自宅警備隊   作:乙女心

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ニート(英語: Not in Education, Employment or Training, NEET)とは、就学、就労、職業訓練のいずれも行っていないことを意味する用語である。
つまり無職の事だ。ネットではニートの事を自宅警備隊などと呼ばれているらしいが、全くもって不愉快だ。大人にもなって職に付けないなどありえない。
何故こんな話をしているのかと言うと、先日「職に付かない若者」という題で論文を書かされたからだ。何故こんな事を書かなければいけないのか全くもって疑問である。

俺は今高校三年生だ。自分で言うのもなんだが友人も多く、中三の頃から付き合っている彼女もいる。テニス部の部長で、夏休み前には大きな大会があり、それと同時に引退する。
成績もそれなりにいい。高二から志望している大学も学力的に充分届いている。
 「━━━━君たちの殆どは受験生だ、大学に落ちてそのまま無職なんて事にならないように、今の内から勉強に励んでおくように」
担任のどうでもいい言葉で朝のホームルームは終わった。辺りは喧騒に包まれる。
 「・・・無職ねぇ」
自分が職に付けないイメージが湧かない、数年後にはどこかの会社で働いているとしか思えない。
それより今は夏休み前の大会に向けてテニスの腕を磨く方が重要だ。部長として部員の士気を下げるような事だけはしてはいけない。
春だというのに、窓の外は少し薄暗かった。


自宅警備員‐志願兵

部屋に心地の良い筈の日差しが差し込む。しかしどうも眩しくて俺はカーテンを全て閉めた。

時計を見ると14時51分。何曜日かは忘れてしまった。

ベッドから起きて机に向かう、ここ数年全く掃除をしていなかったので足の踏み場がないくらい散らかっているが、気にしない。どうせ踏んで困る様な物は無い。

机に向かう理由、それはパソコンに向かうためだ。電源は切るのがめんどくさく、ここ数日付けっぱなしだ。

背もたれに体重を掛け、PC眼鏡を付ける。髪の毛は数ヶ月切っておらず寝癖が酷い、それどころか身体中が痒い。確かシャワーを浴びたのは二週間くらい前だったか。

勝元巧、27歳、無職。この三語で今の俺の全てが理解されると思う。

結果から言うと俺は大学に落ちた。まず高三の春、長い間共にしてきた彼女に振られた。理由は単純「他に好きな人が出来たから」だそうだ。そこから俺の人生は少しずつ狂っていった。

振られたショックで俺はテニスの練習に身が入らず、夏休み前の大会の予選で負けてしまった。

そのまま何も残せず引退し、当時顧問をしていた先生もとてもショックを受けていた。それもそうだ、これまで育ててきた生徒が最後の大会で不甲斐無い結果を出したんだから。

打ち込める物が無くなり、心の拠り所である彼女も失い、その頃の俺は冷静さを失っていた。何も考えず一心不乱に勉強をしたが、成績はみるみる落ちていき志望校のランクは3つくらい下がってしまった。しかし結果は不合格。

それっきり俺はやる気を無くし、部屋に篭るようになってしまった。

何もかも順調に行っていたあの時期が嘘みたいだ、多かった友人も高校を卒業してから劣等感で一切連絡を取らなくなり、気がつけば一人も仲のいい人はいなくなってしまった。

最近はパソコンに向かってはいるが何一つやることが無く、一日無駄に過ごしては寝て、また無駄に過ごしては寝ての繰り返しになっている。トイレや入浴、食事も最低限にしてなるべく外部と遮断して生活している。

 「・・・ん?なんだこれ・・・」

総合掲示板を眺めていたら、タイムリーな広告を発見し、クリックしてみた。

飛んだ先のページには大きく「自宅警備員募集。無職なら無料」と表示されていた。無職なら無料・・・。

募集要項を見てみると、コスプレ集団のようだ。イメージ画像には戦闘服に身を包み、思い思いの武器で武装した兵士の姿が。そして全員共通してヘルメットに「NEET」と刻まれていた。

最近娯楽に困っていた。こういった集まりに属するのも悪くないかもしれない。早速「入会する」をクリックするとメールアドレス、ハンドルネーム、警備隊IDなどの入力欄が出て来た。全て記入し、利用条約に同意するにチェックを入れる。

「登録する」を押すと、今度は同じようなページに飛び画面中央に大きく「貴方は無職ですか?はい いいえ」と表示された。

 「勿論・・・」

「はい」をクリックすると、ページが再度読み込まれトップページに戻った。・・・本当にこれで登録が完了したのだろうか。完了したところで、何をすればいいのか全くわからない。メールも確認してみたが何も受信されていない。

その時、唐突に窓ガラスが割れた。カーテンが開けられ、外から人が入ってくる音がする。いきなり光が目に入った事により思わず目に手を当ててしまう。

そのまま閉じていたが何も起こらなかったのでゆっくりと目を開けてみると、目の前に先ほどイメージ画像で見たような「武装した兵士」たちが立っていた。各々獲物を手にしている。

 「えっ・・・ちょっと・・・」

 「こいつが新人だな?よし、名前を教えろ」

目の前に立っていた男が後ろの兵士に確認をした後、名前を訪ねた。これで俺が登録をしていない一般人だったらどうするつもりだったのか。

 「ええっと、自宅警備員の方・・・ですか?」

 「そうだ、いいから名前を教えてくれ・・・ん?そうか、お前は勝元巧と言うのだな」

一連で起こったことが急すぎて全くついていけない。自宅警備員とはコスプレ集団の事じゃなかったのか・・・。

 「君が自宅警備員に志願してくれたのだな、あのサイトは24時間体制で事務が登録者の監視をしている。・・・まあ、最近は全く志願者がいなかったんだが・・・」

 「は、はぁ・・・って、自宅警備員ってコスプレ集団じゃないんですか?それにその窓ガラス・・・」

そういえばそうだ、窓ガラスを割られているんだ。どうしてくれるのだろう。

 「元々コスプレをして楽しむ集まりだった。だが今は国からも認められている特殊部隊の様な物だ。一般人には余り馴染みが無いかもな・・・それにこの銃だって本物だぞ?」

 「マジっすか・・・」

確かによく見れば見る程ただのモデルガンには見えない。本物特有のゴツさがあるように見える、実際に見たことがこれが初めてだが。

 「窓ガラスは後ほど弁償しよう。君に罪は無いからな」

 「はぁ・・・」

確かに登録しただけで部屋の窓ガラスが蹴破られるというのはいささか理不尽だ。

 「さて・・・君に一つ問おう」

急に改まり、真剣な顔をこちらに向けてきた。最も、顔の殆どは装備で隠れているのだが。

 「・・・彼女はいるか?」

 「・・・いません」

嫌な事を思い出してしまった。あんなに愛していたのにあいつは・・・。

 「・・・よくやった。我々は君を歓迎しよう。ようこそ自宅警備員へ」

彼が拍手をすると周りの隊員も続けて拍手をし始めた。全員目元はヘルメットやゴーグルやらで隠されているから詳しい表情はわからないが口元は綻んでいた。

なんだかよくわからないが歓迎されているようだ。ただのコスプレ集団だと思っていたが実際はそういうわけでは無いらしい。

久々に自分の表情が動いたような気がした。




※この物語は実際に存在する自宅警備員の方々とは一切関係ありません

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