光纏え、閃光の騎士   作:犬吉

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ようやっと書き上がった第3話。
原作のお話がメインで、オリジナルが少ないのがなんとも。




「また、助けていただきましたわね」

「助けたっていうか……今回はほぼ、何もしてないですけどね」

 私がお礼を言うと、照れくさそうにテイルレッドは笑った。確かに、アルティメギルの怪人をやっつけたのはナイトグラスターでした。だけど、テイルレッドが駆けつけてくれた時、心の底からの安堵と熱い物を感じました。

 ……もちろん、ナイトグラスターに助けて頂いた事にも感謝しています。忘れてなどおりませんわ。

「……テイルレッド?」

 ふと、テイルレッドの表情が曇っているように見えました。まるで何かに耐えているようで……。

「あ、あの……何度もこんな目に遭って怖いとは思いますけど……でも、絶望だけはしないで下さい。俺……私が絶対に、守りますから」

 あぁ、私が何度も襲われて……だから、責任を感じているんですね。

「大丈夫。怖くなんてありませんわ。だって、信じていますもの」

 そう。あの時――マクシーム宙果の事件で助けてもらった時から、ずっと。そんな私の心が通じたのか、テイルレッドはやっと笑ってくれました。

「あなたがツインテールを愛する限り、私はいつだって助けに行きます」

「っ……ツインテールへの……愛……」

 胸が、締め付けられた。

 神堂家の掟。自分の容姿に対するコンプレックス。私の本当の心。欺瞞に満ちた自分自身に、テイルレッドの言葉が突き刺さった。

「あっ……」

 気が付くと、テイルレッドの指は私のツインテールを摘んでいました。まるで絹布を撫でるように。

 その優しい指使いに、私は思わず身を竦めてしまいました。

「あの……あの!」

「え……あぁ!?」

 まるで気が付いてなかったかのように、慌ててツインテールから手を話すテイルレッド。無意識にツインテールに触ってしまうぐらい、彼女はツインテールを愛しているのでしょう。だって、彼女自身のツインテールも素晴らしい輝きがあるのですから。

「ご、ごめん”会長”! 勝手に触っちゃって!」

「え……? 今、なんて……?」

「レッド、さっさと行くわよ!」

「うえ!? ちょっと待て、うわあああああああ!」

 私が言うのと同じに、テイルブルーがテイルレッドを抱えて一気に飛んでいってしまいました。

 あっという間に小さくなるその背中を見送りながら、私はさっきのことを呟いていました。

 聞き間違い? いいえ、確かに――。

 

「どうして今……私を”会長”と?」

 

 そう呼ぶのは陽月学園の生徒だけ。その筈………です。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 時は連休前に遡る。異空間に浮かぶアルティメギル前線基地。そのドッグに二隻の移動艦が停泊している。それぞれの船の外装には、部隊章が描かれている。

 応援として駆けつけた、リヴァイアギルディ隊とクラーケギルディ隊の船である。

 そして今、二つの部隊は搬入口にて対峙していた。慌てて駆けつけたスパロウギルディの目前で、濃密な殺気を醸し出しながら。

「あ、あぁ……」

 最悪の事態が、最悪の状況で、今正に発生してしまったと、スパロウギルディと、共を務めたスワンギルディは身を震わせた。

 アルティメギルが多くの分隊を抱え、多方面に同時侵攻を行っているのは効率を重視しているからだけではない。

 エメレリアンの自身の属性力に対する強い拘り。それは摩擦を生み、身内同士の争いを誘発する原因となるからだ。特に、反する属性力であるならば尚更である。

 そして、リヴァイアギルディとクラーケギルディは、その相反する属性力のエレメリアンであった。

 片や、細身ながら、引き締められた戦士の体躯。肩の辺りから幾つもの触手を垂らし、腰に一本の剣を携える――貧乳属性の雄、クラーケギルディ。

 片や、竜の如き精強な体躯を股間より生える一本の触手にて巻き、頑強なる鎧とする――巨乳属性の雄、リヴァイアギルディ。

 貧乳と巨乳。同じ部位でありながら、相容れる事無き属性力。その両者が向かい合い、火花を散らしていた。

 

 

「貧ッッッッ!!」

「巨ォォォォ!!」

 

 

