江ノ島へ向かう途中、一度ハワイに立ち寄ったヘンズとユリ。
アジア方面と南北米との交通の中継点となっているここは、世界でも数えるほどの発展都市となっていた。
街中には様々な人種が混ざり合い、様々な文化が共存していた。
そんな賑やかな都市だが、すこし視線をずらすと至る所に軍事基地が点在している。
「とりあえず、何か食べようか。お腹も空いたしね。」
「え、でも食料ならシートの下にストックありますけど…?」
「あんなカンズメばっかり食べてたら身体によくないよ? 育ち盛りなお年頃の君には特にね。」
そう言ってヘンズの手を引くユリ。
しかし、今ヘンズが着ているのはボロボロの服なので、最初に服屋で一式揃えてから街に出ることになった。
「それにしても賑やかなところですね……戦争中だとは思えないです。」
ユリに服を揃えてもらい並んで街を歩くヘンズ。
彼は高層ビルや行き交う人たち、舗装された道などを見回しながら初めて味わう都会の雰囲気に浸っていた。
上を見たり下を見たりしているので何度かユリにぶつかってはすみませんと謝っている。
「ここは地球連邦の領土ではあるけど、ある程度イスダルンとも共有してる場所なの。まぁ一歩外に出れば周りは連邦領土だから、わざわざハワイまで来るイスダルン人はいないけどね。」
「中立地帯みたいな感じですか?」
「少し違うけど、まぁここで戦争しちゃいけないっていうのは暗黙の了解というか…ちょっと説明しにくいけどそんな感じ。」
連邦の基地が多く点在するのもイスダルンが攻めにくい理由の一つではあるだろうが、実際に人々に一箇所でも平和な場所を取っておきたいという心があり、それがここハワイの発展へ繋がったのだろう。
戦争がどのようにして終結したとしても、ここから世界を平和に導く、平和への種という考え方だ。
しかし人間は愚かなもので、軍はそれでも戦争を止めないし、ここの民衆は平和という安心感から戦争を忘れている。
「一度でいいから、こういうところで暮らしてみたいな………」
ヘンズがそう呟いた時、1人の男とすれ違った。
多くいる通行人の一人という認識だったので気にすることも無かったが、男の方はそうではなかった。
「待ちたまえ!」
すれ違った背中に声をかける男。
ヘンズとユリが振り返ると、至ってシンプルな格好の男性がポケットに手を入れて立ち止まっていた。
顔だけをこちらに向け、サングラスの向こうの目を向ける。
よく見ると、女性と2人組だったらしい。
「私たちは、どこかで会ったことがあるか?」
突然の問いに戸惑うヘンズ。
「多分、人違いだとは思いますよ。こういうとことに来るの初めてなんで。」
「そうか、呼び止めてしまって済まないな少年。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
短い会話で再びそれぞれの方向へ歩き出す。
この男が、グランドキャニオンで激闘を繰り広げたアマツのパイロットと知るには、そう時間はかからなかった。
人間の発想というものは、稀に関心するものがある。
野菜と肉を手軽に食べたいので同時にかじる。
しかし手が汚れるのでそれをパンで挟む。
この、人間の食文化に革命的な存在となったであろうハンバーガーという食べ物。
ハルトとイクスはそれを頬張りながらちょっとした広場で休憩している。
ここハワイに来た目的は、エリック個人からイクスに与えられる機体を受け取ることだ。
その途中で、親善も兼ねた街の散策をしていた。
「あの少年…只ならぬ覇気だった。」
「そう? 私にはただの男の子に見えましたわよ?」
広場のベンチで先ほどすれ違った少年について話す2人。
彼が、今追い求めているネメシスアークのパイロットであることはまだ知らないのだが、ハルトはそのプレッシャーが頭から離れないでいた。
「中佐にもなって前線で戦いすぎて、少々疲れているのでは?」
「フッ…そうかも知れんな。」
そんな会話をしながハンバーガーを完食する2人。
そろそろ行こうかと立ち上がった時、ハルトにとっては聞きなれた音が鳴り響いた。
低音域から高音域までを往復するように規則的に変化するその音。
街の至る所では赤いランプが回転、又は点滅している。
「警報だと!? ハワイに敵が来たとでも言うのか!」
「急ぎましょハルト!」
「あぁ!」
2人は停めてあった真っ赤なオープンカーを
「何だこのサイレン!? 敵なのか!?」
「コンバット・フォーメーション…敵襲の警報よ!」
同じ頃、ネメシスアークの下へ帰る途中のヘンズとユリも、鳴り響く警報を聞いていた。
急がねばと走り出すと、大きな影が地面に落とされた。
見上げると航空輸送艦と思しき機影が3隻、上空を通過していく。
それぞれIADを10機ずつ投下してから、高度を上げていく。
「あの機体…連邦のじゃないですよ!」
「イスダルンの
誰も予想していなかったイスダルンの襲撃。
