Side八幡――とある飲食店が立ち並ぶ裏通り
「――俺のグループには、我が黒金組には、四人の幹部がいる。……まぁ、四天王って奴だな。カッコいいだろ」
はっ、いまどき四天王とか流行んねぇんだよ。四獣とかと並んで打ち切りフラグだバーカ――って、言えたら、よかったんだがな。強がれたら、よかったんだが。
なるほど――舐めるな、か。
……まぁ正直、舐めていたところがあるのは否めない。下手に黒金の強さを知っていただけに、他の強者――中ボスの存在の有無にまで頭が回らなかったのは、俺のミスだな。
そして、この黒金が――少ない邂逅ですらひしひしと伝わってくる程に、バトルジャンキーな戦闘力至上主義で、戦闘民族っていうならコイツこそサイヤ人なんじゃねぇの? って思うバトル大好き野郎で、己の強さに圧倒的な自信を持つ、この男が。
『俺の部下を、舐めんじゃねぇ』
……それほどまでに、信頼する。誇りに、思う。
その中ボス達も――四天王とかいう、その幹部達も、一筋縄ではいかない強者で、えげつないくらい化け物なんだろう。
もし俺がソロでこのミッションに挑んでいたのなら、点数を全て失う覚悟で、徹底的に逃げに徹していたかもしれない。死にもの狂いで、生き残ることに終始していたのかもしれない。生に執着して、執念を燃やしていたのかもしれない。
「…………」
だが、それでも――俺が今、やることは変わらないな。何も変わらない。
何人中ボスがいようが、俺にとっては関係ない。
黒金を殺すだけ。目の前の、ボスを殺すだけだ。
例え黒金を殺すことに執心し過ぎた結果、他の中ボスを殺しきれず、ミッションがクリアできなかったとしても――それでも、黒金を殺したということは、たったそれだけの戦果でも、下手をすれば100点を取ること以上に価値がある。
こいつ等の脅威は――オニ星人の脅威は、最早、ミッションだけの問題に収まらない。
ミッション外で襲撃されたこともそうだし、ここまで盛大に凄惨な事件を引き起こした以上、こいつ等はもう、逃げも隠れもしないだろう。
昼だとか夜だとかお構いなしに、人間を襲い、狩り尽くしていくだろう。
おそらくは、もうガンツの部屋の住人だとかも関係なく、無関係な一般人でも容赦なく――今、こうして殺しているように。狩り殺しているように。
ただ、人間だというだけで。
自分達が人間であったことすら忘れて――いや、だからこそ、か。
選ばれた存在――変えられた存在。
人間から、化け物へ、進化した存在。
人間から、化け物へ、堕落した存在。
「……下らねぇ」
俺は、思わず呟いていた。呟いて――しまった。
「……ああ?」
黒金がそんな声を出す。俺の場所に勘付いたか。……何やってんだ、俺は。
まぁいい。だったらこの際、少し揺さぶってみよう。探りを入れてみよう。
俺は例の武器を用意しながら、物陰越しに黒金に語り掛けた。
「――なぁ。今更なんだが、どうしてこんなことをした?」
「……あぁん?」
「今までお前等は、人間達の中で紛れ込んで、こっそりと、ひっそりと生きてたんじゃなかったのか? それなのに、どうしてそんな日常を全部ぶち壊すような、こんなトチ狂った真似をしたんだ?」
「はっ、下らねぇ」
今度は、黒金がそう吐き捨ててきた。
「今までは、ただ機会を窺っていただけだ。前々からウザったくて仕方がなかったぜ、
黒金は一歩ずつ、こちらに向かって近づきながら語る。
「俺等を脅かす黒いスーツのハンター……こいつ等を殺す分なら、俺等の存在が公にならねぇと分かった日からは、ストレス解消の為に片っ端から殺しまくった。こん時だけは楽しかったぜ。この力を、思う存分振るえるからなぁ」
見なくても分かる。背を向けていても、隠れていても分かる。
今の黒金は、吸血鬼の牙を剥きだしにして、怪物のように笑っているんだろう。