 烈帛の咆哮。それはまるで質量を得たかのように、空間全てを激しく叩いた。同時に内壁が軋む音が響く。其処には何かがぶつかった様な跡が刻まれている。

 互いの触手が解かれている。それが目に見えぬ速度でぶつかり合ったのだろう。

「首領様のご指示で来てみれば……何故、時代錯誤の騎士かぶれがここに居る?」

「ふん。侵攻する世界で幾度も情けをかけ、属性力の完全奪取を行わなかった半端者が」

「黙れ。部隊が揃いも揃って同じマントを付けているとは。その嗜好、理解し難いな」

「フン。我が部下たちが要らぬ影響を受けぬよう、口を慎んでもらおうか。巨乳などという、おぞましい属性を吹聴する貴様にはな」

「黙れ。ツインテールには貧乳が似合いなどという、骨董品のような……いや、原始時代の如き旧き考えに縛られる貴様こそ滑稽よな」

 一触即発。先の攻防が児戯であったかのように、二体のエメレリアンが発する属性力は恐ろしいものだった。

「お、お二人共! そこまで! そこまでです!」

 これ以上はまずいと、スパロウギルディが割って入る。それに気付いた二体はその覇気を解いた。

「おお。久しぶりだなスパロウギルディ。息災で何よりだ」

 片手を上げて軽い言葉を飛ばすも、リヴァイアギルディの不機嫌さは火を見るより明らかだ。

「リヴァイアギルディ様。クラーケギルディ様。お二方のご着任、心より歓迎申し上げます」

 深々と頭を垂れるスパロウギルディ。それに倣って、スワンギルディも頭を下げる。

「首領様の命令だからだ。だが、強敵打倒にかこつけて、無能どもの面倒まで押し付けられたようだがな。ま、任務はやり遂げてみせるさ」

「無能? それは自分のことでも言っているのか?」

「………」

「………」

「と、とにかく! 長旅でお疲れでしょう! 今は休息を――」

「無用だ。それよりも二部隊が加われば手狭にもなろう。母艦の連結作業を行うよう。それが済み次第、ツインテイルズの情報を見させてもらおう」

「悠長なことを。我らは既に刺客を送り込んだぞ?」

「抜け駆けか……だが、そんな事でどうにか出来る程度なら、問題もなかろうがな。せいぜい、要らぬ恥を晒さぬようにな」

 リヴァイアギルディは踵を返す。そしてクラーケギルディも基地との連結を行う指示をだすために、自身の船へと向かった。

「そうだ。ドラグギルディの部屋は何処だ?」

「ど、ドラグギルディ隊長のお部屋ですか? 一体、何の御用が?」

 尋ねられたスワンギルディが恐る恐る返す。

「はははは! なあに、戦の前に負け犬の面影でも眺めて大笑いしておこうと思っただけよ!」

「なっ……。その言葉、どうかお取り消し下さい!」

「やめよ、スワンギルディ!」

 諌めるスパロウギルディを、しかし振り切ってスワンギルディは憤怒を漲らせて詰め寄る。

「ドラグギルディ隊長は立派に戦われ、昇天されました。敗れたとはいえ、それは立派に――」

「黙れ、若造!」

 瞬間、スワンギルディが壁に叩きつけられた。

「がは―――!」

「貴様も戦士の端くれなら、敗将の事に何時までも拘らず、剣の一つでも振ってみせろ! 負け犬の跡を継いで同じ負け犬になりたいなら、話は別だがな」

「くっ……!」

 触手をグルリと巻きつけ、ドスドスと足音を立てて行ってしまう。それを苦痛と憤りの視線で見やるスワンギルディに、スパロウギルディが歩み寄る。

「私が弱いばかりに……亡き隊長にあのような辱めを……!」

「そうではない、スワンギルディ。よく見よ、あの後ろ姿を」

「……?」

 言われて、スワンギルディはリヴァイアギルディを改めて見る。そして、ハッとした。

「あれは……!」

「そうだ。口ではどのように言っていても、旧知の友。その死を誰よりも悼んでいるのだ。ただ、それを口にすることもしないだけでな」

 リヴァイアギルディの触手はまるで彼自身を傷めるように、ギリギリとその体を締めあげていた。そうしなければ抑えられない何かを抑えこんでいるようだった。

 それは何処までも厳しく不器用な武人の背中であり、亡き御仁の姿の影でもあった。

 ゆっくりと立ち上がったスワンギルディはスパロウギルディに向き合った。

