光纏え、閃光の騎士   作:犬吉

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長らくおまたせしてしまいました。
今回で、戦闘は決着となります。




 死闘の末、ドラグギルディを倒したテイルレッド。戦いの傷痕深いままの彼女……いや、彼……彼女? が見たものは、フマギルディによって倒された仲間の姿だった。

 怒りのままに振るった刃は容易く弾かれてしまった。それでもキッと睨むレッドに、フマギルディは鼻を鳴らした。

「うぅっ……れ、レッド……」

「ブルー! 大丈夫か!?」 

 地面に落ちたブルーが小さくうめき声を上げた。意識はかろうじてあるようだ。

 すぐに助けに行きたかったが、しかしフマギルディから意識を外すことも出来ない。二人の強さを知っているからこそ、それを返り討ちにした相手に迂闊な動きは取れない。

「さて、抵抗は出来る限り控えてもらえると助かる。無駄な時間は過ごしたくないのでな」

 フマギルディが両手を広げ、黒き炎を燃やす。

「ふざけるなよ! お前達の好きにはさせねぇ!」

 テイルレッドはブレイザーブレイドを掲げ、フマギルディに飛びかかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「う……ぐ……っ」

 朦朧とする意識の中、鏡也は目を開いた。逆しまの世界に映るのは黒い波と、それに翻弄される赤い影。

「くそ……だ!?」

 ベキベキッと枝が折れ地面に落ちる。気だるさが鎖のように全身に絡みついた体を必死に起こす。

「総二……! まずい。このままじゃ……」

 全滅だ。と、最後まで言葉を紡げなかった。一度でも出してしまえば、それが現実になってしまうような気がした。

 だが、現状は最悪のままだ。テイルレッドがここに居るということはドラグギルディを倒したということだろう。だが、その消耗は火を見るよりも明らかだ。動きは鈍く、キレもない。

 ちらりとブルーを見る。地面に倒れたまま、顔だけを上げている状態だ。援護には回れないだろう。

 鏡也は一度、深く溜め息を吐いた。たった一つだけ、残された手段を選ばざるをえない。その決意と覚悟のために。

「トゥアール、聞こえるか? 状況は分かってるな?」

『……はい。今、策を考えてるところです』

「考える、か。虚無の思考時間(シークタイム=ゼロ)なんて名乗ってる割に珍しいこともあるもんだ」

『え、いや……それは』

「ギアのリミッターを外すぞ、トゥアール」

『そ、それは……! ダメです、それだけは絶対に!』

「てことは、考えてはいたわけだな」

『うっ』

 言葉を詰まらせるトゥアール。鏡也はよろめきながら立ち上がった。

「レッドもブルーも、もう限界だ。この中でまだ”余力”があるのは俺だけだ。となれば俺がやるしか無いだろう?」

『でも、それは……!』

「この世界を、俺やトゥアールの世界みたいにはさせられない。やるしかないんだ」

『……ですが』

 トゥアールの言おうとすることはすぐに分かった。テイルギアに掛けられたリミッターを外すということは、属性力が制御を外れて暴走するということだ。そしてその結果がどうなるのかも、他ならぬ彼女自身から説明を受けて知っていた。

 それでも――だからこそ、やらなければならない。

「総二達がいればこの先も戦える。だが、この場をどうにか出来るのは俺だけだ。だったら、やるしかない」

『鏡也さん!』

「それに総二がサシでドラグギルディを倒したんだから、俺もあいつぐらい倒さないと格好がつかないからな。意地ぐらい、通させてくれ」

 しばしの沈黙の後、小さく溜息が聞こえた。

『………。分かりました。ですが、一つ約束して下さい。絶対、無事に帰ってくると』

「分かった。……しかし、勿体ないな」

 思わず頭を振った。通信越しに、トゥアールが怪訝そうに訪ねてくる。

『何がですか?』

「いい女なのに幼女趣味の変態だからな。実に勿体ない」

『でしたらお勧めの物件がありますよ? 津辺愛香さんっていう蛮族の方なんです。胸もないし優しさもないですけど、むっつりエロいので是非どうぞ』

「ほう。後で愛香に伝えておこう」

『ちょ!? やめて下さい死んでしまいます!!』

「おしゃべりはここまでだ、急げ!」

 そうこうしている間にも、テイルレッドがフマギルディの攻撃に吹き飛ばされていた。時間はもう残されていない。

『第一セーフティ解除……第二セーフティ解除。最終セーフティの解除コードは覚えてますね?』

「あぁ。それじゃ、後は頼んだぞ?」

 足元に転がっていた石を拾い上げ、鏡也は深く息を吐いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「クカカ! どうしたどうした? 究極のツインテールの力はその程度なのか?」