化け物に相応しい――化け物に成り下がった、醜悪で、凶悪な、人間を捨てた笑みを、浮かべているんだろう。
「そして、俺は今日! 全てをぶっ壊せる記念すべき日を迎えた! ムカつく穏健派共を黙らせる程の勢力を――力を掻き集めたのはこの日の為だ! もう誰にも邪魔させねぇ! 俺を止めるもんなら止めて見ろ! 脆弱な人間共でも、同族でも、同属でも構わねぇ! 俺は片っ端からぶっ殺して! ぶっ壊して! 前に進む! 下らねぇ雑魚を踏み潰して、俺は今日! 革命を始めるんだよ、ハンター!」
「……革命、だと?」
俺は手を止めて、その言葉に反応を示してしまった。
黒金は声に愉悦を込めて「そうだ、革命だ」と答える。
「この世界は檻だ。窮屈で息苦しくて仕方がねぇ。生き辛くってしょうがねぇ。昔から……それが我慢ならなかった。いつかぶっ壊してぇと思い続けて、我武者羅に暴れ続けた。……だが、何も変わらなかった。変えられなかった――俺は雑魚だった。無力で、非力な、
だが――俺は、“選ばれた”。
黒金は、そう、歓喜が滲み出て――狂気が溢れだした声を漏らす。言葉を紡ぐ。
「俺は、
「――なんだ、結局、ただの八つ当たりかよ、下らねぇ」
俺の言葉に、あれほどに喚いていた、黒金の言葉が――止まった。
「――なんだと?」
低く、低く、昏い一言だった。
途方もなく膨大な、怪物の憤怒を、その一言に凝縮しかのような呟き。
だが、もうまるで恐ろしさを感じなかった。
ご高説頂いたこれまでのスピーチで――コイツの程度は知れた。
こいつは只、八つ当たりをしているだけだ。
「お前は、ただ悔しかっただけだろ。世界から弾かれて、嫌われて――ひとりぼっちが寂しかっただけだろ?」
自分を認めなかった世界。自分を受け入れない世界。
それは息苦しいだろう。肩身が狭いだろう。窮屈で、さぞかし生き辛いだろうさ。
だが――それがなんだ?
まさかお前、自分だけがそんな可哀想な目に遭ってるとでも言うつもりか。
「――ふざけんなよ。そんなものは、世界に溢れてる。この世界に無数に存在してる、只のぼっちだ。特別でもなんでもない――選ばれた存在なんかじゃあり得ない。その逆だ。誰にも選ばれないから、何にも選ばれなかったから、選ばれてないから、ぼっちはぼっちなんだよ」
「…………黙れ」
この世界は多数派で構成されている。
正義は数によって決められ、少数は悪役の汚名を着せられる。そういう風に回っていて、そういう風に出来ていて、そういう風に決まっている。
そして、この世界の上手いところは、決して少数派がゼロにならないことだ。
共通の敵を作ることで、少数の敵を多数の味方で攻め立てることで、結束を高め、平和を生み出す。
その為に悪が必要で、必要悪が生まれる。
必ず、悪役の配役を任せられる者が生まれる。
多数から弾かれるぼっちが生まれる。
人がいるところに、必ずぼっちは生まれる。
世界にぼっちは有り触れていて、ぼっちで世界は溢れてる。
特別でもなんでもない。選ばれた存在? ――笑止だ。
仲間に選ばれず、仲間に入れてもらえず、仲間外れにされる――そんな存在は、特別なんかじゃない。
誰にも、何にも、選ばれてなんか――いない。
「だから、仲間を集めたんだろう。寂しかったから。一人が嫌だったから。誰にも選ばれないのは嫌だから、だから選ぶ側に回ったんだ――化け物同士の傷の舐め合いは楽しかったか?」
「……………………黙れ」
そして、一通り傷を舐め終えて、寂しさを満たし終えたから――次にやることは、かつて自分を弾いた人間達への、幼稚な八つ当たり。
復讐ですらない。こんなものは、ただの――
「――勘違い野郎の、ただの厨二病だ」
化け物になったくらいで、世界を変えられるなんて、思い上がるな。
この世界は、お前なんかよりも、もっと醜悪で、もっと悍ましく――もっと怪物だ。
「――黙れ。黙れ!