「……スパロウギルディ殿。あなたなら存じておられましょう。ドラグギルディ隊長の成し遂げた試練……その挑み方を、どうかご教授いただきたい」

「なっ……! 本気なのか?」

「一年続けねば修了となりませんが、それでも出来る限り、続けたいと思います」

「スケテイル・アマ・ゾーン。死ぬかも知れぬぞ?」

「死にません。隊長の意志は……私が継いでみせます!」

 剣を一昼夜振ろうと、先達の歩みに追い付くことなど出来ない。ならば、更なる艱難辛苦を歩み行く以外にない。

 未だかつて、一人しか超えたことのないアルティメギル五大究極試練の一つ。それを成し遂げることで、白鳥は竜の背を追おうと、決意を固める。

 その行末は如何になるか――まだ、誰にも分からない。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 主を喪い、ただ静けさだけが横たわるドラグギルディの部屋。リヴァイアギルディはその中を一瞥した。

 幼女にその背を洗ってもらうことが夢だと常々語っていた友の部屋は、その夢通りに幼女のフィギュアで飾り付けられていた。恐らくは彼の部下が手向けたものだろう。そして埃の一つさえない部屋の中は、今も掃除の手が行き届いていると一見して分かった。

 死して尚、ここまで慕われている旧き友に少しだけ笑みを浮かべ、リヴァイアギルディは机の前に立った。

『どうした、リヴァイアギルディ? 随分と嬉しそうな顔ではないか?』

「………ふん。馬鹿な事を」

 一瞬だけ聞こえた声を一笑に付した。

 エメレリアンに墓標を建てる習慣はない。死とはただ世界に還るだけだ。精神生命体である彼等に、輪廻転生など支えにもならない。

「受け取れ、ドラグギルディ。せめてもの(はなむけ)だ」

 リヴァイアギルディはその机におっぱいマウスパッドを置いた。

 死した者は世界に還り、ただ仲間を見守るだけ。ならば生きている者が贈れる物がおっぱいマウスパッド以外にあろう筈もない。

「お前はツインテールを追い求めた。だが、もう良いのだ。もう休め。そして、巨乳にも目を向けるといい……」

 机に背を向け、一歩。過去を振り返る事なく、進む意思を込めて。

「お前を破った最強のツインテール。それを奪うことで鎮魂としよう」

 部屋を後にしたリヴァイアギルディは、入口前に待機していた部下に指示をする。

「情報を確認次第、出撃だ。準備をしておけ、バッファローギルディ」

「はっ。しかし、急がなくても宜しいのですか? 既にクラーケギルディ隊は」

「問題ない。誰を送ったか知らぬが、相手はドラグギルディを倒し、かのフマギルディ殿さえ退けた者達だ。急ごうと急がなかろうと同じことだ。巨乳属性の力、今こそ示してみせよ!」

「はっ!!」

 バッファローギルディはその身に寄せられた期待に武者震いし、充実した気を発する。その闘気、まさに巨乳()の如し。と、見た者があったならば、感じただろう。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 連休明け。不思議と静かな時間を過ごしたツインテイルズ&鏡也であったが、それは波乱がエナジーチャージしているに過ぎなかったようだ。

 朝。いつもの様にやって来た鏡也が勝手知ったるとばかりに観束家に足を踏み入れれば、何故か対峙するテイルレッドとテイルブルー。

「やめろ、愛香! ツインテールに暴力は振るうな!」

 ついに刃傷沙汰か! と思ったが違ったようだ。

「顔は胴体はいい。だけどツインテールにだけは止めてくれ! ツインテールに攻撃がくれば、躱すぞ!」

「普通は逆でしょ!?」

 状況が全く見えない中、二人は変身を解いた。

「……何やってるんだ、お前ら?」

「ちょっと鏡也、聞いてよ! 総二ったら女装してツインテール見てニヤニヤしていたのよ!? 信じられない!」

「女装じゃないだろ!? それにニヤニヤしているんじゃなくて、ツインテールを見て英気を養ってたんだ! こう、朝早く起きたらツインテールを眺めたいじゃないか! ツインテールは俺達の戦う力の源なんだぞ!?」

