今回出てくる方は、アリゲギルディさんとちょっと似た姿のエレメリアンです。
テイルブルーとなってフォクスギルディを倒した愛香は意気揚々と帰ってきた。その腕には青いテイルブレスがキラリと光っている。その後ろに、まるで重力に従って落下した後のようにボロボロとなった総二が続く。
「お、帰ってきたか」
「鏡也、来てたのか。トゥアールは?」
総二が尋ねると、鏡也はクイッと顎で指す。
「向こうの部屋だ。とてもじゃないが……ひどい状態だった」
「……どういう意味だ?」
再度問いかける総二に、鏡也はただ首を振った。
「分からない。ただ、何者かの襲撃を受けたらしい……」
「襲撃って……」
総二は無意識に、一人の少女に視線を向けていた。その少女と目が合うや、彼女は照れくさく笑いながら、右腕のブレスを見せる。それはまるで、揃いのエンゲージリングを見せる新妻のような素振りである。
「そ……そうじさま……気をつけてください」
「トゥ、トゥアール!?」
ヨロヨロとドアの向こうから顔を覗かせるトゥアールに、総二はびっくりする。その様子はまるでフル改造+気力150+魂+必中の最強攻撃にてかげんを加えて叩きこまれた敵のような瀕死ぶりだった。
「世の中には幼馴染を名乗りながら、有無を言わせず暴力に訴えて強奪を行う山賊……いえ、蛮族がいます。そして……全てを見て見ぬふり全てをなかったコトにしようとする外道も……ハッ!」
「大丈夫トゥアール? さ、奥で休みましょう。大丈夫。あたしが送るから」
「ちょ、総二様……たすけ――」
無常にも閉じられたドア。その奥から『ゴッ!!』という鈍い音が響いた。
再びドアが開き、愛香が戻ってくる。
「眠ったわ」
「そうか」
いや、強制的に眠らされたんだろう。などとは総二には言えなかった。
だって、死にたくないし。
アドレシェンツァ前。愛香を送る――と言っても総二の家の隣なのだが――その途中、鏡也は愛香に尋ねた。
「本当に良かったのか? これでもう、後には引けなくなったぞ?」
「いいわよ。覚悟の上で、ブレスをするって決めたんだもの。総二ひとりに戦わせられないでしょ? それに、トゥアールってちょっと怪しいし」
「テイルブレスの属性力……それをどこで手に入れたか、だろ?」
「やっぱ気付いてたんだ。そうよ。だから一人にさせとけないの。そーじ、本当にお人好しだから危なっかしくて」
「……愛香も相当お人好しだぞ?」
「何? なにか言った?」
「いいや、何も。それじゃ、明日が休みでも、早く休めよ」
「うん。それじゃお休み、鏡也」
愛香は自分の家へと入っていく。その姿が消えるまで見送って、鏡也は深く息を吐いた。
「属性力……か。何とかしなければいけないな」
マウンテンバイクにまたがり、鏡也は夜空を仰いだ。地の明るさに星はその輝きを見せなかった。
◇ ◇ ◇
翌日。朝食を終えた鏡也はニュースを見ていた。その話題はテイルレッドともう一人、テイルブルーと名乗る新戦士にも当たる――と思われたのだが。
『なるほど。では現時点でこの青の少女をテイルレッドの味方だと判断するのは危険だと?』
『そうですね。笑顔を見せてマスコミにアピールしていますが、その奥に隠し切れない暴力性を覗かせています』
『今後、テイルレッドに危険が及ばないか懸念されますねぇ』
「………」
テイルレッドは相変わらず、どころか各国首脳までもが支援を惜しまないとか、フォクスギルディにやられて崩れ落ちる幼女に萌えるとか、そういういつも通りな話だった。
だが、テイルブルーは初登場でテイルレッドの人形を情け無用ファイヤーしたものだから、黒騎士もびっくりだ。