バチチチチチチチチチと、火花が瞬くような、電気が弾けるような音と共に、黒金は俺に突っ込んでくる。
そして瞬きの間に肉薄した奴は、俺が背を預けていた物陰ごと、その怪物の右手で俺を破壊す――
「――そう簡単にさせるわけがないだろ」
俺はスイッチを押す。
お前の弱点は、その強者故の傲慢さだ。
その手に入れた強さに――お前曰く、選ばれた証に、お前は縋り過ぎなんだよ。
全てが強さで圧倒できると思ってるお前は、真っ直ぐここに突っ込んでると分かっていた――だから、容易に罠を用意できる。
そこには、遠隔操作できるリモコン式BIMをセットしておいた。
「ぐッ!!」
まぁ、流石に威力が低めのこのBIMで決められるとは思っていない。
爆炎で一瞬視界が封じられれば十分だ――次の手を打てる。畳み掛けることが出来る。
「くっそがっ! 小賢しい! こんな花火でこの俺をどうにか出来ると――」
「――思ってねぇよ」
トレードマークのサングラスを外したのは失敗だったな。
カッコいい隻眼の傷を見せたかったのかは知らねぇが、そういうのが案外フラグになったりするんだぜ。
俺は上空にそれを投げる。真っ黒の缶。これはBIMじゃない。
爆弾があるんだったらもしかしてと思って探してみたが、案の定だった。ガンツの戦場は決まって夜――闇。なら、これはかなり使い勝手がいい。
「なん――――!?」
閃光弾――フラッシュバン。
マンガとかでお馴染み、スタングレネードって奴だ。
例え身体がどれだけ頑丈でも、目を抉られたってことは眼球まではそう人間と変わらない――いや、身体能力なんかが強化され、五感が鋭いお前達ならば、テメェ等怪物ならば、より効果があるだろう。
「――終わりだ」
俺はXガンを向ける。
「身の程を知れ、虫ケラがぁぁああああああアアアアア!!!!!」
その瞬間、奴に雷柱が降り注いだ。
+++
「グッ――!!」
俺はその衝撃に吹き飛ばされる。
転がりながら必死にその雷の中を見据えた。俺の閃光弾よりも遥かに眩しく、暴力的で、圧倒的な――人間だとか化け物だとかを超越した、大自然の猛威が奴を包み込んでいた。
だが、それでも奴は、全く悶え苦しむことなく、そこに君臨していた。
まるで、大自然が奴に味方しているかのように――選ばれた存在であるかのように。
真っ黒なシルエットが、青白い雷光の中で威風堂々と屹立していた。
そして、唐突に、雷が晴れる。
鬼が、現れた。
黒金が立っていた場所には、まさしく一体の鬼がいた。
膨れ上がった筋肉。金棒のような両腕。肘や背中から、そして顔の外周を覆うように、不気味な角が生え揃っている。
そして、口を開く。
一瞬、角と見紛う程の、太く凶悪な吸血鬼の牙。
角の後ろ側にオールバックに生える黒髪と、なぜか着用したままのジーパンだけが、奴の人間としての名残を残し、逆に途轍もなく面妖だった。
……これが、鬼。
黒金の、変身状態。本当の姿。化け物としての――真の姿。
「……まさか、一人目からこの状態にさせられるとはな。……だが、俺をこの
そう言って、その化け物は俺の方を向く。
その瞬間、鳴りを潜めていた恐怖がぶり返す。
――怖い。とんでもなく、怖い。
……あの時、昨日のミッションの終わり、初めてコイツと出会った時、感じた俺の恐怖は、間違いじゃなかった。
いや、ある意味、間違い――か。
コイツは、きっと、あの千手よりも強い。遥かに、強い。
世界を敵に回してしまえる程に、とんでもなく、強い。
「――さて、じゃあ殺し合おうか。お前が厨二病だと言った、俺の野望を叶える為に」
化け物は言う。俺に向かって、先程の激昂が嘘のように穏やかに。
「例え俺の戦争がお前の言う通り、幼稚な八つ当たりだとしても、勘違い野郎の妄想だとしても、それでも俺は止まらない。俺は人間が嫌いだ。ウザくて、鬱陶しくて、仕方がない。だから殺す。それだけが殺害理由で、俺の革命動機だ」
