今後も「楽しい」「面白かった」と言っていだだけるように、頑張りたいと思います。
「いやぁ、すまない。二人が余りにも気付かないものだからつい……」
「つい、で済ませないでよ! ご丁寧にあんな作り話までして!!」
「いや……反省しているので、そろそろ下ろしてくれると助かるのだが?」
おふざけの代償として、ダブルパンチから簀巻き吊るしという、90年台の漫画のような状態にされてブラブラと揺れる鏡也は、百トンハンマーは持っていないが、それに匹敵する程のパワーを持つ幼馴染に許しを請うた。
「ダメよ。もうちょっとそうしていなさい!」
取り付く島もないとはこの事か。鏡也はもう暫くはこのままだなと諦めた。
「それにしても、認識阻害装置というのは凄いな。二人揃って気が付かないのだから」
「気付かれないための装置ですからね。でも、鏡也さんの場合は総二様とは違う意味で変化が大きいと思いますけど」
トゥアールはそう言いながら、チラリと総二を見た。彼は今、先刻の映像を観直しているところだ。
「……何でだ? 何で……?」
総二がギュッと拳を握る。そして鏡也を睨むように見上げた。
「何でお前は、お前だけ正統派な変身してんだよ!? 男なら一緒に幼女になれよ!! そのテイルギアだって、トゥアールが作ったんだろう!?」
「知らん。そういうのはトゥアールに聞いてくれ」
「何故なんだトゥアール!?」
若干涙目になって、総二がトゥアールに詰め寄る。
「いえ、眼鏡属性は別に幼女にする必要ありませんし。そもそも、幼女は一人でいい! テイルレッドは一人で十分なんです!!」
「レッドが二人も三人もいたら困るわ――っ!!」
「ビッグボース!!」
愛香がC○C的に腕を捻り上げながらトゥアールをぶん投げた。
「そう言えば、鏡也のギアって、眼鏡属性なんでしょ? 一体何処でそんなの手に入れたの?」
「あぁ、ウチのアンティーク眼鏡コレクションの中に一つ、妙な気配を持つ眼鏡があってな。それを調べてもらったら、ギアに使えるだけ属性力があると分かったんだ。で、それを使って作ったのがこの、テイルギアTYPE-Gだ」
器用に眼鏡をキラリと光らせ、鏡也は得意気に言う。簀巻きのままのくせに、尊大な態度である。
「そんな都合よく? ていうか、属性力って、物にも宿るものなの?」
「そんな事は知らん。だが、実際にこうしてギアができているし……古来より『旧き物には魂が宿る』ともいうし、そういう事もあるんじゃないか?」
「……う~ん」
愛香は釈然としないと唸った。実際、彼女の勘は正しい。鏡也の言葉は、嘘だらけなのだ。
だが、トゥアールはあえて何も言わずにいる。鏡也との約束もあるし、何より既に”本当のこと”は告げられているのだから。
「それにしても……何で、〈ナイトグラスター〉って名乗ったんだ? 普通にテイルシルバーとかでも良かったんじゃ?」
「いいえ、総ちゃん。それは違うわ!」
「うわぁ!? いきなり出てくるなよ!?」
総二がふと思ったことを口にした瞬間、何処からともなく中二病の化身が現れた。
「テレビで緊急中継が流れてね……全部見ていたわ。鏡也君、あなた……分かってるわね!!」
未春はドヤ顔で鏡也を指差し、賞賛した。
「少女二人に男一人。二人はツインテールの美少女戦士。それを助けるポジション的存在は、彼女達と同じ様な名前を名乗ってはいけないのよ!!」
「ちょっと何を言ってるのかわからないんだけど!?」
総二の困惑など何処吹く風か。エンジンの掛かってしまった未春は止まらない。
「古来、セーラー服的美少女戦士を助けるのは、タキシードなマスクだったり、シャドームーンのナイトだったり! つまりはそういうお約束なのよ! 亡くなったあの人が生きていたら、きっと今日という日を記念日にしたでしょうね」
「いや、そういうあれは困るんですけど」
戸惑う鏡也をさておいて、未春特急は加速を止めない。
