属性を芽吹かせる可能性など、万に一つもない!」
「………………あぁ、そういうことか」
ナイトグラスターは何とも言えない顔をした。よくよく考えれば、慧理那のビジュアルは天然で小学生扱いされるものだった。貧乳属性=幼女属性ではないのだ。その辺り、相当のこだわりがあるらしい。
背後からビリビリと突き刺さるブルーの鬼気に、命の危機を感じつつもナイトグラスターはクラーケギルディに向き直った。
「さぁ、姫よ。我が本気を御覧ください!」
クラーケギルディの体から無数の触手がうねり出た。その姿は海魔クラーケンのようだった。
「これは……ヤバイ!」
その異様に、ナイトグラスターの表情に焦りが生まれた。
「ヒッ――ヒィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!?」
そしてブルーが今までにない、引きつけのような悲鳴を上げた。
「どうしたんだ、ブルー!? ブル――――!?」
「いやぁああああああ! ヌルヌルが! ウネウネで! 触手ううううううう!?」
顔面蒼白。全身にサブイボを走らせ、悲鳴を更に上げるブルー。
「落ち着くんだ、ブルー!」
「いやああああ! いやぁああああああ!」
「何を怯えられるのか、姫! これは我が求愛の儀! 偽らざる愛の証明なのです!」
「ウソよぉおおおお! 触手にプロポーズされたぁああああ!」
「落ち着け! ぐえ……! やめろ……! 力を……抜け!! 折れる……色々と折れる!!」
気付けばブルーの腕がナイトグラスターの体に回されていた。ちょうど、背後から抱きしめるような形だ。テイルギアのフルパワーで、締め上げるそのダメージは筆舌にし難い。
泣きじゃくり抱き締めるブルー。それに悶絶するナイトグラスター。そして更に触手をウネウネさせるクラーケギルディ。
何だ、このカオスな光景は。
今まで空気のようだったリヴァイアギルディが忌々しく舌打ちした。
「興が殺がれたわ。小手調べに来たというのに、それさえ叶わぬとはな」
「いや、興ならだいぶ前から息してなかったと思うぞ?」
レッドは極自然にそう突っ込んでいた。次に息をしなくなりそうなのは、ナイトグラスターっぽかった。
ブルーのベアハッグでナイトグラスター骨格がヤバイ。