一向は江ノ島へ急いだ。
理由は単純。
「急げ、時間がない。」
ユウがこう言ったからだ。
とりあえずその言葉に従って艦を出し、太平洋へ出た。
最大速度で波を切り、目的の場所へ向かった。
そこはもう海。
だがその場所自体に意味があると、彼は言う。
「何で江ノ島なんですか?」
ヘンズが問うた。
「それを話すにはまず、俺がネメシス08と一体化して
そう言って医務室のベッドに腰掛けるユウ。
彼の身体を支えるユリも、艦長のサクラも、操舵士を務めるフィルシアも、彼の言葉に耳を傾ける。
「最後の戦いの時、あの光の柱を発生させたあの時、リリスの声が聞こえたんだ。『Siren become silent』ってな。」
「警告が、沈黙になった…?」
「あぁ。最初は何のことか分からなかったが、意識が完全に融合する直前、ある物が見えた。映像としてな。」
どことなく怯えた様子で語るユウ。
弱々しい四肢が小刻みに震える。
「全滅させたはずのゴーストが、江ノ島周辺の座標に湧き、暴れていた。しかも、その身体は、真っ白だった。」
驚愕した。
この場にいただれもが驚愕した。
白いゴースト、それすなわち、
「リリス…!?」
「敵は、リリスってことですか!? ネメシスアークの素体になってるあの!?」
「否、敵じゃない。これは罰だ。人類に対しての、極刑だ。」
リリスが現れ、暴れ、それが敵でないというユウ。
しかもそれは罰であり、悪いのは人間だと言う。
「みんな気付かないか? ここ十数年、地球上で大災害が起きてないこと。」
「確かにねー。でもそれがどう関係するんだい?」
「大地震や竜巻、津波、これらは地球自身の免疫作用らしい。そしてそれを地球内部からコントロールしていたのがリリスなんだそうだ。リリスは複数存在し、指令リリス、伝達リリス、執行リリスに分けられる。そして地球連邦が偶然発掘してしまったのがネメシスの素体、執行リリスだった。」
淡々と、ゆっくりと自分の知ったことを話すユウ。
「それを兵器へ転用しようと考えた軍は、リリスの乱獲を始めた。これが意味することは解るなヘンズ?」
「免疫不全……」
「そうだ。執行リリスが不足している今、病巣たる"人類の過ち"が溜まりに溜まった状態に陥っている。リリスたちが最終手段に出るまでの
それで彼は、江ノ島へネメシスアークを連れて行くように言ったのだ。
「でも、執行リリスが戻ったらまた、ううん、これまで以上に、各地で大災害が頻発しちゃうんじゃないの? しかも今はただでさえ戦時中で多くの人が死んでいるのに…」
「その通りだユリ。免疫か天罰か、人類にはこの2択しかない。リリスに慈悲はない。」
「そんな…」
人類に残された道は絶望。
それほどまでに人類は、過ちを犯し続けたと言うのか。
そうかもしれない。
しかし、本当にそうだろうか。
それはたった一握りの人々が行ったことではないのだろうか。
果たしてこの罪は、人類全体が犯したものなのだろうか。
「第3の道があります!」
誰もが俯いて恐怖、絶望に染まっていた中、希望を持つものが立ち上がった。
戦場で出会い、自らの道を大きく変えた勇気ある少年。
彼の名は、ヘンズ・エフォート。
「リリスによる罰が下るのなら、それに抗えばいいんです!」
「地球の中枢たるリリスを失ったら、この惑星がどうなるか判らないんだぞヘンズ…!」
「リリスを倒すんじゃない、わかり合うんですよリリスと! 人類は自分たちの過ちを、その罪を償える種族なんだって、そう伝えればいいんです!」
ヘンズの眼は本気だった。
「どうやって伝えるんだ。オリジナルのリリスは人類の上位種、否、もはや生物とも言えない存在だ。俺たちとは違う土俵の上なんだぞ。」
「でもできるはずです! 僕がネメシスアークと心をひとつにしたように! あなたが、ネメシス08と意識の交換をしたように! 少なくともリリスには、"心"が存在するんです。ならきっと、僕たちの心とも通じ合えるはずでしょ!」
確かに、言っていることは間違ってはいない。
しかし、あまりに無謀すぎた。
根拠はあっても、方法がない。
「やろう。」
その一言は、桜髪の女軍人、サクラが放ったものだった。
腕を組み、表情を変えないままそう言った彼女は、ヘンズの肩に手を置いた。
「やってみる価値はあるわ。勿論、ハイリスクは承知の上よ。」
「懐かしいなーその感じ。ウチも乗るよ。」
「サクラ…フィルシア……」