「鏡也君は今度から、まずは登場前にバラを投げるところから入りましょう! そして総ちゃん達はナイトグラスターをちゃんと『ナイトグラスター様』と呼ぶように! これで完璧だわ」
「「「お願いだから、止まって―――!」」」
結局、全てを暴走した未春に破壊されて、その日は終わってしまったのだった。
◇ ◇ ◇
翌日。幕張で起こった戦いは朝のワイドショーのトップを飾った。もちろん、テイルレッドがメインだ。
そして最後のほうでちょろっとだけ、新戦士ナイトグラスターの事も触れられたのだが。
『橘さん。このナイトグラスターを名乗る男性は一体何者なんでしょうか?』
『そうですね。テイルブルーを名乗る輩を助けたところから見ても、テイルレッドに危険を及ぼす可能性は高いでしょう』
『剣崎さんはどう思われますか?』
『ケイサツハドウシテサッサトタイホシナインデイスカ!!』
『……はい。ありがとうございます。テイルレッドの可愛らしい笑顔が、危険人物によって曇らないことを祈るばかりです』
「………」
良い印象はないだろうなと覚悟はしていたが、まさかブルーを助けたら一緒に危険人物扱いとは予想外であった。
尤も、危険の意味合いは違うようであるが。
そんな事を思っていると、鏡也の携帯が鳴った。誰かと思えばやはり愛香である。
ここ最近、ブルーの悪評報道が流れる度にテレビとトゥアールに対する愚痴を聞かされるのだが、さて今日はどんな内容であるか。
無視もできないので、電話にでる。
「もしも――」
『鏡也! 今日のニュース見た!? なんであたしと鏡也が揃って悪者みたいに言われてるのよ!?』
「……その割には、声が弾んでないか?」
『ウウン。ソンナコトナイワヨ?』
「片言じゃないか!?」
『ま、詳しい話は学校でしましょ? それじゃね』
一方的に切られてしまい、鏡也は微妙な表情でそれを見ていた。
「……愛香。もしかして仲間が出来て嬉しいのか?」
それはネガティブ過ぎるだろうと、心の中で呟いて、鏡也は登校の準備をするのだった。
通学路の途中でいつもの様に二人と合流した鏡也は、これまたいつものように変態と化した学園の生徒達に舌打ちされさながら校門を潜る。
「お早うございます。今日は少し肌寒いですわね」
「「お早うございます、会長」」
校門を入ってすぐの所で、三人は慧理那に声を掛けられた。いつもの様に、その後ろには尊が控えている。
「お早う、神堂会長。尊さんもお早うございます」
「お早うございます、鏡也さん」
尊も会釈を返す。その立ち振る舞いは流石、神堂家のメイド長だと感心するほどだ。
「はぁ……いつ見ても凄いツインテールだなぁ」
総二は慧理那のツインテールに見惚れ、囁くように言葉を吐き出していた。
「総二、ヨダレを拭け。というか、お前はリビドーのベクトルを少しは直せ」
ツインテールに性欲の9割9分を持って行かれていそうな幼馴染の将来を本気で心配しながら、鏡也はハンカチを差し出す。
「あぁ、ありがとう」
「あっ……」
口元を拭く総二。それに対して何か言いたげな愛香だったが、結局は出しかけた手を引っ込めた。
「ところで鏡也くん。またお話を聞かせて欲しいのですけれど……良いでしょうか?」
「話? またテイルレッドの話でも聞きたいの?」
そう鏡也が聞くと、周囲から足音が一斉に消えた。
「いえ。今度はテイルブルーの事を聞かせて欲しいのです!」
そう慧理那が答えると、すぐに足音は帰ってきた。
「………何、今の反応は?」
周りを通る生徒達に、愛香は反射的に猛禽の視線を向ける。
「ブルーの話? でも、俺はブルーとは……」
「御雅神のおじさまの会社前で、とても親しそうにしていたではないですか」
「……いや、普通にどつかれてたんだけど?」
「そういったところが、親しい証拠ですわ。早速、今日の放課後………は、会議がありましたわね。明日は各部活の陳情を纏めなければいけませんし……」
ブツブツと予定を確認する慧理那。しばらくして『ぽん』と、手を打った。
「では、今週の日曜日。うちにいらして下さい」
――ざわっ!!
