ゆめにっき   作:フリッカリッカ

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動物の夢

動物の夢

 

 気温がめっぽう高く、湿度は温水プールに浸かっているかのようなところに少女が一人倒れていた。上下長袖のパジャマ姿という暑苦しい格好の少女は胸に小さなウサギのぬいぐるみを抱えている。そのぬいぐるみに群がるように小さな赤いアリが数匹へばりついていた。急に、少女は誰かに起こされたかのように目を見開いた。・・・・・・暑い、と小さく呟いてその小動物のような体を起こす。

 見渡せば、木、木、木。とにかく、木ばっかりだ。みたこともない大きな木が360度、ぐるりと少女を囲っていた。その木の一本一本にハート型の深い緑色をした葉をいくつもつけたツタが何本も巻き付いている。木の根本には赤や紫といった危険色の奇妙な形をした花が咲いていた。草は伸び放題で人の手が加えられている痕跡は一切ない。

「しかし、暑いねぇ。これは蒸れるよ。特に、君に抱かれているせいで」

 ウサギのぬいぐるみは継ぎ接ぎにされて色がおかしくなってしまった耳を折り、唐突に話し始めた。あら、ごめんなさいレニ。気が付かなかった。少女は投げやりにそう言うと、そのぬいぐるみを放す。レニと呼ばれたぬいぐるみは短いしっぽと長いヒゲを少し直しながら背伸びをする。

「今日の夢は・・・・・・何だろうね。検討もつかないや」

 レニは近くに生えていた草を無造作に抜き取って口の中に放ったが、不味い、と言って吐き出した。

「とにかく、環境は最悪」

 体中に付いている赤いアリをレニと少女は払いながら声を重ねた。ここにいても仕様がないので、彼女たちは行く宛のないままに歩き始めた。出来るだけ、草が少なく歩きやすい道を選ぶ。歩いていると、見たことのない赤と黒で手足がいくつもある細長い虫や、羽が三対あるトンボとカブトムシの中間のような虫などがいた。それも、一匹二匹ではなく、何十匹もの群を作って。

「群を作る虫というのは蟻や蜂以外では珍しいね。虫は生物種の中で最も種類が豊富だから、集団ではなく個体を意識しがちだけど」

 意識する脳があるのかしらと少女が聞いた。「確かめようもないね」と、レニはそれだけを呟いて両耳を折り曲げた。

 それからしばらく経ったころ――――詳しく言えば、少女が暑さに顔をしかめ、全身に玉のような汗をかき始めたころだ。ウサギのぬいぐるみのレニが急に両耳を立たせた。そして少女の顔を見て「気を付けて、何かが前から来るよ」と注意した。それを聞いた少女が前を注視すると、遠くの草がガサガサと音を立てながら揺れている。草の背はそれほど高くなく少女の腰には届かない程度だったが、音が立つ草の近くに人の影が全く見えない。ということは、この先で動く何かは小さな子供か、それとも背の高くない動物かのどちらかである。後者の場合、もしかすると肉食の恐れがあるため、少女は音を立てずその場を立ち去ろうとした。すると、唐突にその草から少女を呼び止める鋭く、低い声が聞こえてきた。

「待て。人間か?」

 テレビで猛獣にあったら背中を向けずに、そして走らずに距離を取るようにしろ、と聞いたことがある。もちろん、それは人語を介さない猛獣に限定される。では、そうでない場合は? それは、人間と同じように接すること。ええ、そうよ、初めまして。少女は真顔で静かにそう言った。すると、声の主も姿を現した。そこに現れたのはちょこんと座りこちらを遠慮なしに睨み付ける狐の群。

「まぁ、ボクは人間でも動物でもないんだけどね・・・・・・。にしても、こんな暑いジャングルにお喋りの出来る狐さんかい。ずいぶんと夢の中も変わったもんだ」と、レニは皮肉味を声に帯びさせた。それに狐達はキロっと視線を向ける。おっと、とレニは赤いボタンで出来た継ぎ接ぎな視線を外した。余計なことを言わないで。泥で汚れたパジャマ姿の少女にレニは忠告を受ける。

