ゆめにっき   作:フリッカリッカ

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手紙の夢

手紙の夢

 

 四月十五日 金曜日

 

 誰かがこの手紙を読んでくれると信じて、僕は広い海に流した。

 もし、返事をくれるというのなら、喜んで僕は受け取ろう。

 ただ、僕は罪深い人間だ。

 なぜなら、最愛の人を死なせてしまった。

 こんなことを話したところで、どうにもならないのだけど、誰かにこの思いを届けたいだけなんだ。

 無視してくれても構わない。醜い懺悔のようなものだから。

 

 四月十八日 月曜日

 

 あなたの手紙を読んで深く共感し、返事をしようと筆を取りました。

 私もあなたと同じで最愛の人ともう二度と逢えなくなってしまったのです。

 気持ちは痛いほど分かります。私も同じ傷を持っていますから。

 それでも、悲しまないで下さい。

 きっとあなたのせいではありません。

 最愛の人の分まで生き抜くことが大切です。

 私も、絶望しないように努力しているのでお互い、がんばりましょう。

 

 四月二十三日 土曜日

 

 お返事ありがとうございます。

 まさか、本当に人に届くなんて思ってもみませんでした。

 それで、動揺してしまい返事が遅れてしまいました。

 僕は、出来ることならもう一度あの人に逢いたいと思っているのです。夢みたいなものです。

 もちろん、そんなことは出来ないと分かっています。

 どうしてあの時、僕はあんなことをしてしまったのだろうと、毎日そう思わなかった日はありません。

 ごめんなさい。もう、思い出すのも辛いのです。

 あなたのように、前向きに生きることは僕には出来そうにありません。

 一生この枷をひきずって生きていくでしょう。

 

 四月二十五日 月曜日

 

 ごめんなさい。私の方も無神経でした。

 同じ傷だからと言って、私の考えを強要させるのは良くなかったです。反省しています。

 でも、その枷で自分を殺すことはしないでください。

 死ぬことは罪滅ぼしにはならないですし、あなたの最愛の人に逢える保証もないのですから。

 どんなに深い傷でも、いつか癒えるときが来ます。

 その日まで、後ろ向きでもいいですから生きていて下さい。

 あなたが死んで、あなたのように悲しむ人がいるはずです。

 少なくとも、私がその一人です。

 

 四月三十日 土曜日

 

 ありがとうございます。

 死ぬなんて、僕の浅はかな考えを止めて下さって。

 あと一歩で僕はあなたに大きな傷を与えるところでした。

 色々、考え直したのですが、あなたのように前向きには生きることは出来ませんが、生きようという意欲が沸いてきました。

 小さなことですが、これが僕の最初の一歩です。

 いつまでも立ち止まってたら、彼女に怒られてしまいますから。

 

 五月四日 水曜日

 

 お手紙、拝見しました。嬉しいです。

 こんな私でもあなたのお役に立つことが出来て。

 私は子供の頃からドジで、人のお世話になることの方が多かったですから。

 がんばって下さい。生きていればいつか報われます。

 今は辛くても、きっと将来は希望があるはずです。

 お互いに励ましあいながら、生きていきましょう。

 

 五月十日 火曜日

 

 分かりました。

 それにしても、子供の頃からドジなんですか。とても手紙からは想像つきません。

 ドジと言えば、彼女も筋金入りのドジでした。何もないところで転んだり、一日に一回物を落としたり。

 そんなところが僕は好きだったんです。

 守ってあげなくちゃいけない、って思えて。

 だから、あの時を凄く後悔します。

 励ましてくれてありがとう。

 

 五月二十三日 月曜日

 

 返事が遅れました。

 もうこの瓶には手紙が入り切らなくなってきましたね。

 次回から瓶を変えませんか?

 

 私と同じようにドジですか。

 何だか親近感が沸きます。

 あの・・・・・・よろしければどうしてそんなに後悔してらっしゃるのか、聞かせていただけませんか?

