「さて、作業を始めるから退いててくれ。」
重たそうな工具入れを肩に掛けてヘンズやユリにそう言うシンジ。
「作業って、何をするんですか?」
「ちょっとした調べものさ。」
端的に述べ、これ以上の詮索を避けるようにヘンズに背を向ける。
ヘンズは納得するわけでもなく、詳細をユリやフィルシアに尋ねようとするも、どことなく聞き辛い雰囲気に押し黙る。
仕方なく端の方に腰を下ろし、シンジの様子を眺める。
「気になるの?」
遅れて休憩所から出てきたサクラが、腕を組んでヘンズの横に陣取る。
壁に重心を任せ、バイザーをつけた顔をただ正面に向ける。
「そりゃ気になりますよ。だって普通じゃないですから、あの機体。」
「………。」
目線を落としてそう言うヘンズに、サクラは少し考えた。
やはり、話すべきだろうか。
シンジに言ったように、ショックを受けてしまう可能性も否定できない。
しかし、自らが乗る機体のことをよく知らずというのは、パイロットとして納得いくものではないだろう。
「それじゃあ教えてあげるわ。ただし、それなりの覚悟があるなら…。」
「………覚悟って言われると、そうじゃないかも知れませんが…努力はします…!」
サクラは決意した。
ヘンズの真っ直ぐな目、その表情。
何より覇気のようななにか見えない力を感じたのだ。
「…こっちへ。」
ぶっきらぼうにそう言って壁から背中を離すサクラ。
ヘンズは急いで立ち上がり、その後に続く。
サクラはヘンズをネメシスアークのもとへ連れて行った。
コンテナから出され、仰向けの状態になったそのヒト型機動兵器の上では、すでにシンジが作業を始めようとしていた。
「おい、今から作業を……!? …いいのか?」
「えぇ。」
真剣な眼差しでサクラに問うたシンジは、その職人の手でコックピット内へ滑り込んだ。
手招きに導かれて彼に続いてコックピットへ入るヘンズ。
シンジはヘンズが入ったことを確かめると、オールビューモニターの後方部分に慎重に触れた。
そのまま何かを探すように画面を撫で、あるところでその手を止めた。
「いくぞ……」
振り向いてサクラに確認をとる。
無言の頷きを受け取り、ゆっくりと手を押し込む。
すると、壁面がスライドするように動き出した。
「………!?」
ヘンズはその向こう側の光景を目の当たりにした。
一欠片も予想だにしなかったそれに、驚き、言葉を失い、吐き気すら催した。
「俺も初めて見るが…こりゃぁ………」
ある程度の事情を知るシンジでさえ、その光景に鳥肌が立つ。
「これが…
そこには、少年の姿があった。
黒い、暗い、その壁面に侵食されているように。
手脚は壁の中に、顔の左側は伸びて壁に張り付き、髪や肌の色も所々変色している。
そこには、ユウ・ヴレイブの姿があった。
「彼……彼ってあの…」
「ユウ・ヴレイブ。それが彼の名前。12年前にこの機体でゴーストと戦った勇者よ。彼は闇を祓う光の柱になった。そしてその代償として、今こんな姿に…」
連邦の闇、人間の欲望の闇、世界の闇
その集合たるアポスル神話計画の駒にして打破者でもあるネメシス08およびそのパイロットのユウ・ヴレイブ。
突如として訪れた出会いを経て、命懸けの激戦を経て、その身をひとつにした。
そんな英雄の現在の姿はあまりにグロテスクで、身の毛もよだつ魔物のようだった。
彼のおかげで今の世界がある、それくらいはヘンズにも理解できていた。
今まで軍のエースを凌ぎ、軍の大部隊を押し切れたのも、ネメシスアークから感じた意思があってこそだった。
しかし、いざ彼の姿を目の当たりにすると、恐怖と吐気で身体が捻られる。
「ユリがこの機体と逃げていたのも、フィルシアがこの機体を守ったのも、私がこの機体を保護したのも、全て彼のためだったの。彼を救うため、それが私たちの行動理念。そのためなら私はイスダルン軍を利用するし、かつての戦友とも刃を交えるわ。」
「僕には…そんな覚悟……」
「でも、あなたはここまで乗ってきた。」
あまりの残酷さに顔を背けるヘンズの肩に、優しく手を添えるサクラ。
「彼の言葉を、『江ノ島に連れて行く』という言葉を、私たちはその約束を果たさなければならないの。そのためにはヘンズ、君の力が必要なの…!」
