自宅警備隊   作:乙女心

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自宅警備隊訓練基地では、自宅警備員に志願する訓練兵達が日々鍛錬する場として国から提供された場所だ。立地条件は非常に良く、空気が澄んでいる上に眺めも良く、銃声等が響いても問題がない辺境に作られている。日本にこんな場所があったのかと疑うほどの自然豊かな土地だ。


自宅警備隊-伝達兵

目が覚めると見知らぬ天井だった。

・・・と、一瞬思いかけたがここは訓練基地の宿泊棟だ。ここの寮は何人かでまとまって一部屋なのだが、まだ準備が整っていないらしく物置の小さなスペースに寝袋を置かれ「どうぞごゆっくり」という風にツクモに促された。

若干二日酔いがする、ちなみにこの部屋には窓が無いため空気を入れ替えることもままならない。昨日入団した訓練兵だという事は重々承知しているがこれほどまでに寝床の扱いが酷いとは思わなかった。

頭を抑えているとドアがノックされた。一応「どうぞ」と促すと数センチドアが開き間からテミスが顔を出した。

 「起きたな、ピッタリだ。これはここでの制服みたいなもんだ、基地では必ず着ていてくれ。着たら昨日宴会をした大広間に来てくれ、これから朝礼というか、朝の集会がある」

そう言うとテミスは黒いつなぎの様な物を投げ込みドアを閉めていった。シンプルなデザインだが右肩に「N.E.E.T.」と刻まれており、胸元には「訓練兵 イロハ」と書かれていた。なかなか格好良いデザインだ。

寝袋から出て着替えると、それなりに着心地が良かった。寝袋は一応畳んでおき、近くに着ていた服も置いておいた。とにかく今は集会に行かなくては。

 

 

 

大広間に行くと大半の訓練兵が並んで集会が始まるのを待っていた。寝癖を整えながら近くにあった列の最後尾に並んでおく。この髪の毛もそろそろ切らないと邪魔で訓練に集中できないだろう。

列に並び待っていると、一番前にマトが立った。ここではマトが一番階級が高いという事だろう。確か少尉だった気がする。

 「訓練兵諸君、今朝の調子はどうだ。いつもなら基地長のイナ軍曹が朝礼を行うのだが、彼女は特殊な任務に抜擢された為この地域を管理している私が集会を行う」

なるほど、ここはマトが管理しているわけでは無いようだ。それにしても「彼女」という事はここの基地長は女性なのだろう、女性も割と自宅警備員に志願しているのかもしれない。

 「四日後には昇格試験があるが、いつもどおり訓練に励んでくれ。次の試験がダメでもまた次があるので危機感を持つ必要はない」

思わず「それでいいのかよ」と脳内で突っ込んでしまう。確かに次があるという心構えが必要だと言っていたが次で記憶を消される人がいるかもしれないのに。

マトはその後細かい日程やら注意事項やらを簡潔に話していった。中学や高校の校長の話はやけに長い上に学生にとっては「わかってるよ」と言いたくなるような事をループして話すから聞いているだけで疲れるのだが、マトは要点だけをかいつまんで聞き手が理解しやすいように話している。

更にぶっきらぼうな口調なのだが上から目線に感じない。流石隊長だな、と関心してしまう。部下の士気が戦況に関わる仕事故、そういった能力も必要なのだろう、見習わなくては。

 「話は以上だ。この後訓練班の班長はミューティングがあるから前に集まるように、解散」

それと同時に訓練兵はダルそうに出口へと向かっていった。目を見てみると眠そうだったりギラついていたりするが、無気力では無い。全員ちゃんと「やる気」を持っているようだ。

しかし班とは何なのだろうか。何も聞かされていない為今後の訓練に支障が出そうだ。マトに聞きたいところだが、彼は生憎ミューティングを既に行っている。

 「おーい、そこの君!」

どうしようか、と思案していると後ろから声が掛けられた。そこには昨日書斎の前にいた女性兵士が立っていた。昨日はヘルメットをつけていたが、今は付けてない。

年齢は20代前半くらいだろうか、肩に掛からない程度長さの髪、思わず触りたくなるように艶がある髪質、パッチリとした目と人が善さそうな目元、かなりの美人だ。俗に言うボーイッシュと言う種類の可愛さだろう。