周囲が、まるで信じられないものを見るかのように視線を送る。
陽月学園のマスコットにして、人気者である神堂慧理那からの直々のお誘いであるだけでも羨ましいのに、家にだと?
テイルレッドに加えて、会長にも手を出すというつもりか、あのロリコンクソペド野郎は。
総二らを除く生徒達全員の、そんな嫉妬に満ちた視線が、一人に突き刺さる。
「あー、いや。昔行ったきりだし……」
「そうですね。よく、一緒のベッドでお昼寝もしましたわね」
――一緒のベッドで?
――お昼寝? あのお人形みたいな会長と?
――なにそれ。マジ許せねぇ。
ザワザワと、周囲が賑やかしくなる。
「えぇ、そうですね。”昔は”ですね。”昔は”、”小さい頃は”ですね!」
昔と小さい頃をことさら強調し、鏡也はこれ以上無駄に敵意を増やさせまいとする。
「じゃあ、今週の日曜日に屋敷の方に行きますから! それじゃ、俺は先に失礼します!」
一礼し、鏡也は一も二も無く走りだす。それをキョトンとして慧理那は見送った。
「……どうしたんでしょうか? もしかして、急いでいたのですか?」
「いやぁ……そうじゃないんですけどね」
愛香はなんとも言えない笑みを浮かべて、そう答えるのだった。
◇ ◇ ◇
週末。約束の日はあっという間にやって来た。
マウンテンバイクのペダルを踏みながら、鏡也は今日話す内容について考えていた。
前回のレッドの話の時は、まだ色々と誤魔化し様があった。偶然の出会いから、偶然の遭遇戦。その後も、トゥアールの話を置き換えただけだ。
だが、ブルーの話はほぼ100%が捏造になるだろう。だからこそ、愛香と総二と、ついでにトゥアールを交えてお話を作ってきたのだ。
大方纏まったのはいいが、それを話すには内容をきっちり覚えなければならず、それが出来たのがつい昨夜の事だ。
「はぁ……気が滅入る。とはいえ、無下にも出来ないしなぁ」
元より、慧理那とは幼少の頃よりの付き合いだ。学校の違いで疎遠だったとはいえ、姉のように思う相手の願いを聞かない訳にも行かない。
キコキコとペダルを漕ぐ。名家である神堂家の屋敷まで、あと少しだ。
『鏡也さん! 聞こえますか!?』
「うわっ!?」
その時、唐突にトゥアールの通信が耳をつんざいた。テイルグラスには、骨伝導式通信機能が付いていて、それを使っての声だった。
驚きの余り、電柱にぶつかりそうになった鏡也は、バクバクとなる胸を押さえながら返す。
「トゥアール……お前、俺を殺す気か!?」
『そんなことを言っている場合ではありません! エレメリアン反応です!』
「総二達は?」
『実は今日は皆で駅前に買い物に来ていまして……今、一緒に基地まで移動中です。さすがに週末で人が多く、転送ペンを使いたくてもなかなか……』
「わかった。俺が先行して向かう。場所は何処だ?」
『それが反応があったのが……鏡也さんのすぐ近くなんです。神堂家敷地内と出ています』
「なんだと!?」
トゥアールの言葉で、鏡也の脳裏に浮かんだのは慧理那の事だった。まさか、また彼女のツインテールが狙われたのか。