「くぅ、力が入らない……!」

 テイルレッドは苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。フマギルディの力はレッドの想像を大きく超えていた。もしもドラグギルディとの戦いがなかったとしても、ドラグギルディ以上の苦戦の強いられていただろう。

「そおら。黒焼烈波(フレイムウェイブ)!」

「うわあああ!」

 フマギルディの振るった腕が炎の津波となって襲い来る。テイルレッドはギリギリで躱すも、その余波に転がされる。

 すぐに立ち上がるが、その眼前にフマギルディが刃を振り上げていた。

「まずっ!」

「終わりだ。テイルレッド」

 咄嗟に防御しようとするテイルレッド。だが、それが何の意味もないと本能的に理解していた。

 容赦なく振り下ろされる止めの一撃――が、その刃に石が激突した。

「ぬ?」

 フマギルディは訝しげに石の飛んできた方を見た。そこには、よろめきながら強い意志を宿した瞳を向けるナイトグラスターがいた。

「騎士を飛ばして王を取ろうってのは、いささか慌て過ぎだろう? ……いや、この場合は女王か?」

「既に落としたと思っていたが、存外しぶといではないか」

「お前ぐらい倒しておかないと、騎士の名折れだからな」

 そう言って胸を張るナイトグラスターだったが、テイルレッドにもそれが虚勢であると見えた。息は上がっており、顔色も悪い。体力、気力共に限界が近いと分かった。

「ナイトグラスター……!」

「テイルレッド、後は任せろ。――とっておきを見せてやる」

 一歩、強く踏み出される足。合わせるように、肩幅ほどに開かれるスタンス。両の腕を交差させて――叫んだ。

 

「ラストセーフティ解除。コード、〈ブレイクフレーム〉!!」

 

 その瞬間、ナイトグラスターの装甲が剥がれ落ち、そこから三色の炎が噴き上がって、あっという間に全身を包み込む。

 その途方も無いエネルギーは、エレメリアンではないテイルレッドにも感じ取れた。

 あの炎は、鏡也の属性力の具現化したものだと。

「っ……!」

 ジャリ。と、足音が鳴った瞬間、ナイトグラスターの足元が弾け、同時にフマギルディがナイトグラスターに向かって黒炎を放った。

 まるで火炎放射器のような一撃。だが、その炎の中から突き出るものがあった。

 白色の炎に包まれた銀色の左腕は黒い災火を貫いて、その根源を力任せに押さえ込んだ。

「ぬう――!」

「うわっ!?」

 行き場を失った炎が両者の指の隙間から溢れ、際限なく暴れまわる。テイルレッドは転がるようにしてそれから逃れる。ナイトグラスターはそれを正面から受けながら、緋色の炎に包まれた右手を強く握りしめた。

「あぁあああああああああ!」

「ぐあ……っ!」

 咆哮と共に、フマギルディのボディへと強烈な一撃が突き刺さる。初めて、フマギルディの表情が崩れた。

 更に、ナイトグラスターは引き抜いた拳を力任せに顔面に叩き込む。その衝撃に黒い影が消え、無数の木がなぎ倒される音が響いた。その後を追い、ナイトグラスターが地を爆ぜさせて走った。