そのせいで、テイルブルーの話題性は腫れ物に触るようにスルー。試しにとネットを見てみれば、出るわ出るわの酷評の嵐。
せっかく二人で『ツインテイルズ』というチーム名を名乗ったのに、テレビでは自称評論家の悪評。
さすがに酷いかと思ったが、思い返してみると、仲間の人形を躊躇なく破壊する必要はなかったような気がしなくもない。
属性玉変換機構を使って、ブルーはフォクスギルディの人形属性を無力化させた。その時点で勝負はついていたのだ。
「とはいえ、後の祭りだな」
そう呟きながら食後の珈琲を飲んでいると、着信があった。愛香からである。
これは長くなりそうだと覚悟を決めて、鏡也はその電話にでるのだった。
『鏡也。今日、会社の方に顔を出してくれるか? 渡したいものがあるんだ。仕事があるから、戻ってくる予定の夕方四時ぐらいに来てくれ』
そういうメールをもらったのは、「巨乳用のギアだからお気の毒と言われた」とか「トゥアールがネットで有る事無い事書き込んだ」など、述べ二時間程掛かった愛香の電話が終わった直後だった。
今日は基地には行けないと総二に連絡を入れ、約束の時間に鏡也はMIKAGAMIの本社ビルの前にやってきた。
ビルの出入口はせわしなく人が流れている。さすがに大きい会社だなと、鏡也は改めてこの規模の事業を指揮する父を尊敬した。
「さて、渡したいものってなんだ?」
鏡也は肩に担いだ剣のキャリーバックを直した。先日の不覚以来、出来る限り持ち歩くようにしているのだ。
中に入れば玄関ロビー。上はどこまでも続く吹き抜けになっている。正面には受付嬢のいるカウンターだ。
まずは父に連絡をしてもらおうと、鏡也はそこに向かった。
「あの、すみません。御雅神末次は今、こちらに戻ってますか?」
「申し訳ありません。社長はまだお戻りではありません。アポイントはお持ちですか?」
「ええ。四時頃に会う約束を」
「お名前を宜しいでしょうか?」
「御雅神鏡也です」
名前を言うと、受付嬢が驚きに目を見開く。
「もしかして、社長のご子息ですか?」
「ええ。そうですが」
「でしたら伝言を預かっております。『社長室で待っていて欲しい』とのことです」
「分かりました」
礼を言い、鏡也は社長室に向かうことにする。社長室は最上階にあり、行くならばエレベーターだ。向かって右側にエレベーターホールがあり、そちらへと足を向けた。
「あの、すみませんが」
その背後で別の誰かが受付嬢に声をかけていた。こういうのは忙しいものなんだなと思いながら、鏡也は足を進めた。
「はい。どのような――ヒッ!?」
聞こえたのは短い悲鳴。次いで響いたのは悪魔の宣告。
「私の名はガビアルギルディ。申し訳ないがその制服をくまなく堪能させていただきたい」
「「「モケ―――!!」」」
反射的に振り返れば、受付前にワニに似たエレメリアンが立っていた。どういう嗜好か、ネクタイにシルクハットにステッキまで持っている。
「む? むむっ? そこにいるのはもしや……!?」
鏡也を見るや、ゴソゴソと何かを取り出すガビアルギルディ。そしてその獰猛な牙をむき出しにした。
「フハハハハ! なんという幸運か! ツインテイルズの前に、極上の獲物がいようとは! 御雅神鏡也、あなたを捕らえれば他の者達もさぞ喜ぶでしょう!」
「なっ……!?」
ゾクリとした。ガビアルギルディの言葉はかつてのバットギルディの言葉の答えを占めていたからだ。
アルティメギルは明らかに自分を狙っている。この世界の属性力とは別でだ。
だがどうしてだ。何故、ツインテールでもない自分が狙われなければならない。
もしかしたら、自分の属性力に何か理由があるのか。