マクシーム宙果での出来事が頭を過る。あの時、鏡也は何も守れなかった。守ろうとする意志だけで、何一つその手で救えなかった。
「トゥアール。これは俺一人でやる」
『え? ですけど、総二様たちと一緒の方が――』
「頼む」
だが、今はあの時とは違う。思いと力。その二つが揃った今だからこそ。
「俺が――今度こそ、あの人を守る!」
テイルグラスに一際強い輝きが満ちる。それは決意と覚悟の光だ。
「グラス――オン!」
力と意志と、決意と覚悟が一つの形となって、鏡也を包んだ。
◇ ◇ ◇
神堂家の広大な庭に、神堂家メイド隊と対峙する、招かれざる客の姿がある。異世界よりの侵略者アルティメギル。その刺客たるエレメリアンとその部下アルティロイドだ。
「エレメリアン……よもや、不敵にも神堂家に踏み入るとは!」
神堂慧理那の護衛にしてメイド長を務める桜川尊は、世を騒がせる者達を強く睨む。
「お前達はお嬢様を守れ! 屋敷内に一歩たりとも入れさせるな!!」
「はい――!」
他のメイドに指示を飛ばし、自分は目の前の敵と戦うべく構える。
「……素晴らしい。そのメイド服は戦うための装束ということか。なるほど。それ故に麗しささえ漂う」
「……何?」
蛇に似たエレメリアンの発した突然の言葉に、尊は怪訝そうに伺う。主に害する者であることは間違いないが、その真意も気にかかる。
「アルティロイドよ。そのメイドを捕らえるのだ! かかれ!!」
「モケー!!」
「っ! ハァ――ッ!!」
エレメリアンの命令に飛びかかってきたアルティロイドに鋭い正拳を突き刺す。人体でいうところの鳩尾――水月打ちだ。
手応えあった。アルティロイドが吹っ飛ぶ。
それを皮切りに、次々とアルティロイドが尊に飛びかかるも、拳打、蹴撃、投法をもって片っ端から払い除ける。
だが、アルティロイドはなるで何事もなかったようにすぐに立ち上がる。
「くっ、まるでゾンビだな……!」
絶えることなく襲いかかるアルティロイド。尊は幾度もそれを退けるが、ついにはその四肢に敵が絡みついた。その細い体躯からは想像も出来ない圧力が、尊の体を雁字搦めにする。
「くそ! 離れろ!!」
「凛々しきその姿も良い。だが、メイド服といえばフルフリル! さぁ、このエプロンドレスタイプのメイド服に着替えさせてやろう」
そう言って、蛇エレメリアンが出したのは――フリフリの可愛らしいメイド服だった。きっと、テイルレッドのような愛らしい少女が着ればさぞ似合うだろう。
「や、やめろ! そんな可愛らしい物を私に着せるな!!」
齢にして28。可愛いよりもカッコ良いなタイプである尊がこんな物を身に付けた日には、余りの痛々しさに婚期のカウントダウンが強制的に前倒しにされてしまう。
「フッフッフ。安心するがいい。メイド服はどんな年増にでも寛容だ」
「誰が年増だ! 貴様、その皮を剥いでバッグにするぞ!!」
外面如菩薩内心如夜叉どころか、全てが阿修羅となった尊の怒号が響く。しかし、エレメリアンは屁とも思わず、じわじわと迫ってくる。
せめて時間が稼げれば、主である慧理那を逃がす事ができる。その為ならば――
――キィン!