「……随分と傲慢だな」
「その通り、俺は傲慢だ。何故なら、強いからな。傲慢は強者の特権だ。だからこそ全てが許される。俺よりも弱い
黒金は言う。
その高みから俺を見下ろしながら宣う。
上り詰め、変わり果てたその姿で。成り下がり、堕ち果てた末に手に入れたその強さで。
未だ弱者の俺に、敗者の俺に、強者の傲慢さを振りかざしながら、威風堂々と人間に言う。
「止めてみせろ。俺の傲慢が許せないというのなら、俺よりも強者だと、俺に認めさせてみせろ。俺の野望を止めるという傲慢が、俺に対して許されることを証明してみせろ。俺を食い止めたくば、それしかないぞ――人間」
化け物は言う。
全身にバチバチと雷を纏いながら、己の言葉を傲慢だと認め、それでも何も臆することなく、恥じることもなく、自分はそれが許される強者だと、誇りと自負を持って、堂々と言い放つ。
「俺は、世界中の全てを敵に回しても、この野望を果たしてみせる――お前に、この傲慢を止めるだけの、覚悟はあるか?」
俺はその言葉を、唇を噛み締めて受け止め――笑みを、浮かべた。
そうだ、笑え、笑え。
強大な敵の強さを笑え。誇り高い敵のプライドを笑え。
自分よりも強い敵のオーラに屈するな。自分よりも大きな敵のカリスマに呑まれるな。
相手がどれだけ重たい過去を抱えているかなんて知るか。
敵がどれだけ悲壮な覚悟を抱えているとか、壮大な野望を抱えているとか、そんなことはどうでもいい。どうでもいいんだ。
初心を忘れるな。最も重要な根幹を見逃すな。
世界を敵に回してでも戦い続ける? ああ、カッコいいな、男の子なら誰もが憧れるストーリーだ。ここで更に愛する女の為になんて裏設定があったら痺れちゃうね。不覚にも応援したくなっちまうかもだ。
「はっ……知らねぇよ、そんなの。ジャンプとか電撃文庫とかでやれよ、そういうの。俺はガガガと講談社BOX派なんだよ。男は黙ってジャンプSQ.だ」
大体からして、敵を打倒する時に、その相手の動機とかを論破しなくちゃいけないみたいな風潮からして間違ってるんだ。
どっちの言い分も正しいし、どっちの言い分も間違っているに決まってるんだから。結局は好き嫌いの問題になる。多数決になる。
そんで少数派は間違っていることになって、封殺される。めでたしめでだし。正義は必ず勝つんだぜエンド。
はっ。
「――下らない。下らない。下らない。
そうだ。
いつの世も変わらない。人間も化け物も大差ない。
殺し合う理由なんて、太古の昔から決まりきってる。
「俺が生きていくのに、お前は邪魔だ――だから、殺す。……そうだろう? 化け物」
黒金は、俺の言葉を受けて――凶悪に笑った。
「くくっ、そうだな。実に単純で分かりやすい。――俺はお前が気に食わない。俺が気持ち良く生きるのに、
「気に入ってもらって幸いだ。だけどあんま言い触らさないでね。スローガンとか絶対にやめろよ恥ずか死ぬから」
くっくっくと黄色い曹長なケロン人みたいな性格の悪い笑みを漏らしながら――俺達は戦争をする。
傲慢で、幼稚で、身勝手で、自己中で、厨二病で、ガキで、馬鹿で、愚かな理由で、俺達は殺し合う。
誰かを守る為とか、愛する人々を助ける為とか、アイツの無念を晴らす為とか、誰よりも強くなる為とか、平和な世の中を作る為とか、世界を危機から救う為とか、そんな大層でカッコよく、誰もが納得して応援してくれるような動機など――存在しない。
だって、俺達は人間で、俺達は化け物だから。
救いようがないくらい終わっていて、気持ち悪いくらい狂っている。
そりゃあこんな奴等、仲間に入れたくないに決まってる。ぼっちになるのも自明の理だ。
だからこそ、多数の納得を得る必要なんかない。最初に俺達を弾いたのはそっちだ。慮る理由がない。
他人が納得する理屈なんてねぇよ。ねぇし、いらない。