めぐる疑問は尽きないが、とにかく今するべきことは一つ。
「くそったれがぁあああああ!」
襲い来るアルティメギルの刺客から、全力で逃げることだ。
同時刻。
「総二様、エレメリアン反応です!」
「場所は?」
「日本――MIKAGAMI本社ビル!!」
「なんだって!?」
総二は告げられた場所に、驚きの声を上げた。
「そこって、鏡也のお父さんの会社じゃない?」
「あぁ、間違いない。急ごう!」
愛香と総二は頷き合うと、同時にブレスを構えた。
「「テイルオン――!」」
赤と青の光が二人を包む。そしてツインテールの戦士へと変身を完了した二人は空間跳躍カタパルトへと飛び込んだ。
「早く逃げて! 急いで!!」
悲鳴を上げてパニックになる人を逃がすように叫びながら、鏡也は外へと飛び出した。
ここならばと、鏡也は剣を抜くためにバックを下ろし――。
「うわあああああ! どいてどいて――!!」
「なんだとぉおおおおおおお!?」
真上から降ってきた赤い影に、鏡也は思わず叫んでいた。
「おのれ、逃しはしませんよ! ……うぬ?」
追いかけて出てきたガビアルギルディが、思わず首を傾げた。
ビルから逃げた鏡也を追いかけて出てきてみれば、テイルレッドがいた。そこはいい。
だが、何故か最重要ターゲット(私事)である鏡也にお姫様抱っこをされているのかと、ガビアルギルディは首を傾げた。
「あなた達は何をしているんですか?」
「「何もしてない!!」」
弁明か言い訳か、鏡也とテイルレッドが同時に叫んだ。だが、テイルレッドの腕はしっかりと鏡也の首に回されており、誰がどう見ても、親密な間柄だった。
何故こんなことになったのか。そのプロセスを解説しよう。
転送によって空から落ちてきたテイルレッドは鏡也とぶつかった。その衝撃に倒れそうになる鏡也だったが、持ち前の身体能力を活かし、左足を引いて体勢を保つ。同時にテイルレッドの腕が首に絡みつく。
勢いはなお止まらず。鏡也の首を軸にして、テイルレッドの小さな体がぐるりと廻る。
それを止めようとするテイルレッドだったが下半身は振られたまま。それが鏡也の上半身にぶつかり、また倒れそうになる。
更に鏡也は耐えた。伸ばした両手がテイルレッドの体をがっしりと押さえた。
それらがわずか1,23秒で行われた結果――見事にお姫様抱っこが成立したのだった。
「ぬぬ……やはり、あなた方は親密な間柄なのですね」
「え……?」
「誤解を招くような言い方をするな! 鏡也と俺はそんな妙な関係じゃねぇ!!」
「では、お聞きしましょう。二人の関係はなんなのですか!?」
ズビシ! と、ステッキを突きつけられ、二人は思わず顔を見合わせる。辺りを囲むギャラリーも、しんと静まり返った。
「………」
「………」
しばし見つめ合う二人。そして同時に口を開いた
「「赤の他人だ」」
「「「そんな訳あるか―――っ!!」」」
衆人環視から野次にも近いツッコミが響いた。
「何やってんのよ」
「ごふっ!?」
ドスッ! と言う鈍い音と共に、鏡也の脇腹にブルーの蹴りが突き刺さった。たまらず崩れ落ちる鏡也。
「ちょ、ブルー!? その状態で蹴っちゃダメだって!?」
「大丈夫よ。手加減したし」
そういう問題ではない。一般人を蹴るなど、また酷評が広がってしまう。そして何故、ブルーが不機嫌ぽいのか、レッドは理解できなかった。
「おま……あ、ブルー……俺が何をした!?」
ビクビクと震えながら立ち上がった鏡也はブルーに文句を言う。存外、頑丈である。
「何をしたどころじゃないでしょ!? 今まさにしてるじゃない! さっさとレッドを下ろしなさいよ!」
「……解せん」