「人間、即刻ここから立ち去って貰いたい。道に迷ったのなら我々が案内しよう」狐の一匹がそう言うと、周りの狐達も口々に「これ以上私達の土地を荒らされないためよ」「案内を受けるだけマシだと思え」「貴様が大人の男だったら喰い殺しておるわ」と少女達を一斉に罵った。

「どうする? ボクは出来れば喰い殺されるのはごめんだね」

 レニは少女を見る。少女は小さく溜め息をついて額を流れる汗をパジャマの袖で拭った。その提案を断る理由が特に見つからなかったため、少女は狐達の案内を受けることにした。

「では、こちらだ。二度と戻ってくるな」

 少女を呼び止めた低い声が二人を先導した。辺りを飛び交うハエのような形をした灰色の虫を鬱陶しく感じながら少女はそれに従う。狐の先導する道は先ほど来た道とほとんど変わらず、二人は何となく脱力感が否めなかった。「もったいないね」レニのそのぼやきを最後に、ジャングルには鳥の鳴く声や木々が微風に揺られる音だけが響くだけとなった。途中で分かれ道がいくつもあり、案内なしでは先ほどの元いたところには戻ることが出来ないだろう、と少女は思う。そして、小さく頷いた。レニが変な目で見るが、それっきりだった。そして、左右にうねりながら進み四十回目くらいの分かれ道を右に曲がると、ようやくちゃんとした道が見えてきた。

「ここから道なりに進めば人間がいる。貴様がどういった理由でこちら側へ来たかは知らんが、二度と立ち入るな。以上だ」

 狐の群はそれを皮切りに走って来た道を引き返して行った。それを見えなくなるまで二人は見送って、道を進む。道と言ってもただ、草が抜かれていて土はそのまま。人間が振み固めているためか、歩きやすいのだが、ところどころに蜘蛛の糸のような細い薄紅色の巣のようなものが丁度頭の高さにあって、少女はそれを見つけるたび屈みながら歩かなければならなかった。気温と湿度は全く変わらず、少女は顎から汗の滴をいくつも落としながら歩く。「大丈夫?」レニが心配そうに顔を覗くと少女は無言を持って答えた。この熱地獄をどれくらい歩いただろうか。少女の意識が朦朧としてきたときに、ようやく小さな村にたどり着いた。

「見てよ、やっと人がいそうなところに着いたよ」

 レニが飛び跳ねながらその村に足を踏み入れた瞬間。

「止まれ」

 一人の背の高い上半身裸で体中に動物の骨や貝殻を装飾した、鷹のような鋭い目つきをした男がレニの耳を掴み持ち上げた。

「ここは貴様のような動物の来るところではない。即刻立ち去れ」

「・・・・・・だってよ。どうやらボクらはこの夢からは歓迎される立ち位置にはいないらしい。とは言っても、ボクは動物でも人間でもないんだけどね」

 レニは少女を流し目に見ると、そこには恐れていた事態が進行していた。

「あの子は人間だから、助けてあげてね」

 レニは男をちらっと見て、倒れているパジャマの少女を示した。少女は息こそまだしているものの、動くことが出来ない。脱水症状のようなものに陥っていた。レニを持ったまま男はその少女の有様を見て、助けないわけにはいかない、と言いたげに首を横に振って少女の元へかけ寄った。そして、荷物でも持ち上げるかのように脇に抱えて持ち上げる。男は「人間ならば仕方があるまい」と言って少女を村へ運んでいく。

 小さな古い木で出来た民家に少女とレニは通された。少女は粗末な布団の上に横にされ、そこに数人の女性が現れレニを軽く睨んだ後、赤い液体の入った透明な容器を持ってきた。

「それは?」

 レニが訪ねると女たちは「クレイドの実のジュースさ」と口早に言ってそれを少女の口に流し込んだ。少女は少しうなるような声を上げて、また眠りについた。その表情は先ほどより少し楽になっている。