「そんな、僕は………ッ」
「あなたじゃなきゃダメなの…! あなたは彼の
肩を掴み無理やり向かい合わせるサクラ。
ヘンズの目には涙がたまっていた。
しかしそれは、サクラも同じだった。
その時だった。
突然、碇工房が崩落した。
否、崩
建物が砕け、天へと浮き上がっていた。
「なんだこの現象は!?」
シンジが慌てて状況を確認しようとするも、工具たちも浮き上がってしまい、上手く身動きが取れない。
「これは…グランスマッシャー!?」
「いや、何か違うわ。」
そう、連邦のアマツがハワイで見せたグランスマッシャーとは、違うところがあった。
それは"発光現象"。
それも、イミュー粒子のものと酷似している。
『ふはははは‼︎ 見つけたぞヘンズ!』
「涼波ハルトか!」
瓦礫の隙間から見える巨大な人影。
それは真紅に染まったIADだ。
二本の刀を携え、北海道の大地に仁王立ちする。
『決着を付けるぞヘンズ! このアマツ
ハルトの言葉を聞いてパイロットシートに座ろうとするヘンズ。
しかし、操縦桿に触れる一歩手前で、彼の動きは止まった。
指先は震え、顔は青ざめている。
無理もない、彼の背中にはヒトであって人ならざるものがあるのだ。
「ヘンズ君!」
ユリが叫ぶ。
「あなたにしかできないの!」
「私たちの行動を、追ってきた夢を、ここで終わらせたくない!」
「お願い……!」
ユリ、フィルシア、サクラがヘンズの背中を押す。
「ヘンズ! 俺はパイロットじゃないから前線で命を懸けたことはないが、多くの人の想いを背負ったことくらいある。だからこれだけは言える! 男なら、女たちの想いを無駄にすんじゃねぇ!!」
シンジの言葉でも未だ勇気が出ないヘンズ。
こちらの事情を知らないハルトは、苛立ちを覚えながらもその武士道精神に従いヘンズを待ち続けた。
しかしそれはほんの数分。
堪忍袋の緒が切れたハルトは、
(想い……)
鼓動が早くなる。
(僕にしかできないこと…)
(でも……身体が動かないんだ…)
徐々に近くなる足音。
焦る。
(どうすれば…)
「どうしろって言うんだ!!!」
アマツχが天羽々斬を振り上げたその時。
ヘンズの叫びに呼応したかのように、ある人物が動いた。
それは彼、ユウ・ヴレイブ。
眠るように目を閉じていたユウが突然目を見開くと、ネメシスアークが起動し、両の掌で刀の剣尖を挟み込んだ。
『真剣白刃取りだと!?』
何も触っていないヘンズが振り向くと、ユウが力強い眼差しでこちらを見つめていた。
その表情は、笑っていた。
---行くぞ、相棒---
ユウがそう語りかける。
ヘンズの心は、不思議と整理されていった。
突き動かされて頷くヘンズ。
「やります! サクラさんとシンジさんは下がっててください!」
サクラたちを降ろすと、ヘンズはネメシスアークを立ち上がらせ、槍を引き抜いた。
「大丈夫、行ける…今までだってやってきたんだ。落ち着けヘンズ・エフォート…!」
深呼吸をしながら自分に言い聞かせる。
中々動き出さないネメシスアークを心配してか、そこにサクラの小型通信端末から通信が入った。
『大丈夫なのヘンズ君?』
「その心配はないぜサクラ!」
ヘンズの代わりに答えたのは、ユウだった。
壁に張り付いたままの身体で、その自らの口で、はっきりとそう言った。
彼は、間違いなく生きていた。
生きているのだ。
槍を頭上で大きく回し、正面にどっしりと構えるネメシスアーク。
そのコックピットでヘンズは答えた。
「守ってみせますよ。サクラさんたちも、その夢も‼︎」
今のヘンズに迷いはない。
眼差しはしっかりしていて、明るく、まるで太陽を追う向日葵のようだった。
「「さぁ、行くぞ…! 飛べ! ネメシス‼︎」」
ヘンズとユウの声が合わさると、ネメシスアークは今までにないほど力強く大地を蹴った。
お久しぶりです星々です
…………………
お久しぶりですじゃねぇよ!!
すみません多忙に多忙が重なりタが4つもありまして(何言ってんだこいつ)
とにかく最近忙しくて更新できてませんでした
まだこの忙しさは続きそうなんでまた時間空いちゃうかもです、ご了承ください