1
明かりのない室内を夜の優しい光だけが満たす。その部屋の主である鏡也はベッドの縁に背を任せ、その手の中の眼鏡をただじっと見つめていた。
父の――ずっと父と思っていた人からの突然の告白は、あまりにも衝撃的だった。
流星となって空から落ちてきた赤子。それを拾い育ててきたなど、余りにも荒唐無稽な話だ。
だが、それはつまり自分もまた異世界から来たということだ。この世界の人間ではなかったのだ。
今までずっと、何の疑いもなく信じていたものが崩れ去った。まるで足元に無間の闇が広がってるかのようだ。
「っ……」
何をどう受け止めればいいのか。ただひたすらに、苦しい。
手の中の眼鏡が不思議な光を宿している。それは真実を受け止めよと、鏡也に強く訴えている。
末次の話では、この眼鏡は鏡也が拾われた時に持っていたという。
『これを手放さないで』
夢のフレーズが幾度もリフレインする。あの夢の女性の正体も、今なら分かる。
「………」
今更、何を臆することがあるか。鏡也は眼鏡を外し、そして――。
「………くそっ」
その手を落とした。カシャンとフレームが鳴った。
◇ ◇ ◇
「末次さん! どうして……どうして話してしまったの!?」
末次は天音に激しく詰め寄られていた。秘密にすると約束していた鏡也の出自を明かしたことを今、伝えられたのだ。
「落ち着いて。……確かに約束を破ったことは謝るよ。でも、きっとこうするべきだったんだ」
「そんなの……あの子が傷つく必要なんてないじゃない! ずっと黙っていれば、知られることなんて……!」
泣き叫ぶように末次を責める。
「アルティメギルが……あの子を狙っているんだ」
「……え?」
「何故、あの子を狙ったのかは分からない。だけど、鏡也が狙われ続ける以上、いつか事実を知ってしまう。その時、あの子はきっと今以上に傷ついてしまう」
「………でも、でも!」
「大丈夫だよ。確かに血の繋がりはない。それでも、ずっと一緒に過ごしてきた時間に一つだって嘘はない。あの子は僕達の子供だ。誰が何と言おうと、それを譲るつもりはない」
末次自身、アルティメギルの事がなければ一生言うつもりなど無かった。だが、これが鏡也の宿命というならば、逃げることなど出来ないのだ。
「だから信じよう。鏡也は……きっと、受け止めてくれる」
「……えぇ」
だから親として、最後の最後まで鏡也の礎であろう。二人は強く抱きしめ合った。
◇ ◇ ◇
翌朝。朝食を終えた観束家のリビングにはすっかりお馴染みとなった光景が繰り広げられていた。
昨日のテイルレッドの活躍とテイルブルーの暴虐ぶりが朝のワイドショーの一番で報じられている。
当然、ブルーが鏡也にかましたキックやチョップも全国に報道されている。
『――テイルブルー。ついに一般市民に犠牲者を出してしまいましたが……どうですか、大貫さん?』
あぁ、ついにブルーの悪評が回復不能のレベルになってしまう。総二は気の毒そうに、そしてトゥアールは嬉しそうに、当の愛香は感情のない塗り壁のような顔だ。
『いや、これはあれですよ。ちょっとしたツッコミですよ』
『え? ですが、容赦なく蹴ってますが……?』
『いやいや。あれぐらい大阪じゃノーカンですから。それにあの後、すぐに立ってるじゃないですか。怪人をぶっ飛ばすような凶暴なテイルブルーの攻撃を食らって、無事でいられるわけないんですから』
『あー、なるほど』
『まぁ、あれですよ。私的には良いツッコミだったと言いたいですね!』
「………………あれ? 何だか微妙に好感度上がってません?」
「………あっれぇ~?」
トゥアールと総二は揃って首を傾げた。愛香も目をパチパチとさせている。
ネットの掲示板ではどうかと、トゥアールは先の書き込みがバレた件で愛香に破砕され、復活させたPCを開く。
繋げたのはテイルレッド改め、ツインテイルズ掲示板。レッド登場時、一番早く掲示板を立ち上げた大手サイトのものだ。
「こ、ここならきっと愛香さんの暴虐非道に対して、それはもう歯に衣着せぬ発言の嵐が……!」
カチカチとコンソールを動かし、ページを開く。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
19 :名無しのツインテール
ブルー、ついに一般人を攻撃。
怪人ぶっとばせるパワーで蹴るとか、我々の業界でも拷問ですわ。ただしテイルレッドを除く。
21 :名無しのツインテール
>19
テイルレッドにだったら俺はおにんにんを蹴られても杭はないぜ?