顔の特徴を吟味していると、何も言わない俺を変に思ったのか、再び声を掛けてきた。

 「君って、昨日入ってきた人だよね?昨日の宴会で班長が新しいメンバーが増えるって言ってたからさ、君なんじゃないかなーって思って声掛けたんだ。メガネの彼が班長」

そういって彼女はミューティング中の訓練兵の中の眼鏡を掛けた男を指差した。なるほど、となるとこの娘は同じ訓練班という事か。

 「なるほど、俺は何も聞かされてないんだけど同じ班って事かな。俺はイロハって名前だよ、これからよろしく」

 「よろしくね、イロハくん。私はコウジンって言うの、憶えてくれたら嬉しいな」

コウジン、コウジン・・・。こんな美人に憶えて、と言われたら憶える他ない。コウジンはミューティングが終わったのを見ると「じゃあねー」と手を小さく振りながら戻って行ってしまった。何か不都合でもあるのだろうか。

 「おはよう、イロハ。どうだ調子は」

マトに細かい事を聞こうと思っていたら向こうから声を掛けてくれた。質問には取り敢えず「好調です」とだけ言っておいた。

 「ところで隊長、俺って訓練班だと誰の班になるんですか?」

質問をするとマトは「忘れてた」という顔を一瞬してすぐにメモ帳を取り出した。

 「あー、お前は第6班だな。お前と班員の部屋割りはこんな感じだ」

そういってマトは簡易的に宿泊棟の地図を描いてメンバーの部屋と自分の配属先の部屋に○をつけてくれた。どうやらここの部屋のシステムは三人部屋でなるべく班員と同じになるようになっているらしい。○がされた部屋番号を必死に憶えようとしていると笑いながら地図が描かれたメモを切り取って渡してくれた。

 「現在時刻は8時10分だ。訓練開始は8時30分からだから、それまでに同じ部屋の者や同じ班の者に挨拶を済ませておけよ、ここの訓練は協力しなくてはならない物も多いからな。詳しい訓練内容は部屋員に聞いてくれ」

その後マトは大まかな予定表を渡してくれた。何から何まで気が回る男と言うか、如何にも好かれそうな上司だ。マトの班に配属されて良かったと心から思う。

 「それじゃあ俺はこれで。このあと重要な任務があるからな。おい、ツクモ、テミス、はよ行くぞ」

出口付近で待機していた二人はマトに名前を呼ばれると背伸びや欠伸をしながらマトのあとに続いていった。重要な任務に向かうと言っていたが緊張感がまるでないと心から思う。

そうこうしている内に広間に人がいなくなってしまった。訓練が始まるまえに全員に挨拶をして来ようと急ぎ足で宿泊棟へと向かった。

 

 

 

地図に書かれた番号と確認をして、ドアを二回ノックする。前どこかで二回ノックはトイレにするノック限定だから普段使うのは失礼だと聞いた事があるが、結局のところ二回ノックを使っている。

 「はいはい?」

中からミューティングで見た、メガネで細身の男が出て来た。男は俺を見るなり「すげぇ髪・・・」と小声で呟いていた。俺もそろそろ切りたいところである。

 「昨日訓練兵に入ったイロハって言うんだけど、この部屋が俺の生活部屋って聞いたから」

 「ああ、なるほど!アンタか!どうぞ入って入って」

男はドアを開けるとどうぞと促した。部屋は一般的なマンションの様な間取りだが、やはり小さい。生活部屋と言うより寝るためだけの部屋だろう。

 「・・・なるほどね」

だが、何より散らかっている。自分の部屋より遥かにマシだが何に使うのかいまいち解からない荷物だったり、Tシャツが床に張り付いていたり、何かの書類が散らばっていたりとかなり汚れていた。