「へぇ、すごいねそれ。一体どんな効果が期待できるんだい?」

「急激な体力の低下を回復させる。多少依存性があるがね」男は水を木のコップで飲みながら言った。

「多用と感心はできないな」レニは嫌味に言う。

「貴様らにはこれで十分だ」

 やれやれ、とレニは両耳を折り曲げて「どうしてそうまでしてここの生き物は自分たち以外を毛嫌いするのかね」と言う。

「悪いのは奴らだからな」

 男は持っていたコップから軋む音がするくらい、手を握りしめていた。それを聞いたレニは興味なさげに耳を交互にピコピコ動かす。ふと、民家の入り口に目を向けると大人の男女、子供や老人までもが二人を警戒の目で見ているのが分かった。

「にしたって人間と人間でも動物でもないボクらにこの仕打ちはひどいんじゃない?」麻薬のようなものまで飲ませて、と付け加えた。すると近くにいた女たちや入り口付近にいた老人たちが血相を変えて怒鳴り散らした。

「ふざけるなよ化け物。貴様らは先人たちが発見した偉大なる成果をバカにするつもりか!」

「こんな奇妙な格好をした人間を助けて貰ってるだけ感謝しろ」

 などなど。もちろんレニは聞く耳を持たない。耳を折り曲げるどころか、丸めていた。その間も怒声や罵声は続くが、そのおかげで少女は目を覚まし、上体を起こした。それに気が付いたレニは赤いボタンで出来た目を輝かせる。

「目が覚めたんだね。よし、じゃあさっさとこんな居心地の悪いところなんて出ていこう」

 しかし、少女は手でその意見を制し、口を開いた。

 何があったのですか。お聞かせください。

 しばらくその場には様々な静寂が流れた。「出たよ、この流れ」と言わんばかりに首を左右に振るレニや、その意外な言葉に呆気に取られて声が出ない入り口の人間たち。女たちはこんなに早く目が覚めるはずがない、という驚きで口を開けている。そして、男は目をつぶって、そして頷いた。

「聞きたいというなら聞かせてやろう」

 十秒ほどたって男が口を開いた。

 約五年ほど前にとある事件が起こったらしい。それまではこの村も上手く自然と共存していて、今のような動物との険悪なムードもなかったという。「そもそも、この夢で何故動物が話せるのか疑問だね」というレニの声を無視して男は続ける。

「だが、ある時動物たちの何匹かがとても恐ろしい姿に変貌していた・・・・・・」

 その言葉に周りの村人が過剰に反応する。「そうだ、奴らは手が三本になったり下半身が別の個体同士とつながっていたりした!」一人の老人が声を上げる。レニが再び耳を折り曲げた。

「我々はそれを悪魔の所行と見なし、動物達を隔離した。奴らに触れてしまえば、こちらもどうなるかたまったもんじゃない」

 それから、男は動物達との隔離生活について長々と語りだした。男や村人達は常に少女に動物達は恐ろしい存在だと、すり込むように繰り返していた。だが少女は、男達が動物達に毒を散布した、という話のところで、もう結構です。お話ありがとうございました、と言って立ち上がりレニの耳を掴んで民家から出ていった。当然、村人はおろかレニも驚いている。

「急にどうしたんだい? もう時間かい?」

 いいえ、違うわ。もちろん時間がないのはそうだけど、あのままいたら本当に動物達を嫌いになる。

「ってことは、動物達のところにもう一度行くんだね? やれやれ、また倒れても知らないよ」

 少女は小さく頷いて、大丈夫と言って村人達が唖然としている中、何の未練もなく村の境を越えた。

 しばらく歩いて、少女は歩を止めた。そして持っていたぬいぐるみをどしゃっと地面に落とす。

「痛いな。どうしたんだよ」

 レニが聞くが、少女は何も言わなかった。ただただ、そのまま今出ていった村を一度睨み付けてまた歩き出す。

 強者の恐れほど恐ろしいものはない。と、小さく言い残して。

 