22 :名無しのツインテール
>21
出てもいない杭を打たれるとは・・・通報しておこう。
23 :名無しのツインテール
>19
いや、あれはブルーのファインプレーだろ?だってテイルレッドたんをお姫様抱っことか、アルティメギルよりも優先して排除しないと!!
24 :名無しのツインテール
>23
禿同。下手したらあのまま連れ去られていたかもしれんのだ。ブルーのディフェンス力は見た目と違って素晴らしいな。
俺はブルーはデキる子だって信じてたぜ?
25 :名無しのツインテール
正しく絶壁の守り。
26 :名無しのツインテール
つまりプロテクトウォールか。
27 :名無しのツインテール
>26
プロテクトウォールw
28 :名無しのツインテール
>26
まさかの勇者王ww
29 :名無しのツインテール
>26
プロテクトウォールフイタwwww
30 :名無しのツインテール
プロテクトウォールに草不可避ww
31 :名無しのツインテール
青「プロテクトウォオオオオオオオル!!」
32 :名無しのツインテール
>31
よし。ちょっと金色に光るハンマー渡してくる。
33 :名無しのツインテール
>32
やめろ!試し打ちとばかりに光にされるぞ!!
34 :名無しのツインテール
青「32よ! 光になぁれぇええええええええええええ!!」
35 :名無しのツインテール
お前らのせいで……新たな犠牲者が。
コーヒーまみれの俺のノートをどうしてくれるww
36:名無しのツインテール
犠牲者お前かよww
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……………あっれぇ~~~~~~ッ!?」
トゥアールはことさら不思議そうに首を傾げた。天才の頭脳を持ってしても、解けない謎に直面してしまったようだ。
言葉は色々酷いが、書かれている文面そのものは若干、好意的だった。これには総二も頭の上にハテナを飛ばしまくりである。
「何で、どれもこれもブルーに好意的なんだ?」
「……おそらく、テイルレッドと鏡也さんが親しげにしているところに、痛烈な一撃を見舞ったことで、レッドのファンの人達が心の中でガッツポーツでもしたんではないでしょうか?」
「いやいや! ヒーローが一般人に攻撃したら、ヒーロー失格だろ!?」
「……つまり、エレメリアンが出るたびに鏡也も連れてって、そこで蹴り飛ばせばあたしの好感度上がりまくり?」
「やめてあげて!? ていうか人の話を聞け!! 好感度のために幼馴染を生贄に捧げようとするな!!」
愛香がボソリと呟いた恐ろしいアイデアを、総二はそれはもう必死に止めた。
「冗談よ、冗談! そんなことする訳ないでしょ!? もう、マジにならないでよ、そーじ」
「そ……そうだよな。悪ぃ」
それはそうだ。いくらなんでも、それはない。と、総二も胸を撫で下ろした。
「……時々、ぐらいなら良いわよね?」
「おい、待て愛香。今なにを呟いた!?」
「ウウン。ナニモツブヤイテナイワヨ?」
片言であった。顔もどっかのお菓子屋のマスコット人形みたいにペロって舌を出している。
今、愛香は禁断の扉を開こうとしている。それだけは何が何でも阻止しなければと、心に誓う総二であった。
◇ ◇ ◇
朝。通学路を行く鏡也の足取りは重い。いつも欠かさないランニングも、家族一緒で取る朝食も、一切を抜いたのだ。
ずっと当たり前だった事を、当たり前に行えない。空気がとても重かった。その原因が自分で、そのせいでみんなに心配をかけていることも分かっている。
それでも、気が付くと顔は俯いていた。
「おはよう鏡也。昨日は大丈夫だったか?」
「おはよう。……鏡也?」
「………ん? あぁ、おはよう。総二、愛香」
いつの間にか、鏡也の隣に総二と愛香が来ていた。反応のない鏡也の顔をしげしげと覗きこんでいる。
「どうした? 顔色悪いぞ?」
「ちょっとな……あまり寝てないんだ」
「もしかして、ブルーに蹴られた後遺症が!?」
「んなわけ無いでしょ! ………ないよね?」
「大丈夫。そういうんじゃない。ちょっとゴタゴタしてて……そのせいだ」
心配をかけさせまいと、笑顔を作る。だが、思った以上に堪えているようで、顔が引きつってるのが自分でも分かった。
「……それにしても、増えているな」
ごまかすように、鏡也は足を止めた。何のことかと、二人も視線を送る。