 「片付けておけば良かったなー今日訓練終わったら片付けるよ」

二段ベッドが一つと同じ大きさのベッドが一つ隣に並んでいた。二段ベッドの方は使われている形跡があったため、きっとシングルの方を使うのだろう。

ベッドの反対側には机があり、一応仕切りがあったり電気スタンドがあったりと何か勉強したりするのに快適な環境に見えるのだが、いかんせん汚い。机の表面がどんな見た目なのか判別できないくらい物が乗っている。

その間のスペースには丸い机が置いてあり、座るスペースを中心に物が退けてあった。自分が生活する場所は綺麗にすると言う典型的な汚部屋のパターンである、実際俺もPC周りはこまめに掃除をしていた。

 「おい、起きろトト。新入りが来たぞ」

トトと呼ばれた男はその机に突っ伏して寝ている。座っているのでよくわからないが少しふくよかな体型の様だ。

 「うん・・・うん?うお、ビックリした・・・って、お前か!昨日入ったって奴は!」

トトは目を覚ますとこちらを指差し騒ぎ立てた。短髪で、少し顔がふっくらしているが中々ハンサムだ。

 「だからさっき言うたやないか・・・って、自己紹介してなかったな。俺はシニクスだ、そっちのデブはトト」

 「デブ言うな」

漫才でも見ているかのようなテンポの良さだ。思わず吹き出してしまう。

 「お前も笑うなって!えーっと、イロハだったよな。一応俺ら三人は同じ班だ、これからよろしくな!」

 「よろしくなー、一応俺班長だよ」

そういえばシニクスは班長だった。トトが手を差し出して来たのできっちりと握手を交わし、シニクスとも握手をする。

 「お前違う班員に挨拶したか?」

 「いや、これからするところだ。まず自分の部屋に行った方がいいかと思って」

そう伝えるとシニクスは指を鳴らし「思いついた」といった表情でこちらを指差した。

 「それなら俺が付いて行ってやるよ、ついでに班員に伝える事もあるからな」

いきなり初対面の人に会うのは少しハードルが高いかもしれないが、班長が同行するとなれば心強い。シニクスにその役割を頼む事にした。

 「そうか、アレだな。その間俺は部屋を片付けといてやるよ」

そう言うとトトは早速慣れた手つきで片付けをし始めた。出来るのにしないと言うのが俺たち無職の思考回路なのだろう。

 「それじゃあ行こうか、モタモタしてると訓練始まっちまうしな」

マト程では無いにしろこのシニクスと言う男もかなり「引っ張り役」が上手い。出世するな、と心の中で思った。

 

 

 

この基地の訓練班は大体一班7人程度だと言う。シニクスの班も7人という事で、つまり俺、シニクス、トト、コウジンで四人。あと三人だ。

 「そうか、コウジンはもうお前と挨拶したんだな・・・。まあどっちにしろ2、2で分かれてるからまた会うことになる、準備しておけよ」

またコウジンに会える、と思うと少し心が浮ついた。あんな美人早々出会えない筈である。

二部屋目は部屋から角を曲がってすぐだった。ちなみにシニクスの部屋は訓練棟と宿泊棟を繋ぐ渡り廊下を真っ直ぐ進んだ一番奥だ。トイレも一番近い。

ドアをノックすると中から天然パーマの男が顔を出した。180は優に超えるであろう高身長だった。

 「・・・ん?シニクス?」

彼はシニクスと俺の顔を交互に見てハテナマークと言った顔をしている。何も聞かされていないのだろうか。

 「こいつは新兵のイロハだ。んで、この天然パーマはダース。ちょっとラミ呼んできて」

 「ああ!昨日言ってた奴かー、ちょっと待ってろ」

そういってダースは引っ込んでしまった。天然パーマの彼がダース、これから来るのがラミ・・・。覚える人物が多すぎて混乱しそうだ。

混乱が表情に出ていたのか、シニクスが肩を叩いてきた。

 「最初は覚えるのしんどいよな、俺は一ヶ月くらい掛かった」

流石に一ヶ月は掛かり過ぎじゃないだろうか。一見なんでもこなせそうな雰囲気だが意外である。・・・いや、なんでもこなせたらここにいないだろう。

 「はいよ、来たよ・・・おー、お前がイロハか。俺はラミだ、よろしくな」

部屋から出てくるなりラミは唐突に握手をしてきた。髪の毛が長く後ろで縛っているようだ。想像よりも整った顔立ちをしている。

 「はいはい、じゃあ二人にはこれね。次の試験終わったら清掃場所変わるから確認しとけよ」

そういってシニクスは綺麗なプリントを一枚出して二人に渡した。基地では清掃というシステムがあるらしく、訓練後使われた場所は決まった班が掃除するそうだ。これを聞いたときまるで学校の様だな、と思ってしまった。