 また、同じ道を歩く。大量に生えた奇妙な形をした植物に目を向け、そのたびに悲しそうな顔をする少女。レニもそれを黙ってみる。そして、一度道を外れしばらく歩いたところに小さな池があった。いや、それは池と言うより沼と表現するべき、濁りを持っていた。まるで汚水だった。

「これは酷いね。魚どころか、有機物さえ存在するかどうか分からないね」レニが紫に汚れた沼を眺めて嘆息した。いいえ、と少女は言って道に落ちていた小石を拾い上げ沼へと落とした。すると、落下地点が大きく跳ね十五センチ程の魚が姿を現した。それは、村人達の言うように本来背びれのあるところから蛙のような足が飛び出ていた。

「本当にここらへんの森は訳が分からない生物だらけだ」

 少女はその言葉にそうね、と言ってレニを一瞬見た。レニは少し不機嫌に耳を折り曲げ「ボクは違うからね」と言う。十分変よ。少女は笑いながら言って沼を後にした。

 再び、熱帯の苦しいジャングルを歩き回る。天気は晴れていてそれでいて湿度が高い。しかし、少女はさっきのように倒れてしまうことはなかった。それは、暑さに対する慣れなのだろうか、それとも。

「大丈夫みたいだね。最初にまた動物達のところに戻るって言ったときは心配だったけど」

 ダンゴ虫に羽が生えたような十センチ程度の虫を避けながらレニが言った。

 この森にはどうして奇形生物が多いのかしらね。少女は唐突に尋ねた。

「それは・・・・・・そんなことボクに訊かれても分かるわけがないじゃないか。ここは君の夢なんだから君の想像がほとんどなわけだし」

 レニは首を捻る。そう、私の夢。だから、この夢は私の意識の再確認のようなもの。少女は呟いた。

「いつも君はそんな感じで夢を見ているようだけど、実際のところどうなの?」

 どうなの、とは一体どうなのだろうか。少女はレニが何を持って「どう」と言っているのか一瞬困ったが「意識の再確認が本当の理由であるかどうか」の「どう」として取った。もちろん、それで解釈した少女は当然答えに困ってしまう。

 意識の再確認が大事、と言われれば実際問題そうではない。その気になれば夢落ちも可能なのだ。更に、意識を再び振り返ってみたところで特別自分に変化を起こそうという気にもなったことはない。今まで睡眠をするたびに様々な夢を見続けた少女だが、レニにこういった質問をされるのは初めてだった。

 寝ている間に脳は記憶を整理すると言うが、少女にとって夢とは整理の行程を詳しく間近で観察できるだけなのである。そこに目的はなく、流れに逆らわず流されるままに、夢を見ている。

 特に特筆して言うことはないけど、普段自分が何を思ってるかは知りたい、とだけ少女は答えた。だからといって、今回の夢が一体少女の記憶をどう整理すれば見れるのか知る由もないのだけど。

「いや、そっちじゃなくてさ」

 しかし、レニは少女の答えを否定した。

「こんな毎回内容の重たい夢ばっかりでさ。辛くはないのかい?」

 心配するような口調だったが、それはある答えを求めているような、鎌を掛けるようなニュアンスも含んでいた。それを知ってか知らずか、少女はしばらく黙り込んだ後、その小さな口を物でも噛むように呟いた。

 私にとっては現実の方が地獄よ、と。

 

 さて、再び少女の足取りが悪くなってきた頃だ。

「止まれ」

 背後から聞き覚えのある低い声が聞こえてきた。がさがさ、と辺りの藪の中から出てきたのは先ほどの狐の群。それに加えて雑種の犬がちらほらいた。

「はぁ、どうやら無事に着いたようだね。本当にこの辺は道が分かりにくくて嫌になるよ。はぁ」

 レニが半ば降伏したように両手を上げてこれ見よがしに嘆息した。ついでに大きなため息を二回入れて狐達の神経を無駄に逆なでするのも忘れない。なんて無神経なぬいぐるみだ、と少女は心の中で思う。