「本当だ。ツインテールが……増えてる!?」
「え、なんで?」
女子生徒の多くがツインテールになっている。今までもいなかった訳ではない。だが、目を瞑って石を投げても当てられそうな程、ツインテールの女生徒はいなかった。
これらはテイルレッド登場以降、色んな所で見受けられていた事だったが、ここ最近は更に増えている。
「………」
嬉しい。嬉しいはずだ。だが、何か胸騒ぎを総二は覚えた。この心躍るはずの光景に、言い知れない不安を感じるのだ。
「ちょっと、そーじ……」
「……あ、悪い」
気が付けば総二は愛香のツインテールを摘んでいた。
「そのクセも変わらないな、総二。ツインテールにセラピー効果でもあるのか?」
試しにと鏡也も摘んでみた。
「むう……」
思わず唸ってしまった。しなやかで艶があり、コシがある。何より指通りがなんとも滑らかだ。
ツインテール属性でなくとも、これはつい弄っていたくなる逸品だ。
「あんたらいい加減にしなさいよ!!」
通学路のど真ん中で、男子生徒二人にツインテールをいじられる図はなかなかにシュールであった。
「そういえば神堂会長も、最近ツインテールにしたのかな? 俺、全然知らなかったんだけど……?」
ふと、総二は疑問を口にした。総二の高校生活初日を叩き潰した魔性のツインテールの持ち主こと神堂慧理那。彼女のことを高等部まで知らなかったことを思い出したのだ。
「あの人は昔からツインテールだぞ? ツインテール歴なら、愛香より長い筈だ」
「え、そうなのか?」
「以前は名門のお嬢様学校に通っていたんだが、高校になってからウチに編入してきてきたんだ。あの人が高等部の制服着て挨拶に来た時は本当にビックリしたな……最後の記憶と大差なくて」
何が? と、問わなかったのはきっと二人の良心からだろう。
「だが、あの人当たりの良さと容姿も相まって、半年足らずで学園の顔だ。実際、大した人だと思うな」
「へ~。すごいなぁ」
「ですが、そういう人に限って腹黒いんですよ、きっと。何というかあざといというか、狙ってるっぽいですし。まぁ、あの容姿は私好みなんですけどね」
「いやいや。あざといってなんだよトゥアール? 好かれるためにツインテールにするなんて……そんな人がいるのか?」
「そそそそそそそうよ! そんな人いるわけないじゃない!! ねぇ、鏡也!?」
「ノーコメントで」
「ウププ~。顔だけテイルレッドですよ、愛香さ~ん」
と、ここで三人の空気が凍りついた。なぜ、ここに居るべきではない人間がここに居るのか。具体的には何故、陽月学園の制服を着ているのか。
そして何故、当たり前のように学校に来ようとしているのか。
「トゥアール、何でここに!? ていうか、その格好は!?」
「今日から私もこの学校に通うことしました!」
「いや、あんたどう見ても高卒して――」
「でもって総二様のクラスに転入しますので、愛香さんは驚いた風に私を指さして『あー! あんたは!!』と、噛ませっぽくお願いします。私はそれを無視して総二様の隣に座ります」
「いや、総二の隣は俺なんだが?」
「そして私はこう言います。『総二様、これからはずっと一緒ですね』と。するとクラス中から『おい観束! その美人転校生とどういう関係なんだ!?』と言われるでしょうから、そこで――」
「「とっととアナグラに帰れ――――――っ!!」」
「あいるびーばぁああああああああああっく!! ばぁあああっく――ばぁっく……っく……」
愛香と鏡也のツインシュートが炸裂。激しくブレつつ、尚且つドップラー効果を残すという離れ業を行いながら、トゥアールは空の彼方へと消えた。
「まさか、伝説の大技をこの目にする日が来るとは……」
事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。総二は現実の不可思議さに改めて感じ入った。
「……鏡也、少し元気になった?」
愛香がふと、鏡也の顔を覗きこんできた。
「……そうだな。少し気が楽になったかもな」
そう言って、鏡也は少しだけ笑った。顔も、今度は引きつらなかった。
「おはようございます。良い朝ですわね」
噂をすれば。上品ながら元気の良い挨拶をしてきたのは神堂慧理那であった。そのすぐ後ろには護衛役も兼ねている桜川尊がいた。
見知らぬ生徒一人ひとりにも挨拶する慧理那に好感を抱きながらも、総二はさっきの蛮行を見られていないか心配した。