「何故だろうな。言ってることは正しいのに、この永遠に交わることのない気配は」

 総二はツインテールそのものに対する想いそのものであり、愛香は総二に対する想いの象徴がツインテールなのだ。似て非なるものだ。

 喩えるならば、横並びで走る蟹のようだ。決して交わることのない未来しかない。

「どーだか。変身したままテイルギア脱いでお風呂に入ろうとしてたんでしょ!」

「いや、風呂に入るなら男に戻るだろ? ていうか、そもそも朝風呂の習慣はないし」

「うっ……!」

 正し過ぎる反論に愛香が言葉を詰まらせる。

「ツインテール談義はともかく、さっさと準備しろ」

「お、そんな時間か? 分かった、準備する」

 総二は洗面所を出て自室に向かう。入れ替わりに入ってきたトゥアールが余計な事を言って愛香のモーニングナックルで死のウェイクアップを強いられていたが、それよりも気になることがあった。。

「そういえば今日から、ウチに入るんだったな。……なぁ、本当に入るのか?」

「え? むしろ入れるより入れられたい側の女子ですが?」

「文字にしないと分からないボケは要らない。だって、ほら……年齢的にあれだろう?」

 今日からついにトゥアールが陽月学園の一員となるのだ。

「何言ってるんですか? 私は総二様と同い年ですよ?」

 その衝撃に愛香と鏡也の思考が停止したのは言うまでもない。意外とか、そういう意味ではない。いけしゃあしゃあと言い切る、その神経にだ。

 

 

「今日から、このクラスに入ることになりました。観束トゥアールです!」

 そして、朝のHRではそれを超える衝撃が待っていた。寄りにもよって、総二たちのクラスに転入してきたのだ。

 事前に――正確には登校の途中だが――聞いてはいたが、その衝撃はやはりデカイ。しかも、堂々と”観束”とまで名乗っているのだ。

 総二が愛香を抑えているが、この不発弾が何時爆発するか。鏡也は気が気ではない。

 事情を知らないクラスメートが盛り上がり、トゥアールが予想通りの反応に愉悦を抱く中、担任の間延びした声が響いた。

「え~。トゥアールさんは~、海外に住んでいた観束くんの親戚の方で~、この度、日本に引っ越されて~、今は観束くんの家に一緒に住んでいるんですよ~」

「ちょっと!? これから思わせぶりに色々と誤解を振りまいた挙句に、細々と誤解を解いていきつつ、結局は解き切れない的な展開を狙っていたのに台無しじゃないですか!」

「お前が色々と台無し過ぎるわぁあああああ!!」

「きゃぁあああああ! 一緒に私の命も台無しぃいいいい!」

 ついに抑えを振り切った獣が、トゥアールの喉元を締め上げた。

「え~と、もう一方紹介するので時間がないんです~。さ、入って下さい~」

「え!? この惨状をスルーですか!? 学級崩壊待ったなしの状況ですよ、これ!?」

 学級の前に自身が崩壊しそうなトゥアールをスルーして、担任がドアの向こうに声を掛けた。ガラリとドアが開き、入ってきたのは――メイドだった。

「本日から陽月学園の体育教師として赴任された、桜川尊先生です~。このクラスの副担任も兼ねてます~」

「うむ、よろしく頼む」

 

「…………」

 

 沈黙が、教室内を支配した。この誰も何も言うことのできない空気の中、一人の女生徒が勇気を振り絞った。

「あの、先生……?」

「何も聞こえませ~ん。何も知りませ~ん」

 容赦なくぶった切られた。その反則を誤魔化すヒールレスラーのような小賢しい顔を見せる担任は、中々に曲者のようだ。

「ねぇ。教師になるのって教員免許居るんじゃなかったっけ?」

「あの人、教員免許持ってるからな。だが、まさか赴任してくるとはなぁ……やっぱり護衛関係か? でも、それならうちの副担任になる理由にはならないな……」

 いつの間にか戻ってきた愛香の問いに答えながら、鏡也は事の経緯を推測する。総二は尊のツインテールに心を濯われてるかのような純粋な瞳をしていた。

「そ、そんな……! 何なんですかこの空気は!? 何でこんな事になって……計算と違う……!」

「今日からの新人同士、宜しく頼む」

 狼狽するトゥアールの手を半ば強引に握る尊。大人の余裕さえ見える。

「皆も知っているだろうが、私は神堂慧理那お嬢様に仕える護衛メイドだ。だが、じっと立っているのをお嬢様が気にされてな。なので学園長と理事長に願い出て、非常勤の教師になったのだ」