「貴様ら、二度とここには近づくなと言ったはずだ。喰い殺されたいのか?」

 うなりを上げながらレニを睨む狐達。数匹の雑種の犬の内一匹が大きく吠えた。「喰い殺すなんて物騒なこと言うもんじゃないよ」レニは嫌味たらしく言う。それに眉をひくつかせて狐達は本当に毛を逆立たせた。これ以上レニと狐達の関係をほっとくと取り返しがつかないと判断した少女はこう切り出した。

 レニを片手で制しもう片方の手で指を一本立たせて、一つ話を聞かせてください、と動物達の顔色を伺った。

「・・・・・・かわいい女の子の頼みとあっちゃ、狐さん達も降参かな?」

 そんなことを嘯くレニを少女は裏拳で顔面をぶった。ふかふかし過ぎて全く手応えはなかった。

 それからしばらく、というかかなり時が流れた。少女とレニが再び長いウォーキングを狐達に強要されて、到着予定時刻を軽く一時間くらいオーバーしてようやく彼らの住む「ムラ」にたどり着いた。

「ムラ、というかただの洞窟だね」

 レニはあっさりと事実を述べた。少しはオブラートに包んで物を言って欲しかったが今更な感じがしたため少女は無視する。狐達に案内されて湿度九十%以上の暗がりを左右になんども曲がりながら歩くこと二十分前後。

「ここだ。そこに座れ」

 狐達がそう言って連れてきた場所はただっ広い何もないところだった。少女とレニが適当に小さな座りやすい石を選んで座ると、洞窟の岩の割れ目からぞろぞろと小動物が現れる。兎、猫、蜥蜴、鳥、などなど。どうやら大型のホニュウ類はいないようである。しかし、そのすべての動物達はどれもこれも見るからに痩せていた。足を引きずる兎の姿が少女の目には痛々しく映った。

「みんな元気がないね。どうして、森の中に住もうとは思わないんだい?」

 レニは少女には既に分かっていることをあえて狐達に聞いた。

「森の中は毒が充満している。余り多く吸い続けると意識を失ってそのまま死ぬからだ」

 そんなことは知っていた。実際に少女は二度もその目にあっている。あの人間達のくれた高い依存性と解毒作用のあるジュースがなければ今頃夢から覚めていただろう。レニはそれはお気の毒に、みたいな雰囲気を纏いながら遠慮がちに「ふーん」と頷いた。

「これが、現実だ」

 狐は言うが、少女にとっては夢である。しかし、夢の中の現実がこれほどまでに破滅していることに何も思わない少女ではない。

 心が傷んだ。

「さて」

 と、少女とレニの背後から痩せこけた猿のような生物が降り立って、その体を拘束した。

「・・・・・・!? 何をする気だい?」レニは少女の代わりに口を開いた。少女も視線を狐に向けて睨みつける。

「そう怖い顔をするな。なに、貴様ら人間のせいで森を追われた我々がその怒りを晴らすために人間を使うのは自然なことでは?」

 口元を醜く歪ませて動物達は二人に近づいてきた。

「ふぅ、やっぱりこうなると思ってたんだよ」

 レニは少女に視線をやった。どうするの? と聞いてくるような視線。

 そして少女は呟いた。

 夢落ちしましょう、と。

 腐ったリンゴと新鮮なリンゴを同じ空間に置くと、より早く両者とも腐っていく。お互いが猜疑心を抱くと両者は共に腐っていく。

 救いようもないその言葉は夢にも現実にも言えることだった。

 

 

 目を覚ますとそこには見慣れた天井と吐き気のするようなきつい香水の香りがあった。この香水は母が好んで使うものだ。食欲の無くなるようなドギツい臭いに顔をしかめながら少女は上体を起こした。朝の七時半。登校時刻はとっくに過ぎていたが学校に行く気のもなれない。かれこれ二ヶ月は休んでいる。それなのに両親が何も言わないのは少女が両親を嫌っていて、両親が少女を嫌っているからなのだろうか。そんなことを考え、先ほどまで見ていた夢と照らし合わせながら再び体を倒した。両腕に抱いたウサギのぬいぐるみにほのかな暖かみを感じて。


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