殺すことに値する動機なんてない。死に相応しい理由なんて皆無だ。
ああだこうだ言おうと、あっちにこっちに責任を押し付けようと、命を奪う理由なんて、たった一つだ。
だから――
「――俺の為に死ね、化け物」
「――俺の為に死ね、人間」
誰に恥じることもない戦争をしよう。
安心してくれ。きっと全部が終わった後は、誰一人残らず、ちゃんと不幸になってるだろうから。
+++
Side??? ――とある海の上空
「はっ、これは見事な特等席だな。まさしく絶景だぜ」
「ひひひひひ氷川さん!! なんでこの状況でそんな風にカッコよく仁王立ちなんて出来るんですかぁ!!」
場所は池袋から少し離れて――東京湾。
上空。
「ああ? そりゃあお前、足元を凍らせて固定して腹筋でバランスを取ってるに決まってるだろうが。面倒くせえがお前達も凍らせてやっただろう? っていうかお前等、俺が行くって言わなければどうするつもりだったんだ?」
「いや、それは本当にありがとうございますですけど! そういうことじゃなくてですね!?」
場所は――海のように真っ暗な夜空を泳ぐように飛ぶ、“化け物”の背中。
それが池袋の戦場へと向かう氷川とその一行の“現在地”だった。
大志の“擬態解除”を終え、“異能覚醒”を終え、いざ戦場へと向かうとなった時、当然ながら彼等は全速全開で先に行った黒金達を追わなくてはならなかった。
場所は東京の池袋(なんでも映画のイベントがあるとかで、間違いなく人間達が大勢集まり、テレビカメラも確実に来るとあって、黒金が面白そうだという理由で即決した)だということは聞かされていたが、ここは千葉である。
通常の交通機関を使っても相当に時間がかかるし、それに――
――こうして“三頭もの化け物”を同行させている以上、通常の交通機関など使えるわけがなかった。
そうなったら。最短距離で――直線距離で一直線に向かうことになるのは、至極当然の結論だった。
つまり、海と――空を、突っ切って。
「グルルルルルルルルルァァァァァァァ!!!!!」
氷川と大志、そして黒金の部下(×5)を背に乗せ飛んでいるその個体――その化け物。
鳥というよりは翼竜に近い。鋭い嘴に小さな頭部を持ち、そこには鋭く細い二本の角が生えている。だが、それとはまた別に腹部に人間のような顔があり、その周辺には夥しい数の腕が――滑らかな白い肌の人間の女の腕が、昆虫の足のように突き出ていた。
そして、その中の何本かの腕で、一本の太くて巨大な鎖を持ち、別の怪物を吊り下げている。
「グォォォオオオ!!! グォォォオオオ!! グォォオオオオオオ!!!!」
その化け物は牛のような頭を持っていた。当然のように頭に角を生やしているが、これは鬼の角というよりはまさしく牛の角ような形状だった。
だが、その身体は牛のそれとは似ても似つかない、異様なものだ。
まるで筋肉組織が剥き出しであるかのようなそれは、理科室の人体模型の半身を想起させるが、それだとすればあまりにも手と足が長過ぎた。二足歩行ではなく四足歩行を前提としているかのようなそれの体躯は、胴体が余りにも小さくやせ細っているが、その全身の真っ赤な筋組織はしなやか且つ強靭であると見るだけでも十二分に伝わり、か弱さやひ弱さといった言葉とは無縁の恐しさだった。
そして、怪物の嘶きを上げながら空の旅を続ける二頭の怪物とは異なり、その個体は黙々と東京湾を泳いでいた。
空を行く二頭の化け物の、ちょうど真下。
4メートル程の牛人と、10メートル程の(翼を広げた横ではなく頭から足までのサイズ)翼竜とは違い、全長20メートルは下らない、まさしく怪物。
魚のような頭をしたその化け物は、しかし人間のような形の身体を持っているが故か、頭部には似つかわしくない豪快なバタフライ泳法で海を進んでいた。