渋々、テイルレッドを下ろす。
「ど、どんまい鏡也」
慰めにポンと鏡也の肩を叩くレッド。
「やっぱり解せん……何故、俺がこんな目に遭わなければならない」
鏡也は剣をバックから抜き放ち、その不平不満をガビアルギルディに叩きつける。
「そもそも、何でお前らアルティメギルは俺を狙うんだ!? 狙うならこっちじゃないのか!?」
そう言ってレッドを指差す。
「勿論。テイルレッドのツインテールこそ我らが狙いです。ですがそれはそれ。これはこれ。テイルレッドと親しげにするあなたは非常に目障りなので、見かけたら優先的に排除しようと全会一致で決まっているのです」
「お前らはアイドル親衛隊か何かか!?」
余りにもくだらない理由に、思わず声を荒らげてしまう。テイルレッドと親しげだから排除対象にされて狙われるなど、冗談でも笑えない。
「おい、テイルレッド。どうしてくれる。責任をとれ」
「俺、悪くねぇよな!? 責任なんて取れないぞ!?」
「ぬぬっ! 幼女に責任を取らせようなどとは……何と卑猥な!!」
「黙れワニ! 卑猥なのはお前の脳みそだ! 責任にどんな意味を汲みとった!?」
「いい加減にしなさい」
ブルーのチョップが鏡也の脳天に炸裂した。頭蓋を貫くその衝撃は鏡也の足を崩れ落とすには十分過ぎた。
「いつまでも遊んでんじゃないわよ。さっさと終わらせるわよ!」
「そ……それを言うために、何故俺の頭を叩いた?」
クラクラする頭を振りながら、立ち上がる鏡也。言いたいことはあるが、今はアルティメギルの排除が優先だと、気合を入れる。
「鏡也は下がってて。危ないから」
「馬鹿にするな。アルティロイド程度なら、やりようはある。それに、父さんの会社で好き勝手しようとしたんだ。息子の俺が逃げるわけには行かない!」
「………はぁ。レッド、鏡也の方をお願い。エレメリアンはあたしがやるわ!」
ブルーはリボンを叩き、その光をその手に宿す。それは水の滴りとなって弾けた。生み出されたのは長柄の刃。海皇の力の化身――三叉の槍。
「ウェイブランス――!」
「来なさい! フォクスギルディを倒したその力、見せてもらいましょう!」
ガビアルギルディの杖と、ブルーの槍が激突する。
「こっちも行くぞ、テイルレッド!」
「よぉし! こい、ブレイザーブレイド!」
紅蓮の刃と鋼の剣がアルティロイド目掛けて踊る。
◇ ◇ ◇
「――これは、何が起こってるんだ?」
MIKAGAMIビルへと続く道路に一台のハイヤーが停まる。だが、道は不自然な渋滞が起こっており、先へは進めない。
「社長、これを!」
「何だ? ……こ、これは!?」
社長――御雅神末次は目を見開いた。運転手が点けた車載テレビに映ったのは、自社ビル前の映像だった。どうやらヘリからの中継らしく、空から俯瞰で映されている。
その中で、青と赤に混じって走る人影。
「鏡也……!? 何故だ。何故、あの子がまた戦っている!?」
末次は信じられないものを見たと狼狽した。
前の時は偶然だと思った。だが、再び鏡也がエレメリアンとの戦いに身を投じている事実は、末次にとって悪夢でしかなかった。
偶然などではない。
エレメリアン――アルティメギルと鏡也の間には、想像だに出来ない因縁があるのだと。
そしてその因縁ある限り、鏡也の身に危険は迫り続けるのだと。
末次は車を降り、走りだした。
◇ ◇ ◇
「ちっ。なかなかやるじゃない」
幾度目かもわからない、槍撃をいなされたテイルブルーは距離をとった。けして強くはないが、守りがとにかく上手い。こういう手合は、我武者羅に攻めても術中に落ちるだけだと、ブルーは仕切り直す。