「そんなんでいいのか、陽月学園の雇用制度……」

 誰もが釈然としない中、尊は構うことなく突き進む。

「しかし君達は大人しいな。普通なら美人の教師が赴任したらスリーサイズだの彼氏の有無だの聞きたいこと霊峰富士の如くあろうに。生徒会長のメイドだからとて、遠慮はいらんぞ?」

 そうじゃねぇよ。と、誰もが心の中でツッコんだ。声に出していたら、パーフェクトハーモニーを奏でていただろう。

「何を勝手に仕切ってるですか!? ここは私のターンですよ!?」

「そう言うな。君まだこれから質問されるチャンスが幾らでもあるだろう」

「ありませんょ! 今日が唯一無二なんですから!!」

「ほう! その意気や良し! ならば二人同時に質問を受け付けようじゃないか! さぁ、誰かいないか!?」

 全てを受け止めるとばかりに、両手を広げる尊。だが、突けば蛇が出ると分かって藪を突ける者など居ない。尊は教室内を一瞥した。

「む? 熱い視線を感じるな……おぉ、確か君は観束君だったか」

 その視線が総二を捉えた。その瞬間、クラスの空気は一つとなった。

「先生! 観束はツインテールが好きなんですよ!」

「ちょっ!? 誰だ今言った奴は!?」

 速攻で売り払われ、総二が狼狽する。そんな総二の前に、一つの封筒が差し出される。

「そうか。ツインテールがそんなに好きならば……これを受け取ると良い」

「な、なんですかこれ……?」

 怪訝そうに総二が中身を取り出す。そこには婚姻届が入っていた。新婦の欄には当然の如く桜川尊とある。想像できるだろうか。齢15の少年の前に唐突に突き出される婚姻届。それは墓場が足を生やして全速力で突っ込んでくるぐらいの恐怖だ。

 何故、婚姻届なのか。全にして一なる疑問が渦巻く中、トゥアールが叫ぶ。

「何なんですか、いきなり総二様に求婚して!? 私こそ、総二様の婚約者なんですよ!」

 そう言い切ってドヤ顔して見回すトゥアールだが、クラスの沈黙は微動だにしない。

「な、なんですかこの空気は!? こんなの私が夢見てた学園ラブコメとは違う……」

 理想を打ち砕く現実の切なさに崩れ落ちるトゥアール。更に追い打つように尊が婚期を逃した女の理論武装を展開し、クラス中の女子を戦慄させ、また甘い理想を粉々にしていく。更には激昂した愛香が突撃するが、その拳を真正面から受け止め、戦慄させる。

 そんな地獄絵図の中、鏡也は顔を伏せて沈黙していた。眼鏡(本体)も外す辺り、本気で気配を殺しにかかっていた。

「さ、婚姻届は行き渡っただろうか? 自分でもいいし、独身の父兄の方に渡すのも良し。足りなければ幾らでもあるから、遠慮なく申し出て欲しい」

 何故、彼はそんな事をしたのか。それは偏に、いま教壇で熱弁を振るっている尊のせいだ。

「――あぁ、それと大事な事が一つ。とても大事なことがあった」

 わざわざ二度、大事と言い放つ。鏡也の肩がビクリと震えた。

「もし、ナイトグラスター様に出逢ったならば、即座にそれを渡して欲しい。それ以外にも目撃情報、写真、動画……あの方に関する事であるならば24時間受け付けている」

「……理由を聞いても良いですか?」

 一人の生徒が問う。

「そんな事……愛しい方の事は、知りたいものだろう?」

 そう言って頬を染めてはにかむ尊。

「何なんですか、そのメスの顔は!? そんな相手がいるのに総二様に求婚したんですかアナタは!?」

「何を言う! 結婚のために如何なる努力を怠らない。それこそ婚活というものだ!!」

「婚活の幅が広すぎるんですよ!?」

 またしてもトゥアール都の舌戦が始まる。そんな中、総二が鏡也にこっそりと尋ねる。

「お前、あの人に何したんだよ?」

「何したのかなんて……俺の方が聞きたいぐらいだ」

 そう答えた鏡也は、ガックリと肩を落とし、こう零した。

 

「――何故、こうなった」

 




飢婚者に触れるとヤケドどころでは済まない。
いずれは燃え尽きた男みたいになるんで、お気をつけ下さいw

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