魚特有の感情を示さない眼で、魚の鱗をびっしりと全身に纏いながらも、首から下の造形が人間である巨大な魚人が全力のバタフライで東京湾を泳ぐその姿は、傍から見ればシュールな光景にも映ったかもしれない。だが、それは上空から眺めているが故の、まさしく上から目線で言える戯言だろうと黒金の部下――氷川と共に大志の見張りに残っていたその男は思った。
現にちらりと背後を見れば、下半身を凍らされて怪物の背中に固定されている、同じようにあのアジトに残って大志と共に戦場へ来るように命じられた黒金組の同胞達は――ピりついていた氷川と同じ空間にいることが耐え切れずに地下の檻に閉じ込めていたこの三頭の化け物達を解放する任についた彼等は、一様に目を覆いたくなるような大怪我を負っていた。
それでも当然のように戦場へと向かう彼等は流石は黒金組の一員だとも言えるかもしれないが、こうして大怪我を負っているということは、やはり油断もあったのだろう。
長い間、ずっと真っ暗な檻の中に大人しく閉じ込められていたこの化け物達を、舐めていた部分もあったのだろう。
そんな化け物達を、定期的に痛めつけることで大人しくさせていた幹部のメンバー達に畏敬の念を覚えるのと同時に――ゾッとする。
この、正真正銘の手に余る化け物達を、ここまで従順に“操作”する――その“異能”に。
「――大志。間違ってもこんな所で気絶なんかすんなよ。このスーツは一張羅なんだ。海水の匂いが付いたりすんのは冗談じゃない」
氷川は相変わらず、飛行機クラスのスピードで空を飛ぶ翼竜の背中で仁王立ちのまま、なんと優雅に煙草に火をつけて煙を味わいつつ絶景を楽しむという空の旅を満喫していたが、不意に背後の大志に向けて、ふとそう呟いた。
その声を受けた大志は、他のメンバーと同様に下半身を凍らされる形で固定されつつ、その異形の身体をパキパキと鳴らしながら息を荒げて呻いていた。
「…………はぁ………ぁぁ……がぁ………が、がんばるっす……けど……あと………どれくらい……っすか」
「情けねぇ奴だな。夜景を楽しむ余裕くらい見せらんねぇのか」
「は………はは………ちょ、っと………きつい……っす」
「ったく」
氷川はそう言って再び前を向いて煙草の紫煙を吐き出すが、黒金組で唯一五体満足のその男は、大志から目を離すことが出来なかった。
大志は擬態解除した、異形な怪物の姿のままだ――つまりこの空の旅は、この化け物達の大移動は、大志の異能によって支えられているものだ。
この異様な光景は、この壊れかけている少年によって、作り出されているものなのだ。
大志の身体は、真っ白な外殻に覆われ、その頭部に突き出るように二本の角が生えている。
そして荒い息を吐く毎に、その外殻が罅割れ、剥がれ落ち、そして修復するように――パキパキと新たな外殻が再生する。
どう見ても不安定で、誰が見ても危うくて、それでも、この少年は――
「おい、大志。朗報だぜ」
その言葉に、男は顔を上げてやっと前を見る。
「上陸だ」
氷川のその言葉と共に――遂に、化け物共が、上陸した。
「グルルルルルルルルルルルォォォォォォォオオオオオオオオ!!!!!」
翼竜が雄叫びと共に、人間達を威嚇する。
そして魚人は勢いよく跳ね上がり、その身体をまるで魚のようにくねらせながら、滑らかに陸を泳いでいった。
車を、建物を、全てを薙ぎ倒し、魚人は進む。
やがて、その勢いがなくなった時、魚人は――――その腕と足を使い、不恰好な四足歩行で高速に陸を走り出した。
阿鼻叫喚の、混乱が爆発する。
人間達の悲鳴が吹き上がり、港は未曽有のパニックに陥った。
それは、遥か上空の翼竜の背中の、大志にも届く。
「………………」
大志は、荒い息を吐きながら、己の身体を抱き締めるように、ギュッと腕を握りしめる。
パキッ! と、化け物の証である外殻罅割れ――そして直ぐに、より強固に修復された。
轟雷の豪鬼が降臨し――哀れな白鬼は、己を掻き抱く。