 私も、私のことを言いたいと思います。

 実は(ここから下が意図的に切り抜かれている)

 

 よろしくお願いします。

 

 八月十三日 土曜日

 

 突然ですが、僕の国で戦争が起こりました。

 僕は兵隊として召集されるためしばらく返事が返せません。

 もし、戦争が終わってもまだ僕が生きていたら、お会いしに行きます。

 待っていて下さい。

 

 十がつはち日 どよう日

 

 こんにちは。

 ぼくはせんそうで、やられてしまいました。

 からだがおもうようにうごきません。

 たぶんもうへんじも出きません。

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 十月十九日 水曜日

 

 そちらに、お会いしに行きます。

 二十六日に着くと思うので、よろしくお願いします。

 

 

 

 ウサギのぬいぐるみはその最後の手紙を読み終わり、口を曲げていると。

「レニ」

 丁度少女が戻ってきた。

「やぁ、どうだった?」

 レニは手紙の束を振りながら少女に尋ねる。

「この手紙の主、男の方はやっぱりその家の主人だったわ。隣の家の人が言ってるから間違いない。数ヶ月前に自殺したらしいわ。戦争による怪我が原因でね」

 ふーん、やっぱり。と、レニは抑揚のない声で頷いた。そして、再び少女の方を振り返って尋ねた。

「でも、流石にこの女性の方は分からないでしょ。だって、はるか海の向こう側にいるんだよ?」

 しかし、少女は首を振って言う。

「ところが、この手紙のやり取りには不可解なトリックがあるのよ」

「?」

 レニは耳と首を折り曲げる。それに少女は海の方を指さして説明する。

「ここの海の潮の流れは朝と夜で全く逆になってるの。この島はかなり他の島とは離れてるから、物が流れ着くことはまず無いんだって、漁師さん達が言ってたわ」

「じゃあ、この瓶が対岸に流れ着くことはあり得ないね。物が流れてこないなら、物が流せるハズがない」

 その通りよ、と少女は言った。レニがいやいや、と言う風に頭を掻きながら手を振る。

「だから返事が返されるわけがないの。――――瓶を海に流したら、次の日には同じ浜辺に戻ってきてるでしょうね」

 じゃあ、一体誰が。レニが神妙な表情で呟いた。

「この男の人の最愛の人よ。それ以外考えづらい」

「・・・・・・えー・・・・・・、と。大丈夫かい? 特に頭」

 レニが心配そうな表情に切り替わった。

「だって、死んでるんだよ? 確認は取れてるんだよね」

 そのレニの問いに少女ははっきりと頷いた。海の波はいたって穏やかだが、レニの心境は穏やかではない。

「お葬式まで行われたらしいわ。しかも、しめやかに」

「ふーん。その付け加えの必要性は置いといて、死んでるんだから有り得ないだろう? ペンも持てないじゃないか」

「まぁ、そうね」

 普通なら、と少女は言う。

「でも、ここは夢の中よ」

「死後の世界に海が繋がってるとでも? まぁ、夢だから動物が喋ったり、人が空飛んだりしても普通だったからね」レニは顎に手を当てる。名探偵のように決め顔で。

「そういうことにしましょう。だとしたら、手紙の最終日と男の人の死亡時期が重なるのも頷けるわ」

「まるで迎えに来たみたいだけど」

 じゃあどうして。と、レニが続ける。

「この最愛の人は自分を隠して手紙の返事をしたんだろう?」

 それに少女は少し頭を揺らす。少し風が強く吹いた。

「さぁ。――――本当に愛してたから、自分を忘れて新しく一歩を踏み出して欲しかったんじゃない?」

 何にしたって、この手紙からは推測しかできない。

「じゃあ、帰りましょうレニ」

「え? もうかい?」

 レニは素で驚いて聞き返す。

「ええ、もう夢は見たじゃない。手紙の中だけど」

 少女は笑って言った。

「それに、その男の人の夢は叶ってるもの」

 再び逢うという夢は、死後の世界で。


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