「おはようございます、生徒会長」
「おはようございます」
「おはよう鏡也くん。そちらのお二人は……1年A組の観束総二君と、津辺愛香さんですわね。おはようございます」
「……生徒会長、何だか機嫌が良いですね?」
まさか自分たちの名前を知ってるとは思わず、総二と愛香は驚きつつ、尋ねた。
「えぇ。だって、鏡也くんの言った通り……テイルレッドの仲間がやって来てくれたんですもの」
「鏡也の言った通り……?」」
二人の顔が鏡也に向く。つい、と視線を逸らしてスルーする鏡也。
「――本当に良かったですわ。だって、これでもうテイルレッドは、ひとりきりで戦い続けなくて済むんですもの」
「え……?」
思わぬ言葉に、愛香は驚いていた。総二もそうだ。慧理那の言葉はテイルレッドが好きというだけの思いだけではなかった。
「どんなに強くても、一人きりで戦い続けるのはきっと、とても辛いものです。私達がどれだけ応援しても、それは直接の支えにはなれません。ですが、仲間がいればお互いに支えあって、どんな苦しいことにも立ち向かって行ける。だから、テイルレッドの仲間が来てくれたことが、本当に嬉しいんですの」
心からテイルレッドを応援し、また同じだけその身を案じる慧理那の姿は、ツインテイルズである二人にはとても眩しく、とても暖かく見えた。
特に自身の人気の無さに生贄を捧げようとさえした青い方は、己の心の醜さに涙さえ浮かべていた。
「会長は、本当にツインテイルズが好きなんですね」
「えぇ。恥ずかしいことですが私、ヒーロー物が大好きなんです。今でも朝にやっている特撮物を見たり、子供向けの玩具を集めたりしていて」
「アルティメギルに襲われた日も、あそこでやってたヒーローショーを見に行ってたんですしね?」
「も、もう! 鏡也くん!! ……こほん。とにかく、そういう事で……テイルレッドに出逢って、そして助けられたことに運命みたいなものを感じてしまっているんです」
恥ずかしげにツインテールを弄りながら、慧理那は言った。
「運命……」
確かに、ある意味では運命だったのかも知れない。あの日、慧理那が襲われたことで鏡也は、そのツインテールが奪われたことで総二が、それぞれアルティメギルに戦いを挑んだ。結果、総二はテイルレッドとして、鏡也はそのテイルレッドと親しいということから狙われることになったのだから。
「ふふ、おかしいですね。どうしてこんな話をしたのでしょうね………あら?」
と、慧理那が視線を一度落とし、そして顔を上げた。まじまじと総二の顔を見る。
「え? な、何ですか?」
「……いえ、気のせいですわね。ごめんなさい。それより、鏡也くん。ちゃんと朝ごはんは食べてきましたか? 顔色が優れませんわよ?」
「いや、今日は……」
「やっぱり。尊、あれを」
「はい、お嬢様」
言われるや、尊はどこからか紙袋を取り出した。それを鏡也の前に持ってくると、中から甘い香りがするのに気付いた。
「これは……メロンパン?」
「はい。テイルレッドにいつかお礼代わりにお渡せればと思って……。彼女も食べた、マクシーム宙果のムギハラベーカリーの限定品ですわ。それじゃ、しっかりと食べて元気をだしてくださいね、鏡也くん?」
慧理那はお日様のような笑顔を残して行ってしまった。
取り敢えず、せっかく貰ったので袋を開けて一つ取り出す。ムギハラベーカリーのメロンパンは慧理那の言った通りの限定品で、放課後ではなかなか手に入らないのだ。
「……なぁ、鏡也? ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
「なんだ? ……うん、さすがはムギハラのメロンパン。クッキー生地が何とサクサクなことか」
「昨日のニュースでひとつ、気になったのがあってさ。……何故か全国的にメロンパンが人気だって言うんだ」
「ほう?」
「その理由がさ……テイルレッドの好きな食べ物だって言うのがネットで広まったからだっていうんだけど……なにか知ってるか?」
「……いいや、知らないな。誰かが火のないところに煙を立てたんじゃないか?」
もぐもぐもぐと、メロンパンを咀嚼しながら首を振る鏡也。総二は尚も続けた。
「Wikiにもさ……いつの間にか加わってるんだよ。『好きな物:メロンパン』ってさ」
「ほうほう?」
「で、出処を探ったけど詳しい事は分からなかったんだ」