「フッフッフ。ステッキ術は紳士の嗜みなのですよ、マドモアゼル? ですが、そろそろ……」
不敵に笑うガビアルギルディ。何か仕掛けてくるかと、ブルーは身構えた。
「我が属性力の煌き、その身で味わいなさい!!」
ごう! と、灰色の風が吹く。ブルーはとっさにフォトンアブソーバーで防御する。が、ダメージが一切ない。無効化されたという訳でもない。
一体どういうことかと、ブルーが構えを解いたその時、我が身の異変に気が付いた。
「な、何なのよこれ――――っ!?」
テイルブルーの装いが、露出過多のスーツから、どこぞのOLのようなものに変わっていた。
いつも着ている制服よりも重く、動きづらい。足もピチっとしたタイトスカートになっており、両足の自由が利かなくなっていた。
「私の属性力は〈
「この間のバットギルディといい、どこまでOL好きなのよ!?」
「彼はストッキング属性。私とは違います。ですが彼とはよく、スーツとストッキング、その黄金比について語り合ったものです」
「あぁ、なんか俺も総二とあったな。眼鏡とツインテールの関連について語ったことが」
鏡也が唐突に思い出し、そしてウンウンと頷くレッド。
「ですが最後には、意見が合わず、取っ組み合いになってしまったものです」
「あぁ、俺達もそうだったなぁ。メガネが先か、ツインテールが先か。結局、夜通し掛けても答えは出なかったんだ……」
しみじみと思い返す鏡也。レッドも一緒になって思い出にひたる。この二人、絶賛戦闘中である。
「どいつもこいつもふざけんじゃないわよ! こんなもの引きちぎって――あれ? ぐぬぬ……! うがぁあああああああ!!」
ブルーは力いっぱい制服を引っ張るがビクともしない。脱ごうとしてもボタンが外れない。スカートも脱げない。
「無駄ですよ。それは私の属性力の塊。そもそも、スーツとは頑丈でなければいけません。フォクスギルディのリボンの様には行きませんよ?」
チッチッチッ。と、短く太めの指を振ってみせるガビアルギルディ。イラッとしたブルーが、このままでも構うものかと走りだし――派手にこけた。受け身を取るまもなく顔面からいった。勢いが良かったせいで、地面に亀裂まで走った。
「くっ……! なんて動きにくいのよ!?」
「その動きづらさを乗り越えてこそ、真のOL足りうるのです。さぁ、この試練を乗り越えて見事、OLの星となりなさい!」
「んなもん、なってたまるか―――っ!!」
ガバッと起き上がり、再びスーツを引剥がそうとするブルーがもがきだした時、通信が届いた。
『総二様、愛香さん! そのスーツの弱点が分かりました!』
「なんだって!?」
「どこ? どこを殺ればいいの!?」
ブルーはギラリとランスを光らせる。フラストレーションはマックス寸前だ。
『スーツの唯一の縫い目……背中です!』
「よし分かった……って、どうやって壊せばいいのよ!?」
「まかせろ! 俺がやる!!」
テイルレッドがブレイザーブレイドを構え、ブルーの方へと向かおうとする。
『ダメです。ブレイザーブレイドでは威力がありすぎます。スーツを斬ると同時に、愛香さんを傷つけてしまう可能性が……』
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」
「おい、どうしたんだ?」
唯一、通信の聞こえない鏡也には状況がわからない。だが、テイルレッドが何かを躊躇したのには気付いた。
おそらくブルーを助けようとして、問題が起こったのだろう。と、いきなり携帯が鳴った。
こんな時に誰だと出てみると、どこで調べたのか、それはトゥアールからだった。
『鏡也さん。鏡也さんの剣なら、あのスーツの背中の縫い目だけを切り払える筈です!』