 その場からあっという間に二人が消えた後には、遠くで響く音だけが戦いの激しさを伝えた。

「総二様!」

 声に振り返ると、こちらに向かって走ってくるトゥアールが見えた。

「トゥアール? あれは一体……!」

「説明は後で。それよりも急いでこの場から離脱します! 総二様は愛香さんをお願いします!」

 言うやトゥアールは転送ペンによる離脱準備に入った。

「ちょっと待て! 離脱ってなんだよ? 鏡也はどうするんだ!?」

「………。鏡也さんは、置いていきます」

「な、何言ってんのよアンタ!」

 信じられないとブルーが食って掛かる。が、ダメージも限界のせいか、襟を掴む力も弱い。

「今、こちらにフマギルディと戦える力は残っていません。ここで撤退しなければ確実に全滅です」

「だからってそんなこと出来るわけ無いでしょ!? 大体、鏡也だって――」

「鏡也さんは、元よりそのつもりです」

「なっ――!」

属性力暴走(エレメーラバースト)。いいえ、この場合は三連属性暴走《トリニティバースト》と呼ぶべきでしょうか。テイルギアのリミッターを外した今、鏡也さんの属性力は限界を超越した暴走状態にあります。その出力は恐らくフマギルディをも上回るでしょう。ですが、そんな状態は長くは持ちません。だからこそ、今の内に撤退するのです」

「鏡也一人に任せるなんて冗談じゃないわ。それに、このままやられっぱなしで引き下がれるわけ無いでしょ?」

「愛香さん。野獣同然の貴方が手負いとなって殺気立つのは分かりますが、ここは堪えて下さい!」

「――レッドはどう? このままやられっぱなしで納得できる?」

 野獣の如き剛力でトゥアールの顔面を仮面ごと軋ませながら、ブルーが尋ねるとレッドはギュッと拳を握り締めた。

「いいや。このまま逃げるなんて絶対にできねぇ。俺達は全員揃ってツインテイルズなんだからな」

「ま、鏡也はツインテールじゃないけどね。そういう訳だからトゥアール、撤退はナシよ。ここできっちり決着を着けるから」

「愛香さんだけじゃなくて総二様まで……。分かりました。でも、真っ向からは無理です。一撃。完全開放を一回だけなら、撃たさせてあげます。それと成否如何に拘らず、攻撃後は即時ここを離脱します。いいですね?」

「わかった。それでいいわ」

「サンキュー、トゥアール」

「礼には及びません。後で総二様のベッドの上でいっぱいお返しを頂きますから」

「その前に、あたしからのお返しをいっぱい受け取って頂戴」

「いやああああああ! 野獣死すべしですぅううううう!」

 トゥアールの上からブルーがお返しをするのを尻目に、レッドは一際大きく爆発する戦場を見やった。

「いいですか。二人の残りのパワーを全て、ウェイブランスに集めます。出力を確保する為、不要なシステムは全部カットします。これでようやく一発、文字通りのワンチャンスだけです」

 二人はそれぞれ、ウェイブランスの柄と柄頭をしっかりと握って頷く。後はタイミングを待つばかりだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 森を揺さぶる爆風を貫いて、黒い影が大地を転がる。フマギルディはその両足を地に突き立て、砂塵を巻き上げながらその体勢を持ち直す。

「急激に上がったパワー、まるで我らの究極闘態のような……いや、ヤツの体から昇る炎は可視化した属性力そのものか。奴め、自身の属性力を意図的に暴走させているのか!?」