 「ん、おっけー、じゃあなーこの後の訓練でな」

二人は部屋へと戻っていった。俺も他の班員と一緒に訓練を受けるのだろうか、後でシニクスに確認しよう。

 「さて・・・あと二人だな・・・」

シニクスは辛そうな表情をしている。

 「後の二人は何か問題でもあるのか?」

 「ああ、閻魔様だと思って接すると楽だぞ」

一体どう言う事なのだろうか。閻魔様と接した事が無いからわからない。移動しながら考えていたが見当も付かない。これから挨拶に行く二人の内一人はコウジンなのだ。という事は後の一人が問題と言う事だろう。

そうこうしている内に部屋へと着いた。ここは数少ない女子部屋で、ここ付近では異質な空気が感じ取れる。

ドアをノックしたが、全く物音がしない。というか気配がない。何か用事があったりして留守なのだろうか。

 「なあ、留守―」

シニクスに留守では無いのか?と問おうとした時、ドアが物凄い音を立てて開いた。俺は位置的に当たる場所では無かったのだがシニクスは間一髪、後ろに仰け反って避けた様だ。

 「はい、どなた?」

中からコウジンが出て来た。相変わらずの美貌である。コウジンは俺を見ると「あっイロハくんだ」と小さく声を上げた。

シニクスは小声で「お前が話を進めろ」と囁いていたので、先ほどと同じように挨拶をする事にした。

 「コウジンはさっき挨拶したけど、この部屋にいるもう一人の班員とはまだ挨拶してなかったからさ、呼んできて貰えないかな?」

 「ああ、そうだったね。ちょっと待っててね」

そう言うとコウジンは扉を閉めた。一体何が閻魔様だと言うのだろうか。

 「シニクス、閻魔様ってどう言う事だ?」

 「奴ら、自分の部屋で何か怪しい事をしているんだ。教官も目を瞑っている。少しでも部屋に入ろうとしたり、覗こうとすると首が飛ぶからな、コウジンは今お前を油断させようとしているだけだから、気を抜くなよ」

なんということだ、あんな美人がそんな顔を持っていたなんて。確かにコウジンは漢字で書くと荒神だしハマっているといえばハマっている。シニクスの言葉を信じるなら警戒するに越したことは無い。

さっきまで浮ついていた心が一気に地面までめり込んだ気分だ。と、ドアがさっきと同じように物凄い音を立てて開いた。ここの訓練生の女性は「静かにドアを開ける」という動作ができないのだろうか。

 「君がイロハだね?私はムスビ。これからよろしくね。それじゃ」

肩くらいまでの艶のある黒髪が特徴的な、少し身長が小さい女性がドアから顔を出して簡潔に自己紹介をした。そしてすぐにドアを閉めようとしたのでシニクスが急いで「ちょっと待った!」と呼び止める。ムスビはこの世のものとは思えないほどの形相でシニクスを睨んだ。

そんな視線にもシニクスは負けずに先ほどと同じ連絡をし、紙を手渡した。ムスビはひったくるように紙を受け取ると今度こそドアを閉めた。なんというか全体的にガサツだ。

そんな光景を傍から見ていたらシニクスが「・・・大変だろ?」という風な眼差しを向けてきた。ここの女子は少し個性的なのかもしれない。

トト、シニクス、ダース、ラミ、コウジン、ムスビ。同じ班と限定されているだけなのに覚える人物がかなり多い。廊下の時計を見ると8時23分を指していた。もう7分で訓練が始まる。

これから初訓練だ。気を引き締めなければならない。そんな心持ちで部屋へと歩いて行った。




※この物語は実際に存在する自宅警備員の方々とは一切関係ありません

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