「ぬぅ!?」
尊が悲壮な覚悟を固めたその時、閃光が走った。それはエレメリアンのメイド服を両断する。
そして、尊の周囲を幾つもの光が走る。
「「「モケ―――ッ!?」」」
閃光は尊を押さえていたアルティロイドを一瞬で斬り捨てる。光の残滓が虚空へ解けて消えた。
「あ――」
拘束を解かれた尊がバランスを崩す。後ろに倒れそうになり、反射的に受け身を取ろうと体を捻った。
そんな尊の体が何かにぶつかった。そして同時に強い力で肩と背中が押さえられた。
一体何がと思った尊は顔を上げた。
「怪我はありませんか?」
「っ……!?」
すぐ目と鼻の先に、男性の顔があった。レンズ越しに覗く瞳は切れ長で、まつ毛も長い。その顔が尊の顔を見たのは一瞬で、すぐにエレメリアンの方へと向いた。
そうして、やっと尊はその男性に抱き締められてるのだと気付いた。無意識に、顔が熱を帯びる。
「貴様はナイトグラスター! 何故テイルレッドではなく貴様がここに来る!?」
「生憎だが、テイルレッドなら今日は休みだ。ここには来ない」
「何だと!? ……かくなる上は、この屋敷から感じるツインテールとメイド服を奪ってくれよう!」
「そんなこと、させる――!?」
聞き捨てならないと、尊はエレメリアンに向かおうとするが、その体がぐいっと引き止められる。
「ここは私に任せて下さい」
「だが、奴はお嬢様を!」
「わかっています」
腕を離し、ナイトグラスターは尊の肩に優しく触れる。
「大丈夫。あなたも、あなたの守りたい人も……私が全て、守ってみせる。さ、あなたも早く下がって」
右手に下げた剣を一振るいし、ナイトグラスターが尊から離れる。
「………」
垣間見えた強い眼差しに、尊は自然と下がっていた。そしてナイトグラスターは尊と、その後ろの神堂家の屋敷を守るように、その両手を広げた。
「アルティロイド、ヤツを倒せ!」
「「モケー!!」」
エレメリアンの命令で、アルティロイドが一斉にナイトグラスターへと襲いかかった。それは尊から見ても、一人でどうにか出来る数ではない。
「危な――!」
――い。と、言葉を紡ぎ切ることは出来なかった。何故なら。
「「「モ、モケ―――!!」」」
瞬きの間もなく、全てのアルティロイドが粉砕されたからだ。
「ば、バカな!? あの数を一瞬でだと……!?」
「我が剣は閃光。雑魚がどれだけ来ようとも、止められる道理などあるものか。さぁ、次は貴様だ」
「ぬぅ……。流石はあのジャッカルギルディを倒しただけのことはあるな。我が敵に不足なし! 私はスネークギルディ。メイド服の揺れるリボンにロマンを求める求道者よ!」
「……また、随分とマニアックなポイントだな」
エレメリアン――スネークギルディとナイトグラスターの戦いが始まる。だがそれは戦いなどと言えるものではなかった。
ナイトグラスターの速度は、スネークギルディの反応できる範囲を遥かに逸脱していた。遠目に見る尊でさえ、影一つ追うだけで精一杯だった。
閃光が走る度、スネークギルディが吹き飛ぶ。陽光を受けた刃が煌めく。
「おのれ! なんというスピードだ!!」
「この程度で驚かれては困るな」
更にナイトグラスターは加速する。ついにはスネークギルディの体が地面に落ちることさえなくなった。
「随分とタフだが――これで終わりだ!」
ナイトグラスターのキックが、スネークギルディを高く打ち上げる。そしてすぐさま、二本の指を立てた左手を向けた。その手に光が集まっていく。
「フラッシュ・ショット!!」
銃身に見立てられた指から光弾が発射される。それはスネークギルディを撃ち抜き、その体にバチバチとスパークを起こさせた。
「オーラピラー!」
ナイトグラスターが左指を弾くと、スネークギルディの体から光が噴き上がって、空中に縫い付ける。ナイトグラスターがその剣を掲げ、叫ぶ。
「
その言葉と共にナイトグラスターの体を光が包み、天へと昇る流星へとなる。
「ブリリアント――フラッシュ!」
閃光の一撃はスネークギルディを容易く貫いた。