 フマギルディは、自身が飛ばされてきた方角目掛けて炎を数発放つ。が、それを弾き飛ばして、銀影が舞う。

 属性力同士の激突は、言うなれば単純な力比べだ。生み出される効果の相性はあれど強い方が勝ち、バリアやシールドがなくとも無力化できる。

 最強の属性力と呼ばれるツインテール属性でさえも、そういった意味合いで有利に傾きやすい属性であるというだけで、それ以外の属性力が絶対に敵わないという事ではない。

 だが、フマギルディの属性力”黒髪”はナイトグラスターの”眼鏡”よりも強大だ。それが暴走したとはいえ、ここまで押し込まれた事にフマギルディは疑問を抱いた。

「これはもしや……複数の属性力を持っているのか?」

 落下速度を加味した蹴りを躱し、フマギルディは舌打つ。炎は三色――三つの属性力があると見えた。

「やはり、属性力そのものでは分が悪いか……ならば、力でねじ伏せるのみ!」

 腰の刃を引き抜いて、一気に振るう。ナイトグラスターの剣とぶつかり合って、激しい火花が散る。

「オォオオオオオオオオオ!」

「うぬぅうううううううう!」

 数度の激突。ナイトグラスターが消える。フマギルディは振り返りざまに一閃。然しそれが斬ったのは残像だった。

「っ――!」

 ざん。と、背後で踏みしめられた音がした。振り返ろうとする瞬間、視界が一気に跳ね上がった。

「ウォオオオオオオオオ!」

 直後、ボディをえぐる一撃。更に強烈なキックがフマギルディを天高くふっ飛ばした。

 そしてそれを追い抜いて、白銀の流星が空に舞い上がった。そして天空に座する太陽の中で炎が煌めいた。

「完全開放――!」

 陽光を背にして尚、その輝きは増す。まっすぐに、フマギルディ目掛けて、彗星は落ちる。

「――バカめ! 決着を急いだか!」

 フマギルディが嘲笑う。その両手を掲げ、今までにない巨大な炎が生み出される。それは徐々に形を変え、やがて巨大な闇の剣槍へと変じた。

「訃黒流忍法奥義〈黒闇天誅葬(カラミティ・ジャッジ・エンド)〉!!」

 その禍々しきをナイトグラスターも捉えていた。だが、それでも真っ直ぐに向かってくる。

 そして、フマギルディが黒闇天誅葬を撃ち放った。凶気の刃は高速で、真っ直ぐに、銀影の騎士を貫かんとする。

 

 其処に飛び込んだのは、二色の螺旋光であった。

 

 

「――来た! 来ましたよ!」

「分かってるわよ! それより、ちゃんと支えといてよ?」

「本当でしたら総二様をガッシリシッカリハグして、髪の毛の一本一本まで丹念にクラッチしたいところですが仕方ありません。ちゃんと押さえてますから、外さないでくださいよ、愛香さん!」

 トゥアールにしっかりと腰を支えられ、ブルーはウェイブランスを引き絞る。

「行くわよ、レッド!」

「狙いは頼んだぜ、ブルー!」

「任せて。あたしは絶対に目標を外さない! 完全開放(ブレイクレリーズ)―――!」

 レッドとブルー。二人の残りのエネルギー総てを込めた一撃。

「「エグゼキュートウェイブ―――ッ!」」

 放たれるのは二色の螺旋を描く、反攻の一矢。飛翔し突き立つは凶気の刃。だが、一瞬の拮抗を残してそれは弾き飛ばされてしまった。

「そんな――!」

 

 

 視界は最早、まともに世界を映さない。体のありとあらゆる所が軋み、悲鳴を上げている。

 咽喉をせり上がる苦悶の叫びを闘志の咆哮に変え、ナイトグラスターは刃を振るう。

 かろうじて聞こえたトゥアールから届いた通信に応えるように、力を振り絞ってフマギルディを天高く蹴り上げた。

 それを追って空に躍り出て、残る総てを一撃に注いこんで、叫んだ。

「完全開放―――!」

 それを狙って、フマギルディの必殺の一撃が放たれる。だが、止まる余裕など無い。ただ、信じて突撃するのみ。

 視界を過る光。それはフマギルディの攻撃にぶつかり弾き飛ばされてしまった。だが、それだけで十分だった。

「うぉおおおおおおおお!」

「なんだと――!?」

 ナイトグラスターはその身を弾丸のごとく回転させ、ツインテイルズの最後の一撃でわずかに軌道の逸れた黒闇天誅葬の切っ先をスレスレで躱した。

 フマギルディは慌てて、腰の刃を抜く。

「ブリリアント―――スラァアアアアアアアアアアアアッシュ!!」

 銀光の煌めきが、ついに黒衣の魔鳥を両断した。

 

「が……は………!」

 流星は地に落ち、勢い良く上がった粉塵は地表を覆い隠す。全てが逆しまとなった光景を見やりながら、フマギルディはニタリと笑った。

「――いいだろう。今日のところは貴様らの勝ちだ。せいぜい、その力を磨き続けるが良い。我らが偉大なる御方のためにな……!」

 誰にも聞こえぬ呟きを残し、二つの火華が空に咲いた。

 

 

「鏡也――!」

 よろめきながら、総二は走った。実際、走っているなどと言える速度ではない。せいぜい、早歩き程度だ。テイルギアのエネルギー切れで変身が解け、体力も使い果たした体ではそれが頑張っての限界だった。