「つまり、俺に奥の手を出せってことだな?」
『危険なのは重々承知しています。ですが、お願いできますか?』
「みなまで言うな。テイルレッド、後を任せる!」
鏡也は携帯をしまうと走りだした。
「ブルー! 背中を向けろ!」
「鏡也!? ――分かった!」
テイルブルーは背を向け、その瞬間を待つ。そして鏡也は自身の属性力を高め、剣先へと乗せた。
「はぁ――っ!!」
ヒュン! と閃光が走る。同時に灰色の風がブルーの背中から噴き上がって夕焼けの空に溶けていく。
「ば、馬鹿な!? 私のスーツを一撃で切り裂いたですと!?」
「うるぁあああああ!」
ブルーはこの瞬間を待っていたとばかりに、スーツを今度こそ引きちぎった。そして動揺するガビアルギルディに向かって激流を放った。
「オーラピラー!」
噴き上がる水流が蒼き柱となってガビアルギルディを縛り付ける。そして間髪入れず三叉の槍を翻し、全力で投げ放った。
「エグゼキュートウェイブ――ッ!」
怒れる槍刃は一切の慈悲もなく、ガビアルギルディを貫いた。バチバチとガビアルギルディの体にスパークが起こる。
「よ、よもやこれほどとは……! 見事です……御雅神鏡也!」
「あたしに言うことはないのか――っ!!」
ブルーの叫びをBGMに、ガビアルギルディが爆発した。
アルティロイド達は例の如く、モケモケと撤退し、無事、戦いに勝利したツインテイルズはブルーの、リボンの属性力で生み出された翼を使って飛び去っていった。
残された鏡也もその混乱に乗じて、ビルの中へと逃げ込んだのだった。
◇ ◇ ◇
どうにかMIKAGAMI本社ビル前から人がいなくなり、混乱の熱も覚めた頃。鏡也と末次は社長室にいた。
沈黙が室内を支配する。鏡也はソファーに、末次はデスク備え付けの椅子にそれぞれ座ったまま、かれこれ一時間は経過しようとしていた。
「……えっと、父さん? 渡したい物って……何?」
色々と遭ったせいで末次も大変なのはわかるが、このままでいる訳にも行かないと、しびれを切らした鏡也が尋ねる。
「……あぁ、そうだったな。これを渡そうと思っていたんだ」
末次は引き出しから小箱を取り出した。鍵を開け、中から取り出した物をデスクの上に置いた。
ソファーから立ち上がり、鏡也はデスクの前まで行った。何故だろうか。その一歩一歩が果てしなく遠く感じられる。
まるで、彼方に消えてしまった何かが目の前に現れたかのような、そんな予感が溢れだす。
其処にあったのは一つの眼鏡だった。ハーフリムで、不思議なことに糸はない。
普通のハーフリムは、レンズを下から支えるための絹糸が張られているのだが、これにはそれがないのだ。
それに通常のハーフリムよりもフレーム全体が太めになっている。何よりおかしいのは、光を透過しながら、レンズがそれを一切歪めていない。
つまり、これは伊達眼鏡ということだ。
「これはね……いつか鏡也に渡そうと思っていたものなんだ。出来るなら、こんな日は来なければ良いと、ずっと思っていた。だけど、運命は私達を見逃してはくれなかったようだ」
とても悔しそうに、末次は言葉を吐き出す。その端々に無念さがありありと見える。
何が末次を其処まで思いつめさせたのか、鏡也には分からなかった。
「――鏡也。私は鏡也に話さなければならないことがある。とても……そう、大事な話なんだ」
末次はしばしの間、顔を伏せて、そして口を開いた。その言葉はとても神妙で、思わず鏡也は息を呑んだ。
「鏡也。お前は……私達の本当の子供ではないのだ」
やっとこさここまで来ました。
皆さん、シリアスな主人公をどうか覚えていてあげてくださいww