「ぐぐ……! メイド服……テイルレッドの揺れるリボンを……見たかった」
「そんなに
スネークギルディは光の中に爆散した。そこから落ちてきた何かをキャッチすると、ナイトグラスターは剣を一振りする。剣は切っ先から光となって消えていった。
ナイトグラスターはマントを翻し、尊の方へと歩いてくる。光を受けて輝く銀の鎧を纏った姿はその名の如く、物語から抜け出てきた
「大丈夫でしたか?」
「え、えぇ。あなたのお陰で……」
「それは良かった」
不思議だった。目の前にいるのは今まで見た男性の中でもとびっきりだ。だというのに、尊の頭の中には今までのような行動を取ろうとする思考は欠片もなかった。
それどころか、目の前の人と言葉を交わす以上の事が何も出来なかった。
「――尊!」
「っ!? ――お嬢様!?」
背後のドアが開き、尊へと駆け寄ってくる慧理那と、メイド達。尊がそちらに振り返った時、僅かな足音が響いた。
「あ――!」
向き直るが、そこには最早、誰の姿も無かった。ただ、一陣の風だけを残して、騎士は去っていた。
◇ ◇ ◇
持ち前のスピードでスネークギルディを瞬殺し、鏡也はマウンテンバイクを置いた場所まで戻ってきた。
途端、通信が届いた。出てみれば今世紀最強のツインテールバカが、ツインテールのために心を砕いた通信だった。
『鏡也! 生徒会長のツインテールは無事なのか!? 守れたんだよな!?』
「あぁ、安心しろ。……今度は、守れたとも」
『そうか。良かった……! ぐすっ』
『いやいや! 泣かないでよそーじ!?』
『総二様! 泣くのでしたら私の胸の谷間にずいっと顔をうずめて泣いて下さい!』
『よし、思いっきりうずめてやるわ』
『ちょ!? おっぱいが潰れ――みぎゃああああああああああああああ!』
「………じゃ、切るぞ?」
どこまでもいつも通りな仲間をさて置き、鏡也は通信を切った。
あの時、守れなかったものを今度こそ守れた。鏡也は深く溜め息を吐いた。
「さて、行くとしますか」
マウンテンバイクのペダルは心なしか軽く感じられた。
◇ ◇ ◇
アルティメギルによる神堂家襲撃の夜。桜川尊の姿は浴場にあった。
湯船に体を沈め、ゆったりと体を温めながら、今日という日を振り返った。
「………」
両親を亡くした彼女が神堂家に養女として引き取られてから、それなりの月日が流れた。
大恩ある神堂の姓を名乗らずにあえて桜川として仕え、義姉にして義妹でもある慧理那の護衛兼専属メイドとなったのは彼女が17歳の頃。先代メイド長が結婚により引退し、その人より護衛役を引き継いだのだ。
尊はその青春の全てを、神堂家と慧理那のために費やしてきた。その事には後悔の一欠片さえ無い。
だが、それは同時に彼女と異性との接点を尽く廃する結果となってしまった。
桜川尊。御歳28歳。男性との交際経験無し。職場は女性ばかり。恋愛どころか、出会いそのものが無い。見合い、婚活、武士の白装束宜しく、常に婚姻届を持ち歩くほどの覚悟で挑む。しかし、結果は芳しくない。
そんな彼女は当然、異性と触れ合ったこともない。例えば今日のように。
「………はぁ」
男性の胸とはあんなにも硬いとは知らなかった。(チェストアーマーのせいです)
男性の腕とはあんなにも力強く抱きしめるものだとは。(スピリティカフィンガーのせいです)
男性の体臭。体温があんなにも心を揺さぶるものだとは。(効果には個人差があります)
『お怪我はありませんか? 美しいお嬢さん?』
『大丈夫。あなたの事は私が命を懸けて守ります』
『あなたの美しさに傷一つなくて良かった』
「っ……はぁ……!」
優しいバリトンボイスが紡ぐその声が尊の脳内で再生される度、脊髄を甘い刺激が走る。
湿り気を帯びた、熱い吐息が溢れて湯気の中へと溶ける。
内容はいささか違うような気もしたが、人間の記憶など曖昧なものだし、大差もないだろうから気にもならない。
彼の名は、何と言っただろうか。
「……ナイト、グラスター………様」
その囁きは、誰の耳にも聞こえないまま、水面へと消えた。
ナイトグラスター、受難の始まり。