「鏡也、生きてるわよね!? 生きてたら返事しなさい!」

 愛香もトゥアールの肩を借りながら、もうもうと上がる土煙の中を進む。そうして暫く進むと、しゃがみこんだ人影が見えた。鏡也だった。変身が解け、まるで魂が抜けてしまったかのように項垂れていた。

「鏡也!」

 三人が駆け寄ると、鏡也はわずかに首を動かし―――そのまま倒れた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 アドレシェンツァ地下にある、ツインテイルズ秘密基地。最終決戦の後、撤収してきた。

 現在の時刻は夕方だ。司令室に繋がるドアの一つが開き、総二と愛香が姿を見せた。

「総二様、愛香さん。体の調子はどうですか?」

「大分、楽になったよ」

「バットギルディの属性玉の効果が、体力の回復だったのは助かったわね」

 二人が出てきた部屋には、以前に入手したバットギルディのストッキング属性の属性玉を使用した装置があった。

 バットギルディの属性は使用者の代謝を上昇させて回復力を早めるという、珍しいもので、テイルギアでの運用ではなく専用装置による使用する事にしていた。

「……それで、鏡也は?」

「体の方はもう大丈夫です。ですが、属性力がほぼ喪失してしまっています。もう、テイルギアを使うことは……」

「そんな……!」

 映し出されたのは鏡也の属性力のバイタル。前には総二にも比肩した属性力が、今は見る影もない。

「制御を離れた属性力は無制限に放出され、やがて喪失します。これを属性力喪失(エメレーラ・ロスト)と言い、属性力の研究中にはよく起きる現象でした。

ですが、ここまで……普通ならここまで落ち込む筈はないんですが」

 そう言うトゥアールは、眉をひそめた。テイルギア調整中に何度か暴走は起こっていたが、自然回復する程度だったのだ。

 それだけ、フマギルディとの戦いが苛烈であったと言えた。そして彼等は仲間を一人失ってしまったのだ。

「………。ねぇ、愛香ちゃん。ちょっと来てくれるかしら?」

「何ですか、未春おばさん?」

 いつの間にか後ろにいた未春に呼ばれて、愛香はそっちに向かった。

 

 

 ベッドの上で、鏡也はただ静かに体を横たえていた。

(………)

 薄ぼんやりと開かれた視界には遠い天井が映る。体には気だるさが残るものの

、痛みはない。あれだけの戦いをしておいてこの程度なのは幸いだった。

 だが、心の中にあった熱を孕んだ何かがポッカリと抜け落ちてしまったかのように、内側が空虚だった。

 体を起こすと、枕元の眼鏡――テイルギアを掛ける。だが、前のような一体感を感じない。

「………はぁ」

 バタリと体を倒す。今、何時頃だろうか。あまり遅いとまた要らない心配をかけてしまうな。

 そんな他愛無いことを考えてしまう。

 

(あの、おばさん? 何でこんなこと……!?)

(いいからいいから。さ、入って入って)

 

「なんだ?」

 ドアの向こうから声がした。そっちに顔だけを向けて見ると、騒がしい声とともにドアが開いた。

「あ、目が覚めたんだ。体、大丈夫?」

 そこには果たして、愛香がいた。ローズピンクのプラスチックフレームの眼鏡を掛けて。

 

 

「きゃあああああああああああああああ!」

 

 

「な、なんですか!? 今の猛獣に襲われた美女のような悲鳴は!?」

「今の声……愛香か!?」

「そんな! 愛香さんだったら光線喰らって爆発する怪獣みたいな声でしょう!」

「お前の中で愛香はどんなポジションなんだよ? それより行こう!」

 二人は急いで悲鳴のした方へと急いだ。ドアを開けて中に入る。そこに飛び込んできた光景は、想像を絶していた。

 

「はぁ……はぁ……! 眼鏡……メガネ……めぇがぁああああねぇえええええええええええええええええええええ!!」

「いやあああああ! ヨダレを垂らすな! 伸し掛かるな! 離しなさいよ! 正気に戻りなさいよバカァアアア!!」

 