フィルシアもヘンズの傍に移動し、ユウの眼に訴えかけるような視線を送る。
そこには、何の説明もつかないような自信や信頼感が感じ取れた。
同時に、"願い"という単語が、ユウに伝わった。
「ユウ君、ヘンズ君はやる子よ。信じて見ましょう…!」
ユウの身体を支えるユリも、ヘンズの案に乗った様子だった。
ユウは押し黙る。
悩み込んで、目を瞑った。
賭けだということは言わずもがなであるが、本当に上手くいくのか、それが気掛かりでならなかった。
「ユリ、フィルシア、サクラ…ヘンズ・エフォートは、信じられる男か?」
「それは君が一番知っているはずよ。」
サクラは知っていた。
ヘンズを乗せた時のネメシスアークは、反応速度が異常に早かったことを。
フィルシアやユリの時では見せなかったその実力を、数値として見ていた。
軍人として自分の指揮下(と言ったら語弊があるかもしれないが)にある機体の管理を真面目にこなしていたからこその言葉だろう。
「そうだな…よし、乗ったぞヘンズ!」
「ユウさん…!」
ユウの目が変わった。
それに応えてか、心なしか四肢に力が入るようになったように感じる。
「決まりだねっ!」
「フィルシア、速度を上げて。艦が壊れても構わないわ。」
「あいあい館長!」
フィルシアが茶目っ気の混ざった敬礼をしたと同時に、艦がぐんと加速した。
慣性で身体が傾いたところをユリに支えられたユウは、驚きの目でフィルシアに問うた。
「今、どうやって…!?」
フィルシアは得意げに頭を指差して答えた。
「遠隔操作っ。12年の間に技術は進歩したもんでね、ヘアピンサイズのインターフェイスで脳波を操作系に送信できるのよ。」
「か、変われば変わるもんだな……」
フィルシアは可愛くウインクして見せた。
「さて、作戦開始まで、ヘンズ君とユウ君は出撃の準備を。」
「はい!」
「わかった。」
同時刻、江ノ島海域。
現在、第一種戦闘配置。
地球連邦軍の監視衛星が、重力場の歪みを観測し、現在ここには海軍主力艦隊だけではなく、空軍、AD部隊までもが集結し、その力場を包囲していた。
バベル級戦艦7隻、ヴェーガス級航空戦艦3隻、水中用ADナイト60機、海上仕様ルーク45機、空戦仕様ウォーリアー15機、拠点攻略用
この過剰とも言える大艦隊を率いるのは、エリック・ノヴァ准将、副司令にE2大佐。
そして新型IADを含めた空戦部隊を指揮するのは、涼波・ハルト中佐。
地球連邦軍内でもこれほど大掛かりな部隊は前例が無かった。
ただでさえ費用のかかるADに海戦仕様のホバー装備や空戦仕様の追加スラスターなどを調達した上で、最新鋭艦を計10隻、それにADを運ぶための空母も多数。
かつて平和主義を唱えた旧日本の海域とは思えない異様な光景だった。
「これだけの大部隊……軍はどれだけリリスを恐れているのか…」
「その恐ろしさは、12年前のゴースト抗戦で証明されていますわ。といっても、あの時はネメシスタイプの活躍で被害範囲を予想以上に縮小することに成功いたしましたが。」
飛行形態のカグラの上に乗るアマツ。
それぞれのパイロット、カグラのイクス・ナッハフォルグとアマツの涼波・ハルトが会話していると、ヴェーガス級航空戦艦からの出撃が完了したアカツキ3機と合流した。
赤橙色のその機体は、連邦軍初の"飛行可能な非ネメシスタイプ"だ。
軽量化とジェネレーター出力向上によって実現したこの機体は、その事情によりだいぶ華奢な印象を受ける。
しかし、アマツ系の特徴として、装甲に"ネオ・スケイル合金"を仕様しており、従来の主流であるドラゴスケイル合金よりも高い強度と軽量性を誇る合金である。
「こちらアマツ。アカツキ3機と合流しました。」
『確認した。涼波中佐、実戦データのない新型を押し付けて申し訳ないが、君なら適切な指揮が取れると見越してのことだ。健闘してくれ。』
「承知しています、エリック准将。」
江ノ島。
ここでこれから繰り広げられるのは、人類の終わりか、それとも新たな時代の幕開けか。
何にせよ、この日、一つの時代が、終わろうとしている。
どうも星々です
星々の悪い癖、終盤で色々明らかになりすぎて忙しい、発動
ほんと無計画ですいません
中盤くらいで少しずつ明かしてこうと思ったんですが、無計画の末こうなりました申し訳ございません
とはいえ、もうすぐですよ最終決戦!
ほんとは十二話で終わらせるつもりだったけど(小声)
第1章よりも少し長くなり…そう?