「ふむふむ?」
「……でも、妙な話があったんだ。Wikiとかに書き込まれる前に、
「………心当たり無いな」
「お前、会長に何を言った!? 仲間の件といい、メロンパンの件といい、明らかに出処が同じだろう!?」
しれっと返した鏡也に総二は突っ込んだ。なにせ、出処の怪しい話を慧理那まで知っていたのだから、鏡也が無関係とは思えない。
「まぁ、落ち着け」
「むぐっ!?」
総二の口にメロンパンが突っ込まれる。クッキー生地特有の甘い香りが口いっぱいに広がる。
「神堂会長からのせっかくのご好意だ。ちゃんと受け取っとけ」
「ムグムグ……」
「美味いか?」
「……まぁ、美味いけど」
「じゃあ、いいじゃないか。ネットのそれも、これで嘘じゃないって分かったことだし、一件落着。めでたしめでたし」
「めでたくねぇよ!? ていうか、やっぱりお前が原因かよ!?」
「おっと、遅刻してしまう。先に行くぞ、総二」
「こら待て、鏡也!!」
元凶に詰め寄ろうとする総二だったが、鏡也はさっさと行ってしまった。それを慌てて追いかける総二。
「……なにやってんだか」
そんな二人の、”いつも通り”なやりとりに呆れつつ、愛香も追いかけるのだった。
◇ ◇ ◇
昼休みになって、鏡也は中庭にいた。木の影のベンチに転がってぼんやりとしている。
「………」
午前中を過ごした中、鏡也はずっと感じていた。今まで当たり前に信じていたものが壊れてしまっても、それでも日常は流れていく。
テイルレッドに萌えるクラスメイトはそのままだし、幼馴染たちもいつも通りだ。
まるで、変わったのは自分一人だけのように。
「鏡也くん、そんなところで何をしているですか?」
「……神堂会長? 会長こそどうしてここに?」
体を起こし振り返る。少し端に寄ると慧理那もベンチに腰掛けた。
「渡り廊下を歩いていたら、鏡也くんを見かけたので。珍しいですね、お昼寝なんて」
「別に寝てたわけじゃないけど………何?」
気が付けば、慧理那は鏡也の顔を覗きこむように見ていた。クリッとした瞳に映る自分の顔から逃げるように、体を逸らしていた。
「鏡也くん、何か悩み事ですか? もしそうなら相談に乗りますわよ?」
「………いや」
「言い難い事なのですか? でしたら無理には聞きません。ですけど、一人で抱え込んでいると、何も見えなくなってしまいますわよ」
慧理那は心から心配そうに、鏡也に言う。姉弟のように過ごしてきたからこそ、案じているのだ。
「………もし、自分がずっと信じてたものが、全部ウソだったとしたら……どうする?」
だから、自然と口にしていた。誰かに、聞いて欲しかったのかもしれない。慧理那にだからこそ、言えたのかもしれない。
「難しい質問ですわね……」
慧理那はしばし考える。瞳を閉じ、真剣に。
「良くは分かりませんが、鏡也くんはそれが分かって、そこからどうしたいのですか?」
「俺は……出来るなら、今まで通りでいたい。……と、思う」
「では、どうしたらそうなれるか。其処から考えてみてはどうですか? 軽々しく言えることではないでしょうけど……きっと、大丈夫ですわ」
「――何で?」
慧理那は立ち上がると、クルッと踵を返した。
「だって、鏡也くんはあの日からずっと変わっていませんもの。大好きな人を守りたい、騎士になりたいと言ったあの日から……何もかも」
「っ……!?」
「だから、きっと大丈夫。それでももし……その時は、また話をしてください。いつだって、お姉ちゃんは弟の味方ですから!」
笑顔一つを残し、去っていく慧理那。小さなその背中は、あの日と変わらない。
強くなりたい。守れる人になりたい。そんな想いに一つの答えをくれた、幼い日のまま。
『じゃあ、鏡也くんは〈騎士〉になりたいですのね?』
騎士。その言葉をくれた、あの日と同じ。
「ありがとう……慧理那お姉ちゃん」
「っ……!? 今、なんて言いました!? もう一度、もう一度言ってください!!」
「ダメ。今のは一回きりのお返しだから」
「そんな! もう一度だけでいいですから!! あー! 逃げないでください!!」
どうすればいいか。
まずは知ることだ。眼鏡の秘密。自分の秘密。そして今までと、これからを考えていく。
あとは、進むための勇気だけ。
――その日の午後。鏡也は学校を早退した。
鏡也の作り話、ついに公式化w
会長のお姉ちゃんぶりがしっかり描けているか心配です。