 ベッドに押し倒された愛香。その上に伸し掛かった鏡也。愛香は何故か眼鏡を掛けていて、鏡也は「メガネメガネ」と言いながら正気を失った瞳で愛香を見下ろしていた。

「あ、総ちゃん」

「母さん……何した?」

 一見して全ての元凶であろう人物に総二は尋ねた。

「属性力って嗜好が生み出すものでしょ? だったら愛香ちゃんが眼鏡かけた姿見せれば反応するかもって。でも、予想以上の反応でお母さん、びっくりしちゃったわ」

 そう言いながら、凄く楽しそうなのはどうしてだろうか。

「ちょっと総二! ボケっとしてないで助けてよ!!」

「ダメですよ総二様。愛香さんはこのまま『昨夜はお楽しみでしたね』になるんですから。さ、邪魔をしてはいけないのであちらへ行きましょう?」

 愛香は助けを求め、トゥアールは総二の肩を押して部屋を出ようとする。総二はどうしたらいいかも分からず、狼狽えるばかり。

「めがねぇええええええええ!」

 鏡也がガパッと口を開いた。同時に、愛香から「ブチッ」という音が聞こえた気がした。

「いい加減に―――!」

 膝を腹の間に差し込む。両腕で頭を抱き込み、思いっきり引きつける。瞬間、「ドスン!」という衝撃が走り、鏡也の体が跳ね上がった。

「目を覚ませ―――――っ!!」

「ぶふぁ――――!?」

 そのまま愛香の両足が鏡也の体を挟み込んで両腕をホールドし、脳天から床に叩きつけた。まるでゴルゴダの丘に突き立てられた十字架のようだ。

「……あ、鏡也さんの属性力が回復してますね」

「ウソ!?」

「でも代わりに、鏡也さんのバイタルは危険域ですが。あーあ、愛香さん。とうとう……」

「え? ちょっと!? 鏡也しっかりして! 息をしてーっ!!」

 ぐったりとなった鏡也を必死に揺さぶる愛香。危機が去った直後、更なる危機に襲われたツインテイルズであった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 深夜。トゥアールは一人、戦場となった森にいた。

「やはり。黒髪の属性玉が何処にもない。誰かが拾っていった? それとも……?」

 ドラグギルディのツインテールの属性玉は回収した。然し何度探しても、フマギルディの黒髪の属性玉は見当たらなかった。センサーも感知しない。

 一体、何が起こったのか。

「ともかく今は戻りましょう。やらなければならないこともありますし」

 答えの見えない、胸中に生まれた不安を押し殺して、トゥアールは其処を後にした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 異空間に浮かぶアルティメギル基地。スパロウギルディは苦悶の表情を浮かべ通路を進んでいた。

「なんということだ。ドラグギルディ隊長に加えて、フマギルディ殿までやられてしまうとは……!」

 幹部級エレメリアンがこうもやられるなど、異常事態だ。

「近隣の部隊に援護要請は出したが……あぁ、どうすればいいのだ!?」

 

 

「――どうした? 随分と慌てているな」

 

 

「っ……!?」

 唐突に背後から掛けられた声に驚き、スパロウギルディが振り返る。果たしてそこには、黒衣のエレメリアンの姿があった。

「ふ……フマギルディ……殿? そんな、貴方は確かにツインテイルズに……!」

「あぁ、そうだな。その通りだ。全く、休暇中の良い暇つぶしになった」

 フマギルディは愉快そうに笑った。

「それはどういう意味ですか?」

「俺は休暇でこっちに来ているんだぞ? 何故、本気で戦わねばならん?」

「なっ……!」

「近隣部隊への援軍要請は出してあるのか?」

「は、はい。現在、タイガギルディ隊がこちらに向かっていると……」

「タイガギルディか。ドラグギルディの敵わぬ相手に、ヤツでは荷が重かろうが……まぁ、いい。では、今日で休暇も終わりだ。失礼させてもらおうか」

 困惑するスパロウギルディを置いて、フマギルディはその横を抜けていく。

「ツインテイルズ。ナイトグラスター。次にまみえる時は、俺の全てを持って相手をしよう。その時まで、頑張って生き残れよ?」

 闇の中に融けていくフマギルディ。そのレフトサイドに黒い片翼の幻影が揺らいだ。

 




これにて残すはエピローグのみです。
今回は意外と難産でした。また軽い悪ノリな話を描きたいものです。

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