故に察知するのが遅れ避難が不十分なままの街に、パラシュートを広げて降下を開始するイスダルンの量産型IADヴァイパー。
基地が多く点在するとはいえその殆どが開発基地であり、少数派の駐屯基地では、珍しいスクランブルに混乱が生じていた。
「丁度いいわ。この期に乗じてハワイから出るわよ!」
「分かりました。ルートはプランBで行きます。」
「満点よ。さぁ早く!」
2人は全速力でネメシスアークの元へ向かい、それに乗り込んだ。
待機状態にしていたシステムはすぐに発進準備を整え、ハワイ中のどのIADよりも素早く立ち上がった。
「システム正常…変形して一気に行きます!」
周囲の木々を揺らしながら浮遊するネメシスアーク。
背中のウイングバインダーから一瞬大きな光が生じると、機体は一気に上空へ舞い上がった。
すぐさま変形し、進路をプランBに合わせる。
目下では細身ながらゴツゴツとした黄色い機体が街をのっそりと歩く光景が。
次第にその足元は赤く染まり始め、轟音と共に周囲の建物が吹き飛ぶ。
蹂躙される大都会。
平和への種が壊されていく。
「一方的じゃないか……」
ヘンズの脳裏に今まで味わってきた戦場の臭いがフラッシュバックした。
火薬と血と鉄の臭いが充満し、砂を含んだ空気が肺を満たすたびに吐き気を催す。
今まで何とか命を繋いできた戦場の感覚だ。
ヘンズは身震いした。
一種のトラウマとなっているこの感覚が、彼の全身を襲った。
「そうですよ…こんなの、人の死に方じゃない…」
「え?」
ヘンズはネメシスアークを180度回頭させ、ヴァイパーに向けてライフルを撃った。
ネメシスアークに気付いたヴァイパーが応戦してくる。
「やっぱり放っておけません。応戦します!」
「でも今は……いいわ、できるだけ急いでね!
「分かってます!」
人型に変形して地上に降り立つネメシスアーク。
土煙の中煌めくツインアイが、イスダルンの兵士たちに恐怖を与えた。
『何だこのIADは! データに無いぞ!』
『隊長、向かってきまs-----』
コックピットのある頭部を撃ち抜かれたヴァイパーは、ゆっくりとその巨体を倒す。
「次……!」
ネメシスアークの
その頃、ハワイのとある基地に停泊してあった小型化の
2本の刀を携えた真紅のIAD、アマツだ。
「先に行っているぞ! この基地にある新型を受け取り次第、私を追ってこい。」
「了解ですわ、ハルト!」
アマツが地面を蹴る。
同時に吹かせたスラスターの風圧で飛ばされそうになりながら基地内へ向かうイクス。
それを見送ると、アマツはビル群の間を縫って走っていく。
「まだ1機も出ていないとは…ここのIADは何をやっている!」
規格外のスピードで疾走するアマツ。
変形すれば空を飛べるようになる程の推力は、地上では他の追随を許さない速さを実現する。
また、ハルトはこの高速下でも器用に車などを踏まないように避けながら最短ルートを取っている。
「ヴァイパーが交戦している…? この辺りに基地は無いと記憶していたが……あれは!?」
ハルトは仮面型操縦補助装置ごしに戦場を見た。
そこには黄色いイスダルンの機体に囲まれたIADが1機。
それも、赤と白の装甲に大きな翼を持つ
「ネメシスアーク‼︎」
2機と同時に鍔迫り合いになっているネメシスアークの後方からブレードを構えて突進するヴァイパーに飛びかかろうと、思い切り地面を蹴った。
周囲の木々を倒さんばかりの風圧と共に跳び上がったアマツは、十数機のヴァイパーを飛び越してネメシスアークの背後に着地した。
突然の介入に動きが止まったヴァイパーに向けて、
「会いたかったぞネメシスアーク! 今は助太刀する!」
思いもよらぬ再会に喜ぶハルトだが、今は自国の領土を守るのが最優先だ。
不本意だが、今追っている機体"ネメシスアーク"と事実上共闘するということになる。
「あ、あなたは…!?」
映像通信の返事は驚きだった。
表示された映像にハルトも驚く。
「先程の少年!?」
ハルトが只ならぬ覇気を感じた少年がネメシスアークのパイロットだと、彼はたった今知った。
またヘンズも、街で話しかけてきた男性が、激闘を繰り広げた相手だとたった今知った。
僅かながら何処かでライバル心を抱いていた2人が、今は互いに背中を預けている。
「運命とは、面白いものだな…!」
「同感です!」
ライフルを腰にストックしてビームランスを取り出したネメシスアークは、力任せにヴァイパー2機を押し返す。
瞬時に2撃を入れたアマツは、爆発寸前のヴァイパーを投げ飛ばす。
「行くぞ少年‼︎」
「はい‼︎」
ネメシスアークとアマツは、敵同士とは思えない程に息のあった動きで、ヴァイパーを切り崩していった。
どうも星々です!
ヘンズとハルトの出会いでしたね
主人公とライバルが一時的に共闘するっていうのが書きたくて、今回の話が出来上がりました
予想以上に長くなり、最後の方は詰込み気味ですが、楽しんで頂けたら嬉しいです!